言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
仁王を書くときいつも迷うのは、テニスが一番にするか、ブン太が一番にするか。テニスが1番の仁王はブン太じゃなくてテニスを選ぶ。両立は絶対しない。ブン太が1番だったら両立する。
ちなみに今回は、テニスが一番の仁王くんです。なんか、これぐらいすると思うんだよな。
仁王くんと恋愛は難しい。
ブン太は結構器用だと思うんだよな。恋愛しながらテニスも一生懸命やってついでに弟の面倒も見れるぐらいだと思う。
勢いだけで書いたのでセリフばっかになってしまった。仁王視点にすればよかったのかしらん……
ところで編集中に書きかけのニオブンが出てきた。なんか、セフレっぽいやつ。さいてい!
9月①
新学期がスタートした。
ギリギリで終わらせた宿題を携えて、寝不足で重い体を引きずって登校した丸井は、自分の席にたどり着いてようやく一息ついた。これから長い始業式が始まるのかと思うと憂鬱だ。
「おはようさん。久しぶりじゃの」
「……おう、久しぶり」
背後から現れた仁王にわずかに怯み、座り直す。久しぶりといっても1週間ほどだろうか。
夏休みの間に部活を引退してから何だかんだで顔を見ていなかった。会いたい気持ちはあったのにどうもつかまらなかったのだ。
2日前、一緒に宿題をと持ちかけたときも断られた。お前とじゃ勉強にならん、と電波に乗って飛んできた言葉に拒絶されたような気がして、その日は何も手につかなかったことを思い出して嫌になる。
「終わった?」
「数学だけ残ってる。まあ提出明日だし、間に合うだろ」
「人権作文、ジャッカルに書かせたってな」
「いいんだよ、俺が家庭科やってやったから!」
「あれは厄介じゃったな……時間かかりおる」
「仁王自分でやったのかよ」
「やったわい」
「何作ったんだよ」
自分で料理を作って来いという家庭科の宿題は3年間毎年出された。写真を添えながら全工程を画用紙にまとめるという宿題は毎年提出率が特に低い。得意分野であるから真っ先に終わらせてしまった丸井はジャッカルだけではなく他にも後ふたり分引き受けた。それで読書感想文と人権作文をクリアし、更におごりでケーキまでついてくるのだから上等だ。
「俺は鯖の味噌煮したの。ジャッカルのはグラタン。でもありゃ失敗したな、熱かった。仁王は?」
「お好み焼き」
「へー、できんの」
「するよ。夜中に腹減って、よう作る」
「へー」
「まあ夏の間はそうめんばっかやったけどのう」
心なしか疲れた様子だと感じたのは、今日は髪を結んでいないせいだろうか。足の毛を触りながら、行く?と仁王がこっちを振り返ってどきりとする。
「どこに?」
「講堂」
「あ、うん、行くか。お前、髪は?」
「ゴム切れてのー……ブンちゃん、やっぱ先行ってて」
「ん?」
「どうにかしてくるわ」
「わかった」
体育館用のシューズの入った袋を引きずりながら、教室を出て行く仁王の背中を見送った。少し長いスラックスの裾はぼろぼろで、踵を擦るように歩く足取りはいつもと変わらない。それなのにぬぐえないこの違和感のわけがわからず、困惑しながら丸井もひとりで教室を出る。
――今日は一緒に帰れるだろうか。誘ってみようか。部活を引退したという感覚はこれから更に増すのだろうが、それでも高校へ向けてテニスを続けることに代わりはない。引退した身で部活に入り浸るわけには行かないが、どうせテニスクラブなどで部員と顔を合わせるだろう。
しかし、仁王に会う機会は減る。いつもどこで練習しているのかわからない仁王とは、約束を取りつけなければ外では会えない。不毛な恋をしていることは嫌というほどわかっているが、それでも会わずにはいられなかった。
立ったままうとうとしている間に始業式が終わった。男子テニス部、全国大会準優勝、表彰の代表として壇上に上がった幸村の姿勢がきれいだった。その隣で立っている真田も真顔で、きっと優勝していても同じ風景を見たのだろうと思う。俺たちは間違いなく負けたのに、拍手の中でぼんやりと考えた。
結局仁王が始業式に間に合ったのかは確認できなかったが、式後の生徒指導に引っかかったメンバーの中に姿があった。丸井を見つけて笑ったので近づいていき、どうせ厳しく言わねえくせにな、と愚痴る。ほんまに、とだるそうに笑った仁王に妙に嬉しくなる。
「におー、今日、帰り」
「仁王」
話す途中で邪魔が入った。教師の呼びかけに振り返った仁王の背中を見て、丸井は硬直する。ついさっきまで長かった襟足が姿を消している。思わず手を伸ばすと仁王が肩を跳ね上げた。
「何?」
「髪は?」
「切った」
「な、なんで?どこで?」
「さっき、職員室。はさみあるんよあそこ」
「仁王はあとは色だな」
「んー、せんせー、やっぱあかんかなあ」
「お前なー、このまま高等部進むならまだしも、受験は無理だろ」
「は?何言ってんの?」
思ったままに言葉が出て、教師と仁王を見比べる。仁王は丸井を見て笑った。
「な、信じられんじゃろ?」
「は?……え?」
「変な顔」
「丸井も、色な!お前も大学まで行くつもりならちゃんと考えとけよ」
教師の言葉は耳に入らなかった。仁王を見たままぽかんと口を開けて、次のセリフを待つのに、仁王は何も言わなかった。
「……受験すんの?」
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9月②
「あ、仁王先輩!」
珍しい場所で仁王を見かけて切原は彼に近づいていく。こっちに気づいた仁王は人差し指を唇に当て、静かに、のジェスチャーを向けてきた。はっとして辺りを見回し、静けさを思い出す、小声で何してんすか、と問えばくすくすと笑われてしまった。
「そりゃこっちのセリフじゃ。ま、どうせ昼寝じゃろ」
「どーせ、仁王先輩だって同じでしょうが」
図書室ですることなど他に思いつかない。わざとにらむように仁王を見るとやはり表情を崩し、違いない、と応えた。
「昼寝するにはちょうどいい場所じゃけんな」
「ですよねー」
「つーわけで赤也は離れて座ってな。いびき、うるさいけん」
「かきません」
「いやいや、有名ぜよ始業式のいびき」
「あ、あれは……」
「確実にバレンタインチョコが減ったな。まあ頑張りんしゃい」
切原の頭を乱暴にかき乱し、仁王は図書室の奥の方へ消えて行く。叫んでやりたかったが思いとどまり、日の当たらない席を探して机に伏せた。昼休みのささやかな時間の睡眠は最近の日課になっている。
3年の抜けた穴は切原が想像していた以上に大きく、部活という中でやるからにはテニスだけしていればいいわけではないのだと思い知った。あいつらほんとに化け物だったんだ、と三強の影がちらつく。
きりはらくん、起こされて顔を上げると柳生が微笑んでいた。昼休みは残り5分、ちょうどいい時間だ。
「また寝過ごしますよ」
「へへ、どーも。勉強すか?」
柳生の手に参考書を見つけ、このまま後頭部に進学するにも多少の学力は必要であると聞きかじってはいた。真面目な柳生ならしっかり勉強するだろう。
「ええ、まあそんなところです。実力テストもありますからね」
「3年って大変っすね」
「切原くんも明日は我が身、ですよ」
「明日ってこたァないでしょ」
「いえいえ。――早いですよ、1年は」
「……そうっすね」
あとわずか数ヶ月で彼らとは離れてしまう。いつまでもテニスだけでいられないのだと、誰も口にはしないが思わざるを得ない。
「切原くんも、必要なら家庭教師だと思って呼んで下さいね。でなければ今頃苦労しますよ、仁王くんのように」
「仁王先輩?」
「ええ、まったく、何を言い出すかわからない人ですね」
「仁王先輩また何かやったんすか?今度こそ校長のヅラ取っちゃったとか?」
「おや、まだ聞いていませんでしたか?仁王くん、外部進学するそうですよ」
柳生の言葉に口を開けたまま何も言えなくなる。引退の日、高等部で待っていると彼らは確かに言ったはずだ。
来年自分が王者の名を取り戻し、再来年には再びそろって全国へ向かうのだと、約束した。舌の根も乾かぬうちにあの詐欺師は何を言い出すのだろう。飄々としておきながらもテニスに対する姿勢だけは誠実だと思っていたのに――
「ああ、誤解してはいけません。テニスをやめるわけではありませんから」
「え、じゃあ」
「その逆ですね。彼が言うには立海ではダメ、だそうです」
「は?」
「……元々彼は三強という言葉が嫌いなんですよ。それが続くのが嫌みたいですね」
「それだけっすか?」
「彼らを目標にしたくないんでしょう」
「……俺は、あいつらを倒すつもりですけど」
「仁王くんは強くなりたいとしか言いませんから、彼の心まではわかりかねます」
「受験して、落ちたら、高等部に行きますかね」
柳生が眉を寄せた。確かに不謹慎な問いだったかもしれない。しかしきっと自分は情けない顔をしているのだろう、柳生はすぐに表情を緩める。
「仁王くんに聞いて下さい。私はもう、応援に徹することに決めましたから」
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9月③
「やっぱいっぺんは本人と直接やった方がやりやすいんじゃ。見てるだけで仕入れたもんは完璧じゃないしの」
「……そんで、お前は、手塚と試合するためだけに青学まで行ってきたのかよ」
「おう、すまんの、すっぽかして」
「すまんじゃねーよ、そんなんいつでもよかったろ、せめて連絡ぐらいしろよ!俺がどんだけ心配したと思ってんだよバカ!」
「すまんって。はいおみやげやるから、大人しゅうしとって。ちょっと考えまとめるけん」
「……バカ!」
おしつけられたコンビニの袋を覗くと肉まんがふたつ入っていて、まだ暑いというのに見ると食欲をそそられる。ベンチに腰を下ろしてラケットを握り、深く考え込んでいる様子の仁王を見て溜息をついた。部活がなくなって遊びやすくなり、ようやく取りつけた約束だったのに。
3時間待ち続けた自分はバカだと思う。本当に愚かなのは、伝える度胸もないのに気持ちを抱き続けている自分で、仁王ではないと知っていた。
額に汗を浮かせた仁王はもう自分を見ていない。隣に座って肉まんにかぶりつく。こっちを見ないまま差し出されたペットボトルは半分ほどになっていて、水はもうぬるかった。間接キスになる、と思うとためらって手をつけられない。
「もういっぺんやれば……いや、悪い癖じゃ」
「どうしたよ」
「もう終わった試合は終わったもんじゃ、わかっとるんじゃけどな」
「……そんなん、みんな同じだろ」
「ブン太はええ子やね」
「バカにすんな!」
「あかん腹減った。もういっこもやろうと思っとったけど、やっぱちょうだい」
「……もう飯食いに行こうぜぃ」
「金持っとらん。電車代で消えた。……怒らんでよ、また埋め合わせするけん」
「お前俺のこと便利なやつだと思ってるだろ」
その気じゃないと知っていて都合のいい女になっている、いつか見たドラマのヒロインを思い出した。そんな男やめとけ、と何度母親と一緒にテレビに問いかけたかわからない。今、自分に返ってくる。
「そんなことないってー。あ、なあ、ブンちゃんの飯食いたい」
「はぁっ!?」
「うち今日誰もおらんの、何か作ってよ」
残りの肉まんを渡したままの手が止まる。その手から袋を取って肉まんを食べる仁王は肩を落としていて、その猫背の隣に座っていることが急に恥ずかしくなった。この男はきっと、知っている。――丸井が、喜んで都合のいい女になれるということ。
本当に、この男が好きなのだと自分が納得する。こんな恋をしたかったのではないのにこうすることしかできない、と言ったのは、あのヒロインだっただろうか。
「なんだよそれ!彼女じゃねーんだぞ!」
「減るもんじゃなしに、けち臭いこと言わんと。ハンバーグがいい、家庭科の、木下の提出したのブン太のじゃろ?」
「な、なんで知ってんだよ」
「読書感想文の趣味が木下やった。よし、決定!」
な、と仁王がこっちを向いて、あれから全体的に短く切った髪に今更違和感を感じた。始業式の日、家に帰って美容師の姉に散々怒られたらしい。短くなった髪を女子に触らせて照れていたのを思い出す。女子にはおおむね好評で、計算通り、なんて笑うのを殴ってやったのはつい昨日だ。――どこまでが仁王の計算なのだろう。
ジャージの仁王の隣を、お気に入りのスニーカーで歩く。今日に限ってできた寝癖を必死で直した朝から何時間、仁王のことを考えていたのだろう。一緒に買い物に行くはずだった予定は、確かに買い物には違いないが行き先がスーパーマーケットになった。子どものようにうろちょろしては買い物籠に余計なものを入れてくる仁王をいちいちどなりながら、材料を買った。
そこまでは夢見心地だったのに、仁王の家の前で怖気づく。うろ覚えのレシピでも大丈夫だろうが、どうせ料理を食べさせるならもっと気の入ったものがいい。リベンジはいつかかなうだろうか。
本当に無人の、他人の家の台所。仁王の意図が読めない。
「シャワー浴びてくるけん作っといて、出たら手伝う。調味料やらこの辺にまとめてあるけん。器具はこっち、皿はこっち」
ひどい男だと思うのに、それでも惚れたのは、わかりやすくギャップを見たせいだ。見るからに不真面目な体の癖に、テニスに関しては本気なのだと知った2年の冬、誰も知らない幸村と仁王の試合。ワンゲームを奪ったときの仁王の表情は忘れないだろう。
――ここまでくればやるしかない。仁王がいいと言うのだからお構いなしに台所を使って料理を進めていく。
妙に戻ってくるのが遅かった仁王は寝とった、と濡れ髪のまま顔を出した。
「便所で座ったまま寝てた、ケツ冷えたわー」
「飯作ってるそばできたねえ話すんなよ」
「ええ匂いやね」
だらだらと話をする仁王はテニスの話は何もしなかった。だから丸井も口にしない。どこの学校を受験するのか、外部受験をする真意は、聞いてやりたいことは山とあるのに。
「できた?」
「寝てろ!」
10回目の「できた?」についに怒るとけらけら笑い、できたら起こして、とリビングに向かった仁王に寂しくなる。手塚と一体どんな試合をしたのだろう、そもそも本当に青学まで行ってきたのだろうか。女にでも呼び出されて一緒にいたんじゃないだろうかと邪推してしまう。
仁王に会わなくなれば、この気持ちも少しは薄れるのだろうか。溜息を落としたハンバーグはどんな味になったのだろう。できあがりを確かめて、ソースも含めていつもと変わらない味であることに安心する。
「できた?」
「できた」
タイミングよく起きてきた仁王が皿を出した。極自然に食卓にはふたり分の皿が並び、その光景がくすぐったい。望んでいる空間にあとひと味、気持ちが通じ合っていればベストだったのに。
「あんな」
「何?」
「……や、食ってからにしよか」
「話?」
「あとにする」
「何だよ」
「いただきます!」
おいしくできたことは間違いない。それでも食欲は失せ、仁王が食べるのを見る。食べにくいんじゃけど、と苦笑する仁王から、違和感がなくならない。
「なあ、お前、今日ちょっと変」
「……そうけ?」
「うん」
「まあ、ちょっと興奮はしとる。青学の設備が笑えての、練習もな。ありゃ場合によっちゃ来年赤也は楽かもな」
「そりゃうちと一緒にすんなっての」
「でも怖い場所じゃ」
「なんで」
「部員が勝手に育っとるんじゃ。研究して用意されたメニューでもなく、格上との練習試合もなく、何しとったら全国まで上り詰めるんじゃろ」
「……仁王、お前、なんで受験なんかすんの?なんで立海出て行くんだよ」
「ブン太」
「意味わかんねー、みんなで一緒にまた全国にって言ってたのに」
仁王が手を止めた。言ってしまってから胸が落ち着かず、指先まで血の巡りが早くなったような気がする。部活を言い訳に仁王の真意を引き出そうとしている自分にいやになったが、それでも、行くなと縋りつくことはできない。
「――全国で、負けたじゃろ」
「……うん」
「俺負けるなんて思っとらんかったんよ。何が天才じゃ、ってなめとったし、柳のデータもあったし、俺かて手ェ抜いとらん」
「知ってる」
「でも、負けて、……幸村まで負けて」
「……うん」
「幸村が負けたら、俺どうしたらええんかわからんようになった。俺は俺をずっと信じてテニスやっとったけど、……困ったんよ。一番強いんは幸村やと思っとったけん、あいつ倒しゃあ、俺が、なんて」
去年の冬を思い出す。部活が休みだということを忘れて学校へ出てきた休日、コートで打ち合っていた幸村と仁王を見たとき、初めて仁王の本気を見た。あのふざけた色の髪で覆われた頭でどれだけのことを考えているのか、雪が降るかもしれないという予報のあった日に額に汗を浮かせ、走り回っていた姿に引きつけられた。みっともない、姿だったのに。
「今日、……始めからちゃんと話しようと思っとったんよ。でもいざとなったらビビッて、逃げた。もう待っとらんと思ったのに、ブン太おるんやもんなあ」
「話せよ」
「……俺は、1からテニスをやり直すために立海を抜ける」
「……1から?」
「頭リセットしてフォームからやり直して、あとどうしても怠けるけん、体作りも。受けるつもりのとこはスポーツ特化しとって、寮があって食うもんから見てくれるけん」
「そんなの柳に頼めば?俺だって協力してやるのに」
「甘えたあないの」
「仁王」
「もう柳にも頼らん、自分で集めたデータじゃないと使いこなせん。ブン太に甘えるんもこれっきり。恥ずかしいから」
「恥ずかしいって何だよ」
「ブン太、ありがとう」
「は……?何?改まって」
見たことのない表情を向けられて戸惑う。穏やかな笑みに自分の黒い部分が浮上して目をそらした。冷めないうちに食べた方がおいしいのに、どうして邪魔をしてしまったのだろう。
「今の俺がおるんは、お前のお陰じゃ。ブン太」
「お……俺が何したんだよ」
「1年のときな、幸村にくっついて回っとるブン太がうっとうしかった。強いやつに尻尾降ったって強くなるかい、って。でも自分のこと何も手ェ抜かんじゃろ、バランス考えて飯食って、体おっつかんかったら吐くまで走って。部活やめたいって言わんかったの、お前だけやった」
「……だって、俺はテニスするために立海を選んだんだよ。お前だってそうだろ?」
「ああ、強くなれる環境整っとったけん。覚悟が足りんかったけどな。やけんすぐやめたくなったけど、お前見てたらマジんなった。何も手抜きできんくなって」
仁王にそこまで見られていたとは知らなかった。入学したばかりの頃は本当にテニスばかりで、がむしゃらに走ることしかできなかった。不真面目に見えていた仁王は眼中になかったどころか、どうして強いのかわからず憎らしく思っていた頃だ。何も言葉が出てこない。
「最後まで聞いてな。俺、ブン太のこと好きやったよ」
「……は?」
「テニスもしたかったけど、昔はブン太に会いたくて部活行っとった。俺のこと嫌いみたいやったから、話もできんのに」
「仁王っ」
「ごめんな、今更」
仁王を見ると眉を下げて、困ったような笑顔に自分の思いが報われないことを知る。仁王がしているのはあくまでも過去の話で、――その上で、丸井の気持ちには応えられないと告げているのだ。
「でも言っときたかったんよ。ごめんな」
「……悪いと思ってねえのに謝るな」
「悪いとは思っとるよ。約束破った上に無理やり連れてきてこんな話聞かせて」
「今は?」
「……お前の恋人じゃなくて、敵になりたい。ブン太のテニス、好きなんじゃ。わくわくする」
「お前の頭の中、テニスしかねえのかよ」
「今はな」
「何で?――俺のこと好きだったんだろ、なんで、好きじゃなくなんの」
「なんでじゃろ。……昔と気持ちは変わらんけど、恋じゃないことはわかる」
仁王が溜息をついてどきりとする。うつむいてしまうと食器の音がして、仁王が再び食べ始めた。涙がにじんできて机に伏せる。腕に目を押し付けて、奥歯を噛んだ。
仁王は自分だった。惹かれる理由も、感情も。これ以上自分と向き合うことが怖くなる。ずっと抱いていた気持ちを失うのはどんなに辛いのだろう。体中がぴりぴり痛い。髪を短くした仁王は、そのうち色も変えてしまうのだろうか。そうすれば、自分の知っている仁王ではなくなるかもしれない。
「――俺はずっと、仁王には追いつけないと思ってた。追いつけないはずだよな、俺がお前の前を走ってたんだから」