言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2013'02.06.Wed
「なんで女装で実習なんだ」
「なんでって、今回の実技は山田先生が担当だからだろ」
顔をしかめた竹谷に対し、久々知は涼しい顔で応えた。竹谷は深く溜息をつく。
「そんなことはわかってる。どうして女装限定なんだ。変化の術なら他になんだってあるだろ!?」
「今更だろ」
竹谷は隣を睨みつける。鏡を見ながら紅をさすその横顔を見ながら、お前はいいよな、と溜息をつけば、久々知は首をかしげる。その様子は竹谷から見れば嫌味にしか見えない。元々の整った顔立ちに、三郎が手を加えれば、どこからどう見ても女にしか見えない。それに対し、竹谷の方はといえば、どこをどう見ても「女装」にしか見えなかった。三郎には多少小奇麗にしたって無駄だ、と匙を投げられてしまったほどだ。
天然なのかわざとなのか、久々知は訳がわからない、といった顔をしている。三郎をあきらめて久々知を頼ってきたが、人選を間違えたかもしれない。
「竹谷は気にしすぎなんだ。伝子さんを見習えよ、なりきることが大事なんだ」
「そのなりきることができねーから苦労してるんだろうが。見かけだけでごまかせるやつとは難易度が違うんだよ」
「そこまで卑下することないだろ。こんなにかわいいのに」
「お前の目は節穴か」
下級生とは違い、体格はそうそう隠せるものではない。生物委員長として野山を駆け回っている竹谷は、女物の着物に収まるような体ではないのだ。
「そんなにか?」
「そんなにだろう。ちょちょっとするだけでかわいくなる兵子ちゃんとは違うんだよ」
「かわいいよ、竹子ちゃん」
「嘘つけ」
「信用ないなぁ」
ぐいと腕を引かれ、竹谷はそれにまかせて久々知と向き直る。くそ、なんでこんなにかわいく仕上がったやつにかわいいと言われなきゃならんのだ。馬鹿にされているとしか思えない。はっきりした目鼻立ちが、化粧でいつもよりも華やかになっている久々知が正面に迫る。こりゃ男性にお茶をごちそうしてもらう、なんて課題ちょろいだろうな、などとひがんでいるうちに、久々知の顔が迫った。
「え」
唇に触れるやわらかい感触。しっとりとまるでなじむようなそれは、実のところ、まったく知らないわけではない。しかし、これは。混乱しながらも思考よりも体が早く、久々知の体を突き飛ばす。しかし油断のせいかそこまで力は入らず、久々知の体が少し離れただけだった。
「な、え、おま」
「かわいいね」
「お、あ、おま」
「だからほら、容姿じゃないんだ。仕草や態度の問題だ」
にこりと笑う久々知は、なぜだか男らしく見え、それは言葉に恐ろしく説得力を与えた。
「嘘だろ……」
「嘘つきは竹子ちゃんの方じゃないか」
「はぁ?」
「おれがかわいいなんて、思ったことないだろ?」
きゅっと弧を描く、嘘つきだと言ったその唇の紅が乱れている。竹谷はばっと立ち上がり、着物の裾を翻して何も言わずに部屋を飛び出した。嘘つきは久々知の方じゃないか。このおれが、かわいいはずがない。廊下をがむしゃらに走った先で誰かにぶつかりそうになりたたらを踏む。それは学園では見たことのない美女だったが、竹谷、と呼ぶ声が鉢屋のものだった。
「お前も終わったのか。こっちはもういつでも出れるから……」
「な、なんだよ」
「……まーずいぶんかわいくしてもらっちゃって」
「はぁ!?」
「顔真っ赤。ま、その調子で男たぶらかすんだな」
「なんでって、今回の実技は山田先生が担当だからだろ」
顔をしかめた竹谷に対し、久々知は涼しい顔で応えた。竹谷は深く溜息をつく。
「そんなことはわかってる。どうして女装限定なんだ。変化の術なら他になんだってあるだろ!?」
「今更だろ」
竹谷は隣を睨みつける。鏡を見ながら紅をさすその横顔を見ながら、お前はいいよな、と溜息をつけば、久々知は首をかしげる。その様子は竹谷から見れば嫌味にしか見えない。元々の整った顔立ちに、三郎が手を加えれば、どこからどう見ても女にしか見えない。それに対し、竹谷の方はといえば、どこをどう見ても「女装」にしか見えなかった。三郎には多少小奇麗にしたって無駄だ、と匙を投げられてしまったほどだ。
天然なのかわざとなのか、久々知は訳がわからない、といった顔をしている。三郎をあきらめて久々知を頼ってきたが、人選を間違えたかもしれない。
「竹谷は気にしすぎなんだ。伝子さんを見習えよ、なりきることが大事なんだ」
「そのなりきることができねーから苦労してるんだろうが。見かけだけでごまかせるやつとは難易度が違うんだよ」
「そこまで卑下することないだろ。こんなにかわいいのに」
「お前の目は節穴か」
下級生とは違い、体格はそうそう隠せるものではない。生物委員長として野山を駆け回っている竹谷は、女物の着物に収まるような体ではないのだ。
「そんなにか?」
「そんなにだろう。ちょちょっとするだけでかわいくなる兵子ちゃんとは違うんだよ」
「かわいいよ、竹子ちゃん」
「嘘つけ」
「信用ないなぁ」
ぐいと腕を引かれ、竹谷はそれにまかせて久々知と向き直る。くそ、なんでこんなにかわいく仕上がったやつにかわいいと言われなきゃならんのだ。馬鹿にされているとしか思えない。はっきりした目鼻立ちが、化粧でいつもよりも華やかになっている久々知が正面に迫る。こりゃ男性にお茶をごちそうしてもらう、なんて課題ちょろいだろうな、などとひがんでいるうちに、久々知の顔が迫った。
「え」
唇に触れるやわらかい感触。しっとりとまるでなじむようなそれは、実のところ、まったく知らないわけではない。しかし、これは。混乱しながらも思考よりも体が早く、久々知の体を突き飛ばす。しかし油断のせいかそこまで力は入らず、久々知の体が少し離れただけだった。
「な、え、おま」
「かわいいね」
「お、あ、おま」
「だからほら、容姿じゃないんだ。仕草や態度の問題だ」
にこりと笑う久々知は、なぜだか男らしく見え、それは言葉に恐ろしく説得力を与えた。
「嘘だろ……」
「嘘つきは竹子ちゃんの方じゃないか」
「はぁ?」
「おれがかわいいなんて、思ったことないだろ?」
きゅっと弧を描く、嘘つきだと言ったその唇の紅が乱れている。竹谷はばっと立ち上がり、着物の裾を翻して何も言わずに部屋を飛び出した。嘘つきは久々知の方じゃないか。このおれが、かわいいはずがない。廊下をがむしゃらに走った先で誰かにぶつかりそうになりたたらを踏む。それは学園では見たことのない美女だったが、竹谷、と呼ぶ声が鉢屋のものだった。
「お前も終わったのか。こっちはもういつでも出れるから……」
「な、なんだよ」
「……まーずいぶんかわいくしてもらっちゃって」
「はぁ!?」
「顔真っ赤。ま、その調子で男たぶらかすんだな」
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2013'01.24.Thu
「うう〜、早く帰ってこないかなぁ」
タカ丸は首を伸ばして辺りを見渡すが、きり丸がここを離れてからさほど時間は経っていない。しかし不安で仕方ないタカ丸は、一時でも早くこの温もりから解放されたかった。腕に抱いたのは、すやすやと眠る赤ん坊。授業で助けられたお礼にアルバイトを手伝うとは言ったが、まさか子守を任されるとは思ってもいなかった。
「斉藤、今……何してるんだ?」
「あっ、久々知くん助けっ……」
親しんだ声に振り返れば、そこに立つのは委員会の先輩――に違いないが、その身を包むのは女の着物だ。質のいい着物にすぐに実習の関係なのだろうと気づくが、久々知の方はタカ丸を見て眉間にしわを寄せる。
「……まさか、お前」
「え?……ちっ、ちちち違うっ!違うよ!?」
「だよな、髪結いで忍者で父親なんてキャラ濃すぎて」
「キャラの問題じゃないと思うけど」
「きり丸か」
「うん。本人は犬の散歩中。まあ自分で手伝うって言ったんだから、しょうがないんだけど」
「ふうん……実習に出るから髪結いを頼もうと思ったんだが、これじゃできないな」
「えっ!するっ!やりたいっ!」
「……じゃあ、代わりに抱いてよう。任せていいか?」
「うんっ!」
タカ丸の前に回った久々知が手を差し出した。赤ん坊を預けると久々知は意外と慣れた様子でそれを抱き、眠る赤ん坊に優しい視線を向ける。
「じゃあ、道具取ってくるから」
「ああ、ちゃんと見てるよ」
久々知は赤ん坊から顔を上げずに応えた。その様子に少し戸惑ったが、タカ丸は道具を取りに部屋へ走る。普段の久々知はどうでもいいからとあまり髪を触らせてくれないのだ。この機会を逃してはならない。
急いで道具を集めて久々知の所へ戻ると、かすかだが歌声が聞こえた。見れば久々知が片手で抱いた赤ん坊の手を握り、小さな体を揺らしている。
「あっ、ごめん起きちゃった?」
「大丈夫だ」
歌声は久々知の子守歌だった。赤ん坊は久々知に揺らされて機嫌よくしている。庭を臨んで座り、赤ん坊を抱く久々知の姿はとても不思議な光景だった。面倒見のいい先輩ではあるが、無条件に優しいわけではない。後ろに回って髪に櫛を通しながら、なぜだか緊張してしまう。
「えーっと、どうします?」
「商家の娘なんだ。少しぐらい派手でもいい」
「メイクは?」
「あとで三郎に頼む」
「わかった」
「いい子だな、この子は」
久々知は赤ん坊の頬を寄せる。きゃっきゃっと無邪気に笑う赤ん坊に、久々知も柔らかい笑みを返した。
「……久々知くん、子ども好き?」
「おれ兄弟多いんだ。上にふたりと下に4人いる」
「えっ!意外!」
「みんなやんちゃばかりだ。こんな大人しい子はうちにはいないぞ」
笑顔で赤ん坊をあやす久々知を見ていると、抱くだけで精一杯だった自分が情けなくなる。
久々知の指を握る小さな手。あったかいな、久々知は胸に抱いた赤ん坊を揺らして笑う。それは女物の着物を着ているせいなのか、見たことのないほど柔らかい表情だった。
「なんか、久々知くん」
「ん?」
「お母さんみたいだね」
「……ほめ言葉ではないよな」
「えーん、なんて言えばいいのかわかんないんだけど。髪、これでいい?」
「ああ」
「……」
久々知は顔を上げずに応えた。よほど赤ん坊を抱けるのが嬉しいと見え、ずっと構っている。変な髪型にしてやろうか、とわずかによぎったが、彼が怒ると怖いことは知っているのでやめておく。手際よく終わらせて声をかけたが、久々知はやはり仕上がりの確認もせず礼を言った。
「斉藤は兄弟はないのか」
「うん、ひとりっ子」
道具を片づけ、隣に座って一緒に赤ん坊を覗き込む。つぶらな瞳がきょろきょろと世間を見回していて、タカ丸の方に手を伸ばすのでとっさき体を引いた。それを久々知がけらけらと肩を揺らした。
「ああ、こんなところに」
通りかかったのは鉢屋だった。すっかり落ち着いている久々知を見て溜息をつく。
「あとは私とお前だけだ。先に終わらせてしまうからとっとと戻ってこい」
「はいはい。いい子でな」
最後にもう一度頬を寄せ、久々知はタカ丸の腕に赤ん坊を戻した。慌てて姿勢を正すタカ丸を笑い、立ち上がった久々知が体を傾ける。
「お前もいい子にしてろよ」
こつん、と額がぶつかる。ぽかんとするタカ丸には目もくれず、久々知は赤ん坊に手を振って歩きだした。放心したままその後ろ姿をただ眺めていたが、鉢屋が溜息をついたのではっと意識を取り戻す。
「気の毒だから言っておく。あいつは堅物に見えて、相当ずるがしこいぞ」
「あいつって、兵助くん?」
「本気になったらどんな手だって使う。赤ん坊でもな」
「……そ、それは」
ぼくが単純だってことでしょうか。タカ丸が小さくこぼした言葉に応えるように、腕の中の赤ん坊が笑い声をあげた。
タカ丸は首を伸ばして辺りを見渡すが、きり丸がここを離れてからさほど時間は経っていない。しかし不安で仕方ないタカ丸は、一時でも早くこの温もりから解放されたかった。腕に抱いたのは、すやすやと眠る赤ん坊。授業で助けられたお礼にアルバイトを手伝うとは言ったが、まさか子守を任されるとは思ってもいなかった。
「斉藤、今……何してるんだ?」
「あっ、久々知くん助けっ……」
親しんだ声に振り返れば、そこに立つのは委員会の先輩――に違いないが、その身を包むのは女の着物だ。質のいい着物にすぐに実習の関係なのだろうと気づくが、久々知の方はタカ丸を見て眉間にしわを寄せる。
「……まさか、お前」
「え?……ちっ、ちちち違うっ!違うよ!?」
「だよな、髪結いで忍者で父親なんてキャラ濃すぎて」
「キャラの問題じゃないと思うけど」
「きり丸か」
「うん。本人は犬の散歩中。まあ自分で手伝うって言ったんだから、しょうがないんだけど」
「ふうん……実習に出るから髪結いを頼もうと思ったんだが、これじゃできないな」
「えっ!するっ!やりたいっ!」
「……じゃあ、代わりに抱いてよう。任せていいか?」
「うんっ!」
タカ丸の前に回った久々知が手を差し出した。赤ん坊を預けると久々知は意外と慣れた様子でそれを抱き、眠る赤ん坊に優しい視線を向ける。
「じゃあ、道具取ってくるから」
「ああ、ちゃんと見てるよ」
久々知は赤ん坊から顔を上げずに応えた。その様子に少し戸惑ったが、タカ丸は道具を取りに部屋へ走る。普段の久々知はどうでもいいからとあまり髪を触らせてくれないのだ。この機会を逃してはならない。
急いで道具を集めて久々知の所へ戻ると、かすかだが歌声が聞こえた。見れば久々知が片手で抱いた赤ん坊の手を握り、小さな体を揺らしている。
「あっ、ごめん起きちゃった?」
「大丈夫だ」
歌声は久々知の子守歌だった。赤ん坊は久々知に揺らされて機嫌よくしている。庭を臨んで座り、赤ん坊を抱く久々知の姿はとても不思議な光景だった。面倒見のいい先輩ではあるが、無条件に優しいわけではない。後ろに回って髪に櫛を通しながら、なぜだか緊張してしまう。
「えーっと、どうします?」
「商家の娘なんだ。少しぐらい派手でもいい」
「メイクは?」
「あとで三郎に頼む」
「わかった」
「いい子だな、この子は」
久々知は赤ん坊の頬を寄せる。きゃっきゃっと無邪気に笑う赤ん坊に、久々知も柔らかい笑みを返した。
「……久々知くん、子ども好き?」
「おれ兄弟多いんだ。上にふたりと下に4人いる」
「えっ!意外!」
「みんなやんちゃばかりだ。こんな大人しい子はうちにはいないぞ」
笑顔で赤ん坊をあやす久々知を見ていると、抱くだけで精一杯だった自分が情けなくなる。
久々知の指を握る小さな手。あったかいな、久々知は胸に抱いた赤ん坊を揺らして笑う。それは女物の着物を着ているせいなのか、見たことのないほど柔らかい表情だった。
「なんか、久々知くん」
「ん?」
「お母さんみたいだね」
「……ほめ言葉ではないよな」
「えーん、なんて言えばいいのかわかんないんだけど。髪、これでいい?」
「ああ」
「……」
久々知は顔を上げずに応えた。よほど赤ん坊を抱けるのが嬉しいと見え、ずっと構っている。変な髪型にしてやろうか、とわずかによぎったが、彼が怒ると怖いことは知っているのでやめておく。手際よく終わらせて声をかけたが、久々知はやはり仕上がりの確認もせず礼を言った。
「斉藤は兄弟はないのか」
「うん、ひとりっ子」
道具を片づけ、隣に座って一緒に赤ん坊を覗き込む。つぶらな瞳がきょろきょろと世間を見回していて、タカ丸の方に手を伸ばすのでとっさき体を引いた。それを久々知がけらけらと肩を揺らした。
「ああ、こんなところに」
通りかかったのは鉢屋だった。すっかり落ち着いている久々知を見て溜息をつく。
「あとは私とお前だけだ。先に終わらせてしまうからとっとと戻ってこい」
「はいはい。いい子でな」
最後にもう一度頬を寄せ、久々知はタカ丸の腕に赤ん坊を戻した。慌てて姿勢を正すタカ丸を笑い、立ち上がった久々知が体を傾ける。
「お前もいい子にしてろよ」
こつん、と額がぶつかる。ぽかんとするタカ丸には目もくれず、久々知は赤ん坊に手を振って歩きだした。放心したままその後ろ姿をただ眺めていたが、鉢屋が溜息をついたのではっと意識を取り戻す。
「気の毒だから言っておく。あいつは堅物に見えて、相当ずるがしこいぞ」
「あいつって、兵助くん?」
「本気になったらどんな手だって使う。赤ん坊でもな」
「……そ、それは」
ぼくが単純だってことでしょうか。タカ丸が小さくこぼした言葉に応えるように、腕の中の赤ん坊が笑い声をあげた。
2013'01.15.Tue
「今年もこの時期が来ましたね……」
経理課ミーティングなう。そんなふざけた札を下げた会議室内、今期で最後になるであろうまともなミーティングが行われていた。一年の締めくくりである総決算の季節がやってきた。普段は現場に出ている加藤もこの時期は強制的に経理課へ戻され、ベストメンバーが揃えられている。指揮を執るのは潮江文次郎。入社以来経理一筋の男は、開始前からすでに目の下にくまを飼っている。
「いいか、用途不明の領収書は叩き返せ!必要印が揃ってない不備書類も同様だ!」
「はいっ!」
「各部署の甘えた要求にも聞く耳を貸すな!」
「はいっ!」
「ところで主任」
「何だ」
「今期は終わった途端に寝込んだりしないで下さいね」
「……わかってる」
空気の読めない後輩の発言に会議室は凍りついた。はらはらする他のメンバーの視線に溜息をつく。
前回の決算は、それまで共に暮らしていた母親がいなくなって初めての修羅場だった。ひとりになってもそれなりに生活は十分にできていたが、あのときばかりはそれもままならなかった。毎日終電に駆け込んで帰宅し、食事と風呂と洗濯をこなして気持ちばかりの睡眠で朝早くに出社する。こなせると思っていたが、最後の会議が終わった次の日は布団から起きあがることができず、家の中もひどい有様だった。今年も同じことを繰り返すわけには行かない。すでに先手は打ってあった。
*
玄関が少し暖かい。明かりをつけて潮江は感嘆の息を漏らす。そういえば頼んだのは今日からか。玄関の隅の砂まで払われ、更には靴まで磨いてある。
秘密兵器はハウスキーパーだ。女手ひとつでバリバリ働いていた母親が使っていた手だ。頼んだのは洗濯と食事の用意と簡単な掃除だけだが、どうやら完璧主義者が担当になったようだ。
食卓には夕食が並んでいる。どうやら丁度すれ違ったらしく、皿はまだ温かい。添えてあるメモには端正な文字が並んでいた。お帰りなさい、なんて。
「お帰りなさい、アレルギーは伺っていますが、嫌いなものがあればお申し付け下さい、朝食は冷蔵庫にあるので温めて……まめなこった」
しかしそれが彼女たちの仕事なのだ。同じ金を払うのだから、優秀な方が不都合がない。
鍋に汁物があり、食卓と合わせて一汁一菜。炊飯器のお米も炊き立てのようだ。スーツのジャケットを脱いで食卓につく。自分で簡単なものは作るが、自宅でこんな食事は久しぶりだ。基本的に食にこだわりはないが、やはり少し気持ちが違う。皿のラップを外して手を合わせた。
「いただきます」
*
修羅場が始まった。よれよれで帰宅したところに食事があるだけでこんなにも違うのかと、毎日噛み締める。帰宅時間が遅いので結局ハウスキーパーとは顔を合わせていないが、さぞベテランなのだろう、と毎朝アイロンのかかったシャツに袖を通して思う。
「……ただいま、と」
毎日律儀に残されるメモに目を通す。今日した仕事の内容と夕食を温める旨を書いただけの簡潔なものだ。潮江は必要な場合だけそれに返事のメモを残す。
「……肉じゃがなんていつぶりだ」
思わず溜息をついたのは、この食事が完璧であることを知っているからだ。潮江のような食にこだわりのない男でも、考えられた食事であることはわかる。季節のもの、栄養バランス、食べ合わせなど、計算された食事だ。ひとり暮らしでそれなりにやっていたつもりでも、プロとは違うのだと思い知らされる。思えば、子どもの頃はハウスキーパーの夕食を楽しみにしていたように思う。
「ああ、お帰りなさい」
「!?」
顔を上げるとそこに女がひとり立っている。長い髪を簡単にまとめ、カットソーにデニムという姿だが目を引くほどに美しい。言葉を失ったままの潮江に彼女は笑いかける。
「初めまして、家政婦の立花です」
「こ、こんな時間まで何を」
「庭の草むしりを。気になっていたので明日するつもりだったのですが、時間があったので」
「そうではなく!」
「あなたを待っていたんです」
「は?」
「いつも残さずきれいに食べて下さるから、どんな顔をして食べているのか見てみたくて」
立花は食卓の椅子にかけていたエプロンをさっと手にして身にまとい、椅子を引いて潮江を促す。疲れた頭が状況を理解しきれない。しかし立花はお構いなしに、食卓の器を一度回収して鍋を置いたままのコンロに火をつける。
「温め直しますね、座って下さい」
「おい」
「ああ、大丈夫です延長料金なんて取りませんから。好きでやってるだけです」
帰そうとしたが漂う夕食の匂いに腹が鳴る。振り返らなかったが立花が笑ったのがわかり、黙って椅子に座った。立花はテキパキ働き、潮江の前にはあっという間に温かい夕食が並ぶ。最後に立花が目の前に座った。
「召し上がれ」
「……立花さんは」
「いただきました。気にせずどうぞ」
「……いただきます」
手を合わせて食べ始める。温め直した食事だがいつも通り質のいい食事だ。
「潮江さんはほんとに好き嫌いはないんですか?」
「ない。……若いんだな」
「はは、そうでもないですよ」
「もっとおばさんだと思ってた。昔うちに来てもらった人がそうだったから」
「それはうちの母ですね」
「……そうなのか」
「潮江さんからお仕事の依頼があったことを聞いて来たがっていました」
「今は?」
「もう隠居してます。元気ですけど、もう人んちの掃除までしてられないって」
「はは、らしいな」
立花は自分にお茶だけ用意し、潮江の夕食につき合っている。もっと華やかな仕事の似合いそうな容姿だが、母親の話を聞いて納得した。彼女も完璧にこなす人だった。
「毎日こんなに遅いんですか?」
「いや、今だけだ」
「よかったらお弁当作りましょうか」
「え?」
「お昼、いつもコンビニみたいですから」
立花は冷蔵庫のマグネットに挟んであるレシートを指さした。自分の金の計算までする気になれず、溜まる一方だ。
「……いや、片手で食べられるものじゃないと」
「……それはまた、母が聞けば怒りそうな話ですね」
「はは、よく怒られた。俺の食事マナーはあの人に叩き込まれたようなものだ」
「では母には内緒で」
立花は立ち上がり、米櫃を開ける。
「とりあえず、明日の分作りますね」
「……正直」
「はい?」
「舌が肥えて困ってたから助かる」
「……ふっ」
どこかいたずらっ子のような顔で立花は笑った。
*
「主任〜、昼飯買ってきます〜」
「10分で帰れ!」
「はぁい。主任もいつものでいいですかぁ?」
へろへろになった加藤が切りをつけた書類を持ってやってきた。ああ、と返事をしかけて、潮江は鞄の中の昼食を思い出す。
「大丈夫だ」
「え、いいんですか?」
「ああ。持ってきた」
「うへえ。じゃあ抜けてきます〜」
「団蔵!僕のも!」
「メモ下さ〜い」
デスクにメモが回る中、潮江は弁当を取り出した。弁当と言ってもラップで包まれたおにぎりだ。片手で電卓を叩きながらそれにかぶりつく。ふと、立花の顔が浮かんだ。今頃立花はまめに掃除でもしているのだろうか。
(……待てよ)
昨日は気づかなかったが、あの立花が家事をしてるということは、下着の洗濯も任せているということだ。
「……あー……」
しばらく考えて、潮江はまた手を動かした。全てはこれが、終わってからだ。
経理課ミーティングなう。そんなふざけた札を下げた会議室内、今期で最後になるであろうまともなミーティングが行われていた。一年の締めくくりである総決算の季節がやってきた。普段は現場に出ている加藤もこの時期は強制的に経理課へ戻され、ベストメンバーが揃えられている。指揮を執るのは潮江文次郎。入社以来経理一筋の男は、開始前からすでに目の下にくまを飼っている。
「いいか、用途不明の領収書は叩き返せ!必要印が揃ってない不備書類も同様だ!」
「はいっ!」
「各部署の甘えた要求にも聞く耳を貸すな!」
「はいっ!」
「ところで主任」
「何だ」
「今期は終わった途端に寝込んだりしないで下さいね」
「……わかってる」
空気の読めない後輩の発言に会議室は凍りついた。はらはらする他のメンバーの視線に溜息をつく。
前回の決算は、それまで共に暮らしていた母親がいなくなって初めての修羅場だった。ひとりになってもそれなりに生活は十分にできていたが、あのときばかりはそれもままならなかった。毎日終電に駆け込んで帰宅し、食事と風呂と洗濯をこなして気持ちばかりの睡眠で朝早くに出社する。こなせると思っていたが、最後の会議が終わった次の日は布団から起きあがることができず、家の中もひどい有様だった。今年も同じことを繰り返すわけには行かない。すでに先手は打ってあった。
*
玄関が少し暖かい。明かりをつけて潮江は感嘆の息を漏らす。そういえば頼んだのは今日からか。玄関の隅の砂まで払われ、更には靴まで磨いてある。
秘密兵器はハウスキーパーだ。女手ひとつでバリバリ働いていた母親が使っていた手だ。頼んだのは洗濯と食事の用意と簡単な掃除だけだが、どうやら完璧主義者が担当になったようだ。
食卓には夕食が並んでいる。どうやら丁度すれ違ったらしく、皿はまだ温かい。添えてあるメモには端正な文字が並んでいた。お帰りなさい、なんて。
「お帰りなさい、アレルギーは伺っていますが、嫌いなものがあればお申し付け下さい、朝食は冷蔵庫にあるので温めて……まめなこった」
しかしそれが彼女たちの仕事なのだ。同じ金を払うのだから、優秀な方が不都合がない。
鍋に汁物があり、食卓と合わせて一汁一菜。炊飯器のお米も炊き立てのようだ。スーツのジャケットを脱いで食卓につく。自分で簡単なものは作るが、自宅でこんな食事は久しぶりだ。基本的に食にこだわりはないが、やはり少し気持ちが違う。皿のラップを外して手を合わせた。
「いただきます」
*
修羅場が始まった。よれよれで帰宅したところに食事があるだけでこんなにも違うのかと、毎日噛み締める。帰宅時間が遅いので結局ハウスキーパーとは顔を合わせていないが、さぞベテランなのだろう、と毎朝アイロンのかかったシャツに袖を通して思う。
「……ただいま、と」
毎日律儀に残されるメモに目を通す。今日した仕事の内容と夕食を温める旨を書いただけの簡潔なものだ。潮江は必要な場合だけそれに返事のメモを残す。
「……肉じゃがなんていつぶりだ」
思わず溜息をついたのは、この食事が完璧であることを知っているからだ。潮江のような食にこだわりのない男でも、考えられた食事であることはわかる。季節のもの、栄養バランス、食べ合わせなど、計算された食事だ。ひとり暮らしでそれなりにやっていたつもりでも、プロとは違うのだと思い知らされる。思えば、子どもの頃はハウスキーパーの夕食を楽しみにしていたように思う。
「ああ、お帰りなさい」
「!?」
顔を上げるとそこに女がひとり立っている。長い髪を簡単にまとめ、カットソーにデニムという姿だが目を引くほどに美しい。言葉を失ったままの潮江に彼女は笑いかける。
「初めまして、家政婦の立花です」
「こ、こんな時間まで何を」
「庭の草むしりを。気になっていたので明日するつもりだったのですが、時間があったので」
「そうではなく!」
「あなたを待っていたんです」
「は?」
「いつも残さずきれいに食べて下さるから、どんな顔をして食べているのか見てみたくて」
立花は食卓の椅子にかけていたエプロンをさっと手にして身にまとい、椅子を引いて潮江を促す。疲れた頭が状況を理解しきれない。しかし立花はお構いなしに、食卓の器を一度回収して鍋を置いたままのコンロに火をつける。
「温め直しますね、座って下さい」
「おい」
「ああ、大丈夫です延長料金なんて取りませんから。好きでやってるだけです」
帰そうとしたが漂う夕食の匂いに腹が鳴る。振り返らなかったが立花が笑ったのがわかり、黙って椅子に座った。立花はテキパキ働き、潮江の前にはあっという間に温かい夕食が並ぶ。最後に立花が目の前に座った。
「召し上がれ」
「……立花さんは」
「いただきました。気にせずどうぞ」
「……いただきます」
手を合わせて食べ始める。温め直した食事だがいつも通り質のいい食事だ。
「潮江さんはほんとに好き嫌いはないんですか?」
「ない。……若いんだな」
「はは、そうでもないですよ」
「もっとおばさんだと思ってた。昔うちに来てもらった人がそうだったから」
「それはうちの母ですね」
「……そうなのか」
「潮江さんからお仕事の依頼があったことを聞いて来たがっていました」
「今は?」
「もう隠居してます。元気ですけど、もう人んちの掃除までしてられないって」
「はは、らしいな」
立花は自分にお茶だけ用意し、潮江の夕食につき合っている。もっと華やかな仕事の似合いそうな容姿だが、母親の話を聞いて納得した。彼女も完璧にこなす人だった。
「毎日こんなに遅いんですか?」
「いや、今だけだ」
「よかったらお弁当作りましょうか」
「え?」
「お昼、いつもコンビニみたいですから」
立花は冷蔵庫のマグネットに挟んであるレシートを指さした。自分の金の計算までする気になれず、溜まる一方だ。
「……いや、片手で食べられるものじゃないと」
「……それはまた、母が聞けば怒りそうな話ですね」
「はは、よく怒られた。俺の食事マナーはあの人に叩き込まれたようなものだ」
「では母には内緒で」
立花は立ち上がり、米櫃を開ける。
「とりあえず、明日の分作りますね」
「……正直」
「はい?」
「舌が肥えて困ってたから助かる」
「……ふっ」
どこかいたずらっ子のような顔で立花は笑った。
*
「主任〜、昼飯買ってきます〜」
「10分で帰れ!」
「はぁい。主任もいつものでいいですかぁ?」
へろへろになった加藤が切りをつけた書類を持ってやってきた。ああ、と返事をしかけて、潮江は鞄の中の昼食を思い出す。
「大丈夫だ」
「え、いいんですか?」
「ああ。持ってきた」
「うへえ。じゃあ抜けてきます〜」
「団蔵!僕のも!」
「メモ下さ〜い」
デスクにメモが回る中、潮江は弁当を取り出した。弁当と言ってもラップで包まれたおにぎりだ。片手で電卓を叩きながらそれにかぶりつく。ふと、立花の顔が浮かんだ。今頃立花はまめに掃除でもしているのだろうか。
(……待てよ)
昨日は気づかなかったが、あの立花が家事をしてるということは、下着の洗濯も任せているということだ。
「……あー……」
しばらく考えて、潮江はまた手を動かした。全てはこれが、終わってからだ。
2013'01.05.Sat
「俺たちってどういう風に見えてるんでしょうね」
久々知のストレートな物言いに言葉を失った。タカ丸の様子を知ってか知らずか、久々知は何事もなかったかのように、慎重に選んだ豆腐を買い物かごに入れた。感情の起伏もなくこだわりもない彼が唯一執着するのが豆腐だ。今夜は麻婆豆腐にするのだ、とそれにふさわしいものを選んだ彼は、カートを押して次の食材を探しに行く。
スーパーで買い物をするカップル、には見えないだろう。ふたりとも立派な成人男子で、女らしい柔らかさやかわいらしさは微塵もない。久々知は寝間着のままのよれよれのスウェット姿、タカ丸は金髪にスーツといったホスト同然の格好だ。繁華街の美容院の店員など、世間から見ればホストとそう変わらないのかもしれない。今日も贔屓にしてくれているキャバクラの開店2周年のパーティーに呼ばれていて、朝帰りならぬ昼帰りでさっきようやく久々知の顔を見たばかりだ。
「タカ丸さん?」
「……兄弟、とか?」
「は?」
「え?」
「ああ、考えてたんですか?どう見えてようがどうでもいいですよ」
「えぇ〜」
真剣に考える程度には衝撃的な言葉だったのだが、久々知の方はそうではなかったらしい。彼と会話がかみ合わないのは今に始まったことではないが、こうして肩すかしを食らうことになかなか慣れない。
「酒飲みますか?……って、もういいですよね」
「はは、もう浴びるように飲んだよ」
「さっさと帰って風呂ですね。先に帰ってていいのに」
「いいの、一緒がよかったの!」
「疲れてないならいいですけど」
「お酒より味噌汁が飲みたいかな〜」
「いいですよ」
「あ」
しまった、と思ってももう遅い。久々知は味噌汁用の豆腐を選びにコーナーへ戻っていった。
*
「ただいま〜」
「お帰りなさい」
先に入ったタカ丸の後ろから久々知が応えた。体を返して久々知に笑いかける。
「兵助くんおかえり!」
「ただいま」
靴を脱いだ久々知が不意に顔を寄せてくる。ぎょっとして硬直したタカ丸の首筋に鼻先を当てて少し笑った。
「お風呂いってらっしゃい。味噌汁作っておきますから」
「……超どきどきした……」
心臓に悪い。彼の周囲の人間は、久々知は空気が読めないだとか間が悪いだとか言うが、タカ丸はしばらくつき合ってきてよくわかった。彼はそうと悟らせず、かなり狙って行動する。今すぐ抱きしめたい衝動を押さえ、香水の匂いを落とすべくタカ丸は浴室に走った。
久々知のストレートな物言いに言葉を失った。タカ丸の様子を知ってか知らずか、久々知は何事もなかったかのように、慎重に選んだ豆腐を買い物かごに入れた。感情の起伏もなくこだわりもない彼が唯一執着するのが豆腐だ。今夜は麻婆豆腐にするのだ、とそれにふさわしいものを選んだ彼は、カートを押して次の食材を探しに行く。
スーパーで買い物をするカップル、には見えないだろう。ふたりとも立派な成人男子で、女らしい柔らかさやかわいらしさは微塵もない。久々知は寝間着のままのよれよれのスウェット姿、タカ丸は金髪にスーツといったホスト同然の格好だ。繁華街の美容院の店員など、世間から見ればホストとそう変わらないのかもしれない。今日も贔屓にしてくれているキャバクラの開店2周年のパーティーに呼ばれていて、朝帰りならぬ昼帰りでさっきようやく久々知の顔を見たばかりだ。
「タカ丸さん?」
「……兄弟、とか?」
「は?」
「え?」
「ああ、考えてたんですか?どう見えてようがどうでもいいですよ」
「えぇ〜」
真剣に考える程度には衝撃的な言葉だったのだが、久々知の方はそうではなかったらしい。彼と会話がかみ合わないのは今に始まったことではないが、こうして肩すかしを食らうことになかなか慣れない。
「酒飲みますか?……って、もういいですよね」
「はは、もう浴びるように飲んだよ」
「さっさと帰って風呂ですね。先に帰ってていいのに」
「いいの、一緒がよかったの!」
「疲れてないならいいですけど」
「お酒より味噌汁が飲みたいかな〜」
「いいですよ」
「あ」
しまった、と思ってももう遅い。久々知は味噌汁用の豆腐を選びにコーナーへ戻っていった。
*
「ただいま〜」
「お帰りなさい」
先に入ったタカ丸の後ろから久々知が応えた。体を返して久々知に笑いかける。
「兵助くんおかえり!」
「ただいま」
靴を脱いだ久々知が不意に顔を寄せてくる。ぎょっとして硬直したタカ丸の首筋に鼻先を当てて少し笑った。
「お風呂いってらっしゃい。味噌汁作っておきますから」
「……超どきどきした……」
心臓に悪い。彼の周囲の人間は、久々知は空気が読めないだとか間が悪いだとか言うが、タカ丸はしばらくつき合ってきてよくわかった。彼はそうと悟らせず、かなり狙って行動する。今すぐ抱きしめたい衝動を押さえ、香水の匂いを落とすべくタカ丸は浴室に走った。
2013'01.04.Fri
「うう〜、この寒さはほんとにどうにかなりませんかね」
委員会の雑用の為に寒い硝煙倉にしばらくいたら、すっかり体が冷えきってしまった。火薬委員として過ごす冬はもう4度目になるが、かつての委員長のタカ丸ではなくともつい甘酒が欲しくなる。
冷たい指先に息を吐きかけてすり合わせていると、隣の三郎次は呆れた顔でそれを見てくる。軟弱だな、という彼だってその鼻は寒さで赤くなっていた。いつもの調子でしかめっ面を作り、先輩は寒くないんですか、と嫌味を込めて言ってやる。
「誰も寒くないなんて言ってないだろ。冬なんだから寒いに決まってる」
「その割には何か言いたそうにしてましたけどぉ」
「鍛錬が足りないって話だよ。寒い寒い言うから余計寒くなるんだ」
「むぅ……」
三郎次の顔は完全に伊助を馬鹿にしている。ほんの世間話のつもりでも、このひねくれ者はおちょくらずにはいられないらしい。
「えいっ」
「!」
かじかむ手で三郎次の手を掴んだ。しかしその手も伊助が思っていた以上に冷たく、ついがっかりすると三郎次はわざとらしく溜息をついた。
「だからおれだって寒いのは寒いんだよ」
「でも平気ならちょっとぐらい暖をとらせて下さいよっ」
離した手をすぐさま三郎次の首に伸ばす。しかし指先が触れるよりも、三郎次の拳が伊助の頭を落ちた方が早かった。
「く〜っ!乱暴!」
「甘い!」
「ちぇ。なぁんかそういうとこ久々知先輩に似てますよね」
「そうかぁ?」
「あの人もあの寒いところで平気そうにしてたじゃないですか」
「雪国の生まれだそうだから」
「ぼくだっては組の中じゃ寒さには強い方なんですけどねー」
「その調子でか。軟弱だな」
「うるさいなぁ。実家に帰っても水を使うから多少は鍛えられてます」
「はぁ?舐めてんのか。冬の海に出てから言いやがれ」
「そりゃ海ほど寒くはないですけどぉ」
ああ言えばこう言う。唇をとがらせて不満を露わにするが、三郎次は言い任したことに満足して鼻で笑った。
「あ、三郎次、食堂のおばちゃんが甘酒できたって!冷めるから早く取りにいけよ!」
「……おー……」
走ってすれ違った左近は、三郎次の表情を見ただろうか。
伊助が覗き込もうとすると三郎次は顔を逸らす。深追いするとぐるぐると回る羽目になったがおかしくて思わず吹き出すと、べしりと顔を叩かれた。
「いったー!」
「やかましわ!」
「何も言ってません!」
「お前が寒い寒いうるさいからだろうが!いいからとっとと食堂行って後輩に持ってってやれ!」
伊助の手から書類を奪い、三郎次は駆けだす。伊助は笑ながらその背中を追いかけた。飛びつくようにぶつかって、三郎次の手を取る。
「あとで先輩も戻ってきて下さいね」
「うるせーよ書類出したら部屋に帰る」
「待ってますからね!」
「早くいけよ冷めるだろ!」
「はーいっ」
足を踏み鳴らす三郎次を笑い、伊助は食堂へと走り出した。
委員会の雑用の為に寒い硝煙倉にしばらくいたら、すっかり体が冷えきってしまった。火薬委員として過ごす冬はもう4度目になるが、かつての委員長のタカ丸ではなくともつい甘酒が欲しくなる。
冷たい指先に息を吐きかけてすり合わせていると、隣の三郎次は呆れた顔でそれを見てくる。軟弱だな、という彼だってその鼻は寒さで赤くなっていた。いつもの調子でしかめっ面を作り、先輩は寒くないんですか、と嫌味を込めて言ってやる。
「誰も寒くないなんて言ってないだろ。冬なんだから寒いに決まってる」
「その割には何か言いたそうにしてましたけどぉ」
「鍛錬が足りないって話だよ。寒い寒い言うから余計寒くなるんだ」
「むぅ……」
三郎次の顔は完全に伊助を馬鹿にしている。ほんの世間話のつもりでも、このひねくれ者はおちょくらずにはいられないらしい。
「えいっ」
「!」
かじかむ手で三郎次の手を掴んだ。しかしその手も伊助が思っていた以上に冷たく、ついがっかりすると三郎次はわざとらしく溜息をついた。
「だからおれだって寒いのは寒いんだよ」
「でも平気ならちょっとぐらい暖をとらせて下さいよっ」
離した手をすぐさま三郎次の首に伸ばす。しかし指先が触れるよりも、三郎次の拳が伊助の頭を落ちた方が早かった。
「く〜っ!乱暴!」
「甘い!」
「ちぇ。なぁんかそういうとこ久々知先輩に似てますよね」
「そうかぁ?」
「あの人もあの寒いところで平気そうにしてたじゃないですか」
「雪国の生まれだそうだから」
「ぼくだっては組の中じゃ寒さには強い方なんですけどねー」
「その調子でか。軟弱だな」
「うるさいなぁ。実家に帰っても水を使うから多少は鍛えられてます」
「はぁ?舐めてんのか。冬の海に出てから言いやがれ」
「そりゃ海ほど寒くはないですけどぉ」
ああ言えばこう言う。唇をとがらせて不満を露わにするが、三郎次は言い任したことに満足して鼻で笑った。
「あ、三郎次、食堂のおばちゃんが甘酒できたって!冷めるから早く取りにいけよ!」
「……おー……」
走ってすれ違った左近は、三郎次の表情を見ただろうか。
伊助が覗き込もうとすると三郎次は顔を逸らす。深追いするとぐるぐると回る羽目になったがおかしくて思わず吹き出すと、べしりと顔を叩かれた。
「いったー!」
「やかましわ!」
「何も言ってません!」
「お前が寒い寒いうるさいからだろうが!いいからとっとと食堂行って後輩に持ってってやれ!」
伊助の手から書類を奪い、三郎次は駆けだす。伊助は笑ながらその背中を追いかけた。飛びつくようにぶつかって、三郎次の手を取る。
「あとで先輩も戻ってきて下さいね」
「うるせーよ書類出したら部屋に帰る」
「待ってますからね!」
「早くいけよ冷めるだろ!」
「はーいっ」
足を踏み鳴らす三郎次を笑い、伊助は食堂へと走り出した。
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