言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
でもこれを書くために最終巻を待っていたのです。読んでたらどうしたらいいのかわからなくなってきちゃって、ブン太には悪いけどもうちょっと悩んでもらいます。
妹ちゃんがどこまでアリなのかわかんないな。兄弟ってどこまで踏み込んでいいのかわかんない。
6月①
じっとりとした雨を見つめてぼんやりとしていた。昨日まではあんなに晴れていたのに。薄暗い空は周りの空気をも曇らせ、昨日のことがなくても気分を沈ませた。
どうして、何度も何度もその言葉だけが繰り返される。起きたままベッドから出ず、カーテンを閉め忘れたまま眠っていたと気づいたのはさっきだ。鳴り出した目覚まし代わりのアラームを機械的に止めてそのまま携帯を見ると、数分前にメールが届いている。その音で起きたのだろう。開いてみると仁王から、一言『出てこん?』とだけのメールだ。また窓の外を見て、朝だとは思えない薄暗さに、今日はまだ昨日なのかもしれないと少しだけ思った。それでも狂うことのない携帯の時間は正確な日付と時刻を表している。そうだ――関東大会も、幸村の手術も、昨日終わった。今頃自分は笑っているはずだったのに、どうして今こんなに沈んだ気分でいるのだろう。メールが来たということは起きているはずだ、ぼんやりとしたまま仁王に電話をかける。
「よう」
『おはようさん、早起きやね』
「切るぞ」
『いやん、お話させて』
「なあ、病院行かね?」
『俺はええけど、大丈夫?』
「また殴りそうになったら止めて」
『迎えにいく。おめかしして待っとって、ダーリン』
「キモい」
通話を断ってベッドをおりた。着替えて朝食を食べに向かう。外に干せない洗濯物をリビングに干しながらの母親に挨拶し、自分で食パンを焼いてたっぷりのジャムを塗って食べる。
――昨日、関東大会の決勝だった。自分たちが勝つと信じていた。幸村の元へ優勝を掲げて行けると信じて疑わなかったのに、手塚不在の青学に負けた。同じく部長が不在という状態であった青学と自分たちとを比べたら、部長のために勝つという気持ちさえ立海の方が強かったに決まっている。そしてその気持ちが負けたわけじゃない。真田が負けたのなんてあっちのラッキーじゃん、なんて思ってみても、負けは負けだ。
負けてもらいたかったわけではない。自分たちの力で勝ちたかったのだ。これは――後悔、なのだろうか。やれることはやった。丸井個人はダブルスの試合で勝った。だから自分があれ以上の何かをできたかと聞かれるとわからない。それでも悔しい。
何より一番引っかかっているのは、幸村の妹のことだった。大会を終えて病院へ向かうと手術は途中だったが、泣きはらした目の彼女に追い払われてしまった。元々あまり関わってこようとしなかった彼女が何を考えているのかわからない。夜になって手術自体は成功したと柳から連絡がきた。妹から柳へ、そのことだけを知らせてきたらしい。
病院で彼女に何を言われたのか、少し曖昧になっている。向こうが興奮していて聞き取りにくかったせいもあるが、衝撃的すぎて頭が受け付けなかったのだろう。
『お兄ちゃんがいなくてもどうにかなるくせに!』
それだけは覚えている。否定したかったのに、切原が手を出しそうになってみんなで押さえ込んで病院を出た。
そんなわけがない。そんなはずがない。少なくとも丸井にとっては、今更幸村がいないテニス部なんて考えられなかった。
2枚目の食パンを食べている途中で仁王がきた。いつもなら入ってもらうが今日は洗濯物が干してあり、悪いと
思いながら玄関で待たせる。
「行こか」
「うん」
靴を履き、薄暗い外に出た。雨は止んでいたが今にも再び降り出しそうな憂鬱な空で、少し不安になって仁王の袖を掴む。仁王はこっちを見て、梅雨入りやって、と言った。そうなのか、昨日はあんなに晴れていたのに。
「――あのさあ」
「うん」
「幸村くんの妹ってさ、すっげー幸村くんのこと好きなんだって」
「あの様子見たら、そうやろな」
「幸村くんの病気がわかったときも、一番精神的にヤバかったのって幸村くんより妹の方だったらしくて、幸村くんが考え込む間がなかったって」
「ふーん……俺あんま病院行かんかったけん」
丸井の手を離し、仁王はそのままつないだ。冷えた指先を感じて仁王を見るが、前を見ている。
「……俺たちだって、幸村がいないと困るよな」
「そうか?」
「え?」
「ほんまに?」
「な……何言ってんだよ」
「俺らは別に、幸村が全てやってわけじゃなかろ。その妹には、他に何もないだけで」
「そうじゃないだろ、だって」
「幸村がおってもテニスでの勝ち負けは変わらん。俺の日常やって変わらん。病院通うわけじゃないけえの」
「仁王!」
「……ブン太はそうなん?」
仁王が手を離す。話した手をそのまま持ち上げて、目の前で握った。
「俺はいろんなものにかまってられるほど器用じゃない。お前と、テニスでいっぱいじゃ」
右、左と手のひらを見え、仁王は丸井を見る。その無表情が恐ろしくなって背筋が震えた。
「別に幸村を心配しとらんわけじゃない。でも俺には何もできんし、する気もない」
「……なんでそんなこと言うんだよ」
「ブン太が幸村のことばっか言うからじゃ」
「仁王」
「行こう」
先に歩きだした仁王の背中は丸井を拒んでいる。惰性で着いていくが、昨日幸村の妹の声を聞いていたときのように、何を言われたのかよくわからない。
「……仁王」
「俺が冷たい人間なだけかもな」
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6月②
「まだ経過次第だけど、俺はすぐにでもリハビリするつもりだよ」
「傷開かん程度にせいよ」
「早く帰ってこないと俺が抜いちゃいますよ」
「赤也!調子に乗るな!」
「真田も負けたんだろ、ルーキーにさ。それならまだ不二とやり合った赤也の方がまだ頑張ったよ」
「幸村部長はやっぱわかってますねー」
「すんませんってちっちゃくなってたのは誰だよ!」
丸井のつっこみに赤也が耳をふさぎ、病室には笑い声が響いた。特に示し合わせたわけではないがみんな幸村の元に集まっていて、丸井が着いたときはあの妹はいなくてほっとした。仁王の様子を見ると窓に寄りかかり、同じように笑っている。その向こうに見える灰色の空はやはり憂鬱だ。ノックもなしにドアが開いて、見るとしかめっ面で幸村の妹が立っている。一瞬緊張が走った。知らないのは、幸村だけだろうか。
「こんにちは」
「こんにちは。ああ、幸村が疲れてはいけないからもう帰るところだ」
「そうですか」
妹の態度に兄は呆れたようだった。ごめんね、と一番近くにいた丸井に囁きかける。
「……お兄ちゃんテニスやめないの」
「やめないよ」
「……そう」
「嫌そうだね」
「……嫌!テニスも、テニス部の人も、大っ嫌い!」
*
「言っちゃなんすけど、アレ病気じゃん、妹が」
切原の言葉に柳も少し困っていた。確かにな、ジャッカルが小さく応える。一行の一番後ろを歩いていた丸井は、仁王が気になって視線を送った。細身のパンツのポケットに手を引っかけ、やや猫背気味で歩く後ろ姿は声をかけにくい。隣に並んだ柳生に半分隠れてしまってうつむいた。
「おいブン太、大丈夫か?」
「ああ」
ジャッカルの気遣いが少しうっとうしい。仁王が振り返ったのが見えて顔をそらした。さっきの言葉が引っかかっている。もちろをそんなことを言っているのではないとわかるが、まるで自分が幸村を心配するのが気に食わないような印象を受けた。どうしたらいいのかわからない。喧嘩したわけでも仁王が怒っているわけでもないのに。
「では、また明日」
柳の声にはっとした。明日からは練習が再開する。関東大会が終わっても、全国が立ちはだかっているのだ。去年よりも高く感じるその壁を、今度は幸村と共に乗り越える。
「さよならー」
「さようなら」
「ほな、行こか」
手を振って別れ、仁王は軽く丸井の肩を叩いた。頷いて着いていく。ひょこひょこと跳ねる後ろ毛をちょいとつまむと歩きながら振り返った。いつもと変わらない、時折見せる柔らかい笑み。丸井が沈んでいるのをわかって表情を選ぶ仁王は、自分よりずっと大人なのだろう。自分は?子どもなのだろうか。わがままだろうか。
「どうしたん?」
「あのさあ、俺……」
「うん?」
「……」
「……別にブン太が悪いってゆうとらんよ。俺のこと好きやって知ってるし、幸村が大事なんも。だから……気にせんで」
「でも」
「俺のただの嫉妬じゃけん」
「嫉妬……?」
「帰ろう」
にこりと笑って仁王は丸井の手を引いた。
「……仁王、俺が好きなのは、仁王だよ?」
「知っとるよ」
「なんで?」
「あんまり深く考えんでよ、……俺の心が狭いんじゃ」
「意味わかんねえよ……」
「……先帰る。また明日ね」
「仁王」
わからない。立ち尽くして空を見上げると、鼻の頭に雫が落ちた。それから雨が降り始め、仁王の後ろ姿を見送る。
「仁王」
「夜電話するよ」
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6月③
「練習は?」
「……幸村くんに、聞きたいことがあって」
「いいよ」
病室に幸村はひとりだった。こういうときに誰を頼ればいいのかわからない。あまり人に相談する性格ではないし、あったにしてもジャッカルか幸村だ。今回はそのどちらに相談するのも気が引けて、迷った末に顔を見たかったこともあって部活をサボってしまった。後で真田の制裁は覚悟の上だ。とりあえず座りなよと勧められて丸椅子を引いた。どう話せばいいのだろう。丸井の様子を見て察しはついたのか、幸村は急かすことはしない。黙って微笑んでいるだけだ。
言葉を探して迷っていると病室に幸村の妹が入ってきた。気まずさに会釈で済ませると、不機嫌そうな顔で丸井を見る。
「毎日来たってお兄ちゃんはよくならないよ」
「そんなつもりじゃ」
「テニスも、テニス部のひとも大嫌い。みんなでお兄ちゃんにテニスさせようとして。お兄ちゃんが、……お兄ちゃんが死んだらテニスのせいだ」
ぱっと病室を飛び出した彼女の後ろ姿はすべてを拒んでいた。口を開けたままそれを見送って、丸井は今言われた頭の中で言葉を反芻していた。幸村が死んだら?そんなことはありえない。手術は成功したんじゃないか。
「ごめんねブン太、ちょっとまいってるんだ」
「……どういう意味?」
「……俺の病気、結局これでいいのかわかんないんだよ。現状では悪いところは全部取ったけど、再発だってありえるしね」
「そんな……」
「朝リハビリしようとしたらナースに怒られたんだ。ねえ、でも俺がテニスできないって、信じられる?」
神の子と呼ばれた彼は、神に試練を与えられたのだろうか。それとも、それは……。自嘲気味に笑う彼は少し泣きそうに見えた。
「俺からテニス取ったら何が残るのさ」
「……幸村くんは、テニスがすべて?」
「そうだね。もうこれは、恋かもしれない」
「恋」
「うん。苦しくて長い、片思いだ。体全部テニスに捧げても、間に合わない」
「……俺は、さ」
「うん」
「テニスも、大事だよ。でも仁王のことは好きだし、幸村くんが心配だし、弟も、家も、勉強も、遊ぶことも、……選べないよ?それって、わがまま?欲張り?」
「……仁王が何か言ったの?」
「……幸村に、嫉妬してるって……」
幸村はクスクス笑った。顔を上げると頬を優しく撫でられる。その向こうの笑顔に、テニスに誘われた幼い頃を思い出す。……テニスのため、立海に入るために勉強していた彼は、テニスしか見ていなかった。
「俺も仁王も、不器用なんだよ。一直線っていうかさ」
「不器用?あいつが?」
「ブン太を大事にしたいけど、ブン太の大事なものがたくさんあるって知ってるんだよ。だけど俺を一番にして、なんて言えないんだ」
「……俺、仁王が一番好きだよ」
「足りない」
「え?」
「同じぐらい思ってくれないと、足りないよ」
*
帰り道、仁王に電話をかけた。昨日の夜の着信を無視したことには触れず、どうしたん、と優しく聞く仁王の
声に息が詰まる。どうしたらいいのかわからず黙り込んでしまった丸井に、幸村は一言だけ言った。
「結局人間ってさ、したいことしかできないんだよ」
したいこと?迷いながらかけたせいで言葉が見つからない。ブン太、と名前を呼ぶ声が胸を高鳴らせた。こんなに好きなのに。
「会いたい!」
今、したいことは。