忍者ブログ

言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'03.15.Sat
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2012'02.26.Sun
「保健委員いるか!」

荒々しく扉を開けて入ってきたのは、三年ろ組の神崎左門であった。同じうるさい生徒なら、三年生よりも一年生の方がまだましだ。おまけにこの神崎は人の話を聞かない。少なくとも左近のイメージではそうである。

神崎は決断力のある方向音痴として学園内では有名だ。その一因に、人の話を聞かないことにもあるのではないかと左近は思っている。道を教えられても何かに導かれるかのように方向転換をするなど、わざとでなければ馬鹿だ。今日の委員会の当番はもうすぐ交代だというのに、締めくくりにどうしてこんな珍獣が紛れ込んできたのだろう。もうずいぶん前から空腹で、交代次第すぐに食堂へ向かおうと思っていた。しかしこのまま負の連鎖が続けば、最悪の場合昼食を食いっぱぐれることになるだろう。

嫌々ながら、左近は神崎を見上げる。

「……何か」

「保健委員に用があるのは怪我をしたときだろう」

「ひっ!」

血まみれの肘を向けられて、左近は思わず悲鳴を上げた。よく見れば全身が汚れているが、何よりもその肘が一番ひどい。そこで転んで、と説明するのを聞かずに立ち上がり、肘を伝って血が落ちるのを見ながら医務室の外へ押し出した。廊下に残った赤い斑点にぞっとする。

「おい何をする」

「とにかく傷を洗います!」

「おお」

今初めて気づいたかのように左門は傷を見た。その傷のひどさに初めて気がついたのか、どきっとして身をすくめた。

「……これ、死ぬ?」

「死にません。とにかく井戸で傷を洗ってきて下さい!……じゃなかったッ、一緒に行きます!」

行きかけた背中を慌てて捕まえ、一緒に医務室を出た。井戸まで行くともう夕食時が近づいてきているせいか、誰の姿もない。痛い、痛いと繰り返す左門を見ていると逆に冷静になってきて、左近は淡々と水を汲んで傷を洗った。

「まったく、袖まで血がついてるじゃないですか」

「やばい、意識したらすごく痛い」

「知りません。うっわ、すごい傷」

「転んだところに木の根があったんだ」

「うわぁ……」

肘から手首にかけての派手な擦過傷だ。これはしばらく風呂に入るのも難儀だろう。血が浮き上がらないうちに青白い顔をした左門を引っ張り、医務室に連れ帰る。普段迷子を引っ張っている同級生の三年や、委員会の先輩である四年の姿を見ているが、自分が迷子の手を引くことになるとは思わなかった。さっきまでいた医務室へ戻るだけだと言うのに逆方向へ向かいだすので、焦って腕を引く。もし自分が級友だったら、さっさと見捨てているだろう。

医務室に戻ってしまえば神崎は大人しい。借りてきた猫のような神崎を見ながら、治療の用意をする。そわそわと落ち着かない様子の左門だが、左近に治療されている間は黙ってそれを見ている。ぽかん、と口を開けて凝視してくるので、左近の方が落ち着かない。

「……はい、これでいいですよ」

「おお!」

「しばらくは入浴のとき気をつけて下さい。あとはこまめに包帯を変えて下さいね。数馬先輩にでもやってもらって下さい」

「わかった。さすが保健委員だな」

「……保健委員ですから」

本当ならもう交代の伊作が来ていてもいい時間だが遅れているようだ。どうせどこかで不運に引っかかっているのだろう。運が悪かったのだ。空腹を抱えても、もう嘆く気にもならない。

「ははっ!いいなぁ、私も委員会に二年生の後輩がいたらよかったのに」

「どういう意味ですか」

「かわいいじゃないか」

ぐしゃり、と頭を撫でられて、すぐさまそれを叩き落とす。神崎はさっきまでの青白い顔をどこへしまったのか、ひどく楽しげであった。

「ばっ……ばかにすんな!」

「左近遅くなってごめん〜、どうしたの〜?」

「わーっ!」

顔を出した伊作ものんきな顔をしているが、その手は血に濡れて、患部らしい腕を押さえている。さっきそこで転んじゃって、と言う伊作に、神崎もお揃いですね、などと言いながら包帯の巻かれた腕を見せた。

「あ、左近がやったの?包帯巻くのうまくなったねえ」

「そんなこと言ってるバヤイですかっ!まず傷口を洗ってきて下さいっ」

「いやでも、左近お腹すいたでしょ」

「怪我の治療が先ですッ」

伊作を引っ張って医務室を出る。伊作が苦笑しながらそれについていった。

「川西ィー!」

「はーい!?」

背中から声を掛けられて振り返れば、神崎がまだ医務室の前から手を振っている。

「今から食堂行くから、ランチ取っておいてやるよ!」

「ほっ、ほんとですかっ!?」

「治療のお礼だ!」

「おっ……お願いします!」

「よかったねー」

思わず顔をほころばせる左近に伊作が微笑み、はっとして頬を引き締める。しかし伊作は見ちゃったもんね、と笑った。

「保健委員も悪いもんじゃないだろ?」

「……ふん!」



――結局、食堂に辿りつけていなかった神崎と一緒におばちゃんに握り飯をねだることになるのだが、そのことを左近はまだ知らなかった。
PR
2012'02.22.Wed
「陣さん、おいでってば!もう、ドア閉めちゃうよ」

左近が呼んでも黒猫はふいと尻尾を振るだけで、屋根の上から下りてこようとしなかった。寒い中、母親のつっかけで出てきた左近は足から冷えてきて、くそう、と猫を睨みつける。

「もー、ほんとに玄関閉めちゃうからね!ここ閉めたらどこからも入れないよ!」

真っ黒な猫はちら、と左近を振り返った。ようやく降りる気になったかと思いきや、更に屋根を上り尻尾の端しか見えなくなる。あの野郎、と今度こそ見捨てて家へ戻ろうとすると、ただいま、と声がかかって振り返った。背の高いスーツの男が、ぽんと左近の頭を叩く。

「どうしたんだい、寒いのに外でお出迎え?左近がそんなにお父さんのことを好きだったとは知らなかった」

「違う」

「傷つくなー」

「陣さんが屋根から下りてこないんだ」

ふうん、と屋根を見上げたのは父親だ。左近は不機嫌を隠さず、連れてきてね、と玄関へ向かう。その背中を笑いながら、父親は屋根に向かって手を伸ばした。

「陣左、おいで」

なぁん、と甘えるような鳴き声で父親を迎え、黒猫はしなやかに彼の肩へ飛び降りた。よしよし、とその獣を撫でながら、猫を連れて戻ってくる父親を左近は仏頂面で待つ。

「ただいまー」

「お帰りなさいー」

父親が部屋の奥へ叫ぶと、母親は声だけで返した。左近は鍵をかけ、すぐに玄関に上がって父親の鞄を受け取る。その肩に落ち着く黒猫を睨みつけることを忘れない。

「お前がお父さんのことが好きなのはわかったから、家の中で待っててくれない?」

「かわいいじゃない、ねえ」

父親が額を寄せると猫も擦りついていく。好きなだけどうぞ、とげとげしく言葉を残し、父親の鞄を振り回しながら左近はキッチンへ向かった。

「お母さんごめんー、陣さんやっと入って来た」

「いいのよ、ありがとう」

「すぐ手伝うから」

「お父さん!毛がつくから早く着替えなよ!」

「はいはい。陣左、お前こんなに冷たくなって」

「いちゃいちゃすんのは後!」

「はいはい。左近は怖いよねー」

「何とでもッ」

ぷい、と猫と父親からは顔をそむけ、左近は夕食の支度を手伝った。



*



「おやすみなさい」

「おやすみ」

リビングで映画を見る両親に声をかける。明日の朝は早いから、いつもより早い就寝だ。左近の足音に反応したのか、今まで父親の膝でまどろんでいた陣左が体を起こす。くああ、と大きな口であくびをしながら体を伸ばし、ゆっくり左近の方へ向かってきた。

「陣さんももう寝る?出してくれって言わないでよ」

返事ともつかぬ鳴き声が返ってきて、左近はふう、と息を吐く。父親が一番好きなくせに、どうして寝るときは左近の部屋がいいのだろう。左近が階段を上がりだすとトットッと軽快な足音をさせて先に上がり切り、ドアの前で大人しく座って待っている。中に入れると部屋中をぐるぐると回りはじめたが、いつものことなので気にしない。明日の用意や目覚まし時計の時間を確認して、左近は豆電球だけを残してベッドに潜り込む。

「陣さん」

声をかけると部屋の隅を見ていた猫は振り返り、静かにベッドに歩み寄って来た。身軽にベッドに飛び上がり、左近の顔に近づいてくる。布団を持ち上げてやるとするりと布団の中へ入り込んだ。つややかな毛はいつの間にか冷えていて、寒くない?と聞きながら撫でてやる。左近にぴたりと体を寄せて、猫は場所を決めて落ち着いた。布団の中を覗いてみても、真っ黒な猫はその輪郭も曖昧だ。

どうも今日はうまく体が収まらないのか、猫は体を起こして何度か位置を変えた。まどろみ始めた左近の顔へ寄ってくるので、抱き寄せて小さな額に唇を当てる。ぐるぐると喉を鳴らし、ざらついた舌が顎を舐めた。

「おやすみ、陣さん」

小さな前足が腕を踏むのも気にせずに、左近は静かに目を閉じた。
2012'02.21.Tue
兵太夫の手からだらんと下がった青いヨーヨーは、歩くたびに水音を弾かせた。ぱつんと張ったゴム風船の中はどんな世界なのだろう。

そのかすかな水音を聞きながらも、兵太夫はずっと手をつないで歩く隣の団蔵の声を聞いている。夏休みに入ってからの委員会活動の話、父親の運送会社の話、友人と遊びに行った話。団蔵は楽しそうにしているのが何よりも彼らしく、なんだかんだと文句をつけることは簡単だが兵太夫はそれを望んでいない。

でも一言ぐらいはあってもいいんじゃない。

からん、と下駄が大きく音を立てる。じっと団蔵を見ていると彼はようやく自分が話しているばかりだと気がついたのか、焦ったように兵太夫を覗きこんだ。怒っているのではないかと思ったのだろう。しかし兵太夫にその様子がなく、かといって楽しんでいるわけでもないのに首を傾げた。思わず溜息をつくと、わけもわからず謝ってくる。

「何か気づかないの」

「な、何か、って?」

「ぼくを見て」

「え、っとぉ……」

まっすぐ見上げると団蔵は目をそらしてしまう。どうせ気づかないだろうことは予想していたが、たまには兵太夫の予想を裏切ってくれてもいいのではないかと思う。

「浴衣着てきた。見覚えない?」

「……あ」

それは兵太夫が数年前にも着たものだ。まだ団蔵とつき合い始める前のことで、正直いい思い出はない。

「……ぼくはあの時から、ずっと好きだったよ」

「えーと、か、かわいい、よ?」

「浴衣が?」

「兵太夫が!」

「!」

ストレートな物言いに、ほぼ反射的に顔が熱くなった。本当に、この男はムードも何もあったものではない。それでも無意識に兵太夫の欲しい言葉をくれるから、いつも勝てなくなってしまうのだ。

「……かわいいよ」

「いっ、1回聞けばわかるよッ」

「う、うん、ごめん」

「謝らなくてもいいけどさ……」

なんだこれ、恥ずかしい。つないだ手を振り払ってしまいたいような衝動を持て余す。

「やー、でも女子ってすげえよな!おれ浴衣着たことないけどなんか大変だろ、それ」

「まあ、慣れたら浴衣は簡単だよ。着物はさすがに着れないけど」

「それ自分で着たんだ」

「うん」

「へー、じゃあ脱げちゃっても平気だな」

「……」

「……あっ!」

黙りこんでしまった兵太夫に団蔵がはっとする。勿論兵太夫は団蔵の言葉に何の意図もないことはわかっている。団蔵はそういう男だ。それでも、それを流してやれない自分が悔しい。もっと大人になれたら、団蔵に振り回されることもなくなるのだろうか。ああ、うう、と言葉にならない声をこぼす団蔵をそっと見上げる。兵太夫の視線に気づいた彼の頬もわずかに赤い。

祭りの喧騒はもうずっと後ろになってしまった。青いヨーヨー、ソースの匂い、団蔵と一緒に見た花火。

「……兵太夫、うち寄ってく?」

だから、どうして。逃げ場のない問い方をする団蔵を、好きになったのは自分なのだ。



*



「団蔵!兵ちゃんきてんのかー!」

「うぁいッ!」

部屋に飛び込んできた声に団蔵は飛び上がった。慌ててぐしゃぐちゃになったTシャツを被り、部屋に入ってこられる前に上半身だけど廊下に出す。廊下の向こうで父親が同じように階段から顔だけ覗かせていた。

「明日補習あるんだろー、あんまり遅くないうちに送ってやれよ」

「わかってるよ!」

ぼろが出ないうちに部屋へ引っ込む。体を起こした兵太夫は耳まで真っ赤にしたまま、背を伸ばし、緩んだ帯をほどいて腰ひもを直しているところだった。それを惜しいと思わない男がどこにいるだろうか。あーあ、と嘆いて床に転がる団蔵を、兵太夫が睨みつける。

「誰もいないって言った……!」

「帰ってこないって言ってたんだよー」

「うう……ねえ姿見ないの」

「あー、クローゼットに一応」

兵太夫がクローゼットに近づいて取っ手を引く。その瞬間に団蔵は気づいたはもう遅く、ぐしゃぐしゃに丸められた衣類が積まれたそこに兵太夫は顔をしかめた。服でよかった、と安堵する団蔵には気づかず、兵太夫は戸の裏の鏡を見ながら浴衣を直していく。団蔵は帯を引っ張った。

「返して」

「……なんかさぁ、着るとこもエロいね」

「ばかっ」



結局帰る、と言い出した兵太夫を説得することはできず、未練はあるが送ることになった。とうちゃん帰ってこないって言ってたのになぁ、と幾ら嘆いても仕方ない。

顔の熱が引かない兵太夫は手早く挨拶を済ませ、団蔵が手を引いて家を出る。真夏とは言え夜はさすがに暑さも緩み、すずしい風が吹いていた。帰るまでには顔のほてりも引くだろう。

――何もできなかった。

「おれはこの夏最大のチャンスを逃した気がする……」

「ばか……」

兵太夫の下駄の音が響く。断じて体目的ではないということを伝えようとしたが、何を言っても逆効果になる気がした。常々考えてからしゃべるようにと周りから言われるが、なのをどう考えたらいいのかすらわからない。ぐるぐる考えているうちに着いてしまった。もうあとは坂道を登り切れば兵太夫の家だ。坂の下で足を止める。

「……ぼくは、団蔵と花火が見れたからいい」

兵太夫を見ると顔を背けられてしまう。しかしつないだ手にわずかに力がこもり、ぞくりと鳥肌が立った。

「兵太夫」

「ん、」

顔を寄せると逃げられたが、それを引き寄せて正面から向き合った。うつむいてしまった兵太夫を覗きこみ、半ば強引に唇を合わせる。途端に嫌な気配を感じ、はっとして顔を上げるが周囲に人の気配はない。

「……ごめん……お父さんどこかで見てるかも……」

「はは……」

兵太夫の言葉に血の気が引いた。笑みの形で硬直した団蔵を見て、兵太夫は苦笑する。

「送ってくれてありがとう。お祭り、楽しかった」

「……今度いつ遊べる?」

「田舎帰るから、戻ってきたら連絡するよ」

するりと手から逃げる体温が名残惜しい。団蔵の顔を見ないまま、兵太夫は坂を上って行った。その背中を見送って、団蔵は大きく溜息をつく。

細い手首。乱れた髪が張りつく汗ばんだ肩。かすれた声が自分の名を呼び、抵抗にならない力は拒絶をしなかった。

「……ああ」

自分を好きだと言うあの子を大事にしたいのに、乱暴にしないように必死だったなど、誰に言えよう。ふらふらと家へ向かいながら、何度も嘆きの声をあげた。

「ただいま〜」

「ちゃんと送ってきたかぁ〜?」

「父ちゃんはおれをなんだと思ってるわけ?」

「青少年」

「……わかってて邪魔しただろ!」

「よそのお嬢さんを傷ものにするわけにはいかないからな」

「ほっとけよ!」

からかうような父親から逃げるように部屋へかけこんだ。ベッドの下に青いヨーヨーが落ちていることに気づき、それを拾い上げる。今にも弾けてしまいそうなほど空気の入ったそのヨーヨーを転がして、兵太夫のことを考える。青がいい、と、団蔵のシャツを引っ張った。

「…………どうしよう」

もう会いたい。ヨーヨーを渡しに行こうかと考えて、父親の気配に頭を悩ませた。
2012'02.21.Tue
「嫌?」

いらえの代わりにぷるぷると首を振ると、次屋はわずかに微笑んだ、ように見えた。首元に顔をうずめるように、寝巻き姿の時友を緩く抱きしめる。たったそれだけでどきりと心の臓が飛び跳ねた。同年代の友人にはうぶだ、などと揶揄されるが、こんなにも愛しい人の体温を感じて、どきりとしないのはどんな優秀な忍者なのだろう。

しろべえ、甘えるような声色に肩を揺らし、ゆっくり息を吐く。きっちりと忍び装束を着こんだ次屋は、その下に今日は何を仕込んでいるのだろうか。暗器の得意な体育委員長殿は。

冷たい唇が頬を滑る。思わず身をよじると逆に引き寄せられ、そのまま唇を吸われた。冷え切った体に反して熱い息が唇を舐め、ぬるりと舌が差し込まれる。暴かれる。次屋に縋りつくように応えながら、じわりと汗が浮くのを感じた。唇も。歯も。舌も。もう知っている。それでも、何度しても慣れるものではなく、何度となく、次屋は時友の気持ちを確かめた。

好きだと言えばいいのだろうか。

本当にそうであるのかがわからない。唇は熱くとも、次屋の体はかたく、重く、冷たい。時友を抱きしめるだけの手は、今日は何を引き寄せるのだろう。

何度も繰り返される口吸いにどんな意味があるのか、今日もついぞ聞くことができないまま、時友は次屋を見送った。背の高い男は頭巾で顔を覆うともう気配を変え、時友を振り返ることはない。月のない夜を行こうとする背中を、今日はどうしてだかそうしたくなり、縁側を降りて袖を引いた。僅かに肩を揺らして次屋は足を止める。

「あの」

「……ん?」

「ぼくは、次屋先輩が強い方だと知っています」

「おお、ありがとな」

「ですから、どうしたらいいのかわからないのです」

「……じゃあ、待ってろ」

袖を掴む時友の手を取り、次屋はそれを握った。決して強くない力でも、心をつなぎとめられる。視線を落としてそれを見ると、次屋の指がつう、と甲をなぞった。

「帰ってきたら、今度はちゃんと抱きしめる」

時友が顔を上げると同時に、次屋は走り去っていた。見慣れた背中を見送りながら、体温も残っていない手を握る。

「そういうことじゃなくて……」

手のひらを見た。これは忍者の手だろうか。

「……ん?」

自分は何が欲しいのだろうか。それがわからなくなって首を傾げる。足元から体が冷えて、時友はゆっくり長屋へ向かった。

抱きしめてもらえばわかるだろうか。
2012'02.21.Tue
「金吾はどうして喜三太が好きなの」

「えっ」

平太の静かな声に、金吾は驚いて振り返った。どこからやってきたのかさっぱりわからなかった。さすがは六年ろ組、と感心したが、慌てて首を振る。今はそれどころではない。平太はいつもと変わらない物静かな様子だが、じっと金吾を見る目には力強さがあった。

すう、と息を吐き、金吾も背を伸ばして平太を向く。猫背の男は金吾よりもわずかに背が高い。見た目はひょろんとしているが、実際のところはしっかりと筋肉のついたたくましい体であることは知っていた。用具委員長を務めている男が貧弱であるはずがない。

「――ぼくは喜三太の全部が好きだ」

それは金吾が胸を張って言えることだ。全部が好きであるからこそ、喧嘩もするし嫌だと思ったことは嫌とはっきり口にしている。そのたびに喜三太は拗ねて、金吾はぼくのことなんて好きじゃないんだ、などというが、甘やかすだけの関係なら喜三太じゃなくていい。金吾が求めているのは優しいだけの関係ではなく、彼を認めた上でそばにいると言える関係だ。何があってもそばにいると。

「平太は?」

平太は視線から逃げなかった。

この男が喜三太に思いを寄せていることは知っている。それを正面から問いただしたことはこれが初めてだ。勿論場をわきまえるが、基本的に平太は自分の気持ちを隠さない。どんな時でもストレートに喜三太を見つめ、正直に話をする。

――その姿勢が、金吾は嫌いではない。平太が見ているのが喜三太でなければ応援もしただろう。

金吾をじっと見たあと、ふいと視線を流した。その先に、喜三太がいる。委員会の後輩と一緒に、ナメクジさんたちの散歩中だ。あの一年生は喜三太のナメクジに興味を持ち、彼が入って来た時の喜三太のはしゃぎようを思い出す。

「喜三太の目が好きだ。美しいものを映す瞳が輝くだけでぼくは嬉しくなる。やわらかそうな頬が、冬の寒さで赤く染まっているのが好きだ。寒いね、とこぼれる声が好きだ。ぼくはどんな美しい演奏よりもそれが聞きたい。優しくナメクジさんに差し出される指先の丸さが好きだ。ぼくにはもう、彼が触れるものすべてが素晴らしいものに思える」

――淡々として聞こえるほど、淀みなく。

まるで金吾の存在を忘れてしまったのではないかと疑うほどに、平太は表情を変えずに言葉を紡いだ。かすれるような声だが金吾にははっきりと聞こえ、それは呪詛のように金吾の体に絡みつく。

「一番はね、金吾」

はぁ、と吐く息は重そうで、ぐるりと金吾を見た平太の瞳は深い。

「喜三太が金吾に見せる、牡丹のような笑顔が一番好きだ」
[29] [30] [31] [32] [33] [34] [35] [36] [37] [38] [39
«  BackHOME : Next »
カレンダー
02 2025/03 04
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
最新CM
[08/03 mkr]
[05/26 powerzero]
[05/08 ハル]
[01/14 powerzero]
[01/14 わか]
バーコード
ブログ内検索
アクセス解析
アクセス解析

Powered by Ninja.blog * TemplateDesign by TMP

忍者ブログ[PR]