言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2014'05.21.Wed
右ジャン要素を含みます。クリスタも腐女子。
「そッ」
店の一角であがった素っ頓狂な声に、ジャンも連れと一緒に振り返った。視線を集めてしまって半端な会釈で誤魔化す彼は見ない顔だ。
年齢確認をされてしまいそうな幼い顔立ちは、もしかしたら未成年なのかもしれない。前に置かれたオレンジ色で満ちたグラスはアルコールが入っているかどうかはわからなかった。同じテーブルのスタッフが何か言ったのに大きく頷く彼を、隣の女が笑う。おい、とカウンターのバーテンに呼ばれ、ジャンはやっと体を戻した。
「ジャン、お前見すぎ」
「かわいくねぇ?」
「お前好きだな、ああいうタイプ」
「かわいいよな。オレ色に染めたいっつーの?」
「馬鹿」
カウンターを挟んで肩を揺らして笑いあう。空になったグラスを指さされ、少し考えてもう一杯同じものを頼んだ。
この店は繁華街のずっとマニアックな一帯にある。小さくも常連ばかりでつないでいるこの店は、いわゆるゲイバーだ。ジャンが店の常連になってから、ここでいろんな客を見た。やってくるのはゲイばかりではない。ネタ半分友達感覚半分の女の客も珍しくなく、あのテーブルもそうだろう。どんな話も興味深そうに聞いてうなづく男を再び見て、ジャンは新しく出されたグラスを持って立ち上がった。
「おい」
「後でな」
カウンターに残るバーテンの手に自分の手を重ねて笑う。呆れたように肩をすくめられたが、ジャンは気にせず店の隅のテーブルに向かった。客と一緒にいるのも顔見知りのスタッフで、彼に声をかける素振りでするりとテーブルに滑り込む。
「マルコ何飲んでんの?」
「ジャン」
隣に座ったジャンにマルコは驚いたが、すぐに笑顔を見せた。ちなみにマルコは三年つきあっている彼女のいるノンケで、ジャンは昔振られている。正面に視線を流すと、驚いた表情は彼をなおさら幼く見せていた。隣の女には見覚えがある。
「クリスタ、久し振り」
「久し振り、ジャン。彼氏できた?」
「そっくり返す」
こちらもやはりこんな薄暗いバーの似合わないようなかわいらしい女だ。繁華街を歩くそこらのホステスよりも圧倒的にかわいいが、ジャンの視線はその隣に向いてしまう。隣の男は顔も服も野暮ったいが、興味に目を光らせている様子はジャンの目には魅力的に見えた。
「クリスタの友達か?」
「そう、アルミン!こっちはジャン、常連さん」
「はっ、初めまして」
「どうも」
ノンケだろうなぁ、と少し惜しく思いながらアルミンを見る。こんなところにくるのだから嫌悪はないのだろうが、ジャンの直感は外れたことがない。下手に手を出してこじれるのはごめんなので、今日は会話を楽しむだけにしよう、と乾杯を持ちかける。慌ててグラスを持つ様は小動物を思わせた。
「ジャン、この間の話クリスタに聞かせてあげなよ」
「女が乗り込んできた話?」
「そうそう」
「何!?新しいネタ!?」
「オレは芸人じゃねぇんだよ」
きらきらと目を輝かせるクリスタとは反対に、ジャンは露骨に顔をしかめた。詳しいことは知らないが、クリスタは「腐女子」であるらしい。世間にはボーイズラブというジャンルが流行り、それは要するに男同士の恋愛を扱ったものである。クリスタと知り合ってからいくつかそれを目にしたが、性別が違うだけで少女漫画と同じという印象だ。ただ少女漫画と違うのは、過激な性行為の描写があったところだろうか。中には楽しめるものもあった。クリスタはボーイズラブが好きなだけではなく自分で書くこともするようで、ここに来るのはネタ探しも兼ねているらしい。
その「ネタ」という言葉に、アルミンが反応したのを見逃さない。クリスタと同じ青い目を輝かせ、ジャンの様子をうかがっている。
「あ〜……この間中学んときの友達と偶然会ってさ、イケメンってことはねえけどチャラくなっててさ」
「うんうん」
「オレ地元じゃ一部にはゲイだってバレてんだよ。学校の先生とつき合っんのバレて」
「ちょっ、その話知らないんだけど!?」
「だって不倫の話はクリスタ怒るだろ」
「あっ不倫はやだ」
アルミンがわずかに指先を跳ねさせた。クリスタとは違い、その反応は悪いものではなさそうだ。
「まあそんで、その同級生も仲よかったわけじゃないけど、久しぶりに会ったら普通に接してくれて、飯食いに行ったんだ。懐かしい昔の話ばっかりしてたら結構酒回って、終電逃したからうちに泊めたんだ」
「う、うん」
「そのときは次の日普通に帰っていったんだ。あ、何もしてねえよ、ほんと普通に泊めただけ。でも次の週ぐらいか?夜中にそいつが女とふたりで押し掛けてきて」
「うんうん」
「女はそいつの彼女でさ、うちに来るなり怒鳴り散らして、要するにそいつに別れ話をされて、理由を聞いたらオレとつき合ってるって言われたって。どういうことだこの泥棒猫、みたいなことで攻められたけど、オレまったく身に覚えがねえの。好みじゃねえしな」
「うわぁ、修羅場……」
「それがガチで修羅場でよ、女の方が包丁持ってて」
「えっ!」
「小さいやつだったけど。そいつが死ぬのも後味悪いけどオレは絶対死にたくないし、必死でなだめてどうにか座らせてお茶出して、その間にこっそりライナーにメール入れたんだ」
ジャンは少し振り返り、カウンターのバーテンを指さした。格闘技でもやっているのかと思うようながっちりした体型は、実用できるかはわからなくともはったりにはかなり有効だ。
「ライナーが来てしまえば女もビビったし、警察呼ぶぞって脅して外に放り出した」
「それで?」
「あとで話聞いたら、つきあいだしてからぶっ飛んだ女だってわかって、別れたいと思ってたところにオレが現れたから都合よく利用したんだってよ」
「何それ!最低!」
「でもちゃんとオチついてよ」
「うん」
「別れることには成功して、そのあとオレに惚れたっつって今ストーカー状態」
「ジャンってほんと、いつか刺されそうだよね……」
クリスタの言葉にマルコが大きく頷いた。何だよ、と口をとがらせて見せる。聞きたがるのはそちらのくせにいつもこうだ。
「アルミンはクリスタと同じ?」
「えっ」
「こういう話好き?」
「う、なんというか、すごすぎて……」
「ジャンの話、おもしろいけどすごすぎるんだよね。ネタにできないよ」
「いっとくけどオレいつも巻き込まれてるだけだからな」
「クリスタそろそろ終電じゃない?」
「あっ、ほんとだ!アルミンもだよね!」
「うん」
「なんだ、帰っちまうのか」
結局自分の話をしただけで終わってしまった。物足りなさを感じながら手を振って見送るとアルミンもはにかんで手を振り返してくれる。それが見れただけでよしとしておこう。
「また来る?」
誘うつもりで立ち上がったアルミンを見上げたが、困ったようにクリスタを見て、首を傾げた。
それからは元々少なかった客は減るばかりで、ジャンがひとり残った頃、ライナーがクローズの看板をかけにいく。ちびちびと酒を舐めていたジャンは酩酊とまではいかなくとも気分はかなり良く、カウンターの端でグラスの中の氷をつついていた。椅子を直しながら戻ってきたライナーはジャンの隣に座り、ちらと視線を送ると顔が近づく。力強い腕がジャンの腰を引き寄せ、厚い唇が重なった。
「ん」
腰を撫でた無骨な手がカットソーの下に滑り込んだ。くすぐったさを笑って息を漏らす。熱っぽいライナーの視線と目があって、ジャンは少し考えた。
「オレ、やっぱ帰るわ」
「……お前、ここまできてそれはねえだろ」
「気分乗らねぇ。また今度な」
わざと子どもじみた仕草で頬にキスをして、ジャンはライナーの胸を押す。しばしの沈黙の後、溜息と同時に体が離れた。
「送るか?」
「タクシー捕まえる。じゃな、おやすみ」
「おやすみ」
物わかりのいい友人に感謝して、ジャンは店を出た。
ジャンが塾講師という仕事を選んだのには、大それた信念や崇高な理由はなかった。仕事の相手が子どもであることと、面接のときの人事担当が好みであったからだ。残念ながら人事担当はジャンの就職とほぼ同時に異動になったが、他の講師も悪くはなかった。元々職場で恋愛をする気はなく、過ごせるならば何事も問題を起こさずに暮らしたい。受験勉強で大忙しの生徒たちは自分の恋愛のための余力しかなく、個人経営の塾の数少ない講師はみな真面目だった。ジャンが明け方まで遊び回っていようと、仕事以外で関わりそうもない。変装というわけではないが仕事中は伊達眼鏡で、気持ちの切り替えをしているつもりだ。
教室の一角で女子生徒がにぎやかな話をしている。今までは気にしたことはなかったが、ジャンはクリスタと知り合ってから彼女たちの会話の断片がわかるようになった。つまり彼女たちも腐女子なのだ。ホワイトボードを消しながらこっそり聞き耳を立てているジャンには気にもとめず、彼女たちは楽しそうに、ある種の共通言語を使いこなす。どうやらクリスタと同じ「ジャンル」らしい。有名私立の清楚な制服に身を包み、涼しい顔で勉強しながら、彼女たちも頭の中ではお気に入りのキャラクターたちによる乗算式を繰り広げているのだ。成績が落ちない程度に好きにしてくれ、と思いながらテキストを手に、ジャンは帰るようにと声をかける。
「あっ先生、今日言ってた参考書なんだっけ?」
「あ〜?わざわざ書いてやってただろうが」
「本屋寄って帰るから教えて〜!」
甘える声色にわざとしかめっ面をする。別にゲイだからと言って女が嫌いなわけではないが、単純に同じことの繰り返しは面倒だ。ふと自分もほしい本があることを思い出す。
「俺も本屋寄るから一緒に見てやる。ちょっと待ってろ」
彼女たちが顔を見合わせたが特に気にせず、ジャンは控え室に戻って帰り支度を手早く済ませた。ロビーで待っていた生徒と合流し、駅前の本屋に向かう。特に大きいわけではないが品ぞろえがよく、なかなか重宝する店だ。
「この店のコーナーならあのBL見つかるよね」
小さく囁きあう彼女たちの言葉が聞こえ、なるほど、とこっそり苦笑した。趣味に勉強にと忙しいことだ。さっさと目当ての参考書を見つけてやり、ジャンも目当ての本を探して生徒と別れた。本棚にはジャンの目当てのものは見つからず、帰ってインターネットで探す方が早いだろうかと思案する。丁度背後を店員が通りかかったので、ついでなので声をかけた。
はい、と振り返った顔を見て驚く。柔らかな金髪のボブカット、それは昨日バーで見た顔だ。薄暗い店内ではわからなかった青い瞳がジャンを見上げる。
「お探しですか?」
どうやらジャンに気づいていないらしい。そんなにインパクトがなかっただろうか、と思ったが、恐らく他人に興味のないタイプなのだろう。
「あの」
「ああ、『落窪物語』、岩波のありますか」
「少々お待ち下さい」
一度棚に視線を送り、ぱっと離れた彼はカウンター向かった。パソコンのキーボードを叩いて、スタッフルームに姿を消す。ジャンがどうしてやろうかと思っているうちに、文庫本を持って戻ってきた。
「こちらでお間違いないですか?」
「ありがとう。それと、あんたのオススメのBLある?」
すぐに理解ができずにぽかんと口を開けたアルミンを笑い、眼鏡を外してのぞき込む。時間をかけて思い出したようで、アルミンは視線をさまよわせた。
「えっ、と、あの……」
「終電間に合った?」
「は、はい……」
「よかった。また来いよ、もっと話聞きたいからさ」
「あ、う」
「あんたが知りたいような話も、できると思うぜ?」
ジャンの言葉に、アルミンが目を光らせたのを見逃さなかった。
「そッ」
店の一角であがった素っ頓狂な声に、ジャンも連れと一緒に振り返った。視線を集めてしまって半端な会釈で誤魔化す彼は見ない顔だ。
年齢確認をされてしまいそうな幼い顔立ちは、もしかしたら未成年なのかもしれない。前に置かれたオレンジ色で満ちたグラスはアルコールが入っているかどうかはわからなかった。同じテーブルのスタッフが何か言ったのに大きく頷く彼を、隣の女が笑う。おい、とカウンターのバーテンに呼ばれ、ジャンはやっと体を戻した。
「ジャン、お前見すぎ」
「かわいくねぇ?」
「お前好きだな、ああいうタイプ」
「かわいいよな。オレ色に染めたいっつーの?」
「馬鹿」
カウンターを挟んで肩を揺らして笑いあう。空になったグラスを指さされ、少し考えてもう一杯同じものを頼んだ。
この店は繁華街のずっとマニアックな一帯にある。小さくも常連ばかりでつないでいるこの店は、いわゆるゲイバーだ。ジャンが店の常連になってから、ここでいろんな客を見た。やってくるのはゲイばかりではない。ネタ半分友達感覚半分の女の客も珍しくなく、あのテーブルもそうだろう。どんな話も興味深そうに聞いてうなづく男を再び見て、ジャンは新しく出されたグラスを持って立ち上がった。
「おい」
「後でな」
カウンターに残るバーテンの手に自分の手を重ねて笑う。呆れたように肩をすくめられたが、ジャンは気にせず店の隅のテーブルに向かった。客と一緒にいるのも顔見知りのスタッフで、彼に声をかける素振りでするりとテーブルに滑り込む。
「マルコ何飲んでんの?」
「ジャン」
隣に座ったジャンにマルコは驚いたが、すぐに笑顔を見せた。ちなみにマルコは三年つきあっている彼女のいるノンケで、ジャンは昔振られている。正面に視線を流すと、驚いた表情は彼をなおさら幼く見せていた。隣の女には見覚えがある。
「クリスタ、久し振り」
「久し振り、ジャン。彼氏できた?」
「そっくり返す」
こちらもやはりこんな薄暗いバーの似合わないようなかわいらしい女だ。繁華街を歩くそこらのホステスよりも圧倒的にかわいいが、ジャンの視線はその隣に向いてしまう。隣の男は顔も服も野暮ったいが、興味に目を光らせている様子はジャンの目には魅力的に見えた。
「クリスタの友達か?」
「そう、アルミン!こっちはジャン、常連さん」
「はっ、初めまして」
「どうも」
ノンケだろうなぁ、と少し惜しく思いながらアルミンを見る。こんなところにくるのだから嫌悪はないのだろうが、ジャンの直感は外れたことがない。下手に手を出してこじれるのはごめんなので、今日は会話を楽しむだけにしよう、と乾杯を持ちかける。慌ててグラスを持つ様は小動物を思わせた。
「ジャン、この間の話クリスタに聞かせてあげなよ」
「女が乗り込んできた話?」
「そうそう」
「何!?新しいネタ!?」
「オレは芸人じゃねぇんだよ」
きらきらと目を輝かせるクリスタとは反対に、ジャンは露骨に顔をしかめた。詳しいことは知らないが、クリスタは「腐女子」であるらしい。世間にはボーイズラブというジャンルが流行り、それは要するに男同士の恋愛を扱ったものである。クリスタと知り合ってからいくつかそれを目にしたが、性別が違うだけで少女漫画と同じという印象だ。ただ少女漫画と違うのは、過激な性行為の描写があったところだろうか。中には楽しめるものもあった。クリスタはボーイズラブが好きなだけではなく自分で書くこともするようで、ここに来るのはネタ探しも兼ねているらしい。
その「ネタ」という言葉に、アルミンが反応したのを見逃さない。クリスタと同じ青い目を輝かせ、ジャンの様子をうかがっている。
「あ〜……この間中学んときの友達と偶然会ってさ、イケメンってことはねえけどチャラくなっててさ」
「うんうん」
「オレ地元じゃ一部にはゲイだってバレてんだよ。学校の先生とつき合っんのバレて」
「ちょっ、その話知らないんだけど!?」
「だって不倫の話はクリスタ怒るだろ」
「あっ不倫はやだ」
アルミンがわずかに指先を跳ねさせた。クリスタとは違い、その反応は悪いものではなさそうだ。
「まあそんで、その同級生も仲よかったわけじゃないけど、久しぶりに会ったら普通に接してくれて、飯食いに行ったんだ。懐かしい昔の話ばっかりしてたら結構酒回って、終電逃したからうちに泊めたんだ」
「う、うん」
「そのときは次の日普通に帰っていったんだ。あ、何もしてねえよ、ほんと普通に泊めただけ。でも次の週ぐらいか?夜中にそいつが女とふたりで押し掛けてきて」
「うんうん」
「女はそいつの彼女でさ、うちに来るなり怒鳴り散らして、要するにそいつに別れ話をされて、理由を聞いたらオレとつき合ってるって言われたって。どういうことだこの泥棒猫、みたいなことで攻められたけど、オレまったく身に覚えがねえの。好みじゃねえしな」
「うわぁ、修羅場……」
「それがガチで修羅場でよ、女の方が包丁持ってて」
「えっ!」
「小さいやつだったけど。そいつが死ぬのも後味悪いけどオレは絶対死にたくないし、必死でなだめてどうにか座らせてお茶出して、その間にこっそりライナーにメール入れたんだ」
ジャンは少し振り返り、カウンターのバーテンを指さした。格闘技でもやっているのかと思うようながっちりした体型は、実用できるかはわからなくともはったりにはかなり有効だ。
「ライナーが来てしまえば女もビビったし、警察呼ぶぞって脅して外に放り出した」
「それで?」
「あとで話聞いたら、つきあいだしてからぶっ飛んだ女だってわかって、別れたいと思ってたところにオレが現れたから都合よく利用したんだってよ」
「何それ!最低!」
「でもちゃんとオチついてよ」
「うん」
「別れることには成功して、そのあとオレに惚れたっつって今ストーカー状態」
「ジャンってほんと、いつか刺されそうだよね……」
クリスタの言葉にマルコが大きく頷いた。何だよ、と口をとがらせて見せる。聞きたがるのはそちらのくせにいつもこうだ。
「アルミンはクリスタと同じ?」
「えっ」
「こういう話好き?」
「う、なんというか、すごすぎて……」
「ジャンの話、おもしろいけどすごすぎるんだよね。ネタにできないよ」
「いっとくけどオレいつも巻き込まれてるだけだからな」
「クリスタそろそろ終電じゃない?」
「あっ、ほんとだ!アルミンもだよね!」
「うん」
「なんだ、帰っちまうのか」
結局自分の話をしただけで終わってしまった。物足りなさを感じながら手を振って見送るとアルミンもはにかんで手を振り返してくれる。それが見れただけでよしとしておこう。
「また来る?」
誘うつもりで立ち上がったアルミンを見上げたが、困ったようにクリスタを見て、首を傾げた。
それからは元々少なかった客は減るばかりで、ジャンがひとり残った頃、ライナーがクローズの看板をかけにいく。ちびちびと酒を舐めていたジャンは酩酊とまではいかなくとも気分はかなり良く、カウンターの端でグラスの中の氷をつついていた。椅子を直しながら戻ってきたライナーはジャンの隣に座り、ちらと視線を送ると顔が近づく。力強い腕がジャンの腰を引き寄せ、厚い唇が重なった。
「ん」
腰を撫でた無骨な手がカットソーの下に滑り込んだ。くすぐったさを笑って息を漏らす。熱っぽいライナーの視線と目があって、ジャンは少し考えた。
「オレ、やっぱ帰るわ」
「……お前、ここまできてそれはねえだろ」
「気分乗らねぇ。また今度な」
わざと子どもじみた仕草で頬にキスをして、ジャンはライナーの胸を押す。しばしの沈黙の後、溜息と同時に体が離れた。
「送るか?」
「タクシー捕まえる。じゃな、おやすみ」
「おやすみ」
物わかりのいい友人に感謝して、ジャンは店を出た。
ジャンが塾講師という仕事を選んだのには、大それた信念や崇高な理由はなかった。仕事の相手が子どもであることと、面接のときの人事担当が好みであったからだ。残念ながら人事担当はジャンの就職とほぼ同時に異動になったが、他の講師も悪くはなかった。元々職場で恋愛をする気はなく、過ごせるならば何事も問題を起こさずに暮らしたい。受験勉強で大忙しの生徒たちは自分の恋愛のための余力しかなく、個人経営の塾の数少ない講師はみな真面目だった。ジャンが明け方まで遊び回っていようと、仕事以外で関わりそうもない。変装というわけではないが仕事中は伊達眼鏡で、気持ちの切り替えをしているつもりだ。
教室の一角で女子生徒がにぎやかな話をしている。今までは気にしたことはなかったが、ジャンはクリスタと知り合ってから彼女たちの会話の断片がわかるようになった。つまり彼女たちも腐女子なのだ。ホワイトボードを消しながらこっそり聞き耳を立てているジャンには気にもとめず、彼女たちは楽しそうに、ある種の共通言語を使いこなす。どうやらクリスタと同じ「ジャンル」らしい。有名私立の清楚な制服に身を包み、涼しい顔で勉強しながら、彼女たちも頭の中ではお気に入りのキャラクターたちによる乗算式を繰り広げているのだ。成績が落ちない程度に好きにしてくれ、と思いながらテキストを手に、ジャンは帰るようにと声をかける。
「あっ先生、今日言ってた参考書なんだっけ?」
「あ〜?わざわざ書いてやってただろうが」
「本屋寄って帰るから教えて〜!」
甘える声色にわざとしかめっ面をする。別にゲイだからと言って女が嫌いなわけではないが、単純に同じことの繰り返しは面倒だ。ふと自分もほしい本があることを思い出す。
「俺も本屋寄るから一緒に見てやる。ちょっと待ってろ」
彼女たちが顔を見合わせたが特に気にせず、ジャンは控え室に戻って帰り支度を手早く済ませた。ロビーで待っていた生徒と合流し、駅前の本屋に向かう。特に大きいわけではないが品ぞろえがよく、なかなか重宝する店だ。
「この店のコーナーならあのBL見つかるよね」
小さく囁きあう彼女たちの言葉が聞こえ、なるほど、とこっそり苦笑した。趣味に勉強にと忙しいことだ。さっさと目当ての参考書を見つけてやり、ジャンも目当ての本を探して生徒と別れた。本棚にはジャンの目当てのものは見つからず、帰ってインターネットで探す方が早いだろうかと思案する。丁度背後を店員が通りかかったので、ついでなので声をかけた。
はい、と振り返った顔を見て驚く。柔らかな金髪のボブカット、それは昨日バーで見た顔だ。薄暗い店内ではわからなかった青い瞳がジャンを見上げる。
「お探しですか?」
どうやらジャンに気づいていないらしい。そんなにインパクトがなかっただろうか、と思ったが、恐らく他人に興味のないタイプなのだろう。
「あの」
「ああ、『落窪物語』、岩波のありますか」
「少々お待ち下さい」
一度棚に視線を送り、ぱっと離れた彼はカウンター向かった。パソコンのキーボードを叩いて、スタッフルームに姿を消す。ジャンがどうしてやろうかと思っているうちに、文庫本を持って戻ってきた。
「こちらでお間違いないですか?」
「ありがとう。それと、あんたのオススメのBLある?」
すぐに理解ができずにぽかんと口を開けたアルミンを笑い、眼鏡を外してのぞき込む。時間をかけて思い出したようで、アルミンは視線をさまよわせた。
「えっ、と、あの……」
「終電間に合った?」
「は、はい……」
「よかった。また来いよ、もっと話聞きたいからさ」
「あ、う」
「あんたが知りたいような話も、できると思うぜ?」
ジャンの言葉に、アルミンが目を光らせたのを見逃さなかった。
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