言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2012'03.24.Sat
「ん?」
誰かの声がした気がして富松は足を止めた。見渡すとぽかりと穴が開いている。あれはきっと四年生の穴掘り小僧、綾部喜八郎が掘った穴だろう。また保健委員辺りが落ちているのだろうか。思わず溜息をついて穴に近づき、覗きこむ。しかし穴の底にいたのは富松が想像した人物ではなく、一年は組の二廓伊助が困った顔でこちらを見上げていた。
「伊助?」
「あっ、富松先輩!すみませんが助けてくれませんか?出られなくて」
「ああ、ちょっと待ってろ、縄下ろしてやる。怪我はないな?」
「大丈夫です!」
迷子を捕まえるために用意していた縄を木に縛って戻り、反対側を穴の中へおろした。その縄を肩に回し、伊助を引き上げる。
「はぁっ、やっと出られた!」
「どうしたんだ?」
「……二年生の池田三郎次に落とされたんです」
「はぁ?」
「すぐ意地悪するんですよ!」
土を払いながら伊助は顔をしかめた。荷物を抱えていたから手伝おうと近づいたら、巻物をひとつ落としたから拾ってほしいと言われ、拾いに行った先に落とし穴があったらしい。
「しるしに気づかなかったぼくもぼくですけど、ほったらかして行くなんていくらなんでもひどいですよね〜」
「あいつ、しょうがねえ奴だな。昔はあんなにひねくれてなかったのに」
「そうなんですか?」
「まあ生意気は生意気だったけどな。どうしてあんなに……」
富松は言葉を切り、しばし回想する。ひと学年下の池田は何かと突っかかってくるやつだが勉強熱心で、一年の頃は素直に質問をしに来たこともある。そのたびに富松たちは、……。
――おれらのせいか?
「いや、でもおれらも穴に落としたり……は、したか……でもちゃんと助けに……行かなかったか?いや、行ったよな……」
「まあ、嫌いじゃないんですけどね」
「え?」
「三郎次のいじわるも、愛情表現みたいなもんなんですよね」
「だっ、だよなぁ!」
「こっちは迷惑ですけど」
「……だよな」
チクリと胸が痛むが気づかないふりをしてごまかす。もしや自分たちがいじめていたせいで、三郎次はあんなにひねくれてしまったのではないだろうか。
「あれ、三郎次」
「え」
伊助の声に振り返れば三郎次がこちらに向かって走ってくる姿がある。三郎次は縄を手にしていて、富松は思わず顔を覆った。いらんことした。
三郎次は富松とその影にいた伊助に気づき、はっとして足を止めた。睨むように富松を見た後、踵を返して戻っていく。
「なんですか、あれ」
「あ〜……」
おそらく、事故だったのだ。普段はいたずらばかりかもしれないが今回は偶然が重なった事故で、三郎次は助けるために縄を取りに行っていたのだろう。たまたま富松が通りかからなければ、誤解も解けてあたかもしれない。
「あ〜、伊助」
「じゃあ、ぼく行ってきます」
「へ?」
「忘れ物を届けなくちゃ」
伊助が懐から取り出したのは巻物だった。三郎次が落としたというものだろう。にこりと笑い、改めて礼を言って駆け出す伊助の背中を追う。
――あいつ、ほんとはわかってんじゃねえか?
「一年は組、恐るべし……」
用具委員の後輩を思い浮かべ、富松は乾いた笑いをこぼした。
誰かの声がした気がして富松は足を止めた。見渡すとぽかりと穴が開いている。あれはきっと四年生の穴掘り小僧、綾部喜八郎が掘った穴だろう。また保健委員辺りが落ちているのだろうか。思わず溜息をついて穴に近づき、覗きこむ。しかし穴の底にいたのは富松が想像した人物ではなく、一年は組の二廓伊助が困った顔でこちらを見上げていた。
「伊助?」
「あっ、富松先輩!すみませんが助けてくれませんか?出られなくて」
「ああ、ちょっと待ってろ、縄下ろしてやる。怪我はないな?」
「大丈夫です!」
迷子を捕まえるために用意していた縄を木に縛って戻り、反対側を穴の中へおろした。その縄を肩に回し、伊助を引き上げる。
「はぁっ、やっと出られた!」
「どうしたんだ?」
「……二年生の池田三郎次に落とされたんです」
「はぁ?」
「すぐ意地悪するんですよ!」
土を払いながら伊助は顔をしかめた。荷物を抱えていたから手伝おうと近づいたら、巻物をひとつ落としたから拾ってほしいと言われ、拾いに行った先に落とし穴があったらしい。
「しるしに気づかなかったぼくもぼくですけど、ほったらかして行くなんていくらなんでもひどいですよね〜」
「あいつ、しょうがねえ奴だな。昔はあんなにひねくれてなかったのに」
「そうなんですか?」
「まあ生意気は生意気だったけどな。どうしてあんなに……」
富松は言葉を切り、しばし回想する。ひと学年下の池田は何かと突っかかってくるやつだが勉強熱心で、一年の頃は素直に質問をしに来たこともある。そのたびに富松たちは、……。
――おれらのせいか?
「いや、でもおれらも穴に落としたり……は、したか……でもちゃんと助けに……行かなかったか?いや、行ったよな……」
「まあ、嫌いじゃないんですけどね」
「え?」
「三郎次のいじわるも、愛情表現みたいなもんなんですよね」
「だっ、だよなぁ!」
「こっちは迷惑ですけど」
「……だよな」
チクリと胸が痛むが気づかないふりをしてごまかす。もしや自分たちがいじめていたせいで、三郎次はあんなにひねくれてしまったのではないだろうか。
「あれ、三郎次」
「え」
伊助の声に振り返れば三郎次がこちらに向かって走ってくる姿がある。三郎次は縄を手にしていて、富松は思わず顔を覆った。いらんことした。
三郎次は富松とその影にいた伊助に気づき、はっとして足を止めた。睨むように富松を見た後、踵を返して戻っていく。
「なんですか、あれ」
「あ〜……」
おそらく、事故だったのだ。普段はいたずらばかりかもしれないが今回は偶然が重なった事故で、三郎次は助けるために縄を取りに行っていたのだろう。たまたま富松が通りかからなければ、誤解も解けてあたかもしれない。
「あ〜、伊助」
「じゃあ、ぼく行ってきます」
「へ?」
「忘れ物を届けなくちゃ」
伊助が懐から取り出したのは巻物だった。三郎次が落としたというものだろう。にこりと笑い、改めて礼を言って駆け出す伊助の背中を追う。
――あいつ、ほんとはわかってんじゃねえか?
「一年は組、恐るべし……」
用具委員の後輩を思い浮かべ、富松は乾いた笑いをこぼした。
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2012'03.10.Sat
「富松くん、あとでまたお願いしてもいいかしら」
「この間おっしゃってたやつですね、大丈夫ですよ」
食堂のおばちゃんのお礼の言葉に笑顔を見せ、三年の富松作兵衛は机にやって来た。何気なくそれを見ていた尾浜の前しか席は開いておらず、一瞬躊躇したものの失礼します、とそこに座る。あまり関わることのない三年生を思わず珍しげに見ていると、富松は箸を手にしたまま口を動かせずにいた。
「あ、ごめん。何か取ってやろうとしてたわけじゃないから、食べていいよ」
「お前どんだけ食いしん坊キャラなんだよ。しんべヱ並みじゃねえか」
「そ、そういうわけじゃ」
尾浜の隣で竹谷が笑う。誤解を解こうと慌てた富松を落ち着かせ、尾浜も食事を続けた。富松もきちんと手を合わせて食べ始める。
「ねえ、さっきおばちゃんと話してたの、何?」
「え?」
「さっき言ってたじゃん。あとで、って」
「ああ、先日おばちゃんが困っていたので、鍋の取っ手を直したんです。また別のやつが壊れたそうなので、また直すことになって。用具委員で修理は得意になりましたから」
「あー、食満先輩のとこの」
「はい」
「修理委員会」
「よっ、用具委員会です!」
「あはは、ごめん!」
「お前なぁ、後輩いないからってからかうなよ」
「竹谷は世話になりすぎだよね」
「うるせー」
「あ、生物委員から預かってた虫籠も直ってます!あとで持って行きますので」
「あ、いいよいいよ。俺今から取りに行くわ、ありがとな。いやぁ自分らで直しゃいいんだろうけど、強度が違うんだよなぁ」
「ふうん」
手放しでほめる竹谷に富松は照れて顔を赤くした。間もなく食事を終えた竹谷はすぐに立ち上がり、離れたところにいた孫兵に声をかけて食堂を出ていく。活動の忙しい委員会は大変だなぁ、などと思いながら味噌汁をすすった。唇に豆腐が触れて、そのまま口腔に流し込む。豆腐と言えばの久々知兵助も、今日は委員会活動のきりがつかないとかでまだ姿を現していない。彼が来るころには味噌汁の具が少なくなっているのではないだろうか。
「あのさぁ、用具委員って忍具の修理もできる?」
「はい、程度にもよりますが、学校の練習用の手裏剣なんかも整備していますので」
「あとでおれの持って行ってもいい?食満先輩に聞いといてよ」
「わかりました!」
明るい笑顔とはきはきした笑顔に、なんとなくこちらがむず痒くなる。三年生ってこんなに純粋だったっけ?ひと学年下の去年までの姿のはずだが、現四先生はあの頃は既にあんなキャラクターをしてた。
「うーん、そりゃ孫兵がかわいく見えるよなぁ」
「何ですか?」
「こっちの話ー」
*
「こっちは終わり!しんべヱ、喜三太、平太と三人でこれを用具倉庫に片づけてきてくれ。しんべヱがいたら三人でも運べるな?」
「はーい!お腹いっぱいなので大丈夫でーす」
「よし、頼むぞ」
「「「はーい!」」」
おや、随分と「先輩」している。そんなことを思いながら、尾浜は万力鎖を手に用具委員に近づいた。足音で気づいた富松が慌てて寄ってくる。
「尾浜先輩すみません!今日食満先輩、学園長先生とお出かけなんです!」
「あー、うん。俺も途中で聞いたんだ」
「え?それなら」
「うん、でも富松で直せない?分銅が取れちゃったんだ」
「えっ……」
鎖の先と分銅を見せると、富松は困惑したように尾浜を見上げた。富松が何をためらうのかわからず首を傾げる。
「あ……あの、ぼくが武器を預かってもいいんですか……」
「ああ、そんなことか。いいよ」
はい、とつきだせば富松は慌てて手を出した。ひと回り小さい手に己の武器を渡すと、富松はごくんと喉を鳴らした。
そんなに気を張ることないのになぁ。こちらが申し訳なくなるほど緊張を見せられて尾浜は苦笑する。
「富松は真面目だなぁ」
「でも、その……食満先輩はご自分で手入れをなさるので」
「それは自分でできるからでしょー。自分でやろうにも道具もないし、こんな職人技芸おれは持ってないもん」
「でも、もしちゃんと直らなかったら」
「直るまでやってよ」
「……はぁ」
その声に力はない。どうしたものかと考えているところに、騒ぎながら一年生たちが戻ってくる。
「あー、尾浜先輩だー」
「尾浜先輩こんにちはー」
「何かご用ですか……」
「俺の武器修理してもらおうと思ったんだけど」
やっぱり食満先輩に頼むね、そう尾浜が言うより早く、一年生たちが目を輝かせる。
「これなんて言う武器ですかー!?」
「どうやって使うんですかー!?」
「触ってみてもいいですか?」
「ナメクジさんは」
「ナメクジ触った手では触るなよ」
「え〜」
「富松先輩が直すの見ててもいいですか?」
「ええっ?」
平太に袖を引かれ、富松は弾かれたように顔を上げた。万力鎖を手にしたまま驚いた顔の平太を見て、それからゆっくり尾浜を見る。どうするのだろうと黙っていると、ぐっと鎖を握った。
「わ……わかった!でもちょっと離れてろよ!」
「はーい!」
「おっ、頼んだぞー」
「うっ……」
笑いかけると富松はうなったが、すぐに準備に取り掛かった。修理していたらしい道具のそばには使いこんだ鍋があり、これが件の依頼の物なのだろう。直したあとなのか、どこが壊れていたのかわからない。
道具を手にして集中している富松を一年生たちと一緒に眺めながら、尾浜はその真摯な瞳に懐かしくなった。ひとつずつ、何かができるようになるのは面白い。誰かの成長を見るのも、きっと楽しいことだろう。
「富松先輩すごいなー」
「しんべヱたちだってできるようになるさ」
「なれるかなぁ」
「でっ、できました!」
「おー!ありがとう!」
富松に差し出された万力鎖を受け取って、距離を取ってくるくると回してみる。力を入れても分銅は落ちることはなさそうだ。
「助かったよ。明日手ぶらで実習行くところだった」
「えっ!」
「まぁなくてもいいんだけどさ、俺の場合半分お守りだし」
「お守り?」
「暗器なんて大体お守りだよ」
「……あの、今度、使い方教えてもらってもいいですか」
「ん?いいけど、何で?」
「……何ができるのか、わからなくて」
ああ、そうか。鎖をしまいながら富松に近づき、ぐいとその頭を撫でてやる。彼は来年、委員長代理になるのだ。
「いいよ、約束ね」
「あっ、ありがとうございます!」
無垢な姿を見ながら、思わず用具委員に入ろうかしら、などと思ったのは内緒だ。彼の思いに水を差すような真似はできない。
「おれさぁ、修理委員会でもいいと思うよ」
「え?」
「作るより、修理した方が早いだろ。忍者はきっとその方がいいよ」
「……そう、ですね」
複雑そうに、それでも富松は笑顔になった。
「この間おっしゃってたやつですね、大丈夫ですよ」
食堂のおばちゃんのお礼の言葉に笑顔を見せ、三年の富松作兵衛は机にやって来た。何気なくそれを見ていた尾浜の前しか席は開いておらず、一瞬躊躇したものの失礼します、とそこに座る。あまり関わることのない三年生を思わず珍しげに見ていると、富松は箸を手にしたまま口を動かせずにいた。
「あ、ごめん。何か取ってやろうとしてたわけじゃないから、食べていいよ」
「お前どんだけ食いしん坊キャラなんだよ。しんべヱ並みじゃねえか」
「そ、そういうわけじゃ」
尾浜の隣で竹谷が笑う。誤解を解こうと慌てた富松を落ち着かせ、尾浜も食事を続けた。富松もきちんと手を合わせて食べ始める。
「ねえ、さっきおばちゃんと話してたの、何?」
「え?」
「さっき言ってたじゃん。あとで、って」
「ああ、先日おばちゃんが困っていたので、鍋の取っ手を直したんです。また別のやつが壊れたそうなので、また直すことになって。用具委員で修理は得意になりましたから」
「あー、食満先輩のとこの」
「はい」
「修理委員会」
「よっ、用具委員会です!」
「あはは、ごめん!」
「お前なぁ、後輩いないからってからかうなよ」
「竹谷は世話になりすぎだよね」
「うるせー」
「あ、生物委員から預かってた虫籠も直ってます!あとで持って行きますので」
「あ、いいよいいよ。俺今から取りに行くわ、ありがとな。いやぁ自分らで直しゃいいんだろうけど、強度が違うんだよなぁ」
「ふうん」
手放しでほめる竹谷に富松は照れて顔を赤くした。間もなく食事を終えた竹谷はすぐに立ち上がり、離れたところにいた孫兵に声をかけて食堂を出ていく。活動の忙しい委員会は大変だなぁ、などと思いながら味噌汁をすすった。唇に豆腐が触れて、そのまま口腔に流し込む。豆腐と言えばの久々知兵助も、今日は委員会活動のきりがつかないとかでまだ姿を現していない。彼が来るころには味噌汁の具が少なくなっているのではないだろうか。
「あのさぁ、用具委員って忍具の修理もできる?」
「はい、程度にもよりますが、学校の練習用の手裏剣なんかも整備していますので」
「あとでおれの持って行ってもいい?食満先輩に聞いといてよ」
「わかりました!」
明るい笑顔とはきはきした笑顔に、なんとなくこちらがむず痒くなる。三年生ってこんなに純粋だったっけ?ひと学年下の去年までの姿のはずだが、現四先生はあの頃は既にあんなキャラクターをしてた。
「うーん、そりゃ孫兵がかわいく見えるよなぁ」
「何ですか?」
「こっちの話ー」
*
「こっちは終わり!しんべヱ、喜三太、平太と三人でこれを用具倉庫に片づけてきてくれ。しんべヱがいたら三人でも運べるな?」
「はーい!お腹いっぱいなので大丈夫でーす」
「よし、頼むぞ」
「「「はーい!」」」
おや、随分と「先輩」している。そんなことを思いながら、尾浜は万力鎖を手に用具委員に近づいた。足音で気づいた富松が慌てて寄ってくる。
「尾浜先輩すみません!今日食満先輩、学園長先生とお出かけなんです!」
「あー、うん。俺も途中で聞いたんだ」
「え?それなら」
「うん、でも富松で直せない?分銅が取れちゃったんだ」
「えっ……」
鎖の先と分銅を見せると、富松は困惑したように尾浜を見上げた。富松が何をためらうのかわからず首を傾げる。
「あ……あの、ぼくが武器を預かってもいいんですか……」
「ああ、そんなことか。いいよ」
はい、とつきだせば富松は慌てて手を出した。ひと回り小さい手に己の武器を渡すと、富松はごくんと喉を鳴らした。
そんなに気を張ることないのになぁ。こちらが申し訳なくなるほど緊張を見せられて尾浜は苦笑する。
「富松は真面目だなぁ」
「でも、その……食満先輩はご自分で手入れをなさるので」
「それは自分でできるからでしょー。自分でやろうにも道具もないし、こんな職人技芸おれは持ってないもん」
「でも、もしちゃんと直らなかったら」
「直るまでやってよ」
「……はぁ」
その声に力はない。どうしたものかと考えているところに、騒ぎながら一年生たちが戻ってくる。
「あー、尾浜先輩だー」
「尾浜先輩こんにちはー」
「何かご用ですか……」
「俺の武器修理してもらおうと思ったんだけど」
やっぱり食満先輩に頼むね、そう尾浜が言うより早く、一年生たちが目を輝かせる。
「これなんて言う武器ですかー!?」
「どうやって使うんですかー!?」
「触ってみてもいいですか?」
「ナメクジさんは」
「ナメクジ触った手では触るなよ」
「え〜」
「富松先輩が直すの見ててもいいですか?」
「ええっ?」
平太に袖を引かれ、富松は弾かれたように顔を上げた。万力鎖を手にしたまま驚いた顔の平太を見て、それからゆっくり尾浜を見る。どうするのだろうと黙っていると、ぐっと鎖を握った。
「わ……わかった!でもちょっと離れてろよ!」
「はーい!」
「おっ、頼んだぞー」
「うっ……」
笑いかけると富松はうなったが、すぐに準備に取り掛かった。修理していたらしい道具のそばには使いこんだ鍋があり、これが件の依頼の物なのだろう。直したあとなのか、どこが壊れていたのかわからない。
道具を手にして集中している富松を一年生たちと一緒に眺めながら、尾浜はその真摯な瞳に懐かしくなった。ひとつずつ、何かができるようになるのは面白い。誰かの成長を見るのも、きっと楽しいことだろう。
「富松先輩すごいなー」
「しんべヱたちだってできるようになるさ」
「なれるかなぁ」
「でっ、できました!」
「おー!ありがとう!」
富松に差し出された万力鎖を受け取って、距離を取ってくるくると回してみる。力を入れても分銅は落ちることはなさそうだ。
「助かったよ。明日手ぶらで実習行くところだった」
「えっ!」
「まぁなくてもいいんだけどさ、俺の場合半分お守りだし」
「お守り?」
「暗器なんて大体お守りだよ」
「……あの、今度、使い方教えてもらってもいいですか」
「ん?いいけど、何で?」
「……何ができるのか、わからなくて」
ああ、そうか。鎖をしまいながら富松に近づき、ぐいとその頭を撫でてやる。彼は来年、委員長代理になるのだ。
「いいよ、約束ね」
「あっ、ありがとうございます!」
無垢な姿を見ながら、思わず用具委員に入ろうかしら、などと思ったのは内緒だ。彼の思いに水を差すような真似はできない。
「おれさぁ、修理委員会でもいいと思うよ」
「え?」
「作るより、修理した方が早いだろ。忍者はきっとその方がいいよ」
「……そう、ですね」
複雑そうに、それでも富松は笑顔になった。
2012'03.10.Sat
「竹巳、もう寝ろ」
「……でも」
今にも泣きだしそううな声に、三上は頭を抱えたくなった。ああくそ、かわいいな。溜息をつくと何を思ったのか、竹巳は慌てて立ち上がった。
「邪魔でしたよね!すみません」
「あー、そうじゃない」
昼間働いていた姿のままの竹巳を見る。この三上屋へ奉公に来たばかりの頃から考えると、竹巳は随分たくましくなった。昔はいつもこんな風に情けない顔をしていたようい思う。それでも音を上げずに体で追いつき、今ではいなくては店が回らないほどよくできた奉公人である。
今、竹巳の心を占めているのは一匹の猫だった。
三上屋は反物を扱っている。拾われてきたときは飼うことになるなどと思ってはいなかったが、竹巳が執心と見て、彼を気に入っている旦那、三上の父親があっさり許したのだ。幸いなことに賢い猫であり、おまけに狩りもうまいのでネズミが減った。
その猫が夕方から姿を見せず、食事時にも表れない。店先から家の奥まで探し回り、挙句床下まで入って探したが見つからなかったようだ。カラスに襲われたり、子どもにいじめられたりしていないだろうか。誰かが漏らしたそんな言葉を聞いてから、竹巳はずっとこんな調子で夜になっても閉めた店先でしゃがみこんでいた。
竹巳は道の向こうをじっとみた。昼間は賑わう場所も人の姿はなく、明かりもない様子は別の何かが出てきそうな不気味ささえ感じる。
「お前が風邪ひいたらつまらんだろうが」
「でも、墨雪が帰ってきたら開けてやらないと……」
「猫なんだ、どこからでも入ってくるだろ」
「……そう、ですよね……」
竹巳の不安をぬぐい去ってやれるようなことが言えればいいのだろうが、何も言葉が出てこなかった。客相手の駆け引きでも、女を口説くときでもこんなに言葉が出ないことはない。三上から言葉を奪うのは、竹巳だけだ。どうすることもできず、三上はただ隣に立ちつくした。
夜風は冷たい。竹巳が動かないのを見て、溜息をついて引き寄せた。変な声を上げるのにも構わず冷えた体を抱き込み、羽織で包んで体を寄せる。
「わっ、若旦那!」
「猫が戻るまでこうしてやる」
「わ……わかりました!戻ります!戻って寝ます!」
「いいよ」
「戻りますッ!」
「チッ」
体温が逃げていくのを名残惜しく思いながらも、暴れる竹巳を手放した。この程度の抵抗で引く三上を見れば、昔からの悪友が見れば笑うだろう。
「明るくなったら一緒に探しに行ってやる」
「……ありがとう、ございます」
「起きれるかと思ったろう」
「いえ、そんな」
「起こしに来い」
ちゃんと寝ろよ、と声をかけて自室へ向かう。足取り重く部屋へ戻って行く竹巳の背中に、深く溜息をついた。――猫に嫉妬することになるなんて考えたこともない。俺が黙っていなくなったら探してくれるだろうか、などとつまらないことを考えながら部屋に入り、……そして肩を落とした。なんだそりゃ。
三上の布団の上で眠るのは、白い体に墨を落としたようなぶちのある猫だった。
「……でも」
今にも泣きだしそううな声に、三上は頭を抱えたくなった。ああくそ、かわいいな。溜息をつくと何を思ったのか、竹巳は慌てて立ち上がった。
「邪魔でしたよね!すみません」
「あー、そうじゃない」
昼間働いていた姿のままの竹巳を見る。この三上屋へ奉公に来たばかりの頃から考えると、竹巳は随分たくましくなった。昔はいつもこんな風に情けない顔をしていたようい思う。それでも音を上げずに体で追いつき、今ではいなくては店が回らないほどよくできた奉公人である。
今、竹巳の心を占めているのは一匹の猫だった。
三上屋は反物を扱っている。拾われてきたときは飼うことになるなどと思ってはいなかったが、竹巳が執心と見て、彼を気に入っている旦那、三上の父親があっさり許したのだ。幸いなことに賢い猫であり、おまけに狩りもうまいのでネズミが減った。
その猫が夕方から姿を見せず、食事時にも表れない。店先から家の奥まで探し回り、挙句床下まで入って探したが見つからなかったようだ。カラスに襲われたり、子どもにいじめられたりしていないだろうか。誰かが漏らしたそんな言葉を聞いてから、竹巳はずっとこんな調子で夜になっても閉めた店先でしゃがみこんでいた。
竹巳は道の向こうをじっとみた。昼間は賑わう場所も人の姿はなく、明かりもない様子は別の何かが出てきそうな不気味ささえ感じる。
「お前が風邪ひいたらつまらんだろうが」
「でも、墨雪が帰ってきたら開けてやらないと……」
「猫なんだ、どこからでも入ってくるだろ」
「……そう、ですよね……」
竹巳の不安をぬぐい去ってやれるようなことが言えればいいのだろうが、何も言葉が出てこなかった。客相手の駆け引きでも、女を口説くときでもこんなに言葉が出ないことはない。三上から言葉を奪うのは、竹巳だけだ。どうすることもできず、三上はただ隣に立ちつくした。
夜風は冷たい。竹巳が動かないのを見て、溜息をついて引き寄せた。変な声を上げるのにも構わず冷えた体を抱き込み、羽織で包んで体を寄せる。
「わっ、若旦那!」
「猫が戻るまでこうしてやる」
「わ……わかりました!戻ります!戻って寝ます!」
「いいよ」
「戻りますッ!」
「チッ」
体温が逃げていくのを名残惜しく思いながらも、暴れる竹巳を手放した。この程度の抵抗で引く三上を見れば、昔からの悪友が見れば笑うだろう。
「明るくなったら一緒に探しに行ってやる」
「……ありがとう、ございます」
「起きれるかと思ったろう」
「いえ、そんな」
「起こしに来い」
ちゃんと寝ろよ、と声をかけて自室へ向かう。足取り重く部屋へ戻って行く竹巳の背中に、深く溜息をついた。――猫に嫉妬することになるなんて考えたこともない。俺が黙っていなくなったら探してくれるだろうか、などとつまらないことを考えながら部屋に入り、……そして肩を落とした。なんだそりゃ。
三上の布団の上で眠るのは、白い体に墨を落としたようなぶちのある猫だった。
2012'03.08.Thu
「そこ、違いません?」
「え?」
左近の声に顔を上げた数馬はぽかんと口を開けた間抜け面で、どうして保健委員の先輩ってこんな人ばかりなんだろう、と思わず思う。一年は組を「あほのは組」と呼んで馬鹿にすることはあるが、もしかして全学年共通で「は組」は「あほ」なのではないだろうか。
数馬が広げている宿題の項目を指すと数馬は間抜け面のまま左近と問題を見比べて、そして左近を見て首を傾げた。思わず苛立ちながらも、左近は数馬の正面に座る。
「そもそも忍びイロハを読み間違えてます!」
「うっそだぁ。いくら何でも三年生になって忍びイロハを間違うなんて」
笑い飛ばそうとした数馬を遮り、淡々と解説してやると黙り込む。数馬は何も言わずに筆をとって間違った文の上から線を引いた。何事もなかったかのように宿題を続ける数馬に向かってわざとらしく溜息をついてやる。数馬はそれに何の反応も様子も見せず、左近が来たときと変わらず頭を抱えてうんうんと宿題を続けていた。先輩としての矜持はないのだろうか。左近は呆れて立ち上がり、薬草を片づける作業に戻る。
「左近」
「どこかわからないところでも?」
「もうすぐ二年生は合宿に行くだろ。水渇丸を作ってもって行くといいよ」
「はい?」
「先生言ってなかった?あの合宿毎年保健委員が消えるんだ」
「消え……」
「ぼくは川に落ちて流された。伊作先輩はほら穴に落ちて上れなくなったって。大体交互らしいから、左近は水に困るんじゃない?水渇丸があれば水が尽きてもしばらくはもつから」
「……ぜんっぜんありがたくないアドバイスなんですけど」
「あとで一緒に作ろうね」
「……数馬先輩って、馬鹿なんですか?」
「え、何それ辛辣」
「ハナっから諦めてどうするんですか。保健委員が不運だって?そんなしょうもないことより気にすることはたくさんあるでしょう。不運だってただのアクシデント、乗り越えてこそ忍者です。そもそもせっかく保健委員という立場なんだから水渇丸も持って行くに決まってるじゃないですか」
一気に言いきると数馬はまたぽかんとして左近を見た。こちらが変なことを言ったような気になるのでやめてほしい。
「えーっと……左近って、ほんとに賢いんだね……」
「先輩がアホなんじゃないですか?」
「はは……」
へらっと笑う数馬から、左近はぷいと顔をそむけた。しかしその心中で、必死で作り方を反芻する。
左近は賢いなぁ、何度でも言う数馬が実は嫌みを言っているのではないかと疑いながら、左近はどうにか彼から正しい作り方を聞き出せないかと考えを巡らせた。
「え?」
左近の声に顔を上げた数馬はぽかんと口を開けた間抜け面で、どうして保健委員の先輩ってこんな人ばかりなんだろう、と思わず思う。一年は組を「あほのは組」と呼んで馬鹿にすることはあるが、もしかして全学年共通で「は組」は「あほ」なのではないだろうか。
数馬が広げている宿題の項目を指すと数馬は間抜け面のまま左近と問題を見比べて、そして左近を見て首を傾げた。思わず苛立ちながらも、左近は数馬の正面に座る。
「そもそも忍びイロハを読み間違えてます!」
「うっそだぁ。いくら何でも三年生になって忍びイロハを間違うなんて」
笑い飛ばそうとした数馬を遮り、淡々と解説してやると黙り込む。数馬は何も言わずに筆をとって間違った文の上から線を引いた。何事もなかったかのように宿題を続ける数馬に向かってわざとらしく溜息をついてやる。数馬はそれに何の反応も様子も見せず、左近が来たときと変わらず頭を抱えてうんうんと宿題を続けていた。先輩としての矜持はないのだろうか。左近は呆れて立ち上がり、薬草を片づける作業に戻る。
「左近」
「どこかわからないところでも?」
「もうすぐ二年生は合宿に行くだろ。水渇丸を作ってもって行くといいよ」
「はい?」
「先生言ってなかった?あの合宿毎年保健委員が消えるんだ」
「消え……」
「ぼくは川に落ちて流された。伊作先輩はほら穴に落ちて上れなくなったって。大体交互らしいから、左近は水に困るんじゃない?水渇丸があれば水が尽きてもしばらくはもつから」
「……ぜんっぜんありがたくないアドバイスなんですけど」
「あとで一緒に作ろうね」
「……数馬先輩って、馬鹿なんですか?」
「え、何それ辛辣」
「ハナっから諦めてどうするんですか。保健委員が不運だって?そんなしょうもないことより気にすることはたくさんあるでしょう。不運だってただのアクシデント、乗り越えてこそ忍者です。そもそもせっかく保健委員という立場なんだから水渇丸も持って行くに決まってるじゃないですか」
一気に言いきると数馬はまたぽかんとして左近を見た。こちらが変なことを言ったような気になるのでやめてほしい。
「えーっと……左近って、ほんとに賢いんだね……」
「先輩がアホなんじゃないですか?」
「はは……」
へらっと笑う数馬から、左近はぷいと顔をそむけた。しかしその心中で、必死で作り方を反芻する。
左近は賢いなぁ、何度でも言う数馬が実は嫌みを言っているのではないかと疑いながら、左近はどうにか彼から正しい作り方を聞き出せないかと考えを巡らせた。
2012'03.08.Thu
「どうしたの?」
声をかけると藤内はびくりと肩を揺らした。彼はそのまま硬直してしまう。綾部が隣にしゃがみこんで顔を覗きこむと、目を真っ赤に泣き腫らしていた。何を泣くことがあるのかわからないが、黙ったまま頭を撫でてやる。頭巾はどこへ遣ったのか髪も振り乱し、まだ幼い体全体を使って泣いている。
かわいい後輩をずっと撫でていると、やがて弱々しい力で手を振り払われた。
「だいッ……だいじょうぶ、です」
「何が?」
「……」
「撫でたいから撫でてるだけだよ」
「ぼく、ぼくはっ」
ひくっとしゃくりあげ、藤内はそれきり声を出せずにいる。装束は汚れ、強く握った手は傷だらけだ。
「藤内」
いつもの調子で名を呼ぶと、藤内は遂にわっと大声を上げて泣き出した。両手で顔を覆い、腹から唸り声を上げて泣きじゃくる。言葉にならない悲鳴を聞いて、綾部は背を撫でてやった。ゆっくりと、あたためてやるつもりで。
「藤内。できることとできないことがあるよね。その中で、頑張ればできることとか、頑張ってもできないこととかがあって、できないといけないこともあってさ、嫌いでもやらなきゃいけなかったり、好きでもやりたくない気分のときがあったり、色々でしょう」
綾部は自分の空いた手を見つめる。この手が一番よく働くのは、穴を掘るときだろう。それでもこの手は穴を掘るためだけの手にはなれない。きっとそれと同じことだ。
「できないことがあっても死にゃしないよ。方法変えたらできることもあるんだからさ」
ぐい、と後輩を抱きよせて、外界から守るように覆ってやる。綾部の胸の中で泣き続ける彼は、綾部を疎ましく思うのだろうか。それでも熱を抱きしめ続けた。藤内は日の光にあたためられた匂いがする。
少しずつ落ち着いてきた藤内が綾部の胸を押し、抵抗せずに離れた。恐る恐るといった体で綾部を見上げる藤内は涙で顔は汚れ、鼻水も出ている。自分の頭巾を取って顔を拭いてやろうとすると逃げられたが、無理やり布を顔に押しつけた。
「おしまい?」
「……綾部先輩は」
「何?」
「何ができませんか?」
汗と涙でよれよれの藤内を見て、思わず笑いをこぼした、途端に恥ずかしくなったらしい藤内が今度は羞恥で顔を赤くし、もういいです、と立ち上がろうとする。それを抱き込んで逃がさない。
「とりあえず今は、藤内を笑わせることができないよ!」
声をかけると藤内はびくりと肩を揺らした。彼はそのまま硬直してしまう。綾部が隣にしゃがみこんで顔を覗きこむと、目を真っ赤に泣き腫らしていた。何を泣くことがあるのかわからないが、黙ったまま頭を撫でてやる。頭巾はどこへ遣ったのか髪も振り乱し、まだ幼い体全体を使って泣いている。
かわいい後輩をずっと撫でていると、やがて弱々しい力で手を振り払われた。
「だいッ……だいじょうぶ、です」
「何が?」
「……」
「撫でたいから撫でてるだけだよ」
「ぼく、ぼくはっ」
ひくっとしゃくりあげ、藤内はそれきり声を出せずにいる。装束は汚れ、強く握った手は傷だらけだ。
「藤内」
いつもの調子で名を呼ぶと、藤内は遂にわっと大声を上げて泣き出した。両手で顔を覆い、腹から唸り声を上げて泣きじゃくる。言葉にならない悲鳴を聞いて、綾部は背を撫でてやった。ゆっくりと、あたためてやるつもりで。
「藤内。できることとできないことがあるよね。その中で、頑張ればできることとか、頑張ってもできないこととかがあって、できないといけないこともあってさ、嫌いでもやらなきゃいけなかったり、好きでもやりたくない気分のときがあったり、色々でしょう」
綾部は自分の空いた手を見つめる。この手が一番よく働くのは、穴を掘るときだろう。それでもこの手は穴を掘るためだけの手にはなれない。きっとそれと同じことだ。
「できないことがあっても死にゃしないよ。方法変えたらできることもあるんだからさ」
ぐい、と後輩を抱きよせて、外界から守るように覆ってやる。綾部の胸の中で泣き続ける彼は、綾部を疎ましく思うのだろうか。それでも熱を抱きしめ続けた。藤内は日の光にあたためられた匂いがする。
少しずつ落ち着いてきた藤内が綾部の胸を押し、抵抗せずに離れた。恐る恐るといった体で綾部を見上げる藤内は涙で顔は汚れ、鼻水も出ている。自分の頭巾を取って顔を拭いてやろうとすると逃げられたが、無理やり布を顔に押しつけた。
「おしまい?」
「……綾部先輩は」
「何?」
「何ができませんか?」
汗と涙でよれよれの藤内を見て、思わず笑いをこぼした、途端に恥ずかしくなったらしい藤内が今度は羞恥で顔を赤くし、もういいです、と立ち上がろうとする。それを抱き込んで逃がさない。
「とりあえず今は、藤内を笑わせることができないよ!」
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