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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'03.15.Sat
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2013'08.31.Sat
「……あれは待機してるな」

「してますねぇ」

談話室で本を読む辰巳の背中を見ながら、三上と笠井は顔を見合わせた。本に集中しているようでありながら、談話室に誰かが入ってくるたびにわずかに肩が揺れる。笠井が先輩に対してかわいいなぁ、などとこぼしても、三上はそれをとがめなかった。

辰巳が談話室で本を読んでいることは珍しくない。どんな環境でも本に集中できる辰巳は、冷暖房が必要な時期には共有スペースにいるエコな男だ。だから今日ここにいることも不自然ではないのだが、さっきからページが進んでいる気配がない。今日辰巳がここにいるのは、本を読むためではないだろう。

「うーん、あの辰巳先輩からここまで集中力を奪うとは」

辰巳が待っているのは、夏休みで帰省中のあの人だ。今日戻るとの連絡は三上たちも受け取ったが、誰よりも一番待ち望んでいるのは辰巳だろう。

「ただいま!」

辰巳が肩を震わせる。待ち望んでいたその人が、談話室のドアを大きく開けて入ってきた。辰巳の背中を見てもそわそわとしているのは見て取れるが、すぐに立ち上がろうとはしない。そんな辰巳に気がつかず、彼は三上に気づいてこちらにやってきた。

「ただいま。元気にしてたか?」

「盆の間だけじゃねーか」

「笠井も戻ってたんだな。仲良くしてたか?」

「お前は親戚のおっさんか」

「お帰りなさい、キャプテン」

帰ってきたその人、渋沢は、三上が顔をしかめるのも気にせず笠井に笑いかけた。寮でも部員たちをまとめる渋沢は、恐らく実家でも兄弟たちにつきまとわれただろうが、そんな疲れは微塵も見せない。三上も笠井も辰巳がどう動くのかが気になって横目で観察するが、渋沢は実家でリフレッシュできたのか、にこやかに実家での話をしている。次第に肩を落とす辰巳に見かねて、三上が小声で教えてやった。

「ああ、そうだった。辰巳!」

振り返った渋沢が呼ぶと、辰巳はぱっと顔を上げる。その少年らしい目の輝きに、三上が吹き出しそうになったのを笠井が慌てて抑えた。そうする笠井も笑うのをこらえて唇を噛んでいる。こちらにやってくる辰巳は心なしか早足で、笠井はぐっと俯いた。

「渋沢お帰り」

「ただいま。休み前に話してたことなんだが」

「あ、ああ」

「ちゃんと探したら見つかった。祖父に聞いたら、もういらないから辰巳にあげてくれって」

「か、貸してもらえるだけで」

「好きな人が持っている方が喜ぶだろうからって」

「あ、ありがとう!」

「今度私物と一緒に送ってもらうから、届いたら知らせるよ」

「ありがとう!」

「……なぁ、何の話?」

笑いをこらえながら三上が聞く。尤も、聞かずとも大体は予想がついているのだが。

「辰巳が探していた本のシリーズが実家にあったんだ」

「……そんなことだろうな」

「キャプテンのおじいさんも本が好きなんですか?」

「いや、まったく読まないということはないが辰巳ほど好きでもない。シリーズが揃ってるのは本棚に並べるためだ。見栄っ張りなんだよ。ああ、だからあまり状態がよくないかもしれないが」

「読めるならなんでも!」

「はは、家族も誰も読まないから、処分できて助かるよ」

辰巳の常日頃では見られない勢いにも渋沢は驚かないようだった。三上はもう耐えきれず、うずくまってしまっている。

「あ、そうだ、図書館に行かないと」

「そうなのか、気をつけてな」

肩の荷が下りたようにすっきりした辰巳は、渋沢に見送られて談話室を出ていった。笠井も手を振って、いつもはたくましいはずのかわいい背中を見送る。

「ほんとに辰巳は本が好きだなぁ」

「そ、そうですね」

そういうレベルなのだろうか。笠井には病気に見える。

「たっだいま〜!」

「あ、中西先輩お帰りなさい」

談話室に入って来るなり、中西は荷物を放り投げた。涼しい!とそのままソファーに倒れ込む。笠井が近づくと、中西の額に浮いた汗が外の暑さを物語っていた。確かに日中の一番暑い時間帯だ。こんな中辰巳は出ていったのか、と苦笑する。

「あ、ねえ辰巳は?俺出迎えてねって帰る時間メールしたんだけど」

「あー……」

「図書館に行ったぞ」

笠井が言い淀む助けになったのかわからないが、部屋に戻りかけた渋沢が代わりに答えた。えーっ、と頬を膨らませる中西に、今まで堪えていた三上がついに笑い声を上げる。

「中西、お前ついに本に負けてやんの!」

「……笠井、俺と三上どっちが好き?」

「中西先輩です!」

ふふん、と笑って見せた中西とは対照的に三上には悔しさがにじみ、笠井に恨みのこもった視線が飛んでくるが無視をする。

「どうした辰巳、忘れ物か」

談話室を出たばかりの渋沢の声に廊下を振り返った。出ていったはずの辰巳が戻ってきている。

「辰巳!俺を思い出して帰ってきてくれたんだね!」

「いや、図書カード忘れた」

ろくに中西を見ずに、辰巳は部屋へ向かっていく。中西が言葉を失った。三上の笑い声が大きくなるのを笠井が慌てて抱え込む。



再び辰巳が寮を出る頃には、三上の笑い声は悲鳴に代わっていた。
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2013'08.30.Fri
昨日も確認したメールを、朝から何度も確認した。待ち合わせの場所と時間。

――夢のようだ。

「アルミン、今日予定でもあるの?」

「えっ!?」

「ずっと時計見てる」

「ええと、ちょっと」

あと2時間、あと1時間がもどかしい。さりげなさを装ったつもりでも、ブックカフェのオープンから一緒に働いているスタッフにはばれていた。

今日はジャンと地元の祭りに行く。仕事上での関わりはないが、同じショッピングモールで働く左川急便のスタッフだ。彼の話は幼なじみでジャンの同業者のエレンから聞いて知っていたが、エレンの話しぶりとは全く違う好青年だった。

アルミンがジャンと知り合ったのは、元々別の店舗で働いていたアルミンが、新店のオープンをきっかけに自宅に近い方へ異動したからだった。

ジャンは運送業者らしく、鍛えすぎというほどでもないたくましい体をしていた。対照的にアルミンは自分の体つきを恥ずかしく思うほど頼りない。エレンのまだ未発達さの感じられる体とも違う姿は、ジャンが特別ではなかったが少し羨ましく思えた。

しかしアルミンを魅了したのはそればかりではなかった。ジャンは爽やかさだけではない顔立ちで、時々いたずらっ子のように幼い笑みを見せる。誰にでも向けられる営業スマイルとは違ったその表情見たさに、得意ではない会話もアルミンにしてはかなり努力をした。

好きになったのだと自覚したのはいつだろう。休憩室で会うたびに声をかけてくれたその人を、好きにならない人はいないだろうと思った。それほど魅力的に見えていたし、モール内でも人気があった。



いつだかアルミンが祭りに行きたいと言っていたのを覚えていてくれたのか、ジャンから祭りに誘ってくれた。丁度行く相手がいなかっただけだとはわかっている。アルミンは自分が浮ついているのを押し隠すことに必死だった。

10分がこれほど長く感じたことがあるだろうか。そわそわと浮かれたまま、終業と同時にショッピングモールを飛び出した。



今日は家に誰もいない。だから、自分ひとりでこれからこなさなければならないミッションがある。時間は十分にあるし、散々家族をつき合わせて練習もしたが不安はぬぐえなかった。

部屋に下げているのは新しい浴衣だ。浴衣で来いと言われた代わりに、ジャンにも浴衣で来るようにと約束させた。

――この思いを、どうしようとは思っていない。会話の中でジャンはアルミンのような男を好きにはならないとわかっている。それでも、好きな相手のいつもと違う姿が見たいと思ってもいいだろう。

浴衣を持ってるかと聞かれたときには、とっさにあると答えたが、高校まで友人もなく、つき合う相手と言えばエレンとミカサのふたりだったアルミンがそんなものを持っていたはずがない。慌てて買いに行ったその浴衣を、教えられた通りにきっちり着込む。鏡の前でくるくると回って何度も全身を確認した。おかしくないだろうか。普段着るものに頓着のないアルミンには、自分に似合っているのかどうかもわからない。店の店員と家族の言葉を信じるしかなかった。

「……欲張らない。でしゃばらない。浮かれない」

鏡を見て自分に言い聞かせる。今夜ひと晩、楽しく過ごすことができれば、この恋はもうそれだけで十分だ。そもそも夏休みが終わればシフトもぐっと減り、ジャンに会う機会もほとんどなくなる。今は会うたびに高鳴る胸も、そうなれば自然に落ち着くだろう。



*



自分で着た浴衣は懸念していたようなこともなく、ほぼ家を出たときのまま帰ってくることができた。しかしアルミンの心中は乱されて、少しのアルコールでの酔いは駅から歩くうちにさめてからは更に穏やかではない。

「ただいま……」

「お帰りなさい。あら、きれいに着られたわね」

母親に迎えられてどうにか笑顔を返した。疲れたから、と足を洗っただけで部屋に向かう。慣れない下駄は思っていたほど痛くはなかったが、裸足でフローリングを踏むとどこかふわふわしたものの上を歩いているようだった。

自室に入り、明かりもつけずベッドに倒れ込む。のろのろと携帯を取りだし、ジャンにメールを打とうとしたが言葉が出なかった。鼻がつんとする。涙が出そうだ。

「はあぁ……」

行かない方がよかったのかもしれない。胸が苦しい。

――もっと好きになっただけだった。

何度も好きだと言いそうになった。欲を出して甘えたら、すべて優しく受け入れられた。それならこの思いも、と思ってしまうほど。

「……浴衣ってえっちだなぁ……」

頭に浮かぶのは浴衣姿のジャンだった。感傷的になりきれない自分が悲しい。自分も男なんだぁ、とアルコールの抜けきらない頭で考える。下世話な妄想が頭をよぎり、慌てて体を起こした。ジャンへのお礼は明日にすることにして、今日はさっさと寝てしまおう。

好き、と、伝えたらどうなってしまうのだろう。肩に触れた体温を思い出し、火照った頬が更に熱くなった。

「――夢みたいだったな」
2013'08.30.Fri
「あー、もうこんな時間か。送るわ」

ジャンは立ち上がって車のキーを取った。いつもならそこでアルミンも続くのだが、今日は慌てたようにジャンのズボンの裾をつまんで引き止めた。彼の控えめな仕草はいつも無条件にジャンをどぎまぎさせる。狙ってやっているのだろうなとわかる仕草をされたことはあれど、アルミンのように自然に頬を染められると騙されてしまう。勿論、アルミンが演技をしているなど微塵も思ったことはない。

「どうした?」

「と……泊まるって、言ってきた……」

「……マジで?」

「め、迷惑だった?」

「いや、オレはいいんだけどよ……」

赤くなって俯いてしまったアルミンに動揺する。ジャンの仕事が終わってから部屋で会うのが最近の日課になっていた。時間のスケジュールが合わない中でわずかに顔を合わせるだけでも楽しい。確かに物足りない思いがなかったと言えば嘘になる。

「明日、ジャン休みだよね?」

「ああ」

「僕も、明日……休みになったんだ。だから……その……」

キーを投げてアルミンを抱きしめた。というよりも押し倒した。痛い、と聞こえたがかまわず唇を押しつける。

「なんなんだよお前は、オレにどうさせたいんだ」

「えっと……」



アルミンの手がするりとシャツを引っ張った。露わになる肌に唾を飲む。

「す……する?」

「……してえんだろ?」

「ち、違うけど」

「違わねえだろ?泊まれるっていつ言おうかずっと考えてたんだろ?」

「う……」

「期待してたんじゃねえのかよ」

「……ジャンが、確かめて」

震えるまつげはジャンを誘うものでしかない。服の裾から手を差し込み、肌をたどって胸を撫でる。弾む鼓動に口角をあげると、アルミンは顔を倒してジャンの視線から逃げようとした。いじらしく見せて、その裏ではきっとジャンの想像以上のことを考えているに違いない。

――ああ、それにしても。この肌にじっくり触れるのは久しぶりだ。煩わしい服を先に脱ぎ捨てる。

「手加減しねえからな」

「……うん」

伸ばされた手ははっきりと意志を持っていた。



*



「うおっと」

鳴りかけた瞬間の携帯のアラームを慌てて止めた。ジャンの隣でアルミンが小さくうめいて丸くなったが、起きる様子はなさそうだ。ほっと息を吐き、いつも通り繰り返し鳴るように設定したままのアラームを止めておく。

目が覚めたときに隣にアルミンがいる、というのは初めてかもしれない。昨夜の乱れた姿からは想像できないほど無邪気な寝顔だ。確かに成人男子であるはずだが、時々信じられなくなる。

手にした携帯に気づき、ジャンはカメラを開いた。ジャンの隣で眠るアルミンの前髪を払ってカメラを向けた。天使の寝顔、とは自分で思って恥ずかしくなる。頭を抱えてうずくまり、そのまま横を向いてアルミンを見た。伏せられた髪と同じ色のまつげ、子どもっぽさを増す丸い鼻、喋り始めると止まらなくなる唇に口づけて、名残惜しいが起こさないように気をつけてベッドを出る。

ふたりとも休み、とはいえ、昨日はお互い仕事も忙しい日だった。体に疲れが残るほどではないにせよ、夜張り切ったせいもあって万全とは言いがたい。出かけないのも惜しい気もするが、だらだら過ごす休日も悪くないだろう。
2013'08.28.Wed
「ワイ、オカンの腹の中で花火の音聞いててん」



いつだかそう言った鳴子の声が突然思い出された。せやからお祭り男やねん!そう言って小さな体で豪快に笑う鳴子は、いつも小さく見えたことはなかった。

「中止か」

田所は祭りのチラシを弾いて窓の外を見る。昨日からの悪天候はまだ続き、優雅になった今になって雨は本降りになった。二日間の予定が両日とも雨で、結局中止となるらしい。

人が多いから夜の練習も中止の予定にしていたが、どうにも自転車に乗れるような天気でもなかった。しばらく忙しかったので久しぶりにしっかり走りこみたかったのだが、と部屋のディスプレイ同然となっているロードバイクを見る。

ローラー台でも乗るかと携帯を取って時間を見た。店の手伝いは閉まってからでいいと言われているのでまだ時間はある。尤も、この悪天候では今日の売り上げは大したことはないだろう。夕食はパンになるかもしれない。よくあることではあるが昨日も同様で、慣れたこととはいえ飽きはする。

そういえば鳴子はいつもパンばかり食べていた。粉物じゃないのか、と何度もからかったように思う。

元気にしているだろうか。久しぶりに声を聞くのも悪くない、と思い、携帯をそのまま操作する。

鳴子は高校を卒業してから大阪に帰ってしまった。懇意にしているコーチがいるとかでその大学に進学したので、卒業式に見送った辺りからもう会っていない。

少しの呼び出し音の後、電波の向こうで元気のいい声が弾ける。

『オッサン!久しぶりやな〜』

「相変わらずだな、てめーは」

『何?どないしたん?わざわざ電話て』

「別に、暇だからどうしてるかと思ってよ」

『どうもしませんわ、いつも通りっすよ』

笑い声が少し懐かしい気がする。それほど声を聞いていないだろうか。

『オッサンはどない?ちゃんと走ってます?』

「当たり前だ」

『……あー』

「何だ?」

『や、なんでも』

それより聞いてや!と賑やかな声が喋りだした。一度口を開けば喋りっぱなしになるいつもの鳴子節だ。それに近況報告を挟んだり懐かしい話をしたりとそれなりに盛り上がり、話題はいつまでも尽きない。こんなに話すことがあったかなと思うほど、自分の口からも言葉が出てきて、思っていた以上に盛り上がったことに戸惑うと同時に、この時間が終わるのを少し惜しくも感じる。

『あ、あかん、ワイこれから出かけんねん』

「今から?飲み会か」

時間を見ると随分経っている。

『せやねん!めっちゃ集まんねん、楽しみやわ』

「ほー。まぁほどほどにな」

『オッサンも太らんように気をつけや!なんや長話してもたな』

「まぁまた時間あったらかけるわ」

『ワイはオッサンにつき合うほど隙ちゃうけどな〜』

「そうかよ」

『……ほんまに暇でかけてきただけかい』

「なんだ?」

『別に。なんか言いたいことでもあるんちゃうかなーと思っただけや!ほな!ちゃんとおうちのお手伝いするんやで!』

「うるせえよ」

笑って気を付けて行って来いよ、と声をかけるが、返事がない。通話が切れたのかとディスプレイを見るが、数字はまだ進んでいる。

「鳴子?」

『チッ』

「は?」

突然態度を変えた鳴子に戸惑うが、苛立ちの方が勝る。今まで機嫌よく、むしろいつもより饒舌に話をしていたというのに何のつもりだろう。畳みかけようとした田所よりも、ひと息吸った鳴子の方が早かった。怒鳴るような声が田所の耳を貫く。

『アンタは恋人の誕生日も知らんのか!』

「……は」

頭が理解する前に通話が切れた。流れているのが空しい機械音だけになっても、田所は硬直したように携帯を下ろすこともできずにいる。そのまま、さっき弾いたチラシを見た。祭りの日付は今日の日付だ。

「あっ!」

慌てて電話を掛け直すがすでに遅いようだ。何度かけても呼び出し音が続くだけで、鳴子は一切出てくれない。

携帯を握りしめて深く溜息をつく。しばらくそうして、顔を上げたときには決意していた。

簡単に荷物を整えて、鳴子にメールを打ちながら店に向かう。店内では暇そうに両親が揃ってウインドウの外の雨を眺めていた。

「俺ちょっと出てくる。手伝いパスしていいか」

「暇だしいいけど、こんな雨の中どこに行くの」

「大阪」

「おお……!?」

「あぁ、パンくれ。どうせ残るだろ」

ご機嫌取りになるかどうかはわからない。何もしないよりはましだろうと思っただけだ。

メールが送信できるとすぐに鳴子からの電話があった。笑いながら出ると焦った声に問い詰められて、

バカだのアホだのと言われた気がするが許してやる。

「夜行バスで行ってやる。迎えに来いよ」

『あっ……アホちゃう!?ひと言素直に言ったらええだけやろ!』

「直接言ってやるって言ってんだ」

わずかに息を飲んだ気配の後、黙ったまま通話は途切れた。くつくつ笑っていると、母親から呆れた視線が送られる。

「鳴子くん?」

「ああ」

「あんまりいじめたらダメよ」

「いじめられてんのは俺だよ」

素直に誕生日も教えてくれない。田所迅は、そんな不器用な恋人を放っておけるような男ではないのだ。
2013'08.28.Wed
「アルミンの彼氏って何してる人?」

不意をつかれた質問に、針を指に突き刺した。縫っていたスカートを落として悶えるアルミンを気に留めず、友人はずい、とぶつかるように横に腰を下ろす。更に反対側も同様にかためられ、どうにか逃げ出せないかアルミンは必死で脳を回転させた。

「この間迎えにきてたのって車ででしょ?社会人?」

「ええ〜……僕の話はいいよ、ハンナの話聞いてあげて」

「聞き飽きた!」

「フランクなんか興味ないし!」

「ちょっと!失礼ね!」

学内で有名なハンナとフランクのカップルは、確かに今更聞きたいような話もない。アルミンはスカートをたぐり寄せて針を探しながら、黙秘を貫くことにした。

先日彼女たちと飲みに行った際に散々飲まされ、前後不覚の状態でジャンに電話をしてしまったのが間違いだった。お酒を飲むとふわふわと気持ちよくなって、無性に誰かに甘えたくなってしまう。その相手がジャンしか浮かばなくて、深夜だというのに電話をかけ、あまつさえ迎えにきてもらうという失態を犯した。ジャンに迷惑をかけただけではなく、友人たちにジャンを会わせることになったのが一番の失敗だった。

――恥ずかしさ以上に、見られたくなかったのだ。アルミンの女友達はみなかわいい子ばかりで、そんなことはしない子たちだとわかっていても、ジャンを取られはしないかと不安だった。

だんまりを決め込んだアルミンにやがて友人たちは諦めた、かのように見せかけて、腕を肩に回し更に密着してくる。アルミンが女性に対して劣情を抱いたことがないにしても、ぎょっとするほどの触れ合いだ。

「ちょっと、怒るよ」

「私たちだって怒ってるわよー、ずっと彼氏ができたこと秘密にしてくれちゃって」

「だって、それは」

「いい?アルミン、あなたの彼氏はどうでもいいの。問題はその友達、あるいは同僚!」

「え?」

「合コン組めって話!」

「あ〜……」

みんな揃ってかわいい子だが、今はフリーばかりだ。もうすぐ学祭で、それまでは展示物に集中すると言っていたが、準備の中であちこちでカップルができているのがやや気に食わないらしい。

「合コン……」

ジャンの同僚を思い浮かべてみる。出会いはアルミンのバイト先のショッピングモールだ。彼の同僚も何人か知っているが、彼女たちのお眼鏡にかなうだろうか。悪い人たちではないが、彼女たちの好きなタイプも大体知っているので少し違うような気もする。いっそモール内の女性スタッフに人気のある、女性スタッフに会わせた方が喜ぶかもしれない。

「……やっぱりやだ」

「なんでよ〜!」

「……だってジャンが幹事になるでしょ。ジャンも行くことになるじゃないか……」

「のろけが聞きたいわけじゃないんだけどなぁ」

けらけら笑って友人はアルミンを離し、衣装の作成に戻った。楽しげな様子とは裏腹に、アルミンはやや不機嫌になる。想像でふてくされている子どもっぽい自分が嫌になるが、アルミンも初めてのことにうまく感情が制御できない。

「……男の人って、普通合コンぐらい行ったことある?」

「まー、あれほどかっこいい人ならあるんじゃない?」

「社交的だったしね〜」

「……」

「落ち込まない!」

笑いながら背を叩かれる。そう言われても、自分のような地味な人間をどうしてジャンが好きになったのかまだわからないでいる。幸せいっぱいではあれど、自分の経験のなさをもどかしく思うことも多い。

「はいはい、じゃー今日のノルマをすっきり終わらせてしまいましょー」

急かされて手を動かすも、結局心ここににあらずのアルミンは大して進めることができなかった。



*



結局ジャンに会いたくなり、アルミンは仕事終わりのジャンの部屋に押し掛けた。連絡すると歓迎してくれたジャンに嬉しくなり、夕食の買い出しをして向かって今台所に立っている。もらったばかりの合い鍵を使えることが嬉しくて、迷惑ではないかと心配になるがジャンはいつも笑顔で迎えてくれた。

社会人のジャンとはなかなか時間を合わせることができず、アルミンも学祭の準備で忙しいためつき合い始めてからおよそデートらしいデートはしたことがない。それでもこうしてふたりで時間を過ごせるだけで幸せで、台所に立つアルミンは思わずにやけている。

「っと、洗濯前にボタンつけねえと」

「……取れたの?」

「今日着てたシャツのやつ。めんどくせーけど、覚えてるうちにしねえと忘れるからな」

「僕、やろうか?」

「できんの?」

「失礼な!こう見えても結構器用だよ!」

「はは!つけてくれるなら助かる。どうも自分でつけるとすぐ取れるんだよな」

「置いてて、あとでやるから」

「ああ」

機嫌よくボタンとシャツをわかりやすいところに置くジャンから目をそらし、アルミンは料理に戻るが妙に心拍が乱れて手が止まってしまった。台所で料理をして、縫い物もだなんて、まるで妻のようじゃないか。自分が男だということを棚に上げそうだ。

「鍋まだするのか?」

「あ、もう火は通ったと思う。ジャガイモが大丈夫だったら止めてもらっていいよ」

「ん」

隣に立ったジャンにはっとして慌てて包丁を握り直した。あとはこのトマトを切ってサラダを盛りつければほとんど完成だ。煮込みハンバーグの鍋を開けて様子を見るジャンを盗み見る。ああ、きっといい旦那様になるんだろうな、なんて。

「アルミン?」

「な、何っ!?」

「なんで顔赤いんだよ」

ジャンに指摘されて更に顔が熱くなる。慌てて俯くと隠れた耳元にキスをされて悲鳴を上げた。ジャンは楽しげに笑いながら、コンロの火を止めてアルミンの手から包丁を取る。アルミンが慌てるより先に皿出して、と仕事を与えられ、素直に負けを認めて引き下がった。

あまりしないが、ジャンも料理が全くできないと言うことではない。意外にも和食の方が得意らしく、一度ジャンが簡単そうに作った肉じゃがの前に困惑したことがある。いつでも嫁に行けます、と冗談めかした言葉が出てきたほど動揺した。アルミンの幼なじみのエレンは料理など一切できず、家族に甘えきっている。

――モテないはずがないんだよな。

「……ジャン、あのね」

「んー?」

「合コンって行ったことある?」

「……」

ジャンの手元でトマトが潰れた。やっぱり、と落ち込むアルミンに慌てたように、ジャンは言葉を探すように口を開くが何も言えない。

「いっ、行くのか!?」

「……え?」

「誘われたのか?行くのか?ど、どっち側で!?」

「え、えっと、僕じゃなくて……」

「行かないのか?」

「行かないよ!ジャンがいるのに」

「焦った……合コンであんな酔っぱらった姿見せられたら誰だって持って帰るぜ」

「そ、その話はもうやめて!」

後悔しか残っていない。ジャンの記憶からも消したいぐらいだ。

「ジャンが、行ったことあるかって話!」

「あー、まぁ人数合わせぐらいにはな」

気を取り直したジャンの意識が手元に戻る。しかし友人たちの言葉を思い出し、黙ったまま皿を出したり周りで作業をしていると、苦しげに呻くような声が告白した。

「それなりには……」

「……ふーん……」

「なんと言いますか……若かったっていうか、な?」

「ふーん」

「いや、あれですよ?彼女がほしいってんじゃなくて、騒ぎたいだけの時期ってあるじゃないですか」

「ふーん」

「……でーい!」

包丁を置いたジャンが手を洗い、どうするのかと見ていたら律儀に手を拭いてから抱きしめられた。

「もう勘弁してくれ」

「……ははっ」

どこか拗ねたような口調に、ごめんと返して背中に手を回す。わがままを言っているのはわかっているが、ジャンがそれに応えてくれるのが嬉しい。

「ご飯にしよ」

「……おう」

ジャンからゆっくり離れ、伸び上がって彼の唇にキスを落とす。少し照れたような表情に満足して笑うと、つられて頬を緩めたジャンに鼻をつままれた。
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