言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2013'12.27.Fri
さてと。
コーヒーショップを出た斉藤タカ丸は大きく伸びをする。チラシの入った紙袋を揺らして歩き出した。気持ちのいい快晴だ、今日はいい出会いがある気がする。タカ丸の父は美容師だ。カリスマと呼ばれる父の元で、中学を卒業してからずっと美容師の修行を続けている。今はまだ資格もないので客を取ることはできない。今自分にできることは少なかった。だからこそ、できることは積極的に。店のチラシを手に街へ出るのはほとんど日課となっていた。
適度な風が心地よく、誘われるように風上に目をやった。その瞬間、タカ丸の目は彼女たちに釘づけになる。――きっとそれは運命だ。
雑踏の中を歩くその3人は、それぞれ三様に美しい。可憐で、しかしその瞳に宿した意志の強さはまるでよけいなものを拒絶するかのように外界を睨んでいた。あれを、知っている。タカ丸はこちらへ向かって歩いてくる彼女たちを見つめて立ち尽くした。
「滝夜叉丸、クレープ食べたい」
「喜八郎……お前さっきまでアルションのケーキって言ってただろう」
「さっきの人見たら食べたくなった」
「滝夜叉丸がこの間言ってた、新しくできたお店は?」
「クリスピードーナツ?」
「違う、ヨーグルトだっけ」
「ああ……あそこはまだ若干並んでるぞ。喜八郎がいないときに行こう」
「何それ」
「喜八郎は大人しく待てないだろ」
「いいもん、立花先輩と行くから。今日はクレープ!クレープにしよう!」
「わかったから……三木ヱ門もそれでいいか?」
「いいよ。どこの?」
「あっちのクレープリーか、ちょっと歩いたところにココリコもある」
「ゲーセンの近くにもなかった?」
「あそこはいまいちだ」
「さっすが、食い道楽委員」
「違う!」
「滝夜叉丸のおすすめは?」
「店内で食べたいならクレープリーだな。食べ歩きか?」
「潮江先輩に見つかったら怒られる」
「じゃああっちに」
「あのっ!」
無視を覚悟で声をかけた瞬間、3人はぴたりと足を止めた。ばっと振り返ったのは両側のふたりで、タカ丸を認めて口角を上げた。
「この美しい私に何かご用ですか?」
「この可憐な私に何かご用ですか?」
「……え、と……」
見事なユニゾンに、どちらがどちらのセリフを言ったのかわからなかった。セリフが被ったことがわかった瞬間彼女たちは互いを睨み、彼は私に声をかけたのだ、いいや私だと言い合いを始める。真ん中の彼女だけが冷静にふたりの間を抜け、何か、と訪ねてきた。しばしその無感情な瞳に見とれた後はっとして、慌ててチラシを差し出した。
「あの!カットモデルやりませんか!」
「間に合ってます」
ためらいもせずに断られ、しかしタカ丸とて今回ばかりは引けなかった。彼女たちを逃がしてはいけない。タカ丸の魂が叫ぶ。
しかし彼女の柔らかそうな髪を見て、これ以上どう引き留めればいいのか考える。ふわりと空気を含んだ髪は丁寧に手入れをされていることがよくわかる。化粧っけはないが肌もきれいだ。これほど完璧なら、カットモデルなどして他人の手を入れられたくはないだろう。睨み合っていたふたりもカットモデルと聞いたとたん興味をなくしたのか、ひとりだけがまあ私の髪は美しいから触りたくなるのも無理はない、などとぐだぐだ続けている。
「いやでも、」
「私たち写真が残るようなことはできないんです」
「へ?」
トパーズの髪を揺らしてひとりが割り込んだ。くるりと上がったまつげが美しい。よく見ればつけまつげだとわかるが、かなり巧みに馴染ませてある。
「あ、タレントさんか何かですか」
「いえ、学生です」
「だ、大丈夫だよ!写真は記録のために残すかもしれないけど、許可なく掲載したりはしないし!」
「だめなんです。ごめんなさい」
「わかった、じゃあ写真は撮らない!1回だけでも、ううん、もう切らないし、うちの美容院に来てくれるだけでもいいから!」
「カットモデルを探しているんでしょう?私たちは無理ですが、そこまで必要なら友人を紹介しますよ」
誰も相手にしないので口上をやめた彼女も加わってきた。黒髪が美しい。アイシャドウのグラデーションも自然で、きっと手間のかかっているだろう、陶器のような美しい肌だ。
「違うんだ、他の人じゃだめなんだ。僕は君たちが」
「あ」
真ん中の子がくるりと目の色を変えた。まじまじとタカ丸を見つめてきて、どきりと胸が鳴る。無遠慮なほど近いのに嫌な気がしない。それどころか懐かしさすら感じた。これは何だろうか。
「どうした喜八郎」
「好みか?行ってくるか?」
「三木と一緒にしないでくれる。……会ったこと、あります?」
「えっ!?あ、いや、初めて……だと思う。でも、会ったことあるような気がするんだ」
「ふぅん……そっか。つまんないや」
そう言いながら彼女はタカ丸の手からチラシを引き抜く。それを鞄にねじ込み、両側ふたりの手を取った。
「ふたりとも行こう、スコーン」
「だからクレープだろ?」
「じゃあ明日!」
「明日は委員会」
「私もだ」
「あー、でもコールドストーンも行きたい。アイスもいいなぁ」
「喜八郎、決めてくれ」
「あっ、あのぅ!」
ぱっと喜八郎と呼ばれた子が振り返る。姿はすぐに雑踏に消えたが、その前にタカ丸の耳には確かにその声が届いていた。
『またね』
それは、どういう意味だろうか。チラシを握りしめたまま呆然と立ち尽くす。しかしタカ丸も、これを最後にする気はなかった。絶対に見逃してはいけない出会いだと、頭の中で鳴り響く。きっとこの日タカ丸の運命は大きく変わるのだ。ぐっと顔を上げ、店へ走り出す。――手がかりは、あの制服。白いスカーフのセーラー服、学生鞄は指定がなさそうだった。よく見かける制服だから、遠くではないだろう。地理にも詳しそうだった。
「ただいまっ!」
「あ〜ん、タカ丸くんお帰りなさいっ」
父親の助手がタカ丸の腕に絡みついてくる。たまたま店には客がいない。今日は父親が休みなので予約が少ないのだ。ユミさん、その手を振り払って向かい合う。
「この辺りでセーラー服の制服の学校ってどこがある!?」
「何?いい子いた?」
「スカーフは白だったんだけど」
「ああ、じゃあ大川学園だね」
掃除をしていた美容師が近づいてきた。走って乱れたタカ丸の髪を直しながら、ほら、あそこの私立の、と続ける。
「でかい学校だよ。惚れたの?あそこの子、1度断られたら絶対受けてくれないよ。厳しいおうちの子多いみたい」
「大川学園……」
タカ丸でも名前を知っている。常連客の中にも大川学園の生徒がいたはずだ。中高一貫校で、敷地の広さはけた違いだと聞いたことがある。彼女たちはおそらく高等部の生徒だろう。美しい少女たちを思い、ぐっと拳を握る。これまでにない感覚だった。――知りたい。彼女たちのことを知りたい。あの中に自分のポジションがあるのだと、なぜか疑わなかった。
「……ユミさん!俺明日休みにして!他の日出るから!」
「え?いいけど、どうしたの?休みの日でも出てくる君が」
「……見つけないと、後悔する気がするんだ」
*
絶対に彼女たちを見つけてみせる。――そう決意して次の日、タカ丸は大川学園の校門前で立ち尽くしていた。そこには生徒の姿はない。ああ、身に付いたサービス業。――今日は土曜日じゃないか。まばらに生徒の姿があるにはあるが、おそらく部活動の生徒だろう。がっくりと肩を落として帰りかけ、顔を上げた。昨日彼女たちは、委員会がある、と言っていなかっただろうか。委員会と言えば学校の中の所属だ。ならば学園内にいるはずだ。生徒の姿が途切れたのを見計らい、こっそりと校門をくぐる。見つかったら間違いなく不審者だ。今までどんなきれいな髪の子を見かけても、こんなことをしたことがない。自分の中から湧き上がる衝動がなんなのかわからないが、じっとしていられなかった。せめて、と持ったお土産を手に、できるだけ堂々と校舎へ向かう。タカ丸が通っていた公立中学とはかけ離れた立派な建物に後込みしながらも、昇降口まで着いたその瞬間。
「サインを!」
「うひゃあっ」
背後から肩を叩かれて飛び上がった。慌てて言い訳を頭の中に連ね、振り返ると若い男がノートを突き出している。
「入門表にサイン下さぁい!」
「へ?」
「校門脇に書いてたでしょ、校内に入る方は入門表にサインして下さいって」
「あの……」
「ほら」
「はぁ……」
無理やりペンを持たされ、タカ丸は仕方なく名前の欄にサインをする。備考欄が隣にあるが、タカ丸以前の記入もそこは空欄のままだ。
「はい、確かに」
「あの……理由なんかは?」
「理由?いつも特に聞いてませんから結構ですよ」
「はぁ……」
そんなものなのだろうか。先生ですか、と訪ねると、ただの用務員です、とノートを小脇に抱える。危機感のない用務員はどこか親しみがあり、憎めない。いや、――まただ。自分はこの人を知っている。
「ではごゆっくり。あ、帰りもサインして下さいね!」
「あっ、あのっ!」
「何か?」
「きょ……今日、活動してる委員会ってありますか?」
「委員会ですか?そうですねぇ、さっき裏庭で体育委員会と生物委員会が戦ってたけど」
「たたか……!?」
「あ、ということは保健委員会も待機してるんじゃないかなぁ」
裏庭ならあっちから回るといいですよ、指で示された方を見る。校舎の脇から回り込んで行けるのだろう。人影もなく静かだが、なぜかぞくりと鳥肌が立つ。行くなら気をつけて下さいね、不穏な言葉を残して用務員は立ち去った。
――あそこを曲がると、何があるのだろう。手にかいた汗をパンツで拭う。この血がざわめくような感覚。引きずるように足を動かす。砂の鳴る音が妙に耳に残った。後悔はしないか?それでもタカ丸は拳を握り、校舎の向こう側へ回り込む。その途端視界は木々であふれた。さっきまでとは別世界の視界に、ここは森か山かとたたらを踏む。振り返ると確かに学校だ。こんなところで委員会活動?さっきの間抜けそうな用務員は何か勘違いをしているのではないだろうか。戻ろうとしたとき、生徒らしい数人の人影が目に映る。
「てぇい!」
「ほい」
「ックソ!」
キィン、と高い金属音。何かをはじき返した少年は次の瞬間にはその場にいない。その向こうにいた男は舌打ちをして一歩引く。焦ったように振り返った先にはセーラー服の少女がいて、笑顔を浮かべて上の方を指さした。
「竹谷先輩、あれ切って下さい」
「……三治郎、隠れててくれ」
「だって守られてるだけだなんてルールじゃないでしょ?」
「……怪我人出さないでくれよ〜」
近くの木を足場に男は飛びながら、手の中のものを振り切った。何が起きたのかわからなかったが、奥の方で悲鳴が聞こえる。
「金吾が落ちたっ」
「次屋が突き飛ばしたんだろうがっ!あっ、七松先輩!」
「竹谷ァ!」
「ぎゃああああ!」
奥から飛び出してきた塊が一瞬にして竹谷を捕らえる。転がるように視界から消えていき、はらはらするタカ丸の目には別の少女が映る。ポニーテールの髪がふわりと風に揺れた。のんびりとしているようにも見える無表情、但し口元はきりりと結んでいる。身軽に地を蹴って三治郎へ向かっていき、焦って逃げ出した彼女との間にまた別の男が割り込む。止まりかけた少女の腕を捕まえて、反動をそのままに投げ飛ばした。少女の体は軽く飛ばされ、――タカ丸の方へ向かってくる。
「わっ!」
「えっ?」
声に驚いた彼女がタカ丸に気づいたときにはもう遅く、着地点を失った彼女はタカ丸の上へ落ちてきた。受け止めきれずにその場にひっくり返り、頭に衝撃が走る。――そこでタカ丸の意識は途切れた。
*
強く、投げ飛ばされた記憶が戻ってきた。受け身をとる間もない早さで地面に叩きつけられ、あのときは確かあばらを折ったはずだ。すう、とすくい上げられるように意識が浮上し、目を開けたタカ丸ははっとして体を起こす。見下ろした両腕は傷ひとつなく、指も問題なく動く。ほっと息を吐いて胸をなで下ろした。
「起きた」
「え?」
ようやく周りに意識を向ければ、タカ丸のそばにはセーラー服の少女が立っていた。それは昨日調べた、大川学園のもので間違いない。体を屈めてタカ丸の額に手を当てる彼女の、ポニーテールがさらりと落ちた。どうやら自分はベッドの上にいるらしい、と初めて気づく。少し意地悪そうにとがった唇が、相変わらずだな、と小さく零した。
「え?」
「どこか痛いところはありますか?」
「え、えーと」
「目覚めたか」
カーテンの向こうから男性が顔を出した。その見覚えのある顔に、タカ丸は安心して力を抜いた。
「土井先生」
つぶやいてからはっとすた。――誰だ?混乱する頭を抱えて自問する。改めて見れば彼は知らない男性だ。似た人も知らないし、常連客なら覚えている。タカ丸の様子に彼らは顔を見合わせ、少女はそっと水を差し出した。ゆっくり飲んで、の言葉に従い、コップを受け取ってよく冷えた水を口に含む。体まですうっと冷えるようで、少し頭が軽くなった。
「落ち着いた?」
「はい……」
「よかった。すまなかったね、うちの生徒の活動に巻き込んでしまったようで。見た限り怪我はないようだが、痛いところはあるかい」
「いえ、大丈夫です……多分」
「まあ受け身は取れてたみたいだから」
「はぁ……」
「何か用があって来たのかな?」
男の笑顔にまた考え込む。やはり、……知っている。この笑顔を、声を。タカ丸の様子に彼も困ったように笑って、無理に考えなくていい、と優しく言った。
「左近、他の子は?」
「しろべえはテンパってたので次屋先輩が連れていきました。生物はみんな帰りました。というか帰しました」
「わかった。君、名前は?」
「あ……斎藤タカ丸です……」
「私は土井、ここの教師だ。今日は送るから帰りなさい」
「はぁ……」
納得がいかないまま生返事をする。そのときカーテンの向こうが騒がしくなり、誰かが制止を振りきったらしい。ジャッと大きくカーテンが開かれ、そこには顔を土で汚した少女が立っていた。保健室にシャベル持ち込まないで下さいよ!左近が彼女を睨む。Tシャツにジャージ、髪は適当にまとめられているが、昨日出会った少女に間違いない。「またね」と言った、あの少女。はっとしたタカ丸に近づいてきて、じっと顔をのぞき込んでくる。その丸い瞳に見つめられていると視界がちかちかした。くらりとよろけたタカ丸を彼女が支える。
「綾部」
「だってもう思い出しかけてますよ。かさぶたってはがしたくなりません?」
「やめなさい」
たしなめる土井の声が遠くなる。頭を抱えたタカ丸の脳裏には自分が知らないはずの、知っている光景が次々と浮かんでは消えていった。誰かの髷を結う自分、幼い少年に手を貸されて立ち上がり、雨の中を走る。目の前で繰り広げられる戦い。目が回る。呆れた顔の友人たち、それは、忍装束だった。
「あやべくん」
口をついて出た言葉に自分で驚く。しかし自分はやはり、知っているのだ。彼女――否、『彼』を。
「綾部喜八郎くん」
名を呼ばれた『彼』は瞬きをして、ほらごらんなさい、と土井を振り返る。土井は大きく溜息をつき、頭を抱えた。
「綾部くん」
「なんですか、タカ丸さん」
「ッ……」
ぎゅうっと胸が苦しくなり、視界が一気に涙に沈む。泣き出したタカ丸を、綾部は黙って抱きしめた。やわらかい感触は知らないものだったが、この体温には覚えがある。
「綾部くん」
「はいはい、綾部きはちろーですよ」
何も言葉にならない。一気によみがえる記憶はタカ丸の全身を巡り、それは痛みにも近い感覚でタカ丸を襲う。優しいぬくもりに包まれて、止まらない涙をこぼし続けた。――どうして忘れていたのだろう。こんなに大切な人たちなのに。
「滝夜叉丸も三木ヱ門も、みんないるんだよ。また4人で遊べるね」
*
「落ち着いたかい」
「はい……すみません」
左近の入れてくれたお茶をすすりながら、タカ丸は笑ってみせる。ぎこちないものだっただろうが、土井も苦笑を返した。ほどよく冷房の効いたこの部屋は、大川学園の保健室だ。――大川。今ならその名も思い出せる。大川平次渦正。それはかつて自分が学んだ、忍術学園の学園長の名だ。
コーヒーショップを出た斉藤タカ丸は大きく伸びをする。チラシの入った紙袋を揺らして歩き出した。気持ちのいい快晴だ、今日はいい出会いがある気がする。タカ丸の父は美容師だ。カリスマと呼ばれる父の元で、中学を卒業してからずっと美容師の修行を続けている。今はまだ資格もないので客を取ることはできない。今自分にできることは少なかった。だからこそ、できることは積極的に。店のチラシを手に街へ出るのはほとんど日課となっていた。
適度な風が心地よく、誘われるように風上に目をやった。その瞬間、タカ丸の目は彼女たちに釘づけになる。――きっとそれは運命だ。
雑踏の中を歩くその3人は、それぞれ三様に美しい。可憐で、しかしその瞳に宿した意志の強さはまるでよけいなものを拒絶するかのように外界を睨んでいた。あれを、知っている。タカ丸はこちらへ向かって歩いてくる彼女たちを見つめて立ち尽くした。
「滝夜叉丸、クレープ食べたい」
「喜八郎……お前さっきまでアルションのケーキって言ってただろう」
「さっきの人見たら食べたくなった」
「滝夜叉丸がこの間言ってた、新しくできたお店は?」
「クリスピードーナツ?」
「違う、ヨーグルトだっけ」
「ああ……あそこはまだ若干並んでるぞ。喜八郎がいないときに行こう」
「何それ」
「喜八郎は大人しく待てないだろ」
「いいもん、立花先輩と行くから。今日はクレープ!クレープにしよう!」
「わかったから……三木ヱ門もそれでいいか?」
「いいよ。どこの?」
「あっちのクレープリーか、ちょっと歩いたところにココリコもある」
「ゲーセンの近くにもなかった?」
「あそこはいまいちだ」
「さっすが、食い道楽委員」
「違う!」
「滝夜叉丸のおすすめは?」
「店内で食べたいならクレープリーだな。食べ歩きか?」
「潮江先輩に見つかったら怒られる」
「じゃああっちに」
「あのっ!」
無視を覚悟で声をかけた瞬間、3人はぴたりと足を止めた。ばっと振り返ったのは両側のふたりで、タカ丸を認めて口角を上げた。
「この美しい私に何かご用ですか?」
「この可憐な私に何かご用ですか?」
「……え、と……」
見事なユニゾンに、どちらがどちらのセリフを言ったのかわからなかった。セリフが被ったことがわかった瞬間彼女たちは互いを睨み、彼は私に声をかけたのだ、いいや私だと言い合いを始める。真ん中の彼女だけが冷静にふたりの間を抜け、何か、と訪ねてきた。しばしその無感情な瞳に見とれた後はっとして、慌ててチラシを差し出した。
「あの!カットモデルやりませんか!」
「間に合ってます」
ためらいもせずに断られ、しかしタカ丸とて今回ばかりは引けなかった。彼女たちを逃がしてはいけない。タカ丸の魂が叫ぶ。
しかし彼女の柔らかそうな髪を見て、これ以上どう引き留めればいいのか考える。ふわりと空気を含んだ髪は丁寧に手入れをされていることがよくわかる。化粧っけはないが肌もきれいだ。これほど完璧なら、カットモデルなどして他人の手を入れられたくはないだろう。睨み合っていたふたりもカットモデルと聞いたとたん興味をなくしたのか、ひとりだけがまあ私の髪は美しいから触りたくなるのも無理はない、などとぐだぐだ続けている。
「いやでも、」
「私たち写真が残るようなことはできないんです」
「へ?」
トパーズの髪を揺らしてひとりが割り込んだ。くるりと上がったまつげが美しい。よく見ればつけまつげだとわかるが、かなり巧みに馴染ませてある。
「あ、タレントさんか何かですか」
「いえ、学生です」
「だ、大丈夫だよ!写真は記録のために残すかもしれないけど、許可なく掲載したりはしないし!」
「だめなんです。ごめんなさい」
「わかった、じゃあ写真は撮らない!1回だけでも、ううん、もう切らないし、うちの美容院に来てくれるだけでもいいから!」
「カットモデルを探しているんでしょう?私たちは無理ですが、そこまで必要なら友人を紹介しますよ」
誰も相手にしないので口上をやめた彼女も加わってきた。黒髪が美しい。アイシャドウのグラデーションも自然で、きっと手間のかかっているだろう、陶器のような美しい肌だ。
「違うんだ、他の人じゃだめなんだ。僕は君たちが」
「あ」
真ん中の子がくるりと目の色を変えた。まじまじとタカ丸を見つめてきて、どきりと胸が鳴る。無遠慮なほど近いのに嫌な気がしない。それどころか懐かしさすら感じた。これは何だろうか。
「どうした喜八郎」
「好みか?行ってくるか?」
「三木と一緒にしないでくれる。……会ったこと、あります?」
「えっ!?あ、いや、初めて……だと思う。でも、会ったことあるような気がするんだ」
「ふぅん……そっか。つまんないや」
そう言いながら彼女はタカ丸の手からチラシを引き抜く。それを鞄にねじ込み、両側ふたりの手を取った。
「ふたりとも行こう、スコーン」
「だからクレープだろ?」
「じゃあ明日!」
「明日は委員会」
「私もだ」
「あー、でもコールドストーンも行きたい。アイスもいいなぁ」
「喜八郎、決めてくれ」
「あっ、あのぅ!」
ぱっと喜八郎と呼ばれた子が振り返る。姿はすぐに雑踏に消えたが、その前にタカ丸の耳には確かにその声が届いていた。
『またね』
それは、どういう意味だろうか。チラシを握りしめたまま呆然と立ち尽くす。しかしタカ丸も、これを最後にする気はなかった。絶対に見逃してはいけない出会いだと、頭の中で鳴り響く。きっとこの日タカ丸の運命は大きく変わるのだ。ぐっと顔を上げ、店へ走り出す。――手がかりは、あの制服。白いスカーフのセーラー服、学生鞄は指定がなさそうだった。よく見かける制服だから、遠くではないだろう。地理にも詳しそうだった。
「ただいまっ!」
「あ〜ん、タカ丸くんお帰りなさいっ」
父親の助手がタカ丸の腕に絡みついてくる。たまたま店には客がいない。今日は父親が休みなので予約が少ないのだ。ユミさん、その手を振り払って向かい合う。
「この辺りでセーラー服の制服の学校ってどこがある!?」
「何?いい子いた?」
「スカーフは白だったんだけど」
「ああ、じゃあ大川学園だね」
掃除をしていた美容師が近づいてきた。走って乱れたタカ丸の髪を直しながら、ほら、あそこの私立の、と続ける。
「でかい学校だよ。惚れたの?あそこの子、1度断られたら絶対受けてくれないよ。厳しいおうちの子多いみたい」
「大川学園……」
タカ丸でも名前を知っている。常連客の中にも大川学園の生徒がいたはずだ。中高一貫校で、敷地の広さはけた違いだと聞いたことがある。彼女たちはおそらく高等部の生徒だろう。美しい少女たちを思い、ぐっと拳を握る。これまでにない感覚だった。――知りたい。彼女たちのことを知りたい。あの中に自分のポジションがあるのだと、なぜか疑わなかった。
「……ユミさん!俺明日休みにして!他の日出るから!」
「え?いいけど、どうしたの?休みの日でも出てくる君が」
「……見つけないと、後悔する気がするんだ」
*
絶対に彼女たちを見つけてみせる。――そう決意して次の日、タカ丸は大川学園の校門前で立ち尽くしていた。そこには生徒の姿はない。ああ、身に付いたサービス業。――今日は土曜日じゃないか。まばらに生徒の姿があるにはあるが、おそらく部活動の生徒だろう。がっくりと肩を落として帰りかけ、顔を上げた。昨日彼女たちは、委員会がある、と言っていなかっただろうか。委員会と言えば学校の中の所属だ。ならば学園内にいるはずだ。生徒の姿が途切れたのを見計らい、こっそりと校門をくぐる。見つかったら間違いなく不審者だ。今までどんなきれいな髪の子を見かけても、こんなことをしたことがない。自分の中から湧き上がる衝動がなんなのかわからないが、じっとしていられなかった。せめて、と持ったお土産を手に、できるだけ堂々と校舎へ向かう。タカ丸が通っていた公立中学とはかけ離れた立派な建物に後込みしながらも、昇降口まで着いたその瞬間。
「サインを!」
「うひゃあっ」
背後から肩を叩かれて飛び上がった。慌てて言い訳を頭の中に連ね、振り返ると若い男がノートを突き出している。
「入門表にサイン下さぁい!」
「へ?」
「校門脇に書いてたでしょ、校内に入る方は入門表にサインして下さいって」
「あの……」
「ほら」
「はぁ……」
無理やりペンを持たされ、タカ丸は仕方なく名前の欄にサインをする。備考欄が隣にあるが、タカ丸以前の記入もそこは空欄のままだ。
「はい、確かに」
「あの……理由なんかは?」
「理由?いつも特に聞いてませんから結構ですよ」
「はぁ……」
そんなものなのだろうか。先生ですか、と訪ねると、ただの用務員です、とノートを小脇に抱える。危機感のない用務員はどこか親しみがあり、憎めない。いや、――まただ。自分はこの人を知っている。
「ではごゆっくり。あ、帰りもサインして下さいね!」
「あっ、あのっ!」
「何か?」
「きょ……今日、活動してる委員会ってありますか?」
「委員会ですか?そうですねぇ、さっき裏庭で体育委員会と生物委員会が戦ってたけど」
「たたか……!?」
「あ、ということは保健委員会も待機してるんじゃないかなぁ」
裏庭ならあっちから回るといいですよ、指で示された方を見る。校舎の脇から回り込んで行けるのだろう。人影もなく静かだが、なぜかぞくりと鳥肌が立つ。行くなら気をつけて下さいね、不穏な言葉を残して用務員は立ち去った。
――あそこを曲がると、何があるのだろう。手にかいた汗をパンツで拭う。この血がざわめくような感覚。引きずるように足を動かす。砂の鳴る音が妙に耳に残った。後悔はしないか?それでもタカ丸は拳を握り、校舎の向こう側へ回り込む。その途端視界は木々であふれた。さっきまでとは別世界の視界に、ここは森か山かとたたらを踏む。振り返ると確かに学校だ。こんなところで委員会活動?さっきの間抜けそうな用務員は何か勘違いをしているのではないだろうか。戻ろうとしたとき、生徒らしい数人の人影が目に映る。
「てぇい!」
「ほい」
「ックソ!」
キィン、と高い金属音。何かをはじき返した少年は次の瞬間にはその場にいない。その向こうにいた男は舌打ちをして一歩引く。焦ったように振り返った先にはセーラー服の少女がいて、笑顔を浮かべて上の方を指さした。
「竹谷先輩、あれ切って下さい」
「……三治郎、隠れててくれ」
「だって守られてるだけだなんてルールじゃないでしょ?」
「……怪我人出さないでくれよ〜」
近くの木を足場に男は飛びながら、手の中のものを振り切った。何が起きたのかわからなかったが、奥の方で悲鳴が聞こえる。
「金吾が落ちたっ」
「次屋が突き飛ばしたんだろうがっ!あっ、七松先輩!」
「竹谷ァ!」
「ぎゃああああ!」
奥から飛び出してきた塊が一瞬にして竹谷を捕らえる。転がるように視界から消えていき、はらはらするタカ丸の目には別の少女が映る。ポニーテールの髪がふわりと風に揺れた。のんびりとしているようにも見える無表情、但し口元はきりりと結んでいる。身軽に地を蹴って三治郎へ向かっていき、焦って逃げ出した彼女との間にまた別の男が割り込む。止まりかけた少女の腕を捕まえて、反動をそのままに投げ飛ばした。少女の体は軽く飛ばされ、――タカ丸の方へ向かってくる。
「わっ!」
「えっ?」
声に驚いた彼女がタカ丸に気づいたときにはもう遅く、着地点を失った彼女はタカ丸の上へ落ちてきた。受け止めきれずにその場にひっくり返り、頭に衝撃が走る。――そこでタカ丸の意識は途切れた。
*
強く、投げ飛ばされた記憶が戻ってきた。受け身をとる間もない早さで地面に叩きつけられ、あのときは確かあばらを折ったはずだ。すう、とすくい上げられるように意識が浮上し、目を開けたタカ丸ははっとして体を起こす。見下ろした両腕は傷ひとつなく、指も問題なく動く。ほっと息を吐いて胸をなで下ろした。
「起きた」
「え?」
ようやく周りに意識を向ければ、タカ丸のそばにはセーラー服の少女が立っていた。それは昨日調べた、大川学園のもので間違いない。体を屈めてタカ丸の額に手を当てる彼女の、ポニーテールがさらりと落ちた。どうやら自分はベッドの上にいるらしい、と初めて気づく。少し意地悪そうにとがった唇が、相変わらずだな、と小さく零した。
「え?」
「どこか痛いところはありますか?」
「え、えーと」
「目覚めたか」
カーテンの向こうから男性が顔を出した。その見覚えのある顔に、タカ丸は安心して力を抜いた。
「土井先生」
つぶやいてからはっとすた。――誰だ?混乱する頭を抱えて自問する。改めて見れば彼は知らない男性だ。似た人も知らないし、常連客なら覚えている。タカ丸の様子に彼らは顔を見合わせ、少女はそっと水を差し出した。ゆっくり飲んで、の言葉に従い、コップを受け取ってよく冷えた水を口に含む。体まですうっと冷えるようで、少し頭が軽くなった。
「落ち着いた?」
「はい……」
「よかった。すまなかったね、うちの生徒の活動に巻き込んでしまったようで。見た限り怪我はないようだが、痛いところはあるかい」
「いえ、大丈夫です……多分」
「まあ受け身は取れてたみたいだから」
「はぁ……」
「何か用があって来たのかな?」
男の笑顔にまた考え込む。やはり、……知っている。この笑顔を、声を。タカ丸の様子に彼も困ったように笑って、無理に考えなくていい、と優しく言った。
「左近、他の子は?」
「しろべえはテンパってたので次屋先輩が連れていきました。生物はみんな帰りました。というか帰しました」
「わかった。君、名前は?」
「あ……斎藤タカ丸です……」
「私は土井、ここの教師だ。今日は送るから帰りなさい」
「はぁ……」
納得がいかないまま生返事をする。そのときカーテンの向こうが騒がしくなり、誰かが制止を振りきったらしい。ジャッと大きくカーテンが開かれ、そこには顔を土で汚した少女が立っていた。保健室にシャベル持ち込まないで下さいよ!左近が彼女を睨む。Tシャツにジャージ、髪は適当にまとめられているが、昨日出会った少女に間違いない。「またね」と言った、あの少女。はっとしたタカ丸に近づいてきて、じっと顔をのぞき込んでくる。その丸い瞳に見つめられていると視界がちかちかした。くらりとよろけたタカ丸を彼女が支える。
「綾部」
「だってもう思い出しかけてますよ。かさぶたってはがしたくなりません?」
「やめなさい」
たしなめる土井の声が遠くなる。頭を抱えたタカ丸の脳裏には自分が知らないはずの、知っている光景が次々と浮かんでは消えていった。誰かの髷を結う自分、幼い少年に手を貸されて立ち上がり、雨の中を走る。目の前で繰り広げられる戦い。目が回る。呆れた顔の友人たち、それは、忍装束だった。
「あやべくん」
口をついて出た言葉に自分で驚く。しかし自分はやはり、知っているのだ。彼女――否、『彼』を。
「綾部喜八郎くん」
名を呼ばれた『彼』は瞬きをして、ほらごらんなさい、と土井を振り返る。土井は大きく溜息をつき、頭を抱えた。
「綾部くん」
「なんですか、タカ丸さん」
「ッ……」
ぎゅうっと胸が苦しくなり、視界が一気に涙に沈む。泣き出したタカ丸を、綾部は黙って抱きしめた。やわらかい感触は知らないものだったが、この体温には覚えがある。
「綾部くん」
「はいはい、綾部きはちろーですよ」
何も言葉にならない。一気によみがえる記憶はタカ丸の全身を巡り、それは痛みにも近い感覚でタカ丸を襲う。優しいぬくもりに包まれて、止まらない涙をこぼし続けた。――どうして忘れていたのだろう。こんなに大切な人たちなのに。
「滝夜叉丸も三木ヱ門も、みんないるんだよ。また4人で遊べるね」
*
「落ち着いたかい」
「はい……すみません」
左近の入れてくれたお茶をすすりながら、タカ丸は笑ってみせる。ぎこちないものだっただろうが、土井も苦笑を返した。ほどよく冷房の効いたこの部屋は、大川学園の保健室だ。――大川。今ならその名も思い出せる。大川平次渦正。それはかつて自分が学んだ、忍術学園の学園長の名だ。
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