言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2012'11.03.Sat
「うわっ!」
笠井の声が上がったと思えば、それに続いて物が倒れる音がする。洗面所でそれを聞いていた三上は溜息をつき、封をしたばかりの段ボールに大きく洗面所、と書き残す。それから油性ペンをジーパンのポケットにねじ込みながら、笠井のいる部屋へ向かう。そこには積み上げた段ボールの中で頭を抱えてうずくまっている笠井がいて、凶器と思われる段ボールからは衣類がこぼれて広がっていた。
「何してんだ」
「うう……角が……」
「大丈夫か?」
口ではそう言いながら三上が手を伸ばしたのは段ボールの方で、乱れた前髪の合間から笠井が恨めしげに睨んでくる。中身は衣類だから軽いものだ、大した痛みはなかっただろう。
「三上先輩は俺と荷物とどっちが大切なんですか」
「今は明日の引っ越しまでに荷造りを済ませることが何よりも大切だ」
「人でなしっ」
わっと顔を覆ってすすり泣きをしてみせる笠井を無視して、三上は段ボールに衣服を戻した。構わずにいると飽きたのか、黙って荷造りを再開した。
「三上先輩、あのね」
「何だ」
「すごく言いにくいんだけど」
「うん」
「さっきベッドの下から三上先輩のICカードが出てきイタッ」
最後まで言うのを待たずに手が出た。再び頭を抱えて笠井は唇を尖らせる。
「俺のせいじゃないでしょ!?」
「あれはお前に貸して、お前がなくしたんだろうが!」
「俺はちゃんと返しましたぁ〜」
「返されてません〜」
「……」
「……さっさと片づけろ。お前本気でこれ片づくと思ってたのかよ、明日業者来るの9時だろ?」
「いやぁ思いの外はかどらず……」
「ずぼら」
「神経質」
じっとにらみ合った後、三上が先に手を振った。笠井はにやりと笑って作業を再開する。
「三上先輩は年々丸くなりますね」
「お前はいつまで経ってもかわいげがねぇな」
「知ってます?もう人生の半分一緒にいるんですよ」
「さっさと解放されてぇもんだな」
ひっくり返った段ボールの分だけ片づけて、立ち上がった三上はポケットの油性ペンを投げた。笠井はそれを受け損ね、ペンは部屋の端まで転がっていく。
「結局家電どうするんだ?」
「あ、誠二が一旦引き取ってくれることになったんです。後輩に聞いてみるって」
だらりと体を倒して笠井はペンに手を伸ばす。しかし寝そべっても手は届かず、唸り声をあげてそばまで這った。呆れて溜息をついたが、三上は何も言わない。今更どんな姿を見たって、三上にとっての笠井が変わるはずもなかった。
「今夜来てくれます」
「じゃあ冷蔵庫空にしなきゃなんねーのか」
「……あっ!」
「何だよ」
「アイスっ、アイスが入ってる!」
ぱっと立ち上がった笠井はさっきとはうって変わって、俊敏に部屋を飛び出した。三上は肩を落とし、結局拾われなかったペンを取って笠井が詰めた箱に衣類と書いた。更にガムテープで封をしていると、笠井がカップアイスを両手に戻ってくる。
「はい。食べて」
「ったく……冷凍は他にはねえな?」
「あとは調味料ぐらい」
並んでアイスを食べている場合ではないのだが、笠井は完全にやる気をなくしたようだ。仕方なしにさっさと片づけようとスプーンを取る。笠井が最近はまっているアイスだ。引っ越しの日程はもっと早く決まっていたのだから、もう少し計画性のある買い物をしてほしい。こんなことでこの先大丈夫なのだろうか。
今更話すこともなく、それから無言のままアイスを食べ終える。洗い物のスプーンを回収し、アイスのカップはすでに半分ほど埋まったゴミ袋に投げ入れた。
「俺次は台所片づけるから、お前はさっさとこの部屋どうにかしろよ」
「はぁ〜い」
「何でも捨てていいなら俺がやるぞ」
「わかってますぅ〜自分でしますぅ〜」
不満げな様子に苦笑しながら三上は台所へ向かった。ひとり暮らしが長い割に料理は上達しなかった。しかし嫌いではなかったようで、台所はそれなりに汚れている。
欠けているような食器は持ち主の意見を聞かないまま処分を決めて、正体不明の缶詰などの怪しい食品もさっさと分別して捨てていった。妙に生真面目かと思えばずぼらなところも多く、何度くだらないことで喧嘩しただろうか。
――人生の半分。20年や30年生きてきた程度の半分が長いのか短いのかはわからない。しかしその時間なりの出来事が多々あったはずなのに、改まると特に言えるようなこともないような気がした。まだ児戯の延長のように思えることさえある。その程度、だったのだろうか。
大方片付けて区切りをつけた頃には外は薄暗くなっていた。冷蔵庫などの家電はきれいにしたが、シンクなどはどうせ業者が入るだろうからそこそこだ。
笠井はどうしているだろう。集中していて忘れていたが、一度も邪魔しに来なかった。嫌な予感がする。手を洗って部屋に向かうと、案の定笠井は部屋の真ん中で段ボールに囲まれて横になっていた。起こしてやろうと足音を立てて近づいたが、笠井は目は開けていた。天井を見ていた視線を三上に移す。
「……思ってたより、この部屋での生活長かったなぁと思って」
「毛布と机代わりの段ボールしかなかったのにな」
「若かったなぁ」
「バカだったんだよ」
「そうかも」
笠井は目を閉じて深呼吸をした。しゃがみ込んで前髪に触れる。昔から変わらないように思えても、もう井の中の蛙だった中学生ではないのだ。
「終わらないような、気がしてました」
「……そうかもな」
「楽しかったのかも」
「……最後に」
「んー?」
「一緒にあの狭い風呂でも入るか?」
「い〜や〜で〜す〜!ばか!」
「はは。俺、帰るから」
「あ、はい」
「ちゃんと片づけ終わらせろよ。俺もう来ねぇんだからな」
「わかってますぅ」
「じゃあな」
「はい」
なんとなく名残惜しく、笠井の額を叩いて立ち上がる。仕事終わりでこの部屋に来たり、玄関で喧嘩をしたり、些細なことやくだらないことばかりだった。
玄関で靴を履いていると見送るためか笠井が出てきた。名残惜しいのは自分だけではないのかもしれない。
「何?お別れのキス?」
「ばか。鍵下さい」
「ああ」
ポケットに入れていた鍵を取り出し、笠井に渡す。キーホルダーも何もない鍵を見つめて笠井はそれを握りしめる。
「……どうなるんですかね」
「さあな。明日俺がいなくて泣くなよ」
「泣きません」
「……じゃあな」
「……明日から」
ドアに手をかけたが振り返る。笠井は三上をまっすぐ見て、困ったような笑みを見せた。
「また、同じ場所に帰るんですね」
笠井の声が上がったと思えば、それに続いて物が倒れる音がする。洗面所でそれを聞いていた三上は溜息をつき、封をしたばかりの段ボールに大きく洗面所、と書き残す。それから油性ペンをジーパンのポケットにねじ込みながら、笠井のいる部屋へ向かう。そこには積み上げた段ボールの中で頭を抱えてうずくまっている笠井がいて、凶器と思われる段ボールからは衣類がこぼれて広がっていた。
「何してんだ」
「うう……角が……」
「大丈夫か?」
口ではそう言いながら三上が手を伸ばしたのは段ボールの方で、乱れた前髪の合間から笠井が恨めしげに睨んでくる。中身は衣類だから軽いものだ、大した痛みはなかっただろう。
「三上先輩は俺と荷物とどっちが大切なんですか」
「今は明日の引っ越しまでに荷造りを済ませることが何よりも大切だ」
「人でなしっ」
わっと顔を覆ってすすり泣きをしてみせる笠井を無視して、三上は段ボールに衣服を戻した。構わずにいると飽きたのか、黙って荷造りを再開した。
「三上先輩、あのね」
「何だ」
「すごく言いにくいんだけど」
「うん」
「さっきベッドの下から三上先輩のICカードが出てきイタッ」
最後まで言うのを待たずに手が出た。再び頭を抱えて笠井は唇を尖らせる。
「俺のせいじゃないでしょ!?」
「あれはお前に貸して、お前がなくしたんだろうが!」
「俺はちゃんと返しましたぁ〜」
「返されてません〜」
「……」
「……さっさと片づけろ。お前本気でこれ片づくと思ってたのかよ、明日業者来るの9時だろ?」
「いやぁ思いの外はかどらず……」
「ずぼら」
「神経質」
じっとにらみ合った後、三上が先に手を振った。笠井はにやりと笑って作業を再開する。
「三上先輩は年々丸くなりますね」
「お前はいつまで経ってもかわいげがねぇな」
「知ってます?もう人生の半分一緒にいるんですよ」
「さっさと解放されてぇもんだな」
ひっくり返った段ボールの分だけ片づけて、立ち上がった三上はポケットの油性ペンを投げた。笠井はそれを受け損ね、ペンは部屋の端まで転がっていく。
「結局家電どうするんだ?」
「あ、誠二が一旦引き取ってくれることになったんです。後輩に聞いてみるって」
だらりと体を倒して笠井はペンに手を伸ばす。しかし寝そべっても手は届かず、唸り声をあげてそばまで這った。呆れて溜息をついたが、三上は何も言わない。今更どんな姿を見たって、三上にとっての笠井が変わるはずもなかった。
「今夜来てくれます」
「じゃあ冷蔵庫空にしなきゃなんねーのか」
「……あっ!」
「何だよ」
「アイスっ、アイスが入ってる!」
ぱっと立ち上がった笠井はさっきとはうって変わって、俊敏に部屋を飛び出した。三上は肩を落とし、結局拾われなかったペンを取って笠井が詰めた箱に衣類と書いた。更にガムテープで封をしていると、笠井がカップアイスを両手に戻ってくる。
「はい。食べて」
「ったく……冷凍は他にはねえな?」
「あとは調味料ぐらい」
並んでアイスを食べている場合ではないのだが、笠井は完全にやる気をなくしたようだ。仕方なしにさっさと片づけようとスプーンを取る。笠井が最近はまっているアイスだ。引っ越しの日程はもっと早く決まっていたのだから、もう少し計画性のある買い物をしてほしい。こんなことでこの先大丈夫なのだろうか。
今更話すこともなく、それから無言のままアイスを食べ終える。洗い物のスプーンを回収し、アイスのカップはすでに半分ほど埋まったゴミ袋に投げ入れた。
「俺次は台所片づけるから、お前はさっさとこの部屋どうにかしろよ」
「はぁ〜い」
「何でも捨てていいなら俺がやるぞ」
「わかってますぅ〜自分でしますぅ〜」
不満げな様子に苦笑しながら三上は台所へ向かった。ひとり暮らしが長い割に料理は上達しなかった。しかし嫌いではなかったようで、台所はそれなりに汚れている。
欠けているような食器は持ち主の意見を聞かないまま処分を決めて、正体不明の缶詰などの怪しい食品もさっさと分別して捨てていった。妙に生真面目かと思えばずぼらなところも多く、何度くだらないことで喧嘩しただろうか。
――人生の半分。20年や30年生きてきた程度の半分が長いのか短いのかはわからない。しかしその時間なりの出来事が多々あったはずなのに、改まると特に言えるようなこともないような気がした。まだ児戯の延長のように思えることさえある。その程度、だったのだろうか。
大方片付けて区切りをつけた頃には外は薄暗くなっていた。冷蔵庫などの家電はきれいにしたが、シンクなどはどうせ業者が入るだろうからそこそこだ。
笠井はどうしているだろう。集中していて忘れていたが、一度も邪魔しに来なかった。嫌な予感がする。手を洗って部屋に向かうと、案の定笠井は部屋の真ん中で段ボールに囲まれて横になっていた。起こしてやろうと足音を立てて近づいたが、笠井は目は開けていた。天井を見ていた視線を三上に移す。
「……思ってたより、この部屋での生活長かったなぁと思って」
「毛布と机代わりの段ボールしかなかったのにな」
「若かったなぁ」
「バカだったんだよ」
「そうかも」
笠井は目を閉じて深呼吸をした。しゃがみ込んで前髪に触れる。昔から変わらないように思えても、もう井の中の蛙だった中学生ではないのだ。
「終わらないような、気がしてました」
「……そうかもな」
「楽しかったのかも」
「……最後に」
「んー?」
「一緒にあの狭い風呂でも入るか?」
「い〜や〜で〜す〜!ばか!」
「はは。俺、帰るから」
「あ、はい」
「ちゃんと片づけ終わらせろよ。俺もう来ねぇんだからな」
「わかってますぅ」
「じゃあな」
「はい」
なんとなく名残惜しく、笠井の額を叩いて立ち上がる。仕事終わりでこの部屋に来たり、玄関で喧嘩をしたり、些細なことやくだらないことばかりだった。
玄関で靴を履いていると見送るためか笠井が出てきた。名残惜しいのは自分だけではないのかもしれない。
「何?お別れのキス?」
「ばか。鍵下さい」
「ああ」
ポケットに入れていた鍵を取り出し、笠井に渡す。キーホルダーも何もない鍵を見つめて笠井はそれを握りしめる。
「……どうなるんですかね」
「さあな。明日俺がいなくて泣くなよ」
「泣きません」
「……じゃあな」
「……明日から」
ドアに手をかけたが振り返る。笠井は三上をまっすぐ見て、困ったような笑みを見せた。
「また、同じ場所に帰るんですね」
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2012'05.23.Wed
真っ白な紙に綴った文字。これで思いが通じたり、誤解が生まれたりする。指先でペンをもてあそび、笠井は息を吐いた。白紙のレターパッドを引き出しにしまってベッドへ向かう。秋の夜長とは言っても現代日本、決められたタイムスケジュールは24時間365日変わらない。明日も5時には起床だ。今から眠って7時間。つまらないことで悩んでいないで早く寝ればよかった。毛布に潜り込んで小さくなる。
先日ラブレターをもらった。小さな告白。かわいらしいクローバーの書かれた便せんに並ぶ言葉は、一つひとつが新鮮だった。つき合ってほしいとも返事がほしいとも書かれていなかった。向こうの要望は何もない、思いだけのもの。自分もそんな手紙が書けるだろうかと思ったが、ひと言も出てこなかった。
綴る言葉を考える。簡潔に、それとも装飾過多なほど着飾って。
思考の間をほとんど与えられないまま眠りに落ちていた。藤代の騒がしい足音で目を覚ます。
「笠井さーん、あっさでっすよ〜」
「ん……おはよう……」
「おはよー。先行っとくな」
顔を見る間もなくルームメイトは部屋を出た。のそりと起き上がってあくびをする。だらだらと支度をしながら、ふとネクタイを締める手を止めた。引き出しを開けて便せんを取り出す。罫線だけのシンプルな便せんは、コンビニで買ってきたものだ。一晩経つとこんなもので思いが伝わるとはとても思えなくて、再び引き出しにしまい込む。
朝食の為に部屋を出れば、三上と近藤が並んで歩いているのを見かける。近藤は笠井に気づき、挨拶だけ交わして先に行ってしまった。
「おはよ」
「……おはようございます」
「なんだよ、機嫌悪ィな」
「別に」
「あっそう」
歩き出した三上の手を取って引き留める。振り返った三上に前を向かせ、指先を背中に当てた。衣替えをしたばかりの、ワイシャツの背中に指を滑らせる。
「……朝からなんですか?」
「たまにはいいかなと」
三上の顔をのぞき込むと口元がにやけていた。それに満足し、笠井は食堂へ歩き出す。
先日ラブレターをもらった。小さな告白。かわいらしいクローバーの書かれた便せんに並ぶ言葉は、一つひとつが新鮮だった。つき合ってほしいとも返事がほしいとも書かれていなかった。向こうの要望は何もない、思いだけのもの。自分もそんな手紙が書けるだろうかと思ったが、ひと言も出てこなかった。
綴る言葉を考える。簡潔に、それとも装飾過多なほど着飾って。
思考の間をほとんど与えられないまま眠りに落ちていた。藤代の騒がしい足音で目を覚ます。
「笠井さーん、あっさでっすよ〜」
「ん……おはよう……」
「おはよー。先行っとくな」
顔を見る間もなくルームメイトは部屋を出た。のそりと起き上がってあくびをする。だらだらと支度をしながら、ふとネクタイを締める手を止めた。引き出しを開けて便せんを取り出す。罫線だけのシンプルな便せんは、コンビニで買ってきたものだ。一晩経つとこんなもので思いが伝わるとはとても思えなくて、再び引き出しにしまい込む。
朝食の為に部屋を出れば、三上と近藤が並んで歩いているのを見かける。近藤は笠井に気づき、挨拶だけ交わして先に行ってしまった。
「おはよ」
「……おはようございます」
「なんだよ、機嫌悪ィな」
「別に」
「あっそう」
歩き出した三上の手を取って引き留める。振り返った三上に前を向かせ、指先を背中に当てた。衣替えをしたばかりの、ワイシャツの背中に指を滑らせる。
「……朝からなんですか?」
「たまにはいいかなと」
三上の顔をのぞき込むと口元がにやけていた。それに満足し、笠井は食堂へ歩き出す。
2012'03.10.Sat
「竹巳、もう寝ろ」
「……でも」
今にも泣きだしそううな声に、三上は頭を抱えたくなった。ああくそ、かわいいな。溜息をつくと何を思ったのか、竹巳は慌てて立ち上がった。
「邪魔でしたよね!すみません」
「あー、そうじゃない」
昼間働いていた姿のままの竹巳を見る。この三上屋へ奉公に来たばかりの頃から考えると、竹巳は随分たくましくなった。昔はいつもこんな風に情けない顔をしていたようい思う。それでも音を上げずに体で追いつき、今ではいなくては店が回らないほどよくできた奉公人である。
今、竹巳の心を占めているのは一匹の猫だった。
三上屋は反物を扱っている。拾われてきたときは飼うことになるなどと思ってはいなかったが、竹巳が執心と見て、彼を気に入っている旦那、三上の父親があっさり許したのだ。幸いなことに賢い猫であり、おまけに狩りもうまいのでネズミが減った。
その猫が夕方から姿を見せず、食事時にも表れない。店先から家の奥まで探し回り、挙句床下まで入って探したが見つからなかったようだ。カラスに襲われたり、子どもにいじめられたりしていないだろうか。誰かが漏らしたそんな言葉を聞いてから、竹巳はずっとこんな調子で夜になっても閉めた店先でしゃがみこんでいた。
竹巳は道の向こうをじっとみた。昼間は賑わう場所も人の姿はなく、明かりもない様子は別の何かが出てきそうな不気味ささえ感じる。
「お前が風邪ひいたらつまらんだろうが」
「でも、墨雪が帰ってきたら開けてやらないと……」
「猫なんだ、どこからでも入ってくるだろ」
「……そう、ですよね……」
竹巳の不安をぬぐい去ってやれるようなことが言えればいいのだろうが、何も言葉が出てこなかった。客相手の駆け引きでも、女を口説くときでもこんなに言葉が出ないことはない。三上から言葉を奪うのは、竹巳だけだ。どうすることもできず、三上はただ隣に立ちつくした。
夜風は冷たい。竹巳が動かないのを見て、溜息をついて引き寄せた。変な声を上げるのにも構わず冷えた体を抱き込み、羽織で包んで体を寄せる。
「わっ、若旦那!」
「猫が戻るまでこうしてやる」
「わ……わかりました!戻ります!戻って寝ます!」
「いいよ」
「戻りますッ!」
「チッ」
体温が逃げていくのを名残惜しく思いながらも、暴れる竹巳を手放した。この程度の抵抗で引く三上を見れば、昔からの悪友が見れば笑うだろう。
「明るくなったら一緒に探しに行ってやる」
「……ありがとう、ございます」
「起きれるかと思ったろう」
「いえ、そんな」
「起こしに来い」
ちゃんと寝ろよ、と声をかけて自室へ向かう。足取り重く部屋へ戻って行く竹巳の背中に、深く溜息をついた。――猫に嫉妬することになるなんて考えたこともない。俺が黙っていなくなったら探してくれるだろうか、などとつまらないことを考えながら部屋に入り、……そして肩を落とした。なんだそりゃ。
三上の布団の上で眠るのは、白い体に墨を落としたようなぶちのある猫だった。
「……でも」
今にも泣きだしそううな声に、三上は頭を抱えたくなった。ああくそ、かわいいな。溜息をつくと何を思ったのか、竹巳は慌てて立ち上がった。
「邪魔でしたよね!すみません」
「あー、そうじゃない」
昼間働いていた姿のままの竹巳を見る。この三上屋へ奉公に来たばかりの頃から考えると、竹巳は随分たくましくなった。昔はいつもこんな風に情けない顔をしていたようい思う。それでも音を上げずに体で追いつき、今ではいなくては店が回らないほどよくできた奉公人である。
今、竹巳の心を占めているのは一匹の猫だった。
三上屋は反物を扱っている。拾われてきたときは飼うことになるなどと思ってはいなかったが、竹巳が執心と見て、彼を気に入っている旦那、三上の父親があっさり許したのだ。幸いなことに賢い猫であり、おまけに狩りもうまいのでネズミが減った。
その猫が夕方から姿を見せず、食事時にも表れない。店先から家の奥まで探し回り、挙句床下まで入って探したが見つからなかったようだ。カラスに襲われたり、子どもにいじめられたりしていないだろうか。誰かが漏らしたそんな言葉を聞いてから、竹巳はずっとこんな調子で夜になっても閉めた店先でしゃがみこんでいた。
竹巳は道の向こうをじっとみた。昼間は賑わう場所も人の姿はなく、明かりもない様子は別の何かが出てきそうな不気味ささえ感じる。
「お前が風邪ひいたらつまらんだろうが」
「でも、墨雪が帰ってきたら開けてやらないと……」
「猫なんだ、どこからでも入ってくるだろ」
「……そう、ですよね……」
竹巳の不安をぬぐい去ってやれるようなことが言えればいいのだろうが、何も言葉が出てこなかった。客相手の駆け引きでも、女を口説くときでもこんなに言葉が出ないことはない。三上から言葉を奪うのは、竹巳だけだ。どうすることもできず、三上はただ隣に立ちつくした。
夜風は冷たい。竹巳が動かないのを見て、溜息をついて引き寄せた。変な声を上げるのにも構わず冷えた体を抱き込み、羽織で包んで体を寄せる。
「わっ、若旦那!」
「猫が戻るまでこうしてやる」
「わ……わかりました!戻ります!戻って寝ます!」
「いいよ」
「戻りますッ!」
「チッ」
体温が逃げていくのを名残惜しく思いながらも、暴れる竹巳を手放した。この程度の抵抗で引く三上を見れば、昔からの悪友が見れば笑うだろう。
「明るくなったら一緒に探しに行ってやる」
「……ありがとう、ございます」
「起きれるかと思ったろう」
「いえ、そんな」
「起こしに来い」
ちゃんと寝ろよ、と声をかけて自室へ向かう。足取り重く部屋へ戻って行く竹巳の背中に、深く溜息をついた。――猫に嫉妬することになるなんて考えたこともない。俺が黙っていなくなったら探してくれるだろうか、などとつまらないことを考えながら部屋に入り、……そして肩を落とした。なんだそりゃ。
三上の布団の上で眠るのは、白い体に墨を落としたようなぶちのある猫だった。
2012'01.22.Sun
三笠。三上高3、笠井高2。
「三上先輩!」
高い声に呼ばれて三上が振り返ると、二人組の女子生徒が立っている。用があるのはひとりだろう。もじもじとその手に持っているものはパステルピンクの紙袋で、さてどう持って帰ったものか、と三上はさっそく考え始めた。
「今日、お誕生日ですよね」
「よく知ってんな」
「それで、あの……これっ、プレゼントです!よかったら使って下さいっ!」
「ありがとう。でも気持ちだけで十分だから」
「いえっ、こちらこそ、気に入ってもらえるかわかりませんが、受け取ってもらえるだけで十分なので!あの……だめですか?」
「……じゃあ、ありがとう」
「!」
差し出された袋を受け取ると、彼女はぱっと顔を上げた。大きいな瞳が目立つ顔立ちで、きっと誰からもかわいいと言われるのだろう。かわいい子に好意を寄せられることは、男として素直に嬉しい。――これが、今この場でなければ少しぐらい遊んでいたかも、と思う程度には。
「三上先輩、行きますよ」
「はいはい」
冷たくすら聞こえる声には振り返らず、三上は女子のクラスと名前を聞いた。頭の中に留めおき、再び礼を言って彼女から離れる。少し距離が開いてから、きゃあきゃあとはしゃぐ声が聞こえてきた。華やかなのはいいことだ。
「むさくるしくてすいませんねぇ」
「何も言ってねぇよ」
笠井に追いついて顔を見ると、仏頂面を向けてくる。高2ともなればもう大人の男に近くなり、眉間にしわを寄せた表情がかわいくなくなったのはいつの頃からだろうか。
心の声が顔からこぼれてます、更に不機嫌な声で付け加えられたが、三上はそれを笑い飛ばした。
「だってお前、俺が朝一番でもらったプレゼント何だと思ってんだよ」
「サッカー部の鍛え上げられた男たち+侵入してきた柔道・剣道・野球等各部代表による添い寝」
「殺意を覚えた」
「そういう態度を取るからです」
笠井がプレゼントを指さした。思い出して中を覗いてみる。ラッピングされているので中はわからないが、大きさ、軽さから考えてタオルの類だろう。無難なところだ。
「誕生日だろー、ちょっとぐらい浮かれたっていいじゃねえか」
「はいはいそーですねー。せいぜい刺されない程度に誕生日を楽しんで下さい」
「アラ、いいの」
「どーぞ。最後に俺のところに来るならね」
「……あー……部活終わったらどっか行く?」
「どうせ誰かに捕まるんでしょ」
「俺が、笠井と、どっか行きたい」
「……期待しないでおきます」
「素直じゃねーな。祝わせてやるって言ってんのに」
「……あんたの誕生日祝うの、何度目だと思ってるんですか」
「三上先輩!」
高い声に呼ばれて三上が振り返ると、二人組の女子生徒が立っている。用があるのはひとりだろう。もじもじとその手に持っているものはパステルピンクの紙袋で、さてどう持って帰ったものか、と三上はさっそく考え始めた。
「今日、お誕生日ですよね」
「よく知ってんな」
「それで、あの……これっ、プレゼントです!よかったら使って下さいっ!」
「ありがとう。でも気持ちだけで十分だから」
「いえっ、こちらこそ、気に入ってもらえるかわかりませんが、受け取ってもらえるだけで十分なので!あの……だめですか?」
「……じゃあ、ありがとう」
「!」
差し出された袋を受け取ると、彼女はぱっと顔を上げた。大きいな瞳が目立つ顔立ちで、きっと誰からもかわいいと言われるのだろう。かわいい子に好意を寄せられることは、男として素直に嬉しい。――これが、今この場でなければ少しぐらい遊んでいたかも、と思う程度には。
「三上先輩、行きますよ」
「はいはい」
冷たくすら聞こえる声には振り返らず、三上は女子のクラスと名前を聞いた。頭の中に留めおき、再び礼を言って彼女から離れる。少し距離が開いてから、きゃあきゃあとはしゃぐ声が聞こえてきた。華やかなのはいいことだ。
「むさくるしくてすいませんねぇ」
「何も言ってねぇよ」
笠井に追いついて顔を見ると、仏頂面を向けてくる。高2ともなればもう大人の男に近くなり、眉間にしわを寄せた表情がかわいくなくなったのはいつの頃からだろうか。
心の声が顔からこぼれてます、更に不機嫌な声で付け加えられたが、三上はそれを笑い飛ばした。
「だってお前、俺が朝一番でもらったプレゼント何だと思ってんだよ」
「サッカー部の鍛え上げられた男たち+侵入してきた柔道・剣道・野球等各部代表による添い寝」
「殺意を覚えた」
「そういう態度を取るからです」
笠井がプレゼントを指さした。思い出して中を覗いてみる。ラッピングされているので中はわからないが、大きさ、軽さから考えてタオルの類だろう。無難なところだ。
「誕生日だろー、ちょっとぐらい浮かれたっていいじゃねえか」
「はいはいそーですねー。せいぜい刺されない程度に誕生日を楽しんで下さい」
「アラ、いいの」
「どーぞ。最後に俺のところに来るならね」
「……あー……部活終わったらどっか行く?」
「どうせ誰かに捕まるんでしょ」
「俺が、笠井と、どっか行きたい」
「……期待しないでおきます」
「素直じゃねーな。祝わせてやるって言ってんのに」
「……あんたの誕生日祝うの、何度目だと思ってるんですか」
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