言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2013'12.06.Fri
「『忍術学園の歴史』……」
手にした本のタイトルを読み上げて、その胡散臭さに久作は眉を潜めた。書庫の蔵書整理をしていた最中にナンバリングのされていない本を見つけ、手に取ってみれば時代錯誤な和綴じの本。しかし多少よれてはいるが紙自体はそう古いものではなさそうで、誰かが作ったものだろうか、と表紙を見ればこのタイトルだ。こんな悪趣味なものを作るのは誰だろうか。
――ここ、大川学園は中高一貫の私立校だ。文武両道をモットーに掲げるに見合う優秀な教師が教鞭を執り、学ぶ意志のある生徒が集う。毎年レベルの高い大学へ何人も進学し、世界レベルのアスリートも多く輩出していた。
――それはあくまで表向きの話だ。その輝かしい表舞台の裏側に、それを支える存在がある。『委員会』と称して秘密裏に活動しているのは、『忍者』と呼ばれる者たちだ。厳密にはその大半は忍者のたまご、忍たまと呼ばれている。とはいえ立派に仕事をこなす、優秀な忍びたちだ。彼らの忍びとしての鍛錬の延長に、表に出る輝かしい功績がある。
この平成の世に、時代錯誤な存在だとは思う。久作とて、自分が忍者でなければ信じることはなかっただろう。久作の所属する図書委員会は、日常の図書室の解放や貸し出しなどを行いながらも、その実体は『データ』を中心に扱う忍者の集まりだ。言い方を変えれば、情報屋、とでも言うのかもしれない。
しかしその忍者としての活動は、それ以外の教師や生徒には一切隠されていることだ。こんなに堂々と、忍者だの忍術だのと並べていいものではない。一体何が書かれているのだろうか。
「久作」
開きかけた本を閉じて振り返る。書庫に入ってきた三郎次はめざとくそれを見つけ、素早く近づいてきた。隠す間もなかったが、この三郎次も同じ忍者のひとりだ。
「何それ」
「見つけたんだ。図書館の本じゃないみたいだけど」
「何が書いてあるんだ?」
面白がった三郎次が無造作にそれを開く。久作も本に視線を落としたが、何も言えずに首を傾げた。
それは本と言うよりも、ノートと言うべきなのかもしれない。罫線はなく、文は縦書きで並んでいるが、それはどう見ても手書きの文字だった。おまけに、途中でペンどころか筆跡が変わっている。ページをめくって先を見れば、最後の方はまだ白紙であった。三郎次はページを始めに戻す。
「『人里離れた山中に忍術学園なる学び舎がある。その名の通り忍者になる修行をすべく、齢は十から、忍者のたまごが津々浦々より集まっている。彼らを率いる学園長は、かつて一世を風靡した天才忍者、大川へいじうずまさその人だ』……って、これ、学園長の名前か?」
三郎次が読み上げた冒頭を綴るのは活字のように美しい書体であった。そこに挙げられた名前は、この大川学園の学園長のもので間違いない。
「また学園長の悪ふざけだろ」
「ああ……」
三郎次はすぐに興味をなくし、それを久作の手に返した。それよりも、と手にしていたノートを広げる。課題のための資料を探しに来たらしい。
「これに使うんだ。昔の地図ある?」
「ちょっと待って」
ついさっき整理していた棚で見た覚えがある。手にしていたものを一旦置き、久作はふたつほど棚を戻った。その間に別の声が聞こえる。左近も同じ課題の資料探しに来たらしい。久作が戻ると彼女も『忍術学園の歴史』を手に取り、どこか青い顔をしながらそれを読みふけっている。久作に気づくとはっとして本を閉じてこちらを見た。
「久作、これどうしたの?」
「本棚で見つけた。リストにないし、誰かの私物みたいだから忘れ物として預かる」
「そう……」
「どうかしたか?」
「……読んだ?」
「頭だけ……左近のだった?」
「違うけど、読まない方がいいと思っただけ」
どこか早口で言い切って左近はそれを手放した。
三郎次たちと書庫の外に出ると、図書委員の先輩の不破雷蔵が来たところだった。久作たちに気づくと残りの作業を変わってくれると言うので、久作も一緒に課題に取り組むことにする。
――本来なら、久作も先輩に仕事をおしつけるようなことはしたくない。しかし、この課題は「忍たま」に課せられたものだった。これ以外にも、通常の生徒と同じ予習復習をしなければならない。同じく忍たまである不破は先輩としてその大変さを知っているのだ。
久作は自分が忍者になるための勉強をしているという自覚はない。ただ、普通では学べないことを覚えるのは楽しかった。将来忍者を続けようと思っているわけではなかったが、そんな忍たまも多く、教師もさして気にしていないようであった。
忍者は情報を扱うものだ。それは生きていくための術でもある。そう言ったのは誰だったのか、思い出すことができないほど古い記憶だった。
*
「あっ、しまった」
家に帰ってから、件の和綴じの本を持って帰ってきてしまったことに気がついた。不破に作業を引き継ぐときに伝えればよかったのに、手元の資料と一緒になってすっかり忘れていた。明日は忘れずに、と鞄にしまいかけ、少し気になってまた取り出す。タイトルの『忍術学園』に、学園長の名前。大川学園と無縁だとは思えない。
ページをめくると次々と知った名前が現れる。舞台は戦乱の室町時代。先輩、後輩、教師たち、クラスメイトの名もそこにはあった。共通するのは、それが忍者である生徒だということだ。書き連ねられているのは彼らの学園生活から外部と関わった事件まで、様々なエピソードであった。違う書体で付け足されたり、時間が飛んだりとめちゃくちゃだ。お世辞にもうまいとはいえない字もあるし、何を伝えたいのかわからない文章も多い。それでも、書体の上の忍たまたちは生き生きと忍術を学び、関わり、成長していく。
まるで見てきたかのように脳裏に浮かぶ光景に戸惑いながらも止まらなくなり、気づけばすっかり夜中まで読みふけってしまった。左近に忠告されていたことを途中で思い出したが、ここまできてはどこまで読んでも同じだ。
「あ」
自分の名前にどきりとする。能勢久作、と漢字も違わず自分の名だ。一緒に連ねられているのは、不破雷蔵、摂津のきり丸、二ノ坪怪子丸。それは、久作と同じ図書委員の名前だ。
「幻術……興業?手伝い……」
それは「能勢久作」の口上から始まる。
「東西東西……さてこれより取りかかりますのは、幻術師・里芋行者千番に一番のかねあい、美女瞬間移動の術でございます……」
なぞる言葉は妙に口に馴染んだ。覚えていると言うようなものではないが、知っている気がする。時代劇か何かで聞いた言い回しだろうか。それにしては、この口上に合わせて行われる演目も覚えがあるように思えて、何かが引っかかる。しかしその正体はわからない。
どこかもどかしさを抱えたまま、久作は文字を追っていく。小説とは違う、事務的とも言えるただ事実を連ねたような文章だ。楽しませる読み物でもなければ論を述べるものでもない。言うなれば日記に近いものだ。
――そう、まるで何かを記録するかのような。
流れるように書かれていた文章が途切れた。残りは白いページのままだ。
白紙を撫でて息を吐く。
とてつもなく、長い時間を過ごした気がした。
言葉の足りない文章は久作の中で補完されて渦巻いている。書かれている以上のことを知り得るはずがないのに、まるで自分の目で見たかのように鮮やかに浮かぶ話ばかりであった。
これが一体どういうことなのかはわからない。ただ、文章を綴る文体に、見慣れたものが混ざっていた。
*
「おっ、おはようございます」
久作の挨拶に、中在家は黙って頷いた。授業開始前の図書館の解放はいつも図書委員長の中在家が行っている。当番制にと不破が持ちかけたこともあったが、結局が彼がやりたくてやっていることだということで話が流れたのだ。
図書館にはまだ誰もいない。というよりも、滅多に朝から人が来ることはなかった。
「あ、あの」
無口な中在家は何も言わないが、カウンターの内側で黙って久作を見上げる。
「これ、……書庫で、見つけてたんです」
『忍術学園の歴史』を中在家に差し出した。無言でそれを見た中在家は立ち上がり、本を受け取る。彼は背が高く体格もしっかりしているので、並ぶと見下ろされる形になって威圧感があった。
緊張している久作を知ってか知らずか、それを受け取った中在家は大きな手で久作の頭を撫でた。
――そんなことは、今までされたことがない。それでもその温もりを、知っている気がする。
顔を上げると中在家が何かつぶやいた。彼が口の中だけでこぼす言葉はいつもなかなか聞き取ることができない。今も何を言ったのかわからなくて、しかし聞き返すのもはばかられて口元で迷った。
どうしてだろうか。この人の言葉を聞き取れたはずだ、と思うのは。
もしかしたら、これを見せたら、中在家は何か教えてくれるのではないかと思っていた。ページを埋める字のほとんどは、彼の書くものであったからだ。
しかし彼は何も言わなかった。ただ静かに久作を見て、笑った気がした。
手にした本のタイトルを読み上げて、その胡散臭さに久作は眉を潜めた。書庫の蔵書整理をしていた最中にナンバリングのされていない本を見つけ、手に取ってみれば時代錯誤な和綴じの本。しかし多少よれてはいるが紙自体はそう古いものではなさそうで、誰かが作ったものだろうか、と表紙を見ればこのタイトルだ。こんな悪趣味なものを作るのは誰だろうか。
――ここ、大川学園は中高一貫の私立校だ。文武両道をモットーに掲げるに見合う優秀な教師が教鞭を執り、学ぶ意志のある生徒が集う。毎年レベルの高い大学へ何人も進学し、世界レベルのアスリートも多く輩出していた。
――それはあくまで表向きの話だ。その輝かしい表舞台の裏側に、それを支える存在がある。『委員会』と称して秘密裏に活動しているのは、『忍者』と呼ばれる者たちだ。厳密にはその大半は忍者のたまご、忍たまと呼ばれている。とはいえ立派に仕事をこなす、優秀な忍びたちだ。彼らの忍びとしての鍛錬の延長に、表に出る輝かしい功績がある。
この平成の世に、時代錯誤な存在だとは思う。久作とて、自分が忍者でなければ信じることはなかっただろう。久作の所属する図書委員会は、日常の図書室の解放や貸し出しなどを行いながらも、その実体は『データ』を中心に扱う忍者の集まりだ。言い方を変えれば、情報屋、とでも言うのかもしれない。
しかしその忍者としての活動は、それ以外の教師や生徒には一切隠されていることだ。こんなに堂々と、忍者だの忍術だのと並べていいものではない。一体何が書かれているのだろうか。
「久作」
開きかけた本を閉じて振り返る。書庫に入ってきた三郎次はめざとくそれを見つけ、素早く近づいてきた。隠す間もなかったが、この三郎次も同じ忍者のひとりだ。
「何それ」
「見つけたんだ。図書館の本じゃないみたいだけど」
「何が書いてあるんだ?」
面白がった三郎次が無造作にそれを開く。久作も本に視線を落としたが、何も言えずに首を傾げた。
それは本と言うよりも、ノートと言うべきなのかもしれない。罫線はなく、文は縦書きで並んでいるが、それはどう見ても手書きの文字だった。おまけに、途中でペンどころか筆跡が変わっている。ページをめくって先を見れば、最後の方はまだ白紙であった。三郎次はページを始めに戻す。
「『人里離れた山中に忍術学園なる学び舎がある。その名の通り忍者になる修行をすべく、齢は十から、忍者のたまごが津々浦々より集まっている。彼らを率いる学園長は、かつて一世を風靡した天才忍者、大川へいじうずまさその人だ』……って、これ、学園長の名前か?」
三郎次が読み上げた冒頭を綴るのは活字のように美しい書体であった。そこに挙げられた名前は、この大川学園の学園長のもので間違いない。
「また学園長の悪ふざけだろ」
「ああ……」
三郎次はすぐに興味をなくし、それを久作の手に返した。それよりも、と手にしていたノートを広げる。課題のための資料を探しに来たらしい。
「これに使うんだ。昔の地図ある?」
「ちょっと待って」
ついさっき整理していた棚で見た覚えがある。手にしていたものを一旦置き、久作はふたつほど棚を戻った。その間に別の声が聞こえる。左近も同じ課題の資料探しに来たらしい。久作が戻ると彼女も『忍術学園の歴史』を手に取り、どこか青い顔をしながらそれを読みふけっている。久作に気づくとはっとして本を閉じてこちらを見た。
「久作、これどうしたの?」
「本棚で見つけた。リストにないし、誰かの私物みたいだから忘れ物として預かる」
「そう……」
「どうかしたか?」
「……読んだ?」
「頭だけ……左近のだった?」
「違うけど、読まない方がいいと思っただけ」
どこか早口で言い切って左近はそれを手放した。
三郎次たちと書庫の外に出ると、図書委員の先輩の不破雷蔵が来たところだった。久作たちに気づくと残りの作業を変わってくれると言うので、久作も一緒に課題に取り組むことにする。
――本来なら、久作も先輩に仕事をおしつけるようなことはしたくない。しかし、この課題は「忍たま」に課せられたものだった。これ以外にも、通常の生徒と同じ予習復習をしなければならない。同じく忍たまである不破は先輩としてその大変さを知っているのだ。
久作は自分が忍者になるための勉強をしているという自覚はない。ただ、普通では学べないことを覚えるのは楽しかった。将来忍者を続けようと思っているわけではなかったが、そんな忍たまも多く、教師もさして気にしていないようであった。
忍者は情報を扱うものだ。それは生きていくための術でもある。そう言ったのは誰だったのか、思い出すことができないほど古い記憶だった。
*
「あっ、しまった」
家に帰ってから、件の和綴じの本を持って帰ってきてしまったことに気がついた。不破に作業を引き継ぐときに伝えればよかったのに、手元の資料と一緒になってすっかり忘れていた。明日は忘れずに、と鞄にしまいかけ、少し気になってまた取り出す。タイトルの『忍術学園』に、学園長の名前。大川学園と無縁だとは思えない。
ページをめくると次々と知った名前が現れる。舞台は戦乱の室町時代。先輩、後輩、教師たち、クラスメイトの名もそこにはあった。共通するのは、それが忍者である生徒だということだ。書き連ねられているのは彼らの学園生活から外部と関わった事件まで、様々なエピソードであった。違う書体で付け足されたり、時間が飛んだりとめちゃくちゃだ。お世辞にもうまいとはいえない字もあるし、何を伝えたいのかわからない文章も多い。それでも、書体の上の忍たまたちは生き生きと忍術を学び、関わり、成長していく。
まるで見てきたかのように脳裏に浮かぶ光景に戸惑いながらも止まらなくなり、気づけばすっかり夜中まで読みふけってしまった。左近に忠告されていたことを途中で思い出したが、ここまできてはどこまで読んでも同じだ。
「あ」
自分の名前にどきりとする。能勢久作、と漢字も違わず自分の名だ。一緒に連ねられているのは、不破雷蔵、摂津のきり丸、二ノ坪怪子丸。それは、久作と同じ図書委員の名前だ。
「幻術……興業?手伝い……」
それは「能勢久作」の口上から始まる。
「東西東西……さてこれより取りかかりますのは、幻術師・里芋行者千番に一番のかねあい、美女瞬間移動の術でございます……」
なぞる言葉は妙に口に馴染んだ。覚えていると言うようなものではないが、知っている気がする。時代劇か何かで聞いた言い回しだろうか。それにしては、この口上に合わせて行われる演目も覚えがあるように思えて、何かが引っかかる。しかしその正体はわからない。
どこかもどかしさを抱えたまま、久作は文字を追っていく。小説とは違う、事務的とも言えるただ事実を連ねたような文章だ。楽しませる読み物でもなければ論を述べるものでもない。言うなれば日記に近いものだ。
――そう、まるで何かを記録するかのような。
流れるように書かれていた文章が途切れた。残りは白いページのままだ。
白紙を撫でて息を吐く。
とてつもなく、長い時間を過ごした気がした。
言葉の足りない文章は久作の中で補完されて渦巻いている。書かれている以上のことを知り得るはずがないのに、まるで自分の目で見たかのように鮮やかに浮かぶ話ばかりであった。
これが一体どういうことなのかはわからない。ただ、文章を綴る文体に、見慣れたものが混ざっていた。
*
「おっ、おはようございます」
久作の挨拶に、中在家は黙って頷いた。授業開始前の図書館の解放はいつも図書委員長の中在家が行っている。当番制にと不破が持ちかけたこともあったが、結局が彼がやりたくてやっていることだということで話が流れたのだ。
図書館にはまだ誰もいない。というよりも、滅多に朝から人が来ることはなかった。
「あ、あの」
無口な中在家は何も言わないが、カウンターの内側で黙って久作を見上げる。
「これ、……書庫で、見つけてたんです」
『忍術学園の歴史』を中在家に差し出した。無言でそれを見た中在家は立ち上がり、本を受け取る。彼は背が高く体格もしっかりしているので、並ぶと見下ろされる形になって威圧感があった。
緊張している久作を知ってか知らずか、それを受け取った中在家は大きな手で久作の頭を撫でた。
――そんなことは、今までされたことがない。それでもその温もりを、知っている気がする。
顔を上げると中在家が何かつぶやいた。彼が口の中だけでこぼす言葉はいつもなかなか聞き取ることができない。今も何を言ったのかわからなくて、しかし聞き返すのもはばかられて口元で迷った。
どうしてだろうか。この人の言葉を聞き取れたはずだ、と思うのは。
もしかしたら、これを見せたら、中在家は何か教えてくれるのではないかと思っていた。ページを埋める字のほとんどは、彼の書くものであったからだ。
しかし彼は何も言わなかった。ただ静かに久作を見て、笑った気がした。
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