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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'03.15.Sat
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2013'11.21.Thu
てんてんと水に沈む。

空を仰ぎ馬を呼んだ。

春の訪れをよそに、私はそうである。

黄色が浮かぶ夜空。

柔らかいものに包まれて夢を見た。

呼ぶ声。

片足を上げて巡る。

今日はお祭りなので、拾いに行きましょう。

Rの文字が光る間は自由だ。

タイピストが笑う声も知らず、タイヤが回る。

そうでしょうとも。

虹色の波が襲いきて、一夜を染めてしまったとて、小さい生き物は得るだけだ。

革靴が叩く星を投げ入れる。

つながったり離れたり、歪んだり。

手に掛かる重さはさりとて、白磁にはかなわぬ。

夜に満ちて。
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2013'11.19.Tue
大会は第一試合敗退で、野球部員全員坊主になることになった。折角伸びてきたのに、と嘆く先輩たち、時代錯誤だろと嘆く同輩。野球部と言えば坊主は免れない運命なのかもしれない。試合に負けた悔しさとはまた違う意味で泣きそうになっている部員たちと解散の号令の後、コニーだけ監督に呼び止められた。

「コニー、お前はいいからな」

一瞬何を言われたのかわからなかった。コニーがぽかんとしていると、当たり前だろ、と後ろにいたジャンに小突かれる。

「お前、女なんだから」

「え、でも」

「あークッソー!坊主かよォ」

ツーブロックを維持してきたジャンが後頭部をかきむしる。ババァが家で待機してやがんだよな、などとぼやいているのもどこか遠く、コニーは手のひらを見る。今日は1日、バッドもグローブも握っていない。選手たちのストレッチにつき合って、声が枯れるまで応援をしていた。理由は簡単、コニーが野球部ただひとりの女子部員だからだ。それを承知で春から練習に混ざり、一緒に野球をしてきた。それなのに最後に仲間ではないと突き放されたようで、頭が真っ白になる。

それが無性に悔しくて、――



教室に近づくとジャンがエレンにからかわれている声が聞こえてきた。ジャンが何よりも嫌だったことだろう。自分もからかってやろう、とコニーは元気よく教室のドアを開けた。

「おっはよー!」

コニーを見たクラスメイトが一斉に硬直したのがわかった。その視線は登校中にさんざん浴びたものと同じなので、もう気にならない。

「どう?セーラー服と坊主頭」

「ばっ……馬鹿かお前!」

真っ先に反応したのはジャンだった。コニーと同じ坊主頭は、顔が整っているだけあって意外と似合っている。

「お前はいいって言われてただろ!」

「いいじゃん、オレもイメチェン!お揃いジャン」

ジャンの頭を撫でると自分と同じ手触りだ。それを笑うとジャンは深く溜息をつく。

「お前、ただでさえ色気ねえってのに」

「いや、でも意外と似合ってるだろ?」

「馬鹿だろ」

「思い切ったことすんなぁ」

エレンも驚きはしたようだが、まじまじとコニーの全身を見る。

「まあ、痴漢には遭わないんじゃねえか?」

「へっ、遭ったことねえよ!」

「コニー!」

エレンと笑い合っていると背後から誰かに飛びつかれた。振り返るとコニーとはおよそ真逆と言えるクラスのアイドル、クリスタだ。その時初めて、しまった、と後悔する。

「コニー!それどうしたの!?」

「いや、ちょっとした気分転換で」

「伸ばすって約束したじゃない!」

「あーごめんごめん、これから伸ばす」

「当たり前よ!……触っていい?」

「おう、触れ触れ」

頭を向けてやると恐る恐るとコニーの頭に手が触れた。細い指は少しくすぐったい。

「……ちょっと気持ちいい」

「だろ」

笑って返すとクリスタは複雑そうに眉をひそめた。

そうこうしているうちに予鈴が鳴る。わらわらと解散して各々が席につく間に、担任のマルコが入ってきた。いつもの調子で教室を見渡し、コニーを見て手にしていたプリントの束を落とす。ばさりと広がったそれに気づくこともなく、マルコはコニーを見て顔を青くした。

「……イジメ?」

「違う!違うから!」

すっかり血の気の引いたマルコに慌てて否定する。ともすればこの真面目な担任のせいで大事になりそうだ。

元々セーラー服に違和感があるほどのショートカットだったのだ、坊主になったところでコニーの印象はさほど変わらない。心配してくれるのはありがたいが、家では散々笑われていたのでそんなリアクションをされると戸惑ってしまう。

コニーが平然としており、クラスを沸かせる笑いも陰湿なものではないとわかったのか、マルコはほっと息を吐いた。心臓が止まるかと思ったよ、と大袈裟に言われて笑い飛ばす。前の席の生徒がプリントを集めて渡したのを受けてやっと落としたことに気づき、マルコのリアクションにまたクラスには笑いが起きた。

「むちゃくちゃするなぁ。コニーも女の子なんだから」

「オレが女に見えるやつなんかそういねえって」

「そんなことは、ないと思うけど」

コニーが笑い飛ばすと、マルコは複雑そうに苦笑した。



*



「……お前、ユニフォームだと完全に男だな」

「オレも思った」

ジャンが顔をひきつらせたのがおもしろくてコニーは笑う。今日は一日笑いっぱなしだ。

部活の時間になり、周りはみんな坊主だらけになると自分も随分馴染む。

「……んん!?」

「二度見すんなよ〜」

監督の反応が予想以上に大きくて、コニーはけらけら笑って肩を揺らす。ライナーはその強面に似合わず意外と表情豊かな男で、朝から驚かれることに慣れていたコニーもまた笑ってしまうほどだった。

「お前、コニーか!?」

「似合う?」

「お前……女子がなんつう頭を。お前はしなくていいって言っただろ」

どこか呆然としながらライナーは大きな手でコニーの坊主頭を撫でた。素肌が感じるぬくもりがくすぐったい。

「いいんだよ、オレも野球部員だ!」

「それにしたって……いや、まあ、悪い虫はつかねえかもしれねえが……」

「オレなんかどんな頭でも一緒だって」

「そんなことはないだろ。お前だって、かわいい女の子だ」

「うへぇ、目ェおかしいんじゃねえの?」

かわいいはずがない。我ながら、ユニフォームに着替えた自分は男にしか見えなかった。自分が一番よくわかっている。

別に男になりたいと思うわけではない。ただ、男のように扱われる方が性に合っていた。かわいい服も恋の話も興味がない。

「オレも坊主にしたことあるが、寒くねえか?」

「あー、確かに寒い」

「風邪ひくなよ〜」

「オレ馬鹿だから風邪ひかねーし」

コニーの軽口にライナーは肩を叩いてからかう。マルコの心配そうな様子よりは、こちらの方がよっぽど落ち着いた。

突然ジャンに肩を抱き寄せられた。驚いてジャンを見上げると、睨むようにライナーを見ている。

「あんまベタベタすんなよ、セクハラで訴えるぞ」

「お前こそ、同意を得てない相手にやらかすんじゃねえぞ。まぁそんな度胸ないだろうけどな」

「何?ジャン、いてぇんだけど」

「……悪い」

ジャンはすぐに手を離したが、まだふたりはにらみ合っている。わけがわからない。

「何?」

「何でもねえよ。よっし、始めっぞー!」

ライナーの声が部員を集めた。腑に落ちないままジャンを見ると、乱暴な手つきで頭を撫でられる。

「何だよ!」

「そうやって簡単に触られてんじゃねえよ!」

「はぁ?意味わかんねえ」

隣で舌打ちをするジャンに理不尽さを覚えるが、整列が始まりそれ以上聞くことができなかった。



*



「ありがとうございましたっ!」

全員が坊主頭での部活は、みんな嫌々だったものの、なかなか気合いの入るものだった。確かに少々寒い気もするが、動き出せばむしろ髪が邪魔だったようにも思えるほどだ。

解散して片付けも済み、コニーは女子テニス部の部室に向かっていく。唯一の女子部員であるコニーには当然ながら自由に使える部室はなく、女子テニス部に間借りしている状態だ。

「コニー!」

スパイクを鳴らして走る途中に呼び止められ、見れば声の主はアルミンだ。優秀な彼は今日は弁論大会に出ていたはずだ。

「よう!どうだった?」

「ふふ、今度の朝礼をお楽しみに」

「ってことはなんか賞取ったんだな?すげーやつだなお前は」

「どうも。それよりコニーも、思い切ったことしたね」

「へ?ああ、頭な。お前よく一目でオレだってわかったな」

「そりゃあ、毎日見てるから」

「ふーん、頭がいいやつは目もいいんだな」

「ちょっと違うけど……まあいいか」

「変?」

「ううん、似合ってる。かっこいいね」

アルミンが笑うと自分よりもよほどかわいらしい。自分の制服と取り替えた方がいいのではないかと思うほどだ。

「触っていい?」

「おう、いいぜ!」

もう頭は触られ慣れた。そういえばジャンがよくわかんないこと言ってたっけ、と思った矢先、アルミンの手が頬に触れる。

「……へ?」

「冷たくなってる。今日寒かったもんね」

「あ、うん……動くと体はあったまるんだけどな」

「女の子なんだからあんまり冷やしちゃだめだよ」

「うん……」

「アルミン!」

スパイクの音にはっとした。アルミンの手が離れ、慌てて振り返るとジャンが走ってきている。その手にあるのは野球帽で、コニーは自分がそれを持っていないことに気がついた。

「やあジャン、お疲れさま」

「やあじゃねえ!何してんだ!」

「何も?じゃあねコニー、風邪ひかないようにね」

「あ、うん……」

誰をも魅了してしまうんじゃないだろうかと思うような笑顔を残し、アルミンは校舎に向かっていく。報告か何かの途中だったのかもしれない。着いていけなくて惚けていると、ジャンに強引に野球帽をかぶせられた。その勢いでよろけてジャンを睨むが、彼も仏頂面だ。

「何だよ!」

「オレに触られてもそんな顔しねえくせに!」

「はぁ?」

今日のジャンはどこか変だ。しかし悪いのがコニーなのかどうかもよくわからない。

「さっさと着替えてこい!」

「わっ!」

背中を叩かれてバランスを崩し、立ち直った頃にはジャンは走り去っている。

なんなんだあれ、生理か?

一部始終を眺めていた女子テニス部員たちが修羅場だと色めき立っていることはまだ知らない。コニーは首を傾げて部室に向かった。
2013'11.18.Mon
ふ、と目を覚ますとアルミンは知らない場所にいた。じめじめとした、光のない場所。窓はない。部屋の隅にあるろうそくが唯一の光源だった。アルミンは柔らかいひとり掛けのソファーに座らされていたが、身動きをしようにも後ろ手に縛られ、足首もソファーの足に縛りつけられている。ずっと同じ体勢でいたのか、立体起動装置のベルトの留め具の辺りが痛い。

アルミンは必死で状況を整理する。ろうそくの光は頼りなく、部屋の中を把握することは難しい。とはいえ家具のようなものは見当たらず、何の変哲もない木の壁と床があるだけに見えた。物音はしない。正面にドアがあるのがわかるが、鍵がかかっているかどうかまではわからなかった。

どうしてこうなったのだろう。アルミンは深く息を吸った。幸い口はふさがれておらず、いざとなれば助けを呼ぶこともできるだろう。

今日の訓練はすべて終了していた。解散後、各自立体起動装置を外して所定の場所に片づける。立体起動装置は決して安価なものではなく、それぞれに支給されているとはいえ、訓練生であるアルミンたちは許可がなければ触れることができない。片づけた後、部屋に戻って着替えを――否、その前にアルミンはひとり離れ、座学の教官のところに向かった。質問があって聞きにいき、教官も面倒がらずに答えてくれたので部屋に戻るのはみんなよりも遅くなった。

――その帰りだ。背後に誰かの気配を感じたと思った瞬間には羽交い締めにされ、何か薬をかがされた、すうと鼻を通るそれに意識を吸い取られるように、アルミンは気を失った。

これは訓練の一部なのだろうか。しかしこんな、訓練外の闇討ちは聞いたことがない。

どうにか抜け出せないだろうかと手首を動かしてみるが、丈夫な縄で縛られているようで緩みもしなかった。

――コツ、

かすかに耳に届いたのは足音だ。緊張で体がこわばり、息が乱れる。足音は規則正しく、かたい靴底で木の床を叩いて近づいていた。教官なのか、訓練兵か、はたまた部外者か――足音が止まる。アルミンはじっとドアを見た。キィ、と小さな音を立ててドアノブがゆっくり回った。たっぷりと時間をかけてドアが押し開けられる。時間がかかるほどにアルミンの緊張は高まり、胸を打つ音が大きくなった。

ドアの向こうから現れたのは、見知らぬ男だった。とはいえ、その顔のほとんどを仮面で覆っているので、はっきりと知らないとは言い切れない。まるで貴族のような出で立ちで、仮面に隠れていない口元は月のように弧を描いた。

「起きてしまったね」

声は知らない声だ。コツ、コツ、とゆっくりアルミンに近づいてくる。

「……誰だ。僕をここに連れてきたのはお前か?」

「威勢のいい子だ。嫌いではない」

男はアルミンの正面で足を止めた。ふあん、と甘い匂いが漂う。不安とそれに伴う緊張で、アルミンは叫ぶように声を荒げた。

「その手に持ったパンケーキで僕をどうするつもりなの!?」

男が手にした皿には、まだ湯気を立てるパンケーキが乗せられていた。あつあつのパンケーキの上でバターが溶ける匂いがアルミンの鼻孔をくすぐる。

「おいしそうだろう?」

「……」

アルミンは口を閉じた。じわりと唾液が溢れてきた。それを一度目にするともう視線が外せなくなり、アルミンはじっと皿の上のパンケーキを見つめた。それに気づいた男はアルミンの鼻先についと皿を寄せたかと思えば、すぐにそれを引き寄せてしまう。残る匂いに誘われて顔を突き出してしまい、男に笑われた。恥ずかしくなって体を戻すが、やはりパンケーキから目が離せない。

きつね色に焼かれた表面にはじわとバターが染み込み、添えられた生クリームをパンケーキの熱が溶かしていく。思わずごくりと喉を鳴らすと、男は再びアルミンの目の前でパンケーキを見せつけるように動かした。

「君には催眠術をかけてある」

「は?」

「パンケーキが欲しくて仕方ないだろう?」

「ッ……」

浅ましい気持ちを隠しきれない自分を恥じる。特別パンケーキが好物であるわけではない。しかし今はパンケーキのことばかりを考えてしまう。男の言うことを信じるわけではないが、まるで催眠術をかけられているかのように、普段の自分ではないことは確かだった。

あの柔らかいパンケーキにナイフを差し込めば、それは弾力をもってして受け止められるだろう。色が変わるまでバターの染み込んで柔らかくなった箇所は、噛むまでもなく舌の上で溶けるだろう。濃厚なバターの匂いに鼻を鳴らす。考えるだけで口の中は唾液でいっぱいだった。

「欲しいかい」

男の声は愛をささやくように甘い。それは誘惑する声だ。

「もし君が私のいうことを聞いてくれるなら、これを君にあげよう」

「そんっな……毒が入っているともしれないもの」

「おや、では君に食べてもらえないこのパンケーキはこのまま冷めてしまうね」

「いっ、一体何が目的なんだ!僕に何の用だ!?」

「何、ちょっとした実験だ。……ほら、欲しくないかい?」

「あっ」

鼻先を横切る匂いにつられてしまう。それにまるで性感でも得たような声を発してしまい、アルミンは慌てて唇を噛んだ。

ああ――欲しい。

「……どう、したら」

それは、男に屈したも同然だった。男の口角は更につり上がり、よくできました、とささやく。皿をアルミンから遠ざけて持ち上げ、男はアルミンの手の拘束を解いた。解放された手で今すぐすがりつきたいほど、アルミンの頭の中はパンケーキでいっぱいだ。

「まずは、その無粋なベルトを外してもらおうか」

男の物腰は柔らかい。しかしアルミンには強い命令に等しかった。緊張と興奮で震える指先で太もものベルトを外していく。もうすっかり慣れたと思っていた装備はもどかしくアルミンを阻んだ。足のベルトを外しても男はただこちらを見ているだけで、アルミンは唇を噛んでジャケットを脱ぎ、上半身のベルトも次々と外していく。仮面に阻まれて男がどこを見ているのかわからないのが居心地悪く、しかしそれが気にならないほど、アルミンはパンケーキに意識が集中していた。もうバターはすっかり溶けきっている。皿に添えられた小瓶はシロップだろうか。柔らかい生地の上に垂らせば広がる匂いを考えただけで、頭がおかしくなりそうだ。

最後のベルトも外して落とした。黙って視線だけで男に訴える。

「では今度は、服を脱いでもらおう。ただし私が満足できるよう、ゆっくり時間をかけて、ね」

「そんなっ……」

こんなことは馬鹿げている、そう思うのに、理性はあっと言う間にパンケーキの魅力にとりつかれた。パンケーキを食べられないまま殺されるかもしれない。それでもアルミンは、自分の意志でシャツのボタンに手をかけた。
2013'11.10.Sun
「こんにちはーっ!芙蓉ちゃんいるかい?」

「竹谷さんこんにちは!芙蓉さんなら奥にいるんですが、集中してるので少し待っていただけますか」

「集中?」

豆腐屋の朝は早い。邪魔をしないように友人を訪ねてきたつもりだが、どうやらまだ早かったようだ。彼女の豆腐は評判で、うかうかしていると売り切れてしまうほど人気がある。竹谷の勤める城の姫がここの豆腐をいたく気に入り、思い出したように竹谷にねだるのだ。そのたびその愛らしさに根負けし、竹谷はいつも挨拶がてら豆腐を買いにくる。以前は山中にあったこの店が、最近町中に移ったことがどれほどありがたいことだろう。

店主の娘で優秀な職人である芙蓉は寡黙な人で、店を切り盛りしているのはいつもアルバイトである。今竹谷を迎えてくれた彼も、まだ日は浅いはずだがしっかりしているようだ。

「あのですね、毎日のように豆腐評論家が来るんです」

「……ほう?」

声を潜めたアルバイトに、竹谷は嫌な予感がする。曰く、毎日のように豆腐を買いにきては芙蓉と睨み合うように店頭で豆腐を口にし、ああだこうだとうんちくを垂れて文句をつけていくらしい。やがてひとり納得し、最後には泣き出すように敗北を認め、豆腐を買って帰るのだ。それが続くうちに、その評論家に出す豆腐を毎日選別するのが、芙蓉の一日の仕事の中で一番重要な仕事になったようだ。

竹谷は深く溜息をつく。容姿や特徴を聞かずとも、そんな豆腐馬鹿はひとりしかいない。

「中入るぜ」

「邪魔すると怒られますよ〜」

「大丈夫」

竹谷が店の奥に入ると、難しい顔をした芙蓉が、親の敵のように水に浮かぶ豆腐を睨みつけていた。どれも同じだろう、と呆れはするが、彼女の不器用さを知っていると突き放すこともできない。

「芙蓉ちゃん」

「久しぶり」

「ああ。……あのさ、どれ食わせても同じだぜ」

「だってうるさいもの」

「はぁ……」

「芙蓉さん、来ましたよ!」

バイトの声に芙蓉が顔を上げた。すくい取った豆腐を皿に載せ、箸を添えて店に出る。竹谷が姿を見せぬようこっそり覗くと、案の定、店に現れたのは昔からの友人、豆腐小僧と呼ばれる久々知兵助その人だ。

芙蓉が黙って豆腐を突き出せば、久々知も黙ってそれを受け取った。アルバイトが固唾をのんで見守る中、久々知はもっともらしく豆腐を眺め、その白さに感動したかのようにどこかうっとりとしている。うやうやしく箸を取り、時間をかけてようやくひと口、ゆっくりそれを味わった。そして何か言いかけたときに竹谷が顔を出せば、ぎょっとしてそのまま硬直する。

「お前な、普通に会いに来い」

「な、何しにきたんだ」

「豆腐買いにきたんだよ、兵助よりよっぽどまともじゃねえか」

「おれだって豆腐を」

「普通に嫁に会えねえのかお前は」

溜息混じりにぼやくと久々知は箸を握って黙り込む。アルバイトは竹谷の言葉にきょとんとして、少し遅れて驚きの声を上げた。

「どういうことですか?」

「夫婦だよこいつら」

「えーっ!だ、だって芙蓉さん何も!」

「芙蓉ちゃん、仕事の邪魔だったらこいつ追い返していいんだぜ」

「構わない。大したことじゃないから」

気まずいところを見られた、とばかりに久々知は黙り込む。つくづく不器用な夫婦だ。

――そりゃ、いい反応がもらえるのがわかってるなら、一番いいものを食べてもらいたくなるよな。

芙蓉を見るが、彼女は特に表情を変えない。久々知はきっと、あのいじらしい行為を知らないのだろう。感情の豊かではない彼女だが、竹谷がわかるのだから久々知が見てもわかるはずだ。

「あーあほくさ。芙蓉ちゃん豆腐ちょうだい。この馬鹿に芙蓉ちゃんの豆腐やるの勿体ないぜ」

芙蓉の背を押し、急かして奥に引っ込んだ。久々知が何か言いたげにしていたが、気づかないふりをする。

「姫様に献上するからいいやつ選んでくれよ」

「どれも一緒」

溜息混じりの芙蓉の言葉を笑い飛ばした。優秀な豆腐職人でありながら、芙蓉は豆腐が嫌いである。味の違いもわからないまま素晴らしい豆腐を作るのだから、世の中は不可解だ。

真剣に豆腐を選んでくれる芙蓉の隣から、竹谷は店先で豆腐を味わっている久々知を見た。問い詰めるアルバイトに適当に相槌を打ちながら、豆腐を口に運んで顔をほころばせる。

「なぁ芙蓉ちゃん、別に芙蓉ちゃんが豆腐を作るのをやめたって、兵助は芙蓉ちゃんを大事にしてくれると思うぜ。どうせおやっさんも豆腐作りに専念してるんだろ」

「……いい。作るのは嫌いじゃない」

「……そりゃ、ま、食べてくれる人がいりゃそうなるか」

からかうつもりはなかったのだが、はっと顔を上げた芙蓉は竹谷を見た。その頬がほのかに赤い。

「……おれ、のろけ聞きに来たんじゃねえんだけどな……」

それきり黙り込んだ芙蓉が持たせてくれた豆腐を持って、なぜか疲れて店に出た。久々知がやや不満げにこちらを見る。

「じゃあな、嫁さん大事にしろよ」

「よけいなお世話だ」

不器用な夫婦だ。久々知の精一杯を笑い飛ばし、竹谷は豆腐を手に自分の城へと歩き出す。きっと以前よりもおいしい豆腐になっているだろう。妻の愛が、たっぷりこめられているのだから。
2013'11.03.Sun
「おはよう。帰り何時だった?」

「おはよう。12時過ぎてたな」

「全然気づかなかった」

笠井が寝てから帰宅し、起きるより早く支度を済ませている三上に舌を巻く。もう慣れてはいたが、相変わらずてきぱきした人だ。朝食を済ませて皿を片づけている三上を見てあくびをする。

「ああ、そうだ」

笠井の前を横切ろうとして三上は足を止めた。

「誕生日おめでとう」

「どーも」

そういえば、今日は笠井の誕生日だった。

三上の隣で過ごすようになってから、もう10年以上経つ。お互い今更誕生日やクリスマスなどのイベントごとをいちいち恋人らしくこなしてはいられない。身も蓋もない言い方をするなら、ネタが尽きた。三上も言葉だけ残して台所に消える。

「……あ、お皿置いてていいよー、後で俺一緒に洗うから」

「洗う気なかった」

「そーですか」

「パン焼くか?」

「うん」

三上がトースターを開ける音を聞きながら、笠井は奥の部屋に向かった。

男ふたりには不釣り合いな一戸建て。広く取った部屋の1階は笠井のピアノ教室のための部屋だ。壁のカレンダーを見ながら今日の生徒を確認する。祝日なので休みの子がほとんどだ。それ以外は夕方まで、いつもと何も変わらない1日だ。

「布団でも干そうかな」

「焼けたぞー」

「あざーっす」

カレンダーを弾いてリビングに戻った。無造作に食パンを皿に乗せ、三上は笠井と入れ替わるように2階の部屋に上がっていく。冷蔵庫から取り出したマーガリンといちごジャムをべたりと塗って、牛乳をマグに注いで朝食だ。

もう三十路も前になれば、誕生日もさして特別なものでもない。2、3年かに1度ぐらい思い出したように友人が思い出したようにメッセージをくれる以外には、律儀な三上がひと言くれるのがここ数年のパターンだった。誕生日を祝ってもらって無邪気に喜ぶような年でもない。

「じゃあ俺行くからー」

「はーい」

玄関からの声に、食パンを手にしたまま一応見送りに行くと、三上はそれを見て顔をしかめた。行儀の悪さを怒るのかと思いきや、三上が笠井の腹を摘んだので叩き落とす。

「お前絶対肉ついた」

「ついてない!」

「ケーキでも買ってやろうかと思ってたけどやめるわ」

「ケンタのチキンがいい」

「デブ」

「遅刻しろ!」

三上を見送り、笠井はざくざくとトーストを食べながら台所に戻る。怒りのまま咀嚼しながら、そっと腹を撫でた。明らかに昔より柔らかいことは自分でもわかっている。しかし三上が言っているのは、きっと自分がまだ毎日サッカー漬けで走り回っていた頃のことだ。あれから何年経っていると思っているのだろう。

「……走ろうかな」

朝食を済ませて部屋に戻ると、忘れていた携帯に友人からメールが来ている。祝いと一緒に久しぶりに食事でも、という誘いだ。少し迷って、例と一緒に、その前に走りに行かないか、と送ってみる。現役のサッカー選手にどこまでついていけるのかはわからない。送ったメールにやや後悔しながらも、返事がくる前に笠井は着替えを始めた。ああ見えてもまめな三上は、きっと笠井のリクエストに応えたものを買って帰ってくるだろう。
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