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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'01.19.Sun
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2013'09.21.Sat
随分と日が長くなった。こんな季節は忍者の時間も短い。忍術学園事務員、小松田秀作はふと掃除の手を止めた。ようやくひぐらしの鳴き始めたまだ明るい空を仰ぐ。

もうすぐ夏休みだ。生徒たちの大半は帰省し、学園はいつもより静かになる。その間はいつも忙しい教師たちも多少は手が空くので、小松田の忍者の特訓を見てくれることがあった。それだけでも忍者を目指す自分にとっては、かなり幸運なことだろう。しかしその前に、帰省前の配布物の用意など、事務員は忙しくなる。また沢山怒られるんだろうなぁ、と思ったあと、今も早く掃除を終わらせなくてはならないことを思い出した。箒を握り直して門前の掃除を再開する。

ふと気配を感じて小松田が顔を上げると、道の向こうから笠を被った女性がこちらに向かってくる姿を見つけた。ひぐらしの声が大きくなる。女性は重力を感じさせないほど軽い足取りで、小松田が何かを思考する間もなく目前に近づいていた。

「忍術学園はこちらですか?」

「はい。お客さんですね?入門表にサインをお願いします!」

来客からサインを貰う、それも小松田の大切な仕事のひとつだ。いつもの調子で入門表と筆を差し出せば、女性は笠の影で困惑した様子を見せた。忍術学園を訪ねる者の中には稀だが、しかし文字の読み書きができない者は決して少なくない。お名前聞かせていただければ代筆しますよ、と笑いかけたが、女性はうつむいてしまった。名前を書けないのではなく、身分を隠したいのか。その事情は何であれ、サインを貰わなければ中へ入って貰うことはできない。小松田は困りましたねぇ、と腕を組む。女性はしばらく思案した後、小松田に背を向けて来た道を戻って行った。一体なんだったんだろう。首を傾げていると今度は後方から賑やかな声がやってくる。裏山に出かけていた生物委員の面々と、街へ出かけていたはずの私服姿の神崎左門だ。方向音痴の彼は今日は生物委員に見つけてもらえたらしい。

「すごくきれいな蛇だったのに」

「あのなー、うちじゃこれ以上お前のペットは飼えないの!」

すねた様子の伊賀崎孫兵に、生物委員委員長の竹谷八左ヱ門が苦笑して頭をかく。それを一年生たちが笑って見ていた。相変わらず仲のいい委員会だ。

「お帰り〜!」

「あっ、小松田さん!」

「ただいま戻りました!」

元気よく返事をした左門が勢いのまま通り過ぎそうになり、慌てて足の速い夢前三治郎が捕まえる。ひとりずつ順に入門表に名前を書いてもらい、門を開けた。竹谷が受け取ったとき、やや躊躇いを見せて顔を上げる。

「小松田さん、誰か来ました?」

「今日は忍術学園の人しか出入りしてないよ。あ、今来た女の人がいたけど、何も言わず帰っちゃった」

「そうですか、ならいいです」

「どうしたんだろうね」

首を傾げる小松田と竹谷の間に三治郎が顔を出す。

「小松田さんがいじめたんじゃない?」

「そんなことしてないよ!失礼だなぁ」

「こわ〜い顔で入門表を押しつけたんじゃないの〜?」

「してません〜!」

「こらこら、お前たちが小松田さんをいじめてどうする」

ごめんなさいと言いながらもけらけら笑い、一年生たちは門をくぐった。その後を孫兵が続くが、浮かない様子だ。心配になって視線で追えば、竹谷が大丈夫ですと笑う。

「裏山で珍しい蛇を見つけて持って帰りたがっていたんですが、止めたので拗ねてるんです」

「あ〜、それはやめてもらわないと」

「はは。はい、入門表みんな書けました」

「確かに!」

入門表を受け取って竹谷の背を見送る。入れ替わるように小松田の教育をしてくれている用具主任の吉野がやってきた。だまし絵のような顔をしているので小松田はいつか逆さまから見てみたいと思っているが、その機会はなかなか訪れない。

「みんな帰ってきましたか?」

「はい、今日出かけた人はみんな」

「来客も全て帰っていますか?」

「はい。利吉さんに出門表のサイン貰うの大変でしたよ〜」

吉野は小松田の苦労話を聞く気はないようで、そうですか、と頷くだけだ。それもいつものことなので、小松田は特に気にしない。

「ならもう掃除はいいですよ。夕食にでも行ってきなさい」

「はーい!」

子どものようにはしゃいで小松田が門をくぐるのを見て吉野は思わず溜息をつく。誰もいなくなった門の外を見て、吉野は錠を下ろした。

――異常なし。

今日も学園は平和だった。



「竹谷先輩!」

次の日竹谷は町で実習だった。実習から帰ってきたときはいつも門前が混雑する。小松田がしっかりと見張っているせいだ。大勢で出たときにもひとりずつ書かせるので時間がかかる。

特に疲れてもいなかったのでのんびり待っていると、委員会の後輩たちが駆け寄ってきた。彼らの焦った様子に何かが起きたのだと知る。

「どうした?」

「孫兵先輩が朝からいないんです!」

「しかもじゅんこを残して!」

孫兵の相方ともいえる存在のじゅんこは今一平の首に巻き付いている。昨日の孫兵の様子を思い出し、竹谷は思わず舌打ちをした。

――あの蛇だ。

「お前ら出門表は?」

「書きました!」

「よしっ、行くぞ!」

近くのクラスメイトに断って、竹谷は一年を連れて裏山へ急いだ。どうして昨日の間に気がつかなかったのだろう。

昨日回った場所を中心に虱潰しに孫兵の姿を探す。そう遠くはないはすだ。全員四散せず少し離れるだけに留める代わりに、四方に目を配って茂る森を見渡した。夏の盛りで緑が濃い。様々な生き物も活発になる季節だ。昨日後輩に指導がてらに見回りをしたのだが、もっとしっかり注意しておくべきだった。

「いました!」

少し先に行っていた三治郎が戻ってくる。じゅんこを連れた一平を呼んで竹谷は一瞬にそちらへ向かった。藪を抜けた先、小さな池のそばで、孫兵が笠を目深に被った女に寄り添っている姿が視界に飛び込んだ。水面が反射して目を細める。

「じゅんこ!」

一平が手を伸ばすとそこからマムシのじゅんこが跳んだ。彼女はまっすぐ女に向かい、笠を払うように顔に飛びかかる。女はそれから逃げようと身をよじったが、そこに竹谷が飛びかかって池に突き飛ばした。派手な水しぶきが上がり、その影に紛れて孫次郎と虎若が孫兵を引き寄せる。

「孫兵!大丈夫か!」

「先輩!」

「孫兵先輩!」

後輩に囲まれて、孫兵ははっと身をかたくした。湖面に浮かぶ笠を見て、彼らしくなく舌を打つ。

竹谷は孫兵が正気を取り戻したのを確認し、波立つ水面に構えた。

水かがぬっと割れるように、長い髪ですっかり顔の隠れてしまった女が水中から現れる。

「竹谷先輩、これっ……」

「目ェ覚めたか!こいつがお前の見てたかわいこちゃんの正体だ!」

「そんなっ……」

孫兵は顔を青くして口元を覆った。よろける彼を後輩たちが支える。

「美しい蛇だと思っていたのに!」

「そこですかぁ?」

呆れた後輩たちは思わず笑う。自分のペースを崩さない孫兵に竹谷も苦笑して、気が抜けて池に向けていた構えを解いた。

「お前も相手が悪かったな」

女は困惑したように水に使ったままきょろきょろと辺りを見回すが、ここに彼女の味方はいない。それがわかると彼女は顔を覆ってさめざめと泣き始めた。

「あーっ、竹谷先輩が泣かしたぁ!」

「えっ!」

三次郎の声に今度は竹谷が慌てる。すすり泣きを聞いて後輩たちが一斉はやし立てた。孫兵はぼくにはお前だけだ、などと調子よくじゅんこを抱きしめている。

「あっ、いや、その、泣かせるつもりじゃ」

「竹谷先輩ひどーい!」

「だからモテないんですよ〜」

「どっちかってぇと泣かせたの孫兵だろ!?ああ、ええと、その……ちょっと、学園の中には、お前たちは入れないんだ。孫兵と一緒でも入れないよ。あそこは人の世だ。わかるか?」

しとしと泣きくれる女が頷いた、ような気がして、理解してくれたものと信じることにする。

「竹谷先輩」

孫次郎に袖を引かれて振り返る。彼は影に隠れるようにしながらも、池の方を見つめていた。

「学園の外で仲良くするなら、大丈夫ですか?」

「え?」

竹谷が振り返ると、一年生たちが揃って竹谷を見ている。その目の輝きは、竹谷に否と答えることを許さない。竹谷は孫兵を見る。彼だけはすでにこちらに関心がない。

「ま、孫兵は?」

「自然の摂理に反したものに興味はありません」

「一番好かれるのお前なんだけどなぁ……」

一年生を見てから池の女に視線を戻す。長い髪の合間から目のようなものが覗き、一年生と同じ目で竹谷を見た。竹谷は深く、溜息をつく。

「ひとつ!必ず先輩か先生と一緒に会うこと!」

竹谷の宣言に、一年生たちはぱっと顔を明るくしてお互いを見た。甘いと言われても、どうも後輩たちの視線に勝てない。

「ひとつ!学園には絶対入れない!ひとつ!名前はつけない!わかったな!?」

「「はーい!」」

一年生たちが声をそろえた。



*



小松田が蝉の声を聞きながら門の外を掃除していると、笠を目深に被った女性が近づいてくる。入門表を取り出すと、学園内から竹谷が顔を出した。

「小松田さん、出門表を」

「あ、はぁい」

中から生物委員がぞろぞろと出てきた。順番に出門表に名前を書き、女性のそばに寄っていく。

「今日中には戻ります」

「はいはーい。それにしても、あの女の人が人間じゃないなんて、びっくりだな〜」

「……小松田さん、人に見えるんですね」

竹谷は出門表を返しながら少し顔をひきつらせた。

「違うの?きれいな女の人じゃない」

「……その目が羨ましいですよ。ほらっ、こんなところでのんびりしてないで行くぞー」

竹谷の声に元気よく応え、生物委員は女性と共に歩いていく。その背中をしばらく見送り、小松田は掃除を再開した。
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