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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'01.19.Sun
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2013'11.25.Mon
金木犀が教えてくれる、と言われた通り、地図を片手に向かった場所は金木犀の甘い匂いが漂っていた。今日からジャンの家になるその寄宿舎は決して新しくはないが、由緒正しいという言葉がふさわしい歴史ある建物だ。創立者が芸術を志していたということもあり、門扉にしても細かな細工が施されている。なるほど、金の有り余った者の道楽で作るには持って来いなものであっただろう。ジャンがたどり着いたのは裏口のようだったがそれでもジャンの見たことがないような立派な門だ。堅牢に立ちふさがるようにも見えてジャンは少しためらうが、ここより他に行く場所はない。

冷たい鉄の門を押すと、それは意外にもすんなりとジャンを受け入れた。一歩足を踏み入れると金木犀の香りが強くなる。視線を巡らせた先に見つけたその木の根本に、うずくまる人影を見つけてぎょっとした。恐る恐る近づくと丸まった背はかすかに上下していて、ほっと息を吐く。具合でも悪いのだろうかと肩を軽く叩いてみるが、反応はない。呼吸は規則正しく繰り返されているので、眠っているだけのようだ。

頭の丸みに沿って流れる金の髪を金木犀の小さな花が飾り、どこか甘そうにも見えるその色に手を伸ばす。ジャンの指先に応えるように花が落ち、それを視線で追うと、そこに見つけたサファイアの瞳に息を飲んだ。

丁寧にまばたきをして、彼はジャンを見上げた。腕に顔を半分埋めたまま、濡れた瞳でこちらを見つめている。

「……ジャン・キルシャタイン?」

透き通った声に名前を呼ばれ、ジャンは背筋を伸ばしてややのけぞった。ゆっくり顔を上げてジャンを見たのは、人間ではないように見えるほど、不思議な存在に思える。しかし次の瞬間彼はにこりと笑い、気さくにジャンに手を差し出した。

「ようこそ寄宿舎へ。僕はアルミン・アルレルト。君と同室なんだ、よろしく」

「よっ、よろしく」

「待ってる間に寝ちゃった」

ぱっと立ち上がった彼、アルミンはしゃがんだまたのジャンにも手を差し出した。立ち上がると彼の頭に残る金木犀の花が目についたので、払ってやるとアルミンは驚いて目を丸くする。しかし金木犀に気づき、その花と同じぐらい可憐に笑った。胸が高鳴るのがわかる。新しいルームメイトとは、仲良くできるだろうか。



アルミンは成績優秀な学生だった。クラスの誰もが彼に羨望の眼差しを向け、少々運動が不得手なところもまた愛嬌があった。アルミンがルームメイトであると紹介してくれたお陰で、ジャンはクラスにもすぐ馴染むことができた。

幸い学力も差がつくほどではなく、ジャンはどちらかといえば成績は上位に入った。アルミンとは違いジャンは運動神経もよく、どんなスポーツでも活躍することができた。

アルミンはそれを僻むようなこともなく、ふたりがお互いの不足を補うようになるのは自然な流れだった。いつの間にか、まるで旧知の仲のように息のあったやりとりをするふたりになっていた。ジャンはアルミンに気を許して、何でも相談できる相手だった。

――それでも、アルミンはそうだとは限らなかった。



「アルミン、灯落とすぞ」

「うん」

アルミンはジャンの言葉に素直に頷き、読んでいた本を閉じる。アルミンがベッドに潜り込んだのを確認し、ジャンはランプの小さな炎を消した。訪れる闇の中でジャンは手探りでベッドに戻り、柔らかいシーツに体を預ける。始めのうちはホームシックにもなったが、そのたびアルミンが勇気づけてくれたので、ひとりのベッドも今は寂しくない。

やがて衣擦れの音も聞こえなくなり、静かになった部屋には何の音もしなくなった。ジャンは息を殺し、じっと待つ。

今日は週末だ。いつもの通りなら――小さく、木の軋む音。

やはりいつものように、アルミンがベッドを抜け出した。ジャンを起こさないよう物音を立てず、静かに靴を履いて寝間着のままこっそりと部屋を出ていく。ドアが閉まってかすかな足音も消えてから、ジャンは体を起こした。アルミンが出ていってしまったドアを見て溜息をつく。



週末の夜、アルミンはいつもこうして部屋を抜け出している。初めはトイレにでも行っているのかと思っていたが、しばらく待ってもアルミンは帰ってこなかった。一度追いかけようとしたが、ジャンが部屋を抜け出した頃にはアルミンの姿はどこにもなく、結局朝方までアルミンは戻ってこなかったのだ。今夜もきっと、そうなのだろう。

どこに行っているのか一度問い詰めたことがある。それでも、柔らかい物腰でどこにも行かないと言い張った。あまつさえ、ジャンが夢を見たことにされてしまったのだ。

今日もアルミンは朝まで帰ってこなかった。布団に潜っていたジャンが体を起こすと、さも今起きたばかりだという体でジャンに挨拶をする。もうそれがいつものやりとりになっていた。

「ジャン、今日の予定は?」

「……勉強する」

「僕もそうしようかな。自習室?」

「ああ」

朝食を食べてからふたりで自習室に向かった。寮に作られた自習室は昔は書斎だったのだろう、作りつけの本棚には今でも沢山の本が並べられている。読書家のアルミンのお気に入りの場所だ。他にも生徒がいる中で、ふたりは並んで座った。

「ジャン、ここわかる?」

「どれ」

アルミンが身を乗り出してジャンにもノートを向けた。ふと寄った体から、ふわりと甘い香りがする。それが何か考えてすぐに思い当たった。金木犀だ。

「……アルミン」

「何?」

「……何でもない」

確かに彼から香るのは金木犀だった。



次の週末もやはりアルミンは深夜に部屋を抜け出した。遅れてベッドを出たジャンも、気づかれないようこっそり部屋を出る。

普段は気にならない小さな廊下の軋みが妙に耳につき、それに誘われるように胸が脈打った。アルミンの姿はやはりないが、見当はついている。

――金木犀。

この近くでその匂いを感じることができるのは、この辺りには一ヶ所しかない。

ジャンは慎重に寮を抜け出した。裏口の鍵は開いていて確信する。風の冷たい夜に紛れて裏門に向かった。足音を殺し、建物に隠れてそっと門の方をのぞき込む。



月明かりにシルエットが浮かんでいる。かき乱される金の髪、溶け合うように絡む腕。ひとつになっていた影がゆっくりと離れ、恍惚に満ちたアルミンの表情が影の肩越しに見えた。アルミンの体を抱くその相手は影になって、様子がわからない。

それでも、金木犀の木のそばで微笑むのは、アルミンに間違いなかった。うっとりと目を細め、日に焼けない腕は柔らかく影を抱く。すっかりアルミンを隠してしまうほどの影は優しくアルミンを撫で、その手の中でアルミンは体をよじらせた。

ジャンは指先さえ動かすことができないまま立ち尽くした。そこにある愉悦も快楽も、ジャンは知らない。あんな表情のアルミンを見たことがない。

何かの間違いであれと願うジャンの思いとは裏腹に、小さく漏れた笑い声は、いつも耳にするアルミンの声で間違いなかった。



そのあとどうやって部屋まで戻ったのか、ジャンはよく覚えていない。ただ誰にも咎められなかったので、見つかることなく部屋に戻ったことは確かだろう。

布団に潜ってからも目はさえて、アルミンの顔が浮かんで離れない。その夜は朝まで、アルミンが戻ってくるまで眠ることができなかった。

「おはよう、ジャン。……ジャン?」

「……おはよう」

頭まで布団を被ったまま答えるとアルミンは笑った。どうしたの、今日はお寝坊さんだね。ジャンをからかいながら布団をはぎ、アルミンはジャンの顔を見て驚いた。一睡もしていないジャンは、どんなひどい顔をしているのだろう。

「またホームシックかい?じゃあ今夜は僕が一緒に寝てあげるよ」

優しく母のようにジャンの髪を撫でつけたアルミンからは、金木犀の匂いがした。



その夜、アルミンは宣言通りジャンと共にベッドに入った。睡眠不足とアルミンのことで一日中ぼんやりしていたジャンをいたわって、布団を被ってからもぽんぽんと腹を叩いてくれた。それでもジャンは不安になって、アルミンにねだって手をつないで寝てもらった。笑いながらアルミンが重ねた手はあたたかく、この手が誰かを抱いたなんて嘘のようだった。

次の夜もジャンはアルミンの心配に甘えて一緒に眠った。その次の週末まで、ずっとアルミンの手を握って眠った。甘えっこだね、と笑いながら、アルミンは毎晩ジャンの手を包むようにして眠りについた。

それでも、週末はやはりベッドを抜け出した。ジャンの指を一本ずつゆっくり離し、いつもより殊更慎重にベッドを降りる。アルミンが静かにドアを閉める音を聞きながら、ジャンは悔しさに唇を噛んだ。どんなに優しくても、アルミンは決して自分を選ばない。

自分で傷を抉るように、ジャンもベッドを降りて寮を出た。先日同様にアルミンは金木犀の下で誰かを愛しげに抱いていた。



その次の夜からアルミンを抱いて眠った。初めは戸惑ったアルミンもすぐにジャンにほだされた。そんなに優しく振る舞っても、アルミンはジャンに何も言わなかった。

周囲から親友と呼ばれながらアルミンと過ごす日々はジャンにとって苦痛であった。アルミンは親しげにジャンの名を呼び、アルミンを探す人はジャンに尋ねる。ジャンがどんなに愛しさを込めて名を呼んでも、アルミンがどこにいて何をしているのかわかっても、アルミンにとってジャンは決して特別ではなかった。



週末。

アルミンが抱き締めるジャンの腕から抜け出して、ジャンは泣いた。ジャンがどんなに強く抱いても、アルミンはその柔らかな腕を回してくれることはなかった。



離れた体温を追うようにシーツを握って枕を濡らし、やがてジャンは顔を上げた。布団をはね飛ばすと冷えた空気が体を包む。身震いしながら部屋を出た。

アルミンは何を思いながらこの軋む廊下を歩くのだろう。



いつものように建物の影から金木犀の木に視線を向ける。辺りに漂う甘い匂い。その木の下に、月を溶かしたような金髪を風に遊ばせ、アルミンがしゃがみ込んでいる。その髪を砂糖菓子のような金木犀の花が飾っていた。

ジャンは鼻をすすって、アルミンの元に歩み寄る。海を閉じ込めたような濡れた瞳がジャンを見上げた。そばに膝をついて冷えた手を取っても、アルミンは何も言わない。

金木犀もほとんど散った。新しい季節がくるはずなのに、アルミンはジャンを見ようとはしなかった。
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