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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2024'05.18.Sat
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2014'02.10.Mon
夜になり、もうほとんどの女子が寮に戻っていった時間になると、食堂はすぐ入れ替わるように男子の姿が増える。寒さのせいもあって女子はあたためた部屋で一カ所に集まっていることが多いようだが、男は集まったところでむさ苦しいだけで誰も得をしない。ジャンもマルコたちと食堂で他愛のない話をしていると、いつかのようにミカサが顔を出した。探しているのはどうせエレンかアルミンだろうが、今はふたりともここにいない。ジャンの気持ちを知っている同期たちにせっつかれ、ジャンはやや浮かれているのを隠してミカサに近づいた。

「どうしたんだ?」

「……アルミンは部屋?」

「いや、あいつ今日風呂の当番だ。しばらく手は空かないと思うぜ」

「そう」

「なっ……何か用なら、伝えとくぜ」

言葉に反応してこちらを見たミカサの瞳にどきりとする。東洋の血が混ざっているのだというミカサの黒髪は誰よりも美しいが、瞳もまた同様だ。ジャンは他に東洋人を知らないが、きっと彼女より美しい人はいないに違いない。

「明日でいいから、今日のノートを貸してほしいと伝えて」

「ノート?」

「サシャに水をこぼされて、読めなくなった」

「あっ……じゃあ、オレのノートならすぐ貸せる!」

とっさの声はつい大きくなる。ミカサの表情は読めないが、黙っているので驚いているのかもしれない。

「あ〜……アルミンほどじゃねえが、オレもそうバカじゃないぜ」

我ながら自分が滑稽に見える。しかしミカサから目をそらすこともできなくなった。

「借りても構わないのなら助かる」

「……えっ」

「ノート、貸してもらえる?」

「……おっ、おう!あ〜、部屋にあるから取ってくる!」

話ができたと言うだけで浮かれすぎだ、とは思う。しかし胸の高鳴りは押さえきれず、ジャンは部屋へ急いだ。掴んだノートに変なことは書いていないか一応確認し、それを手に部屋を出るとミカサがもうそこで待っていた。さっきからうるさい胸を落ち着かせ、ジャンはミカサにノートを差し出す。

「読めないところがあったら言ってくれ」

「ありがとう。明日には返す」

「いや、いい、急がない」

「……あと、このノートを他の人に見せても構わない?復習を兼ねて、他の人もアルミンのノートを見たいと言っていたから」

「ああ、構わない」

「ありがとう。では、おやすみなさい」

「おやすみ……」

くるりと体を返して去っていく後ろ姿に、ほうと溜息をつく。どうしてあんなにいい女が、エレンなんかに執着しているのか、ジャンにはわからなかった。憲兵団に入ることなど彼女の力ではたやすいことで、狙えばかなりの地位まで上がることができるだろう。それが調査兵団を選ぶなどと、ジャンには無駄だとしか思えない。あんな生き急いでいるだけの男にどんな魅力があるというのか。

「ジャン」

「うおっ!」

余韻に浸っていたところに名前を呼ばれ、ジャンはびくりと肩を揺らした。振り返ると呼んだのはアルミンだ。当番は終わったらしい。ジャンを見る目が揺れて、どうしたのかと近づけば遠慮がちに服の裾をつままれる。

「アルミン?」

「いっ、今は、僕が恋人だよね?」

不安げな声にひやりとした。同時に、こいつオレのこと好きなんだ、と頭をよぎる。これは、嫉妬だ。アルミンが初めて見せたそれは、間違いなく嫉妬だった。ジャンはそれを実感として知っている。

ジャンが何も言えずにいると、アルミンははっとして手を離した。なかったことにするように、その手を背中に隠す。その目元は今にも泣きそうで、しかしアルミンは泣かなかった。

「ごめん」

小さな声が自分を責める。

「ごめん、違う、ごめん。……僕が言ったんだ、君は僕を恋人だと思わなくていい。ごめん、忘れて……」

逃げようとした手を反射的に捕まえる。驚いたアルミンはどこか青い顔でジャンを見た。

「いい、悪かった」

「え」

「今月だけだろ。……ちゃんとやるよ、お前の恋人」

「……あ」

「だからとりあえず弁解させろよ。浮気じゃなくて、偶然だから」

アルミンが真剣だとわかっているのに、ふとしたときに忘れてしまう。その罪滅ぼしのつもりはないが、できるだけのことはしようと思った。ジャンにはアルミンの気持ちはわからない。ほしいものはほしいもので、ひと月だけ、思い出だけなんて意味がない。それでもアルミンがそれでいいと言うのなら、つき合ってやろうと思うぐらいには情がわいていた。

アルミンが何も言わないので不安になる。言葉通り、ジャンは恋人だと思わない方がいいのだろうか。しかし改めてアルミンを見れば、顔を真っ赤にして一点を凝視している。ジャンがアルミンを引き留めるために取った手を。

「あ、悪い、痛かったか」

「……違うよ、バカ」

ジャンはすぐに手を離したが、顔をひきつらせたアルミンはそれだけ言って、また黙り込んでしまった。

――アルミンに触れたのは初めてだったと思い出したのは、ベッドに入ってからだった。





その頃からアルミンは忙しくなった。抜き打ち――とは名ばかりの、座学テストの日が近づいていたからだ。闇討ちのような全くの不意打ちでテストをしても、悲惨な結果になることは教官たちもわかっているのだろう。ひっそりとテストの日程が風の噂で流れてから、コニーを始めとして成績の危ういやつらはこぞって成績上位者を捕まえていく。その中でもアルミンは先生としても優秀で、こんなときは引っ張りだこだった。ジャンは出鼻をくじかれたような気持ちだったが、ジャンにもどちらかと言えば頼られる側で、時間を持て余すような暇はない。むしろ教師代としていくつかの当番交代を成立させた。テストが終われば、ジャンには自由な時間が増える。

今日もジャンが顔を出したときにはもう、アルミンは数人に取り囲まれていた。その隣をしっかりエレンが陣取っている。どうせ壁の外ですぐくたばるんだから時間の無駄じゃないか、と言ってやろうかとも思ったが、アルミンの邪魔をするだけだと思いとどまった。

「ジャン!よかった、待ってたんだ」

マルコに手を引かれて首を傾げた。何かやらかしただろうかと思ったが、テーブルに集まっている面々は一様に泣きそうな顔をしている。

「なんだ?」

「今日の課題見た?」

「まだ開いてねえ」

「やばい」

その言葉の意味をすぐに理解し、ジャンは慌ててテーブルの上の誰かのテキストをひっつかんだ。焦る指先でなぞりながら文字を追う。ちょっとした応用だ、と笑っていた教官の顔を思い出し、ジャンは血の気が引くのを感じていた。これはとてもわかりやすく、テスト勉強の妨害だ。難しいと言うよりは意味がわからない。思わず本を立てたまま膝をつく。恨めしげにページを睨むが、それが変わることはない。

「それね」

すっとジャンの肩越しに伸ばされた手が、別のページを開いてある設問を指先で叩く。

「これと、次のページの問いが混ざった応用だと思う」

耳に馴染む声は涼しげに、しかしすぐに離れていった。ありがとう、と誰かが礼を言った声もどこか遠くに聞いて、ジャンは指が示した問いと課題を見比べた。頭の中でそれをつなげていく。

「流石アルミンだね」

「アルミン?」

マルコの声にやっと気づいた。ジャンが見たときにはもうアルミンはテーブルに戻っていて、今日の課題以前のレベルの問題を教えている。

「よし、やろうか」

マルコに肩を叩かれて改めて椅子に座り直す。自分のテキストを開きながら、またアルミンを見た。

――ほんとに頭いいやつなんだな。

あの小さい頭で考えて、どう考えたらジャンを好きになるのだろう。

馬鹿もひっくるめて知恵を出し合い、その日の課題はどうにかそれらしいところまでは理解した。きっと教官とてできるとは思っていないだろう。完璧を求めなかったジャンたちは早々に切り上げて、頭の痛いことから自らを解放し、それぞれ就寝の準備を始める。アルミンに教わっていた同期も戻ってきているのを何気なく見ていたが、ジャンが着替えを終えてもアルミンの声がしなかった。しばらく様子をうかがったが誰かが気にする声もなく、ジャンはこっそりと部屋を出る。

案の定、アルミンはまだ他には誰もいない食堂で丸い頭を抱えたコニーの前に座っていた。頭を抱えたいのはアルミンの方だろう。ジャンが黙ってアルミンの隣に座るとびくりと肩をはねさせてこちらを見たが、口を開くのはコニーの方が先だった。

「ジャン!助けてくれ!」

「アルミンに教えられてわからねえなら諦めろ」

「そんなこと言うなよ〜」

「ほらコニー、ここまではわかったんだからやっちゃおう」

アルミンの指先がテキストを叩く。さっきジャンたちにヒントを与えたように。それを追うようにジャンもテキストをのぞき込んだ。ジャンから見れば何がわからないのかわからないような問題でもコニーはつまずくが、これは多少は仕方ないかもしれない。ジャンも一緒になってああだこうだと口を挟めば、コニーはようやく理解しはじめたようだ。調子よくペンが走りかけ、アルミンは机に突っ伏した。額を机に押しつけて、だらりと手を垂らして肩の力を抜く。

「コニー、今日はここまでにしよう……僕もう眠い」

「おう」

疲れました、と全身で語り、アルミンは深く息を吐いた。ジャンは無造作に垂らされた手を見る。油断しきったそれに手を伸ばした。緩く丸められた指の間に手を滑り込ませて様子をうかがえば、小さく肩を揺らしたような気がしたがそれ以上わかりやすい反応はなく、ただ机に隠れたままそっと握り返された。

「できたっ!アルミン、あってるか!?」

コニーの声にアルミンは顔を上げ、ノートを見てうなずいた。コニーは立ち上がってガッツポーズをする。本番まで覚えてなきゃ意味ないからな、とジャンが言えばすぐにふてくされて、アルミンを見るが彼だってジャンと同じはずだ。

「おいコニー、お前先に戻れよ」

「なんで?」

「アルミンにお茶ぐらい飲ませてやれよ。馬鹿につきあうの疲れるんだからな」

ジャンが追い出すようにあしらえば、コニーはからかわれているのだと思ったのか舌を出して食堂を出ていった。アルミンの荷物を持っていく辺り、憎めない。

ふたりきりになった食堂で、ジャンはアルミンを見る。コニーがいなくなってから、アルミンは石像のように硬直したままだった。手のひらから伝わるジャンの体温には、メデューサと呼ばれる人を石にする力を持った化け物と同じ能力でもあるのだろうか。

「……お茶いるか?」

「……いい、大丈夫……ありがとう」

答えるアルミンの声はかすれていたが、ジャンはそれ以上何も言わなかった。横顔を見るとどことなく赤く、頬も緩んでいるようなので嫌ではないはずだ。

例えば、どんなことをすれば、この期間限定の恋人は満足するのだろうか。あんな嫉妬を見せておきながら、期限がきたらジャンから離れていくというのだろうか。

それは少し、惜しい気がした。
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