言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2011'12.02.Fri
昔のメール見てたら不思議な話が出てきたので幼少ブン太と何かのひと夏の何とか。
「じゃあ、よろしくお願いします」
はいよ、と軽く返した祖母に膨れっ面を向けていると、父親に無理やり頭を下げさせられた。それを振り払って父親をにらむが、頼むよ、と手を合わせられたところで幼いブン太の不満はおさまらない。ぷくりと頬を膨らませて拗ねるブン太の頭を撫でて、父親はバスの時間が、と挨拶もそこそこに出ていった。その背中にバーカ!と叫ぶと祖父に頭を叩かれる。
仏さんに挨拶してきんしゃい、祖母が助けるように手を引いて、仏間に移動した。すぐに手が出るから祖父は嫌いだ。話も長くて難しい。母によく似た祖母は好きだが、それとこれとは別問題だ。
仏壇の前で手を合わせ、チーン、と響く音に耳を澄ませる。ブン太が遊びにきましたよ、声をかける祖母の声を聞いて目を開けると、仏壇に供えてあったまんじゅうをくれた。礼を言うとしわくちゃの笑みを向けられ、少しだけ気分が和らぐ。それでも、そうだとしても。
祖父に呼ばれて祖母が立ち上がり、残されたブン太は畳に転がって四肢を伸ばした。線香の匂いに溜息をつく。──来てしまった。この田舎に。いらいらしてまんじゅうにかじりつく。あんこの甘さも今は少しうっとうしい。
もうすぐブン太に弟ができる。元々入院するときにはブン太は預けられる予定だったが、始めの予定では東京にある父の実家へ行くはずだったのだ。しかし入院が早まり、東京の祖父たちは旅行中だったため、近くに学校さえない母方の祖父のうちへ連れてこられてしまった。コンビニもなければまともな舗装道路もほとんどなく、家の裏は山だ。ディズニーランドに行くはずだったのに、遊び相手もいないこんな田舎でどう過ごせばいいというのだ。夏休みでなければこんなことにはならなかったのに。
都会よりもずっとうるさい蝉の声にうんざりする。おまけに父親が着いてきたことが余計に腹立たしい。もう小学3年生だ、行き先がわかれば乗り換えぐらいちゃんとできるし、わからなければ礼儀正しく駅員に聞くことだってできるのだ。あれだけお兄ちゃんになるんだからと言っておきながら、子ども扱いをしているのはそっちじゃないか、と悔しくなる。
「ブン太、昼飯は?」
「食ってきた」
「そうけ」
「なあばーちゃん、ゲームしていい?テレビ使うけど」
「ええよ。わしら畑行っとるけん、好きに遊んどき」
「うん、行ってらっしゃい」
来てしまったものはしょうがない。父親に絶対譲らずに持たせたテレビゲームの本体を荷物から引っ張り出し、いそいそとテレビの前に広げていく。遊び相手もいなくて遊び場もなければこれしかない。幸いクーラーがなくとも扇風機があれば過ごせるほどに涼しいのは、日本家屋だからだろうか。
いつも通りに配線をつなぎ、無理やり買わせたソフトをセットして、いざ電源を入れたがテレビは沈黙したままだった。
「あれ?」
ソフトを入れ直したり接続を確かめたりと繰り返すが、何度やっても電源は入らない。挙げ句テレビを叩いてみもしたがだめだった。ふつふつと怒りがこみ上げる。
「ッ……だー!」
八つ当たりで扇風機を蹴り飛ばしたが、首振りの機能が床で遮られてギチギチと音を立てるのが不気味で、足が痛いだけだった。結局扇風機を起こすのは自分で、膝を抱えて小さくなる。涙が出た。
弟なんてほしくない。生まれる前からみんなで弟のことばかりで、それまで甘やかされていたブン太は途端にわがままな子ども扱いになってしまった。更にこんな田舎に連れてこられ、ゲームもできなくて、母親もいない。最悪だ。
泣いてみたところで何も変わらず、無言のままのテレビを睨む。そのとき窓の外を幼い足音が走り抜け、反射的に目で追うと白い影が一瞬見えて消えた。子どもがいるのか。近所は遠く、だと思っていたが、もしかしたら近くに家があるのかもしれない。
仏間へ戻って縁側から外を見ると、山へ入っていく白い影が見えた。心地よい風が風鈴を鳴らす。ちらちらとした白いものはやがて山の奥へ消えていった。どうしてだかぞくりと鳥肌が立って、首を傾げて腕をさする。
──こうしていても仕方ない。来てしまったのだから、迎えが来るまでここで過ごすしかないのだ。玄関に回って靴を履き、炎天下の外へ飛び出した。ひるむような暑さに押されて少し戸惑うが、意を決して山へ向かう。木で組まれた階段を上っていき、やがて木陰に入るとすっと涼しくなった。短い距離でかいた汗が冷えていく。空を見上げると枝葉で遮られた空がちらと見えてまぶしい。さっきの白い影を思い出し、更に上を目指して足を進めた。
蝉が近くで鳴いている。ブン太の気配で飛び去っていく羽音に顔を上げた。額の汗を拭う。どれほど登ったかわからないが、そのうち階段が途切れた。そこはただ平らな広場で、ロープを打ち込んだ土俵らしいものがあるだけだ。蝉の鳴き声が渦巻いて、くらりとめまいがした気がする。現実感のない風景のせいかもしれない。
土俵の向こうに道らしきものを見つけてそっちへ向かった。しかしそれはいかにも獣道といった様子で、山を見上げてぞっとした。かろうじて踏み固められた様子ではあるが道は細く、その両脇には雑草が茂っている。赤いものが見えて目を凝らすとどうやら鳥居のようで、少し怖くなった。ふと周りを見知らぬものに囲まれていることが不安になり、焦燥感に振り返る。
「え……?」
登ってきたはずの階段が見当たらない。広場の周りは木や雑草に囲まれ、閉じこめられているかのような感覚に体中から汗が噴き出した。そんなはずはない。自分は今、確かに階段を登ってきたのだ。見落としだろうか。しかし広場の端を回ってみても、道らしきものは上へと向かう獣道しかない。
ひぐらしの鳴き声が辺りに響いた。背中を汗が伝う。──とにかく、ここにいても仕方がない。何よりここから抜け出したくて、意を決して獣道に踏み込んだ。小さい虫を払いながら足下に気をつけて進む。木が茂っているせいで光は少なく、鈍い赤色だけを頼りに歩いていると涙がにじんできて慌てて拭った。
──お母さん!
心細さでいっぱいになりながらも必死で足を動かす。少しひらけたと思えばさっきのような木の階段に行き当たった。その先に鳥居がある。汗が額を滑った。のどが渇きを訴えている。ひとりで山に入るなと言ったのは、母親だっただろうか。耳元で蚊が飛ぶ音がして、慌てて振り払って階段を登った。崩れたように傾いているものがあり、足場に気をつけなくては危ない。
幾つかの朽ちかけた鳥居をくぐり抜け、階段を登りきると小さな稲荷神社があった。その前に、子どもがひとりしゃがみ込んでいるのを見つけて息をのむ。
──ただの子どもではない。髪が白い子どもなんて、ブン太は見たことがなかった。目の前をよぎった蚊に反応して反射的にそれを叩くと、その音で子どもは跳ねて立ち上がる。ブン太を見つけて目を丸くしたが、驚いているのはブン太の方だ。
異質なものは真っ白な髪の毛だけではなく、顔や手足も透き通るように白い。着ているものはブン太も祭りへ行くときに着たことのある浴衣だった。ただしそれも真っ白で、ブン太は動けなくなる。とてもよくないもののような気がして、震える指先を握った。
同じ年頃だろうか。彼はしばらくブン太を見た後、稲荷神社の向こうを指さす。意味がわからずに立ち尽くすが無表情で見つめられ、恐る恐る指の先を辿った。やはり木の茂るその辺りはさっきまでよりずっと暗く、まるで足元に穴が開いているかのように思える。流れた汗が頬を伝い、あごから落ちた。
その瞬間、ブン太は突き飛ばされて頭から転がり落ちていく。恐怖を通り越した浮遊感。飛び込んだ闇の中に地面はなく、まさか、と目を開けたとき、どすん!と尻から地面にぶつかった。尾てい骨に走る激痛にしばらくしゃがみこんで悶える。痛すぎて声が出ないなんて初めてだ。
痛みが引きかけた頃、いつの間にか忘れていた蝉の鳴き声が耳に戻ってくる。顔を上げて周りを見回すと、そこは鳥居も土俵もなく、畑のそばのあぜ道だった。緑の広がるここがどこなのかわからずにきょろきょろするうちに、祖母を見つけて走り寄る。
「ばあちゃん!」
「ブン太、どうしたん?よう場所わかったね」
「あ、うん……あの、迷子になった」
「そうけ、もうすぐ帰るけん待っとりんしゃい。ほれ、トマトがようけ取れたよ」
バケツいっぱいの真っ赤なトマトを見て、なぜかほっとする。お腹が空いていることを急に思い出した。
あれは何だったのだろう──あちこちを蚊に刺されている。ひぐらしの鳴き声に鳥肌が立ち、そっと祖母のそばへ寄った。
「じいちゃんは?」
「寿司買いに行っとる。あの人もあれで、ブン太が来たんが嬉しいんよ」
「えーっ」
「ブン太の名前やって、じいさんがつけたんよ」
「げっ」
自分の名前はからかわれやすいのであまり好きではない。祖父がつけたとは知らなかった。ますます祖父が嫌いになりそうで顔をしかめた。祖母はただ笑っている。
家に帰る祖母について歩いた。手足を見るとあちこちを蚊に刺されていて、気づくとかゆくなってくる。数えてみると8箇所もあり、かいていると祖母がそれに気づいた。
「やっぱり若い子の方が蚊も嬉しいんじゃねえ」
「……ねえ、この辺に俺ぐらいの子って、いないの」
「おらんなあ。今日は蚊帳吊って寝ようかねえ」
自分が見たものが一体何だったのか、まだ距離のある祖母に話すことはできない。心細いという感情を始めて知った。
──あれは、幽霊だったのだろうか。考えて怖くなり、足の早い祖母を急いで追いかける。テレビの心霊特集は怖くないと言い張ってみせるが、怖いものは怖いと思う。恐怖よりは戸惑いの勝る体験だったが、得体の知れないものへの好奇心は幼いブン太を興奮させた。
それを落ち着かせたのが祖母の作った煮物だった。母親の作った肉じゃがと同じ味がする。ここは母親が育った家なのだと、改めて実感した。
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