言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2014'10.07.Tue
「寒い!」
まるでジャンが悪いかのようにこちらを睨みつけるアルミンに、さすがにジャンも呆れることしかできなかった。アルミンはそのジャンの反応にも不満げだが、今は何を言っても無駄だろう。
「お前10月でそんなこと言ってたらこれからどうすんだ」
「寒いものは寒いんだ!」
「お風呂が沸いておりますが」
これ以上何も言わせまいとジャンが遮れば、アルミンはぱっと顔を輝かせた。外出していたジャンも急に気温の下がった今日は少々堪えて、油断して薄着で出たので寒いという感覚はわかっている。ついでにアルミンがこうして子どものようなわがままを言う相手も選んでいることもわかっているので、許してしまっていた。アルミンのことはふたりで暮らし初めてからは更にわかるようになってきて、甘えられているのなら素直に甘やかしてやろう、と思ってしまったのがジャンの惚れた弱みというやつだ。しかし次の言動は全くの予想外で、ジャンはその場で硬直する。
「入ってくる!ジャン大好き!」
ぎゅっ、とジャンの胸に顔を埋めるように抱きついて、アルミンは爆弾を落として無責任に風呂へと飛んでいった。玄関でアルミンを迎えた姿のまま硬直していたジャンは、水音が聞こえてきた頃になってようやくぎこちなく動き始める。
玄関の鍵を閉め、台所へ戻ってコンロの火を止めた。それからカーディガンを脱ぎながら浴室に向かい、すでに水音のなくなった浴室の前で下着まですべて脱ぎ捨て、声もかけずにドアを押し開けた。
「わーっ!?何!?」
「誘ったのはお前だろうが!」
「何が!?何で!?」
ジャンに驚いたアルミンは浴槽から飛び上がらんばかりだったが、ジャンは押さえ込んで無理矢理浴槽に入り込んだ。アルミンの抵抗などものともせず、背後から胸に抱き込んで浴槽につかる。しかし単身用のアパートよりは広い部屋とはいえ、決して家族用ではない。浴槽までは数人での入浴を想定してはいないのだ。簡単に言えば狭い。
「ちょっと、ジャン!狭いからやだって!」
「くっつけばいいだろうが」
「僕はゆっくり入りたいの!」
「ゆっくりしてていいぜ」
アルミンの腹に腕を回してがっちり押さえ込み、濡れたうなじに舌を這わせた。背を震わせたアルミンに気づかない振りをしながら唇を当て、緩やかに吸う。
「ジャン、だめ……」
「何が?」
「跡……」
「つけてねえよ」
触れるだけのキスを繰り返し、湯の中でアルミンの腹を撫でる。気持ちばかりジャンを押し返そうとする手は確かにまだ少し冷たくて、その手を取って握り込んだ。あたためるように指を絡める。するすると指先を撫でるとアルミンはぐっと息を飲んだ。
「さ……誘ったって、何」
「誘っただろうが」
「してないよ!」
「大好きってなんだよ」
「は?そんなこと……あ、いや、あれはありがとうって意味で」
アルミンはどうやら無意識に口にしたらしい。アルミンはもごもごと言い訳しようといているが、ジャンはお構いなしにうなじから肩胛骨へと唇をすべらせ、ここなら構わないだろうと歯を立てた。
「じっ、ジャンッ!」
「何」
「こ、ここは、やだッ」
「寒いんだろ?あったかいところでいちゃいちゃしようぜ」
「だから、狭いって!」
「だからもっとくっつけばいいだろ」
絡めた指先を離して再び腰を引きつける。不意をつかれたアルミンはジャンの胸に倒れ込んだ。起きあがろうとしたアルミンは、それに気づいたようで、唇を震わせてジャンを振り返る。
「当たってますけど……」
「当ててんだよ」
背中に唇を当てたままささやいて、指先は浮力に任せて肌を撫でる。身をすくませたアルミンに頬を緩め、抵抗を諦めた体を抱きしめた。
*
洗面所に置いたカップに歯ブラシが2本。明るい朝のその光景にようやく見慣れたが、それでもジャンはすこしにやりとしてしまう。自分の方を手にして歯を磨いていると、やがてアルミンが起きてきた。まだ少し寝ぼけ眼だが、ジャンに挨拶をして隣に立つ。ジャン同様に歯ブラシを取り、磨きながらジャンを見た。
「あのさぁ」
「何?」
「カップもう一個置くか、歯ブラシ立て買っていい?」
「……なんで?」
「だって口濯ぐときジャンの歯ブラシ邪魔なんだ」
「あ、はい、そうですね」
思い描いたふたり暮らしの、多少のすれ違いは想定内だ。アルミンの肩に残したキスマークを見下ろして、些細なことは譲歩することにした。これから、日々は作られるのだ。
まるでジャンが悪いかのようにこちらを睨みつけるアルミンに、さすがにジャンも呆れることしかできなかった。アルミンはそのジャンの反応にも不満げだが、今は何を言っても無駄だろう。
「お前10月でそんなこと言ってたらこれからどうすんだ」
「寒いものは寒いんだ!」
「お風呂が沸いておりますが」
これ以上何も言わせまいとジャンが遮れば、アルミンはぱっと顔を輝かせた。外出していたジャンも急に気温の下がった今日は少々堪えて、油断して薄着で出たので寒いという感覚はわかっている。ついでにアルミンがこうして子どものようなわがままを言う相手も選んでいることもわかっているので、許してしまっていた。アルミンのことはふたりで暮らし初めてからは更にわかるようになってきて、甘えられているのなら素直に甘やかしてやろう、と思ってしまったのがジャンの惚れた弱みというやつだ。しかし次の言動は全くの予想外で、ジャンはその場で硬直する。
「入ってくる!ジャン大好き!」
ぎゅっ、とジャンの胸に顔を埋めるように抱きついて、アルミンは爆弾を落として無責任に風呂へと飛んでいった。玄関でアルミンを迎えた姿のまま硬直していたジャンは、水音が聞こえてきた頃になってようやくぎこちなく動き始める。
玄関の鍵を閉め、台所へ戻ってコンロの火を止めた。それからカーディガンを脱ぎながら浴室に向かい、すでに水音のなくなった浴室の前で下着まですべて脱ぎ捨て、声もかけずにドアを押し開けた。
「わーっ!?何!?」
「誘ったのはお前だろうが!」
「何が!?何で!?」
ジャンに驚いたアルミンは浴槽から飛び上がらんばかりだったが、ジャンは押さえ込んで無理矢理浴槽に入り込んだ。アルミンの抵抗などものともせず、背後から胸に抱き込んで浴槽につかる。しかし単身用のアパートよりは広い部屋とはいえ、決して家族用ではない。浴槽までは数人での入浴を想定してはいないのだ。簡単に言えば狭い。
「ちょっと、ジャン!狭いからやだって!」
「くっつけばいいだろうが」
「僕はゆっくり入りたいの!」
「ゆっくりしてていいぜ」
アルミンの腹に腕を回してがっちり押さえ込み、濡れたうなじに舌を這わせた。背を震わせたアルミンに気づかない振りをしながら唇を当て、緩やかに吸う。
「ジャン、だめ……」
「何が?」
「跡……」
「つけてねえよ」
触れるだけのキスを繰り返し、湯の中でアルミンの腹を撫でる。気持ちばかりジャンを押し返そうとする手は確かにまだ少し冷たくて、その手を取って握り込んだ。あたためるように指を絡める。するすると指先を撫でるとアルミンはぐっと息を飲んだ。
「さ……誘ったって、何」
「誘っただろうが」
「してないよ!」
「大好きってなんだよ」
「は?そんなこと……あ、いや、あれはありがとうって意味で」
アルミンはどうやら無意識に口にしたらしい。アルミンはもごもごと言い訳しようといているが、ジャンはお構いなしにうなじから肩胛骨へと唇をすべらせ、ここなら構わないだろうと歯を立てた。
「じっ、ジャンッ!」
「何」
「こ、ここは、やだッ」
「寒いんだろ?あったかいところでいちゃいちゃしようぜ」
「だから、狭いって!」
「だからもっとくっつけばいいだろ」
絡めた指先を離して再び腰を引きつける。不意をつかれたアルミンはジャンの胸に倒れ込んだ。起きあがろうとしたアルミンは、それに気づいたようで、唇を震わせてジャンを振り返る。
「当たってますけど……」
「当ててんだよ」
背中に唇を当てたままささやいて、指先は浮力に任せて肌を撫でる。身をすくませたアルミンに頬を緩め、抵抗を諦めた体を抱きしめた。
*
洗面所に置いたカップに歯ブラシが2本。明るい朝のその光景にようやく見慣れたが、それでもジャンはすこしにやりとしてしまう。自分の方を手にして歯を磨いていると、やがてアルミンが起きてきた。まだ少し寝ぼけ眼だが、ジャンに挨拶をして隣に立つ。ジャン同様に歯ブラシを取り、磨きながらジャンを見た。
「あのさぁ」
「何?」
「カップもう一個置くか、歯ブラシ立て買っていい?」
「……なんで?」
「だって口濯ぐときジャンの歯ブラシ邪魔なんだ」
「あ、はい、そうですね」
思い描いたふたり暮らしの、多少のすれ違いは想定内だ。アルミンの肩に残したキスマークを見下ろして、些細なことは譲歩することにした。これから、日々は作られるのだ。
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2014'09.15.Mon
「飽きない?」
「飽きない」
至って自然に答えたはずが、アルミンはなぜか吹き出した。ジャンが睨むとごめんとあっさり謝り、ベッドのそばへ寄ってくる。シーツのど真ん中で眠る愛娘はぷうぷうと鼻を鳴らしながらも健やかに眠っており、ジャンはさっきからずっとそばに肘を突いてその姿を眺めていた。小さな手足が時折何かを掴もうとするかのように動くだけで、ジャンが多少頬をつつこうが足の裏をくすぐろうが、起きる気配は全くない。ジャンと子どもを挟むようにアルミンもベッドに腰掛け、指先でそっと前髪を払った。柔らかい毛色はジャンに似た。ジャンはそれが嬉しくて仕方がない。
「さっきまで泣いてたのが嘘みたい」
「ほんとによく寝るんだな。ちょっとつまんねぇ」
「起こさないでよ」
「わかってるよ」
「今のうちに買い物行ってくる。よろしくね」
「おう」
アルミンが部屋を出るのを見送り、ジャンはまた娘に視線を戻した。手の掛からない赤ん坊で、寝ているところを夜泣きで起こされた経験はほとんどない。四六時中一緒にいるアルミンは初めての子どもがいい子で安心しただろうが、ジャンが面倒を見ようと張り切って週末を迎えても、できることは精々おしめを変えることぐらいで少々物足りない。子育てに苦労した親には怒られそうだが、もう少しぐらい困らされたいと思ってしまう。
ふっくらと盛り上がった頬を指先でなぞる。何とも形容しがたい柔らかさはいくら触っていても飽きがこない。緩く握られた小さな手の中に指を差し入れる。大人の男の指を握るのがやっとという小ささに頬が緩んだ。
昔から子どもが好きだったわけではない。決して嫌いではないが、結婚するまではそこまで深く考えたことがなかった。アルミンと結婚してからも、難しく考えることなく、自然とほしいと思えたのだ。生まれてからは日々この小さな命が愛おしくて仕方がない。案の定、とでもいうのか、この子が誰かを選ぶ日が来るのだと思うとやるせない。せめてパパを嫌いにならないでくれよ、と戯れにつぶやき、身を乗り出して小さな額に唇を当てた。指を握られた気がして体を離せば、つぶらな瞳がくるんとジャンを見上げている。
「やべ、起きた」
しかしジャンの頬は緩んだ。おはよう、と囁いても返事はないが、泣き出しもせずジャンを見ている。
自分の子が生まれる前に友人のところに、男の子が生まれた。それを見に行ったときにもかわいいと感じたが、自分の子はその比ではない。やっぱり男より女だよなぁ、と娘の一挙一動に振り回されている。
いつでも、どんなときでも、守ってやろうと強く誓った。きっとそれは一生続くだろう。
ドアの音がして、はっと我に返った。アルミンが静かに気をつけて入ってくる気配に、ジャンはとっさにベッドに伏せて寝た振りをする。足音が近づいてくるのを緊張しながら聞いた。
「あら、起きちゃったの。いつもはぐっすりなのにね」
アルミンが娘を抱き上げ、ジャンの指から娘の体温が離れていってしまった。余計なことを、と思っていると、背中に重力がかかって思わず肩が跳ねた。しまったと思ったときにはもう遅い。
「駄目なパパだね〜娘の睡眠時間を奪っちゃって」
「ご、ごめんなさい」
「もう一回寝かせるから洗濯物入れてきて」
「はい、すいません」
子どもを生んでからアルミンが強くなった気がする。笑顔で繰り出される言葉に逆らえないのはジャンが変わったからではないはずだ。
「あ、オレが寝かせるって手も」
「起こした人は信用しません」
「起こしたわけじゃねーし……」
起きてしまったんだ、という言い訳は通用しないと知りながら、ジャンはつい口にしてしまうのだ。
「飽きない」
至って自然に答えたはずが、アルミンはなぜか吹き出した。ジャンが睨むとごめんとあっさり謝り、ベッドのそばへ寄ってくる。シーツのど真ん中で眠る愛娘はぷうぷうと鼻を鳴らしながらも健やかに眠っており、ジャンはさっきからずっとそばに肘を突いてその姿を眺めていた。小さな手足が時折何かを掴もうとするかのように動くだけで、ジャンが多少頬をつつこうが足の裏をくすぐろうが、起きる気配は全くない。ジャンと子どもを挟むようにアルミンもベッドに腰掛け、指先でそっと前髪を払った。柔らかい毛色はジャンに似た。ジャンはそれが嬉しくて仕方がない。
「さっきまで泣いてたのが嘘みたい」
「ほんとによく寝るんだな。ちょっとつまんねぇ」
「起こさないでよ」
「わかってるよ」
「今のうちに買い物行ってくる。よろしくね」
「おう」
アルミンが部屋を出るのを見送り、ジャンはまた娘に視線を戻した。手の掛からない赤ん坊で、寝ているところを夜泣きで起こされた経験はほとんどない。四六時中一緒にいるアルミンは初めての子どもがいい子で安心しただろうが、ジャンが面倒を見ようと張り切って週末を迎えても、できることは精々おしめを変えることぐらいで少々物足りない。子育てに苦労した親には怒られそうだが、もう少しぐらい困らされたいと思ってしまう。
ふっくらと盛り上がった頬を指先でなぞる。何とも形容しがたい柔らかさはいくら触っていても飽きがこない。緩く握られた小さな手の中に指を差し入れる。大人の男の指を握るのがやっとという小ささに頬が緩んだ。
昔から子どもが好きだったわけではない。決して嫌いではないが、結婚するまではそこまで深く考えたことがなかった。アルミンと結婚してからも、難しく考えることなく、自然とほしいと思えたのだ。生まれてからは日々この小さな命が愛おしくて仕方がない。案の定、とでもいうのか、この子が誰かを選ぶ日が来るのだと思うとやるせない。せめてパパを嫌いにならないでくれよ、と戯れにつぶやき、身を乗り出して小さな額に唇を当てた。指を握られた気がして体を離せば、つぶらな瞳がくるんとジャンを見上げている。
「やべ、起きた」
しかしジャンの頬は緩んだ。おはよう、と囁いても返事はないが、泣き出しもせずジャンを見ている。
自分の子が生まれる前に友人のところに、男の子が生まれた。それを見に行ったときにもかわいいと感じたが、自分の子はその比ではない。やっぱり男より女だよなぁ、と娘の一挙一動に振り回されている。
いつでも、どんなときでも、守ってやろうと強く誓った。きっとそれは一生続くだろう。
ドアの音がして、はっと我に返った。アルミンが静かに気をつけて入ってくる気配に、ジャンはとっさにベッドに伏せて寝た振りをする。足音が近づいてくるのを緊張しながら聞いた。
「あら、起きちゃったの。いつもはぐっすりなのにね」
アルミンが娘を抱き上げ、ジャンの指から娘の体温が離れていってしまった。余計なことを、と思っていると、背中に重力がかかって思わず肩が跳ねた。しまったと思ったときにはもう遅い。
「駄目なパパだね〜娘の睡眠時間を奪っちゃって」
「ご、ごめんなさい」
「もう一回寝かせるから洗濯物入れてきて」
「はい、すいません」
子どもを生んでからアルミンが強くなった気がする。笑顔で繰り出される言葉に逆らえないのはジャンが変わったからではないはずだ。
「あ、オレが寝かせるって手も」
「起こした人は信用しません」
「起こしたわけじゃねーし……」
起きてしまったんだ、という言い訳は通用しないと知りながら、ジャンはつい口にしてしまうのだ。
2014'07.23.Wed
「わっ、懐かしい」
娘が小学校へ上がりしばらく経つ。前から話し合っていた通り、子ども部屋はまだ先にすることにしていたが、先日友達のところへ行ってから、娘はすっかり自分だけの部屋が羨ましくて仕方なくなってしまったらしい。いずれは部屋を分けるつもりであったので、先日から少しずつ、物置状態だった部屋の片づけを進めている。今日は仕事が休みのジャンがおばあちゃん孝行として実家に帰っているので、この機会にとタンスの奥まで手を伸ばしているところだった。
そこから出てきたのは高校の制服だった。特にこれと言って特徴があるわけではなかったが、モスグリーンのチェックのスカートはそれなりに人気はあったのだ。今では変わってしまっているので新鮮にも見える。
今となっては随分昔のことのように思えてしまう。懐かしくもあるが、楽しいことばかりではなかった。今でこそ夫婦と呼べる関係だが、この制服を着ていた頃はまだアルミンの片思いで、他に好きな人がいるジャンを思う日々だった。改めて思うと何が自分を支えていたのか思い出せない。
制服を肩に当てて鏡の前に立ってみる。変わらないと思っているつもりでもそうはいかない。いつまでも若くいたいと日々努力するジャンに遅れをとるわけにはいかずアルミンもどうにか若くあろうとするが、さすがに高校時代の若さとは比べられない。それでもふと、まだいけるんじゃないだろうか、と思ってしまった。
制服を置いていても仕方ないから、これはもう捨ててしまおう。今は誰も家にいなくて、わずかな懐かしさがアルミンを後押しする。
最後にもう一度、袖を通してもいいのではないだろうか。
そうして、アルミンは激しく後悔した。身長はさほど変わっていないし、上半身は問題ない。
「嘘だぁ……」
――まさか、ウエストのホックが止まらないとは思いもしなかったのだ。
考えてみれば、高校時代は一番細かった頃だ。ホックの位置がつけ直してあるほどだが、そうであっても、ショックは隠せない。腰でスカートを押さえて鏡を見る。虚しくなって溜息をついた。痩せよう、と改めて決意する。同時に、不要な服を選別したときに残したボトムの中にも着られないものがある可能性が出てきた。季節はちょうど夏、ダイエットにはもってこいだ。
戒めのためにもう一度鏡を見直して、……アルミンは硬直した。鏡に映り込む人の影。
振り返ると人影はすぐに逃げ出したが、アルミンはためらわず追いかける。寝室に逃げ込み背中に飛びつくように捕まえるが、バランスを崩して一緒にベッドに倒れ込んだ。笑う男、ジャンを睨み、彼が背中に押し込むものを奪おうと手を伸ばすがいなされる。
「携帯貸して!」
「やだ。永久保存する」
「やめて!」
顔が熱くなっている。ジャンは余裕の表情で笑ってアルミンを見上げた。
「いい眺めだな」
ジャンの言葉に少し考え、アルミンははっとして体を引いた。しかしわずかに早く腰を引き寄せられ、ジャンをまたいだまま動けない。
「ちょっとッ!」
「せっかく着たんだからオレにも楽しませろよ」
「やだ!ちょっと……メアリーは!?」
「寝ちゃったから母さんが見てる。一緒に飯どうかって言われたから予備に来たんだけど、戻るのはもうちょっと後でもいいな?」
「よくない!」
「それともオレも制服探してくるか?」
「バカ!」
アルミンが拳を振り上げるとジャンはようやく手を離した。名残惜しげではあるジャンを睨み返し、アルミンは着替えるために立ち上がる。
「お前なんでスカート押さえてんの?」
「……ホックが」
「止まらない?」
「取れてるだけ!」
自分の声が必死すぎることはわかっている。ジャンもアルミンのなけなしの乙女心を理解してくれようとはしたが、結局こらえきれずに吹き出したので、アルミンは今度こそ握った拳を振りきった。
娘が小学校へ上がりしばらく経つ。前から話し合っていた通り、子ども部屋はまだ先にすることにしていたが、先日友達のところへ行ってから、娘はすっかり自分だけの部屋が羨ましくて仕方なくなってしまったらしい。いずれは部屋を分けるつもりであったので、先日から少しずつ、物置状態だった部屋の片づけを進めている。今日は仕事が休みのジャンがおばあちゃん孝行として実家に帰っているので、この機会にとタンスの奥まで手を伸ばしているところだった。
そこから出てきたのは高校の制服だった。特にこれと言って特徴があるわけではなかったが、モスグリーンのチェックのスカートはそれなりに人気はあったのだ。今では変わってしまっているので新鮮にも見える。
今となっては随分昔のことのように思えてしまう。懐かしくもあるが、楽しいことばかりではなかった。今でこそ夫婦と呼べる関係だが、この制服を着ていた頃はまだアルミンの片思いで、他に好きな人がいるジャンを思う日々だった。改めて思うと何が自分を支えていたのか思い出せない。
制服を肩に当てて鏡の前に立ってみる。変わらないと思っているつもりでもそうはいかない。いつまでも若くいたいと日々努力するジャンに遅れをとるわけにはいかずアルミンもどうにか若くあろうとするが、さすがに高校時代の若さとは比べられない。それでもふと、まだいけるんじゃないだろうか、と思ってしまった。
制服を置いていても仕方ないから、これはもう捨ててしまおう。今は誰も家にいなくて、わずかな懐かしさがアルミンを後押しする。
最後にもう一度、袖を通してもいいのではないだろうか。
そうして、アルミンは激しく後悔した。身長はさほど変わっていないし、上半身は問題ない。
「嘘だぁ……」
――まさか、ウエストのホックが止まらないとは思いもしなかったのだ。
考えてみれば、高校時代は一番細かった頃だ。ホックの位置がつけ直してあるほどだが、そうであっても、ショックは隠せない。腰でスカートを押さえて鏡を見る。虚しくなって溜息をついた。痩せよう、と改めて決意する。同時に、不要な服を選別したときに残したボトムの中にも着られないものがある可能性が出てきた。季節はちょうど夏、ダイエットにはもってこいだ。
戒めのためにもう一度鏡を見直して、……アルミンは硬直した。鏡に映り込む人の影。
振り返ると人影はすぐに逃げ出したが、アルミンはためらわず追いかける。寝室に逃げ込み背中に飛びつくように捕まえるが、バランスを崩して一緒にベッドに倒れ込んだ。笑う男、ジャンを睨み、彼が背中に押し込むものを奪おうと手を伸ばすがいなされる。
「携帯貸して!」
「やだ。永久保存する」
「やめて!」
顔が熱くなっている。ジャンは余裕の表情で笑ってアルミンを見上げた。
「いい眺めだな」
ジャンの言葉に少し考え、アルミンははっとして体を引いた。しかしわずかに早く腰を引き寄せられ、ジャンをまたいだまま動けない。
「ちょっとッ!」
「せっかく着たんだからオレにも楽しませろよ」
「やだ!ちょっと……メアリーは!?」
「寝ちゃったから母さんが見てる。一緒に飯どうかって言われたから予備に来たんだけど、戻るのはもうちょっと後でもいいな?」
「よくない!」
「それともオレも制服探してくるか?」
「バカ!」
アルミンが拳を振り上げるとジャンはようやく手を離した。名残惜しげではあるジャンを睨み返し、アルミンは着替えるために立ち上がる。
「お前なんでスカート押さえてんの?」
「……ホックが」
「止まらない?」
「取れてるだけ!」
自分の声が必死すぎることはわかっている。ジャンもアルミンのなけなしの乙女心を理解してくれようとはしたが、結局こらえきれずに吹き出したので、アルミンは今度こそ握った拳を振りきった。
2014'07.16.Wed
「ここ、ほんとに人住んでたんだな……」
「失礼だな」
ジャンの言葉に答えながらも、アルミンは気にしない様子でジャンを追い越して敷地に入った。大学から歩いて5分、ジャンは普段は通らない道にある、存在は認識していたアパートを見上げた。
2階建てのそれは誰が控えめに見たって「ボロアパート」という表現に異論を唱えないだろう。アパートの名前らしい標識は風化して読めず、2階へ上がる鉄鋼の階段は錆びて軋む。壁には不気味にツタが這い、およそ人の住んでいる気配は感じられなかった。しかしアルミンが慣れた様子で階段を上がっていくので、ジャンもしぶしぶ階段に足を乗せる。いざ体重をかけると音だけではなくわずかにたわむように感じられ、いっそうジャンの不安を煽った。
階段は抜けず、ジャンは無事に2階へたどり着く。管理者などいないも同然なのだろう、3対のドアと窓が並ぶ通路は埃や落ち葉が端にたまり、電気には蜘蛛の巣がかかっている。ジャンもひとり暮らしをしたいと言ったことがあるが、片道1時間程度では親は許してくれなかった。大学近くに住むのはさぞ便利だろうと思っていたが、こんな環境なら今のままで十分だ。
「どうぞ」
「お邪魔します……」
ジャンの常識からかけ離れた部屋に足を踏み入れることは勇気のいることだった。アルミンは簡単に部屋に入ってしまうが、ドアまでも大きく軋みながら閉まるので気が気でない。半畳もない玄関、左を見ればノスタルジックと言えなくもない台所、そこにいかにも似合う野暮ったい冷蔵庫。なぜかドアの開いたままのトイレと中を覗かずともわかる狭い風呂。そして正面の畳敷きの6畳間には生活感のあるものが押し込められ、ジャンはようやくここに人が住んでいるのだと認識した。無造作にふたつに折られた布団、押入を半分隠すの本棚は棚板がたわむほど詰め込まれ、その前には溢れた本が積み上げられ山になっている。開け放した窓から外に干した洗濯物がはためき、ごちゃごちゃと本やグラスが載ったローテーブル……というより、この場合はちゃぶ台と言うべきか。アルミンらしいといえばアルミンらしい。
アルミンは床においたノートパソコンの電源を入れ、数歩で台所へ戻る。ジャンはやっと汗で張り付く、サンダルを脱ぎ部屋に入った。それまで部屋に意識がいっていたせいで忘れていたが、やっと部屋の暑さに気づいて顔をしかめる。狭い部屋の空気は夏の日差しで暖められて体にまとわりついた。
「アルミン、クーラーは?」
「ないよ」
「はぁっ!?」
「扇風機ならある」
アルミンが指さした先を追えば、青い羽根の色褪せもノスタルジックな、レトロな扇風機がジャンの視界に飛び込んだ。元は白かったのだろうか土台のプラスチックは黄色く変色し、羽の覆いも錆びている。ジャンは恐る恐る電源を入れてみようと近づくが、もはやスイッチですらない、やはり錆びた丸いつまみに感動すら覚えた。昔のテレビのチャンネルがこんな風だったのを何かで見たことがある。実物を見たことがないそれを、まさか現代人の居住スペース、それも一人暮らしの大学生の部屋で見るとは思ってもいなかった。自分がとりわけ都会人だと思ったこともなかったが、親の田舎だってこんなレトロな代物は見たことがない。つまみをひねり、「切」から「弱」を越えて「強」まで回す。ギッ、ギッ、と不気味な音を立てながら、扇風機は現役をアピールするように首を振って風を回した。風はくる。それは間違いない。扇風機はどんな形であっても仕事はシンプルだ。しかし、老体に鞭打つ気持ちになるのはジャンだけだろうか。
「これ、火ィ吹いたりしねぇだろうな……何十年ものだよ」
「さあ、入居したときからあったんだ」
「買えよ!」
「だって動くから」
アルミンはさっさとちゃぶ台から物をおろし、ジャンの前に麦茶を入れたグラスを置く。更に全部降ろしてそこにノートパソコンを引き上げた。そこでジャンはやっとここへきた目的を思い出す。共同での課題が出て、それをまとめにきたのだ。気を取り直そうとジャンはグラスを手にして口を付け、……顔をしかめる。
「ぬるい……」
「家出る前に沸かしたんだけど、まだ冷えてなかったみたい」
「氷は?」
「うちの冷蔵庫あんまり冷凍できなくて氷作れないんだ」
「買い換えろ!」
「使えるから大丈夫だよ」
まるで暑さを感じていないかのように、アルミンはぬるい麦茶をあおって鞄から課題の概要を取り出した。途中でコンビニに寄るべきだった、と後悔するが、再びあの日差しの元へ出る気になれない。諦めてジャンも飲んだ気のしない生ぬるい麦茶を口にし、仕方なく資料を開いた。
アルミンの部屋は蒸し暑く、今日は風もあまりないので部屋の中は耳障りな扇風機が辛うじて空気を巡回させているだけである。いつもは玄関も開けているのだとアルミンは言ったが、背後が開け放されていることにジャンが落ち着かなくなり閉めていた。かといって、開けていたときと暑さはさほど変わらない。
ジャンは途中で羽織っていたシャツを脱いでタンクトップ1枚になり、扇風機の前を陣取っていた。汗をかくのが耐えられなかったのだ。普段アルミンが薄着でいる理由がよくわかる。ノートパソコンからのわずかな発熱さえ疎ましく思うほどだったが、アルミンは慣れているせいか顔色ひとつ変えていなかった。恨めしげに隣を見る。キーボードを叩く指先はではなく画面を見ている横顔は涼しげだ。しかしよく見ればアルミンの額や首筋にも汗が浮いている。どんな不屈の精神を宿していても、肉体は別ということか。
「ジャン、これについての資料なかったっけ」
「あ?あ〜……これネットで見たやつじゃなかったか?」
「そっか。何で検索かけたっけ」
一緒にノートパソコンを覗き込み、慣れた距離を途端に意識する。こんな季節、汗をかいている姿なんて珍しくない。それでもお互いの体の熱を感じる距離に寄ることはそう頻繁ではないことだ。自分が汗臭いことはわかる。しかし知ったものと少し違うこれは、アルミンの匂いだろうか。しっとりと濡れた首筋を汗が伝ってTシャツの襟に吸い込まれた。
「……お前、エロいな」
アルミンの視線がこちらを見た。咎めるでも照れるでもない、感情の読めない目だ。薄くあいた唇、歯は隠れて見えないが、彼にしては珍しい表情だった。黙って唇を合わせる。乾いてぬるい体温。
これを知っている。夏のにおいだ。
懐かしい記憶を塗り変えるように、唇を舐めて舌をねじ込む。そのまま促せばアルミンはあっさり力を抜いて、ジャンに任せて畳へ体を預けた。毛羽だった畳にまぶしい金髪が散る。汗で絡まるシャツをまくりあげ、触れるジャンの手も触れられるアルミンの腹も汗ばんで張りつくようだ。
熱い呼吸を交わし、熱を高める。肌を伝う汗の感触がやけに感じられた。正気の沙汰ではない。こんなに暑い中で、きっと思考の歯車も汗で滑るのだ。そうでなければこんなにも、欲しくなるはずがない。
アルミンの甘い声に顔を上げ、ジャンは彼の潤んだ瞳をのぞき込む。普段は涼しげに見える青さえ、夏の暑さを思い起こすようだった。
「……ッダー!暑い!」
アルミンを引きはがすように体を起こし、ジャンは扇風機を引き寄せた。首振りさえも止めてしまい、その前で座り込む。汗をかいた肌を風が舐めていってようやく得られる涼しさに、ジャンは深く息を吐いた。体の中まで熱い。内蔵がゆだってしまうのではないだろうか。ちらりと麦茶を一瞥する。結露さえしないグラスがそこにある。この部屋には体の中を冷やすための物がない。
「アルミン、アイス買ってきて」
返事は黙って背中を蹴られた。無抵抗でいると何度か繰り返される。しかし痛みよりも暑さによる疲弊が勝り、ジャンはされるに任せた。
「こう暑くちゃ、エロいこともできねぇよ」
あー、と扇風機に向かって声を出す。音の振動はジャンを慰めはしない。
やがて黙ったままのアルミンはやにわに立ち上がり、不満を露わにした足音を立てて浴室へ向かう。ちらりと横目で伺えば、姿はないが叩きつけるような水音が響いてきた。そしてドスドスと足音を立て、アルミンが戻ってくる。
「たっぷり体の中まで冷やしてあげよう」
「たった今肝が冷えたので大丈夫です」
「失礼だな」
ジャンの言葉に答えながらも、アルミンは気にしない様子でジャンを追い越して敷地に入った。大学から歩いて5分、ジャンは普段は通らない道にある、存在は認識していたアパートを見上げた。
2階建てのそれは誰が控えめに見たって「ボロアパート」という表現に異論を唱えないだろう。アパートの名前らしい標識は風化して読めず、2階へ上がる鉄鋼の階段は錆びて軋む。壁には不気味にツタが這い、およそ人の住んでいる気配は感じられなかった。しかしアルミンが慣れた様子で階段を上がっていくので、ジャンもしぶしぶ階段に足を乗せる。いざ体重をかけると音だけではなくわずかにたわむように感じられ、いっそうジャンの不安を煽った。
階段は抜けず、ジャンは無事に2階へたどり着く。管理者などいないも同然なのだろう、3対のドアと窓が並ぶ通路は埃や落ち葉が端にたまり、電気には蜘蛛の巣がかかっている。ジャンもひとり暮らしをしたいと言ったことがあるが、片道1時間程度では親は許してくれなかった。大学近くに住むのはさぞ便利だろうと思っていたが、こんな環境なら今のままで十分だ。
「どうぞ」
「お邪魔します……」
ジャンの常識からかけ離れた部屋に足を踏み入れることは勇気のいることだった。アルミンは簡単に部屋に入ってしまうが、ドアまでも大きく軋みながら閉まるので気が気でない。半畳もない玄関、左を見ればノスタルジックと言えなくもない台所、そこにいかにも似合う野暮ったい冷蔵庫。なぜかドアの開いたままのトイレと中を覗かずともわかる狭い風呂。そして正面の畳敷きの6畳間には生活感のあるものが押し込められ、ジャンはようやくここに人が住んでいるのだと認識した。無造作にふたつに折られた布団、押入を半分隠すの本棚は棚板がたわむほど詰め込まれ、その前には溢れた本が積み上げられ山になっている。開け放した窓から外に干した洗濯物がはためき、ごちゃごちゃと本やグラスが載ったローテーブル……というより、この場合はちゃぶ台と言うべきか。アルミンらしいといえばアルミンらしい。
アルミンは床においたノートパソコンの電源を入れ、数歩で台所へ戻る。ジャンはやっと汗で張り付く、サンダルを脱ぎ部屋に入った。それまで部屋に意識がいっていたせいで忘れていたが、やっと部屋の暑さに気づいて顔をしかめる。狭い部屋の空気は夏の日差しで暖められて体にまとわりついた。
「アルミン、クーラーは?」
「ないよ」
「はぁっ!?」
「扇風機ならある」
アルミンが指さした先を追えば、青い羽根の色褪せもノスタルジックな、レトロな扇風機がジャンの視界に飛び込んだ。元は白かったのだろうか土台のプラスチックは黄色く変色し、羽の覆いも錆びている。ジャンは恐る恐る電源を入れてみようと近づくが、もはやスイッチですらない、やはり錆びた丸いつまみに感動すら覚えた。昔のテレビのチャンネルがこんな風だったのを何かで見たことがある。実物を見たことがないそれを、まさか現代人の居住スペース、それも一人暮らしの大学生の部屋で見るとは思ってもいなかった。自分がとりわけ都会人だと思ったこともなかったが、親の田舎だってこんなレトロな代物は見たことがない。つまみをひねり、「切」から「弱」を越えて「強」まで回す。ギッ、ギッ、と不気味な音を立てながら、扇風機は現役をアピールするように首を振って風を回した。風はくる。それは間違いない。扇風機はどんな形であっても仕事はシンプルだ。しかし、老体に鞭打つ気持ちになるのはジャンだけだろうか。
「これ、火ィ吹いたりしねぇだろうな……何十年ものだよ」
「さあ、入居したときからあったんだ」
「買えよ!」
「だって動くから」
アルミンはさっさとちゃぶ台から物をおろし、ジャンの前に麦茶を入れたグラスを置く。更に全部降ろしてそこにノートパソコンを引き上げた。そこでジャンはやっとここへきた目的を思い出す。共同での課題が出て、それをまとめにきたのだ。気を取り直そうとジャンはグラスを手にして口を付け、……顔をしかめる。
「ぬるい……」
「家出る前に沸かしたんだけど、まだ冷えてなかったみたい」
「氷は?」
「うちの冷蔵庫あんまり冷凍できなくて氷作れないんだ」
「買い換えろ!」
「使えるから大丈夫だよ」
まるで暑さを感じていないかのように、アルミンはぬるい麦茶をあおって鞄から課題の概要を取り出した。途中でコンビニに寄るべきだった、と後悔するが、再びあの日差しの元へ出る気になれない。諦めてジャンも飲んだ気のしない生ぬるい麦茶を口にし、仕方なく資料を開いた。
アルミンの部屋は蒸し暑く、今日は風もあまりないので部屋の中は耳障りな扇風機が辛うじて空気を巡回させているだけである。いつもは玄関も開けているのだとアルミンは言ったが、背後が開け放されていることにジャンが落ち着かなくなり閉めていた。かといって、開けていたときと暑さはさほど変わらない。
ジャンは途中で羽織っていたシャツを脱いでタンクトップ1枚になり、扇風機の前を陣取っていた。汗をかくのが耐えられなかったのだ。普段アルミンが薄着でいる理由がよくわかる。ノートパソコンからのわずかな発熱さえ疎ましく思うほどだったが、アルミンは慣れているせいか顔色ひとつ変えていなかった。恨めしげに隣を見る。キーボードを叩く指先はではなく画面を見ている横顔は涼しげだ。しかしよく見ればアルミンの額や首筋にも汗が浮いている。どんな不屈の精神を宿していても、肉体は別ということか。
「ジャン、これについての資料なかったっけ」
「あ?あ〜……これネットで見たやつじゃなかったか?」
「そっか。何で検索かけたっけ」
一緒にノートパソコンを覗き込み、慣れた距離を途端に意識する。こんな季節、汗をかいている姿なんて珍しくない。それでもお互いの体の熱を感じる距離に寄ることはそう頻繁ではないことだ。自分が汗臭いことはわかる。しかし知ったものと少し違うこれは、アルミンの匂いだろうか。しっとりと濡れた首筋を汗が伝ってTシャツの襟に吸い込まれた。
「……お前、エロいな」
アルミンの視線がこちらを見た。咎めるでも照れるでもない、感情の読めない目だ。薄くあいた唇、歯は隠れて見えないが、彼にしては珍しい表情だった。黙って唇を合わせる。乾いてぬるい体温。
これを知っている。夏のにおいだ。
懐かしい記憶を塗り変えるように、唇を舐めて舌をねじ込む。そのまま促せばアルミンはあっさり力を抜いて、ジャンに任せて畳へ体を預けた。毛羽だった畳にまぶしい金髪が散る。汗で絡まるシャツをまくりあげ、触れるジャンの手も触れられるアルミンの腹も汗ばんで張りつくようだ。
熱い呼吸を交わし、熱を高める。肌を伝う汗の感触がやけに感じられた。正気の沙汰ではない。こんなに暑い中で、きっと思考の歯車も汗で滑るのだ。そうでなければこんなにも、欲しくなるはずがない。
アルミンの甘い声に顔を上げ、ジャンは彼の潤んだ瞳をのぞき込む。普段は涼しげに見える青さえ、夏の暑さを思い起こすようだった。
「……ッダー!暑い!」
アルミンを引きはがすように体を起こし、ジャンは扇風機を引き寄せた。首振りさえも止めてしまい、その前で座り込む。汗をかいた肌を風が舐めていってようやく得られる涼しさに、ジャンは深く息を吐いた。体の中まで熱い。内蔵がゆだってしまうのではないだろうか。ちらりと麦茶を一瞥する。結露さえしないグラスがそこにある。この部屋には体の中を冷やすための物がない。
「アルミン、アイス買ってきて」
返事は黙って背中を蹴られた。無抵抗でいると何度か繰り返される。しかし痛みよりも暑さによる疲弊が勝り、ジャンはされるに任せた。
「こう暑くちゃ、エロいこともできねぇよ」
あー、と扇風機に向かって声を出す。音の振動はジャンを慰めはしない。
やがて黙ったままのアルミンはやにわに立ち上がり、不満を露わにした足音を立てて浴室へ向かう。ちらりと横目で伺えば、姿はないが叩きつけるような水音が響いてきた。そしてドスドスと足音を立て、アルミンが戻ってくる。
「たっぷり体の中まで冷やしてあげよう」
「たった今肝が冷えたので大丈夫です」
2014'07.13.Sun
「お帰りなさい」
「ただいま」
アルミンが出迎えると、ジャンはいつもと変わらない様子で顔を上げた。目を細めて口角を少し上げる、それが様になることを知っている。それでもアルミンは眉を下げて、ジャンの荷物を受け取った。ジャンはそのまま寝室へ向かっていったが、またすぐに様子を見に行かねばならないだろう。
荷物を置いて夕食を温めようか迷い、アルミンは先にジャンの様子を見に行くことにした。案の定ジャンは着替えることもせず、ベッドに突っ伏して脱力している。ジャン、と呼べばかすかに呻き声がして、ジャンは顔を上げてその正面を見た。
規則正しく、小さな寝息を繰り返す愛娘。そのふっくらとした手のひらに指先を握らせ、ジャンは深く息を吐く。
「お父さんお疲れ様」
ベッドに腰掛けて肩を抱く。少し酒の匂いがする。宴会の場は嫌いではないだろうが、ここしばらく仕事も忙しくしていたようなので流石に疲れていたのだろう。小さな体の温もりにまぶたの下がっていく様子を笑い、肩を叩いた。
「もうご飯いいね、着替えて寝ちゃいなよ」
「ん……風呂行く」
「え?」
「なんかいろんなにおいがする」
「……じゃあほら、沸いてるから」
ジャンを促して背を撫でればのそりと顔を上げる。体を起こし、縋るようにアルミンに顔を寄せてくる。確かに酒と香水、いろんな匂いがしてつい笑ってしまった。ジャンの頬を撫でて額を寄せる。
「こんなおっきい子どもお風呂に入れられないから。ちゃんと自分で立ってくれる?」
「ん」
一度力を抜き切ってしまったせいか、余計に体が重くなったようだ。そのまま寝てしまえば楽だったのだが、ジャンは立ち上がって浴室へ向かっていく。アルミンは娘にタオルケットをかけ直し、ジャンの着替えを持って追いかける。脱ぎ散らかされたスーツを拾って、ふと物音がしないことに気がついた。浴室のドアの向こうに肌色の影は見えるが、そのまま動かない。溜息をつき、アルミンはスーツだけハンガーにかけて再び浴室へと戻る。
アルミンが服を脱いでドアを開ける間もジャンはびくともせず、ドアを開けて始めてはっとして顔を上げた。
「あのねぇ、水場で寝ないでよ。怖いなぁ」
「……何これ、サービス?」
「はいはい、今回だけのサービスですよ」
汗と匂いだけ流してやれば十分だろう。椅子に座ったまま、眠い目をこするジャンの頭を越えてシャワーをひねる。手で温度を確かめてジャンの頭からシャワーをかけた。唸り声がするが気にせず髪を濡らし、適当に髪をかきまぜる。
「おい、オレ犬じゃねえんだけど」
「似たようなもんでしょ。目覚めた?」
「あー、自分でやる、悪い」
アルミンの手からシャワーを取って、ジャンは笑ってアルミンを見上げた。先ほどよりも覚醒した目に、わざと大きく溜息をついて見せる。
「おっきい赤ちゃんだこと」
「悪かったって」
「もういい?」
「なんだよ、折角脱いだんだから一緒に入ろうぜ」
「僕もう入ったの」
「いいじゃねえか。……つーか、できれば、見張ってて」
「……僕もまだ片づけ残ってるんだからねー」
「すぐ済ませる」
しぶしぶアルミンは浴槽に入り、体を洗い始めたジャンを見た。すぐに手が泊止まりそうになるので話しかけて、今日の飲み会で聞いた話や友人の話などを聞き出してどうにか睡魔を追い払う。
「そんなに眠いなら、もうお風呂諦めて寝ちゃえばいいのに」
「かわいい娘に臭いって言われたくねえだろー」
「……ああ、そう」
誰かの香水の匂いに嫉妬できない女でごめんなさいね。思わずぼやくとジャンは驚いた顔をして、すぐに肩を揺らして笑い飛ばした。
「何?」
「信用されてて何よりです」
「わかってていただいて何よりです」
「ただいま」
アルミンが出迎えると、ジャンはいつもと変わらない様子で顔を上げた。目を細めて口角を少し上げる、それが様になることを知っている。それでもアルミンは眉を下げて、ジャンの荷物を受け取った。ジャンはそのまま寝室へ向かっていったが、またすぐに様子を見に行かねばならないだろう。
荷物を置いて夕食を温めようか迷い、アルミンは先にジャンの様子を見に行くことにした。案の定ジャンは着替えることもせず、ベッドに突っ伏して脱力している。ジャン、と呼べばかすかに呻き声がして、ジャンは顔を上げてその正面を見た。
規則正しく、小さな寝息を繰り返す愛娘。そのふっくらとした手のひらに指先を握らせ、ジャンは深く息を吐く。
「お父さんお疲れ様」
ベッドに腰掛けて肩を抱く。少し酒の匂いがする。宴会の場は嫌いではないだろうが、ここしばらく仕事も忙しくしていたようなので流石に疲れていたのだろう。小さな体の温もりにまぶたの下がっていく様子を笑い、肩を叩いた。
「もうご飯いいね、着替えて寝ちゃいなよ」
「ん……風呂行く」
「え?」
「なんかいろんなにおいがする」
「……じゃあほら、沸いてるから」
ジャンを促して背を撫でればのそりと顔を上げる。体を起こし、縋るようにアルミンに顔を寄せてくる。確かに酒と香水、いろんな匂いがしてつい笑ってしまった。ジャンの頬を撫でて額を寄せる。
「こんなおっきい子どもお風呂に入れられないから。ちゃんと自分で立ってくれる?」
「ん」
一度力を抜き切ってしまったせいか、余計に体が重くなったようだ。そのまま寝てしまえば楽だったのだが、ジャンは立ち上がって浴室へ向かっていく。アルミンは娘にタオルケットをかけ直し、ジャンの着替えを持って追いかける。脱ぎ散らかされたスーツを拾って、ふと物音がしないことに気がついた。浴室のドアの向こうに肌色の影は見えるが、そのまま動かない。溜息をつき、アルミンはスーツだけハンガーにかけて再び浴室へと戻る。
アルミンが服を脱いでドアを開ける間もジャンはびくともせず、ドアを開けて始めてはっとして顔を上げた。
「あのねぇ、水場で寝ないでよ。怖いなぁ」
「……何これ、サービス?」
「はいはい、今回だけのサービスですよ」
汗と匂いだけ流してやれば十分だろう。椅子に座ったまま、眠い目をこするジャンの頭を越えてシャワーをひねる。手で温度を確かめてジャンの頭からシャワーをかけた。唸り声がするが気にせず髪を濡らし、適当に髪をかきまぜる。
「おい、オレ犬じゃねえんだけど」
「似たようなもんでしょ。目覚めた?」
「あー、自分でやる、悪い」
アルミンの手からシャワーを取って、ジャンは笑ってアルミンを見上げた。先ほどよりも覚醒した目に、わざと大きく溜息をついて見せる。
「おっきい赤ちゃんだこと」
「悪かったって」
「もういい?」
「なんだよ、折角脱いだんだから一緒に入ろうぜ」
「僕もう入ったの」
「いいじゃねえか。……つーか、できれば、見張ってて」
「……僕もまだ片づけ残ってるんだからねー」
「すぐ済ませる」
しぶしぶアルミンは浴槽に入り、体を洗い始めたジャンを見た。すぐに手が泊止まりそうになるので話しかけて、今日の飲み会で聞いた話や友人の話などを聞き出してどうにか睡魔を追い払う。
「そんなに眠いなら、もうお風呂諦めて寝ちゃえばいいのに」
「かわいい娘に臭いって言われたくねえだろー」
「……ああ、そう」
誰かの香水の匂いに嫉妬できない女でごめんなさいね。思わずぼやくとジャンは驚いた顔をして、すぐに肩を揺らして笑い飛ばした。
「何?」
「信用されてて何よりです」
「わかってていただいて何よりです」
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