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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'03.15.Sat
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2013'09.21.Sat
「捕まえたっ!」

竹谷が飛びかかると子狼は甲高く鳴いた。その口を素早くつかみ、暴れる獣を抑え込む。背を撫でてやればやがて大人しくなり、いい子だ、と褒めてやってから手を離す。荒い息のまま竹谷を見つめている子狼を笑って、膝の間に入れて撫でまわした。甘えるような声がくすぐったい。

「早く走れるようになったなぁ。どうなることかと思ったけど、お前もちゃんと狼だってことだ」

話しかけながら、まるで犬のようにじゃれてくる狼に苦笑した。兄弟の中では一番小柄で、どうも甘やかしてしまう。子狼の育て方をきちんと教わっておくべきだった、と卒業した先輩のことを思い返すが、過ぎた時間は戻らない。

「よし、帰るぞ」

立ち上がって歩き出すと、狼は大人しく竹谷についてくる。裏山を走っていたつもりだったが、いつの間にか裏々山辺りまで来てしまってる。ふと耳に入る音に辺りを見れば、キツツキの姿があった。小刻みに気を叩く姿は愛らしく、後輩たちに見せてやりたいなぁなどと思う。一年生は今揃って演習で海に行っているはずだ。またいつもの学園長先生の突然の思いつきだ。さて今度は何を食べたがっているのだろうか。

そんな余計なことを考えながら歩いていたせいだろうか、道なき道で迷ってしまった。辺りの木々に見覚えはある気はするのだが、思い浮かぶ帰路を辿って歩いても違うところに着いてしまう。

そうしているうちに日も落ちてしまい、夜に動くのは諦めることにした。たまごとはいえ竹谷も忍者、夜は恐ろしいものではない。自分ひとりならば歩き続けても構わないが、今はまだ若い狼と一緒だ。下手に野生の群れにでも遭遇するといらぬ戦いをすることになる。手頃な木の側で休むことを決めて、寄り添う獣を抱いて目を閉じた。



鳥の声で目が覚めた。と同時に、側にいたはずの子狼がまた逃げ出していることに気がつき、立ち上がる。まだ温もりが残っているので、さほど遠くへは行っていないだろう。朝も早くから蝉の大合唱が響く森の中を、竹谷は溜息をついて歩き出した。あまり遅くなると仕事がどんどん溜まってしまう。生き物がざわつく気配を探りながら、大体の見当をつけた。猫柳がその愛らしい穂を揺らしている。いい季節だ。

森を歩くのを楽しんでいると、小さく動く影を見つけた。悪戯好きの子狼だ。気配を殺し、音も極力させずに近づいていく。機嫌よく揺れる太い尻尾の先に、トンボがぶつかりそうになった。パリッと気持ちよく空気を切り、それが飛んでいった瞬間、狼が耳を揺らす。それとほぼ同時に背中に飛びついた。どうにか抱え込める大きさの獣の口を押さえ、低い唸り声をあげてあばれているのをどうにか制御する。声をかけ続けているとようやく落ち着いて、手を離して謝りながら首回りを撫でてやった。

「ったく、手間かけさせんなよ」

とはいえその成長は少し嬉しい。親を亡くして鳴いていたのを連れてきた形になり、初めは随分衰弱していたのだ。立派な狼にしてみせるからな、と背を撫で、さぁ、と声をかける。

「学園に帰るぞ」

何事にも巻き込まれていなければ、そろそろ学園長先生の突然の思いつきで海に行った一年生たちが帰ってきているだろう。紫陽花の咲き誇る辺りを抜けて学園に向かったが、竹谷が思っている場所に出ない。裏山を走っていたつもりが、いつの間にか裏々山に来ていたのだろうか。知っているような気がするあたりなのだが、竹谷の思う位置と少しずれているようだ。

子狼は遊びと勘違いしているのか、跳ねるように竹谷の足元にまとわりつきながらついてくる。水仙を踏み荒らすので笑って制した。そうかと思えば舞うように近づいてくるアゲハチョウを捕まえようと飛び跳ねる。元気な子だ。竹谷も疲れているわけではないが、とても遊ぶ気にはなれない。

歩いても歩いてもこれとはっきりわかる場所には出ず、そうこうするうちに緩やかに日が沈んでいく。空に浮かぶ月を見上げ、明るい満月に溜息をついた。こんなに明るい夜に動いて、他の群れに目をつけられてはたまらない。散々遊んだ子狼を抱え込み、今日は野営をすることにした。そう冷え込むわけでもないし、なによりこの獣は熱いほどだ。どこからともなく鈴虫の心地よい鳴き声が聞こえてくる。たまにはこんな夜も悪くない。



気持ちのいい朝だった。子狼に顔を舐められて目を開ける。近くに沢を見つけて顔を洗った。赤い沢蟹を見て頬を緩める。さあ、帰ろうか、と子狼を撫でて歩き出した。そろそろ演習へ行った一年生が帰ってきているかもしれない。学園長先生の突然の思いつきのおかげで生物委員は人手が足りなくて大変なのだ。早く帰らなければ。

金木犀が香る森を抜けて学園に向かう。どこからか桜の花びらが飛んできて、少し浮かれた気分になった。子狼も飛び跳ねるように竹谷の前を進んでいく。ふと見た足元に立派なキノコを見つけ、今度用意をして取りに来ようと思った。

ぴくん、と子狼が顔を上げた。次の瞬間地を蹴って駆けだす。油断していた竹谷は遅れて追いかけた。ドクダミを踏み分けて追う小さな背中は早い。自然の生き物を追いかけるのは一瞬たりとも気が抜けず、途中何を払ったかもうわからない。子狼が向かう先に鹿の姿を見つけ、竹谷は覚悟を決めて獣に飛びつく。高い鳴き声で獲物は逃げていき、暴れる四肢が大人しくなるまで抱え込んだ。幼いとはいえ鋭い牙と爪を持つ。どうにか落ち着いてくれた後、ゆっくり手を離して大きく息をついた。

「はー、帰ったら飯にするから、遊ぶならおれにしてくれ」

背を叩き、再び歩き出す。ざわついた森はすっかり生き物の気配が離れてしまった。気を取り直して学園へ向かう。少し遠くまで来てしまったが、このまま行けばそう時間もかかるまい。足元に芽吹くフキノトウを横目に進むのは知った道だ。そう思って歩いていたが、よそ見をしすぎたか、少し逸れてしまったようだ。

軌道修正していると、誰かに声をかけられる。少し警戒した子狼をなだめてその人を見ると、修業中の山伏のようだった。道に迷って森から抜けられなくなったのだという。それなら一緒に、ということになり、直接学園に向かうのはやめてふもとを目指すことにした。

「あなたは、森から出られますか?」

妙に神妙に男が言うので竹谷は思わず笑い飛ばす。自分にとっては庭のような場所だ。

「すぐ抜けられますよ」

「そうですか……私はもう、何日も迷っておりました」

「まさか、そんなに深い山じゃないでしょう。化かされているのならいざ知らず」

竹谷の軽い口調に彼は複雑そうにしていた。きっと慣れていないのだろう。

「あ、ほら、もうすぐそこですよ」

辺りが明るくなり、すっと森が切れる。その太陽の下に出た瞬間、竹谷はめまいに襲われ膝をついた。

「竹谷ッ!」

崩れ落ちそうな体を、たくましい腕が抱きとめる。直接頭に響く大きな声。名前を呼ぼうとするが、喉の奥が焼けつくようで、かすれた息が漏れるだけだ。七松がどうしてここにいるのだろうか。しかし考える余裕はなく、体にのしかかるような疲労に襲われて指先ひとつ動かせない。

「生きてるな!?」

ゆすぶられて頭ががくがくと振り回される。どうにか顔を上げて七松を見ると彼は安堵の息を吐き、強く竹谷を抱きしめる。とにかく水を、と差しだされ竹筒を持つこともできず、飲ませてもらいどうにか喉を潤した。

「――あの、これは」

「お前が帰ってこないから、みんなで探していたんだ」

「まさか、一晩ぐらいで大げさな」

「何を言っている。お前が帰らなくなって5日だ」

「……え?」

慣れた裏山に、後輩を迎えに行っただけだ。早く帰れと声をかけ、それから――それから、自分は何をしていたのだろうか。自分を強く抱く七松の力は痛いほどだったが、彼がそうするのは自分の体が震えているからだと気がついた。

「帰るぞ」

七松の頬に伝う汗を見上げ、竹谷は黙って頷いた。
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2013'09.20.Fri
アルミンが男か女かはお好きにどうぞ。結婚して捏造の娘(メアリー)がいます。

















よく風の通る家にしたのは正解だった。子どもはよく汗をかく。

タオルケットにくるまって、夫婦のベッドの真ん中ですうすうと寝息を立てている娘を見下ろしてジャンは頬を緩める。この間まで眠るか泣くかぐらいしかしていなかったのに、そろそろ人間らしくなってきた、とはアルミンの言葉だが、その通りだとも思う。ぺたぺたと手をついて這っていたかと思えばもう立ち上がるようになり、すぐに尻餅は着くが元気よく四肢を動かしている。

額の汗を拭ってやり、柔らかいその頬を指先でつつく。まだ年を取ったとは思いたくないが、赤ん坊の肌と言うものはどうしてこうもみずみずしいのだろうか。

「いい子だな、メアリー」

いつか嫁に行くのか、とぼやくと気が早いと笑われるが、あんなに大騒ぎした出産からもうすぐ1年、きっと10年20年なんてすぐだろう。

無心で頬をつついていると、幼い子の眉間に皺が寄る。しまった、と思った時にはすでに遅く、娘は子猫のような声を上げて泣き出した。また昼寝の邪魔をしたと怒られる。慌てて娘を抱き上げてぽんぽんと背を叩くが、機嫌を直してくれる様子はない。ふにゃふにゃと情けない泣き声はかわいらしくもあるのだが、どうも父親と言うのは母親ほどの力はなく、ジャンが抱いてもなかなか泣き止まないのはいつものことだった。立ち上がって部屋の中をうろつき、部屋を出てアルミンを探す。買い忘れたものがあると財布ひとつで出て行ったのですぐ戻るだろうが、腕の中の熱い子どもの声は激しくなるばかりだ。

「あークソ、すまん、悪かった!俺が悪かったから泣きやんでくれ!」

眠いのだろうがぐずるばかりで、完全にジャンの手には負えなくなる。ジャンの方が泣きたくなってきた頃ようやくドアの音が聞こえ、ジャンはすぐさま玄関に向かった。すでに泣き声を聞きつけていたアルミンが苦笑してジャンを見る。

「起こしたでしょ」

「すまん、悪かった。助けてくれ」

「ふふ。おいで、メアリー」

荷物を置いたアルミンが手を伸ばすと、気づいた娘もそちらに身を乗り出す。少し傷つきながらジャンはメアリーをアルミンに預け、代わりに荷物を拾い上げた。

「パパはすぐお昼寝の邪魔するから困ったねえ」

「うう、起こすつもりはねえんだよ……」

「ハンネスさんにぶどうをいただいたんだ、少し洗ってくれる?」

汗をかきながらも泣きじゃくるメアリーに額を寄せて、アルミンはジャンの手の荷物を見た。袋の中を覗くと買ってきた調味料と一緒に、立派なぶどうが入っている。キッチンで大粒のそれをいくつか房から外し、洗ってリビングに戻るとアルミンはソファーに腰掛け、向かい合うように膝にメアリーを乗せている。まだしゃくりあげてはいるが泣き止んでいて、悔しいことこの上ない。彼女もいつか父親を疎ましく思う日が来るのだろうかと思うと泣きたくなる。

「ありがと。ほらメアリー、ぶどうだよー。さっき味見させてもらったけどすごく甘かった」

娘を膝に抱いたままぶどうの皮をむき、大粒のそれに少し迷ってアルミンは半分を自分で食べて、残りを娘の口元に持って行く。口を開けてそれを受けたメアリーはもごもごと口を動かした。まだはっきりとした好みはないようだが、すっぱいものが少し苦手な以外は食欲も旺盛だ。

「おいしい?ぶどうだよー。ぶーどーうー」

「あー」

まだ言葉は離せないが、何かを訴えるときに声は上げるようになった。一番初めに発する意味のある言葉は何になるだろうか、とジャンはパパ、と教え込もうとしているが、この様子ではどう考えてもジャンの完敗だろう。

「ジャンも食べなよ。美味しいよ」

「ああ」

「見てるなぁ。もっといる?ぶどう好き?」

もうひとつぶどうを取り、さっきと同じようにメアリーにぶどうを食べさせる。小さな口はぶどうのかけらでもいっぱいで、小さな歯が見えたときの感動を思い出した。

「ふふ、元気になっちゃった。いつもより早く寝ちゃうかなぁ」

「すまん……」

「ごめん、ジャンを責めてるわけじゃないんだ。……でもその代り、明日の朝多分早く起きるから覚悟してね」

「はい」

幼い子は意外と規則正しい。大体決まった感覚で昼寝をして、ずれると少しずつ全部がずれていく。そのたびアルミンは笑いながら世話をしているが、手を焼いているだろう。時間の許す限り手伝いはするが、やはりジャンの助けは些細なことだ。人間をひとり育てながら家の仕事も片づけるのだから、と少し申し訳なくなる。アルミンの肩に頭を預けると、子どもが増えた、とアルミンは笑った。

「お前、よかったのか?」

「何がー?ぶどうよく食べるなぁ。ご飯入らなくなっちゃうかな、やめとこうか」

「勉強。続けたかったんじゃねえの?もう少し手がかからなくなれば、預けて学校戻ってもいいんだぜ」

「別に、家でもできるから。それに、こんなにかわいい時期を見られないなんて嫌だもの。ねえメアリー?」

かわいい子に額を寄せてアルミンは笑う。それはジャンと出会った頃と変わらなくて、いつまでもジャンを魅了してやまない。子どもの一挙一動にはしゃぐ姿に実は嫉妬を覚えているなどと口にすると笑われるだろうが、早く手がかからないようになってくれないかなと思ってしまう気持ちも少しあった。

おもちゃのような手に口元を触られて、アルミンがその手をかぷりと食べるふりをする。子どもは楽しげに笑って、ぺたぺたとアルミンの頬を叩いた。アルミンがその手を取って少し動かせば、それは容赦なくジャンの鼻先を叩く。わざとしかめっ面をしてやるとメアリーはより一層はしゃいでそれを繰り返した。

「この年で男を弄ぶとは、なんという娘だ」

「何言ってんの」

子どもをあしらうように笑われて、頭を起こしてアルミンを見る。わざとねめつけるとアルミンは笑い、黙ってジャンにキスを落とした。予想外の行動に硬直していると、メアリーもパパにちゅう、とアルミンは娘をジャンに向ける。理解はしていないだろうが娘はまっすぐジャンを見つめてきて、小さな果実のような唇にキスした。アルミンが笑うので、アルミンにもキスをする。

「大きくなったら、ファーストキスがパパだって知ってショックを受けて泣くかもしれない」

「お前だろ」

「そうだっけ?」

「お前は?」

「ん?」

「ファーストキス」

「……残念ながら、ジャンでした」

アルミンは照れ隠しのように娘を抱き直し、その柔らかい体に顔を隠してしまう。恥ずかしがられるとそれはジャンにもじわりと伝染し、言葉を失くして頭をかいた。ファーストキスなど、一体何年前の話だろう。

「オレ、幸せすぎて死ぬかも」

「……幸せで死ぬなら、僕はもう何度も死んでるよ」
2013'09.15.Sun
パネル前の住人が<開>のボタンを押した。久々知はそれに軽く会釈してエレベーターを降りる。

「おやすみなさ〜い」

不意に声をかけられて振り返ると、見ず知らずのマンションの住人はへらへら笑って久々知に手を振った。派手な金髪の男は酔っているようだ。

「お休みなさい」

挨拶を返して久々知は歩き出す。金曜日の仕事終わりだというのに背筋をぴんと伸ばし、パンプスの音も高らかに部屋へ戻った。鍵をかけた瞬間、バッグを投げるように廊下に落としてジャケットを脱ぎ捨て、パンプスも脱ぎ散らかしながら大股で廊下を抜ける。髪をまとめていたコームを引き抜いて頭をかきながら、冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出した。そのまま止まらず部屋を横切り、テレビの電源をつけてソファーに沈み込む。缶ビールを開けて一気にあおった。喉を鳴らして半分ほど流し込む。

「ッあー!今週もお疲れっしたぁ!」

誰もいない宙に勘を掲げ、久々知は更に深く身を沈めた。正面のローテーブルに一旦缶を置き、もぞもぞと背中に手を回して下着のホックを外す。スーツのスカートをたくし上げてストッキングもくしゃくしゃと丸めて脱いだ。テレビからはニュースが流れているが、横目で見るだけで聞き流している。改めてビールを手にして、久々知は深く息を吐いた。

――この開放感のために働いている。そう言っても過言ではないかもしれない。もう風呂も入らず寝てしまおうか、と思い、癖のついた髪を見て肩を落とした。明日は美容院の予約をしている。風呂に入ってしっかり髪の手入れをしなければ。手入れをするために美容院に行くのに手入れをするとは我ながら不毛だが、下さないプライドが許さない。強張った足の指を動かしてビールを口にする。



来年で30になる。母親はもう結婚しろと言うのを諦めた。ひとりで適度に貯金をしながら生活をしていく程度の収入はある。学生時代の友人のように寂しいから彼氏が欲しいと思うこともない。もう2年ほど相手はいないが、久々知の生活には特に支障がなかった。胸の辺りまで伸びた毛先を見る。切ろうか、と少し考えたが、結局いつものように整えるだけで終わるのだろう。いつものルーティーンのひとつだ。

「はぁ」

このまま眠ってしまいたい。どうせ出かけるのなら靴の修理も以降。ヒールがすぐにすり減るのだ。ついでにマッサージか岩盤浴に立ち寄るのもいい。季節の変わり目だからショッピングでも……

「いや、接待だ」

深く溜息をついて髪をかき上げる。何が悲しくて休みの日の夜にわざわざ飾って出かけ、酒の酌をしなくてはならないのだろう。

目の前でひらりと手を閃かせ、しばらく指先を見て考える。缶ビールを干して立ち上がり、脱ぎ捨てた下着類を掴んでブラウスのボタンを外しながら廊下を戻った。バッグから携帯を取り出し、バスルームの戸を開けながら友人に電話をかける。まだ起きているだろう。

「――あ、もしもし。明日、雷蔵空いてる時間ある?うん、ネイル。ううん、普段用でいいから。あ、あのさぁ、来月結婚式あるだろ、そう、その時の予約もさせてほしい。うん」

肩で携帯を支えてぽいぽいと服を脱ぎ捨てる。鏡を覗き込んで眉を寄せた。

「あと、まつげパーマの予約も。うん、もう駄目、あれ楽すぎて。うん、午前中は美容院なんだ、午後に。――4時ね、わかった。ありがとう――行きたい!行きたいけど明日の夜接待なんだ。な〜、しばらくお茶もしてないもんな〜」

戸を開け放ってシャワーをひねる。お湯が出るのを待っていると、電話の相手が笑うのがわかった。音が聞こえるのだろう。

「ありがと。おやすみ。うん、また明日」

ぱくんと携帯を閉じて、久々知は深呼吸をした。シャワーの温度は上がり、浴室には湯気が漂っている。

「ま、手間がかかるのはしょうがない」

それが女と言うものだ。
2013'09.13.Fri
締め切った熱気に耐えきれず、教室の窓を開け放つ。生徒が来るとわかっているのだから、先に来た教師が開けておいてくれたらいいのに。伊助は毎日そんなことを思いながら窓を開けて、そして身を乗り出す。正面に広がるグラウンド、右手にはプールが見える。風が髪を舞いあげたのを押さえてプールを見た。ほとんどは校舎に隠れて端の方が見えるだけだが、さわやかなプールの水色や水のきらめきは見ているだけで涼しげだった。

補習の授業はまだ生徒が集まってすらいないのに、水泳部はすでに練習を開始している。普段の勉学と共に部活動にも力を入れた学校はどの部も優秀な成績をおさめるところが多く、水泳部もまた同様に、全国大会まで勝ち進んでいると聞いた。誰かが泳いで跳ねる水しぶきが夏日に反射して、プールサイドから見ればもっときれいなのだろう。

「おはよう伊助」

「おはよー、庄左ヱ門」

振り返って風で首にまとわりつく髪を払う。首が焼けるのがいやで登校のときは髪を下ろしていたが、やはり暑苦しい。日焼け止めを塗っていても手足同様少しずつ肌は焼けている。髪をまとめて、他の窓も開け放した。



それは伊助の夏休みの日課になっていた。教室に風を入れながら、気分だけの涼を求めてプールを見る。泳ぎは得意ではないので行きたいとは思わない。プールサイドが暑いことは知っているが、それでもやはり水の近くを少し羨ましい気持ちで眺めていた。

多少の雨でも水泳部は泳いでいた。威勢のいい応援が聞こえることも何度かあった。プールサイドに、見たくない人物が見える日もあった。



「こら水泳部ー!着替えてきなさい!」

「すいませーんっ」

前方から逃げるように走ってきた姿を見て、反射的に廊下の端に避けた。伊助の隣の友人は、露骨に顔をしかめている。水着にジャージの上着を羽織っただけの水泳部員がふたり、売店から戻る途中のようだ。

すれ違い際にひとりが伊助を見た。伊助が会いたくない人物、池田三郎次。目をそらすのは癪で、一瞥して友人の腕を取る。

「行こ」

「見たくないもん見せられた〜」

「ね、デリカシーのないやつ。無視無視」

友人を連れて売店に向かう。三郎次に聞こえただろうか。どちらでもいい。伊助が意地を張っている間は三郎次が謝ってくることはないだろうが、伊助もまた、謝る気は一切なかった。



それでも毎日プールを見ていた。毎日あまりにも暑いから、冷房もない教室では視覚的に涼を求めなくなるからだ。三郎次のことなど見たくもなかった。



毎日飽きもせず、太陽は地球を焼き尽くさんばかりに日差しを浴びせかけている。まぶしさと暑さに辟易しても補習はなくならず、今日も暑い制服を着て学校へ。

どうして補習なんてものがあるのだろう、夏休みなのに。そのことを三郎次にからかわれたことを思い出して顔をしかめた。どうせお勉強はできませんよ、あのとき返したせりふをまた頭の中で繰り返す。いつも通りのやりとりだったのに、あのときだけ許せなかったのはなぜだろう。



いつもの時間に校門をくぐった。天気予報は今日も真夏日としか言わなくて、あれほど鬱陶しいと思っていた梅雨が恋しくなってくる。

昇降口までも遠く感じながら歩く伊助の隣を誰かが走り抜けた。一瞬であったがこちらを見て通り過ぎて行ったのは、間違いなく三郎次だ。後ろ姿はあっと言う間に昇降口に消えていく。寝坊でもしたのだろうか。ざまあみろ、思わず口角を上げる。

夏休み前にも十分焼けていた三郎次の肌は、また更に夏らしくなっていた。



結局補習の最終日まで、伊助は窓を開け続けていた。軽い窓を開けると熱気をはらんだ風がカーテンを舞い上げる。髪を押さえて身を乗り出し、プールの方を見た。

――そこに見えたものに、硬直する。

隣の教室の窓から、身を乗り出した三郎次が伊助を見ていた。そのずっと遠くで静かなプールの水面が光っている。

「勝ったぞ!」

三郎次の声にはっとした。すぐに教室に入ろうとするのに、睨むような三郎次の視線から逃げられない。

「帰りちゃんと待ってろよ!」

「しっ……知らない!あんな一方的な約束は無効!」

「黙って待ってろブス!」

伊助の反論を許さず、三郎次の方が先に姿を消す。背後で廊下を駆け抜ける足音がした。

日に焼けた肌では顔が赤かったかどうかなんてわからない。それでもその表情を思い出すと、伊助まで恥ずかしくなってくる。

「おはよう伊助」

「おっ、おはよう庄左ヱ門!」

クラスメイトの声に弾かれるように振り返る。その勢いに少し驚いた様子を見せた庄左ヱ門は、特に追求はしなかったが笑顔を見せた。

「ちょっと焼けた?」

「え?」

「顔が赤いよ」

「……ひ、日焼け止め、塗り忘れて」

顔を隠すように踵を返し、他の窓も開けていく。

どうやって三郎次から逃げ出すかを考えて、最後の補習は何も頭に入らなかった。
2013'09.13.Fri
幼い頃は自分がお姫様だと思っていて、いつかすてきな王子様が迎えに来るのだと信じていた。きらきらしたものやふわふわしたものに囲まれていたから、脳味噌までふやけていたのだろう。だからきっと、間違えてあんな男を好きになってしまったのだ。



「嘘つき」

ただいまを言うより早く愚痴をこぼし、兵太夫は蒸し暑い玄関に立ち尽くす。今日は絶対早く帰るから、なんて言葉を、信じていたわけじゃない。毎日同じことを聞かされているのだ。彼の中ではそれは免罪符になっているのだろう。

カーテンの引かれた暗い部屋は、この夜でも気温の下がらない真夏日に1日中締め切られていたので熱気がこもっている。パンプスを脱ぎ捨てて、重たい体をどうにか部屋の中へ運んだ。部屋を満たした生ぬるい空気はまとわりつくようで、思わずブラウスを脱ぎながら歩くが脱いでも大して変わらなかった。

冷房だけは電源を入れ、荷物を投げ捨ててソファーに崩れ込む。横になると寝てしまう気がしてどうにか体は倒さずに、肩を落として深く溜息をついた。化粧を落とさなければ。夕食の支度をして、洗濯も今夜してしまいたい。

同居人は最近忙しい。親の経営する運送業に勤める彼は最近忙しい。大口の契約が結べたのだと、夏に入ってから西へ東へと飛び回っている。夜にはほとんど寝るためだけに帰っては来るが、すでに兵太夫が寝ている時間になっていることもある。嘘をついて遊び回ることができるような性格ではないとわかっているから何を疑うでもないが、こうすれ違いが続いては少し虚しくなることもあった。一緒に住んでいる方が寂しい、なんて。



動かなければ、と思うのに体が重い。もう少し部屋が涼しくなれば楽になるだろう。ドアノブの回る音がして、ひくりと指先が動いたが、顔を向けるのも億劫だった。

「ただいまー!ってあれ?」

1日働いたとは思えない張り切った声が帰ってくる。ぱちりと電気をつけられて、突然の刺激に目を細めた。

「うわっ!びっくりした!兵ちゃん帰ってたんだ、どうしたの電気もつけずに。俺鍵かけるの忘れたかと思ってびっくりしたじゃん」

彼は笑いながら洗濯物を出したり風呂を覗いたりとテキパキ動いている。元気だな、と思うとどこか理不尽な気持ちになった。寂しいと思っているのは自分だけなのだろう。

「兵ちゃーん?……どうした?しんどい?」

やっとこちらに来るその手にはビールがある。ご飯まだ、小さくこぼすが隣に座った彼は気にせずに、缶ビールで冷えた手が兵太夫の額に触れた。

「団蔵」

「どうした?熱はないなぁ。夏バテ?」

「……ちょっと」

「しんどい?食欲は、ないかぁ、なさそうだね。ゼリーでも買ってこようか?」

「……馬鹿」

もたれかかると焦ったように体をかたくした。体重をかけるとそのままずるずると倒れていく団蔵にそって体を倒す。熱い体を下敷きに、このまま眠ってしまいたい。それでも馬鹿にはなれなくて、化粧を落とさなければ、と考えている。団蔵の服にもついてしまう。起きなければ。

どうしたの、優しい声が降った。大きな手が頭を撫でて、我慢できずに振り払う。

「優しくすんな馬鹿!」

「えっ」

絞め殺すイメージで強く抱きしめる。いつだって、まるでたぶらかすように優しいから、この人がいいと思ってしまうのだ。冷静になればただの錯覚だと思うのに。

「遊びたい」

「兵ちゃん?」

「海行きたいお祭り行きたい」

「えーと、兵ちゃん行ってたよね」

「お前と行きたいって言ってんだよ馬鹿!」

憤りに任せて胸を叩く。思いがけない力が入ってしまい、団蔵は低く呻いた。泣きたくないと思うのに、我慢しているうちに夏が終わっていく。

「俺だって」

ゆっくり抱き締められる。汗臭いと思うのに、それに安心している自分がいた。

「兵ちゃんの水着も浴衣も見たかったなぁ」

「……あのさ」

「ん?」

「当たってんだけど……」

「スイマセン……俺だって我慢してんだよぉ」

頭を抱いた手が愛しくてすり寄った。やっぱりちょっと離れて下さい、と押し返されるが、その手を払って抱き直す。

「兵ちゃん、あのね、俺明後日は休みだから」

「明後日三ちゃんとデートだもん」

「うう……」

生殺しだ、と言いながら、頭を撫でてくれる手が優しい。

さっき団蔵が設定していたのか、風呂がわいたことを知らせるメロディーが流れる。

「へ、兵ちゃん、お風呂行っといで!俺ぱっと走って晩飯買ってくるから!」

「……連れてって」

「はいはいっ」

わざとひょうきんに振る舞って、体を起こした団蔵は兵太夫を抱き上げる。軽々といわゆるお姫様抱っこで抱いた兵太夫を連れて、団蔵は浴室に向かった。バスマットの上に降ろされてから、自分がブラウスを脱いだみっともない姿だったことを思い出す。お姫様とは程遠い。

「一緒に入る?」

「入りたいッ……けど、明日、明日お願いします!俺明日4時起きだし!」

「やだ。一緒がいい」

お姫様にはなれなかったし、王子様も現れなかった。

それでも兵太夫が手を引けば、甘えさせてくれる人がいる。真っ赤になった彼を見るのは久しぶりで、羞恥心など忘れてしまった。
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