言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2013'12.26.Thu
「捻挫?」
――見られた。
それでも平静を装って、仁王は声に背を向けたままテーピングを続ける。あからさまな拒絶も気にせずに、ドーナツを食べながら丸井が覗き込んできた。
「こうした方が走りやすいだけじゃ。今日は真田とじゃけ、ちったぁ真面目にやろうかと思っての」
「へー!仁王って真面目にテニスできるんだ!」
「失礼なやつじゃのう……それ、どうしたん?」
甘い匂いを振りまいて丸井は笑い、手元の箱を開けて見せる。よくもまぁ、ドーナツ程度でそこまで幸せそうにできるものだ。
「昼間っからドーナツ食いたくてさー、さっきちょっとだけ抜けて買ってきたんだよね。お前もいる?」
「いらん。俺は丸井と違って、そんなもん食った後に走れんのじゃ」
「いちいち嫌味なやつだな、頼まれたってやらねーよ!」
靴下を上げて靴を履く。ずきりと走る痛みから目をそむけ、ラケットを手にして立ち上がった。
二年の冬、まだ幸村たちに追いつけない。化け物とまで呼ばれているのを聞いたことがある彼らに勝つことは、容易ではないのだろう。既にそこにいない真田のロッカーを見て、ラケットを握った。
「お前細いなー、ちゃんと飯食ってんの?」
「自分基準にせんといてよ」
「俺が太ってるって言いたいのかよ!」
「自覚あるんか」
「太ってねーし!」
勝手に怒って勝手に拗ねて、丸井は部室を出ていく。騒がしいやつだと溜息をついた。そうかと思えば再び丸井が顔を出す。まだ何か言い足りないのだろうか。
「病院行けよ」
「は?」
「駅裏の林さんち、けっこー時間の融通聞くから帰りにでも寄ってみろ」
「何の話じゃ」
「あと、部長呼んでる。早くしろって」
言うだけ言うと顔を引っ込めて、仁王はまた残された。ずきり、と足首の痛みが増した気がする。
――ただの馬鹿だと思っていた。
少しだけ認識を改めて、ガットを触りながら部室を出た。
真田と試合をするのは一年の時以来だ。本気を出せば勝ちはしなくともそれなりにいい試合ができる自信がある。いつまでも入学当時のままではない。しかし本気を出す気はなかった。自分の手の内を誰にも見せる気はない。今はレギュラーの座よりも、他人の観察をしやすい位置にいたかった。
それに今日は、足の怪我のこともある。昨夜ランニングをしていたら無灯の自転車と接触し、軽くひねってしまった。手でなくてよかったとその時は思ったが、平静を装うには気力がいると今身を持って実感している。
枷を引きずるつもりでコートに向かうと既に真田の準備はできている。早くしろ、と審判役の部長に急かされて、軽く会釈してコートに入った。真田は不機嫌そうに仁王を睨んでいる。あんなに真面目で疲れないのだろうか。
コートの脇に丸井の姿が見えた。ドーナツの箱を抱えて、別コートで行われている幸村と柳の試合を見ている。
――少しだけ、それが胸に引っ掛かる。
すぐに頭を振り、試合が始まるとそれも忘れた。
*
思えば他人に興味を持ったことがあまりない。テニスの技術を盗むためと言うのならまた別の問題だが、特定の人物について知りたいと思ったことは初めてだった
丸井ブン太。
教室の真ん中で、友人に囲まれて大笑いしている彼は、先日髪を赤く染めた。真っ赤ではなく茶まじりのそれを中途半端だと友人にからかわれていたようだが、自分に似合うものを彼はよく知っている。
笑い過ぎて椅子から落ちそうになるほどのけ反っている姿をぼんやりと見て、何が面白いのか考えたが、聞こえていたはずなのに思いだせなかった。
丸井しか、見ていない。
これは少しまずいと自分で思いながら、視線を逸らせない。
恋を、してしまった。
あまり笑えない。恋程度で動揺してやるつもりはないが、欲しいと思ってしまったものを諦めるのも性に合わなかった。が、面倒なことは御免だった。
隠していることを見抜かれてしまった程度で恋に落ちるとは我ながらいささか単純ではある。しかしそれまで特に気にも留めていなかった男が意外と鋭いのだと知ると、向ける視線も変わってしまった。
最近一日が早い。あっという間に放課後になる。
日誌を書いていると、日直の相方が覗き込んできた。それなりに親しい相手と一緒でなければ、適当に押しつけて教室を飛び出していただろう。丸井のいない教室に用はない。今日は顧問の都合上ミーティングだけで部活は終わる予定だったから、仁王が行く頃には終わっているかもしれなかった。
「仁王くん、意外ときれいな字だね」
「意外とは失礼じゃのー」
向かいに座る女子を何気なく見る。ボタンを外したシャツの隙間が目についた。白く柔らかそうな肌に丸井を思い出す。彼の頬はもしかしたら同じぐらい柔らかいかもしれない。
「なぁ」
「何?」
「何カップ?」
「……聞く?それ」
日誌を書く手は止めずに様子を伺うと、彼女は嫌そうにはしていない。笑いながら考えている。
「だって、誘われてるんかなーと思って」
「うわー、モテると思って調子に乗ってる」
「いやいやオトコの好奇心ですよ」
「えー、誰にも言わないなら教えてもいいけど」
「言わんよ」
C、とささやく声に驚いた。あっさり口にしたことも、これぐらいが、と言うことも、仁王にとっては面白い。
「そうなんや、姉貴よりはあるなぁとは思ったけど」
「お姉さんのサイズ知ってんの?」
「そら洗濯物取り入れる手伝いぐらいはするけん」
「えっ!仁王くんが手伝いとか!」
「失礼じゃのー、こんなにええ子やのに」
「見えない。全然見えない」
くすくす笑う彼女に同じように笑い返す。特にあからさまに媚びる態度を見せるわけではないがいわゆる「女子力」の高いタイプだろう。丸井もこんなタイプが好きだろうか。丸井も彼女と仲がいい。仁王から見れば特に他意もなく他のクラスメイトと変わらないつき合いをしているようにみえる。
「じゃ、日誌出してそのまま部活行くわ。窓閉めとってな」
「はーい。じゃあね」
「おー」
日誌を手に立ち上がり、鞄を肩に引っ掛ける。
職員室に向かって階段を下りているとしたから派手な足音が聞こえてくる。そういえばミーティングは終わってしまっただろうか。
踊り場で体を返したとき、下から駆けあがってきた生徒とぶつかった。バッグに振り回されてよろけた仁王を掴んだのは丸井だった。
「お、悪いな仁王」
「おー」
「足大丈夫か?」
一瞬何のことか考え、捻挫のことを思い出した。仁王の様子を見て勝手に納得したのか、丸井は笑う。
「お前わかりにくいからなー」
「そんなに俺のこと知りたい?」
「チームメイト程度にはな」
くつくつ笑う丸井に仁王も思わず笑い返した。どんなにかわいく笑える女の子より、この屈託のない笑顔がいい。
きっとこれからまだ彼のことを知っていくのだろう。
――見られた。
それでも平静を装って、仁王は声に背を向けたままテーピングを続ける。あからさまな拒絶も気にせずに、ドーナツを食べながら丸井が覗き込んできた。
「こうした方が走りやすいだけじゃ。今日は真田とじゃけ、ちったぁ真面目にやろうかと思っての」
「へー!仁王って真面目にテニスできるんだ!」
「失礼なやつじゃのう……それ、どうしたん?」
甘い匂いを振りまいて丸井は笑い、手元の箱を開けて見せる。よくもまぁ、ドーナツ程度でそこまで幸せそうにできるものだ。
「昼間っからドーナツ食いたくてさー、さっきちょっとだけ抜けて買ってきたんだよね。お前もいる?」
「いらん。俺は丸井と違って、そんなもん食った後に走れんのじゃ」
「いちいち嫌味なやつだな、頼まれたってやらねーよ!」
靴下を上げて靴を履く。ずきりと走る痛みから目をそむけ、ラケットを手にして立ち上がった。
二年の冬、まだ幸村たちに追いつけない。化け物とまで呼ばれているのを聞いたことがある彼らに勝つことは、容易ではないのだろう。既にそこにいない真田のロッカーを見て、ラケットを握った。
「お前細いなー、ちゃんと飯食ってんの?」
「自分基準にせんといてよ」
「俺が太ってるって言いたいのかよ!」
「自覚あるんか」
「太ってねーし!」
勝手に怒って勝手に拗ねて、丸井は部室を出ていく。騒がしいやつだと溜息をついた。そうかと思えば再び丸井が顔を出す。まだ何か言い足りないのだろうか。
「病院行けよ」
「は?」
「駅裏の林さんち、けっこー時間の融通聞くから帰りにでも寄ってみろ」
「何の話じゃ」
「あと、部長呼んでる。早くしろって」
言うだけ言うと顔を引っ込めて、仁王はまた残された。ずきり、と足首の痛みが増した気がする。
――ただの馬鹿だと思っていた。
少しだけ認識を改めて、ガットを触りながら部室を出た。
真田と試合をするのは一年の時以来だ。本気を出せば勝ちはしなくともそれなりにいい試合ができる自信がある。いつまでも入学当時のままではない。しかし本気を出す気はなかった。自分の手の内を誰にも見せる気はない。今はレギュラーの座よりも、他人の観察をしやすい位置にいたかった。
それに今日は、足の怪我のこともある。昨夜ランニングをしていたら無灯の自転車と接触し、軽くひねってしまった。手でなくてよかったとその時は思ったが、平静を装うには気力がいると今身を持って実感している。
枷を引きずるつもりでコートに向かうと既に真田の準備はできている。早くしろ、と審判役の部長に急かされて、軽く会釈してコートに入った。真田は不機嫌そうに仁王を睨んでいる。あんなに真面目で疲れないのだろうか。
コートの脇に丸井の姿が見えた。ドーナツの箱を抱えて、別コートで行われている幸村と柳の試合を見ている。
――少しだけ、それが胸に引っ掛かる。
すぐに頭を振り、試合が始まるとそれも忘れた。
*
思えば他人に興味を持ったことがあまりない。テニスの技術を盗むためと言うのならまた別の問題だが、特定の人物について知りたいと思ったことは初めてだった
丸井ブン太。
教室の真ん中で、友人に囲まれて大笑いしている彼は、先日髪を赤く染めた。真っ赤ではなく茶まじりのそれを中途半端だと友人にからかわれていたようだが、自分に似合うものを彼はよく知っている。
笑い過ぎて椅子から落ちそうになるほどのけ反っている姿をぼんやりと見て、何が面白いのか考えたが、聞こえていたはずなのに思いだせなかった。
丸井しか、見ていない。
これは少しまずいと自分で思いながら、視線を逸らせない。
恋を、してしまった。
あまり笑えない。恋程度で動揺してやるつもりはないが、欲しいと思ってしまったものを諦めるのも性に合わなかった。が、面倒なことは御免だった。
隠していることを見抜かれてしまった程度で恋に落ちるとは我ながらいささか単純ではある。しかしそれまで特に気にも留めていなかった男が意外と鋭いのだと知ると、向ける視線も変わってしまった。
最近一日が早い。あっという間に放課後になる。
日誌を書いていると、日直の相方が覗き込んできた。それなりに親しい相手と一緒でなければ、適当に押しつけて教室を飛び出していただろう。丸井のいない教室に用はない。今日は顧問の都合上ミーティングだけで部活は終わる予定だったから、仁王が行く頃には終わっているかもしれなかった。
「仁王くん、意外ときれいな字だね」
「意外とは失礼じゃのー」
向かいに座る女子を何気なく見る。ボタンを外したシャツの隙間が目についた。白く柔らかそうな肌に丸井を思い出す。彼の頬はもしかしたら同じぐらい柔らかいかもしれない。
「なぁ」
「何?」
「何カップ?」
「……聞く?それ」
日誌を書く手は止めずに様子を伺うと、彼女は嫌そうにはしていない。笑いながら考えている。
「だって、誘われてるんかなーと思って」
「うわー、モテると思って調子に乗ってる」
「いやいやオトコの好奇心ですよ」
「えー、誰にも言わないなら教えてもいいけど」
「言わんよ」
C、とささやく声に驚いた。あっさり口にしたことも、これぐらいが、と言うことも、仁王にとっては面白い。
「そうなんや、姉貴よりはあるなぁとは思ったけど」
「お姉さんのサイズ知ってんの?」
「そら洗濯物取り入れる手伝いぐらいはするけん」
「えっ!仁王くんが手伝いとか!」
「失礼じゃのー、こんなにええ子やのに」
「見えない。全然見えない」
くすくす笑う彼女に同じように笑い返す。特にあからさまに媚びる態度を見せるわけではないがいわゆる「女子力」の高いタイプだろう。丸井もこんなタイプが好きだろうか。丸井も彼女と仲がいい。仁王から見れば特に他意もなく他のクラスメイトと変わらないつき合いをしているようにみえる。
「じゃ、日誌出してそのまま部活行くわ。窓閉めとってな」
「はーい。じゃあね」
「おー」
日誌を手に立ち上がり、鞄を肩に引っ掛ける。
職員室に向かって階段を下りているとしたから派手な足音が聞こえてくる。そういえばミーティングは終わってしまっただろうか。
踊り場で体を返したとき、下から駆けあがってきた生徒とぶつかった。バッグに振り回されてよろけた仁王を掴んだのは丸井だった。
「お、悪いな仁王」
「おー」
「足大丈夫か?」
一瞬何のことか考え、捻挫のことを思い出した。仁王の様子を見て勝手に納得したのか、丸井は笑う。
「お前わかりにくいからなー」
「そんなに俺のこと知りたい?」
「チームメイト程度にはな」
くつくつ笑う丸井に仁王も思わず笑い返した。どんなにかわいく笑える女の子より、この屈託のない笑顔がいい。
きっとこれからまだ彼のことを知っていくのだろう。
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