言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2013'11.10.Sun
「こんにちはーっ!芙蓉ちゃんいるかい?」
「竹谷さんこんにちは!芙蓉さんなら奥にいるんですが、集中してるので少し待っていただけますか」
「集中?」
豆腐屋の朝は早い。邪魔をしないように友人を訪ねてきたつもりだが、どうやらまだ早かったようだ。彼女の豆腐は評判で、うかうかしていると売り切れてしまうほど人気がある。竹谷の勤める城の姫がここの豆腐をいたく気に入り、思い出したように竹谷にねだるのだ。そのたびその愛らしさに根負けし、竹谷はいつも挨拶がてら豆腐を買いにくる。以前は山中にあったこの店が、最近町中に移ったことがどれほどありがたいことだろう。
店主の娘で優秀な職人である芙蓉は寡黙な人で、店を切り盛りしているのはいつもアルバイトである。今竹谷を迎えてくれた彼も、まだ日は浅いはずだがしっかりしているようだ。
「あのですね、毎日のように豆腐評論家が来るんです」
「……ほう?」
声を潜めたアルバイトに、竹谷は嫌な予感がする。曰く、毎日のように豆腐を買いにきては芙蓉と睨み合うように店頭で豆腐を口にし、ああだこうだとうんちくを垂れて文句をつけていくらしい。やがてひとり納得し、最後には泣き出すように敗北を認め、豆腐を買って帰るのだ。それが続くうちに、その評論家に出す豆腐を毎日選別するのが、芙蓉の一日の仕事の中で一番重要な仕事になったようだ。
竹谷は深く溜息をつく。容姿や特徴を聞かずとも、そんな豆腐馬鹿はひとりしかいない。
「中入るぜ」
「邪魔すると怒られますよ〜」
「大丈夫」
竹谷が店の奥に入ると、難しい顔をした芙蓉が、親の敵のように水に浮かぶ豆腐を睨みつけていた。どれも同じだろう、と呆れはするが、彼女の不器用さを知っていると突き放すこともできない。
「芙蓉ちゃん」
「久しぶり」
「ああ。……あのさ、どれ食わせても同じだぜ」
「だってうるさいもの」
「はぁ……」
「芙蓉さん、来ましたよ!」
バイトの声に芙蓉が顔を上げた。すくい取った豆腐を皿に載せ、箸を添えて店に出る。竹谷が姿を見せぬようこっそり覗くと、案の定、店に現れたのは昔からの友人、豆腐小僧と呼ばれる久々知兵助その人だ。
芙蓉が黙って豆腐を突き出せば、久々知も黙ってそれを受け取った。アルバイトが固唾をのんで見守る中、久々知はもっともらしく豆腐を眺め、その白さに感動したかのようにどこかうっとりとしている。うやうやしく箸を取り、時間をかけてようやくひと口、ゆっくりそれを味わった。そして何か言いかけたときに竹谷が顔を出せば、ぎょっとしてそのまま硬直する。
「お前な、普通に会いに来い」
「な、何しにきたんだ」
「豆腐買いにきたんだよ、兵助よりよっぽどまともじゃねえか」
「おれだって豆腐を」
「普通に嫁に会えねえのかお前は」
溜息混じりにぼやくと久々知は箸を握って黙り込む。アルバイトは竹谷の言葉にきょとんとして、少し遅れて驚きの声を上げた。
「どういうことですか?」
「夫婦だよこいつら」
「えーっ!だ、だって芙蓉さん何も!」
「芙蓉ちゃん、仕事の邪魔だったらこいつ追い返していいんだぜ」
「構わない。大したことじゃないから」
気まずいところを見られた、とばかりに久々知は黙り込む。つくづく不器用な夫婦だ。
――そりゃ、いい反応がもらえるのがわかってるなら、一番いいものを食べてもらいたくなるよな。
芙蓉を見るが、彼女は特に表情を変えない。久々知はきっと、あのいじらしい行為を知らないのだろう。感情の豊かではない彼女だが、竹谷がわかるのだから久々知が見てもわかるはずだ。
「あーあほくさ。芙蓉ちゃん豆腐ちょうだい。この馬鹿に芙蓉ちゃんの豆腐やるの勿体ないぜ」
芙蓉の背を押し、急かして奥に引っ込んだ。久々知が何か言いたげにしていたが、気づかないふりをする。
「姫様に献上するからいいやつ選んでくれよ」
「どれも一緒」
溜息混じりの芙蓉の言葉を笑い飛ばした。優秀な豆腐職人でありながら、芙蓉は豆腐が嫌いである。味の違いもわからないまま素晴らしい豆腐を作るのだから、世の中は不可解だ。
真剣に豆腐を選んでくれる芙蓉の隣から、竹谷は店先で豆腐を味わっている久々知を見た。問い詰めるアルバイトに適当に相槌を打ちながら、豆腐を口に運んで顔をほころばせる。
「なぁ芙蓉ちゃん、別に芙蓉ちゃんが豆腐を作るのをやめたって、兵助は芙蓉ちゃんを大事にしてくれると思うぜ。どうせおやっさんも豆腐作りに専念してるんだろ」
「……いい。作るのは嫌いじゃない」
「……そりゃ、ま、食べてくれる人がいりゃそうなるか」
からかうつもりはなかったのだが、はっと顔を上げた芙蓉は竹谷を見た。その頬がほのかに赤い。
「……おれ、のろけ聞きに来たんじゃねえんだけどな……」
それきり黙り込んだ芙蓉が持たせてくれた豆腐を持って、なぜか疲れて店に出た。久々知がやや不満げにこちらを見る。
「じゃあな、嫁さん大事にしろよ」
「よけいなお世話だ」
不器用な夫婦だ。久々知の精一杯を笑い飛ばし、竹谷は豆腐を手に自分の城へと歩き出す。きっと以前よりもおいしい豆腐になっているだろう。妻の愛が、たっぷりこめられているのだから。
「竹谷さんこんにちは!芙蓉さんなら奥にいるんですが、集中してるので少し待っていただけますか」
「集中?」
豆腐屋の朝は早い。邪魔をしないように友人を訪ねてきたつもりだが、どうやらまだ早かったようだ。彼女の豆腐は評判で、うかうかしていると売り切れてしまうほど人気がある。竹谷の勤める城の姫がここの豆腐をいたく気に入り、思い出したように竹谷にねだるのだ。そのたびその愛らしさに根負けし、竹谷はいつも挨拶がてら豆腐を買いにくる。以前は山中にあったこの店が、最近町中に移ったことがどれほどありがたいことだろう。
店主の娘で優秀な職人である芙蓉は寡黙な人で、店を切り盛りしているのはいつもアルバイトである。今竹谷を迎えてくれた彼も、まだ日は浅いはずだがしっかりしているようだ。
「あのですね、毎日のように豆腐評論家が来るんです」
「……ほう?」
声を潜めたアルバイトに、竹谷は嫌な予感がする。曰く、毎日のように豆腐を買いにきては芙蓉と睨み合うように店頭で豆腐を口にし、ああだこうだとうんちくを垂れて文句をつけていくらしい。やがてひとり納得し、最後には泣き出すように敗北を認め、豆腐を買って帰るのだ。それが続くうちに、その評論家に出す豆腐を毎日選別するのが、芙蓉の一日の仕事の中で一番重要な仕事になったようだ。
竹谷は深く溜息をつく。容姿や特徴を聞かずとも、そんな豆腐馬鹿はひとりしかいない。
「中入るぜ」
「邪魔すると怒られますよ〜」
「大丈夫」
竹谷が店の奥に入ると、難しい顔をした芙蓉が、親の敵のように水に浮かぶ豆腐を睨みつけていた。どれも同じだろう、と呆れはするが、彼女の不器用さを知っていると突き放すこともできない。
「芙蓉ちゃん」
「久しぶり」
「ああ。……あのさ、どれ食わせても同じだぜ」
「だってうるさいもの」
「はぁ……」
「芙蓉さん、来ましたよ!」
バイトの声に芙蓉が顔を上げた。すくい取った豆腐を皿に載せ、箸を添えて店に出る。竹谷が姿を見せぬようこっそり覗くと、案の定、店に現れたのは昔からの友人、豆腐小僧と呼ばれる久々知兵助その人だ。
芙蓉が黙って豆腐を突き出せば、久々知も黙ってそれを受け取った。アルバイトが固唾をのんで見守る中、久々知はもっともらしく豆腐を眺め、その白さに感動したかのようにどこかうっとりとしている。うやうやしく箸を取り、時間をかけてようやくひと口、ゆっくりそれを味わった。そして何か言いかけたときに竹谷が顔を出せば、ぎょっとしてそのまま硬直する。
「お前な、普通に会いに来い」
「な、何しにきたんだ」
「豆腐買いにきたんだよ、兵助よりよっぽどまともじゃねえか」
「おれだって豆腐を」
「普通に嫁に会えねえのかお前は」
溜息混じりにぼやくと久々知は箸を握って黙り込む。アルバイトは竹谷の言葉にきょとんとして、少し遅れて驚きの声を上げた。
「どういうことですか?」
「夫婦だよこいつら」
「えーっ!だ、だって芙蓉さん何も!」
「芙蓉ちゃん、仕事の邪魔だったらこいつ追い返していいんだぜ」
「構わない。大したことじゃないから」
気まずいところを見られた、とばかりに久々知は黙り込む。つくづく不器用な夫婦だ。
――そりゃ、いい反応がもらえるのがわかってるなら、一番いいものを食べてもらいたくなるよな。
芙蓉を見るが、彼女は特に表情を変えない。久々知はきっと、あのいじらしい行為を知らないのだろう。感情の豊かではない彼女だが、竹谷がわかるのだから久々知が見てもわかるはずだ。
「あーあほくさ。芙蓉ちゃん豆腐ちょうだい。この馬鹿に芙蓉ちゃんの豆腐やるの勿体ないぜ」
芙蓉の背を押し、急かして奥に引っ込んだ。久々知が何か言いたげにしていたが、気づかないふりをする。
「姫様に献上するからいいやつ選んでくれよ」
「どれも一緒」
溜息混じりの芙蓉の言葉を笑い飛ばした。優秀な豆腐職人でありながら、芙蓉は豆腐が嫌いである。味の違いもわからないまま素晴らしい豆腐を作るのだから、世の中は不可解だ。
真剣に豆腐を選んでくれる芙蓉の隣から、竹谷は店先で豆腐を味わっている久々知を見た。問い詰めるアルバイトに適当に相槌を打ちながら、豆腐を口に運んで顔をほころばせる。
「なぁ芙蓉ちゃん、別に芙蓉ちゃんが豆腐を作るのをやめたって、兵助は芙蓉ちゃんを大事にしてくれると思うぜ。どうせおやっさんも豆腐作りに専念してるんだろ」
「……いい。作るのは嫌いじゃない」
「……そりゃ、ま、食べてくれる人がいりゃそうなるか」
からかうつもりはなかったのだが、はっと顔を上げた芙蓉は竹谷を見た。その頬がほのかに赤い。
「……おれ、のろけ聞きに来たんじゃねえんだけどな……」
それきり黙り込んだ芙蓉が持たせてくれた豆腐を持って、なぜか疲れて店に出た。久々知がやや不満げにこちらを見る。
「じゃあな、嫁さん大事にしろよ」
「よけいなお世話だ」
不器用な夫婦だ。久々知の精一杯を笑い飛ばし、竹谷は豆腐を手に自分の城へと歩き出す。きっと以前よりもおいしい豆腐になっているだろう。妻の愛が、たっぷりこめられているのだから。
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