言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2013'09.21.Sat
自慢の真っ赤なロードバイクで、走って走って、ただひたすら走り続けた。梅田のビルの間を抜けて淀川を越えて尼崎、まだまだ走り続けると大きなビルは減っていく。だらだらは走るママチャリもちょっとかっこええチャリに乗ったやつも追い抜いて、ひたすら走って西宮、さっさと抜けて神戸、それでも走り続けていると左手に海が見えた。道路標識の須磨の文字にやっと足を止める。
そこまで飛ばしてきたわけではないが程よい疲れがたまっているのがわかる。周りを見ながら走っていたはずなのに、初めて風景に意識をやったような気がした。
愛車を歩道に上げて押しながら、水族園の前を横切った。手をつないで楽しげに歩く高校生ぐらいのカップルとすれ違い、口笛を吹いて冷かしてから、流石にオッサン過ぎたかと反省する。少し進むと海岸につながる道に出た。自転車を砂浜に入れる気はないのでそこから海を見た。海は果たして、どこへ行っても同じだろうか。
「お兄ちゃんやから先に言うとくな」
そう母が教えてくれたのは昨日のことだった。父親の転勤が決まった。予定では秋だったが、鳴子が中3と言うことを考慮してもらい、3月まで待ってもらうらしい。引っ越し先は父親の実家の近く、千葉だ。鳴子が生まれ育った大阪とは、同じ日本とはいえ文化も言葉も同じとはいかない。毎年帰省するので全く知らない場所ではないが、そっちで生活をするとなると変わってくる。
ほな自転車のコース探さなあかんな、そう言った自分は笑えていただろうか。とにかくやかましい友人たちが頭に浮かぶ。
少しルートを変えて甲子園の方に行ってもよかったかもしれない、そんなことを思いながら鼻をすすった。今頃あの辺りは賑やかだろう。大阪代表が勝ち進んでいる。
「……はぁ」
明日は進路相談だ。行きたいのは自転車部のある高校、そこが強ければ何も文句はない。道が変わっても鳴子は走り続けるだけだ。
――少しだけ泣いた。幼馴染と別れることは悲しい。近所の人ともずっと昔から家族のようにつき合ってきた。
「えーい!うじうじするのは今日までや!」
自転車を体にあずけ、両手で頬を叩く。グローブをしたままの手ではいい音もせずあまり決まらなかったが、細かいことは気にせずに自転車の向きを直した。六甲山でも登ろうか、と思ったが、走っても走っても平坦が足りない。山に構っている暇はなかった。
昨日よりも早く、今日よりも早く。大阪だろうが千葉だろが、誰よりも早く走るだけだ。
*
私物のなくなった巻島のロッカーの前で、坂道が立ち尽くしている。少し猫背のその背中に、鳴子は自分が離れた後のことを初めて考えた。何も言わずに去って行った巻島は、鳴子と全く違った。引っ越す前の鳴子は知り合いみんなに声をかけて、惜しまれながら見送られてきた。何の見送り儲けずに、巻島はどんな気持ちで慣れた地を離れたのだろう。
坂道は泣くだろうか、と見ていたが、ただ茫然としているだけだった。誰かが同じ道を走ってくれる楽しさは鳴子にも十分すぎるほどわかる。ましてや坂道のように、ひとりで走り続けていた者には巻島の存在は大きかったに違いない。
「あー……小野田クン」
「ぼくは」
「お、おう!なんや!?」
「好きだったのかな」
「……巻島サン?」
「あんなにもまぶしい人といたのは初めてだから、よくわからないんだ」
これはまさかの恋愛相談か。咲く前にしおれた恋を見ながら、たくましい背中を思い出す。自分の弱さを認めて強くなった人。彼がいなければ鳴子は自分を振り返ることはしなかっただろう。それは体だけが前に進むばかりで、成長しないということだ。そこまでのことをしたと思ってはいなくても、間違いようもなく、鳴子に強さを与えたのはあの男だった。
同様に、坂道にとっての巻島も大きな存在であっただろう。結局何も伝えることのできていない鳴子は、坂道に何を言えるのだろうか。とはいえ今の坂道には誰が何と声をかけても無駄のようで、後から来た同輩や先輩が心配して覗き込むも、いつかも見たことのある作り笑顔を向けられるだけであった。
「おい、鳴子」
強張った声に呼ばれて振り返る。少し苛立った表情の田所が立っていて、少しだけ胸が震えた。
「あいつ大丈夫か」
「……ひとりで帰る、言うたんで」
「そうか……お前はまっすぐ帰るか?」
「あー、そうします」
「そうか。気をつけてな」
嫌な空気が肌にまとわりついている。帰っていく田所の背中を見送った。今泉が不器用に言葉を重ねているが、坂道にはほとんど届いていないだろう。
初めて誰かと走った時のことを思い出す。いつか見たかっこえー自転車、自分だけのロードバイクを手にいれたとき、一緒に走ってくれたのは父だった。背の低かった鳴子は丁度いいサイズのものが見つからず、それでも乗ると言い張ったので、全く乗れないということはなかったが、今思えばきっとみっともないものだっただろう。
父が休みの日に、いわゆるママチャリで並走してくれたのが、初めて誰かと走った日だ。不格好に父を追い抜いた鳴子を手放しで喜んでくれた。父は家に帰ってそれはもう嬉しげに母に報告し、ずっと鳴子の頑固に呆れていた母も、このときは笑顔を見せてくれた。かっこええなぁ、もうお兄ちゃんやもんな。
家に帰っても落ち着かず、結局夕食を食べてからまた走りに出た。
暑い夏は確かに一度、終わったのだ。それでもまだ風は熱くて、海に近づくにつれて湿度の増すぬるい空気を切って走った。トレーニングのつもりで出たが本気で走る気にはなれず、夜道を流して走る。段々潮の匂いが強くなった。海側に人影が見えて、カップルでもいるのだろうか、と視線を向け、慌てて足を止める。あの大きな影は。身動きもせず、ただまっすぐ海を見ているその背中を、やはり黙って見つめる。視線を外すと、もう少し行ったところに田所の愛車が止めてあった。
――走ることしかできない。走らなければ、進めないのだ。
そこまで飛ばしてきたわけではないが程よい疲れがたまっているのがわかる。周りを見ながら走っていたはずなのに、初めて風景に意識をやったような気がした。
愛車を歩道に上げて押しながら、水族園の前を横切った。手をつないで楽しげに歩く高校生ぐらいのカップルとすれ違い、口笛を吹いて冷かしてから、流石にオッサン過ぎたかと反省する。少し進むと海岸につながる道に出た。自転車を砂浜に入れる気はないのでそこから海を見た。海は果たして、どこへ行っても同じだろうか。
「お兄ちゃんやから先に言うとくな」
そう母が教えてくれたのは昨日のことだった。父親の転勤が決まった。予定では秋だったが、鳴子が中3と言うことを考慮してもらい、3月まで待ってもらうらしい。引っ越し先は父親の実家の近く、千葉だ。鳴子が生まれ育った大阪とは、同じ日本とはいえ文化も言葉も同じとはいかない。毎年帰省するので全く知らない場所ではないが、そっちで生活をするとなると変わってくる。
ほな自転車のコース探さなあかんな、そう言った自分は笑えていただろうか。とにかくやかましい友人たちが頭に浮かぶ。
少しルートを変えて甲子園の方に行ってもよかったかもしれない、そんなことを思いながら鼻をすすった。今頃あの辺りは賑やかだろう。大阪代表が勝ち進んでいる。
「……はぁ」
明日は進路相談だ。行きたいのは自転車部のある高校、そこが強ければ何も文句はない。道が変わっても鳴子は走り続けるだけだ。
――少しだけ泣いた。幼馴染と別れることは悲しい。近所の人ともずっと昔から家族のようにつき合ってきた。
「えーい!うじうじするのは今日までや!」
自転車を体にあずけ、両手で頬を叩く。グローブをしたままの手ではいい音もせずあまり決まらなかったが、細かいことは気にせずに自転車の向きを直した。六甲山でも登ろうか、と思ったが、走っても走っても平坦が足りない。山に構っている暇はなかった。
昨日よりも早く、今日よりも早く。大阪だろうが千葉だろが、誰よりも早く走るだけだ。
*
私物のなくなった巻島のロッカーの前で、坂道が立ち尽くしている。少し猫背のその背中に、鳴子は自分が離れた後のことを初めて考えた。何も言わずに去って行った巻島は、鳴子と全く違った。引っ越す前の鳴子は知り合いみんなに声をかけて、惜しまれながら見送られてきた。何の見送り儲けずに、巻島はどんな気持ちで慣れた地を離れたのだろう。
坂道は泣くだろうか、と見ていたが、ただ茫然としているだけだった。誰かが同じ道を走ってくれる楽しさは鳴子にも十分すぎるほどわかる。ましてや坂道のように、ひとりで走り続けていた者には巻島の存在は大きかったに違いない。
「あー……小野田クン」
「ぼくは」
「お、おう!なんや!?」
「好きだったのかな」
「……巻島サン?」
「あんなにもまぶしい人といたのは初めてだから、よくわからないんだ」
これはまさかの恋愛相談か。咲く前にしおれた恋を見ながら、たくましい背中を思い出す。自分の弱さを認めて強くなった人。彼がいなければ鳴子は自分を振り返ることはしなかっただろう。それは体だけが前に進むばかりで、成長しないということだ。そこまでのことをしたと思ってはいなくても、間違いようもなく、鳴子に強さを与えたのはあの男だった。
同様に、坂道にとっての巻島も大きな存在であっただろう。結局何も伝えることのできていない鳴子は、坂道に何を言えるのだろうか。とはいえ今の坂道には誰が何と声をかけても無駄のようで、後から来た同輩や先輩が心配して覗き込むも、いつかも見たことのある作り笑顔を向けられるだけであった。
「おい、鳴子」
強張った声に呼ばれて振り返る。少し苛立った表情の田所が立っていて、少しだけ胸が震えた。
「あいつ大丈夫か」
「……ひとりで帰る、言うたんで」
「そうか……お前はまっすぐ帰るか?」
「あー、そうします」
「そうか。気をつけてな」
嫌な空気が肌にまとわりついている。帰っていく田所の背中を見送った。今泉が不器用に言葉を重ねているが、坂道にはほとんど届いていないだろう。
初めて誰かと走った時のことを思い出す。いつか見たかっこえー自転車、自分だけのロードバイクを手にいれたとき、一緒に走ってくれたのは父だった。背の低かった鳴子は丁度いいサイズのものが見つからず、それでも乗ると言い張ったので、全く乗れないということはなかったが、今思えばきっとみっともないものだっただろう。
父が休みの日に、いわゆるママチャリで並走してくれたのが、初めて誰かと走った日だ。不格好に父を追い抜いた鳴子を手放しで喜んでくれた。父は家に帰ってそれはもう嬉しげに母に報告し、ずっと鳴子の頑固に呆れていた母も、このときは笑顔を見せてくれた。かっこええなぁ、もうお兄ちゃんやもんな。
家に帰っても落ち着かず、結局夕食を食べてからまた走りに出た。
暑い夏は確かに一度、終わったのだ。それでもまだ風は熱くて、海に近づくにつれて湿度の増すぬるい空気を切って走った。トレーニングのつもりで出たが本気で走る気にはなれず、夜道を流して走る。段々潮の匂いが強くなった。海側に人影が見えて、カップルでもいるのだろうか、と視線を向け、慌てて足を止める。あの大きな影は。身動きもせず、ただまっすぐ海を見ているその背中を、やはり黙って見つめる。視線を外すと、もう少し行ったところに田所の愛車が止めてあった。
――走ることしかできない。走らなければ、進めないのだ。
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