言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2013'12.27.Fri
『東京駅なう』
そんな書き込みを何気なく目に留めた。自分がリンクしているメンバーの残したログのひとつだ。東京駅に用事のある人間が思いつかない。メンバー名を探し、健二の手は止まった。
『カズマ』
自分の目を疑っても、表示は変わらなかった。
「えっ?どういうこと?」
自室にひとりでいるにも関わらず、思わず言葉を口に出す。書き込まれた時間はわずか5分前だ。冗談なのか事実なのか、わからないまま携帯を取り出すうちにそのメッセージにサクマからのレスポンスが入る。
『ガチで?』
『ガチで八重洲口』
「ええええー!?」
まさか本当に東京にいるのだろうか。名古屋にいるはずの『キング・カズマ』――池沢佳主馬は。
一生忘れられないひと夏の経験をした長野で知り合った少年は、OZ内ではもはや誰もが知ってるであろう人物だった。ウサギ型の戦士の正体は謎に包まれているが、その『中の人』が13歳の少年だと知るものは皆無に等しい。あんな事件がなければ自分だって信じていないかもしれない。
――キング・カズマ。OMCのチャンピオンで、OZを混乱に陥れたAIとまともに渡り合った『ヒーロー』。それがどうして、今東京にいるのだろう。今日は8月30日、学生の夏休みはもはや終わりを告げているも同然だ。
健二の動揺とは裏腹に、親友の佐久間はのんきなものである。何しにきたの?と軽いノリで返している。あの雲の上の存在だった、キング・カズマにタメ口で。
『ねぇ、山の手って結局どっちに乗っても着くんだよね』
『着くけどググれwww』
『キングカズマどこいくのー?』
『キング・カズマなら今俺の隣で寝てるけど』
『目的地によっては山の手は遠回り』
『今から東京駅行くわ』
『安価で目的地決めようかな』
『池袋!』
『OZカフェ行った?』
『そんなことより野球しようぜ!』
『サクマのここ、あいてますよ』
『何それ気持ち悪い』
『俺今原宿』
『八重洲にいるよ!』
『横浜まではこない?』
『今北』
『俺も東京駅着いたお!』
『アキバなう!キングもこいよ』
『凸待ち?』
キング・カズマを見つけたアバターが一気に集まってくる。ちゃっかり隣を陣取っている猿も、キング・カズマの姿もあっと言う間に吹き出しに隠された。まだまだ増える書き込みを呆然と眺める。これは……本当、なのだろうか。
携帯電話が着信を告げ、手の中で振動するそれにびくりとする。ディスプレイに浮かぶのは佐久間のアバターだ。取り落としそうになりながらもそれに飛びつく。
「もしもしっ」
『お前今ログインしてるよな、キングが来てるけど』
「今見てる!何これ」
『あ、そうなの。今メールしたらさ、ガチで迷ってんだって。行かない?』
「ほっ、ほんとに来てんの!?」
『証拠の写真来たぜ』
パソコンがメールを受信する。佐久間からのメールを開くと、駅の看板と日焼けした手が写っている。Vサインだ。
『行こうぜ。俺本人には直接会ってないしさ!』
「迷ってるって、どこに行きたいの?」
『だから、どこに行こうか迷ってるんだって』
*
「久しぶり。……でもないか」
ちっちゃい、隣で小さくつぶやいた佐久間を慌ててど突く。見覚えのあるハーフパンツ、それと赤いTシャツ。イメージカラーは赤のままで変わりそうにない。パーカーを引っかけたショルダーバッグに手にしていたゲームをしまう。彼がOZを利用するのに使っていたのがパソコンだと思い出した。そういえばOZでリンクしただけで、他の連絡先は聞いていない。――携帯電話は、持っていないのだろうか。そうか、中学生だもんな。ゲーム機でもOZが利用できる今、携帯を持っていなくても珍しくはない。さっきの写真もあれで撮ったのだろう。汚れたサンダルに日焼けした肌。改めて見るとどこからどう見ても中学生だ。
「か……佳主馬くん、ひとりで来たの?」
「そうだよ」
「キング!初めまして、も変だけど、佐久間です」
「どうも、その節はお世話になりました」
「堅いなぁ」
「でもひとりでも欠けたらあいつは倒せなかった。僕をキング・カズマと信じて助けてくれた。感謝してます」
「ははっ、まぁ信じざるを得ないよね、あの状況じゃ。……うん、俺も、たかがバイトの高校生なのに、信用してくれてありがとう」
真摯な佳主馬の言葉に佐久間もまじめに応える。栄の葬儀の後に別れてから約ひと月、OZ内ではよく会っていたからあまり久しぶりという感覚はない。……と思っていたが、『キング・カズマ』ではなく『池沢佳主馬』を見るとやはり色々な感情がこみ上げる。
世界を救った。そんな実感はない。それでも、目の前の少年と共に戦ったのは事実だ。
「佳主馬くん、ほんとにひとりで来たの?」
「……あのねお兄さん、僕中学生だから。つーか、名古屋から東京なんて新幹線に乗れば着くから小学生でもひとりで来れる」
「そうだけど……何しにきたの?」
「……こないだ契約解除してきた何社かがまたオファーしてきたんだ。それでちょっと、お小遣い入ったから」
「あ、そうなんだ!スポンサー!」
「まあ全部じゃないけど」
「でもよかったね!だって今はまだチャンピオン不在のままじゃん。それでもスポンサーになってくれるってことは、チャンピオンじゃなくてキング・カズマを認めてくれたってことでしょ!」
「……ああ」
そういうことか、とわずかに目を見開いた佳主馬の表情は年相応に幼い。自分が13歳のときより遙かに大人びて見えるが、それでも中学生に違いはない。世界を救ったヒーローだって、人生経験は13年分しかないのだ。
「来るなら先に連絡してくれればよかったのに」
「するつもりだったんだけど、新幹線の中でずっと打ち合わせしてたから連絡できなくて。あ、エキシビジョンやるんだ。バトルフィールド壊されちゃったから、リニューアル後のお披露目。日付未定だけど、決まったらチケット送るよ」
「マジ!?うわー、絶対見る!OMCだけ復旧遅れてたもんなぁ」
「佐久間さんはOMC登録してるの?」
「してない。俺のアバター見たらわかるだろ。見るのは好きだよ」
「ペラペラだもんね。僕あんなアバ初めて見た。あんなの作れるんだ」
「あれOZが試用期間だったときのアバだよ。先輩に貰ったんだ」
「へぇ」
「まあ立ち話もなんだし、どっか行こうか。……東京駅からは離れた方がいい気がするし」
「間違ってウサギで書き込んじゃったんだよね」
OZを見た健二は苦笑する。そこではキング・カズマに続く『東京駅なう』が絶えず書き込まれていた。3人を見てこの中にキング・カズマがいるなどと誰も思わないだろうが、居心地が悪い。佐久間の誘導で歩き出す。
「キングは複アカ持ってんの?」
「初めにスポンサーつくことになったときOZが用意してくれたんだ。キング・カズマのアカウントは誰にも教えてなかったけど、中学に上がったらアカウントないのも不自然だろ。……スポンサーの都合もあるからさ」
「まあなー、ミステリアスなキングの正体が13歳なんて、荒れそうだし。じゃあ普段は複アカ使ってんの?」
「うん。まあそっちも親戚とクラスのやつぐらいしかリンクしてないけど」
「健二も?」
「うん、教えてもらった」
「じゃあ俺も知りたい」
「いいよ。お兄さんのところから飛んでよ。イケザワで探して。アバターはカスタムしてないからすぐわかると思う」
「イケザワなんだ」
「前はカズマにしてたけど、ログイン間違えるんだ」
「ははっ、なるほど。さて、どこに行く?」
「……部室見たい」
「高校の?」
「うん」
*
「小磯ぉ、どうした私服で」
「あっ、こんちは!ちょっと緊急で部室に用があって」
へらへら笑って担任教師をかわす。数学教師であることもあり、日本一は逃したとはいえ数学オリンピックに手を挙げた健二に甘い。この夏の騒ぎも知っているが、他の教師に隠れて諸手を挙げて喜んでいた。数オタの同士、と言った方がいいのかもしれない。
「またバイトかぁ?」
「そうなんですよ。末端の末端の末端とはいえ、家のノートじゃスペック足りなくて」
「稼ぐなぁ。他の先生に見つかんないよう気をつけろよ、今日高木先生来てるから」
「あはは……ご忠告ありがとうございます」
風紀に厳しい教師の名前にどきりとする。私服よりも何よりも、もっとやばいことがある。苦笑いをしたまま、買い出しのコンビニ袋を揺らして部室へ戻った。
「田中先生に見つかっちゃった」
「マジで?大丈夫だろ、田中なら」
「でも今日高木先生来てるって」
「うへぇ、帰り気をつけないとな、部外者が一番まずい」
扇風機の前に陣取っている佐久間もさっきの健二と同じような苦笑を見せた。お帰り、と小さく聞こえた声に佳主馬を見れば、パソコンに向かったままこっちは見ていない。ブラウザにはキング・カズマがいて、佳主馬はキーボードを叩いていた。
「どう?」
「やっぱりスペック全然違う!買おうかな……」
「さすがのキングでも自腹じゃ無理な額だと思うけど」
「このパソコンも前の部長があちこち口説き落として手に入れたんだよね」
「太助おじさんに相談してみよう。今すぐじゃなくてもいつか欲しい」
「部活は……って、中学じゃ大したもん使ってないか」
「どのみち学校じゃカズマは使えないよ」
「ああ、そっか」
「僕この高校入ろうかな」
「そりゃいいや、その頃には健二が田中先生口説いて更にいいのになってるかもよ」
けたけた笑う佐久間に緊張感はない。健二が買ってきたものから自分の注文を選び出し、佳主馬にも飲み物を差し出す。体ごとこっちへ向けてそれを受け取った佳主馬は、座る場所を探す健二を見た。目が合ったが何も言わない。椅子に積み上げてあったものを適当に避けて机に寄る。
「東京まで出てくるの?」
「いや、適当に言っただけだから」
「陣内家の人は家族といた方がいいよ」
「……だから」
「ね」
「……だから、冗談で言っただけでしょ。出てくるわけないじゃん、ひとり暮らししながら仕事できるなんて思ってない」
照れくさそうに顔を背けて佳主馬はパックジュースを開ける。あの日感情に任せて走った佳主馬が、新しい家族を疎ましいと思うはずがない。
時計を見て佳主馬が視線を落とす。
「佐久間さんはここで、戦ってたんだ」
「そうだよ〜このあっつい部屋でひとりで飯食って」
「……ねえ、お兄さんたちは将来どうするの」
「将来!?将来って……」
驚いて顔を上げると佳主馬は真剣だ。思わず佐久間と顔を見合わせる。
「……俺はOZのバイト続けながら適当な大学行って、大卒資格だけ引っさげてOZに就職するつもり」
「OZに?」
「そう。怪我の功名っつーか、ラブマのお陰で末端の末端の末端から末端の末端ぐらいには上がれそうだし」
「OZと関わっていくんだ」
「俺はOZを愛しちゃってるからね。健二は東大行くんだろ」
「うん、目指してる。やっぱり僕には数学しかないし」
「でもお兄さん、OZからスカウト来たって言ってなかった?」
「ええ〜?スカウトっていうほどのものじゃ……僕は解けるけど自分で作るのはできないから。頭かたいし」
「そうでもないと思うけど……」
「おっと電話だ、失礼」
佐久間が携帯を手にして顔をしかめた。嫌な予感がする、と一瞬健二へ向けた画面には、バイト先の上司のアバター。
「もしもっし。はい、はい、できます。a、j、f、5……」
キーボードを引き寄せた佐久間が届いたメールを素早くページを開く。佳主馬が場所を譲った。電話で指定された場所へ向かい、アバターを確認して携帯を下ろす。
「ごめんキング、急用」
「どうしたの?」
「鯖落ちかなぁ、まだわかんないけど」
「いいよ僕は」
ちらりと視線が健二へ向く。はっとして、僕は?と口にすると佐久間が笑った。
「キングの接待はお前に任せるよ。どっか行ってきたら?」
「どっか……」
佳主馬と目を合わせる。出る?と素っ気ない言葉が返ってきた。邪魔になりそうだし。振り回されているのを自覚しながら立ち上がった。
*
目的もなく、駅へ向かう。どうする?と聞いてみるが頼りない返事があるだけだ。
「……どこか、行きたいところがあるんじゃないの?」
再び時計を見ていた佳主馬に問う。しばしの沈黙の後、佳主馬は足を止めて健二を振り返った。
「お兄さん、僕はまだ子どもかな」
「……年齢は、関係ないと思うよ」
「会いたい人がいるんだ。会えるかわからないけど、僕が今東京にいることは知ってると思う」
「うん」
「でもその人は、キング・カズマはよく知ってるけど池沢佳主馬のことはよく知らない」
珍しく饒舌だ。彼らしくない遠回しな言い方に、どんな意味があるのか聞き漏らさないよう、耳を澄ませる。
「あの人が僕に会ったときどういうリアクションをするか、想像ができない。ほんとを言うと、怖いんだ」
「……一緒に行くよ」
「……ありがとう」
*
メールを送って佳主馬がノートパソコンを閉じる。緊張した面もちの佳主馬を初めて見た。ラブマシーンに果たし状を出したあの勝負の前でも落ち着いていた彼は、今何を考えているのだろう。
オフィスビルの並ぶこの辺りでは健二と佳主馬のふたりは浮いている。目の前を通り過ぎる背筋の伸びた女性も、暑そうにスーツを脱いでワイシャツの袖を捲っている男性も、OZのアカウントを持っているのだろうか。そうだとしたら、同じだ。子どもも大人も関係ない。世界を救ったヒーローは仮想現実の中にいて、あの日の自分たちが一瞬でも抱えた絶望感を知らない。佳主馬の涙を思い出す。
パソコンを鞄にしまった佳主馬は手持ち無沙汰に手のひらを合わせている。なんとなしにそれを見ているとその手が遠慮がちに健二の手に触れた。小指をつまみ、爪を撫でる。小指を握り、手放された瞬間に捕まえた。
「……暑いよ」
「おまじないか何か?」
「は?……ああ」
体温が離れた。癖。小さな声をどうにか聞き取る。体温よりも感触が残っていた。
目の前のビルから慌てた様子で男性が飛び出してくる。きょろきょろと辺りを見回す様子を見ていると、隣の佳主馬が体を緊張させた。健二がもう一度男性を見た頃には彼はこちらへ気づき、背広を翻して走ってくる。
「池沢くんっ!」
「……大野さんこんにちは」
「こんにちは……って、いきなりどうしてっ……」
「……会いたくて」
感情に揺れる声。男性が目を見開く。肩で息をしていたのに一瞬息を詰め、少しのフリーズのあとその場にしゃがみこむ。
「はは……びっくりしたよ。キングが東京来てるってつぶやくから仕事手に着かないしさ」
「すみません」
「いいんだ。こっちも謝りたかったから」
佳主馬がはっとして、ぷるぷると首を振る。幼い仕草に健二は思わず頬をゆるませた。どこか入る?の言葉に佳主馬は首を振る。
「ごめんね。一方的にスポンサー解約したくせに再契約までお願いして」
「……大野さんが、最後だったんです。再契約は一番早かった」
「あ〜……解約しろって上から言われてたの、散々渋ってたから。まぁ、抵抗しきれなかったんだけどさ」
「ラブマシーンとの再戦のときも、花札のときも見てくれてた」
「えっ、なんで!?」
「大野さんのアバター見つけたから」
「ああ……はは、俺、ほんとにキング・カズマのファンなんだ」
「……今日も突然来てごめんなさい。でも直接お礼を言いたくて」
「お礼?」
「最後まで信じてくれてありがとう」
早口で言い切った後、佳主馬はうつむいてしまった。目元は前髪で隠されて、横にいる健二には表情が見えない。正面にしゃがむ彼には、日焼けした頬がわずかに赤くなっているのが見えているのだろうか。
「……初めて君に会ったときは驚いた。あのチャンピオンがこんな少年だなんて誰が思うだろうね」
「っ……」
「だけど話をしていくうちにわかった。君が確かにキング・カズマだ。池沢くん、俺はね」
大人の手が佳主馬の手を取る。体を強ばらせた少年は強く、そして脆い。そのことを知っているかのような優しい手だ。
「キング・カズマのファンじゃない。君のファンなんだ、池沢佳主馬くん」
*
そんな書き込みを何気なく目に留めた。自分がリンクしているメンバーの残したログのひとつだ。東京駅に用事のある人間が思いつかない。メンバー名を探し、健二の手は止まった。
『カズマ』
自分の目を疑っても、表示は変わらなかった。
「えっ?どういうこと?」
自室にひとりでいるにも関わらず、思わず言葉を口に出す。書き込まれた時間はわずか5分前だ。冗談なのか事実なのか、わからないまま携帯を取り出すうちにそのメッセージにサクマからのレスポンスが入る。
『ガチで?』
『ガチで八重洲口』
「ええええー!?」
まさか本当に東京にいるのだろうか。名古屋にいるはずの『キング・カズマ』――池沢佳主馬は。
一生忘れられないひと夏の経験をした長野で知り合った少年は、OZ内ではもはや誰もが知ってるであろう人物だった。ウサギ型の戦士の正体は謎に包まれているが、その『中の人』が13歳の少年だと知るものは皆無に等しい。あんな事件がなければ自分だって信じていないかもしれない。
――キング・カズマ。OMCのチャンピオンで、OZを混乱に陥れたAIとまともに渡り合った『ヒーロー』。それがどうして、今東京にいるのだろう。今日は8月30日、学生の夏休みはもはや終わりを告げているも同然だ。
健二の動揺とは裏腹に、親友の佐久間はのんきなものである。何しにきたの?と軽いノリで返している。あの雲の上の存在だった、キング・カズマにタメ口で。
『ねぇ、山の手って結局どっちに乗っても着くんだよね』
『着くけどググれwww』
『キングカズマどこいくのー?』
『キング・カズマなら今俺の隣で寝てるけど』
『目的地によっては山の手は遠回り』
『今から東京駅行くわ』
『安価で目的地決めようかな』
『池袋!』
『OZカフェ行った?』
『そんなことより野球しようぜ!』
『サクマのここ、あいてますよ』
『何それ気持ち悪い』
『俺今原宿』
『八重洲にいるよ!』
『横浜まではこない?』
『今北』
『俺も東京駅着いたお!』
『アキバなう!キングもこいよ』
『凸待ち?』
キング・カズマを見つけたアバターが一気に集まってくる。ちゃっかり隣を陣取っている猿も、キング・カズマの姿もあっと言う間に吹き出しに隠された。まだまだ増える書き込みを呆然と眺める。これは……本当、なのだろうか。
携帯電話が着信を告げ、手の中で振動するそれにびくりとする。ディスプレイに浮かぶのは佐久間のアバターだ。取り落としそうになりながらもそれに飛びつく。
「もしもしっ」
『お前今ログインしてるよな、キングが来てるけど』
「今見てる!何これ」
『あ、そうなの。今メールしたらさ、ガチで迷ってんだって。行かない?』
「ほっ、ほんとに来てんの!?」
『証拠の写真来たぜ』
パソコンがメールを受信する。佐久間からのメールを開くと、駅の看板と日焼けした手が写っている。Vサインだ。
『行こうぜ。俺本人には直接会ってないしさ!』
「迷ってるって、どこに行きたいの?」
『だから、どこに行こうか迷ってるんだって』
*
「久しぶり。……でもないか」
ちっちゃい、隣で小さくつぶやいた佐久間を慌ててど突く。見覚えのあるハーフパンツ、それと赤いTシャツ。イメージカラーは赤のままで変わりそうにない。パーカーを引っかけたショルダーバッグに手にしていたゲームをしまう。彼がOZを利用するのに使っていたのがパソコンだと思い出した。そういえばOZでリンクしただけで、他の連絡先は聞いていない。――携帯電話は、持っていないのだろうか。そうか、中学生だもんな。ゲーム機でもOZが利用できる今、携帯を持っていなくても珍しくはない。さっきの写真もあれで撮ったのだろう。汚れたサンダルに日焼けした肌。改めて見るとどこからどう見ても中学生だ。
「か……佳主馬くん、ひとりで来たの?」
「そうだよ」
「キング!初めまして、も変だけど、佐久間です」
「どうも、その節はお世話になりました」
「堅いなぁ」
「でもひとりでも欠けたらあいつは倒せなかった。僕をキング・カズマと信じて助けてくれた。感謝してます」
「ははっ、まぁ信じざるを得ないよね、あの状況じゃ。……うん、俺も、たかがバイトの高校生なのに、信用してくれてありがとう」
真摯な佳主馬の言葉に佐久間もまじめに応える。栄の葬儀の後に別れてから約ひと月、OZ内ではよく会っていたからあまり久しぶりという感覚はない。……と思っていたが、『キング・カズマ』ではなく『池沢佳主馬』を見るとやはり色々な感情がこみ上げる。
世界を救った。そんな実感はない。それでも、目の前の少年と共に戦ったのは事実だ。
「佳主馬くん、ほんとにひとりで来たの?」
「……あのねお兄さん、僕中学生だから。つーか、名古屋から東京なんて新幹線に乗れば着くから小学生でもひとりで来れる」
「そうだけど……何しにきたの?」
「……こないだ契約解除してきた何社かがまたオファーしてきたんだ。それでちょっと、お小遣い入ったから」
「あ、そうなんだ!スポンサー!」
「まあ全部じゃないけど」
「でもよかったね!だって今はまだチャンピオン不在のままじゃん。それでもスポンサーになってくれるってことは、チャンピオンじゃなくてキング・カズマを認めてくれたってことでしょ!」
「……ああ」
そういうことか、とわずかに目を見開いた佳主馬の表情は年相応に幼い。自分が13歳のときより遙かに大人びて見えるが、それでも中学生に違いはない。世界を救ったヒーローだって、人生経験は13年分しかないのだ。
「来るなら先に連絡してくれればよかったのに」
「するつもりだったんだけど、新幹線の中でずっと打ち合わせしてたから連絡できなくて。あ、エキシビジョンやるんだ。バトルフィールド壊されちゃったから、リニューアル後のお披露目。日付未定だけど、決まったらチケット送るよ」
「マジ!?うわー、絶対見る!OMCだけ復旧遅れてたもんなぁ」
「佐久間さんはOMC登録してるの?」
「してない。俺のアバター見たらわかるだろ。見るのは好きだよ」
「ペラペラだもんね。僕あんなアバ初めて見た。あんなの作れるんだ」
「あれOZが試用期間だったときのアバだよ。先輩に貰ったんだ」
「へぇ」
「まあ立ち話もなんだし、どっか行こうか。……東京駅からは離れた方がいい気がするし」
「間違ってウサギで書き込んじゃったんだよね」
OZを見た健二は苦笑する。そこではキング・カズマに続く『東京駅なう』が絶えず書き込まれていた。3人を見てこの中にキング・カズマがいるなどと誰も思わないだろうが、居心地が悪い。佐久間の誘導で歩き出す。
「キングは複アカ持ってんの?」
「初めにスポンサーつくことになったときOZが用意してくれたんだ。キング・カズマのアカウントは誰にも教えてなかったけど、中学に上がったらアカウントないのも不自然だろ。……スポンサーの都合もあるからさ」
「まあなー、ミステリアスなキングの正体が13歳なんて、荒れそうだし。じゃあ普段は複アカ使ってんの?」
「うん。まあそっちも親戚とクラスのやつぐらいしかリンクしてないけど」
「健二も?」
「うん、教えてもらった」
「じゃあ俺も知りたい」
「いいよ。お兄さんのところから飛んでよ。イケザワで探して。アバターはカスタムしてないからすぐわかると思う」
「イケザワなんだ」
「前はカズマにしてたけど、ログイン間違えるんだ」
「ははっ、なるほど。さて、どこに行く?」
「……部室見たい」
「高校の?」
「うん」
*
「小磯ぉ、どうした私服で」
「あっ、こんちは!ちょっと緊急で部室に用があって」
へらへら笑って担任教師をかわす。数学教師であることもあり、日本一は逃したとはいえ数学オリンピックに手を挙げた健二に甘い。この夏の騒ぎも知っているが、他の教師に隠れて諸手を挙げて喜んでいた。数オタの同士、と言った方がいいのかもしれない。
「またバイトかぁ?」
「そうなんですよ。末端の末端の末端とはいえ、家のノートじゃスペック足りなくて」
「稼ぐなぁ。他の先生に見つかんないよう気をつけろよ、今日高木先生来てるから」
「あはは……ご忠告ありがとうございます」
風紀に厳しい教師の名前にどきりとする。私服よりも何よりも、もっとやばいことがある。苦笑いをしたまま、買い出しのコンビニ袋を揺らして部室へ戻った。
「田中先生に見つかっちゃった」
「マジで?大丈夫だろ、田中なら」
「でも今日高木先生来てるって」
「うへぇ、帰り気をつけないとな、部外者が一番まずい」
扇風機の前に陣取っている佐久間もさっきの健二と同じような苦笑を見せた。お帰り、と小さく聞こえた声に佳主馬を見れば、パソコンに向かったままこっちは見ていない。ブラウザにはキング・カズマがいて、佳主馬はキーボードを叩いていた。
「どう?」
「やっぱりスペック全然違う!買おうかな……」
「さすがのキングでも自腹じゃ無理な額だと思うけど」
「このパソコンも前の部長があちこち口説き落として手に入れたんだよね」
「太助おじさんに相談してみよう。今すぐじゃなくてもいつか欲しい」
「部活は……って、中学じゃ大したもん使ってないか」
「どのみち学校じゃカズマは使えないよ」
「ああ、そっか」
「僕この高校入ろうかな」
「そりゃいいや、その頃には健二が田中先生口説いて更にいいのになってるかもよ」
けたけた笑う佐久間に緊張感はない。健二が買ってきたものから自分の注文を選び出し、佳主馬にも飲み物を差し出す。体ごとこっちへ向けてそれを受け取った佳主馬は、座る場所を探す健二を見た。目が合ったが何も言わない。椅子に積み上げてあったものを適当に避けて机に寄る。
「東京まで出てくるの?」
「いや、適当に言っただけだから」
「陣内家の人は家族といた方がいいよ」
「……だから」
「ね」
「……だから、冗談で言っただけでしょ。出てくるわけないじゃん、ひとり暮らししながら仕事できるなんて思ってない」
照れくさそうに顔を背けて佳主馬はパックジュースを開ける。あの日感情に任せて走った佳主馬が、新しい家族を疎ましいと思うはずがない。
時計を見て佳主馬が視線を落とす。
「佐久間さんはここで、戦ってたんだ」
「そうだよ〜このあっつい部屋でひとりで飯食って」
「……ねえ、お兄さんたちは将来どうするの」
「将来!?将来って……」
驚いて顔を上げると佳主馬は真剣だ。思わず佐久間と顔を見合わせる。
「……俺はOZのバイト続けながら適当な大学行って、大卒資格だけ引っさげてOZに就職するつもり」
「OZに?」
「そう。怪我の功名っつーか、ラブマのお陰で末端の末端の末端から末端の末端ぐらいには上がれそうだし」
「OZと関わっていくんだ」
「俺はOZを愛しちゃってるからね。健二は東大行くんだろ」
「うん、目指してる。やっぱり僕には数学しかないし」
「でもお兄さん、OZからスカウト来たって言ってなかった?」
「ええ〜?スカウトっていうほどのものじゃ……僕は解けるけど自分で作るのはできないから。頭かたいし」
「そうでもないと思うけど……」
「おっと電話だ、失礼」
佐久間が携帯を手にして顔をしかめた。嫌な予感がする、と一瞬健二へ向けた画面には、バイト先の上司のアバター。
「もしもっし。はい、はい、できます。a、j、f、5……」
キーボードを引き寄せた佐久間が届いたメールを素早くページを開く。佳主馬が場所を譲った。電話で指定された場所へ向かい、アバターを確認して携帯を下ろす。
「ごめんキング、急用」
「どうしたの?」
「鯖落ちかなぁ、まだわかんないけど」
「いいよ僕は」
ちらりと視線が健二へ向く。はっとして、僕は?と口にすると佐久間が笑った。
「キングの接待はお前に任せるよ。どっか行ってきたら?」
「どっか……」
佳主馬と目を合わせる。出る?と素っ気ない言葉が返ってきた。邪魔になりそうだし。振り回されているのを自覚しながら立ち上がった。
*
目的もなく、駅へ向かう。どうする?と聞いてみるが頼りない返事があるだけだ。
「……どこか、行きたいところがあるんじゃないの?」
再び時計を見ていた佳主馬に問う。しばしの沈黙の後、佳主馬は足を止めて健二を振り返った。
「お兄さん、僕はまだ子どもかな」
「……年齢は、関係ないと思うよ」
「会いたい人がいるんだ。会えるかわからないけど、僕が今東京にいることは知ってると思う」
「うん」
「でもその人は、キング・カズマはよく知ってるけど池沢佳主馬のことはよく知らない」
珍しく饒舌だ。彼らしくない遠回しな言い方に、どんな意味があるのか聞き漏らさないよう、耳を澄ませる。
「あの人が僕に会ったときどういうリアクションをするか、想像ができない。ほんとを言うと、怖いんだ」
「……一緒に行くよ」
「……ありがとう」
*
メールを送って佳主馬がノートパソコンを閉じる。緊張した面もちの佳主馬を初めて見た。ラブマシーンに果たし状を出したあの勝負の前でも落ち着いていた彼は、今何を考えているのだろう。
オフィスビルの並ぶこの辺りでは健二と佳主馬のふたりは浮いている。目の前を通り過ぎる背筋の伸びた女性も、暑そうにスーツを脱いでワイシャツの袖を捲っている男性も、OZのアカウントを持っているのだろうか。そうだとしたら、同じだ。子どもも大人も関係ない。世界を救ったヒーローは仮想現実の中にいて、あの日の自分たちが一瞬でも抱えた絶望感を知らない。佳主馬の涙を思い出す。
パソコンを鞄にしまった佳主馬は手持ち無沙汰に手のひらを合わせている。なんとなしにそれを見ているとその手が遠慮がちに健二の手に触れた。小指をつまみ、爪を撫でる。小指を握り、手放された瞬間に捕まえた。
「……暑いよ」
「おまじないか何か?」
「は?……ああ」
体温が離れた。癖。小さな声をどうにか聞き取る。体温よりも感触が残っていた。
目の前のビルから慌てた様子で男性が飛び出してくる。きょろきょろと辺りを見回す様子を見ていると、隣の佳主馬が体を緊張させた。健二がもう一度男性を見た頃には彼はこちらへ気づき、背広を翻して走ってくる。
「池沢くんっ!」
「……大野さんこんにちは」
「こんにちは……って、いきなりどうしてっ……」
「……会いたくて」
感情に揺れる声。男性が目を見開く。肩で息をしていたのに一瞬息を詰め、少しのフリーズのあとその場にしゃがみこむ。
「はは……びっくりしたよ。キングが東京来てるってつぶやくから仕事手に着かないしさ」
「すみません」
「いいんだ。こっちも謝りたかったから」
佳主馬がはっとして、ぷるぷると首を振る。幼い仕草に健二は思わず頬をゆるませた。どこか入る?の言葉に佳主馬は首を振る。
「ごめんね。一方的にスポンサー解約したくせに再契約までお願いして」
「……大野さんが、最後だったんです。再契約は一番早かった」
「あ〜……解約しろって上から言われてたの、散々渋ってたから。まぁ、抵抗しきれなかったんだけどさ」
「ラブマシーンとの再戦のときも、花札のときも見てくれてた」
「えっ、なんで!?」
「大野さんのアバター見つけたから」
「ああ……はは、俺、ほんとにキング・カズマのファンなんだ」
「……今日も突然来てごめんなさい。でも直接お礼を言いたくて」
「お礼?」
「最後まで信じてくれてありがとう」
早口で言い切った後、佳主馬はうつむいてしまった。目元は前髪で隠されて、横にいる健二には表情が見えない。正面にしゃがむ彼には、日焼けした頬がわずかに赤くなっているのが見えているのだろうか。
「……初めて君に会ったときは驚いた。あのチャンピオンがこんな少年だなんて誰が思うだろうね」
「っ……」
「だけど話をしていくうちにわかった。君が確かにキング・カズマだ。池沢くん、俺はね」
大人の手が佳主馬の手を取る。体を強ばらせた少年は強く、そして脆い。そのことを知っているかのような優しい手だ。
「キング・カズマのファンじゃない。君のファンなんだ、池沢佳主馬くん」
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