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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'03.14.Fri
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2013'11.22.Fri
命拾いをした、とはまさにこのことだろう。

もはや何が起きたのか、誰も正確につなぎあわせることはできていないかもしれない。ひどく時間のかかった悪夢だった。

「ジャン、どこ行くの?まだ怪我が」

「墓参りだ」

端的なジャンのいらえにアルミンは黙り込んだ。身支度を整えて立ち上がり、ジャンはアルミンを振り返る。

「一緒に行くか?」



女型の巨人が暴れた後の街は悲観に暮れていた。制服を着ていなくともジャンたちは兵士に見えるらしく、ときおり避難めいた視線が向けられる。今背を曲げずに歩けるようなやつは頭がおかしいのかもしれない。

封筒の差出人の住所を見ながら、ジャンはそこに向かっていく。アルミンは黙ってついてきていた。

町の外れは被害もなかったようで、辛気くささはあるものの、町自体に損害はないようだった。スラムとまではいかないが、決して裕福とは言えない辺りだ。見つけ出した小さな家のドアを叩く。少し待って、鮮やかなドレスの女性が顔を出した。家の質素さとは不釣り合いなほど美しいが、ひと目で商売女とわかるそれだった。

なんと名乗るべきか迷ううちに彼女がジャンの手にした封筒に気づき、みるみるうちに涙を浮かべてジャンを抱きしめる。いつか抱いたような女の柔らかさを受け止めて、ジャンもむきだしのその背を撫でた。

「よかった。色々なことがあったから、あんたも壁の外に行ったのかと」

「行きました。でも帰りました」

「そう、喜ぶわ」

女は墓を教えてくれた。それは身内がない者の共同墓地だ。ひとり分の墓ぐらい作ってやれたかもしれない、と思うが、こんな女がいったいどれほどいるのだろう。きりのない話だ。

これから仕事なのだという女と別れ、ジャンは墓地に向かう。

「……誰のお墓?」

「女。お前も見たろ、馬小屋の前で」

アたとルミンが息を飲んだのがわかった。少し考え、慌てて振り返る。

「作戦は関係ない。病気だ」

「……親しかった人、なの」

「ま、墓参りに行ってもいい程度にはな」

「……手ぶらで行く気?」

アルミンに言われて始めて気づいた。野暮な男だと女が笑ったような気がする。途中で花を買いに寄ってから墓地に向かった。急に用意した花束はたかがしれていて、これなら女が笑った方がよほど美しかった。

それは質素なものだった。形ばかりの墓の周りを、どこかで雇われたらしい老婆が掃除している。ジャンたちを見ると愛想笑いもせず姿を消した。



どこの誰ともしれない者と共に眠る女は、どんな夢を見ているのだろう。

柄にもなくそんなことを思うのは、アルミンが長い間手を合わせていたからかもしれなかった。膝をついて、祈るような姿をした横顔を、ジャンはずっと見ていた。まるで壁を守る女神のようだった。疲れのせいか少しくまがある。色づいた唇はかたく閉じられ、まつげだけがかすかに震えた。日に焼けたな、などと、なんと平和なことだろう。

「商売女だ」

ジャンの言葉にアルミンはゆっくりとまぶたを上げた。ジャンを見つめる瞳はいつだって美しい色をたたえ、いつだって心の中を見せなかった。

「でも、幸せになるはずだった女だ。男は調査兵団で、壁の外で死んだらしい。あんなにきれいな体だったのに、知らないままだったんだと」

「抱いたの」

「ああ」

「悲しい?」

「……さあ、どうだろうな」

顔を覆って深く息を吐く。悲しみがこみ上げるほど、あの女のことを知らない。ただ、親友を亡くしたときの絶望を思い出す。あの女がひとりで死んだのかどうか、聞いてみればよかっただろうかと思ったが、それを知ろうとするのはただのジャンのエゴだ。

周りに死が満ちている。もはや何がなんなのか、ジャンには整理ができない。ずっと仲間だと思っていた相手は敵で、そうなると誰を疑ってもきりがない。

もう一度深く息を吐き、アルミンを見る。

「オレは」

その青い瞳はいつも正解を探している。だからつい委ねそうになるのかもしれない。

「お前が調査兵団で、俺も調査兵団でよかった」

「……どうして?」

「死に目にあえる可能性が高くなるだろ」

「馬鹿」

「もう、知らないところで死なれるのはこりごりだ」

「……死にかけたのは、君の方だ」



女は壁の外で死にたかったのだろうか。死期を悟った上で見た景色には、何が見えたのだろう。

「ぼくは」

アルミンは墓を睨んだ。

「また死んだ人に嫉妬している」

小さく名を呼ぶと声はかすれていた。アルミンは黙ってジャンを見る。涼しげに見えて、その青は強い意志でできている。

「ジャン」

その先を、聞く勇気がない。

男が女を抱かなかったのは、きっと
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2013'11.19.Tue
大会は第一試合敗退で、野球部員全員坊主になることになった。折角伸びてきたのに、と嘆く先輩たち、時代錯誤だろと嘆く同輩。野球部と言えば坊主は免れない運命なのかもしれない。試合に負けた悔しさとはまた違う意味で泣きそうになっている部員たちと解散の号令の後、コニーだけ監督に呼び止められた。

「コニー、お前はいいからな」

一瞬何を言われたのかわからなかった。コニーがぽかんとしていると、当たり前だろ、と後ろにいたジャンに小突かれる。

「お前、女なんだから」

「え、でも」

「あークッソー!坊主かよォ」

ツーブロックを維持してきたジャンが後頭部をかきむしる。ババァが家で待機してやがんだよな、などとぼやいているのもどこか遠く、コニーは手のひらを見る。今日は1日、バッドもグローブも握っていない。選手たちのストレッチにつき合って、声が枯れるまで応援をしていた。理由は簡単、コニーが野球部ただひとりの女子部員だからだ。それを承知で春から練習に混ざり、一緒に野球をしてきた。それなのに最後に仲間ではないと突き放されたようで、頭が真っ白になる。

それが無性に悔しくて、――



教室に近づくとジャンがエレンにからかわれている声が聞こえてきた。ジャンが何よりも嫌だったことだろう。自分もからかってやろう、とコニーは元気よく教室のドアを開けた。

「おっはよー!」

コニーを見たクラスメイトが一斉に硬直したのがわかった。その視線は登校中にさんざん浴びたものと同じなので、もう気にならない。

「どう?セーラー服と坊主頭」

「ばっ……馬鹿かお前!」

真っ先に反応したのはジャンだった。コニーと同じ坊主頭は、顔が整っているだけあって意外と似合っている。

「お前はいいって言われてただろ!」

「いいじゃん、オレもイメチェン!お揃いジャン」

ジャンの頭を撫でると自分と同じ手触りだ。それを笑うとジャンは深く溜息をつく。

「お前、ただでさえ色気ねえってのに」

「いや、でも意外と似合ってるだろ?」

「馬鹿だろ」

「思い切ったことすんなぁ」

エレンも驚きはしたようだが、まじまじとコニーの全身を見る。

「まあ、痴漢には遭わないんじゃねえか?」

「へっ、遭ったことねえよ!」

「コニー!」

エレンと笑い合っていると背後から誰かに飛びつかれた。振り返るとコニーとはおよそ真逆と言えるクラスのアイドル、クリスタだ。その時初めて、しまった、と後悔する。

「コニー!それどうしたの!?」

「いや、ちょっとした気分転換で」

「伸ばすって約束したじゃない!」

「あーごめんごめん、これから伸ばす」

「当たり前よ!……触っていい?」

「おう、触れ触れ」

頭を向けてやると恐る恐るとコニーの頭に手が触れた。細い指は少しくすぐったい。

「……ちょっと気持ちいい」

「だろ」

笑って返すとクリスタは複雑そうに眉をひそめた。

そうこうしているうちに予鈴が鳴る。わらわらと解散して各々が席につく間に、担任のマルコが入ってきた。いつもの調子で教室を見渡し、コニーを見て手にしていたプリントの束を落とす。ばさりと広がったそれに気づくこともなく、マルコはコニーを見て顔を青くした。

「……イジメ?」

「違う!違うから!」

すっかり血の気の引いたマルコに慌てて否定する。ともすればこの真面目な担任のせいで大事になりそうだ。

元々セーラー服に違和感があるほどのショートカットだったのだ、坊主になったところでコニーの印象はさほど変わらない。心配してくれるのはありがたいが、家では散々笑われていたのでそんなリアクションをされると戸惑ってしまう。

コニーが平然としており、クラスを沸かせる笑いも陰湿なものではないとわかったのか、マルコはほっと息を吐いた。心臓が止まるかと思ったよ、と大袈裟に言われて笑い飛ばす。前の席の生徒がプリントを集めて渡したのを受けてやっと落としたことに気づき、マルコのリアクションにまたクラスには笑いが起きた。

「むちゃくちゃするなぁ。コニーも女の子なんだから」

「オレが女に見えるやつなんかそういねえって」

「そんなことは、ないと思うけど」

コニーが笑い飛ばすと、マルコは複雑そうに苦笑した。



*



「……お前、ユニフォームだと完全に男だな」

「オレも思った」

ジャンが顔をひきつらせたのがおもしろくてコニーは笑う。今日は一日笑いっぱなしだ。

部活の時間になり、周りはみんな坊主だらけになると自分も随分馴染む。

「……んん!?」

「二度見すんなよ〜」

監督の反応が予想以上に大きくて、コニーはけらけら笑って肩を揺らす。ライナーはその強面に似合わず意外と表情豊かな男で、朝から驚かれることに慣れていたコニーもまた笑ってしまうほどだった。

「お前、コニーか!?」

「似合う?」

「お前……女子がなんつう頭を。お前はしなくていいって言っただろ」

どこか呆然としながらライナーは大きな手でコニーの坊主頭を撫でた。素肌が感じるぬくもりがくすぐったい。

「いいんだよ、オレも野球部員だ!」

「それにしたって……いや、まあ、悪い虫はつかねえかもしれねえが……」

「オレなんかどんな頭でも一緒だって」

「そんなことはないだろ。お前だって、かわいい女の子だ」

「うへぇ、目ェおかしいんじゃねえの?」

かわいいはずがない。我ながら、ユニフォームに着替えた自分は男にしか見えなかった。自分が一番よくわかっている。

別に男になりたいと思うわけではない。ただ、男のように扱われる方が性に合っていた。かわいい服も恋の話も興味がない。

「オレも坊主にしたことあるが、寒くねえか?」

「あー、確かに寒い」

「風邪ひくなよ〜」

「オレ馬鹿だから風邪ひかねーし」

コニーの軽口にライナーは肩を叩いてからかう。マルコの心配そうな様子よりは、こちらの方がよっぽど落ち着いた。

突然ジャンに肩を抱き寄せられた。驚いてジャンを見上げると、睨むようにライナーを見ている。

「あんまベタベタすんなよ、セクハラで訴えるぞ」

「お前こそ、同意を得てない相手にやらかすんじゃねえぞ。まぁそんな度胸ないだろうけどな」

「何?ジャン、いてぇんだけど」

「……悪い」

ジャンはすぐに手を離したが、まだふたりはにらみ合っている。わけがわからない。

「何?」

「何でもねえよ。よっし、始めっぞー!」

ライナーの声が部員を集めた。腑に落ちないままジャンを見ると、乱暴な手つきで頭を撫でられる。

「何だよ!」

「そうやって簡単に触られてんじゃねえよ!」

「はぁ?意味わかんねえ」

隣で舌打ちをするジャンに理不尽さを覚えるが、整列が始まりそれ以上聞くことができなかった。



*



「ありがとうございましたっ!」

全員が坊主頭での部活は、みんな嫌々だったものの、なかなか気合いの入るものだった。確かに少々寒い気もするが、動き出せばむしろ髪が邪魔だったようにも思えるほどだ。

解散して片付けも済み、コニーは女子テニス部の部室に向かっていく。唯一の女子部員であるコニーには当然ながら自由に使える部室はなく、女子テニス部に間借りしている状態だ。

「コニー!」

スパイクを鳴らして走る途中に呼び止められ、見れば声の主はアルミンだ。優秀な彼は今日は弁論大会に出ていたはずだ。

「よう!どうだった?」

「ふふ、今度の朝礼をお楽しみに」

「ってことはなんか賞取ったんだな?すげーやつだなお前は」

「どうも。それよりコニーも、思い切ったことしたね」

「へ?ああ、頭な。お前よく一目でオレだってわかったな」

「そりゃあ、毎日見てるから」

「ふーん、頭がいいやつは目もいいんだな」

「ちょっと違うけど……まあいいか」

「変?」

「ううん、似合ってる。かっこいいね」

アルミンが笑うと自分よりもよほどかわいらしい。自分の制服と取り替えた方がいいのではないかと思うほどだ。

「触っていい?」

「おう、いいぜ!」

もう頭は触られ慣れた。そういえばジャンがよくわかんないこと言ってたっけ、と思った矢先、アルミンの手が頬に触れる。

「……へ?」

「冷たくなってる。今日寒かったもんね」

「あ、うん……動くと体はあったまるんだけどな」

「女の子なんだからあんまり冷やしちゃだめだよ」

「うん……」

「アルミン!」

スパイクの音にはっとした。アルミンの手が離れ、慌てて振り返るとジャンが走ってきている。その手にあるのは野球帽で、コニーは自分がそれを持っていないことに気がついた。

「やあジャン、お疲れさま」

「やあじゃねえ!何してんだ!」

「何も?じゃあねコニー、風邪ひかないようにね」

「あ、うん……」

誰をも魅了してしまうんじゃないだろうかと思うような笑顔を残し、アルミンは校舎に向かっていく。報告か何かの途中だったのかもしれない。着いていけなくて惚けていると、ジャンに強引に野球帽をかぶせられた。その勢いでよろけてジャンを睨むが、彼も仏頂面だ。

「何だよ!」

「オレに触られてもそんな顔しねえくせに!」

「はぁ?」

今日のジャンはどこか変だ。しかし悪いのがコニーなのかどうかもよくわからない。

「さっさと着替えてこい!」

「わっ!」

背中を叩かれてバランスを崩し、立ち直った頃にはジャンは走り去っている。

なんなんだあれ、生理か?

一部始終を眺めていた女子テニス部員たちが修羅場だと色めき立っていることはまだ知らない。コニーは首を傾げて部室に向かった。
2013'11.18.Mon
ふ、と目を覚ますとアルミンは知らない場所にいた。じめじめとした、光のない場所。窓はない。部屋の隅にあるろうそくが唯一の光源だった。アルミンは柔らかいひとり掛けのソファーに座らされていたが、身動きをしようにも後ろ手に縛られ、足首もソファーの足に縛りつけられている。ずっと同じ体勢でいたのか、立体起動装置のベルトの留め具の辺りが痛い。

アルミンは必死で状況を整理する。ろうそくの光は頼りなく、部屋の中を把握することは難しい。とはいえ家具のようなものは見当たらず、何の変哲もない木の壁と床があるだけに見えた。物音はしない。正面にドアがあるのがわかるが、鍵がかかっているかどうかまではわからなかった。

どうしてこうなったのだろう。アルミンは深く息を吸った。幸い口はふさがれておらず、いざとなれば助けを呼ぶこともできるだろう。

今日の訓練はすべて終了していた。解散後、各自立体起動装置を外して所定の場所に片づける。立体起動装置は決して安価なものではなく、それぞれに支給されているとはいえ、訓練生であるアルミンたちは許可がなければ触れることができない。片づけた後、部屋に戻って着替えを――否、その前にアルミンはひとり離れ、座学の教官のところに向かった。質問があって聞きにいき、教官も面倒がらずに答えてくれたので部屋に戻るのはみんなよりも遅くなった。

――その帰りだ。背後に誰かの気配を感じたと思った瞬間には羽交い締めにされ、何か薬をかがされた、すうと鼻を通るそれに意識を吸い取られるように、アルミンは気を失った。

これは訓練の一部なのだろうか。しかしこんな、訓練外の闇討ちは聞いたことがない。

どうにか抜け出せないだろうかと手首を動かしてみるが、丈夫な縄で縛られているようで緩みもしなかった。

――コツ、

かすかに耳に届いたのは足音だ。緊張で体がこわばり、息が乱れる。足音は規則正しく、かたい靴底で木の床を叩いて近づいていた。教官なのか、訓練兵か、はたまた部外者か――足音が止まる。アルミンはじっとドアを見た。キィ、と小さな音を立ててドアノブがゆっくり回った。たっぷりと時間をかけてドアが押し開けられる。時間がかかるほどにアルミンの緊張は高まり、胸を打つ音が大きくなった。

ドアの向こうから現れたのは、見知らぬ男だった。とはいえ、その顔のほとんどを仮面で覆っているので、はっきりと知らないとは言い切れない。まるで貴族のような出で立ちで、仮面に隠れていない口元は月のように弧を描いた。

「起きてしまったね」

声は知らない声だ。コツ、コツ、とゆっくりアルミンに近づいてくる。

「……誰だ。僕をここに連れてきたのはお前か?」

「威勢のいい子だ。嫌いではない」

男はアルミンの正面で足を止めた。ふあん、と甘い匂いが漂う。不安とそれに伴う緊張で、アルミンは叫ぶように声を荒げた。

「その手に持ったパンケーキで僕をどうするつもりなの!?」

男が手にした皿には、まだ湯気を立てるパンケーキが乗せられていた。あつあつのパンケーキの上でバターが溶ける匂いがアルミンの鼻孔をくすぐる。

「おいしそうだろう?」

「……」

アルミンは口を閉じた。じわりと唾液が溢れてきた。それを一度目にするともう視線が外せなくなり、アルミンはじっと皿の上のパンケーキを見つめた。それに気づいた男はアルミンの鼻先についと皿を寄せたかと思えば、すぐにそれを引き寄せてしまう。残る匂いに誘われて顔を突き出してしまい、男に笑われた。恥ずかしくなって体を戻すが、やはりパンケーキから目が離せない。

きつね色に焼かれた表面にはじわとバターが染み込み、添えられた生クリームをパンケーキの熱が溶かしていく。思わずごくりと喉を鳴らすと、男は再びアルミンの目の前でパンケーキを見せつけるように動かした。

「君には催眠術をかけてある」

「は?」

「パンケーキが欲しくて仕方ないだろう?」

「ッ……」

浅ましい気持ちを隠しきれない自分を恥じる。特別パンケーキが好物であるわけではない。しかし今はパンケーキのことばかりを考えてしまう。男の言うことを信じるわけではないが、まるで催眠術をかけられているかのように、普段の自分ではないことは確かだった。

あの柔らかいパンケーキにナイフを差し込めば、それは弾力をもってして受け止められるだろう。色が変わるまでバターの染み込んで柔らかくなった箇所は、噛むまでもなく舌の上で溶けるだろう。濃厚なバターの匂いに鼻を鳴らす。考えるだけで口の中は唾液でいっぱいだった。

「欲しいかい」

男の声は愛をささやくように甘い。それは誘惑する声だ。

「もし君が私のいうことを聞いてくれるなら、これを君にあげよう」

「そんっな……毒が入っているともしれないもの」

「おや、では君に食べてもらえないこのパンケーキはこのまま冷めてしまうね」

「いっ、一体何が目的なんだ!僕に何の用だ!?」

「何、ちょっとした実験だ。……ほら、欲しくないかい?」

「あっ」

鼻先を横切る匂いにつられてしまう。それにまるで性感でも得たような声を発してしまい、アルミンは慌てて唇を噛んだ。

ああ――欲しい。

「……どう、したら」

それは、男に屈したも同然だった。男の口角は更につり上がり、よくできました、とささやく。皿をアルミンから遠ざけて持ち上げ、男はアルミンの手の拘束を解いた。解放された手で今すぐすがりつきたいほど、アルミンの頭の中はパンケーキでいっぱいだ。

「まずは、その無粋なベルトを外してもらおうか」

男の物腰は柔らかい。しかしアルミンには強い命令に等しかった。緊張と興奮で震える指先で太もものベルトを外していく。もうすっかり慣れたと思っていた装備はもどかしくアルミンを阻んだ。足のベルトを外しても男はただこちらを見ているだけで、アルミンは唇を噛んでジャケットを脱ぎ、上半身のベルトも次々と外していく。仮面に阻まれて男がどこを見ているのかわからないのが居心地悪く、しかしそれが気にならないほど、アルミンはパンケーキに意識が集中していた。もうバターはすっかり溶けきっている。皿に添えられた小瓶はシロップだろうか。柔らかい生地の上に垂らせば広がる匂いを考えただけで、頭がおかしくなりそうだ。

最後のベルトも外して落とした。黙って視線だけで男に訴える。

「では今度は、服を脱いでもらおう。ただし私が満足できるよう、ゆっくり時間をかけて、ね」

「そんなっ……」

こんなことは馬鹿げている、そう思うのに、理性はあっと言う間にパンケーキの魅力にとりつかれた。パンケーキを食べられないまま殺されるかもしれない。それでもアルミンは、自分の意志でシャツのボタンに手をかけた。
2013'10.24.Thu
「あれ、男じゃないか?」

連れの声に反応し、ジャンもほとんど反射でそちらを見た。それなりの乗車率だった金曜日の最終電車も今はもう人もまばらだが、彼女は座らずにドアの側に立っていた。彼女――否、「彼」と言うべきか。

こちらの声が聞こえたのか、すぐに窓の外に背を向けてしまったが、確かにかわいらしくはあったが骨格は男と言えなくもないような気がした。

「なんか結構いるらしいよな、女装が趣味ってやつ」

「お前も高校の時してたじゃん」

「文化祭だろ、あれ。ないわ、あんなときじゃなきゃしねえよ」

悪いやつではないが飲み会帰りで、彼もかなり出来上がっている。ジャンは顔をしかめたが、友人はそれにも気がつかなかった。

ジャンはまたドアを見る。きれいにアイロンのかけられたブラウスに細身のなジャケット、やはり座り皺さえないキュロットスカート。ぴかぴかの靴だって、傷ひとつない。ドアに触れている「彼」の指先が震えている。

「……別に、好きな格好すりゃいいんじゃねえの。お前の彼女だって、髪切って男みたいになってたじゃねえか」

「もーやめろよその話すんの」

「お前が怒らせたせいなんだろ」

「反省してます。ジャンまで口挟んでくんなって」

彼の降りる駅に着き、突き飛ばすように電車から降ろす。足取りはやや覚束ないが、家は駅の近くだから帰れるだろう。

「またな」

「おー、またー」

ふらふらと改札に向かう彼がこれ以上誰かに迷惑をかけたとしても、ここからはもうジャンには関係のないことだ。飲み会の会場だった居酒屋を出てからつきっきりでもう疲れた。

しかしここまでくると最後まで面倒見なければならない気にもなってくる。ドアの前で肩を落としている被害者に近づき、肩を叩いた。過剰に驚いて振り返られたが、そうひどい女装ではない。ともすれば素直にかわいいと思えるほどだ。

「悪かったな。酔っぱらいだから許してくれ」

「あ……」

口を開きかけた「彼」はすぐに言葉を濁して俯いた。咄嗟に出たらしい声は少し低い。そのストールは喉仏を隠すためか、と気がついて、なるほど、女装と言うものも大変らしい。

「似合ってるから気にするなよ」

ジャンの言葉にはっと顔が上がる。鳩が豆鉄砲を食らったような、とはこういう時に使うのだろうか。

すぐに電車は次の駅に止まり、目の前のドアが開いたのでジャンはそこで電車を降りてさっさと改札に向かった。ぽかんとした彼女の目の前でドアが閉まっていく。すぐにジャンを追い越していく電車の中に見えた「彼」に手を振った。

「……ま、あれぐらいなら見苦しいもんでもないよな」

結局のところ、ジャンも友人と変わらない。もう二度と会わないだろうからこそ適当なことを言ったが、あれが知人なら止めるか縁を切るだろう。

「あれぐらいかわいい彼女できねーかなー」

そう言うジャンにかわいい彼氏ができるのは、まだ誰も知らぬことである。
2013'10.15.Tue
学校に行きたくない、とはっきり言ったのは、そのときが初めてだった。夏休みの間にすっかり忘れてしまっていたのに、始業式の日制服に着替えたら、頭が割れるように痛くなった。次の日も、また次の日も。どうするの、と聞かれて、初めて学校に行きたくないのだと口にした。

深く追求されない代わりに、親の実家に送られた。祖父がひとりで住んでいるのは、人口も少ない田舎だった。

古い田舎の家に引きこもって1日中本を読んでいた。祖父も何も聞いてくることもなく、昼間はほとんどの時間、畑仕事に出ている。アルミンは簡単な食事を作る意外は読書に没頭し、2日3日と時間が経つのはすぐだった。



都会はまだ暑さの残る頃でも、田舎は秋の気配を漂わせていた。静かな縁側に追いやられた壊れたマッサージチェアが最近の定位置になっている。いつものように本を開いていると、からりと玄関の扉が開く音がした。祖父は普段裏口から出入りしている。誰だろうか、息を潜めるとドアを開けた人物は遠慮なく足音を立てて中に入った。あの足取りは近所の老人ではない。車の音はしなかったから役場や農協の人でもないだろう。

「アルレルトさーん!おーい!」

若い声に身をすくめる。来客なのだから顔を出すべきだとは思うのだが、どうせアルミンに用があるわけではない。黙っていればそのうち帰るだろう、と本もめくらず静かにしていれば、やがてまた扉の閉まる音がしてほっと息を吐く。誰だったのか知らないが、祖父に用があるのならまた来るだろう。ほっとして読書を再会しようとした耳に、砂利を蹴る音が滑り込む。

「いるじゃん」

「……」

縁側の網戸越しにアルミンを見た彼に、蛇に睨まれたように硬直した。眉間にしわを寄せてこちらを睨みつけてくる若い男に縮みあがる。無遠慮に網戸を開けてくるので悲鳴を上げそうになった。

「じいさんは?」

「はっ、畑に」

「裏の畑いなかったけどな……下の畑か。……あんた誰?

「ま、孫です」

「学校は?」

「……」

ストレートな言葉に黙り込む。しかし彼は大して気にしないようで、まあどうでもいいけど、と返事を待たない。

「じいさんに稲刈り終わったっつっといて」

「あ、はい。えっと」

「上の家のジャンって言えばわかる」

「はい」

不意に顔を寄せてきたジャンに息を飲む。彼はじっとアルミンを見た。お世辞にもいいとは言えない目つきは威圧感を与え、しかし目をそらすことも許さない。

「お前、暇?」

「……何か」

「栗拾い行くからつき合え」

「えっ」

「靴履いて出てこい」

「あの」

「早く」

「はいっ!」

怒鳴られたわけではないのに彼の語気は強く、アルミンは飛び上がって転がるように玄関に走った。スニーカーを履いて恐る恐る扉を引けば、さっきの男はそこで待っている。

「行くぞ」

顎でしゃくられて後込みしながらついていく。訳がわからないが、逆らうとまた凄まれる気がした。

この田舎に来てから祖父や両親と同年代の大人しか見ていない。前を歩く彼は高校生ぐらいだろうか。確かに小学校から高校まで、近くではないにせよあることはあるから、子どもがいないということはないだろう。

前を歩く彼は汚れたジャージにくたびれたTシャツ姿だが、髪や眉などは整えている。

家の前を道なりに行った先にある家に彼は入っていく。アルミンは庭先で足を止めたが、呼ばれたので渋々庭に足を踏み入れた。祖父が時折剪定をしているだけのうちの庭と違い、こちらはもう少し手入れがされている。彼がどこに消えたのかわからずに戸惑っていると、家の奥から大きな犬が飛び出してきた。逃げる間もなく犬に突き飛ばされてひっくり返る。押し倒されたまま恐怖で硬直するアルミンにはお構いなしに、犬はアルミンの顔をなめ回した。自分より大きいのではと思われる獣にこのまま食われるのかと泣きそうになっていると、叱咤が飛んで荒い息が離れていく。

「サシャ!ンなもん食ったら腹壊す!」

助けてくれたのは先ほどの目つきの悪い少年だ。アルミンには犬種まではわからないが、猟犬を思わせるしなやかな犬に飛びつかれては突き飛ばしている。そのうち首輪を捕まえて、暴れる犬を引き留める。

「わりぃ、逃げ出した。怪我は?」

「だ、大丈夫」

「つないでくる。だから散歩じゃねえって!」

はしゃぐ犬に怒鳴りながら再び消えていく少年を見送りながら、立ち上がって服を払った。顔がべとついて気持ち悪い。少年はすぐにバケツを手にして戻ってきて、今のうちに逃げ出せばよかったと後悔した。

「ほら」

投げられたものを慌てて受け取れば濡らしたタオルだ。礼を言うより早く手を引かれ、慌ててついていきながら顔を拭った。彼はアルミンに構わず家の前の坂の上を目指す。

「あっ、あの」

「何」

「名前、すみません、もう一度」

「ジャン。あんたは?」

「アルミンです」

「アルミン」

「はい」

「栗拾ったことは?」

「ないです……わぁ!」

目の前に広がる光景に思わず歓声を上げた。坂はそのまま山につながり、その山裾に栗の木がある。足下一面に広がるのはいがぐりだ。ジャンはアルミンの手を離した代わりにバケツを押しつける。

「足でいが押さえて、中の栗だけ回収」

「あ、はい」

「こう」

「はい」

ジャンはスニーカーをはいた足を器用に操り、元々割れていたいがの口を広げて中の栗を取り出す。それをアルミンの持つバケツに無造作に投げたので、空のバケツに反響した音に驚いた。

「それ、いっぱいにするまで帰さねえから」

「あ、はい……」

さっとアルミンから離れて仕事を始めたジャンを見て、アルミンも見よう見まねで始めてみる。しかしろくにやらぬうちに、はたと気がついた。自分は一体、なぜこんなことになっているのだろう。

顔を上げてジャンを見る。視界にそれが映ったのか、ジャンもちらとアルミンを見た。その睨むような目に言葉は喉から先に出てこなくなり、アルミンは黙って足下を見る。

――殴られないだけましか。

幸い作業をし続けることは苦痛ではない。とにかく解放されるために、アルミンは黙々と栗を集め続けた。
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