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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'03.13.Thu
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2012'02.21.Tue
兵太夫の手からだらんと下がった青いヨーヨーは、歩くたびに水音を弾かせた。ぱつんと張ったゴム風船の中はどんな世界なのだろう。

そのかすかな水音を聞きながらも、兵太夫はずっと手をつないで歩く隣の団蔵の声を聞いている。夏休みに入ってからの委員会活動の話、父親の運送会社の話、友人と遊びに行った話。団蔵は楽しそうにしているのが何よりも彼らしく、なんだかんだと文句をつけることは簡単だが兵太夫はそれを望んでいない。

でも一言ぐらいはあってもいいんじゃない。

からん、と下駄が大きく音を立てる。じっと団蔵を見ていると彼はようやく自分が話しているばかりだと気がついたのか、焦ったように兵太夫を覗きこんだ。怒っているのではないかと思ったのだろう。しかし兵太夫にその様子がなく、かといって楽しんでいるわけでもないのに首を傾げた。思わず溜息をつくと、わけもわからず謝ってくる。

「何か気づかないの」

「な、何か、って?」

「ぼくを見て」

「え、っとぉ……」

まっすぐ見上げると団蔵は目をそらしてしまう。どうせ気づかないだろうことは予想していたが、たまには兵太夫の予想を裏切ってくれてもいいのではないかと思う。

「浴衣着てきた。見覚えない?」

「……あ」

それは兵太夫が数年前にも着たものだ。まだ団蔵とつき合い始める前のことで、正直いい思い出はない。

「……ぼくはあの時から、ずっと好きだったよ」

「えーと、か、かわいい、よ?」

「浴衣が?」

「兵太夫が!」

「!」

ストレートな物言いに、ほぼ反射的に顔が熱くなった。本当に、この男はムードも何もあったものではない。それでも無意識に兵太夫の欲しい言葉をくれるから、いつも勝てなくなってしまうのだ。

「……かわいいよ」

「いっ、1回聞けばわかるよッ」

「う、うん、ごめん」

「謝らなくてもいいけどさ……」

なんだこれ、恥ずかしい。つないだ手を振り払ってしまいたいような衝動を持て余す。

「やー、でも女子ってすげえよな!おれ浴衣着たことないけどなんか大変だろ、それ」

「まあ、慣れたら浴衣は簡単だよ。着物はさすがに着れないけど」

「それ自分で着たんだ」

「うん」

「へー、じゃあ脱げちゃっても平気だな」

「……」

「……あっ!」

黙りこんでしまった兵太夫に団蔵がはっとする。勿論兵太夫は団蔵の言葉に何の意図もないことはわかっている。団蔵はそういう男だ。それでも、それを流してやれない自分が悔しい。もっと大人になれたら、団蔵に振り回されることもなくなるのだろうか。ああ、うう、と言葉にならない声をこぼす団蔵をそっと見上げる。兵太夫の視線に気づいた彼の頬もわずかに赤い。

祭りの喧騒はもうずっと後ろになってしまった。青いヨーヨー、ソースの匂い、団蔵と一緒に見た花火。

「……兵太夫、うち寄ってく?」

だから、どうして。逃げ場のない問い方をする団蔵を、好きになったのは自分なのだ。



*



「団蔵!兵ちゃんきてんのかー!」

「うぁいッ!」

部屋に飛び込んできた声に団蔵は飛び上がった。慌ててぐしゃぐちゃになったTシャツを被り、部屋に入ってこられる前に上半身だけど廊下に出す。廊下の向こうで父親が同じように階段から顔だけ覗かせていた。

「明日補習あるんだろー、あんまり遅くないうちに送ってやれよ」

「わかってるよ!」

ぼろが出ないうちに部屋へ引っ込む。体を起こした兵太夫は耳まで真っ赤にしたまま、背を伸ばし、緩んだ帯をほどいて腰ひもを直しているところだった。それを惜しいと思わない男がどこにいるだろうか。あーあ、と嘆いて床に転がる団蔵を、兵太夫が睨みつける。

「誰もいないって言った……!」

「帰ってこないって言ってたんだよー」

「うう……ねえ姿見ないの」

「あー、クローゼットに一応」

兵太夫がクローゼットに近づいて取っ手を引く。その瞬間に団蔵は気づいたはもう遅く、ぐしゃぐしゃに丸められた衣類が積まれたそこに兵太夫は顔をしかめた。服でよかった、と安堵する団蔵には気づかず、兵太夫は戸の裏の鏡を見ながら浴衣を直していく。団蔵は帯を引っ張った。

「返して」

「……なんかさぁ、着るとこもエロいね」

「ばかっ」



結局帰る、と言い出した兵太夫を説得することはできず、未練はあるが送ることになった。とうちゃん帰ってこないって言ってたのになぁ、と幾ら嘆いても仕方ない。

顔の熱が引かない兵太夫は手早く挨拶を済ませ、団蔵が手を引いて家を出る。真夏とは言え夜はさすがに暑さも緩み、すずしい風が吹いていた。帰るまでには顔のほてりも引くだろう。

――何もできなかった。

「おれはこの夏最大のチャンスを逃した気がする……」

「ばか……」

兵太夫の下駄の音が響く。断じて体目的ではないということを伝えようとしたが、何を言っても逆効果になる気がした。常々考えてからしゃべるようにと周りから言われるが、なのをどう考えたらいいのかすらわからない。ぐるぐる考えているうちに着いてしまった。もうあとは坂道を登り切れば兵太夫の家だ。坂の下で足を止める。

「……ぼくは、団蔵と花火が見れたからいい」

兵太夫を見ると顔を背けられてしまう。しかしつないだ手にわずかに力がこもり、ぞくりと鳥肌が立った。

「兵太夫」

「ん、」

顔を寄せると逃げられたが、それを引き寄せて正面から向き合った。うつむいてしまった兵太夫を覗きこみ、半ば強引に唇を合わせる。途端に嫌な気配を感じ、はっとして顔を上げるが周囲に人の気配はない。

「……ごめん……お父さんどこかで見てるかも……」

「はは……」

兵太夫の言葉に血の気が引いた。笑みの形で硬直した団蔵を見て、兵太夫は苦笑する。

「送ってくれてありがとう。お祭り、楽しかった」

「……今度いつ遊べる?」

「田舎帰るから、戻ってきたら連絡するよ」

するりと手から逃げる体温が名残惜しい。団蔵の顔を見ないまま、兵太夫は坂を上って行った。その背中を見送って、団蔵は大きく溜息をつく。

細い手首。乱れた髪が張りつく汗ばんだ肩。かすれた声が自分の名を呼び、抵抗にならない力は拒絶をしなかった。

「……ああ」

自分を好きだと言うあの子を大事にしたいのに、乱暴にしないように必死だったなど、誰に言えよう。ふらふらと家へ向かいながら、何度も嘆きの声をあげた。

「ただいま〜」

「ちゃんと送ってきたかぁ〜?」

「父ちゃんはおれをなんだと思ってるわけ?」

「青少年」

「……わかってて邪魔しただろ!」

「よそのお嬢さんを傷ものにするわけにはいかないからな」

「ほっとけよ!」

からかうような父親から逃げるように部屋へかけこんだ。ベッドの下に青いヨーヨーが落ちていることに気づき、それを拾い上げる。今にも弾けてしまいそうなほど空気の入ったそのヨーヨーを転がして、兵太夫のことを考える。青がいい、と、団蔵のシャツを引っ張った。

「…………どうしよう」

もう会いたい。ヨーヨーを渡しに行こうかと考えて、父親の気配に頭を悩ませた。
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