言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2014'05.15.Thu
ミルク、卵、シャボン玉。青い積み木は三角で、丸い積み木は赤い色。車のタイヤは外れてしまって、うさぎは綿がもうかたい。一番あったかくて柔らかいのは、母の手だった。
ジャン、と優しく呼ぶ声に、今すぐ飛び出していきそうになる。それでも驚いた顔が見たいという一心で、ジャンはじっと大人しくして息を潜めた。洗濯物の山の中、一際大きなシーツですっぽり体を覆ってうずくまる。母の声は近づいたり遠ざかったりして、そばを通る気配がするたびおかしくなった。
「ジャーン?どこに行っちゃったのかなぁジャンは。お顔が見たいな〜」
困った声に思わずくすくす笑いをこぼし、ジャンは「ばあっ!」と大きな声を上げて自分を覆っていたシーツから飛び出した。母は驚いて声を上げる。
「ああびっくりした!」
「びっくりした?」
「心臓が止まるかと思った」
胸をさする母に飛びついた。いたずらっ子ね、と頭を撫でられてけらけら笑う。エプロンからは甘い匂いがして、ジャンはあたたかい胸に顔を埋めた。
死体を燃やす炎が小さくなっていく。燃えるものがなくなってくすぶりゆく炎のように、自分の感情も治まってくれるならどれほどいいことだろう。ちらちらと空気を舐める炎を見つめ、ジャンはただ立ち尽くしていた。
見守っていた人間は随分減った。肉の焼けるにおいや高ぶる感情に耐えきれずに、ひとりまたひとりと離れていった。ジャンはどんな一瞬も捨てることができない気がした。
小さな火花がはぜ、燃えて組み木は崩れる。風は煙を遠く遠く、知らせのように運んでいった。
あの中にはジャンの親友もいた。冗談にしたいほどのくすぐったい言葉を平気で口にする男だった。ジャンのことを強い人ではないと言った男は、ジャンより先に死んだ。
「オレはな、昔から運はいい方だ」
近くにいた同期が動いた気配がしたが、話しかけたわけではなかった。しかしジャンは気にせず口を開く。
「運がいいだけだ」
ずっと炎を見ていたので、兵舎に戻ってからも目の奥がちかちかしているようだった。
煙は星を隠し、四散する。壁の外にも流れただろう。
新しいジャケットに袖を通した。気分は何も変わらない。背中に背負ったものは、自分には何も見えないからだ。
騒々しい、嫌な喧噪を走り抜ける。ちらちらと感じる視線はみな怒りに満ちて、悲しみをたたえて、あるいは無感情だ。
誰かの生活の欠片を蹴って、ジャンがまっすぐ目指したのは生まれ育った自分の家だ。巨人たちが好き勝手に暴れ回った街は人々を絶望させるには十分な光景だった。兵士の中には昔の悪夢を思い出して取り乱したまま、今も不安定な感情を持て余している者もいる。ジャンとて、昔の遊び場や通い慣れた店の変わり果てた姿に何も感じないはずがなかった。
全身の筋肉を意識して走る。そう考えていなければ、体が動かなくなる。右足を地面から持ち上げて体を前に、そうしながら左足で地面を踏みしめ、腕を大きく振りあげる。どんな一瞬の力さえ自分が指示をしなければ、糸が切れてしまう気がした。
ジャンの部屋はなくなっていた。天井のなくなった家の中で、母親が背中を丸めて、食卓を撫でていた。
「母さん」
今まで、自分はどんな声で母親を呼んでいただろうか。振り返った母親はひどく疲れていて、喜怒哀楽の豊かな母親を思い出して悲しくなった。
少しずつ変わっていくものばかりではないのだと思い知った。
「ジャン、よかった。訓練兵も参加したと聞いたから」
早足に母親に近づいた。背丈を抜いたのはいつのことなのか思い出せない。
「怪我は」
「私は何も。父さんが少しね。でも大丈夫よ」
母親はジャンを見上げ、困ったように小さく笑う。この変わり果てた家の中で見る、確かに知っている日常をかいま見た。それが嬉しいのか悲しいのかわからなかったが、ジャンは震える息を吐いた。
「あんた、兵士なのね」
伸ばされた手がジャンの胸のエンブレムに触れた。そこで母親ははっとして、ジャンを見る。荒れた手の下にあるのは、一角獣ではなく自由の翼だ。
「似合わねえだろ」
「……そうね、よく似合う」
あたたかい手が胸を撫でる。
空は青く、鳥は鳴く。しかし風が運んでくる声やにおいは知らないもので、ジャンは深く息を吐いてこみ上げるものを自分の中に散らせた。
シーツを被ってやり過ごせたら、どんなによかっただろう。自分を隠す術すら持たず、見て見ぬふりも許されない。
「ほんとに、よく似合う」
泣き出したジャンを、母親はいつものように抱きしめた。
切り傷、擦り傷、打ち身に捻挫。怒号に息を潜め、憤りは殺して鉄を嗅ぐ。ブレードがしなる視界の向こうはもう見えない。なくしたもののために戦うのか、なくしたくないもののために戦うのか、未だ道は見えなかった。
ジャン、と優しく呼ぶ声に、今すぐ飛び出していきそうになる。それでも驚いた顔が見たいという一心で、ジャンはじっと大人しくして息を潜めた。洗濯物の山の中、一際大きなシーツですっぽり体を覆ってうずくまる。母の声は近づいたり遠ざかったりして、そばを通る気配がするたびおかしくなった。
「ジャーン?どこに行っちゃったのかなぁジャンは。お顔が見たいな〜」
困った声に思わずくすくす笑いをこぼし、ジャンは「ばあっ!」と大きな声を上げて自分を覆っていたシーツから飛び出した。母は驚いて声を上げる。
「ああびっくりした!」
「びっくりした?」
「心臓が止まるかと思った」
胸をさする母に飛びついた。いたずらっ子ね、と頭を撫でられてけらけら笑う。エプロンからは甘い匂いがして、ジャンはあたたかい胸に顔を埋めた。
死体を燃やす炎が小さくなっていく。燃えるものがなくなってくすぶりゆく炎のように、自分の感情も治まってくれるならどれほどいいことだろう。ちらちらと空気を舐める炎を見つめ、ジャンはただ立ち尽くしていた。
見守っていた人間は随分減った。肉の焼けるにおいや高ぶる感情に耐えきれずに、ひとりまたひとりと離れていった。ジャンはどんな一瞬も捨てることができない気がした。
小さな火花がはぜ、燃えて組み木は崩れる。風は煙を遠く遠く、知らせのように運んでいった。
あの中にはジャンの親友もいた。冗談にしたいほどのくすぐったい言葉を平気で口にする男だった。ジャンのことを強い人ではないと言った男は、ジャンより先に死んだ。
「オレはな、昔から運はいい方だ」
近くにいた同期が動いた気配がしたが、話しかけたわけではなかった。しかしジャンは気にせず口を開く。
「運がいいだけだ」
ずっと炎を見ていたので、兵舎に戻ってからも目の奥がちかちかしているようだった。
煙は星を隠し、四散する。壁の外にも流れただろう。
新しいジャケットに袖を通した。気分は何も変わらない。背中に背負ったものは、自分には何も見えないからだ。
騒々しい、嫌な喧噪を走り抜ける。ちらちらと感じる視線はみな怒りに満ちて、悲しみをたたえて、あるいは無感情だ。
誰かの生活の欠片を蹴って、ジャンがまっすぐ目指したのは生まれ育った自分の家だ。巨人たちが好き勝手に暴れ回った街は人々を絶望させるには十分な光景だった。兵士の中には昔の悪夢を思い出して取り乱したまま、今も不安定な感情を持て余している者もいる。ジャンとて、昔の遊び場や通い慣れた店の変わり果てた姿に何も感じないはずがなかった。
全身の筋肉を意識して走る。そう考えていなければ、体が動かなくなる。右足を地面から持ち上げて体を前に、そうしながら左足で地面を踏みしめ、腕を大きく振りあげる。どんな一瞬の力さえ自分が指示をしなければ、糸が切れてしまう気がした。
ジャンの部屋はなくなっていた。天井のなくなった家の中で、母親が背中を丸めて、食卓を撫でていた。
「母さん」
今まで、自分はどんな声で母親を呼んでいただろうか。振り返った母親はひどく疲れていて、喜怒哀楽の豊かな母親を思い出して悲しくなった。
少しずつ変わっていくものばかりではないのだと思い知った。
「ジャン、よかった。訓練兵も参加したと聞いたから」
早足に母親に近づいた。背丈を抜いたのはいつのことなのか思い出せない。
「怪我は」
「私は何も。父さんが少しね。でも大丈夫よ」
母親はジャンを見上げ、困ったように小さく笑う。この変わり果てた家の中で見る、確かに知っている日常をかいま見た。それが嬉しいのか悲しいのかわからなかったが、ジャンは震える息を吐いた。
「あんた、兵士なのね」
伸ばされた手がジャンの胸のエンブレムに触れた。そこで母親ははっとして、ジャンを見る。荒れた手の下にあるのは、一角獣ではなく自由の翼だ。
「似合わねえだろ」
「……そうね、よく似合う」
あたたかい手が胸を撫でる。
空は青く、鳥は鳴く。しかし風が運んでくる声やにおいは知らないもので、ジャンは深く息を吐いてこみ上げるものを自分の中に散らせた。
シーツを被ってやり過ごせたら、どんなによかっただろう。自分を隠す術すら持たず、見て見ぬふりも許されない。
「ほんとに、よく似合う」
泣き出したジャンを、母親はいつものように抱きしめた。
切り傷、擦り傷、打ち身に捻挫。怒号に息を潜め、憤りは殺して鉄を嗅ぐ。ブレードがしなる視界の向こうはもう見えない。なくしたもののために戦うのか、なくしたくないもののために戦うのか、未だ道は見えなかった。
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