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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2024'05.18.Sat
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2014'04.19.Sat
「声出せ声ー!」

「うっせー!」

荒北がフェンスの外から叫ぶと、友人はすかさず叫び返した。荒北はげらげら笑いながらグラウンドを横目に、部室へと向かっていく。

甲高い音と共に、バッドに打たれた球が空を切った。グラウンドには声が溢れ、土を舞う。

未練はない。それでも、帰れるならば、帰るだろう。ロージンバッグのにおい、グローブの重さ、スパイクの痛み。喉が枯れるまで叫び、毒を吐く間もなく走る。

いいことなんて何ひとつなかった。戻りたいと思うのは、戻れないからだ。いつだって、やめてやると思いながら投げていた。

部室につくと、荒北を迎えたのは東堂だった。待ちかねたぞ、と芝居がかった調子で肩を抱かれ、すぐに払いのける。

「何だよ」

「荒北のジャージが届いたんでな、是非着てもらおうと思って」

「ゲッ」

荒北は体を引いて東堂を見た。彼の着ている自転車部のジャージによけいなものは一切ない。気合いを入れるためのベルトも、風を切ってはためく袖も、インナーさえも。ぴったりと体に沿い、風の抵抗をなくし、最大限に体を動かすために作られている。

自転車部に入った荒北が何よりも受け入れがたいと思っていたのがこのジャージだった。およそこれほど羞恥を覚える服は着たことがない。

「ほいっ、おめさんの」

新開が投げてよこした柔らかいそれを反射で受け取る。手の中でくたりとしたそれは、まるで皮のように思えた。

「何?着方がわからんか?よしよし着せてやろう」

「触んな!」

荒北のベルトに手をかけようとする東堂を突き飛ばし、次に絡んでこようとする新開の手からも逃げた。

荒北はしかめっ面でジャージを広げる。箱根学園の名が堂々と書かれたそれを着たくないと思うのは、デザインの話だけではなく、それを背負うことになるからだ。

ドアが開いて振り返ると、福富が立っている。東堂たちと同じジャージでまっすぐ背筋を伸ばした姿は様にはなっている。しかしだからといって着ることに対する抵抗は薄れない。

「来たか」

「福チャン本気で俺使う気かァ?素人だぜ」

「誰もが初めは素人だ。着替えて集合しろ」

簡単に言ってのけた福富はさっさと支度を済ませて出ていった。東堂たちも冷やかすように荒北の肩や背中を叩いていく。荒北を舌を打ち、ジャージを一瞥する。

これに袖を通したら、今度こそ決別だ。
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2014'01.19.Sun
それは特に考えた行動だったわけでもなく、誰に「これを使って何か一芸」と言われたわけでもなかった。ただ性とでもいうのだろうか、机の上に面白いものがあれば手に取らないわけにはいかないかった。衝動とも反射とも言える行動で、深い意味は、全くなかった。日常におけるちょっとした小ネタのようなものだ。だから、「嫌です」と、返されると思っていた。

「光、こっち向いて」

謙也が声をかけると、財前は何ですか、と体ごと謙也に向き直った。その予想外の行動に一瞬戸惑ったが、手の中に隠したそれを使うチャンスであることはこの四天宝寺中で鍛えられた勘は見逃さなかった。

「両腕こっちに出して」

「はぁ」

また何かしょーもないことを、とでも言いたげに、それでも財前は思った以上に素直にその両腕を謙也に向けた。一瞬も疑う余地を与えずに、謙也はそれを素早く財前の両手に引っ掛ける。

カシャン!

軽い音は刑事ドラマとはいかなかったが、姿ばかりがそれらしかった。

財前は両腕を拘束したそれを見て、眉を潜めて謙也を見る。

「悪趣味……」

「似合うやん」

それはおもちゃの手錠だった。いかにもおもちゃですとばかりにぴかぴかした銀色のそれはさほど重さもなかった。それでも確かに財前の両手を捕まえて、財前にいつも通りのつまらなさそうな顔をさせている。

どうするのだ、と言いたげに財前が両手を突き出した。言葉のない仕草は子ども染みて見え、謙也は生暖かい何かに首筋を撫でられたような心地になった。

「あっ、何してんお前ら!それコントの小道具やのに!」

「あ、すまんユウジのか。外したって」

「アホ、鍵は教室や!このいらんことしぃ!」

どうも虫の居所が悪いのか、ユウジはふたりを睨んで部室を出て行った。怒るぐらいなら大事な小道具、それもこんなに面白いものを、部室に放置しないでおけばいいのだ。

「ほんま、謙也先輩いらんことしいですね」

「どうもすいません」

部活も終わり、制服に着替え終えていた財前は特に急ぐようもなかったようで、パイプ椅子に腰かけて手持無沙汰に手首のおもちゃを鳴らした。ちゃちなおもちゃはしゃらしゃらと軽い音をさせ、すぐに財前の興味を逃れたようだった。

「先輩、俺のバッグから携帯とって下さい」

「何でやねん。取れるやろ」

「いらんことしたの先輩でしょ」

「あーもう、わがままな後輩やで」

「優しい先輩で嬉しいっすわ」

およそ感情のないセリフを笑い飛ばし、謙也は財前のロッカーに近づいた。開いたままのバッグからは彼の使い慣れた携帯電話がもう見えていて、それを手にして財前を振り返る。

部室には謙也と財前のふたりだけ。財前の両手は手錠が拘束し、しかしいつも不遜な振る舞いをする彼はこの状況にあっても微塵も同様を見せない。世間を恨むでもなく期待するでもなく、無感情に見える視線は当てもなく部室のドアを見ている。謙也が一歩近づくとその視線はこちらを向いた。意志と言うよりも惰性で向けられたそれはこんな状況でも「いつも通り」だ。

ふと、胸の内がざわめく。それはちょっとした、悪戯心だ。

財前の携帯は彼が座ったままでは手の届かない机に置いた。それを見ていた財前はやや眉を寄せたが抗議もせず、謙也が何をしようとしているのか黙って見守っていた。

部室の中には他に面白そうなものは見当たらず、謙也は机の上に置かれていた誰かが買い出しに行ってきてそのままにしていたスーパーのビニール袋を手に取る。それを細く束ね、財前の足元にしゃがみ込んだ。蹴られないだろうか、と思うとやや不安になって財前を見上げたが、彼は無表情の中にもどこか笑っているように見える。静かに喉を鳴らし、謙也はビニール袋で財前の片足をパイプ椅子に縛りつけた。

「謙也先輩って、変態なんすね。浪速のスピードスターやなくて浪速の変態やん」

「アホか」

「だって、にやにやしてますよ」

「してへんわ」

鼻を鳴らしてもう片方も別のビニール袋で同様に拘束してしまう。立ち上がって改めて財前を見ると、謙也を見上げて口角を上げた。

「後輩しばりつけて、どうないしはりますん?」

「……せやなぁ、めっちゃ生意気やし、どうしたろかなぁ」

「やーらし」

楽しげに眼を細めて財前は謙也を見上げた。足首を動かしてみて簡単には外れないことを確認し、財前はパイプ椅子に深く座った。手首の間に鎖を弄ぶ。

「俺、どうされんの?」

ゆっくりと発音をする唇は、きっと熱い。

今、財前の運命を握っているのは自分だった。謙也が拳を固めて腕を振り降ろせば彼は抵抗もできず殴られるだろう。謙也が足を彼に向けて振り切れば見えていても避けられないだろう。謙也が両手で彼の首を押さえつければ彼は声も出せないまま息を止めるだろう。

「ねえ、けんやせんぱい」

鼓膜までがひどく遠い。謙也の目に映るのは、声を出すために薄く開けられた唇のあわいばかりだ。



「あったでー!」

ユウジの声に謙也は飛び上がって胸を押さえた。慌てて振り返るが、そこに立つユウジをしばらく認識できない。財前が小さく笑う声ではっと我に返る。

「ほれ、外したるから腕出せ」

「おっ、俺やる!俺が外したい!」

ユウジの手からおもちゃの鍵をひったくり、謙也はユウジを近づけないように財前を隠すように前に立つ。何やねん、とややいぶかしがるユウジに何を言ってもボロが出る気がして、謙也は何も言えない。ただ、財前が笑っている声だけが耳に届く。

「先輩、はよ外して下さいよ」

楽しげなその声は、とても言葉通りには聞こえなかった。どぎまぎとして振り返ると彼はいつも通りのつまらなさそうな顔をしている。ただ、その口元だけはひどく楽しげなままだった。
2013'12.27.Fri
『東京駅なう』



そんな書き込みを何気なく目に留めた。自分がリンクしているメンバーの残したログのひとつだ。東京駅に用事のある人間が思いつかない。メンバー名を探し、健二の手は止まった。



『カズマ』



自分の目を疑っても、表示は変わらなかった。



「えっ?どういうこと?」



自室にひとりでいるにも関わらず、思わず言葉を口に出す。書き込まれた時間はわずか5分前だ。冗談なのか事実なのか、わからないまま携帯を取り出すうちにそのメッセージにサクマからのレスポンスが入る。



『ガチで?』

『ガチで八重洲口』



「ええええー!?」



まさか本当に東京にいるのだろうか。名古屋にいるはずの『キング・カズマ』――池沢佳主馬は。



一生忘れられないひと夏の経験をした長野で知り合った少年は、OZ内ではもはや誰もが知ってるであろう人物だった。ウサギ型の戦士の正体は謎に包まれているが、その『中の人』が13歳の少年だと知るものは皆無に等しい。あんな事件がなければ自分だって信じていないかもしれない。

――キング・カズマ。OMCのチャンピオンで、OZを混乱に陥れたAIとまともに渡り合った『ヒーロー』。それがどうして、今東京にいるのだろう。今日は8月30日、学生の夏休みはもはや終わりを告げているも同然だ。



健二の動揺とは裏腹に、親友の佐久間はのんきなものである。何しにきたの?と軽いノリで返している。あの雲の上の存在だった、キング・カズマにタメ口で。



『ねぇ、山の手って結局どっちに乗っても着くんだよね』

『着くけどググれwww』

『キングカズマどこいくのー?』

『キング・カズマなら今俺の隣で寝てるけど』

『目的地によっては山の手は遠回り』

『今から東京駅行くわ』

『安価で目的地決めようかな』

『池袋!』

『OZカフェ行った?』

『そんなことより野球しようぜ!』

『サクマのここ、あいてますよ』

『何それ気持ち悪い』

『俺今原宿』

『八重洲にいるよ!』

『横浜まではこない?』

『今北』

『俺も東京駅着いたお!』

『アキバなう!キングもこいよ』

『凸待ち?』



キング・カズマを見つけたアバターが一気に集まってくる。ちゃっかり隣を陣取っている猿も、キング・カズマの姿もあっと言う間に吹き出しに隠された。まだまだ増える書き込みを呆然と眺める。これは……本当、なのだろうか。



携帯電話が着信を告げ、手の中で振動するそれにびくりとする。ディスプレイに浮かぶのは佐久間のアバターだ。取り落としそうになりながらもそれに飛びつく。



「もしもしっ」

『お前今ログインしてるよな、キングが来てるけど』

「今見てる!何これ」

『あ、そうなの。今メールしたらさ、ガチで迷ってんだって。行かない?』

「ほっ、ほんとに来てんの!?」

『証拠の写真来たぜ』



パソコンがメールを受信する。佐久間からのメールを開くと、駅の看板と日焼けした手が写っている。Vサインだ。



『行こうぜ。俺本人には直接会ってないしさ!』

「迷ってるって、どこに行きたいの?」

『だから、どこに行こうか迷ってるんだって』







*







「久しぶり。……でもないか」



ちっちゃい、隣で小さくつぶやいた佐久間を慌ててど突く。見覚えのあるハーフパンツ、それと赤いTシャツ。イメージカラーは赤のままで変わりそうにない。パーカーを引っかけたショルダーバッグに手にしていたゲームをしまう。彼がOZを利用するのに使っていたのがパソコンだと思い出した。そういえばOZでリンクしただけで、他の連絡先は聞いていない。――携帯電話は、持っていないのだろうか。そうか、中学生だもんな。ゲーム機でもOZが利用できる今、携帯を持っていなくても珍しくはない。さっきの写真もあれで撮ったのだろう。汚れたサンダルに日焼けした肌。改めて見るとどこからどう見ても中学生だ。



「か……佳主馬くん、ひとりで来たの?」

「そうだよ」

「キング!初めまして、も変だけど、佐久間です」

「どうも、その節はお世話になりました」

「堅いなぁ」

「でもひとりでも欠けたらあいつは倒せなかった。僕をキング・カズマと信じて助けてくれた。感謝してます」

「ははっ、まぁ信じざるを得ないよね、あの状況じゃ。……うん、俺も、たかがバイトの高校生なのに、信用してくれてありがとう」



真摯な佳主馬の言葉に佐久間もまじめに応える。栄の葬儀の後に別れてから約ひと月、OZ内ではよく会っていたからあまり久しぶりという感覚はない。……と思っていたが、『キング・カズマ』ではなく『池沢佳主馬』を見るとやはり色々な感情がこみ上げる。



世界を救った。そんな実感はない。それでも、目の前の少年と共に戦ったのは事実だ。



「佳主馬くん、ほんとにひとりで来たの?」

「……あのねお兄さん、僕中学生だから。つーか、名古屋から東京なんて新幹線に乗れば着くから小学生でもひとりで来れる」

「そうだけど……何しにきたの?」

「……こないだ契約解除してきた何社かがまたオファーしてきたんだ。それでちょっと、お小遣い入ったから」

「あ、そうなんだ!スポンサー!」

「まあ全部じゃないけど」

「でもよかったね!だって今はまだチャンピオン不在のままじゃん。それでもスポンサーになってくれるってことは、チャンピオンじゃなくてキング・カズマを認めてくれたってことでしょ!」

「……ああ」



そういうことか、とわずかに目を見開いた佳主馬の表情は年相応に幼い。自分が13歳のときより遙かに大人びて見えるが、それでも中学生に違いはない。世界を救ったヒーローだって、人生経験は13年分しかないのだ。



「来るなら先に連絡してくれればよかったのに」

「するつもりだったんだけど、新幹線の中でずっと打ち合わせしてたから連絡できなくて。あ、エキシビジョンやるんだ。バトルフィールド壊されちゃったから、リニューアル後のお披露目。日付未定だけど、決まったらチケット送るよ」

「マジ!?うわー、絶対見る!OMCだけ復旧遅れてたもんなぁ」

「佐久間さんはOMC登録してるの?」

「してない。俺のアバター見たらわかるだろ。見るのは好きだよ」

「ペラペラだもんね。僕あんなアバ初めて見た。あんなの作れるんだ」

「あれOZが試用期間だったときのアバだよ。先輩に貰ったんだ」

「へぇ」

「まあ立ち話もなんだし、どっか行こうか。……東京駅からは離れた方がいい気がするし」

「間違ってウサギで書き込んじゃったんだよね」



OZを見た健二は苦笑する。そこではキング・カズマに続く『東京駅なう』が絶えず書き込まれていた。3人を見てこの中にキング・カズマがいるなどと誰も思わないだろうが、居心地が悪い。佐久間の誘導で歩き出す。



「キングは複アカ持ってんの?」

「初めにスポンサーつくことになったときOZが用意してくれたんだ。キング・カズマのアカウントは誰にも教えてなかったけど、中学に上がったらアカウントないのも不自然だろ。……スポンサーの都合もあるからさ」

「まあなー、ミステリアスなキングの正体が13歳なんて、荒れそうだし。じゃあ普段は複アカ使ってんの?」

「うん。まあそっちも親戚とクラスのやつぐらいしかリンクしてないけど」

「健二も?」

「うん、教えてもらった」

「じゃあ俺も知りたい」

「いいよ。お兄さんのところから飛んでよ。イケザワで探して。アバターはカスタムしてないからすぐわかると思う」

「イケザワなんだ」

「前はカズマにしてたけど、ログイン間違えるんだ」

「ははっ、なるほど。さて、どこに行く?」

「……部室見たい」

「高校の?」

「うん」







*







「小磯ぉ、どうした私服で」

「あっ、こんちは!ちょっと緊急で部室に用があって」



へらへら笑って担任教師をかわす。数学教師であることもあり、日本一は逃したとはいえ数学オリンピックに手を挙げた健二に甘い。この夏の騒ぎも知っているが、他の教師に隠れて諸手を挙げて喜んでいた。数オタの同士、と言った方がいいのかもしれない。



「またバイトかぁ?」

「そうなんですよ。末端の末端の末端とはいえ、家のノートじゃスペック足りなくて」

「稼ぐなぁ。他の先生に見つかんないよう気をつけろよ、今日高木先生来てるから」

「あはは……ご忠告ありがとうございます」



風紀に厳しい教師の名前にどきりとする。私服よりも何よりも、もっとやばいことがある。苦笑いをしたまま、買い出しのコンビニ袋を揺らして部室へ戻った。



「田中先生に見つかっちゃった」

「マジで?大丈夫だろ、田中なら」

「でも今日高木先生来てるって」

「うへぇ、帰り気をつけないとな、部外者が一番まずい」



扇風機の前に陣取っている佐久間もさっきの健二と同じような苦笑を見せた。お帰り、と小さく聞こえた声に佳主馬を見れば、パソコンに向かったままこっちは見ていない。ブラウザにはキング・カズマがいて、佳主馬はキーボードを叩いていた。



「どう?」

「やっぱりスペック全然違う!買おうかな……」

「さすがのキングでも自腹じゃ無理な額だと思うけど」

「このパソコンも前の部長があちこち口説き落として手に入れたんだよね」

「太助おじさんに相談してみよう。今すぐじゃなくてもいつか欲しい」

「部活は……って、中学じゃ大したもん使ってないか」

「どのみち学校じゃカズマは使えないよ」

「ああ、そっか」

「僕この高校入ろうかな」

「そりゃいいや、その頃には健二が田中先生口説いて更にいいのになってるかもよ」



けたけた笑う佐久間に緊張感はない。健二が買ってきたものから自分の注文を選び出し、佳主馬にも飲み物を差し出す。体ごとこっちへ向けてそれを受け取った佳主馬は、座る場所を探す健二を見た。目が合ったが何も言わない。椅子に積み上げてあったものを適当に避けて机に寄る。



「東京まで出てくるの?」

「いや、適当に言っただけだから」

「陣内家の人は家族といた方がいいよ」

「……だから」

「ね」

「……だから、冗談で言っただけでしょ。出てくるわけないじゃん、ひとり暮らししながら仕事できるなんて思ってない」



照れくさそうに顔を背けて佳主馬はパックジュースを開ける。あの日感情に任せて走った佳主馬が、新しい家族を疎ましいと思うはずがない。

時計を見て佳主馬が視線を落とす。



「佐久間さんはここで、戦ってたんだ」

「そうだよ〜このあっつい部屋でひとりで飯食って」

「……ねえ、お兄さんたちは将来どうするの」

「将来!?将来って……」



驚いて顔を上げると佳主馬は真剣だ。思わず佐久間と顔を見合わせる。



「……俺はOZのバイト続けながら適当な大学行って、大卒資格だけ引っさげてOZに就職するつもり」

「OZに?」

「そう。怪我の功名っつーか、ラブマのお陰で末端の末端の末端から末端の末端ぐらいには上がれそうだし」

「OZと関わっていくんだ」

「俺はOZを愛しちゃってるからね。健二は東大行くんだろ」

「うん、目指してる。やっぱり僕には数学しかないし」

「でもお兄さん、OZからスカウト来たって言ってなかった?」

「ええ〜?スカウトっていうほどのものじゃ……僕は解けるけど自分で作るのはできないから。頭かたいし」

「そうでもないと思うけど……」

「おっと電話だ、失礼」



佐久間が携帯を手にして顔をしかめた。嫌な予感がする、と一瞬健二へ向けた画面には、バイト先の上司のアバター。



「もしもっし。はい、はい、できます。a、j、f、5……」



キーボードを引き寄せた佐久間が届いたメールを素早くページを開く。佳主馬が場所を譲った。電話で指定された場所へ向かい、アバターを確認して携帯を下ろす。



「ごめんキング、急用」

「どうしたの?」

「鯖落ちかなぁ、まだわかんないけど」

「いいよ僕は」



ちらりと視線が健二へ向く。はっとして、僕は?と口にすると佐久間が笑った。



「キングの接待はお前に任せるよ。どっか行ってきたら?」

「どっか……」



佳主馬と目を合わせる。出る?と素っ気ない言葉が返ってきた。邪魔になりそうだし。振り回されているのを自覚しながら立ち上がった。



*



目的もなく、駅へ向かう。どうする?と聞いてみるが頼りない返事があるだけだ。



「……どこか、行きたいところがあるんじゃないの?」



再び時計を見ていた佳主馬に問う。しばしの沈黙の後、佳主馬は足を止めて健二を振り返った。



「お兄さん、僕はまだ子どもかな」

「……年齢は、関係ないと思うよ」

「会いたい人がいるんだ。会えるかわからないけど、僕が今東京にいることは知ってると思う」

「うん」

「でもその人は、キング・カズマはよく知ってるけど池沢佳主馬のことはよく知らない」



珍しく饒舌だ。彼らしくない遠回しな言い方に、どんな意味があるのか聞き漏らさないよう、耳を澄ませる。



「あの人が僕に会ったときどういうリアクションをするか、想像ができない。ほんとを言うと、怖いんだ」

「……一緒に行くよ」

「……ありがとう」



*



メールを送って佳主馬がノートパソコンを閉じる。緊張した面もちの佳主馬を初めて見た。ラブマシーンに果たし状を出したあの勝負の前でも落ち着いていた彼は、今何を考えているのだろう。

オフィスビルの並ぶこの辺りでは健二と佳主馬のふたりは浮いている。目の前を通り過ぎる背筋の伸びた女性も、暑そうにスーツを脱いでワイシャツの袖を捲っている男性も、OZのアカウントを持っているのだろうか。そうだとしたら、同じだ。子どもも大人も関係ない。世界を救ったヒーローは仮想現実の中にいて、あの日の自分たちが一瞬でも抱えた絶望感を知らない。佳主馬の涙を思い出す。



パソコンを鞄にしまった佳主馬は手持ち無沙汰に手のひらを合わせている。なんとなしにそれを見ているとその手が遠慮がちに健二の手に触れた。小指をつまみ、爪を撫でる。小指を握り、手放された瞬間に捕まえた。



「……暑いよ」

「おまじないか何か?」

「は?……ああ」



体温が離れた。癖。小さな声をどうにか聞き取る。体温よりも感触が残っていた。

目の前のビルから慌てた様子で男性が飛び出してくる。きょろきょろと辺りを見回す様子を見ていると、隣の佳主馬が体を緊張させた。健二がもう一度男性を見た頃には彼はこちらへ気づき、背広を翻して走ってくる。



「池沢くんっ!」

「……大野さんこんにちは」

「こんにちは……って、いきなりどうしてっ……」

「……会いたくて」



感情に揺れる声。男性が目を見開く。肩で息をしていたのに一瞬息を詰め、少しのフリーズのあとその場にしゃがみこむ。



「はは……びっくりしたよ。キングが東京来てるってつぶやくから仕事手に着かないしさ」

「すみません」

「いいんだ。こっちも謝りたかったから」



佳主馬がはっとして、ぷるぷると首を振る。幼い仕草に健二は思わず頬をゆるませた。どこか入る?の言葉に佳主馬は首を振る。



「ごめんね。一方的にスポンサー解約したくせに再契約までお願いして」

「……大野さんが、最後だったんです。再契約は一番早かった」

「あ〜……解約しろって上から言われてたの、散々渋ってたから。まぁ、抵抗しきれなかったんだけどさ」

「ラブマシーンとの再戦のときも、花札のときも見てくれてた」

「えっ、なんで!?」

「大野さんのアバター見つけたから」

「ああ……はは、俺、ほんとにキング・カズマのファンなんだ」

「……今日も突然来てごめんなさい。でも直接お礼を言いたくて」

「お礼?」

「最後まで信じてくれてありがとう」



早口で言い切った後、佳主馬はうつむいてしまった。目元は前髪で隠されて、横にいる健二には表情が見えない。正面にしゃがむ彼には、日焼けした頬がわずかに赤くなっているのが見えているのだろうか。



「……初めて君に会ったときは驚いた。あのチャンピオンがこんな少年だなんて誰が思うだろうね」

「っ……」

「だけど話をしていくうちにわかった。君が確かにキング・カズマだ。池沢くん、俺はね」



大人の手が佳主馬の手を取る。体を強ばらせた少年は強く、そして脆い。そのことを知っているかのような優しい手だ。



「キング・カズマのファンじゃない。君のファンなんだ、池沢佳主馬くん」



*
2013'12.26.Thu
「捻挫?」

――見られた。

それでも平静を装って、仁王は声に背を向けたままテーピングを続ける。あからさまな拒絶も気にせずに、ドーナツを食べながら丸井が覗き込んできた。

「こうした方が走りやすいだけじゃ。今日は真田とじゃけ、ちったぁ真面目にやろうかと思っての」

「へー!仁王って真面目にテニスできるんだ!」

「失礼なやつじゃのう……それ、どうしたん?」

甘い匂いを振りまいて丸井は笑い、手元の箱を開けて見せる。よくもまぁ、ドーナツ程度でそこまで幸せそうにできるものだ。

「昼間っからドーナツ食いたくてさー、さっきちょっとだけ抜けて買ってきたんだよね。お前もいる?」

「いらん。俺は丸井と違って、そんなもん食った後に走れんのじゃ」

「いちいち嫌味なやつだな、頼まれたってやらねーよ!」

靴下を上げて靴を履く。ずきりと走る痛みから目をそむけ、ラケットを手にして立ち上がった。

二年の冬、まだ幸村たちに追いつけない。化け物とまで呼ばれているのを聞いたことがある彼らに勝つことは、容易ではないのだろう。既にそこにいない真田のロッカーを見て、ラケットを握った。

「お前細いなー、ちゃんと飯食ってんの?」

「自分基準にせんといてよ」

「俺が太ってるって言いたいのかよ!」

「自覚あるんか」

「太ってねーし!」

勝手に怒って勝手に拗ねて、丸井は部室を出ていく。騒がしいやつだと溜息をついた。そうかと思えば再び丸井が顔を出す。まだ何か言い足りないのだろうか。

「病院行けよ」

「は?」

「駅裏の林さんち、けっこー時間の融通聞くから帰りにでも寄ってみろ」

「何の話じゃ」

「あと、部長呼んでる。早くしろって」

言うだけ言うと顔を引っ込めて、仁王はまた残された。ずきり、と足首の痛みが増した気がする。

――ただの馬鹿だと思っていた。

少しだけ認識を改めて、ガットを触りながら部室を出た。



真田と試合をするのは一年の時以来だ。本気を出せば勝ちはしなくともそれなりにいい試合ができる自信がある。いつまでも入学当時のままではない。しかし本気を出す気はなかった。自分の手の内を誰にも見せる気はない。今はレギュラーの座よりも、他人の観察をしやすい位置にいたかった。

それに今日は、足の怪我のこともある。昨夜ランニングをしていたら無灯の自転車と接触し、軽くひねってしまった。手でなくてよかったとその時は思ったが、平静を装うには気力がいると今身を持って実感している。

枷を引きずるつもりでコートに向かうと既に真田の準備はできている。早くしろ、と審判役の部長に急かされて、軽く会釈してコートに入った。真田は不機嫌そうに仁王を睨んでいる。あんなに真面目で疲れないのだろうか。

コートの脇に丸井の姿が見えた。ドーナツの箱を抱えて、別コートで行われている幸村と柳の試合を見ている。

――少しだけ、それが胸に引っ掛かる。

すぐに頭を振り、試合が始まるとそれも忘れた。



*



思えば他人に興味を持ったことがあまりない。テニスの技術を盗むためと言うのならまた別の問題だが、特定の人物について知りたいと思ったことは初めてだった

丸井ブン太。

教室の真ん中で、友人に囲まれて大笑いしている彼は、先日髪を赤く染めた。真っ赤ではなく茶まじりのそれを中途半端だと友人にからかわれていたようだが、自分に似合うものを彼はよく知っている。

笑い過ぎて椅子から落ちそうになるほどのけ反っている姿をぼんやりと見て、何が面白いのか考えたが、聞こえていたはずなのに思いだせなかった。

丸井しか、見ていない。

これは少しまずいと自分で思いながら、視線を逸らせない。

恋を、してしまった。

あまり笑えない。恋程度で動揺してやるつもりはないが、欲しいと思ってしまったものを諦めるのも性に合わなかった。が、面倒なことは御免だった。

隠していることを見抜かれてしまった程度で恋に落ちるとは我ながらいささか単純ではある。しかしそれまで特に気にも留めていなかった男が意外と鋭いのだと知ると、向ける視線も変わってしまった。

最近一日が早い。あっという間に放課後になる。



日誌を書いていると、日直の相方が覗き込んできた。それなりに親しい相手と一緒でなければ、適当に押しつけて教室を飛び出していただろう。丸井のいない教室に用はない。今日は顧問の都合上ミーティングだけで部活は終わる予定だったから、仁王が行く頃には終わっているかもしれなかった。

「仁王くん、意外ときれいな字だね」

「意外とは失礼じゃのー」

向かいに座る女子を何気なく見る。ボタンを外したシャツの隙間が目についた。白く柔らかそうな肌に丸井を思い出す。彼の頬はもしかしたら同じぐらい柔らかいかもしれない。

「なぁ」

「何?」

「何カップ?」

「……聞く?それ」

日誌を書く手は止めずに様子を伺うと、彼女は嫌そうにはしていない。笑いながら考えている。

「だって、誘われてるんかなーと思って」

「うわー、モテると思って調子に乗ってる」

「いやいやオトコの好奇心ですよ」

「えー、誰にも言わないなら教えてもいいけど」

「言わんよ」

C、とささやく声に驚いた。あっさり口にしたことも、これぐらいが、と言うことも、仁王にとっては面白い。

「そうなんや、姉貴よりはあるなぁとは思ったけど」

「お姉さんのサイズ知ってんの?」

「そら洗濯物取り入れる手伝いぐらいはするけん」

「えっ!仁王くんが手伝いとか!」

「失礼じゃのー、こんなにええ子やのに」

「見えない。全然見えない」

くすくす笑う彼女に同じように笑い返す。特にあからさまに媚びる態度を見せるわけではないがいわゆる「女子力」の高いタイプだろう。丸井もこんなタイプが好きだろうか。丸井も彼女と仲がいい。仁王から見れば特に他意もなく他のクラスメイトと変わらないつき合いをしているようにみえる。

「じゃ、日誌出してそのまま部活行くわ。窓閉めとってな」

「はーい。じゃあね」

「おー」

日誌を手に立ち上がり、鞄を肩に引っ掛ける。

職員室に向かって階段を下りているとしたから派手な足音が聞こえてくる。そういえばミーティングは終わってしまっただろうか。

踊り場で体を返したとき、下から駆けあがってきた生徒とぶつかった。バッグに振り回されてよろけた仁王を掴んだのは丸井だった。

「お、悪いな仁王」

「おー」

「足大丈夫か?」

一瞬何のことか考え、捻挫のことを思い出した。仁王の様子を見て勝手に納得したのか、丸井は笑う。

「お前わかりにくいからなー」

「そんなに俺のこと知りたい?」

「チームメイト程度にはな」

くつくつ笑う丸井に仁王も思わず笑い返した。どんなにかわいく笑える女の子より、この屈託のない笑顔がいい。

きっとこれからまだ彼のことを知っていくのだろう。
2013'12.21.Sat
「どうしたら早く泳げるか、かぁ……」

首を傾げる渚に、怜は少し苛立って先を促した。自分たちには時間がない。水泳は練習する場所も時間も限られていて、登下校がてらに体を鍛えているだけでは不十分だ。それを補おうと怜が正直に渚に教えを乞うも、彼はいつも通りのふんわりとした態度で、のれんに腕押しとはこのことだ。

水泳部のほかのメンバーとは大きな差がある怜にとっては、駅で電車を待つこの時間さえも惜しい。渚と並んでベンチに座って、マスコットキャラクターの怖い噂を聞くことよりはまだましだと思ったのだが、さほど違いはなかったかもしれない。

「では聞き方を変えます。君はどうやって泳ぎの練習をしたのですか?」

「え〜?え〜っとねぇ、水泳を始めたのはスクールに入ってからだから、多分教えてもらったんだろうけど……うーん、でも僕たちみんな、順調に選手コースに入ってたからなぁ」

「選手コース?」

「うん。スイミングスクールね、始めに入ったときはみんな一緒だけど、定期的にテストがあって進級していくんだ。級に合格するとバッチがもらえるんだよ〜!あれがひとつずつ増えていくの、すごく嬉しかったな〜」

「……ご褒美があるから頑張った、と言うことですか……」

幾らなりふり構っていられないとはいえ、彼を頼ろうとしたのは間違いだったようだ。思わず溜息をつけば、隣の渚は焦ったように手を振った。

夏の炎天下でも、彼はいつでも笑顔を絶やさない。時には暑いとしかめっ面で愚痴をこぼすこともあるが、次の瞬間には笑顔でこちらを振り返る。

「そればっかりじゃないよ!だって選手コースは級なんてないから、何もご褒美はなかったもん」

「君のことだから、練習の後のアイスでも楽しみにしてたんじゃないですか?」

「そんっ……な、こと……も、あった、かな?えへへ」

「はぁ……」

電車はまだ来そうにない。夏の夕方の風はまだ生ぬるく、今までならば一駅ほど走って帰っていた。それも水泳を始めた今はやめてしまった。体を休めるという名目で。

水の中で動く、と言うことは、思っていた以上に体力のいることだった。自分が今までこの身で切っていた風はどれほど抵抗がなかったのかと思うほどに、水は重く、体にまとわりつく。

「あ、そうだ!思いだした!」

「何ですか」

「僕、始めは水に顔をつけるのも嫌いだったんだよ」

「あなたがですか?」

「そう、お母さんが見えなくなっちゃうからすごく怖かったの」

「はぁ」

それは何となく、容易に想像がつく。むしろ彼が甘えん坊でなければ驚くほどだ。

「でもね、水泳を始めたばかりの時、多分お母さんは水が怖くて僕が嫌がってるんだって思ったんだろうね。優しく撫でてくれながら、教えてくれたんだ。こーやって!」

ぐい、と渚に強引に引っ張られた。咄嗟にことにバランスを崩し、慌てる怜の頭を渚は自分の膝に預ける。まだ少し湿った髪を撫で、優しい声を耳に落とした。

「『まだなぎちゃんが今よりもぉっと小さくて、お母さんのお腹の中にいた頃、なぎちゃんはお母さんのお腹の中で泳いでたんだよ』」

「……お腹の中、ですか」

「そうだよ。生まれたばかりの赤ちゃんって、泳げるんだって。ほら、赤ちゃんの周りは羊水でしょ?」

「ああ……」

「だからね、怜ちゃんもお母さんのお腹の中ではすいすい泳いでたんだよー」

まるで自分が怜の母だと言わんばかりに、渚は優しく額を撫でる。髪は渇き切っていないのだから制服が濡れるだろうと思うのに、妙に心地よくて言い出せない。呼ばれた気がしてすいと顔を上げると、渚が視線を合わせてにこりと笑う。

「それに、僕らは誰よりも早く泳いで、一番になったことがあるはずだよ」

「一番……って、それ、もしかして下ネタですか」

「うふっ」

渚の手が顎を撫でた。そうかと思った瞬間には彼はぐっと状態を倒し、怜の頭を抱え込むようにして額にキスを落とす。慌てて振り払うとベンチから落ちて尻餅をついた。渚はけらけらと笑い声をあげる。

「何をするんですか!」

「お母さんがしてくれたおまじない。怜ちゃんにもパワーをあげようと思って」

「……あなたは僕の母ですか」

「違うよ?大好きな人に有効なおまじない!!」
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