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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'01.19.Sun
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2013'12.27.Fri
「数馬、藤内、左門と三之助見なかったか?」

部屋に顔を出した作兵衛に、三年は組のふたりは首を振った。そうか、と答えた作兵衛には、いつもの切羽詰まった様子がない。

作兵衛と同じクラスに、神崎左門と次屋三之助というふたりの厄介な方向音痴がいる。どちらも帰巣本能はあるのか、時間はかかるがいずれ帰っては来る。来るのだが、それが夕方なのか明日になるのか、はたまた数日かかるのかわからないという有様だ。無自覚である次屋はさておき、自分の方向音痴を自覚している左門にはもう少し自制してほしいところだが、そんなことは思いつきもしないらしい。

必然的にふたりの迷子の手綱を握っているのは富松の役割となっていたが、富松とて自分のするべきことがあり、いつもふたりを見張っているわけにはいかなかった。そして迷子を探すたびに大騒ぎをするのである。

しかし今日の富松には、いつもの狼狽した様子は見られなかった。

「焦らなくていいの?」

数馬の問いに、富松は庭に視線を遣る。何の変哲もない庭の隅で、ぱっと目を引く赤い花が咲いていた。

「あいつらなぜか、彼岸花が咲いてる時期はちゃんと帰ってくるんだ」

炎のような、或いは指をいっぱいに広げた手のような、天を向くそれは。



*



「うーむ、これは迷ったか」

迷い込んだ山の中で、左門は腕を組んで胸を張る。じっと何かを考えている様子だが、その実何も考えていない。カッと目を見開いて、直感で行き先を選ぶ。

「こっちだ!」

ざっと足元を鳴らして走り出した。幸いにも健脚であるので、多少の迷い道は苦ではない。ざくざくと威勢よく走る左門の視界の端に、ぱっと赤が散った。反射的に足を止め、左門は自分が目指していた方角と、きれいに並んで咲き誇る、彼岸花を見比べる。

今年ももう、彼岸花の咲く季節か。

どうやらまたしても自分の勘は間違っていたようである。左門は素直に進行方向を変え、彼岸花を辿って走り出した。

彼岸花が咲く先には、いつも富松の姿があった。



同じ頃、やはり山中で迷っていた次屋も彼岸花を見つけていた。

体育委員会の活動中にはぐれたらしい。らしいというのは自覚がないからである。次屋にしてみれば先輩について行っていたのだが、気づけば先輩が視界から消えていたのだ。ちゃんと後輩を射ておいてくれないと、と勝手なことを考えて溜息をついた先に、まぶしい赤が咲いていた。線の細い華奢な姿と見せかけて案外丈夫な茎を撫で、どうしたものかと考える。

先輩たちを追うべきか、待つべきか。どのみちいつも勝手な行動をするなと滝夜叉丸に怒られるのだから、どう振る舞っても結果は同じだろう。

そういえば、と思い、彼岸花を見下ろす。

富松は彼岸花が好きであるらしい。いつもこの季節は機嫌がよくて、彼岸花を見かけては手をかざす。土産に摘んで帰ろうか、とも思ったが、学園が火事になっては問題だ。次屋は迷信を信じるような子どもではないが、後輩を怖がらせてはいけないからな、と理由づける。

そういえば、保健委員の数馬にも彼岸花には触らない方がいいと怒られた。この燃えるような花は毒を持つ証拠であるらしい。

なおもどうするかと考えている間に滝夜叉丸の声が聞こえた。声を返すと、先輩の声は近づいてくる。



*



彼岸花の季節は短い。田畑を照らすような赤々とした鮮やかさは次第に色褪せて枯れていく。

その姿は死人花と呼ばれるのもわかるような気がするもので、あまりあの花を好まない人が多いのも納得できる気がした。学園の庭の隅に咲いていた彼岸花もほとんどその色をなくしてしまっている。



作兵衛まだかなー」

数馬が入れてくれたお茶をすすりながら次屋が呟くと、そうだねえ、と数馬が返す。三年は組のふたりの部屋に来てから、もうずいぶん待っているような気がした。

富松が委員会の後輩においしいお団子のお店ができた、と聞いて、みんなの分を買いに行ってくれている。始めは左門と次屋も行くと言っていたのだが、それはさりげなく委員会の先輩がフォローしてくれて、彼らに行けない理由を与えてくれたのだ。会計委員に呼ばれた左門も間もなく戻るだろう。

「うーん、ねえ、ろ組はどこまで進んだ?」

「どれ?」

部屋の中でうんうんうなっていた藤内が、遂に音をあげた。次屋が彼の開いていた帳面を覗き込む。

「あー、ここまだだ。孫兵に聞けば?」

「どんどん予習が大変になるなぁ」

「藤内は自分で大変にしてるんだよ」

「こらこら、三之助」

言葉を選ばない友人をたしなめる数馬だが、藤内はまたすぐに予習に集中していて聞いていなかったようだ。

「おおっ、ついた!」

「あ、左門お帰り、お疲れ様」

左門が件の孫兵とじゅんこを伴ってやってきた。どうやら彼に連れてきてもらったらしい。学園の中は彼岸花が咲いていないから迷うのだという。

「みんな揃ってどうしたの?作兵衛は?」

「作兵衛は団子を買いに行ったよ」

「……団子?」

孫兵が眉をひそめ、残りの三年生は各々顔を見合わせた。どうした、と左門が代表して聞けば、孫兵は困ったように口を開く。

「それ、もしかしてしんべヱが言ってた店?」

「そう言ってたけど」

「今、そこ、先輩たちが調べてる。どこかの忍者が関わってるみたいで、竹谷先輩に近づくなって言われたんだけど……」

孫兵が言い切るより早く、ざっと左門と次屋が立ち上がる。飛び出そうとするのを慌てて孫兵と藤内がそれぞれを捕まえた。

「行ってどうするの、まだ何もわからないのに」

「そうだとしてもひとりで歩かせるよりはましだろ」

「もー、救急箱用意するからちょっと待って」

「ぼくもじゅんこを預けてくる」

「外出届もらってくるよ。早く出たいなら、左門と三之助はここから動かないでね!」

それぞれが部屋を飛び出していく。残された左門たちは一瞬ぽかんとし、しかしすぐに座り心地が悪そうにそわそわと尻を動かした。



支度のできたみんなで揃って、五人で学園を飛び出した。始めはおおよその場所を聞いていた孫兵が先導する。何もないならそれでいい。みんなで揃って帰ればいいだけだ。

道端の彼岸花がぞっとするほどの鮮やかさで揺れている。

山に入るとより鮮やかに咲き誇り、孫兵は戸惑って足を止めた。もうほとんど山の彼岸花も枯れ花ばかりであったように思うのに。

「あっちだ!」

指を差すなり方向を変えた左門を藤内が慌てて捕まえたが、その側を次屋が走り抜ける。戸惑う彼らが顔を向けたその先は、彼岸花がぞろりと並んでいる。

「何、これ」

「彼岸花の先には作兵衛がいる」

ぐずぐずしているうちに次屋を見失いそうで、左門に引っ張られるように走り出す。

導くように並ぶ彼岸花をなぞる。それはやがて真っ赤な線になり、更に集まって太くなる。こんな群生を見たことがない。

「……これ」

青い顔で藤内がつぶやく。

「集まってる」

土を埋め尽くすように溢れる彼岸花を、前を行く次屋と左門が蹴散らした。言葉のない背中が早くと急かす。早く、早く。



「うおっ」

ズッ、と足元を滑らせた左門を慌てて次屋が捕まえた。一緒に滑って転がったその先は、崩れ落ちて崖になっている。彼岸花はその下へとまだ向かっていて、追いついた孫兵が顔を出して息を飲んだ。

一面に赤い、池のような。

溢れ帰る真っ赤な彼岸花の中に、倒れこむ富松を見つける。まるで血の池に飲み込まれるような光景に足が震えた。

「作兵衛!」

体勢を直した左門が迷わず飛び出した。そう高さはなかったらしいが、ぎょっと驚く友人をよそに次屋もためらわずに飛び降りる。

「ッ、行こう」

孫兵たちも揃って後に続いた。赤い花を散らして倒れた富松を左門が抱き起こし、次屋が辺りの花を蹴っている。

「作兵衛!怪我は?」

「大丈夫そうだ。起きないけど」

「見せて」

数馬が富松に駆け寄った。彼岸花を見て溜息をつく次屋に、孫兵が近づく。

「先輩呼ぼうか」

「大丈夫。多分そのうち散る」

「何なの、これ。こんなのどう予習したらいいんだよ」

「しなくていいよ。藤内は彼岸花に襲われないだろうし」

「まぁ、藤内は大丈夫だろうなぁ」

「何それ、孫兵まで」

「……好かれる人、ってのは、いるんだよ」

孫兵が振り返ると、富松が小さく呻いた。彼のまぶたがゆっくり上がる、それと同時に、ざっと赤い花が引いて行った。そこに何も咲いていなかったかのように、音もなく姿を消してしまう。

「作兵衛、大丈夫?」

「ん……?」

体を起こした富松は状況が掴めずにきょろきょろしている。



「おーい!何してる!」

耳に慣れた声に崖の上にを振り返ると、先輩の姿がそこにあった。注意したはずだ、と言いたげな竹谷の顔に、孫兵はそっと顔をそらす。

「おい、作兵衛か?」

身軽に降りてきたのは富松の委員会の先輩だった。続いて保健委員の伊作も降りて駆け寄っていく。竹谷から隠れようと藤内を盾にした孫兵も、友人越しに小突かれた。

「花に好かれてるのは富松か?」

「そうみたいです。ぼくも初めて知りました」

「……来年から気をつけてやれ。あと、孫兵はちゃんとじゅんこ連れてこい」

「そうします」

「え〜、生物委員って怖いですね」

「おれは作法委員の方が怖い」

藤内の言葉に竹谷は笑う。富松が立ち上がって怪我もない様子を見て、ほっと胸を撫で下ろした。



*



「彼岸花、すっかり枯れちまったなー」

溜息をつく富松に、お茶をすすっていた数馬はやや不満げな顔をする。あんなに咲き誇る彼岸花を見たのは初めてで、できれはもう思い出したくもない。だというのに、当の富松は何も見ていないのだという。

「あれ便利なんだよなぁ、あいつら探し回らなくていいからさ」

色の抜けて灰のような枯れ花が学園の隅で立ち尽くしている。あれは一体どこからやってくるのだろう。風に乗って飛ぶ種ではないはずなのに、何もないところから突然咲き始める赤い花を、もう素直に愛でることはできないように思えた。
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