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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2024'05.18.Sat
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2014'02.01.Sat
もしかして、そうなのだろうかと少し思っていた。ジャンはそれほど鈍感ではなく、自分が周りにどう思われているのか、相手が自分に接する態度がどうかぐらいはわかるつもりだった。

だから、アルミンがジャンに告白をしてきたときも、さして驚かなかった。アルミンも頭のいい男だから、ジャンが気づいていることに気づいていたのだろう。ジャンの態度を見て、苦笑する。

「君が僕に興味がないことはわかってる。だから、お願いがあるんだ」

「お願い?」

「ひと月だけ……今月だけでいいんだ、僕とつき合ってくれないか。ごっこ遊びでいい、誰にも言わない」

「……ひと月だけ、恋人ごっこしろって?」

「うん……次の年度が終われば君は憲兵団に行くだろう?僕は調査兵団を目指してる」

「ああ」

とんだ物好きだといつも思っていた。幼馴染みだかなんだか知らないが、それが何より正しいのだとばかりに自分の夢を振りかざす頭のおかしな幼馴染みに洗脳されているに違いない。

「そうなれば君に会えなくなるだろう。そう思ったら、……迷惑だとはわかっていたけど、言わずにはいられなくて」

アルミンはれっきとした男のくせに兵士の中では小柄で、しおらしい仕草をすればますます兵士には見えなかった。座学だけは得意な頭でっかちは、調査兵団なんかに入ればすぐに死んでしまうだろう。ジャンには犬死にだとしか思えない。

「あっ、あの、恋人だなんて思わなくていい!ただ……僕、見ていただけだから、その……もう少し、君の話が聞きたいだけなんだ。だから、時々ふたりで話をしてくれるだけでいい。今月が終われば、もう近寄らないから」

「今月、ねえ……」

「……気持ち悪い?」

「……俺にメリットがねえな」

アルミンはすうと息を吸った。ジャンの言葉は予想済みだったのだろう。それまで少し震えていた指先を握り、ジャンを見上げる。

「来月になったら、君の恋に協力する」

「なっ……」

「嘘をつくようなことはできないけど、できることなら何でも。……僕もそれで、君への気持ちは封印するから」

ジャンがミカサを気にかけていることはよく知られていることではあった。しかしそれを真っ正面から恋だと言われたことはなく、思わず拳を握ってしまう。ミカサはジャンなど眼中にない。恋と言い切るには、あまりにも惨めな恋だった。

「ミカサの幼馴染みの僕なら彼女に君の話をすることもできる。エレンを引き離すことも」

「……なるほど」

「その代わり今月だけ、僕に君のことを恋人だと思わせてほしい。君は、そう思わなくて構わないから」

「あー……いや、そうなると、お前のメリットがわからねえ」

話が具体的すぎて、アルミンが押し通す気であることは間違いない。しかし素直に話を飲むのはさすがに抵抗があった。ジャンのそんな態度を見て取って、アルミンは眉尻を下げて笑う。

「好きな人と一緒にいたいだけだよ」

ジャンは言葉を失った。

――自分が思っていたよりも、アルミンは自分のことが好きなのかもしれない。

誰かに心を寄せられるということは、思っていたほど悪くなかった。とはいえ、これがむさ苦しいライナーのような男であれば違っただろう。しかし相手はアルミンだ。更には話をするだけでいいという。今日から始まるひと月、一番短いひと月だ。

「……ひと月だけな」

ぱっとアルミンは明るい笑みを見せた。自分もミカサに気持ちを返されたら、こんな風に笑えるだろうか。ありがとう、と笑うアルミンは眩しいほどだったが、ジャンは日常は大して変わらないだろうと思っていた。



その日の夜にはジャンはもうほとんど忘れかけていた。夕食の時にいつも通りに慣れた席で食事をしているときに、何気なくミカサに目を向けて、視界に入ったアルミンを見て初めて思い出した。視線の合ったアルミンがはにかみを見せて、どうしていいかわからず食事に戻る。

「ジャン、今日の座学のやつわかった?」

「ああ、オレもマルコに聞こうと思ってたんだった。最後のやつがややこしくてさ」

「だよねぇ。部屋に帰ったら考えよう」

「ん」

ごっことは言え、引き受けたのだから何か恋人らしいことをした方がいいのだろうか。同じ訓練兵の周りが呆れるほどのカップルは、空き時間があるたびにふたりでこそこそ話をしている。訓練兵たちに与えられた自由な時間で一番長いのは夕食後、消灯前の夜の時間だ。手紙を書いたり復習をしたり、友人たちと話しながら昼間の疲れをとる時間でもある。その決して長くない時間のいくらかをアルミンに裂かなければならないのか、と考えて、早まっただろうかと少し後悔しながら味の薄いスープをすすった。

テーブルのそばを通った誰かが足を止めた。ジャンが顔を上げると、食器を片付けに行く途中らしいアルミンだ。ジャンと目を合わせ、マルコの方にも視線を送る。

「今日の復習するなら、僕も混ざっていい?」

「ほんと?アルミンがいるなら心強いな」

「それが、僕も今日は集中できなくて」

マルコに苦笑してみせるアルミンに、そうだろうな、とジャンはひとり心の中で頷いた。あの告白を聞いたのは朝だったのだ。それからの座学はときどき盗み見たジャンにはわかりやすいほど、アルミンは落ち着きがなかったのだ。そのあとの実技訓練では持ち直していたようだが、実技が苦手なのはいつも通りなので、立ち直っていたのかどうかはわからない。

「じゃあ後で」

「うん」

マルコに応えた後、アルミンはジャンを見た。少しどきりとして、パンを噛んで誤魔化す。

「ジャンも、後でね」

「ああ」

はらりとほほえみ、アルミンはテーブルの間を歩いていった。何かいいことあったのかな、とマルコが言うほどわかりやすくて、アルミンが本当に隠し通せるのか不安になった。



食事も入浴も済ませた訓練兵たちの大半は部屋にいる。ジャンたちもまた同様で、ひとつのベッドに集まって各自ノートを広げていた。アルミンはやはり座学は上の空であったようだが、人の話をつなぎ合わせて理解してしまったらしい。嫌味なほど頭の回転がいいところを見せつけられた。

「マルコのノート、見やすいね」

「ありがとう。アルミンは意外とシンプルだね」

「取捨選択しないと、整理できなくて」

「書かなくても覚えられますってか。嫌味だな」

「ジャン」

「うるせえよ」

母親のようにたしなめるマルコにも、顔をしかめるジャンにもアルミンは笑っただけだった。

「オレ水飲んでくる」

ジャンがベッドを降りるとアルミンが指先を震わせた。それを見てしまうと無視できず、ジャンは溜息を隠してアルミンを呼ぶ。

「お前も行くか?」

「あ、うん!ちょっと行ってくるね」

マルコに断ってアルミンもベッドを降りた。素直についてくる姿は少しおもしろい。

「あの、ありがとう」

「何が?」

「朝のこと。あと、今も」

「何もしてねえよ」

「はは、だって僕、偉そうなこと言ったけど、どうやって君とふたりになればいいのかもわからない」

廊下を歩く足音は規則正しくジャンについてくる。どう応えればいいのかわからず、少しだけ速度を緩めた。

食堂には誰もいなかった。ジャンを追い越していったアルミンがふたり分の水を取ってきて、ジャンに渡す。わずかな火しかない食堂でアルミンと並んで座っているのは非日常で、話が聞きたいと言うがジャンは何を話せばいいのかわからなかった。

「……えーっと……ジャンは休みの日、何してるの?」

「はぁ?」

「あっ、いや、聞かれたくなったらごめん!」

「いや、別に。街に出てぶらついたり、マルコと勉強してるぐらいだ。何で?」

「うん……休みの日は、僕もエレンたちと過ごすことが多くて、君の姿をあまり見かけないから」

「休みまでエレンの顔見てられっか」

「ん、そうだよね」

「どうせお前はエレンの味方だろ」

「うーん、エレンの態度には、賛成しかねるところは多いけど」

「ま、あいつがどこで死のうがオレには関係ないけどな」

「……僕も?」

「……」

「うっ、嘘!忘れて!」

アルミンは顔を覆ってうつむいた。その耳が赤いことに気づいてしまって、ジャンまで恥ずかしくなる。恋人ならば言うべきことはひとつだろうが、ジャンには嘘でも、嘘だからこそ、歯の浮くようなセリフが言えるはずがなかった。

「あ〜……まあ、お前はあいつより頭いいから大丈夫じゃないか?」

「……そうかな?」

「多分な」

「……ありがと」

手を下ろしたアルミンは横目でジャンを見て、すぐに水を飲んで口を塞いだ。

こんなのがいいという女もいるだろうに。ジャンなんかを好きになってしまったアルミンに同情さえ覚えて、気の毒に思う。この賢い頭は、誤作動することもあるらしい。

「……お前、オレのどこがいいの」

「えっ!何!?」

「好きなんだろ」

「えっ……言わなきゃだめ?」

「いや、どうでもいいけど」

「……じゃあ、言わない。はー、……そろそろ戻ろうか」

アルミンが立ち上がったのに合わせてジャンも席を立った。

部屋までの廊下をたどりながら、アルミンは彼にしては不明瞭に言葉を零す。

「ふたりきりって、思ってたよりどきどきする。恋は大変だな」

まるで他人事のような口振りだ。ジャンは何も言わなくて、アルミンももう何も言わなかった。恋人のふりをひと月もできる気がしなくて、ジャンは手持ちぶさたに頭をかいた。

「なあ、なんで今月なんだ?」

どうにかひねって言葉を出せば、アルミンは驚いたようにジャンを見る。我ながらつまらないことを聞いた、と眉を寄せたが、アルミンは静かに唇に笑みを乗せた。

「二月が一番、短いから」
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2014'01.31.Fri
海はずっと静かだった。アルミンの涙は波のように引いては流れ、ジャンは困ったままずっとそばにいた。

誰かが砂を蹴って走ってくる。それを意識したときにはもう、その足音はアルミンのそばに近づいていた。

「アルミン!」

父親の声にアルミンは飛び上がった。アルミンが泣きっ面のまま顔を上げると、彼は力強くアルミンを抱きしめる。

「よかった……」

「……お父さん?なんで……」

「それはこっちのセリフだよ!朝起きていなかったら心配するだろう!どうしてひとりでこんなところにきたりしたんだ」

「だって、ジャンが」

「ジャン?」

アルミンが思わず口にすると、ジャンが焦って黙るように唇の前で指を立てる。はっと口を閉じるが、ジャンの声は父には聞こえないことに気づいて少しおかしくなった。

「アルミン、君は……思い出したのか?」

「ごめんなさい!あの、黙って家を出て、心配かけて……」

「ああ……」

父が落胆を見せた気がしてアルミンは首を傾げた。父は誤魔化すようにアルミンの肩を抱き寄せる。ふと見ればジャンもまた驚いた顔をしていて、アルミンは父と彼を見比べた。

「……アルミン、ジャンの名前をどこで聞いたの?」

「えっ」

「さっきジャンと言ったね。それは、誰のこと?」

アルミンは困って、ジャンを見ようとしたが父親はしっかりアルミンの目をのぞき込んでいた。父のこんな真剣な目は見たことがない。あまり嘘の得意ではないアルミンは誤魔化しきれる気もしなかった。何より、この口振りでは、父もジャンを知っているかのようだ。

「お……お父さん、ジャンって、誰?」

「……いや、知らないならいいんだ」

「ジャンって、調査兵団の人?」

父がはっと息をつめた。アルミンがジャンを見ると父も振り返ったが、やはり驚いた顔のジャンのことは見えていないようだ。ジャンは何も言わず父を見ている。

「あの……あのね、お父さん、そこに幽霊がいるんだ。名前はね、ジャンっていうんだって。エレンがお祭りで着てたのと同じ服なんだ」

アルミン、とジャンが止めようとしたが、父は顔を上げてジャンを探している。

「ジャン?」

父に名を呼ばれてジャンは肩を揺らした。動揺を隠せない視線がさまよう。

「……アルミン、ジャンはやっぱり、調査兵団なのか?」

「……うん。壁の外で巨人と戦ったんだって。海が見たいって言ってて、それで、僕」

「ジャン」

肩に添えられた父の手が震えていた。彼の目に涙が浮かび、アルミンは驚いて息を飲む。

「ジャン!君はどうして調査兵団を選んだんだ!昔の文献を見て驚いた、君の名前が調査兵団に入ってて。ミスだと思ったんだ、だからずっと調べ続けた。なあ、ジャン、君を殺したのはオレか!?」

父の悲痛な叫びにアルミンはただ呆然としていた。どうしていいのかわからずにジャンを見れば、やはり今にも泣きそうに顔をゆがめている。しかしそれはどこか笑みにも似て、アルミンにはそれがどういう感情なのかわからない。静かに肩を落とし、ジャンは呆れたように笑う。

「アルミン、違うって言ってやってくれ。オレは自分で選んだ。お前が思ってるほどお利口さんじゃない」

「……お父さん、あのね、ジャンが違うって。自分で決めたって」

「……本当か?」

「うん」

「ああ……」

泣き崩れるように父はアルミンを抱きしめた。アルミンはさっきまで自分が泣いていたことなど忘れて、父の広い背中に精一杯手を回す。

「馬鹿だなマルコ、お前、こんなに平和で、こんな子どもまでいてさ、そんなこと考えてたのかよ」

「……ジャンは、お父さんのこと知ってるの?」

「さあな」

ジャンはきっと泣きたいのだ。それでもただ眉間のしわが深くなるばかりで、どうしてだかアルミンの目に涙が浮かぶ。ただ、もうジャンに会えないのだとわかっていた。

「アルミン、お前が選んだことはいつもお前がちゃんと考えて選んだ道だった。マルコだって、オレだってそうだ。あのときこうしておけばよかったなんて、何度考えたって仕方ない。もしそれが間違いでも、自分の尻拭いをするのは自分だ。……オレ、お前を守って死ぬとは思ってなかったけどな」

「ジャン、何のこと?」

「立体軌道、お前に似合うと思うぜ。自由の翼もな」

――それきり、幽霊は海風にさらわれてしまった。



父に連れられて帰宅したアルミンは母親にも散々泣かれてしまった。どうやら子どもひとりでの遠出は随分目立っていたらしく、そのためすぐに見つかったらしい。

ひとしきり母親に怒られた後、父はアルミンを書斎に連れていった。そこで見せられたものは、触れば崩れてしまうのではないかと思うほど古い本だった。父が慎重にページをめくり、開いたページのある場所を指さす。それは何かの名簿であるようで、沢山の名前が並んでいる。父の指が示すのは、ジャン・キルシュタイン。

「アルミン、もし君が大人になって、また彼の名前を思い出したら、お父さんと話をしよう」

「……ジャンのことは、忘れないよ」

「……そうだね」

父はまた泣きそうになり、あたたかい手でアルミンを抱いた。

ジャン・キルシュタイン。それは幼い心に住み着いた幽霊の名だ。
2014'01.30.Thu
ジャンが時々、屋上から姿を消すようになった。

どうしたのかと聞けば、学校から出られるとわかったので街を見て回っているらしい。今はすごいんだな、と感心したようにジャンが口にすると、アルミンは何も言えなくなってしまう。自分が住む街を誉めてもらえることは嬉しかったし、ジャンたちの勇気によって得た人類の幸福を見てもらえたような気がした。しかしジャンと話ができないことは寂しくて、アルミンは思わず口をとがらせる。それを見てジャンはただ笑っていた。



「アルミン、お前は立体軌道装置はできないのか?」

「僕はまだ10歳だし、どのみち僕にはあんなことできないよ」

「逆上がりは?」

「……できない」

ジャンは笑った。だけどそれはアルミンを馬鹿にしたものではなかったので少し安心した。

「もう少し背が伸びればお前も使いこなせる」

「だってあれすっごく重いんだよ!」

「練習すればそこそこできるようになるさ。案外できるもんだぜ」

「嘘だぁ」

「嘘じゃねえよ。お前みたいな兵士もたくさんいたさ」

「ほんと?」

「ああ。諦めないやつは強い」

ジャンの声はまっすぐ響く。いつも彼の言葉には力があって、なんでも信じてしまいそうになった。しかしアルミンはすぐに、今日もいじめられっこたちに追いかけ回されたことを思い出す。エレンが助けてくれなければ、泣き出すまで逃げ回っていただろう。そんな自分があの勇敢なかつての調査兵のように、あの立体軌道装置を使いこなし力強く戦うことなど、ふりでもできるはずがない。

「ジャンもお父さんも、僕を買いかぶりすぎだよ」

「……言われたか?」

「うん」

「……お前の名前、つけたのは父親だろ」

「うん」

「すごいやつの名前だって言ってなかったか?」

「……名前だけだよ」

いじめられて帰って泣き止まないアルミンに、父が優しく言ったことがあった。歴史に詳しい父が語る「アルミン」は、一介の兵士から革命者になった人だった。その輝かしい業績をアルミンはまだ正確には知らない。それでも、そんな名前は自分にはふさわしくないと思っていた。

ジャンはしばらく何も言わずにアルミンのそばにいたが、ふと屋上から遠くに視線をやった。彼は時々そうして、空の向こうを見ようとするかのように首を伸ばす。

「なぁ、アルミン」

「……何?」

「オレ、海を見に行くことにした」

「えっ?」

「地理の授業も覗いたから、海がどれだけ遠いか知ってるんだ。だけどまぁ、疲れ知らずの体だしな」

なぜだか、もうこれきりジャンに会えない気がした。アルミンは慌てて手を伸ばすが小さな子どもの手は宙をかいただけで、ジャンはこちらに気づかない。

「ずっと、見たいと思ってたんだ」

その声はひどく穏やかだった。この人はいつも優しかったが、こんな姿は見たことがなかった。妙にざわめく胸を押さえて、ジャンを呼ぶ。

「いつ行くの?」

「そうだなぁ……明日の日の出を見たら、出発するか。ここから見る日の出はそんなに悪くないんだ」

不安が確信に変わる。ジャンはもうここへは戻らないだろう。

二度とジャンと会えないかもしれないと思うとアルミンの小さな心臓は落ち着かず、その晩はほとんど眠ることができなかった。



階段をかけ上がる。いつもより早い学校は静かで、まだ薄暗い廊下はお化けが出そうなほど不気味に感じた。しかし目的のあるアルミンの足は迷わない。通い慣れた屋上のドアを押し開ければ、目の前に広がるのは光にあふれた屋上だった。朝日を一身に浴びたアルミンはその光の洪水に声をなくし、ただ呆然とその光景に目を奪われて立ち尽くす。

やがてその光の真ん中に、人影が浮かび上がった。扉の音で驚いたその人は、アルミンを見てすぐに顔をしかめる。

「ったく……余計なこと言わなきゃよかったぜ」

アルミンと、その背中のリュックサックを見て、ジャンは溜息をついた。

「ジャン、お願い!僕も一緒に連れていって!」

「お前は学校もあるだろうが!」

「じゃあ行かないで!」

「誰だってお前のわがまま聞いてくれるいいやつじゃないんだぜ」

「だって……」

我慢しようと決めていたのに涙が浮かび、慌てて目をこする。ジャンがまた溜息をつくのが聞こえた。

「……お前のわがまま聞いてやるのはこれで最後だからな」

「ジャン!」

「おら、出発だ」

「ありがとう!」

アルミンは思わず感情のままジャンに飛びつこうとして、宙をかいて倒れ込んだ。ジャンがそれを見て声を上げて笑う。手のひらと膝はじんじんと痛かったが、言えば置いていかれる気がして、アルミンも同じように笑った。

学校を出てバスに乗った。海まではバスと列車を二回乗り継げば着くはずだ。きちんと調べてきたと言えばジャンは呆れてみせ、しかしどこか嬉しそうでもあった。ありったけのお小遣いをかき集めてきた。それで十分往復できることも調べ済みだ。アルミンが更にそう言えば、ジャンは諦めて笑い出す。

「そういうやつだよ、お前は」

朝早い、海の方へ向かうバスに始めは他に乗客はいなかった。アルミンは一番後ろの座席に隅に座り、ジャンはその隣に座る振りをする。座ろうとしても突き抜けてしまうのだ。

「立ってれば?」

「気分」

アルミンが小声で聞いたが、ジャンはそのまま窓の外に視線を向けた。流れる町並みを見て、速いな、とこぼす。

「立体起動装置と、どっちが速い?」

「あんなのと比べるなよ。巨人はでかいくせに素早いんだ。こんな家の形がわかるような速さじゃない」

「ふーん……でも、アンカー刺す場所ないと意味ないもんね」

「うるせえな」

現代技術を批判された気がしてわざと言えば、ジャンは顔をしかめた。昔は街を馬車が走っていたのだという。アルミンはまだ乗ったことはなかったが、田舎の方ではまだ現役の移動手段なのだと聞いたことがあった。

「馬車って、速い?」

「速いとその分、尻が痛い」

ジャンは吐き捨てるような言い方をした。思わず笑い声を上げそうになったが、バスの中だと思い出して口をふさぐ。それでも押さえきれず、声を殺して肩を揺らした。

そのうち人が乗ってきて、ジャンと話ができなくなった。祭りのときもそうだっが、ジャンは他の誰にも見えないらしい。どうして自分だけなのかはわからないが、自分だけの秘密も悪くなかった。

アルミンが話せないことがわかってからはジャンも何も言わなくなった。ただ窓の外の景色が流れていくのを珍しげに眺めていた。それはどこか昔を懐かしむような大人びたもので、ジャンは若く見えるが、やはり兵士はずっと大人だったのだろう。

結局海まではバスの乗客は減らず、ジャンと話をすることができなかった。



「ジャン、見えてきたよ」

アルミンが小さく声をかけると、ジャンはどこか緊張した面持ちでアルミンを見た。こっちじゃなくて、とアルミンは窓の外を指さしたが、ジャンは首を振った。

「ここまできたらお前と見る」

「……うん」

ジャンはいつもと変わらないのにどこか不安げに見える。どうしたのか聞こうとしたが、聞いてはいけない気がした。

ジャンはどんな人だったのだろうか。アルミンはジャンを見た。ジャンの体を通して、日の光を反射して水面を光らせた海が見える。まぶしさに目を細めてジャンを見ようとするのに、光はジャンをかき消すほど強かった。



アルミンたちは次のバス停でバスを降りた。もうすでに潮の匂いが風に乗って流れてきている。ジャンにそう言いかけたが、彼は匂いもわからないのだと思い出した。

バス停の前はもう、海水浴場だ。とはいえ今はシーズンではないので人の姿はない。降りたのもアルミンだけだった。

「ジャン、ほら、波の音が聞こえる?」

「波?」

ずっとうつむいていたジャンが顔を上げた。海は穏やかだったが、波は寄せては返して砂浜をさらっていく。アルミンが見上げるとジャンは呆然と海を見ている。弾けるような光の波、耳に心地よい波の流れ。彼にはどう感じられるのだろうか。



突然ジャンが走り出し、アルミンは慌てて追いかけた。ジャケットがはためく。背中に広がる、自由の翼。

アルミンはすぐに砂浜に足を取られて膝をついた。ジャンは気づかずに、砂を踏む感触も知らずに波打ち際まで走っていく。息も切らさず、波も立てず、彼は迷わず海に飛び込んだ。冷たい海も彼には意味がない。アルミンは砂浜に座り込んだまま、ジャンの背中を見ていた。彼は子どものように目を輝かせ、果てのない海に言葉もなく興奮している。しかしそれは、海のすべてではない。それを伝えなければと思うのに、突然こみ上げた涙が邪魔をする。どうしてだか、悲しみがアルミンを襲った。

ジャンは海の中で立ち尽くし、水平線を見ているようだった。そしてすっと背を伸ばし、彼は兵士の敬礼をした。もう鼓動をやめた心臓を、誰に捧げたのだろう。

怖くなって彼を呼ぶ。しかしそれは波の音にかき消され、ゆっくり腕を下ろした後は、ジャンはじっと海面を見つめていた。

アルミンは涙を止めようと、深く息を吸う。胸を震わせ涙を拭って立ち上がった。ジャンに笑われるのが恥ずかしい気がした。

――ああ。ずっと、この日を待っていたのに。

ジャンと見ている海なのに、ジャンは本当の海を知らないのだ。



やっと気がついたジャンが慌てた様子で辺りを見回し、急いでアルミンのところに戻ってきた。悪い、と謝った後、アルミンの涙の後を見つけて手を伸ばす。触れられないのに緊張して、ジャンも自分の動作に気づいて笑った。

「なあ、すごいな、お前の言ってた通りだ」

「僕?」

「きれいだ。お前の目の色みたい」

「……そうかな」

「これが全部塩水なのか……お前は見たのかな、海。オレが先に死んじまったからわかんねえ」

「見てるよ?」

「ああ……ああ、そうだな」

ジャンは複雑に笑った。アルミンには笑っているのかどうかわからなかったのだ。それがやはり悲しくて、こらえきれずまた泣き出した。ジャンが慌てたが、何を言われても止まらない。困ったジャンは、拳を握ってうつむくアルミンを黙ってのぞき込む。小さくしゃくりあげるたびに涙が落ち、ジャンが手を伸ばしてもすり抜けていった。
2014'01.28.Tue
携帯の着信ランプに気がついたのは会議が終わった後だった。メッセージを送ってきたのはアルミンだ。考えてみれば一緒に暮らすようになってから、彼から連絡がくることは意外とない。大体のことは家にいるうちに口で伝えられるので、連絡があるとすれば急ぎだろうか。少し焦ってメッセージを開けば、ディスプレイに浮かぶのは情けない表情の絵文字だ。

『今日の帰り遅くなりますか?』

『鍵忘れて家には入れないので、駅前のコーヒーショップにいます。帰ったら教えてください』

どこかぎこちなさを感じる文面に思わず頬が緩んだ。口は達者である割に文章を書くのは苦手だというアルミンは、メールではなぜかいつも敬語になる。ついでに今朝いつもより早く家を出ると言っていたくせに寝坊して、寝癖をつけたまま飛び出していったことを思い出し、ジャンは笑わないように唇を噛んだ。

一緒に暮らすということに、まったく不安がなかったわけではない。つきあいは長く、お互いの性格や趣味を理解しているつもりではあっても、同じ家で過ごすとなればまた別の一面を見ることもあるだろう。それに幻滅することだって、あり得ない話ではない。

実際、アルミンはジャンが思っていたよりも遙かにだらしない男だった。いつも幼馴染みの世話を焼いている姿を見ていたのでしっかりしているのだと思っていたが、あれは自分のこととなるととんと無頓着になる。同居当初はがんばっていたようだが、少し気が抜けたときにジャンが手を出したせいか、取りつくろうのはすっかりやめてしまったらしい。

とはいえ、アルミンもジャンがそれを嫌がっていないことがわかるからそうしているのだ。悔しいかな、惚れた弱みとでもいうのか、アルミン以外であれば容赦なく怒鳴りつけるだろう。

メッセージが送られたのは一時間も前だったが、読書家である彼はどうせ暇つぶしになる本の一冊や二冊は持ち歩いているはずだ。それでもジャンはさっさと仕事を片づける。それを先輩にめざとく見つけられた。

「あれ、残業するって言ってなかった?」

「言ってないですよ。歯医者予約してるんで帰ります」

かわいい恋人のかわいい失敗を誰かに教えてやるほど、ジャンの心は広くなかった。



急いで向かったコーヒーショップの一番奥で、アルミンはソファーに埋もれるように小さくなって本を読んでいた。今日のお供は趣味ではなく商売道具なのか、テーブルには他にも何冊か本が積まれ、ノートと筆記用具も広げられている。テーブルの端に追いやられたトレイを見て、ジャンは思わず声を上げた。

「あっ、お前ケーキ食ったな!?」

「わっ!」

ジャンの声で気づいたアルミンは慌てて本を閉じた。ジャンを見上げてぱっと明るく笑ったのを見て一瞬許しそうになるが、ジャンは口元を引き締めて、コートも脱がず正面に座る。

「飯の前に食うなよ!」

「お腹すいたんだもん」

「もうお前の晩飯は知らねえ」

「今日なぁに?」

「牛丼のつもりだったけど知らねえ」

「食べる!」

「絶対全部食えねぇんだろ!いつも子どもみたいなことしやがって」

ジャンは怒ってみせるが、アルミンは気にせずけらけら笑っていた。ジャンが文句を言いながら食事を作ることなど、アルミンにとってはもう「いつものこと」なのだろう。

「ほら、帰るから片づけろ」

「はーい」

ジャンが完全に折れたこともすっかりお見通しで、アルミンは機嫌よくテキパキと荷物を片づけた。普段からこうであればどれほど楽か、と思わず思ったが、そうなると少し物足りなくなるのだろう。

何も買わずに出るのも味気なく、ジャンはあたたかいコーヒーを買って店を出た。飲みながら帰るつもりがいつの間にかアルミンの手に移り、彼の手をあたためるカイロになってしまっている。体を縮めて冬の夜風に身震いするアルミンを見るとあとで冷めたコーヒーを飲むぐらいはどうでもよく思えた。我ながらアルミンに対して甘すぎると思わないでもない。しかし彼がここまで甘えるのはジャンだけだと気づいてしまい、それが嬉しくない男がいるだろうか。

「あっ、肉まん……」

「はいはい帰るぞ」

コンビニの明かりに誘われそうになるアルミンを捕まえる。甘いと言ってもすべてを許すわけではない。

「……あ、オリオン座だ」

空を見上げたアルミンが呟いた。続いてジャンも顔を上げたが、とっさに星座の形が浮かばない。しかし今日は天気も良く、澄んだ冬の寒さは星をよく見せていた。見上げながら吐く息は視界を白く横切る。

「……オリオンは、月の女神のアルテミスと恋に落ちた男の人なんだ」

「へえ」

「だけど周りに反対されて、騙されたアルテミスが動物と間違えてオリオンを弓で殺してしまって」

「一気に物騒になったな」

「神話の神様たちって悲しい恋愛多いんだよね。僕は神様じゃなくてよかったな」

アルミンが手を伸ばし、ジャンのコートのポケットにひっかけた。今更に思えるほど控えめな仕草に、弄ばれているのではないかと思ってしまう。

「周りの友達もみんな応援してくれてさ、こうしてジャンも一緒にいてくれるから、僕は贅沢すぎるほど幸せだな」

ジャンを見上げて笑うアルミンに驚かされた。時々こうしてひとりだけで納得しているからずるいのだ。静かに息を吐き、アルミンの手をポケットから払ってその手を取る。コーヒーのお陰であたたまった手は少しだけ躊躇ったようだったが、緩く握り返した。

「当たり前だ。こんな贅沢そうできるもんじゃねえぞ」

「……やっぱり今日は僕がご飯作ろうかな」

「いつになったら食えるのかわからないからやめてくれ」

「ジャンも僕を甘やかしすぎだなぁ」

ふたりで歩く帰り道はどこか少し懐かしい。変わらないつもりでも、生活が変わるとできなくなることはあるのだと実感した。アルミンは上機嫌で夜空を見上げている。

「……カニ食べたいな〜」

「……どういう連想かは聞かねえが、……また鍋でもするか」

「やった〜」

へらへらと気の抜けた笑みを浮かべるアルミンにつられて頬を緩めた。
2014'01.25.Sat
大抵は髪を褒めておく。毎日会うなら変わったことにも気づいてやる。あとは目が大きいとか唇の形がきれいだとか、ネイルやデコレーションされたアイテムでもいい。褒められて嫌な気になるタイプなら、それはジャンとは合わないだけだ。

「髪染めた?」

「わかる?」

「ちょっと赤っぽくなったな。いいじゃん、似合うぜ」

ジャンが褒めると向かいに座った彼女は笑った。わかんねえよ、とぼやく隣の男友達に、だからあんたはモテないの、と返すのも上機嫌だ。空き時間を作るのが嫌で適当に入れた授業で知り合った友人たちは、普段一緒に過ごす友人とはまた違った気安さがある。それはある意味では飾らなくてもよくて、ある意味では自分を好きに偽ることができるからかもしれない。

「それにしても、ジャンがいてくれて助かったな。グループ発表って言われてどうなるかと思ったけど」

「ほんと。ジャンがまとめてくれたお陰だよ」

「お前らがサボり過ぎなんだよ」

わざと露骨に顔をしかめて笑いあう。

年度末、試験の代わりのグループ発表があった。適当に割り振られた三人の班は、ジャンの知らないふたりだったが、人見知りをする質でもないのでそれなりにこなすことができた。ただ、資料作成の都合で交換した連絡先は、今日の打ち上げと称した飲み会以降には使われなくなるだろう。

間もなく頼んだ一杯目の飲み物が運ばれてきた。それぞれ手に取って、お約束の合図でグラスを鳴らす。

「「乾杯!」」

ジャンは酒に弱いわけではないが決して強くはない。続けて飲めば酔いも回る。かといってそれで大失敗したことがあるわけでもないので、今日も大して押さえることなく何も気にせず飲んでいた。

ふと、追加の酒を探してメニューを辿る指先に目が行った。女らしい丸みを帯びた指、その爪の先は淡い水色を基調に彩られている。手を伸ばしてそれを取ると、彼女はびくりと顔を上げてジャンを見た。その頬がほのかに赤いのは、アルコールのせいだけだろうか。

「ジャン?」

「きれいだなと思って」

「あ、うん、ありがとう」

「こういうのって幾らぐらいすんの。あ、下世話な話でごめんな」

「そんなに高くないよ」

半ば聞かないまま彼女の話に相づちを打ち、ジャンが思い出していたのはミカサのことだった。ずっと片思いをしている相手への気持ちは、彼女に恋人ができても尚、風化することなくジャンを苛む。不治の病とはよく言った。この柔らかい手よりはもう少し筋張ったミカサの手の感触を、ジャンは知らない。グラデーションにそって爪をなぞる。

ミカサの桜色の小さな爪を思い出す。彼女がとても丁寧に、薄くベージュのマニキュアを塗っていることを、あの無粋な彼氏様は知っているのだろうか。自分の手が女らしくないのを気にして、せめて少しでも美しくあろうとしているのは、全てひとりの男に向けられた思いの証拠だ。

「でも男の人って、ネイル嫌いな人多くない?」

「まぁ、オレも派手すぎるのはどうかと思うけど。かわいいよ、似合ってる」

指の腹を合わせる。それを滑らせて節を数え、水掻きを爪の先でくすぐる。目の前の彼女が唇を噛んだ。



ずっと触ったり甘えるようなことを言ったりしていた。頭のどこかではひどく冷静な自分が見下していた。気まずげなもうひとりの班員とはさっさと別れて、酔いざましにひと駅歩くと言う彼女を送ると言い張って一緒に歩いた。

絡めた指先はあたたかい。ジャンの話に相づちを打ち、ときには大袈裟なほどリアクションをする彼女に合わせてジャンも道化た。

誰かと手をつないで夜道を歩いて、酔いに任せて言葉を選ぶ。これはただの道化だ。

きらきらとしたアイシャドウの光るまぶたが持ち上がって、まつげを揺らしてジャンを見上げる。甘ったるい視線をもらうことにはすっかり慣れてしまって、ジャンは何も感じない。



こんなにも、簡単なのに、どうして一番欲しいたったひとりはジャンを見てもくれないのだろう。



もうジャンからは使うことのない連絡先からは、もしかしたら連絡が来るかもしれない。それを受けたときに気が向けば、二度目があるかもしれない。それはないだろうとどこかで思いながら。

ミカサだってどこにでもいる女の子のはずなのに。そんなことを思いながら、ふっくらとあたたかい女の手をもてあそぶ。
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