言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2013'11.03.Sun
パラレル注意
「アルミン?」
鍵がかかっていたのだから不在だろう。わかってはいたがつい探さずにはいられず、ジャンは合い鍵をポケットにしまいながら、部屋の中を探して歩いた。
アルミンが暮らすこの部屋は、ひとりで過ごすには広すぎる。しかし他界した家族の思い出の残るこの部屋を離れることはできなかった。ジャンにはアルミンの孤独はわからない。だからこそ、彼女の笑顔が愛おしくてならなかった。
ジャンがこの部屋の合い鍵を渡されたのは半年ほど前だ。ずっと確信させてくれなかったアルミンの気持ちをはっきりと口にしてくれた日でもある。
ポケットに潜ませたプレゼントを撫でる。今日はアルミンの誕生日だ。ジャンが来ることは知っていたはずだが、買い物にでも出ているのだろうか。
手持ち無沙汰に時間を持て余し、勝手にコーヒーを入れる。アルミンが飲まないのにここに置かれるようになった意味がわからないほど野暮ではない。
会ってすぐ!のつもりでいた勢いを殺がれ、ソファーに沈んで深く息を吐く。もう少し落ち着けと言うことだろうか。改めて言葉を探すうちに玄関で物音がして、覗きに行くとアルミンがやはり帰ってきたところだった。
「おかえり」
「あ、ジャン来てたんだ。ただいま。ありがとう」
荷物を取ると微笑むアルミンに笑い返す。落ち着いて、と思ったことなどすぐに頭から消え去って、ジャンはアルミンの手を引いた。どうしたの、というアルミンの問いには答えないままソファーに座らせる。
「ジャン?」
「アルミン、誕生日おめでとう」
「……ありがとう」
頭の中でのシミュレーションは完璧だったはずなのに、いざとなると言葉が出てこない。緊張を飲み込み、アルミンの手を取る。片手をポケットに入れて取り出したものが合い鍵で、それは慌ててそばのローテーブルに置き、改めて目的のものを探した。ようやく見つけたそれを握り、アルミンの左手を撫でる。彼女はまだわからないようで、首を傾げてジャンを見ていた。
薬指に指輪を通す。ただそれだけだというのにかっと体中熱くなった。サイズはこっそりはかったのでぴったりだ。それに安心して息を吐く。
「……ジャン」
「オレと結婚して下さい」
戸惑うアルミンをじっと見る。目をそらしてしまいたいがぐっとこらえる。彼女の目にみるみるうちに涙が浮かぶが、それがどういう意味なのかわからない。
「アルミン」
「違う、ごめん」
慌てたように涙を拭い、彼女はじっと指輪を見た。やっぱりこういうものはふたりで選びに行くべきだったのだろうか、と少し不安になる。恋人としてのつき合いは確かに長くはないが、幼稚園に通っていた頃から知る仲だ。いずれ結婚はと、口にしなくともふたりともわかっていたはずだ。
「……僕、ジャンに言わなきゃいけないことがあって」
「え」
「……さっき、……」
言葉を口にする前に、ぼろぼろとこぼれる涙がそれを遮る。慌てて手を握ったり背を撫でたりするが、アルミンは顔を覆ってしまった。何か不味いことがあっただろうか。ジャンがつき合った相手はアルミンが初めてだ。手探りの恋でもまじめに取り組んできたつもりだ。
ゆっくり息を吐き、少し落ち着いたアルミンは涙を拭いながら顔を上げた。ジャンを見上げ、唇を震わせる。何か言ったようだが聞き取れず、口元に耳を寄せた。濡れた吐息が触れる。
「……ほんとかっ!?」
どうにか聞こえた言葉に興奮してアルミンの肩を引く。つい声が大きくなったせいでアルミンが怯えた表情を見せ、すぐに手を離して謝った。
「……ほんとなのか」
アルミンは小さく頷いた。感情が言葉にならないのがもどかしく、我慢できずにアルミンを抱きしめる。
「あっ、あの!でも、まだ病院には行ってないから」
「じゃあ一緒に行く」
「ッ……嫌じゃない?」
「なんでだよ。……お前嫌なのか?」
「まさか!」
「返事は?」
手を取って見つめるとアルミンははたと思い出したように指輪を見た。じわりと頬が赤くなる。
「……うん」
「ん?」
「ジャンのお嫁さんに、して下さい」
「……はぁ」
緊張が途切れてアルミンを抱きしめる。戸惑うようにゆっくり抱きしめ返すアルミンがくすぐったい。
「お前の誕生日なのに、オレがもらってばっかになっちまった」
「そんなことない。すごく嬉しい……」
お互いの体温を感じて深く息を吸い込む。思いがけないプレゼントだ。
「……いつ、だろうな……」
「はは……気をつけてたのにね……」
「あっ!結婚式急いだ方がいいか!?」
「も、もう式の話する?」
「だってしんどい時期にはできないだろ」
「無理にしなくても」
「やだ。絶対する。子どもに見せてやらねえと」
「……ジャンに似た、素敵な子になるといいね」
微笑むアルミンにじわじわと実感がこみ上げる。見上げてくる赤い頬を両手で包み、隠れるようにキスを落とした。
「アルミン?」
鍵がかかっていたのだから不在だろう。わかってはいたがつい探さずにはいられず、ジャンは合い鍵をポケットにしまいながら、部屋の中を探して歩いた。
アルミンが暮らすこの部屋は、ひとりで過ごすには広すぎる。しかし他界した家族の思い出の残るこの部屋を離れることはできなかった。ジャンにはアルミンの孤独はわからない。だからこそ、彼女の笑顔が愛おしくてならなかった。
ジャンがこの部屋の合い鍵を渡されたのは半年ほど前だ。ずっと確信させてくれなかったアルミンの気持ちをはっきりと口にしてくれた日でもある。
ポケットに潜ませたプレゼントを撫でる。今日はアルミンの誕生日だ。ジャンが来ることは知っていたはずだが、買い物にでも出ているのだろうか。
手持ち無沙汰に時間を持て余し、勝手にコーヒーを入れる。アルミンが飲まないのにここに置かれるようになった意味がわからないほど野暮ではない。
会ってすぐ!のつもりでいた勢いを殺がれ、ソファーに沈んで深く息を吐く。もう少し落ち着けと言うことだろうか。改めて言葉を探すうちに玄関で物音がして、覗きに行くとアルミンがやはり帰ってきたところだった。
「おかえり」
「あ、ジャン来てたんだ。ただいま。ありがとう」
荷物を取ると微笑むアルミンに笑い返す。落ち着いて、と思ったことなどすぐに頭から消え去って、ジャンはアルミンの手を引いた。どうしたの、というアルミンの問いには答えないままソファーに座らせる。
「ジャン?」
「アルミン、誕生日おめでとう」
「……ありがとう」
頭の中でのシミュレーションは完璧だったはずなのに、いざとなると言葉が出てこない。緊張を飲み込み、アルミンの手を取る。片手をポケットに入れて取り出したものが合い鍵で、それは慌ててそばのローテーブルに置き、改めて目的のものを探した。ようやく見つけたそれを握り、アルミンの左手を撫でる。彼女はまだわからないようで、首を傾げてジャンを見ていた。
薬指に指輪を通す。ただそれだけだというのにかっと体中熱くなった。サイズはこっそりはかったのでぴったりだ。それに安心して息を吐く。
「……ジャン」
「オレと結婚して下さい」
戸惑うアルミンをじっと見る。目をそらしてしまいたいがぐっとこらえる。彼女の目にみるみるうちに涙が浮かぶが、それがどういう意味なのかわからない。
「アルミン」
「違う、ごめん」
慌てたように涙を拭い、彼女はじっと指輪を見た。やっぱりこういうものはふたりで選びに行くべきだったのだろうか、と少し不安になる。恋人としてのつき合いは確かに長くはないが、幼稚園に通っていた頃から知る仲だ。いずれ結婚はと、口にしなくともふたりともわかっていたはずだ。
「……僕、ジャンに言わなきゃいけないことがあって」
「え」
「……さっき、……」
言葉を口にする前に、ぼろぼろとこぼれる涙がそれを遮る。慌てて手を握ったり背を撫でたりするが、アルミンは顔を覆ってしまった。何か不味いことがあっただろうか。ジャンがつき合った相手はアルミンが初めてだ。手探りの恋でもまじめに取り組んできたつもりだ。
ゆっくり息を吐き、少し落ち着いたアルミンは涙を拭いながら顔を上げた。ジャンを見上げ、唇を震わせる。何か言ったようだが聞き取れず、口元に耳を寄せた。濡れた吐息が触れる。
「……ほんとかっ!?」
どうにか聞こえた言葉に興奮してアルミンの肩を引く。つい声が大きくなったせいでアルミンが怯えた表情を見せ、すぐに手を離して謝った。
「……ほんとなのか」
アルミンは小さく頷いた。感情が言葉にならないのがもどかしく、我慢できずにアルミンを抱きしめる。
「あっ、あの!でも、まだ病院には行ってないから」
「じゃあ一緒に行く」
「ッ……嫌じゃない?」
「なんでだよ。……お前嫌なのか?」
「まさか!」
「返事は?」
手を取って見つめるとアルミンははたと思い出したように指輪を見た。じわりと頬が赤くなる。
「……うん」
「ん?」
「ジャンのお嫁さんに、して下さい」
「……はぁ」
緊張が途切れてアルミンを抱きしめる。戸惑うようにゆっくり抱きしめ返すアルミンがくすぐったい。
「お前の誕生日なのに、オレがもらってばっかになっちまった」
「そんなことない。すごく嬉しい……」
お互いの体温を感じて深く息を吸い込む。思いがけないプレゼントだ。
「……いつ、だろうな……」
「はは……気をつけてたのにね……」
「あっ!結婚式急いだ方がいいか!?」
「も、もう式の話する?」
「だってしんどい時期にはできないだろ」
「無理にしなくても」
「やだ。絶対する。子どもに見せてやらねえと」
「……ジャンに似た、素敵な子になるといいね」
微笑むアルミンにじわじわと実感がこみ上げる。見上げてくる赤い頬を両手で包み、隠れるようにキスを落とした。
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2013'10.19.Sat
「あらら、メアリーちゃん、スカート上げないでー」
娘の小さな手がワンピースの裾をたくし上げ、おむつで膨らんだお尻が丸見えになっている。もうすぐ1歳になる娘は、歩けるようになってから自分で歩くのが楽しいらしい。メアリーはぷっくりとした足で今日も元気よく歩いているが、今日は妙に尻餅をつくと思えばスカートを握っているせいだ。
アルミンがワンピースを離すように手をほどくと、けらけらと無邪気に笑ってまた裾を握る。アルミンも思わず笑い、また裾を直した。
「恥ずかしいからパンツないないしといて」
「うぶ」
「ああ、よだれが」
アルミンがハンカチを取る間にメアリーはまた生地を上げてしまう。
「もー、そんなにお母さんの作ったお洋服は嫌?」
「ぶー」
「ひどいなぁ、結構かわいいと思うんだけど。おなか冷えちゃうからなーいない」
ワンピースと同じ生地でパンツも作ってはいたが、転けてばかりは困る。暇に任せて作ったものだが、それなりに苦労はしたのだ。
「アルミン、車のキーは?」
「あっごめん、鞄に入れたまま!」
「ああ」
アルミンが立ち上がるのを制してジャンが自分で取りに行く。その間にもメアリーはまたワンピースの裾を握って歩きだしてしまい、せめてフローリングでは転けないように見ておこう、と追いかける。メアリーはジャンを追いかけていったようで、戻ってきたジャンが危うくぶつかりそうになってまた尻餅をついた。
「うわ、ごめん。大丈夫か?」
「あう」
「お前ほんっとに泣かねえな」
「あー」
「やっぱりワンピース着替えさせよう。転けちゃう」
「すぐ飽きるだろ」
「そうかなぁ。ほらメアリー、お父さんに見られちゃった。恥ずかしーなぁ」
「見ーちゃった」
理解はしていないのだろうが、ジャンにくすぐられてメアリーは笑い声をあげる。勢いでのけぞった娘をアルミンが慌てて支えた。
「出かけるの?」
「DVD返しにいくだけだ。行くか?」
「メアリー、お出かけする?お靴ちゃんとはいてくれる?」
アルミンを見上げた瞳は純粋だが、靴嫌いのこの子はいまいち信用できない。すでに片足だけになった靴が二足もある。
「もう靴諦めれば?」
「だって歩きたがるんだもん」
「まぁ、オレもいるしなくさねえだろ」
「じゃあついでにスーパー寄ってもらってもいい?買い忘れたものがあって」
「ああ」
メアリーに靴をはかせて、しばらくは機嫌よく歩いてくれるので3人で家を出た。よちよちとした歩みに合わせてエレベーターホールに向かう。よく見ればジャンが言った通り、ワンピースを握ることはやめていた。アルミンが構ったせいでよけいに気になっていただけなのかもしれない。
突然尻を触られてアルミンは廊下で悲鳴を上げた。慌てたジャンが手を上げる。
「ちょっと!びっくりした!」
「そんなに驚くなよ!こっちがびっくりしたわ!」
「何!?」
「いや、そこに尻があったから」
「……ジャンってどんどんオヤジくさくなるよね」
「オレは少年の心を忘れないんだよ」
「メアリーに嫌われても知らないから」
エレベーターホールが近づいたのでメアリーを抱き上げる。エレベーターを待っている間、静かになっていたジャンが不意に顔を寄せた。
「アルミンは嫌いにならないでいてくれるってことか?」
囁かれた言葉を少し送れて理解して、じわりと頬が熱くなる。
「……馬鹿じゃないの」
それでも否定できないことが悔しい。抱いた娘で顔を隠して、ジャンの笑い声も聞こえていないふりをした。
娘の小さな手がワンピースの裾をたくし上げ、おむつで膨らんだお尻が丸見えになっている。もうすぐ1歳になる娘は、歩けるようになってから自分で歩くのが楽しいらしい。メアリーはぷっくりとした足で今日も元気よく歩いているが、今日は妙に尻餅をつくと思えばスカートを握っているせいだ。
アルミンがワンピースを離すように手をほどくと、けらけらと無邪気に笑ってまた裾を握る。アルミンも思わず笑い、また裾を直した。
「恥ずかしいからパンツないないしといて」
「うぶ」
「ああ、よだれが」
アルミンがハンカチを取る間にメアリーはまた生地を上げてしまう。
「もー、そんなにお母さんの作ったお洋服は嫌?」
「ぶー」
「ひどいなぁ、結構かわいいと思うんだけど。おなか冷えちゃうからなーいない」
ワンピースと同じ生地でパンツも作ってはいたが、転けてばかりは困る。暇に任せて作ったものだが、それなりに苦労はしたのだ。
「アルミン、車のキーは?」
「あっごめん、鞄に入れたまま!」
「ああ」
アルミンが立ち上がるのを制してジャンが自分で取りに行く。その間にもメアリーはまたワンピースの裾を握って歩きだしてしまい、せめてフローリングでは転けないように見ておこう、と追いかける。メアリーはジャンを追いかけていったようで、戻ってきたジャンが危うくぶつかりそうになってまた尻餅をついた。
「うわ、ごめん。大丈夫か?」
「あう」
「お前ほんっとに泣かねえな」
「あー」
「やっぱりワンピース着替えさせよう。転けちゃう」
「すぐ飽きるだろ」
「そうかなぁ。ほらメアリー、お父さんに見られちゃった。恥ずかしーなぁ」
「見ーちゃった」
理解はしていないのだろうが、ジャンにくすぐられてメアリーは笑い声をあげる。勢いでのけぞった娘をアルミンが慌てて支えた。
「出かけるの?」
「DVD返しにいくだけだ。行くか?」
「メアリー、お出かけする?お靴ちゃんとはいてくれる?」
アルミンを見上げた瞳は純粋だが、靴嫌いのこの子はいまいち信用できない。すでに片足だけになった靴が二足もある。
「もう靴諦めれば?」
「だって歩きたがるんだもん」
「まぁ、オレもいるしなくさねえだろ」
「じゃあついでにスーパー寄ってもらってもいい?買い忘れたものがあって」
「ああ」
メアリーに靴をはかせて、しばらくは機嫌よく歩いてくれるので3人で家を出た。よちよちとした歩みに合わせてエレベーターホールに向かう。よく見ればジャンが言った通り、ワンピースを握ることはやめていた。アルミンが構ったせいでよけいに気になっていただけなのかもしれない。
突然尻を触られてアルミンは廊下で悲鳴を上げた。慌てたジャンが手を上げる。
「ちょっと!びっくりした!」
「そんなに驚くなよ!こっちがびっくりしたわ!」
「何!?」
「いや、そこに尻があったから」
「……ジャンってどんどんオヤジくさくなるよね」
「オレは少年の心を忘れないんだよ」
「メアリーに嫌われても知らないから」
エレベーターホールが近づいたのでメアリーを抱き上げる。エレベーターを待っている間、静かになっていたジャンが不意に顔を寄せた。
「アルミンは嫌いにならないでいてくれるってことか?」
囁かれた言葉を少し送れて理解して、じわりと頬が熱くなる。
「……馬鹿じゃないの」
それでも否定できないことが悔しい。抱いた娘で顔を隠して、ジャンの笑い声も聞こえていないふりをした。
2013'10.06.Sun
ファンブックのif幼稚園ネタを引っ張っておりまするよ。あとアルミン女体化ですよ。
*** Twenty years ago ***
「せんせえぇ」
「ジャン!またテメェか!」
「ちげーよばーか!」
泣きじゃくるアルミンを置いてリヴァイはジャンを追いかけた。スモッグを翻して走る子どもを本気で追いかけると捕まえるのは一瞬で、がしりと脇を掴んで担ぎ上げたときにはジャンはアルミン以上に泣きわめいている。アルミンを引き受けたペトラが苦笑しているが、気にせずジャンの顔を覗きこんだ。
「お前お友達を泣かせるなって何回言えばわかるんだコラ」
「リヴァイは園児に本気で凄むなと何度言えばわかるんだい」
涙と鼻水で顔をドロドロにしたジャンが手の中から奪われる。その向こうにいたのは園長のエルヴィンだ。舌打ちをしたリヴァイにジャンが縮み上がり、エルヴィンにすがりつく。
「アルミン泣かせるなって言っても聞かないそいつが悪い」
「言い方を考えてくれ。ジャン、アルミンに謝ろうか」
「やだ!」
「……えーと」
「おいエルヴィン、ジャン寄越せ、逆さにつるす」
「やめてくれ」
「あの、アルミンが別の意味で泣きそうなのでその辺で」
ペトラの声に振り返れば、アルミンは彼女にしがみついて不安げにリヴァイたちを見上げている。ぼろぼろと涙を零すアルミンと視線が合えば、ぷるぷると首を振った。
「じゃ、じゃんをいじめないでください」
「……お前がいじめられてたんだろうが。ったく」
リヴァイは意識して気持ちだけ表情を緩め、ペトラの腕からアルミンを引き受けて抱き上げる。エルヴィンに抱かれたままのジャンの前に、抱いたアルミンの手を取って突き出した。
「仲直りしろ」
「ジャンも、ほら」
エルヴィンも同様にジャンの手を取り、アルミンに向けた。不安げなアルミンにジャンは仏頂面を向け、されるがままに手を合わせるが握ろうとはしない。
「仲直りだ。ジャン、もうアルミン泣かせるんじゃないよ」
「そいつがわるいんだよ!あしおせーしすぐこけるし!」
「うう、ごめんねぇ」
「あーもう……」
ペトラが苦笑しながら、リヴァイからアルミンを引き受けた。もう間もなくお迎えが来る時間だ。アルミンの迎えはまだもう少し遅いので、教室で待つことになる。
ジャンはふてくされたまま、エルヴィンにと一緒に園庭に向かうのでリヴァイもついていく。ジャンの親はもう迎えに来ていて、エルヴィンが降ろすとすぐに母親の足元に駆けて行った。
「かーちゃん、リヴァイせんせいがおこった!」
「あらやだ、すみません〜、今度は誰を泣かせたの?」
「あいつがかってにないたんだぜ」
「ジャン!」
すかさず母親の拳が飛ぶ。こいつ家でもこうなんだろうな、リヴァイは半ば呆れてジャンを見送った。
「……昔のリヴァイを見ているようだね」
「エルヴィン何か言ったか」
「何でもないよ」
*** Ten years ago ***
「うだうだぐだぐだ言ってんじゃねーよ!しつけえな」
「しつこいのはジャンでしょ!もう、なんで僕がとばっちり受けてるのさ……」
幼稚園のそばを通る男女の声に、園児が興味津々に顔を上げる。5歳でも女は女だ、こんなところで痴話げんかは勘弁してほしい。リヴァイが溜息をついて砂場から立ち上がり、フェンスに近づいていく。通りかかったふたりは中学生ぐらいだろうか。それが見たことのある顔で、リヴァイは思わずふたりに声をかける。
「おい」
「あっ……リヴァイ先生!お久しぶりです」
「やっぱりアルミンか。ということはそっちはジャンだな」
「うわ、リヴァイ先生老けましたね」
「お前らが通ってたの何年前だと思ってんだ」
思った通り、昔この幼稚園に通っていたふたりだ。アルミンは大人しかったが少し泣き虫で、その原因は大体ジャンだった。誰彼かまわず無差別にいじめていたわけではないが、アルミンと仲のいいエレンと仲が悪かったというわけでアルミンはただのとばっちりだ。どうやら10年経っても彼らの関係はあまり変わっていないらしい。
「ジャン、お前まだアルミンいじめてるのか……」
「なんで同情的なんだよ!」
「うわ、リヴァイ先生のそんな顔初めて見た……」
「ほっとけよ!」
「どうしたんだ?人参不足か」
「馬じゃねえよ!」
「はは……エレンとミカサが、遂につき合い始めたんです」
「エレンとミカサ……それは……どうせミカサがゴリ押したんだろう」
「はは、エレンが折れました」
「そうか」
幼稚園に通っている頃からミカサのアプローチは熱烈で、ついからかったこともあったが、エレンが10年あのアプローチに耐えたことも意外だった。もっと早く諦めるかと思っていたが、意外と慎重であるようだ。
「で、そいつが落ち込んでるってわけか」
「その通りです」
「うるせーよ。あーもー、ミカサ……あんな馬鹿のどこがいいんだってんだ……」
「少なくとも10年アルミンをいじめてるやつよりエレンの方がいくらかましだろう」
「いじめてねーし!」
「いじめられてます!もうすっごいいじめてきますから!」
「ふざけんなよムネタイラ」
「それが!」
じゃれ合うふたりにしみじみ息を吐く。絶対に向いていないと思っていたこの仕事も、こうして見送った子どもたちの姿を見ると満更でもない。ジャンはもう少し更生させてやるべきだったような気もするので、今の園児たちはもっと気をつけてやろう、と静かに決意する。
わらわらとリヴァイの足元に近づいてきた女の子たちが、興味津々にフェンスの向こうのふたりを見た。
「せんせぇ、ちわげんか?」
「うわき?」
「りこんするの?」
「……」
5歳でも、女は女だ。リヴァイは深く溜息をついた。
*** Last year ***
庭の掃除をしている最中に、門前に立つ女性を見つけた。園児募集のチラシを見ているようなので、箒を手にしたまま門に近づく。彼女はリヴァイに気づいて顔を上げ、それをみてリヴァイは驚いた。
「リヴァイ先生!」
「お前、アルミンか」
久しぶりに見るアルミンは随分と女らしくなった。近所ではあるが大学にも進学した頃からは園が開いているような時間に通りかかることは滅多になく、久しぶりに姿を見た。
「リヴァイ先生、まだこの幼稚園にいらっしゃったんですね」
「まあな。もうそのうち辞めてやるつもりだ」
「そうなんですか?残念」
「……」
懐かしさに隠れていたが、ふと彼女の腹部に気がついた。リヴァイの視線に気づき、彼女は少し前にせり出した腹を撫でる。
「リヴァイ先生にならお任せできると思ったのになぁ」
「何か月だ」
「5か月です」
「そうか……子どもの成長は早いもんだな、ずっと泣いてたアルミンが母親とは」
「自分でもびっくりです。あ、エレンとミカサも結婚したの、知ってますか?」
「そうなのか」
「そうか、引っ越したからこの辺りあまり通らないのかもしれませんね。ふたりもすごく楽しみにしてくれてて」
幸せそうに笑うアルミンに思わず頬を緩めた。アルミンが驚いた顔をして、リヴァイ先生が笑った顔初めて見ました、などと言う。そんなわけがあるか、と返そうとすると、誰かが近づいてきてそちらに視線を遣った。やはりどこかで見たことのあるその顔は、アルミンに笑いかけたかと思えばリヴァイに気づいて顔を強張らせる。
「お前、ジャンか」
「リヴァイ先生……老けましたね……」
「第一声がそれか」
「帰ろうアルミン」
「挨拶しなよ」
「……どうも」
「お前まだアルミンいじめてるのか」
「いじめてませんよ!」
「ふふ、いじめられてません。優しい旦那様です」
アルミンが顔を綻ばせて笑う。その笑顔に少し気が抜けたが、引っ掛かるものがあって聞き返した。
「何だって?」
「旦那様です」
アルミンが笑う隣で、リヴァイの視線から逃げるようにジャンが顔をそらした。
「何だって?」
「素敵な旦那様です」
「……すまん、オレがきちんと男の選別も教えておけば……」
「あんたの中でオレはどんな奴なんですかッ!もう帰るぞ、体冷えるだろ」
ジャンがアルミンの手を取った。それに微笑みかけるアルミンに、わからんものだな、と思わず溜息をつく。
「あれほど泣かされてたのにな」
「最近ジャンに泣かされたのは、プロポーズの時ぐらいです」
「ほう」
「もう行くぞ!」
見ればジャンの方は顔を真っ赤にしている。どうやら嘘ではないらしい。
「……しょうがない、あと5年ぐらいは園にいてやる」
「ほんとですか?」
「ああ。ジャンみたいなクソガキだったらしばき倒してやる」
「お願いします」
終始笑顔だったアルミンを見送り、リヴァイは掃除の最中だったことを思い出した。振り返るとジャンはずっとアルミンを気遣って歩いている。
「馬鹿も年を重ねれば大人になるということか」
深く溜息をつき、リヴァイは箒を握りなおした。
*** Twenty years ago ***
「せんせえぇ」
「ジャン!またテメェか!」
「ちげーよばーか!」
泣きじゃくるアルミンを置いてリヴァイはジャンを追いかけた。スモッグを翻して走る子どもを本気で追いかけると捕まえるのは一瞬で、がしりと脇を掴んで担ぎ上げたときにはジャンはアルミン以上に泣きわめいている。アルミンを引き受けたペトラが苦笑しているが、気にせずジャンの顔を覗きこんだ。
「お前お友達を泣かせるなって何回言えばわかるんだコラ」
「リヴァイは園児に本気で凄むなと何度言えばわかるんだい」
涙と鼻水で顔をドロドロにしたジャンが手の中から奪われる。その向こうにいたのは園長のエルヴィンだ。舌打ちをしたリヴァイにジャンが縮み上がり、エルヴィンにすがりつく。
「アルミン泣かせるなって言っても聞かないそいつが悪い」
「言い方を考えてくれ。ジャン、アルミンに謝ろうか」
「やだ!」
「……えーと」
「おいエルヴィン、ジャン寄越せ、逆さにつるす」
「やめてくれ」
「あの、アルミンが別の意味で泣きそうなのでその辺で」
ペトラの声に振り返れば、アルミンは彼女にしがみついて不安げにリヴァイたちを見上げている。ぼろぼろと涙を零すアルミンと視線が合えば、ぷるぷると首を振った。
「じゃ、じゃんをいじめないでください」
「……お前がいじめられてたんだろうが。ったく」
リヴァイは意識して気持ちだけ表情を緩め、ペトラの腕からアルミンを引き受けて抱き上げる。エルヴィンに抱かれたままのジャンの前に、抱いたアルミンの手を取って突き出した。
「仲直りしろ」
「ジャンも、ほら」
エルヴィンも同様にジャンの手を取り、アルミンに向けた。不安げなアルミンにジャンは仏頂面を向け、されるがままに手を合わせるが握ろうとはしない。
「仲直りだ。ジャン、もうアルミン泣かせるんじゃないよ」
「そいつがわるいんだよ!あしおせーしすぐこけるし!」
「うう、ごめんねぇ」
「あーもう……」
ペトラが苦笑しながら、リヴァイからアルミンを引き受けた。もう間もなくお迎えが来る時間だ。アルミンの迎えはまだもう少し遅いので、教室で待つことになる。
ジャンはふてくされたまま、エルヴィンにと一緒に園庭に向かうのでリヴァイもついていく。ジャンの親はもう迎えに来ていて、エルヴィンが降ろすとすぐに母親の足元に駆けて行った。
「かーちゃん、リヴァイせんせいがおこった!」
「あらやだ、すみません〜、今度は誰を泣かせたの?」
「あいつがかってにないたんだぜ」
「ジャン!」
すかさず母親の拳が飛ぶ。こいつ家でもこうなんだろうな、リヴァイは半ば呆れてジャンを見送った。
「……昔のリヴァイを見ているようだね」
「エルヴィン何か言ったか」
「何でもないよ」
*** Ten years ago ***
「うだうだぐだぐだ言ってんじゃねーよ!しつけえな」
「しつこいのはジャンでしょ!もう、なんで僕がとばっちり受けてるのさ……」
幼稚園のそばを通る男女の声に、園児が興味津々に顔を上げる。5歳でも女は女だ、こんなところで痴話げんかは勘弁してほしい。リヴァイが溜息をついて砂場から立ち上がり、フェンスに近づいていく。通りかかったふたりは中学生ぐらいだろうか。それが見たことのある顔で、リヴァイは思わずふたりに声をかける。
「おい」
「あっ……リヴァイ先生!お久しぶりです」
「やっぱりアルミンか。ということはそっちはジャンだな」
「うわ、リヴァイ先生老けましたね」
「お前らが通ってたの何年前だと思ってんだ」
思った通り、昔この幼稚園に通っていたふたりだ。アルミンは大人しかったが少し泣き虫で、その原因は大体ジャンだった。誰彼かまわず無差別にいじめていたわけではないが、アルミンと仲のいいエレンと仲が悪かったというわけでアルミンはただのとばっちりだ。どうやら10年経っても彼らの関係はあまり変わっていないらしい。
「ジャン、お前まだアルミンいじめてるのか……」
「なんで同情的なんだよ!」
「うわ、リヴァイ先生のそんな顔初めて見た……」
「ほっとけよ!」
「どうしたんだ?人参不足か」
「馬じゃねえよ!」
「はは……エレンとミカサが、遂につき合い始めたんです」
「エレンとミカサ……それは……どうせミカサがゴリ押したんだろう」
「はは、エレンが折れました」
「そうか」
幼稚園に通っている頃からミカサのアプローチは熱烈で、ついからかったこともあったが、エレンが10年あのアプローチに耐えたことも意外だった。もっと早く諦めるかと思っていたが、意外と慎重であるようだ。
「で、そいつが落ち込んでるってわけか」
「その通りです」
「うるせーよ。あーもー、ミカサ……あんな馬鹿のどこがいいんだってんだ……」
「少なくとも10年アルミンをいじめてるやつよりエレンの方がいくらかましだろう」
「いじめてねーし!」
「いじめられてます!もうすっごいいじめてきますから!」
「ふざけんなよムネタイラ」
「それが!」
じゃれ合うふたりにしみじみ息を吐く。絶対に向いていないと思っていたこの仕事も、こうして見送った子どもたちの姿を見ると満更でもない。ジャンはもう少し更生させてやるべきだったような気もするので、今の園児たちはもっと気をつけてやろう、と静かに決意する。
わらわらとリヴァイの足元に近づいてきた女の子たちが、興味津々にフェンスの向こうのふたりを見た。
「せんせぇ、ちわげんか?」
「うわき?」
「りこんするの?」
「……」
5歳でも、女は女だ。リヴァイは深く溜息をついた。
*** Last year ***
庭の掃除をしている最中に、門前に立つ女性を見つけた。園児募集のチラシを見ているようなので、箒を手にしたまま門に近づく。彼女はリヴァイに気づいて顔を上げ、それをみてリヴァイは驚いた。
「リヴァイ先生!」
「お前、アルミンか」
久しぶりに見るアルミンは随分と女らしくなった。近所ではあるが大学にも進学した頃からは園が開いているような時間に通りかかることは滅多になく、久しぶりに姿を見た。
「リヴァイ先生、まだこの幼稚園にいらっしゃったんですね」
「まあな。もうそのうち辞めてやるつもりだ」
「そうなんですか?残念」
「……」
懐かしさに隠れていたが、ふと彼女の腹部に気がついた。リヴァイの視線に気づき、彼女は少し前にせり出した腹を撫でる。
「リヴァイ先生にならお任せできると思ったのになぁ」
「何か月だ」
「5か月です」
「そうか……子どもの成長は早いもんだな、ずっと泣いてたアルミンが母親とは」
「自分でもびっくりです。あ、エレンとミカサも結婚したの、知ってますか?」
「そうなのか」
「そうか、引っ越したからこの辺りあまり通らないのかもしれませんね。ふたりもすごく楽しみにしてくれてて」
幸せそうに笑うアルミンに思わず頬を緩めた。アルミンが驚いた顔をして、リヴァイ先生が笑った顔初めて見ました、などと言う。そんなわけがあるか、と返そうとすると、誰かが近づいてきてそちらに視線を遣った。やはりどこかで見たことのあるその顔は、アルミンに笑いかけたかと思えばリヴァイに気づいて顔を強張らせる。
「お前、ジャンか」
「リヴァイ先生……老けましたね……」
「第一声がそれか」
「帰ろうアルミン」
「挨拶しなよ」
「……どうも」
「お前まだアルミンいじめてるのか」
「いじめてませんよ!」
「ふふ、いじめられてません。優しい旦那様です」
アルミンが顔を綻ばせて笑う。その笑顔に少し気が抜けたが、引っ掛かるものがあって聞き返した。
「何だって?」
「旦那様です」
アルミンが笑う隣で、リヴァイの視線から逃げるようにジャンが顔をそらした。
「何だって?」
「素敵な旦那様です」
「……すまん、オレがきちんと男の選別も教えておけば……」
「あんたの中でオレはどんな奴なんですかッ!もう帰るぞ、体冷えるだろ」
ジャンがアルミンの手を取った。それに微笑みかけるアルミンに、わからんものだな、と思わず溜息をつく。
「あれほど泣かされてたのにな」
「最近ジャンに泣かされたのは、プロポーズの時ぐらいです」
「ほう」
「もう行くぞ!」
見ればジャンの方は顔を真っ赤にしている。どうやら嘘ではないらしい。
「……しょうがない、あと5年ぐらいは園にいてやる」
「ほんとですか?」
「ああ。ジャンみたいなクソガキだったらしばき倒してやる」
「お願いします」
終始笑顔だったアルミンを見送り、リヴァイは掃除の最中だったことを思い出した。振り返るとジャンはずっとアルミンを気遣って歩いている。
「馬鹿も年を重ねれば大人になるということか」
深く溜息をつき、リヴァイは箒を握りなおした。
2013'10.04.Fri
「ただいま〜……」
ジャンが静かに玄関に足を踏み入れると、リビングにはまだ明かりがついていた。しかし部屋は静かで出迎えもない。今日も間に合わなかったか、と肩を落とし、音を立てないよう靴を脱いだ。持ち帰ってきた仕事の入った鞄が重く感じる。
リビングにアルミンの姿はない。着替えるために寝室に向かうと、ベッドで眠る愛しい姿がある。
まだ1歳にもならない娘の無垢な寝顔に頬を緩ませる。柔らかい頬に触りたいが、起こしてしまうとことだ。
代わりに隣で眠るアルミンの額を撫でる。寝かしつけているうちに一緒に寝てしまったのだろう。いつでも変わらない愛しい寝顔だ。布団を掛けてやり、着替えを持って部屋を出る。さっさと着替えてキッチンに入れば夕食はあたためるだけだ。よくできた嫁に感謝をし、コンロに火をつける。あたたまるのを待ちながら食器を出していると、アルミンが起き出してきた。寝ぼけた声でお帰り、と言われ苦笑する。
「ただいま。寝てていいぞ」
「ん、大丈夫」
アルミンが冷蔵庫からもサラダなどを出してテーブルに並べていく。あたたまったシチューをついでジャンはテーブルについた。
「ジャン、あのね」
キッチンからアルミンが顔を出す。その手できれいなグラスがふたつ、ぶつかってちりんと鳴った。
「久しぶりに、どうですか?」
「……マジで?」
「その、あのね、せっかくワインをいただいたから」
「……もらう」
「う、うん」
一度消えたアルミンがワインボトルも手にして戻ってきた。コルクを開けようとするのを制してジャンがボトルを手にする。以前起こった惨事はまだ記憶に新しい。
無事にコルクを抜いてワインをつぎ、アルミンと向かい合ってグラスを合わせる。
「一週間お疲れさまでした」
「お母さんもお疲れさまでした」
「ふふ」
笑い合ってワインを口にする。昼間来ていたミカサの土産らしい。頓着しなさそうに見えて彼女の舌は優秀で、彼女にすすめられて外れだったことがなかった。
「今日はどうしてた?」
「1日いい子にしてたよ。大人しいわけじゃないけど、よく食べてよく寝てくれて、母は助かってますよ」
「誰に似たんだか」
「僕らふたりとも、手の掛かる子だったって散々脅されたのにねえ」
アルミンはワインを含んで笑う。やはり少し眠いようでどこか舌っ足らずだ。すこし緩んだ目元にどきりとしながら、平静を装って食事を詰め込む。
ジャンの食事につき合ってワインをあけたアルミンは、ジャンが食べ終えると食器を片づけに立った。その後ろ姿を見て、我慢できずに立ち上がる。シンクに立つアルミンを後ろから抱いて首筋に顔を埋めると身をすくませた。
「ジャン、お風呂沸いてるから」
「誘ったのお前だろ」
「……だめ」
唇を当てるとアルミンは身をよじり、濡れたままの手でジャンの肩を押し返す。
「……ま……待ってる、から」
「じゃあ一緒に」
「僕もう入ったよ。……メアリーが泣いても、聞こえないから」
「……ソッコー上がってくるから覚悟してろ」
「うう……」
名残惜しいアルミンの体温を手放して風呂に向かう。
アルミンからアルコールを持ち出してくるのは、いつからか合図のようになっていた。お互い淡泊ということはないが子どもができてからはやはりふたりきりの時間は減り、ゆっくり抱き合うということはなかなか難しい。
宣言通り体を洗うだけで風呂を出た。がっついてると思われても、今更アルミンに見られて恥ずかしい姿もなかった。ソファーでワインを楽しんでいたアルミンが、上半身は服も着ず出てきたジャンにぎょっとする。隣に座って腰を抱けば、グラスに歯を当てて視線をそらした。
「……もうちょっと、飲みたいんだけど」
「体あったまったろ」
グラスを奪ってテーブルに置き、そのままソファーに倒した。首を撫でて唇を吸う。アルコールが入った体は普段より少しあたたかい。柔らかい唇にキスを繰り返すと、アルミンの手がジャンの首に回される。
「ん……ジャン、疲れてない?」
「……疲れてるって言ったら、動いてくれるか?」
「馬鹿!」
*
目を開けると部屋の中はもう明るくなっていた。どうやら起こされたらしく、腹の上に娘がのぼっている。
「おはようメアリー」
「あう」
「わかってんのかねえ」
体を起こし、転がり落ちかけたメアリーをそのまま抱き上げた。寝室を出るとアルミンがすでにキッチンに立っている。
「おはよう」
「あ、おはよう。メアリーも起きたの、おはよう」
近づくとアルミンは包丁を離してメアリーの頬にキスをした。ジャンも顔を寄せると、笑って同様にキスをくれる。同じようにキスを返して、改めてアルミンを見た。
「何?何かついてる?」
「……足腰立たないぐらいしてやりてぇなぁ」
「……メアリー、パパにパンチして、パンチ」
何もわからないかわいい子は、無邪気に笑い声をあげた。
ジャンが静かに玄関に足を踏み入れると、リビングにはまだ明かりがついていた。しかし部屋は静かで出迎えもない。今日も間に合わなかったか、と肩を落とし、音を立てないよう靴を脱いだ。持ち帰ってきた仕事の入った鞄が重く感じる。
リビングにアルミンの姿はない。着替えるために寝室に向かうと、ベッドで眠る愛しい姿がある。
まだ1歳にもならない娘の無垢な寝顔に頬を緩ませる。柔らかい頬に触りたいが、起こしてしまうとことだ。
代わりに隣で眠るアルミンの額を撫でる。寝かしつけているうちに一緒に寝てしまったのだろう。いつでも変わらない愛しい寝顔だ。布団を掛けてやり、着替えを持って部屋を出る。さっさと着替えてキッチンに入れば夕食はあたためるだけだ。よくできた嫁に感謝をし、コンロに火をつける。あたたまるのを待ちながら食器を出していると、アルミンが起き出してきた。寝ぼけた声でお帰り、と言われ苦笑する。
「ただいま。寝てていいぞ」
「ん、大丈夫」
アルミンが冷蔵庫からもサラダなどを出してテーブルに並べていく。あたたまったシチューをついでジャンはテーブルについた。
「ジャン、あのね」
キッチンからアルミンが顔を出す。その手できれいなグラスがふたつ、ぶつかってちりんと鳴った。
「久しぶりに、どうですか?」
「……マジで?」
「その、あのね、せっかくワインをいただいたから」
「……もらう」
「う、うん」
一度消えたアルミンがワインボトルも手にして戻ってきた。コルクを開けようとするのを制してジャンがボトルを手にする。以前起こった惨事はまだ記憶に新しい。
無事にコルクを抜いてワインをつぎ、アルミンと向かい合ってグラスを合わせる。
「一週間お疲れさまでした」
「お母さんもお疲れさまでした」
「ふふ」
笑い合ってワインを口にする。昼間来ていたミカサの土産らしい。頓着しなさそうに見えて彼女の舌は優秀で、彼女にすすめられて外れだったことがなかった。
「今日はどうしてた?」
「1日いい子にしてたよ。大人しいわけじゃないけど、よく食べてよく寝てくれて、母は助かってますよ」
「誰に似たんだか」
「僕らふたりとも、手の掛かる子だったって散々脅されたのにねえ」
アルミンはワインを含んで笑う。やはり少し眠いようでどこか舌っ足らずだ。すこし緩んだ目元にどきりとしながら、平静を装って食事を詰め込む。
ジャンの食事につき合ってワインをあけたアルミンは、ジャンが食べ終えると食器を片づけに立った。その後ろ姿を見て、我慢できずに立ち上がる。シンクに立つアルミンを後ろから抱いて首筋に顔を埋めると身をすくませた。
「ジャン、お風呂沸いてるから」
「誘ったのお前だろ」
「……だめ」
唇を当てるとアルミンは身をよじり、濡れたままの手でジャンの肩を押し返す。
「……ま……待ってる、から」
「じゃあ一緒に」
「僕もう入ったよ。……メアリーが泣いても、聞こえないから」
「……ソッコー上がってくるから覚悟してろ」
「うう……」
名残惜しいアルミンの体温を手放して風呂に向かう。
アルミンからアルコールを持ち出してくるのは、いつからか合図のようになっていた。お互い淡泊ということはないが子どもができてからはやはりふたりきりの時間は減り、ゆっくり抱き合うということはなかなか難しい。
宣言通り体を洗うだけで風呂を出た。がっついてると思われても、今更アルミンに見られて恥ずかしい姿もなかった。ソファーでワインを楽しんでいたアルミンが、上半身は服も着ず出てきたジャンにぎょっとする。隣に座って腰を抱けば、グラスに歯を当てて視線をそらした。
「……もうちょっと、飲みたいんだけど」
「体あったまったろ」
グラスを奪ってテーブルに置き、そのままソファーに倒した。首を撫でて唇を吸う。アルコールが入った体は普段より少しあたたかい。柔らかい唇にキスを繰り返すと、アルミンの手がジャンの首に回される。
「ん……ジャン、疲れてない?」
「……疲れてるって言ったら、動いてくれるか?」
「馬鹿!」
*
目を開けると部屋の中はもう明るくなっていた。どうやら起こされたらしく、腹の上に娘がのぼっている。
「おはようメアリー」
「あう」
「わかってんのかねえ」
体を起こし、転がり落ちかけたメアリーをそのまま抱き上げた。寝室を出るとアルミンがすでにキッチンに立っている。
「おはよう」
「あ、おはよう。メアリーも起きたの、おはよう」
近づくとアルミンは包丁を離してメアリーの頬にキスをした。ジャンも顔を寄せると、笑って同様にキスをくれる。同じようにキスを返して、改めてアルミンを見た。
「何?何かついてる?」
「……足腰立たないぐらいしてやりてぇなぁ」
「……メアリー、パパにパンチして、パンチ」
何もわからないかわいい子は、無邪気に笑い声をあげた。
2013'09.25.Wed
男か女かわかんない感じだけどおっぱいの話もするよ。
「メアリー!ちゃんとおっちんして」
「やー」
「やーじゃないの」
すぐに机から離れて行ってしまう娘に溜息をつき、アルミンは立ち上がって迎えに行く。抱き上げるとはしゃいだ声を上げる娘に毒気はなくて、つい許してしまいそうになるがそれとこれとは別の話だ。
机に戻って膝の上に座らせて、食事のトレイを引き寄せる。
「遊ぶのはご飯食べてからね。メアリーの好きなお魚さんだよー」
口元にスプーンを持って行けば口は開く。しかしメアリーの視線はあちこちといろんなものに注がれていて、職に興味を持つのはまださきだなぁ、と苦笑した。
「うー」
「これ?スプーン。おもちゃじゃないよー」
「あー」
「ああ」
スプーンを取られてしまい、諦めて皿を確認する。これだけ食べていればもう十分か、と思うことにして、スプーンを舐めているメアリーを見た。
「スプーン、おいしい?お母さんはご飯を食べてほしいんだけどなぁ」
新しいおもちゃをメアリーは気に入ったようで、あまり喉の奥に入れないようにだけ気をつけて見ながら好きにさせた。すぐに飽きてしまうことはもうよくわかっている。
「ただいま!」
「あ、メアリー、パパが帰ってきたよ」
玄関の音に、スプーンをくわえたままメアリーはそちらを見る。仕事を終えたジャンが帰ってきた。もうそんな時間なのか、と少し焦った。ジャンの夕食はまだ完成していない。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「いい子にしてたか?」
荷物を置くのももどかしく、ジャンは可愛い娘の額を撫でる。隣のアルミンにも額を寄せて、そんな些細なことに日々の幸せを確認できる自分は簡単なのかもしれない。
「ごめん、お鍋火をつけてくれる?もうちょっと煮込めばできるから」
「わかった」
台所にジャンが向かい、アルミンも机を片づけ始めた。子どもの食事は気をつけていても散らかってしまう。
「メアリー、スプーンちょうだい。ちょーだい」
手のひらを向けるとメアリーは空いてる手でそれを叩いた。これではお手だ。笑って彼女の手からスプーンを取ると顔をしかめて泣きそうになる。とはいえ彼女は最近泣くふりを覚えたので、かわいらしい唸り声がするだけだ。
「メアリー」
ぷわん、と気の抜けた音がする。振り返るとジャンが黄色の鮮やかな小さなラッパを手にしていた。彼の大きな手とは不釣り合いなそれを彼が吹くと、メアリーは目を輝かせてアルミンの膝を降りていく。おしめで膨らんだお尻を揺らし、ぽたぽたと父親の元に向かっていく姿に思わず顔を緩めた。
「ジャン、もうおもちゃ増やすのやめてよ」
「小さいのだからいいだろ」
ジャンがメアリーにそれを渡すと、はしゃいだ彼女はラッパを吹かずに振り回した。使い方が違う、と笑うジャンにもっと厳しく言いたいところだが、結局ほだされてしまいいつもアルミンの言葉は力を持たない。娘がかわいいのはアルミンも同じことで、何よりもジャンが娘に向けるあの優しいまなざしが好きだった。
この間に食事の用意をしようとトレイを持って立ち上がる。メアリーの残した食事はそのまま食べてしまい、食器を置いて鍋をかき交ぜた。味見をして火を止める。ジャンがメアリーと遊んでいる間に食事をテーブルに並べ、用意ができてから交代しにそばへ寄った。
「ジャン、ご飯食べて」
「お前は?」
「メアリーと一緒に食べたよ。メアリー、お風呂いこっか」
「えー、オレ行きたい」
「じゃあご飯食べちゃって」
「はいよ」
ひょいとジャンは立ち上がって机に向かった。それを笑って、メアリーがすでに飽きて手放しているラッパを取る。滑らかな子ども向けのおもちゃはそれだけでかわいらしいが、きっとそう思うのは大人だけだ。
「メアリーいいねえ、ラッパだよー。吹いてご覧」
「うぶ」
「うーん、どうやら取っ手の方が美味しいみたい」
「ははっ」
抱き上げてジャンの向かいに一緒に座る。メアリーが皿に手を伸ばそうとするのでジャンが慌てて引き寄せた。
「あー!」
「怒ったー」
「あー、これやる、これ」
ジャンがすぐに小鉢を平らげて、メアリーに渡す。厚めの焼き物だから大丈夫だろうと思ったが、振り上げてテーブルに叩きつけようとするので慌ててアルミンが取り上げた。
「やー!」
途端に顔をくしゃくしゃにして泣き出すメアリーに、ジャンも悲しい顔をした。それにアルミンは笑ってしまう。もう一度ラッパを渡してみるが、すぐに床に投げてしまった。
「駄目だって。お風呂行くね」
「クソ、行ってらっしゃい」
「メアリーお風呂行こう!あひるさんと遊ぼうねー」
メアリーの手を取り、ジャンに向けて振ると悔しそうな顔をする。仕事の都合ですれ違いの多いジャンだが、それでも子どもができてから随分と努力して早く帰ってきてくれるようになった。その気持ちだけで十分だ。
アルミンが笑っているとどう思ったのか、ジャンは不機嫌そうに何だよ、と聞いてくる。
「好きだなぁと思って」
「ばっ……馬鹿じゃねえの、早くいけよ!」
「はーい」
可愛い旦那様に手を振って、アルミンはメアリーと浴室に向かった。
*
珍しくメアリーが夜泣きをした。生まれたばかりの頃でもほとんど夜泣きをしなかったメアリーだが、今日は何がどう違うのか、一度起きてしまってからずっとぐずっている。火がついたような大泣きではないが、子どもの高い声に心配している間にジャンも起きてしまった。泣きじゃくるメアリーを抱いて、アルミンはベッドを降りる。
「ごめん、ジャンは寝てて」
「ん……大丈夫か?」
「うん、多分おっぱいあげたら落ち着くから」
寝ぼけ眼のジャンの額にキスを残して、アルミンはそっと寝室を出た。もうほとんど乳離れは済んだのであまり出ないが、こういう時には落ち着いてくれるのでありがたい。
リビングのソファーでパジャマを寛げ、乳首をくわえさせるとやはり落ち着いてくれる。昼寝もいつも通りしたのになぁ、と考えていると、ジャンが起きてきて隣に座った。
「寝てていいのに」
「目が覚めた」
「ごめん」
「メアリーだって泣きたい夜ぐらいあるよな」
「何言ってんの」
娘の頬をつつくジャンに思わず笑ってしまう。眠そうに欠伸を噛み殺しながら、何を言っているのだろう。
娘の滑らかな肌を撫でていた指先が、不意にアルミンの胸に触れて飛び上がる。
「ちょっと!」
「短かったなーおっぱいのある生活……」
「……悪かったね」
ジャンの手を払いのけて睨んでやるが、少し覚醒したらしいジャンは意地悪だ。アルミンの腿をするりと撫でて、首元に顔を寄せてくる。
「ふたり目ができりゃ、また堪能できんのかな」
「馬鹿!」
「メアリー!ちゃんとおっちんして」
「やー」
「やーじゃないの」
すぐに机から離れて行ってしまう娘に溜息をつき、アルミンは立ち上がって迎えに行く。抱き上げるとはしゃいだ声を上げる娘に毒気はなくて、つい許してしまいそうになるがそれとこれとは別の話だ。
机に戻って膝の上に座らせて、食事のトレイを引き寄せる。
「遊ぶのはご飯食べてからね。メアリーの好きなお魚さんだよー」
口元にスプーンを持って行けば口は開く。しかしメアリーの視線はあちこちといろんなものに注がれていて、職に興味を持つのはまださきだなぁ、と苦笑した。
「うー」
「これ?スプーン。おもちゃじゃないよー」
「あー」
「ああ」
スプーンを取られてしまい、諦めて皿を確認する。これだけ食べていればもう十分か、と思うことにして、スプーンを舐めているメアリーを見た。
「スプーン、おいしい?お母さんはご飯を食べてほしいんだけどなぁ」
新しいおもちゃをメアリーは気に入ったようで、あまり喉の奥に入れないようにだけ気をつけて見ながら好きにさせた。すぐに飽きてしまうことはもうよくわかっている。
「ただいま!」
「あ、メアリー、パパが帰ってきたよ」
玄関の音に、スプーンをくわえたままメアリーはそちらを見る。仕事を終えたジャンが帰ってきた。もうそんな時間なのか、と少し焦った。ジャンの夕食はまだ完成していない。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「いい子にしてたか?」
荷物を置くのももどかしく、ジャンは可愛い娘の額を撫でる。隣のアルミンにも額を寄せて、そんな些細なことに日々の幸せを確認できる自分は簡単なのかもしれない。
「ごめん、お鍋火をつけてくれる?もうちょっと煮込めばできるから」
「わかった」
台所にジャンが向かい、アルミンも机を片づけ始めた。子どもの食事は気をつけていても散らかってしまう。
「メアリー、スプーンちょうだい。ちょーだい」
手のひらを向けるとメアリーは空いてる手でそれを叩いた。これではお手だ。笑って彼女の手からスプーンを取ると顔をしかめて泣きそうになる。とはいえ彼女は最近泣くふりを覚えたので、かわいらしい唸り声がするだけだ。
「メアリー」
ぷわん、と気の抜けた音がする。振り返るとジャンが黄色の鮮やかな小さなラッパを手にしていた。彼の大きな手とは不釣り合いなそれを彼が吹くと、メアリーは目を輝かせてアルミンの膝を降りていく。おしめで膨らんだお尻を揺らし、ぽたぽたと父親の元に向かっていく姿に思わず顔を緩めた。
「ジャン、もうおもちゃ増やすのやめてよ」
「小さいのだからいいだろ」
ジャンがメアリーにそれを渡すと、はしゃいだ彼女はラッパを吹かずに振り回した。使い方が違う、と笑うジャンにもっと厳しく言いたいところだが、結局ほだされてしまいいつもアルミンの言葉は力を持たない。娘がかわいいのはアルミンも同じことで、何よりもジャンが娘に向けるあの優しいまなざしが好きだった。
この間に食事の用意をしようとトレイを持って立ち上がる。メアリーの残した食事はそのまま食べてしまい、食器を置いて鍋をかき交ぜた。味見をして火を止める。ジャンがメアリーと遊んでいる間に食事をテーブルに並べ、用意ができてから交代しにそばへ寄った。
「ジャン、ご飯食べて」
「お前は?」
「メアリーと一緒に食べたよ。メアリー、お風呂いこっか」
「えー、オレ行きたい」
「じゃあご飯食べちゃって」
「はいよ」
ひょいとジャンは立ち上がって机に向かった。それを笑って、メアリーがすでに飽きて手放しているラッパを取る。滑らかな子ども向けのおもちゃはそれだけでかわいらしいが、きっとそう思うのは大人だけだ。
「メアリーいいねえ、ラッパだよー。吹いてご覧」
「うぶ」
「うーん、どうやら取っ手の方が美味しいみたい」
「ははっ」
抱き上げてジャンの向かいに一緒に座る。メアリーが皿に手を伸ばそうとするのでジャンが慌てて引き寄せた。
「あー!」
「怒ったー」
「あー、これやる、これ」
ジャンがすぐに小鉢を平らげて、メアリーに渡す。厚めの焼き物だから大丈夫だろうと思ったが、振り上げてテーブルに叩きつけようとするので慌ててアルミンが取り上げた。
「やー!」
途端に顔をくしゃくしゃにして泣き出すメアリーに、ジャンも悲しい顔をした。それにアルミンは笑ってしまう。もう一度ラッパを渡してみるが、すぐに床に投げてしまった。
「駄目だって。お風呂行くね」
「クソ、行ってらっしゃい」
「メアリーお風呂行こう!あひるさんと遊ぼうねー」
メアリーの手を取り、ジャンに向けて振ると悔しそうな顔をする。仕事の都合ですれ違いの多いジャンだが、それでも子どもができてから随分と努力して早く帰ってきてくれるようになった。その気持ちだけで十分だ。
アルミンが笑っているとどう思ったのか、ジャンは不機嫌そうに何だよ、と聞いてくる。
「好きだなぁと思って」
「ばっ……馬鹿じゃねえの、早くいけよ!」
「はーい」
可愛い旦那様に手を振って、アルミンはメアリーと浴室に向かった。
*
珍しくメアリーが夜泣きをした。生まれたばかりの頃でもほとんど夜泣きをしなかったメアリーだが、今日は何がどう違うのか、一度起きてしまってからずっとぐずっている。火がついたような大泣きではないが、子どもの高い声に心配している間にジャンも起きてしまった。泣きじゃくるメアリーを抱いて、アルミンはベッドを降りる。
「ごめん、ジャンは寝てて」
「ん……大丈夫か?」
「うん、多分おっぱいあげたら落ち着くから」
寝ぼけ眼のジャンの額にキスを残して、アルミンはそっと寝室を出た。もうほとんど乳離れは済んだのであまり出ないが、こういう時には落ち着いてくれるのでありがたい。
リビングのソファーでパジャマを寛げ、乳首をくわえさせるとやはり落ち着いてくれる。昼寝もいつも通りしたのになぁ、と考えていると、ジャンが起きてきて隣に座った。
「寝てていいのに」
「目が覚めた」
「ごめん」
「メアリーだって泣きたい夜ぐらいあるよな」
「何言ってんの」
娘の頬をつつくジャンに思わず笑ってしまう。眠そうに欠伸を噛み殺しながら、何を言っているのだろう。
娘の滑らかな肌を撫でていた指先が、不意にアルミンの胸に触れて飛び上がる。
「ちょっと!」
「短かったなーおっぱいのある生活……」
「……悪かったね」
ジャンの手を払いのけて睨んでやるが、少し覚醒したらしいジャンは意地悪だ。アルミンの腿をするりと撫でて、首元に顔を寄せてくる。
「ふたり目ができりゃ、また堪能できんのかな」
「馬鹿!」
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