言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2012'11.03.Sat
「うわっ!」
笠井の声が上がったと思えば、それに続いて物が倒れる音がする。洗面所でそれを聞いていた三上は溜息をつき、封をしたばかりの段ボールに大きく洗面所、と書き残す。それから油性ペンをジーパンのポケットにねじ込みながら、笠井のいる部屋へ向かう。そこには積み上げた段ボールの中で頭を抱えてうずくまっている笠井がいて、凶器と思われる段ボールからは衣類がこぼれて広がっていた。
「何してんだ」
「うう……角が……」
「大丈夫か?」
口ではそう言いながら三上が手を伸ばしたのは段ボールの方で、乱れた前髪の合間から笠井が恨めしげに睨んでくる。中身は衣類だから軽いものだ、大した痛みはなかっただろう。
「三上先輩は俺と荷物とどっちが大切なんですか」
「今は明日の引っ越しまでに荷造りを済ませることが何よりも大切だ」
「人でなしっ」
わっと顔を覆ってすすり泣きをしてみせる笠井を無視して、三上は段ボールに衣服を戻した。構わずにいると飽きたのか、黙って荷造りを再開した。
「三上先輩、あのね」
「何だ」
「すごく言いにくいんだけど」
「うん」
「さっきベッドの下から三上先輩のICカードが出てきイタッ」
最後まで言うのを待たずに手が出た。再び頭を抱えて笠井は唇を尖らせる。
「俺のせいじゃないでしょ!?」
「あれはお前に貸して、お前がなくしたんだろうが!」
「俺はちゃんと返しましたぁ〜」
「返されてません〜」
「……」
「……さっさと片づけろ。お前本気でこれ片づくと思ってたのかよ、明日業者来るの9時だろ?」
「いやぁ思いの外はかどらず……」
「ずぼら」
「神経質」
じっとにらみ合った後、三上が先に手を振った。笠井はにやりと笑って作業を再開する。
「三上先輩は年々丸くなりますね」
「お前はいつまで経ってもかわいげがねぇな」
「知ってます?もう人生の半分一緒にいるんですよ」
「さっさと解放されてぇもんだな」
ひっくり返った段ボールの分だけ片づけて、立ち上がった三上はポケットの油性ペンを投げた。笠井はそれを受け損ね、ペンは部屋の端まで転がっていく。
「結局家電どうするんだ?」
「あ、誠二が一旦引き取ってくれることになったんです。後輩に聞いてみるって」
だらりと体を倒して笠井はペンに手を伸ばす。しかし寝そべっても手は届かず、唸り声をあげてそばまで這った。呆れて溜息をついたが、三上は何も言わない。今更どんな姿を見たって、三上にとっての笠井が変わるはずもなかった。
「今夜来てくれます」
「じゃあ冷蔵庫空にしなきゃなんねーのか」
「……あっ!」
「何だよ」
「アイスっ、アイスが入ってる!」
ぱっと立ち上がった笠井はさっきとはうって変わって、俊敏に部屋を飛び出した。三上は肩を落とし、結局拾われなかったペンを取って笠井が詰めた箱に衣類と書いた。更にガムテープで封をしていると、笠井がカップアイスを両手に戻ってくる。
「はい。食べて」
「ったく……冷凍は他にはねえな?」
「あとは調味料ぐらい」
並んでアイスを食べている場合ではないのだが、笠井は完全にやる気をなくしたようだ。仕方なしにさっさと片づけようとスプーンを取る。笠井が最近はまっているアイスだ。引っ越しの日程はもっと早く決まっていたのだから、もう少し計画性のある買い物をしてほしい。こんなことでこの先大丈夫なのだろうか。
今更話すこともなく、それから無言のままアイスを食べ終える。洗い物のスプーンを回収し、アイスのカップはすでに半分ほど埋まったゴミ袋に投げ入れた。
「俺次は台所片づけるから、お前はさっさとこの部屋どうにかしろよ」
「はぁ〜い」
「何でも捨てていいなら俺がやるぞ」
「わかってますぅ〜自分でしますぅ〜」
不満げな様子に苦笑しながら三上は台所へ向かった。ひとり暮らしが長い割に料理は上達しなかった。しかし嫌いではなかったようで、台所はそれなりに汚れている。
欠けているような食器は持ち主の意見を聞かないまま処分を決めて、正体不明の缶詰などの怪しい食品もさっさと分別して捨てていった。妙に生真面目かと思えばずぼらなところも多く、何度くだらないことで喧嘩しただろうか。
――人生の半分。20年や30年生きてきた程度の半分が長いのか短いのかはわからない。しかしその時間なりの出来事が多々あったはずなのに、改まると特に言えるようなこともないような気がした。まだ児戯の延長のように思えることさえある。その程度、だったのだろうか。
大方片付けて区切りをつけた頃には外は薄暗くなっていた。冷蔵庫などの家電はきれいにしたが、シンクなどはどうせ業者が入るだろうからそこそこだ。
笠井はどうしているだろう。集中していて忘れていたが、一度も邪魔しに来なかった。嫌な予感がする。手を洗って部屋に向かうと、案の定笠井は部屋の真ん中で段ボールに囲まれて横になっていた。起こしてやろうと足音を立てて近づいたが、笠井は目は開けていた。天井を見ていた視線を三上に移す。
「……思ってたより、この部屋での生活長かったなぁと思って」
「毛布と机代わりの段ボールしかなかったのにな」
「若かったなぁ」
「バカだったんだよ」
「そうかも」
笠井は目を閉じて深呼吸をした。しゃがみ込んで前髪に触れる。昔から変わらないように思えても、もう井の中の蛙だった中学生ではないのだ。
「終わらないような、気がしてました」
「……そうかもな」
「楽しかったのかも」
「……最後に」
「んー?」
「一緒にあの狭い風呂でも入るか?」
「い〜や〜で〜す〜!ばか!」
「はは。俺、帰るから」
「あ、はい」
「ちゃんと片づけ終わらせろよ。俺もう来ねぇんだからな」
「わかってますぅ」
「じゃあな」
「はい」
なんとなく名残惜しく、笠井の額を叩いて立ち上がる。仕事終わりでこの部屋に来たり、玄関で喧嘩をしたり、些細なことやくだらないことばかりだった。
玄関で靴を履いていると見送るためか笠井が出てきた。名残惜しいのは自分だけではないのかもしれない。
「何?お別れのキス?」
「ばか。鍵下さい」
「ああ」
ポケットに入れていた鍵を取り出し、笠井に渡す。キーホルダーも何もない鍵を見つめて笠井はそれを握りしめる。
「……どうなるんですかね」
「さあな。明日俺がいなくて泣くなよ」
「泣きません」
「……じゃあな」
「……明日から」
ドアに手をかけたが振り返る。笠井は三上をまっすぐ見て、困ったような笑みを見せた。
「また、同じ場所に帰るんですね」
笠井の声が上がったと思えば、それに続いて物が倒れる音がする。洗面所でそれを聞いていた三上は溜息をつき、封をしたばかりの段ボールに大きく洗面所、と書き残す。それから油性ペンをジーパンのポケットにねじ込みながら、笠井のいる部屋へ向かう。そこには積み上げた段ボールの中で頭を抱えてうずくまっている笠井がいて、凶器と思われる段ボールからは衣類がこぼれて広がっていた。
「何してんだ」
「うう……角が……」
「大丈夫か?」
口ではそう言いながら三上が手を伸ばしたのは段ボールの方で、乱れた前髪の合間から笠井が恨めしげに睨んでくる。中身は衣類だから軽いものだ、大した痛みはなかっただろう。
「三上先輩は俺と荷物とどっちが大切なんですか」
「今は明日の引っ越しまでに荷造りを済ませることが何よりも大切だ」
「人でなしっ」
わっと顔を覆ってすすり泣きをしてみせる笠井を無視して、三上は段ボールに衣服を戻した。構わずにいると飽きたのか、黙って荷造りを再開した。
「三上先輩、あのね」
「何だ」
「すごく言いにくいんだけど」
「うん」
「さっきベッドの下から三上先輩のICカードが出てきイタッ」
最後まで言うのを待たずに手が出た。再び頭を抱えて笠井は唇を尖らせる。
「俺のせいじゃないでしょ!?」
「あれはお前に貸して、お前がなくしたんだろうが!」
「俺はちゃんと返しましたぁ〜」
「返されてません〜」
「……」
「……さっさと片づけろ。お前本気でこれ片づくと思ってたのかよ、明日業者来るの9時だろ?」
「いやぁ思いの外はかどらず……」
「ずぼら」
「神経質」
じっとにらみ合った後、三上が先に手を振った。笠井はにやりと笑って作業を再開する。
「三上先輩は年々丸くなりますね」
「お前はいつまで経ってもかわいげがねぇな」
「知ってます?もう人生の半分一緒にいるんですよ」
「さっさと解放されてぇもんだな」
ひっくり返った段ボールの分だけ片づけて、立ち上がった三上はポケットの油性ペンを投げた。笠井はそれを受け損ね、ペンは部屋の端まで転がっていく。
「結局家電どうするんだ?」
「あ、誠二が一旦引き取ってくれることになったんです。後輩に聞いてみるって」
だらりと体を倒して笠井はペンに手を伸ばす。しかし寝そべっても手は届かず、唸り声をあげてそばまで這った。呆れて溜息をついたが、三上は何も言わない。今更どんな姿を見たって、三上にとっての笠井が変わるはずもなかった。
「今夜来てくれます」
「じゃあ冷蔵庫空にしなきゃなんねーのか」
「……あっ!」
「何だよ」
「アイスっ、アイスが入ってる!」
ぱっと立ち上がった笠井はさっきとはうって変わって、俊敏に部屋を飛び出した。三上は肩を落とし、結局拾われなかったペンを取って笠井が詰めた箱に衣類と書いた。更にガムテープで封をしていると、笠井がカップアイスを両手に戻ってくる。
「はい。食べて」
「ったく……冷凍は他にはねえな?」
「あとは調味料ぐらい」
並んでアイスを食べている場合ではないのだが、笠井は完全にやる気をなくしたようだ。仕方なしにさっさと片づけようとスプーンを取る。笠井が最近はまっているアイスだ。引っ越しの日程はもっと早く決まっていたのだから、もう少し計画性のある買い物をしてほしい。こんなことでこの先大丈夫なのだろうか。
今更話すこともなく、それから無言のままアイスを食べ終える。洗い物のスプーンを回収し、アイスのカップはすでに半分ほど埋まったゴミ袋に投げ入れた。
「俺次は台所片づけるから、お前はさっさとこの部屋どうにかしろよ」
「はぁ〜い」
「何でも捨てていいなら俺がやるぞ」
「わかってますぅ〜自分でしますぅ〜」
不満げな様子に苦笑しながら三上は台所へ向かった。ひとり暮らしが長い割に料理は上達しなかった。しかし嫌いではなかったようで、台所はそれなりに汚れている。
欠けているような食器は持ち主の意見を聞かないまま処分を決めて、正体不明の缶詰などの怪しい食品もさっさと分別して捨てていった。妙に生真面目かと思えばずぼらなところも多く、何度くだらないことで喧嘩しただろうか。
――人生の半分。20年や30年生きてきた程度の半分が長いのか短いのかはわからない。しかしその時間なりの出来事が多々あったはずなのに、改まると特に言えるようなこともないような気がした。まだ児戯の延長のように思えることさえある。その程度、だったのだろうか。
大方片付けて区切りをつけた頃には外は薄暗くなっていた。冷蔵庫などの家電はきれいにしたが、シンクなどはどうせ業者が入るだろうからそこそこだ。
笠井はどうしているだろう。集中していて忘れていたが、一度も邪魔しに来なかった。嫌な予感がする。手を洗って部屋に向かうと、案の定笠井は部屋の真ん中で段ボールに囲まれて横になっていた。起こしてやろうと足音を立てて近づいたが、笠井は目は開けていた。天井を見ていた視線を三上に移す。
「……思ってたより、この部屋での生活長かったなぁと思って」
「毛布と机代わりの段ボールしかなかったのにな」
「若かったなぁ」
「バカだったんだよ」
「そうかも」
笠井は目を閉じて深呼吸をした。しゃがみ込んで前髪に触れる。昔から変わらないように思えても、もう井の中の蛙だった中学生ではないのだ。
「終わらないような、気がしてました」
「……そうかもな」
「楽しかったのかも」
「……最後に」
「んー?」
「一緒にあの狭い風呂でも入るか?」
「い〜や〜で〜す〜!ばか!」
「はは。俺、帰るから」
「あ、はい」
「ちゃんと片づけ終わらせろよ。俺もう来ねぇんだからな」
「わかってますぅ」
「じゃあな」
「はい」
なんとなく名残惜しく、笠井の額を叩いて立ち上がる。仕事終わりでこの部屋に来たり、玄関で喧嘩をしたり、些細なことやくだらないことばかりだった。
玄関で靴を履いていると見送るためか笠井が出てきた。名残惜しいのは自分だけではないのかもしれない。
「何?お別れのキス?」
「ばか。鍵下さい」
「ああ」
ポケットに入れていた鍵を取り出し、笠井に渡す。キーホルダーも何もない鍵を見つめて笠井はそれを握りしめる。
「……どうなるんですかね」
「さあな。明日俺がいなくて泣くなよ」
「泣きません」
「……じゃあな」
「……明日から」
ドアに手をかけたが振り返る。笠井は三上をまっすぐ見て、困ったような笑みを見せた。
「また、同じ場所に帰るんですね」
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