言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
ほんとはブン太幼少期の心霊体験を拍手にと思っていたのですが、はい。書いてる間に長くなってきたので拍手向きではなくなってしまい。
さ、とりあえず、薬を飲むためラーメンを食べてあとはだらだら本でも読みます。
もう、腹痛くて、小説なんて書いていられない。なぜならうっかりブン太辺りを下痢にしてしまいそうだからです。くそー、誰かも苦しめばいいのにー。
8月①
ふっと目を開けるとリビングだった。カーペットの上で、ゲームのコントローラーを握りしめたまま眠っていたらしい。肩から腹に掛けられたブランケットは、下の弟が気に入って冬からずっと手放さないものだ。散々洗われて柔らかくなった布は、手触りはいいがこの季節には少し暑い。現にブランケットの掛かっていた辺りはじっとりと汗ばんでおり、それでもあのかわいい弟が徹夜でゲームをしていた兄を気遣ってくれたことが嬉しかった。それだけのことなのに泣きそうになって、涙で別の感情が蘇るのを遮ってゆっくり首を振る。
薄暗い部屋で体を起こす。床で寝たせいで軋む体を、カーテンを揺らしながら入ってきた風が撫でていく。汗が冷やされてそのときだけ涼しい。
ゲームがどこまで進んだのか記憶になく、いつ記録したのかもわからない。考えないようにしながら台所に向かい、冷蔵庫を開けながら壁に掛けられたホワイトボードに目を遣った。冷気を感じながら目に留めたのは母からの伝言だ。お買い物に行ってきます、に続いて、大根おろし作っといてね、と付け足されており、一度冷蔵庫のドアを閉めて野菜室を開けた。皮はすでに剥かれている大根を取り出して肩を落とす。息子の体力をこんなことに消費させる母親は、夕食に何をするつもりなのだろう。考えていると腹が鳴る。
空腹感に耐えかねて牛乳を取り出し、マグカップになみなみと注ぐ。下ろし金と器、洗った大根を片手で抱えて、マグカップを手にリビングへ戻った。足で椅子を動かし、体が入るスペースを作って手にしたものを置いて座る。牛乳を一気に半分ほど飲み干し、大根おろしに取りかかった。
集中できる仕事はありがたい。帰ってきたら一緒に夕食を作るか、弟たちとゲームでもしよう。今は何も考えたくない。
それでも静かな部屋では否応なしに昨日のやり取りが脳内で展開される。何度考えれば気が済むのだろう。自分ははっきりと、仁王にふられたというのに。
大根を持つ手を止めて、あまり集中できていなかった証拠の残る器を見る。牛乳を飲み干し、仕事を放棄してベランダへ出た。真夏の太陽は夕方に近づいているとはいえまだ暑く、日焼けした肌を更に焼こうとするかのように照りつけている。マンションの7階から見下ろす景色は見慣れているので特に感情もわかなかった。疲れ知らずの小学生が公園で走り回っているのが見える。
仁王に嫌われたら世界が終わると思っていた。実際には仁王はまるで柳生が扮しているのではないかと疑いたくなるほど紳士的であり、これからも友達で、と言ってくれた。そのときは嬉しいと感じたのに、改めて思うといっそ拒絶された方がよかった気がしてくる。それならこの気まずさから容易に回避することができるのに。
明日は部活だ。今日は夏休み最初の部活の休みで、丸1日遊べたのに、と思ってから、少し唇を噛む。本当は、
仁王が遊びに行こうかと言ってくれていた。切原やジャッカルも一緒だったはずが、たまの休日に家族に引っ張られている。立て続けのキャンセルに仁王と部室で立ち尽くしたのは昨日の放課後だ。結局ふたりになってしまったのを避けたくて、──ああ、後悔。
目尻の涙を拭い、再び視線を落とすと母親が帰ってくるのが見えた。駐車場に走り込むフィットを見送り、部屋に戻って大根おろしを続ける。何だって、こんなに切ない気持ちのときなのに自分は大根を握っているのだろう。笑えてしまって、唇に笑みを乗せて大根を削っていく。
「ただいまー!」
「おかえりー」
「ブンちゃん見てー、風船もらったー!」
パタパタと駆け寄ってくる弟に、椅子から降りてしゃがみこみ、抱きしめてやる。言葉にはしないありがとうを含めて。クーラーの効いたスーパーにいただろうに汗ばんでいて、柔らかい肌が張りつくが不快ではない。
「今日何すんの?」
「お鍋しようかなと思って!」
「鍋ッ!?この暑いのに!?」
母親がそう!と勇ましく返して荷物を冷蔵庫に片づけている。その首筋にも汗が浮かび、まとめそこねた髪が張りついていた。おもち買ったよ!とにこにこしている弟と母親を見比べる。
「だってブンちゃんがたくさん食べられて、カロリーも低いっていったらお鍋じゃない」
「……豚は?鳥は?」
「買ってきたよ」
「よっしゃ」
励まされていることがわかって笑って返す。平静を装っていても母親はごまかせないということか。いっぱい食おうな、と弟を抱き上げてやると頬にキスが落とされた。けらけら笑って椅子に座らせ、大根おろしを続ける。
「アイスも買ってきたよ」
「そっか」
「あとで食べようね!」
弟と一緒に笑う。明日も笑えることを期待しながら、きっと立ち直れるだろうと思う。仁王にふられたぐらいで終わるような世界にいるわけではないのだ。
まだつらい気持ちになることはあるだろうけど、きっと乗り越えられるだろう。この丸井ブン太が、失恋ぐらいでうじうじしていられないのだ。
まだ夏は始まったばかりで、これから夏祭りも海も予定がぎっちり入っている。落ち込んでいる暇はない。夏はまだこれからだ。
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8月②
取り残された部室はふたりきりで、丸井は振り返ることができなかった。仁王とふたりきりになったことは初めてじゃない。それでも今ふたりきりであるその理由が、丸井を大人しくさせた。丸井ぃ、のばして呼ばれ名前、その声。渇いたのどを上下させて、どうする、と返す。ドアを見る目が恨めしくなるのを誰が止められるだろう。
夏休みに入って最初の休み、というのももちろん毎日部活がぎっちりあるからで、そのことは苦ではなくとも遊びにだって必死だ。ささやかな休みをどう使うのか、さっさと予定を立ててしまいたかったがなかなかで、休みが明日に迫った今日、決めようということになっていた。行きたいところはいくらだってあげられる。そして丸井にとっては精一杯の、機会だったのだ。
「ジャッカルも赤也も、ほかの奴らもドタキャンか……」
「ふたりでどっか行くか」
「……もう、なしにしねえ?なんか冷めたし、また休みはあるんだしさ」
「えー、俺出かけるって言ったから家におれんのじゃ」
「何で?」
「親はおらんから姉貴が男連れてくるんじゃと。ふたりやけどいいんでない?買い物でも行かん?俺ガット直しに行きたかったし、丸井も言っとったろ」
「あー、そうだな……」
胸が苦しくなる。それはできない。ふたりで遊びに行くことは、丸井にとっては意味を持つ。
「なんじゃ、はっきりせんのう。何も予定ないって言っとったろ」
じとりと手のひらに汗が滲む。どう断ればいいのだろう。──行きたい。ふたりで遊びに行くなんて、夢でも見たことがない。思わず泣きそうになって息を殺す。
行きたい。本当に、それだけは避けてきたのに。こんな心の準備もできていないときに、一緒に遊ぶ約束はできない。
「丸井?」
「に……仁王とふたりでなんて、笑えねえよ」
「確かに行ったことはなかったか。……そこまで言うか?」
「……俺明日は行かないから」
「おい」
背を向けたままパイプ椅子から立ち上がると仁王に腕を捕まれる。反射的に振り払い、しまったと慌てて振り返ると仁王が顔をしかめている。やってしまった。後悔したがすぐに仁王に戸惑いが見える。
「丸井、なんじゃその顔」
「え……あ、や……」
どんな顔をしているのだろう。顔を覆ってみるがよくわからない。うまく顔が作れていないのがわかる。ずっと、隠してきたのに。
「違うんだ、ごめん……俺、仁王とは」
「……どういう意味?」
「ごめん何でもないから」
動揺している。揺らぐ決意が丸井を惑わす。──こんな気持ちは胸に秘めたままでいると思っていた。実るはずがないとは知っていて、だからこそ思いは告げずに、ずっと友達でいようと決めたのに。
「丸井?」
うつむいてしまった丸井に近づき、優しい手が肩に触れて体が跳ねる。振り払うことはできないと、自分の体が知っていた。手に入らない仁王の体温が、心臓にまで届く気がする。頭が熱い。触れるのが怖くて突き放すこともできない。
「丸井」
「ごめん」
「別に怒っとらんから、どうしたん?」
促される声色にかたく拳を握る。震えるまつげがわかる。のどが乾くせいでうまくしゃべれない。
「しんどいん?」
額に触れた手のひらから慌てて逃げ出す。顔を上げてしまったせいで仁王の視線とぶつかった。目を丸くした仁王の瞳に映る自分は、どんな顔をしているのだろう。
ずっと隠してきたのに、こんなことで。
「丸井?」
「俺ッ……」
空気を打開するのは丸井しかいない。のどまでこみ上げた言葉を吐き出すのを迷う。言葉より先に涙がこぼれて、自分の思いの強さを思い知ってあきれた。伸びてきた仁王の手を押し返すつもりで出した手は指を絡め、離せないまま涙はこぼれるままに頬を濡らした。うつむいて顔を逸らす。
「丸井」
「ごめん、俺、……仁王」
もう仁王はわかったかもしれない。丸井が何を言おうとしているのか。指先に力が込められ、聞くから、と優しい声に息が震える。
「……お前が好きなんだ」
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8月③
「おはよー」
「おはようさん」
仁王に笑い返して、それが少し引きつった気がしたがかまわない。心は整理できたつもりで、体だけが拒絶反応を起こす。仁王の反応を待たず、できるだけすぐに距離を開けて自分の席に着いた。
昨日の部活を休んでしまったことは卑怯だと思う。考えないようにと思っていても制御できない思考は続き、知恵熱が出た。思わず家族に甘えてできた休日は、丸井の疲れを拭ってくれた。
今日は補習の日、夏休みに入ってからジャージで登校していたので制服に袖を通すのは久しぶりだ。制服姿の仁王を見るのも。どきりとするのはそのせいだと思いたい。
斜め後ろに仁王の気配を感じながら机にノートや筆記用具を並べる。仁王と一緒なら嬉しかった数学の補習も、今はもう意味がない。
2日前、仁王に告白し、ふられた。ずっと秘めておくつもりだった思いはあっさりと胸を突き破り、涙になって
こぼれてしまった。
「おはよう丸井」
「おはよー。なあ梶井、課題やった?見せて」
前の席の女子にノートを借りる。真っ白な丸井のノートを笑っていた。事情があったんだよ、とへらへらして見せる。
「そういや、あたし昨日真田の夢見たよ」
「げっ、なんだそれ、最悪。何?お前真田が好きなわけ?」
「気持ち悪いこと言わないでくれる?」
辛辣な言葉に苦笑する。我らが副部長は、部活外でも人気がない。いや、これならまだ部活の中での方がいくらか慕われているだろう。
「どうせなら幸村くんが出てきてほしかったなー。でも一番好きな人って、夢に出てこないって言うよね」
「……へえ、そうなの?」
「確か、『代わり』はいらないから夢には出ない、って聞いたことが……あたし普通に見るけどね」
仁王の夢は見たことがない。毎日仁王のことばかり考えながら眠りについても。
仁王が夢に出るようになれば、立ち直った証拠になるのかもしれない。
「夏休みどっか行く?旅行とか」
「んー、お盆にばーちゃんち行くぐらいかな」
「……一緒にどっか、遊びに行かない?」
ふと顔を上げると彼女は少しうろたえる。なんで真顔なの、と言われてその動揺を理解した。彼女の表情は自分と同じだ。
そうして誘えれば、どんなにいいだろう。いいよ、と言ってしまいそうになってから、悲しくなるだけだと気づいてやめた。代わりにもならないのに楽しむことはできない。利用するようなひどい真似もできない。好きなものは、好きなのだ。それが変わらない間は、次へは進めない。
「俺、部活ばっかだからさあ、休みの日は休まねーと保たないわ」
「そっかぁ」
テニスだけしておこう。仁王と過ごせる夏で、この感情を昇華してしまいたい。
後ろの方で仁王の笑い声がして、あの声をまた隣で聞くことができるようにと、今は祈るしかできなかった。