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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2024'05.18.Sat
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2013'12.04.Wed
「俺実は宇宙人なんじゃ」

「へえ」

仁王の言葉に丸井は顔も上げなかった。ベッドにうつぶせで携帯を睨んだまま、ゲームに集中しているふりをする。なんじゃつまらん、と言葉では言うが、特に気にした様子もなく仁王はまた手元に意識を戻した。仁王はさっきから、ひとりで懐かしいゲームをしている。小さなピースを互い違いに積み上げて、それを抜いて行って更に重ねていく、ジェンガと言うパーティゲームだ。それはひとりでするものではないが、誘われた丸井が断ると仁王はあっさりと引き下がり、さっきから機嫌よくひとりで遊んでいる。尤も、――

がらがらがら。

机の上でピースの搭が倒れ、プラスチックの音が響く、仁王はけらけらと笑い声をあげた。

――この、酔っぱらいが。

丸井の舌打ちにも気づかずに、仁王はまたそれを元のように積み上げ始めた。

もうすぐ日付が変わる。夜には来るよ、と言っていた仁王は約束通りに夜までに一人暮らしの丸井の部屋にやってきたが、来た時にはもう完全に出来上がっていた。大学の友人たちと飲み会だと聞いてはいたが、こんなに酔っぱらった仁王は見たことがない。

「うーん、ブンちゃん、詰んで」

「はぁ?」

「落ちていく」

「どんだけ酔ってんだよ!」

けらけら笑う仁王に頭を抱えたくなる。ピースを摘まむ指先にも力が入らないのか、いくつか積んでも狙いを外すのか、まっすぐ詰めずにバランスが崩れていくらしい。

しばらく無視していたが、なぁなぁと甘える仕草で袖を引かれ、鬱陶しくなって携帯を手放し隣に座る。仁王はいつになく上機嫌だ。顔色は何も変わっていない分たちが悪い。

わざとらしく深く溜息をついて仁王の手からジェンガを奪って積んでいく。仁王は何か鼻歌まで歌っていているようで、彼の上機嫌に合わせて自分の機嫌が悪くなっていくのがわかった。

いつだって、仁王が丸井を第一にしてくれるわけではない。それは自分も同じことだし、いざそうべったりされると鬱陶しく思うのだろう。だからこれはただの自分のわがままだ。それでも不満が隠せない。

明日は仁王の誕生日で、丸井が仁王を部屋に呼んだ理由だってわからないはずがない。

「ほらよ!」

いくつかピースは足りなさそうだが、目につく分は全部積み上げてやる。仁王はへらへら笑い、笑いながら丸井の腰を抱いて抱きついてきた。大きな犬にでものしかかられているような気分だ。ただしこの犬は酒臭い。

「重いんだけど!」

「ブンちゃん優しいから好き〜」

「あーそう!知ってるよ!」

声を荒げると仁王はくつくつ肩を揺らした。その振動が伝わってくる。その楽しげな様子に、拗ねている自分が馬鹿らしくなってきた。もう二十歳も越えれば誕生日ぐらいで浮かれるようなこともない。自分の誕生日でもないのに、自分が浮かれていただけだ。

「ブンちゃん」

「何……何?」

重さから逃げるように体を傾ければ、ずるずるとそのまま床に倒される。そのまま伸し掛かられて、首筋に唇が触れた。

「おい、」

「時計見て」

「は?」

「言うことあるじゃろ?」

丸井の目の前に、仁王が自分の携帯をかざした。並ぶ数字が四つ揃って、日付が変わったことを知らせている。しかし丸井はそれよりも、声色を変えたこの男が気に食わない。そうしている間に仁王の携帯は震え、着信ランプが光る。

「今なら一番乗りなんじゃけど?」

「……ぜってー言わねー」

「聞かせてよ」

ちゅ、ちゅ、と繰り返される触れるだけの唇は首から顎、そのまま丸井の唇に重なる。離れたと思えば仰向けに倒されて、仁王が室内灯を背負ってまっすぐ丸井を覗き込んだ。

「言ってくれないならちゅーしていい?」

「今勝手にしたじゃねえか」

「じゃあちゅーして」

「……お前ほんっと嫌い」

溜息をついてみせ、ついと軽くキスをした。やや不満げに唇を尖らせてくる仁王に笑いが込み上げ、もうしばらく拗ねたふりをしておきたかったのについ頬を緩めてしまった。

「もうほんっと、めんどくせー彼氏だな」

首に手を伸ばして引き寄せて、改めてキスをやり直す。温かい手がするりと後頭部を撫で、酒を飲んでいるのは本当であるらしい。

「……誕生日おめでとう」

「ありがと」

「で、何で脱がす?」

「え?プレゼントじゃろ?」

「宇宙人に抱かれる趣味はねーんだけど」

「大丈夫、今のキスで人間になったから」

「もう好きにしろよ」

くつくつ笑ってしまうと仁王も笑い、丸井の服に改めて手をかけた。

「終わったらケーキな」

「……頑張って今から消費するわ」
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2013'09.21.Sat
自慢の真っ赤なロードバイクで、走って走って、ただひたすら走り続けた。梅田のビルの間を抜けて淀川を越えて尼崎、まだまだ走り続けると大きなビルは減っていく。だらだらは走るママチャリもちょっとかっこええチャリに乗ったやつも追い抜いて、ひたすら走って西宮、さっさと抜けて神戸、それでも走り続けていると左手に海が見えた。道路標識の須磨の文字にやっと足を止める。

そこまで飛ばしてきたわけではないが程よい疲れがたまっているのがわかる。周りを見ながら走っていたはずなのに、初めて風景に意識をやったような気がした。

愛車を歩道に上げて押しながら、水族園の前を横切った。手をつないで楽しげに歩く高校生ぐらいのカップルとすれ違い、口笛を吹いて冷かしてから、流石にオッサン過ぎたかと反省する。少し進むと海岸につながる道に出た。自転車を砂浜に入れる気はないのでそこから海を見た。海は果たして、どこへ行っても同じだろうか。

「お兄ちゃんやから先に言うとくな」

そう母が教えてくれたのは昨日のことだった。父親の転勤が決まった。予定では秋だったが、鳴子が中3と言うことを考慮してもらい、3月まで待ってもらうらしい。引っ越し先は父親の実家の近く、千葉だ。鳴子が生まれ育った大阪とは、同じ日本とはいえ文化も言葉も同じとはいかない。毎年帰省するので全く知らない場所ではないが、そっちで生活をするとなると変わってくる。

ほな自転車のコース探さなあかんな、そう言った自分は笑えていただろうか。とにかくやかましい友人たちが頭に浮かぶ。

少しルートを変えて甲子園の方に行ってもよかったかもしれない、そんなことを思いながら鼻をすすった。今頃あの辺りは賑やかだろう。大阪代表が勝ち進んでいる。

「……はぁ」

明日は進路相談だ。行きたいのは自転車部のある高校、そこが強ければ何も文句はない。道が変わっても鳴子は走り続けるだけだ。

――少しだけ泣いた。幼馴染と別れることは悲しい。近所の人ともずっと昔から家族のようにつき合ってきた。

「えーい!うじうじするのは今日までや!」

自転車を体にあずけ、両手で頬を叩く。グローブをしたままの手ではいい音もせずあまり決まらなかったが、細かいことは気にせずに自転車の向きを直した。六甲山でも登ろうか、と思ったが、走っても走っても平坦が足りない。山に構っている暇はなかった。

昨日よりも早く、今日よりも早く。大阪だろうが千葉だろが、誰よりも早く走るだけだ。



*



私物のなくなった巻島のロッカーの前で、坂道が立ち尽くしている。少し猫背のその背中に、鳴子は自分が離れた後のことを初めて考えた。何も言わずに去って行った巻島は、鳴子と全く違った。引っ越す前の鳴子は知り合いみんなに声をかけて、惜しまれながら見送られてきた。何の見送り儲けずに、巻島はどんな気持ちで慣れた地を離れたのだろう。

坂道は泣くだろうか、と見ていたが、ただ茫然としているだけだった。誰かが同じ道を走ってくれる楽しさは鳴子にも十分すぎるほどわかる。ましてや坂道のように、ひとりで走り続けていた者には巻島の存在は大きかったに違いない。

「あー……小野田クン」

「ぼくは」

「お、おう!なんや!?」

「好きだったのかな」

「……巻島サン?」

「あんなにもまぶしい人といたのは初めてだから、よくわからないんだ」

これはまさかの恋愛相談か。咲く前にしおれた恋を見ながら、たくましい背中を思い出す。自分の弱さを認めて強くなった人。彼がいなければ鳴子は自分を振り返ることはしなかっただろう。それは体だけが前に進むばかりで、成長しないということだ。そこまでのことをしたと思ってはいなくても、間違いようもなく、鳴子に強さを与えたのはあの男だった。

同様に、坂道にとっての巻島も大きな存在であっただろう。結局何も伝えることのできていない鳴子は、坂道に何を言えるのだろうか。とはいえ今の坂道には誰が何と声をかけても無駄のようで、後から来た同輩や先輩が心配して覗き込むも、いつかも見たことのある作り笑顔を向けられるだけであった。

「おい、鳴子」

強張った声に呼ばれて振り返る。少し苛立った表情の田所が立っていて、少しだけ胸が震えた。

「あいつ大丈夫か」

「……ひとりで帰る、言うたんで」

「そうか……お前はまっすぐ帰るか?」

「あー、そうします」

「そうか。気をつけてな」

嫌な空気が肌にまとわりついている。帰っていく田所の背中を見送った。今泉が不器用に言葉を重ねているが、坂道にはほとんど届いていないだろう。



初めて誰かと走った時のことを思い出す。いつか見たかっこえー自転車、自分だけのロードバイクを手にいれたとき、一緒に走ってくれたのは父だった。背の低かった鳴子は丁度いいサイズのものが見つからず、それでも乗ると言い張ったので、全く乗れないということはなかったが、今思えばきっとみっともないものだっただろう。

父が休みの日に、いわゆるママチャリで並走してくれたのが、初めて誰かと走った日だ。不格好に父を追い抜いた鳴子を手放しで喜んでくれた。父は家に帰ってそれはもう嬉しげに母に報告し、ずっと鳴子の頑固に呆れていた母も、このときは笑顔を見せてくれた。かっこええなぁ、もうお兄ちゃんやもんな。



家に帰っても落ち着かず、結局夕食を食べてからまた走りに出た。

暑い夏は確かに一度、終わったのだ。それでもまだ風は熱くて、海に近づくにつれて湿度の増すぬるい空気を切って走った。トレーニングのつもりで出たが本気で走る気にはなれず、夜道を流して走る。段々潮の匂いが強くなった。海側に人影が見えて、カップルでもいるのだろうか、と視線を向け、慌てて足を止める。あの大きな影は。身動きもせず、ただまっすぐ海を見ているその背中を、やはり黙って見つめる。視線を外すと、もう少し行ったところに田所の愛車が止めてあった。

――走ることしかできない。走らなければ、進めないのだ。
2013'09.03.Tue
それはまったく予定にない雨だった。アスファルトの地面にぱたぱたっと斑点ができ、雨だ、と思った瞬間には土砂降りだった。いつもと変わらない帰り道になるはずだった丸井と仁王は、あっという間に濡れ鼠になっていくお互いを見てしばし呆然とする。これは何の冗談だろう。痛いほどの雨に肩を叩かれ、仁王が溜息をつく。

「……ゲリラ豪雨とはよう言ったもんじゃ」

「こんだけ濡れちゃ焦る気にもなんねーぜ」

ブン太は深く溜息をつき、ラケットバッグを担ぎ直して歩き出した。その重い足取りに合わせるように仁王もゆっくりついてくる。

「部活だけでよかったのう。教科書持っとったら悲惨じゃあ」

「お前普段から教科書持ってねぇじゃん」

「ピヨッ」

「バッグ明日までに乾くかな〜」

昼間は口を開けば文句を言いたくなるほどの快晴で、雨の気配など全くなかった。今年も例に漏れず異常気象からは逃れられず、この夏は苦労した。これが過ぎても「女心と秋の空」というやつがくるのだから、困った話である。

濡れながらだらだら歩いていたふたりだが、ふと仁王が言葉を切る。空を見上げたその仕草につられるように丸井も顔を上げると、耳に届いたのは何かを転がすような雷の音。それは思ったよりも近い。どきっとした丸井が仁王を見ると、その背後で空が光る。

「やべっ!」

周りに屋根のある場所がない。視線を巡らすより早く、仁王に手を引かれ慌ててついていく。こんな季節、ちょっと雨に濡れたぐらいでは風邪もひかないが、雷は別だ。こんなに近くで鳴っていてはのんきに歩いているわけにはいかない。

「にお」

「こっち」

思わぬところで手を引かれ、転けそうになるも持ちこたえる。丸井を振り回すように走る仁王が向かったのは公園だ。

アスファルトから一転して砂を踏み、滑りながら仁王が駆け込んだのは電話ボックス。ふたりでぶつかるように転がり込み、丸井は仁王に抱き止められる。顔を上げた先にある仁王の顎は上を向いて、前髪をかき上げながら外をうかがう様子はなかなか絵になっていて卑怯なほどだ。体を起こすと仁王が残念、とからかってくるので、同じように額に張りつく髪をあげて鼻で笑う。その背後で雷が鳴り、仁王の視線が外に向いたのがおもしろくない。



そもそもひとり以上入ることを想定されていない電話ボックスは狭く、邪魔なラケットバッグを足下に下ろしてもふたりの距離はあまり変わらなかった。しかし更に雨が強くなったことは壁を叩く音の大きさでよくわかる。外が白くぼやけて見えるほどの強い雨だ。壁にもたれて仁王を見る。伸ばした髪の毛先からぽたぽたと滴が滴っているのが目につくが、仁王は気にしていないようだった。しかし丸井の視線には気づき、目を細めて笑う。

「見つめるほどイイ男?」

「バーカ。俺の方がイイ男に決まってんだろ」

「うん、確かにセクシーじゃな」

冷えた指先が頬を撫でる。雨が伝うようなくすぐったさに背筋がぞくりと粟立った。顎先まで下がった指はついと上を向き、自然と顎が上がる。キザな奴、思いながらも近づく仁王の唇を受け入れた。静かな唇は雄弁で、誘われていることがわかっても逃げることができない。冷たい唇を温めるようにすり合わせ、吸いついて温度を上げる。

離れていった唇は満足したように口角を上げ、仁王は壁に寄りかかった。やや物足りなさの残る丸井が視線で訴えると、気づいた仁王はわざとらしく首を傾げる。

「これ以上したら我慢できんでここで脱がすけど構わん?」

「……バカじゃねーの」

こんなにも色気を放つ仁王のそばにいたらムラムラするに決まってる。仁王も同じように思っているように言うが、あんな軽口では信用できない。期待してもいいのか疑えばいいのか、いつも丸井は考える。



仁王には大切なものが多い。意外とちっぽけなものを大切にしていたかと思えば、それを見捨てるのか、と思うようなものを気にもかけない。足下のラケットバッグに視線を向けると、仁王もつられたようにそれを見た。三年使い込んだバッグは決してきれいなものではないが、仁王はきっとこれからも使い続けるだろう。

「……もっと悔しいと思っとったな」

「……俺は負けるなんて考えたこともなかった」

「お前さんは強いな」

「仁王は負けると思ってたのかよ」

「極端じゃのー。誰だって、勝つか負けるか、どちらかじゃ。そんなもん、結果が出るまで誰にもわからん」

「……悔しくないのか」

「んー……羨ましいとは思ったな。運命の女神を惚れさせたのはあいつらやったってことじゃ」

悔しくないわけがない。仁王がどれほどの努力をしたのかは、見せてもらえなかったので丸井は知らない。それでも、悔しくなかったなんてことはあり得ない。試合の後、仁王は誰にも会わなかったのだ。きっと取り繕えないほど、悔しかったのだ。

仁王の側に手を突いて睨みつける。おどけた表情をした仁王に苛立ちながらも何も言わずにそうしていると、笑ってキスをされた。

「済んだ話じゃ」

雨に紛れていても、仁王は何も言ってくれない。初めて、自分が仁王と一緒に泣きたかったのだと気がついた。
2013'08.28.Wed
「ワイ、オカンの腹の中で花火の音聞いててん」



いつだかそう言った鳴子の声が突然思い出された。せやからお祭り男やねん!そう言って小さな体で豪快に笑う鳴子は、いつも小さく見えたことはなかった。

「中止か」

田所は祭りのチラシを弾いて窓の外を見る。昨日からの悪天候はまだ続き、優雅になった今になって雨は本降りになった。二日間の予定が両日とも雨で、結局中止となるらしい。

人が多いから夜の練習も中止の予定にしていたが、どうにも自転車に乗れるような天気でもなかった。しばらく忙しかったので久しぶりにしっかり走りこみたかったのだが、と部屋のディスプレイ同然となっているロードバイクを見る。

ローラー台でも乗るかと携帯を取って時間を見た。店の手伝いは閉まってからでいいと言われているのでまだ時間はある。尤も、この悪天候では今日の売り上げは大したことはないだろう。夕食はパンになるかもしれない。よくあることではあるが昨日も同様で、慣れたこととはいえ飽きはする。

そういえば鳴子はいつもパンばかり食べていた。粉物じゃないのか、と何度もからかったように思う。

元気にしているだろうか。久しぶりに声を聞くのも悪くない、と思い、携帯をそのまま操作する。

鳴子は高校を卒業してから大阪に帰ってしまった。懇意にしているコーチがいるとかでその大学に進学したので、卒業式に見送った辺りからもう会っていない。

少しの呼び出し音の後、電波の向こうで元気のいい声が弾ける。

『オッサン!久しぶりやな〜』

「相変わらずだな、てめーは」

『何?どないしたん?わざわざ電話て』

「別に、暇だからどうしてるかと思ってよ」

『どうもしませんわ、いつも通りっすよ』

笑い声が少し懐かしい気がする。それほど声を聞いていないだろうか。

『オッサンはどない?ちゃんと走ってます?』

「当たり前だ」

『……あー』

「何だ?」

『や、なんでも』

それより聞いてや!と賑やかな声が喋りだした。一度口を開けば喋りっぱなしになるいつもの鳴子節だ。それに近況報告を挟んだり懐かしい話をしたりとそれなりに盛り上がり、話題はいつまでも尽きない。こんなに話すことがあったかなと思うほど、自分の口からも言葉が出てきて、思っていた以上に盛り上がったことに戸惑うと同時に、この時間が終わるのを少し惜しくも感じる。

『あ、あかん、ワイこれから出かけんねん』

「今から?飲み会か」

時間を見ると随分経っている。

『せやねん!めっちゃ集まんねん、楽しみやわ』

「ほー。まぁほどほどにな」

『オッサンも太らんように気をつけや!なんや長話してもたな』

「まぁまた時間あったらかけるわ」

『ワイはオッサンにつき合うほど隙ちゃうけどな〜』

「そうかよ」

『……ほんまに暇でかけてきただけかい』

「なんだ?」

『別に。なんか言いたいことでもあるんちゃうかなーと思っただけや!ほな!ちゃんとおうちのお手伝いするんやで!』

「うるせえよ」

笑って気を付けて行って来いよ、と声をかけるが、返事がない。通話が切れたのかとディスプレイを見るが、数字はまだ進んでいる。

「鳴子?」

『チッ』

「は?」

突然態度を変えた鳴子に戸惑うが、苛立ちの方が勝る。今まで機嫌よく、むしろいつもより饒舌に話をしていたというのに何のつもりだろう。畳みかけようとした田所よりも、ひと息吸った鳴子の方が早かった。怒鳴るような声が田所の耳を貫く。

『アンタは恋人の誕生日も知らんのか!』

「……は」

頭が理解する前に通話が切れた。流れているのが空しい機械音だけになっても、田所は硬直したように携帯を下ろすこともできずにいる。そのまま、さっき弾いたチラシを見た。祭りの日付は今日の日付だ。

「あっ!」

慌てて電話を掛け直すがすでに遅いようだ。何度かけても呼び出し音が続くだけで、鳴子は一切出てくれない。

携帯を握りしめて深く溜息をつく。しばらくそうして、顔を上げたときには決意していた。

簡単に荷物を整えて、鳴子にメールを打ちながら店に向かう。店内では暇そうに両親が揃ってウインドウの外の雨を眺めていた。

「俺ちょっと出てくる。手伝いパスしていいか」

「暇だしいいけど、こんな雨の中どこに行くの」

「大阪」

「おお……!?」

「あぁ、パンくれ。どうせ残るだろ」

ご機嫌取りになるかどうかはわからない。何もしないよりはましだろうと思っただけだ。

メールが送信できるとすぐに鳴子からの電話があった。笑いながら出ると焦った声に問い詰められて、

バカだのアホだのと言われた気がするが許してやる。

「夜行バスで行ってやる。迎えに来いよ」

『あっ……アホちゃう!?ひと言素直に言ったらええだけやろ!』

「直接言ってやるって言ってんだ」

わずかに息を飲んだ気配の後、黙ったまま通話は途切れた。くつくつ笑っていると、母親から呆れた視線が送られる。

「鳴子くん?」

「ああ」

「あんまりいじめたらダメよ」

「いじめられてんのは俺だよ」

素直に誕生日も教えてくれない。田所迅は、そんな不器用な恋人を放っておけるような男ではないのだ。
2012'04.09.Mon
「ロージーはいい子だね」

「あの骨太ですか?」

「そこがいいんじゃないか」

エントランスで聞こえた声に足を止めた。蓼食う虫も好きずきという奴ですな、と明け透けに言うコバーケンの言葉に客は笑う。もうここで働き始めて何年も経つというのに、未だに他の誰かが彼女をロージーと呼ぶたびに嫉妬に狂いそうになる。僕だけのローズマリーだった。それをぶち壊したのは自分自身だと、痛いほどわかっているのに。

「骨太で筋肉質だが、かわいいだろう」

「そうですかねぇ」

「執事の君には褥の中の彼女がどんなに愛らしいかわかるまい。従順で、いつでも処女のような初さがいい。知っているかい?彼女はどんなに乱れた夜も、必ず客より先に起きているんだ」

「はぁ」

「『ここにいるときは、あなたは私の旦那様ですから』なんて、かわいいことを言うんだよ」

「そりゃ演技ですよ、演技。娼婦なんてみんな女優です」

「それでもいいさ。ここは夢を見る場所だろう?また来るよ」

「ありがとうございました。またのお越しを」

ああ、ローズマリー。心の中で、何度となく愛しい名を呼ぶ。ローズマリー、彼女は素直で不器用で、とても演技なんてできやしない。彼女はその愛し方しか知らないのだ。必ず先に起きて身なりを整え、心地よく送り出してくれる。あの姿を他の誰かも知っているというだけで、身が裂かれる思いがした。そんなことは止めろと言えたらどんなにいいだろう。昔のローズマリーなら、きっとカールが言うなら、とわがままを聞いてくれたに違いない。自業自得、身から出た錆だ。かすれた声でカールと呼ぶ、彼女の涙もまだ覚えているのに。

「カール!」

「――お呼びですか、ローズマリー様」

くだらない演技をしているのは、愛に溺れた愚かな男だけだった。
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