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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'05.10.Sat
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2014'01.08.Wed
「幾ら土地が十分あるからって言っても、もうちょっと本社の近くでいいんじゃないかなぁ……」

新しくできた工場の真新しい外観を眺めて、アルミンは深く溜息をついた。製品を運ぶために十分な道路に広大な土地、更に工場を運用するに十分な従業員の確保。諸々の条件が一致した上でこの山の奥に工場が新設されたことはアルミンも十分すぎるほどわかってはいるが、個人的な感情としては喜んで来たい場所ではない。背の高い木に囲まれた道は道路が舗装されていることだけが唯一現代を感じられるところで、信号もなければガードレールもなく、ただひたすら山の中を抜けて行った先に、まるで木々に隠されているかのように巨大な工場が姿を現す。そうでなくても車の運転は得意とは言えないアルミンがひとりでここまでくるのは、やや神経をすり減らすことでもあった。とはいえ、企画から関わったアルミンが、完成した工場を見に行かないわけにはいかない。

できればもう二度と来たくないものだ、と思いながら、責任者と別れて車に乗った。これからまた時間をかけたドライブをして本社に戻らなければならないのかと思うと気が重い。一本道がありがたいと思えたのは道半ばまでだ。カーナビでは道なき道を走っていることになってしまう山中は、それだけ刺激がなく、注意力が散漫になる。カーナビのラジオもテレビも入らず、会社の車には好きなCDも積んでいない。時間は倍に感じられ、極端な急カーブなどはなかったが、どうにも不安になるのだった。

「こんな場所、二度と来ないんだから!」

賃金格差が悪いのだ、生産過程にあれほどスペースが必要だろうか、とぐだぐだ思考しながら山を降りていく。考えることしか時間を埋める術がない。行けども行けども、道の両側に立派な木が立ち並ぶ風景は代わり映えしなかった。

こういうものは大抵行きよりも帰りの方が早く感じるものだ。しかしアルミンの感覚を裏切るように、道はどこまでも続いている。

永遠に続くのではなかろうか、とうんざりした頃、ようやく道の向こうで木の並びが途切れているのが見えた。やっと麓まできたか、と車を進め、フロントガラスいっぱいに広がった光景に、アルミンは思わず急ブレーキを踏んだ。がくんと大きく車体を揺らし、強引に止めた車のサイドブレーキを引いてアルミンは運転席から飛び出す。

――そこは、スタート地点であったはずの工場だった。

我が目を疑うアルミンは何度も目をこすったが、どう誤魔化そうとも、その門に掲げられたのは自社の看板に間違いない。アルミンはしばらく呆然と立ち尽くし、鳥の声にはっとさせられてすぐに車に戻った。車のエンジンを一旦切り、カーナビをのぞきこむ。そうしてから、自社の新設工場はまだ地図に反映されていないことを思い出し、ディスプレイに浮かぶ山中をさまよう図に頭を垂れた。

――一本道のはずだった。出発前にカーナビで検索して困っていたアルミンに、山に入れば真っ直ぐだからと教えてくれたのは直属の上司で、何より、来るときにそのことは自分で確認した。間違いなく、分かれ道のない道だった。

ふと頭をよぎるのは、地元に伝わる昔話。この辺りを地元の人間は「狐峠」などと呼ぶ。弧狸に化かされたという話がいくつも残っており、工事の際も不可解なことがあったのだという。それは大して支障のでるものではなかったので誰かのうっかりだろうと言うことになったが、もしかしたら狐に化かされたのかもしれないな、などと笑い話をしたらしい。

アルミンはゆっくり深呼吸をする。動揺で少し乱れた心拍が落ち着くのを待って、カーナビの電源も一度切った。改めて起動したカーナビに目的地を設定し直し、再びエンジンをかける。

――馬鹿馬鹿しい。

先ほどと同じように車を走らせる。代わり映えのない景色に目を走らせ、確かに山を下っていることを確認しながら。

カーナビに表示される目的地までかかる時間も確実に減っていて、相変わらず道なき道を突き進んではいるが問題なく動いている。

またしても永遠に道が続くのではないか、と心が折れそうになった頃、やっと道が開けた。緊張するアルミンの視界に映るのは、山の入り口にあった小さな喫茶店だ。感嘆の声を上げてアクセルを踏み、アルミンはやや強引に駐車場に滑り込む。カーナビにはやっと道が表示され、アルミンは肩を落として深く溜息をついた。

――そうだ、あるはずがない。きっとうつらうつらとしてしまったのだろう。この先は他の車も通るようになる。コーヒーでも飲んで休もうと、アルミンは車を降りて喫茶店に入った。

「いらっしゃい」

無愛想な声が飛んだが、アルミンは気にしなかった。カウンターから背の高い女が立ち上がり、エプロンも何もしていなかったが店員であるらしい。窓側の席にアルミンが座ると彼女は黙って水を持ってきた。アルミンもメニューを見ずにコーヒーを頼む。普段であれば気になるところだが、復唱も声かけもせずテーブルを離れた女に安堵した。改めて、アルミンは俯いて腹の底から溜息をついた。動揺も不安も吐き出してしまいたい。

女はやはり黙ってコーヒーを持ってきた。そばかすの浮いた化粧っけのない女は目つきも悪く、アルミンを睨むようだったが、今は田舎の人間の親しさに触れたくなかったアルミンには丁度よかった。

――もう二度と、こんなところに来るものか。

流し込んだ熱いコーヒーは思っていたよりもおいしかった。近所であればまた来てもいいと思えただろう。



――そんなことを考えたせいだろうか、二度目は二週間後だった。あの不可解なことをようやく忘れた頃、また行ってほしいと上司から呼び出しがかかったのだ。想定していたほどスムーズに作業が進まず、流れ作業の行程や作業場の位置を見直すことになるかもしれない、とのことだった。なぜ自分が、と言えるのならば、どれほどよかったか。自分が手がけたものを、これほど恨んだことはない。

しかし考えようによっては自業自得だ。従来の流れを基準にするだけではなく、もっと製品の特徴を考える必要があった。ミスとも言える。反省で自分を誤魔化して、アルミンは再びあの山の中の工事へ出発した。帰りにあのコーヒーを飲んで帰ろう、そう自分に言い聞かせた。



いざ行ってみると、生産の非効率は人の問題だった。今回の件で昇格した責任者が期待や仕事、慣れない環境に振り回されていたようである。休憩室で泣きじゃくる後輩に、これはもう何度か来ることになりそうだと、アルミンは窓の外の自然を複雑な気持ちで眺めていた。

ああ、コンクリートジャングルが恋しい。生まれも育ちも都会とは言えないが、大学入学と同時に家を出て上京したアルミンには田舎暮らしは考えられなかった。

どうにか立ち直りを見せた彼にプライベートの連絡先も教えておいた。こんな田舎まで再び来ることを考えれば、休日に電話がかかってくることなど些細なことだ。

彼のため、会社のため、そして何より自分の為に、アルミンは誠心誠意彼に応え、工場を出た。

車に乗り込み、エンジンをかける一瞬にためらう。しかし見送りのため後輩がそこで待っていて、発進しないわけには行かない。諦めてエンジンをかけ、窓の外に手を振ってアルミンはアクセルを踏んだ。

そしてまた、山を下る。来るときは何ともなかった道だ、帰りだって異変があるはずがない。今日は自宅から適当にCDを持ってきて、家族のものだが気晴らしにもなった。わからないなりに口ずさんだりガムを噛んだりして誤魔化していれば、やがてあの喫茶店が見えてくる。来たときよりもずっと早く感じる道に、ほっと息を吐いた。やはりあの日は疲れていただけに違いない。

先日よりは落ち着いて車を駐車場に止めた。今日は穏やかな気分でコーヒーを堪能することができるだろう。ドアを開けると、アルミンの耳に飛び込んだのは記憶よりもずっと明るい声だった。

「いらっしゃい!」

アルミンを振り返ったのは、笑顔のさわやかな青年だった。少し戸惑ったものの、田舎の喫茶店だって従業員ぐらいいるだろう、と考え直す。もしかしたらこちらが店長なのかもしれない。いかにも接客向きの笑顔だ。

他に客の姿はなく、アルミンはまた窓側の席に着いた。店員が近づく前に、コーヒーを、と声をかける。気持ちよく応じた彼はそのままカウンターに向かった。

今日は帰ったらゆっくり風呂に入ろう。疲れを取ることも仕事のうちだ。そんな当たり障りのないことを考えていると、コーヒーが運ばれてきた。カップから立ち上る湯気がいい匂いを広げている。

「どうぞ」

「ありがとう」

涼しげな目元はそばで見ると印象より鋭い。しかし榛の瞳は柔らかく、アルミンの視線に気づいた彼はにこりと笑う。どこか枯れ草にも似た髪の色は、しかしあたたかそうだ。すらりと背が高く、こんな田舎にいるには勿体ない。

さぞかしモテるのだろうな、とテーブルを離れる後ろ姿を何となしに目で追って、アルミンはぎょっとして目を見開いた。彼の薄い尻を隠すかのように、黄金色のたっぷりとした尻尾が揺れている。しかしそう見えたのは一瞬で、まばたきをした後にはもうデニムをはきこなした尻しか見えなかった。

――早く帰ろう。

誰にでもなく頷いて、アルミンはコーヒーカップを手に取った。波打つ液体は深い色でアルミンを落ち着かせる。カップに口を付け、――次の瞬間吐き出した。口の中に広がる泥臭さにどこか呆然とコーヒーカップを見下ろせば、そこに沈むのはどう見ても泥水だ。縁の欠けたカップを見て呆然とするアルミンのそばで、弾けるような笑い声が響く。ぎょっとして顔を上げ、アルミンは更に目を疑った。

視界いっぱいに立派な木が連立している。尻の下には冷たい石、そこには喫茶店など影も形もなく、男もいない。

「あんた、何してんの?」

「わあっ!」

声をかけられて飛び上がった。慌てて振り返ると、車のそばに、前に喫茶店で見たそばかすの女性が眉をひそめて立っている。アルミンははっとして汚れたカップと彼女を見比べた。その様子に、彼女は呆れた様子で溜息をつく。

「久しぶりに見たよ、狐に化かされたやつ」



助手席に乗せた彼女はユミルと名乗った。ユミルが言うには、狐に化かされる話は昔話ばかりではないらしい。ユミル自身は経験したことはないのでよく知らないが、とからかわれるように付け加えられ、アルミンはハンドルを握りながらまだ土臭さの残る唇を噛む。

アルミンが最低限認めなければならないのは、自分は喫茶店など何もない道の途中で車を止め、汚れたコーヒーカップて泥水を飲もうとしていたといえ現実だった。

「山売るときに随分ジジババに言われたぜ、狐に祟られるとか何とか」

「……山、とは、あの工場ですか」

「そう。ま、狐じゃ飯は食えないからな」

ちなみにユミルは薪を取りに行った帰りだという。この間は気づかなかったが、あの喫茶店には暖炉があるらしい。

――つまり、彼女がこの山の地主であるらしい。土地交渉は代理人と行ったので知らなかった。あの喫茶店は暇潰しだという。

間もなく、件の喫茶店が見えてきた。今度は間違いないだろうか、と疑うアルミンの隣でユミルが笑う。

「生まれてからずっとここにいるけど、狐に化かされたことなんかないよ。ありがとな、乗せてくれて。口直しにコーヒー入れてやるよ」

ありがたくいただくことにして、アルミンも車を降りた。トランクから下ろした薪を手に、ユミルが喫茶店のドアを開ける。

「ただいま!ジャン、コーヒー落としてくれ」

「お帰りユミル」

ユミルに続いたアルミンは、店内から帰ってきた声に息を飲んだ。ぎこちなく首を回し、ユミルを迎えて出てきたその人を見る。榛色の瞳が、アルミンを見つめた。

「お客さん?いらっしゃい」

笑う彼に、泥の味を思い出した。硬直するアルミンをユミルが怪訝な顔で振り返り、慌てて平静を装う。

窓側のテーブルでアルミンが待っていると、ユミルの代わりにコーヒーを持ってきたのは彼だった。目の前に置かれたカップを見つめるアルミンに、彼は笑って顔を寄せる。

「今度はちゃんとうまいぜ」

顔を上げたアルミンの視界の端に、狐色の尻尾が踊った。
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