言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2015'06.06.Sat
「似合うんじゃないですか?」
それはまったくもって無責任な一言だった。王子然と笑った男の後ろで、カメラマンやスタイリストたちがにわかに色めきだつ。いやいや、鶴丸はただ首を振る。
「あのな、ただの女装ならまだしも、着れるわけがないだろう」
男の俺が、ウエディングドレスなど。
一期が着ないんですか、とがっかりしてみせるが、それにほだされてやる気は一切なくて頑なに断った。
ちょいちょいと花の角度を直し、鶴丸は数歩下がった。真正面から主役ふたりの席を眺めて、満足げに頷く。とはいえ今日は主役がいない。
この結婚式場に勤めて何年だろう。ブライダル業界は存外忙しい。人の結婚ばかりを祝っていたら自分のことはどうでも良くなってしまい、両親も鶴丸の孫を見るのをそろそろ諦めた。そんな頃、鶴丸が入社したときからほとんど変わらなかった式場パンフレットを一新することになったのだ。
「鶴丸殿、そちらはいかがですか?」
鶴丸に声をかけたのは一期だった。その手にはヴェールがあり、そのまま本番さながらにセッティングしたパーティ会場を眺めながら鶴丸の方へ向かってくる。客がいなくともきっちりネクタイを締めている男は、表情こそ柔らかいものの、クロスの皺ひとつさえ見逃さんばかりに目を見張らせていた。
「ああ、テーブルは完璧だ。あとは料理さえ来たらそこからはカメラマンの仕事だな。『花嫁』は間に合ったんだろう?」
「ええ、残念ながら。今は外で撮影しています」
「そうか」
「間に合わなければあなたに代理をお願いしたんですけどね」
「だから、それはいい加減諦めないか」
花嫁役のモデルが渋滞で遅れるという連絡があり、外での撮影ができないかもしれない、とにわかにスタッフはざわめいた。今月は忙しく、撮影できる日が限られている。ましてや日本には梅雨というものがあるのだ。今日のように天候に恵まれた日は逃したくない。
そんなときにこの男は、他にも女性スタッフがいるにもかかわらず、鶴丸が代理をしたらなどと言い出した。周囲は冗談だと受け取っただろうが、この男が本気で言っていたことを鶴丸だけは知っている。
鶴丸とてこんな生業であるのだ、美醜の判断は人並みにつく。自分がそれなりに見目がよく、服装や振る舞いを整えれば女に見える顔であることも知っている。しかし骨格というものは男女ちがうもので、ましてやウエディングドレスなど、腰から下はともかく上半身の男らしさを隠せるはずもない。
「ドレスは諦めました」
「……ドレス『は』、ってか」
嫌な予感しかしない。鶴丸が苦笑するのを気にも留めず、一期はヴェールを広げてみせる。そんなことだろうとは思ったが、一体どんな理由をつけて持ち出してきたのだろうか。あくまで進んで受けるのではないという精一杯の抵抗に腕を組み、一期が広げたヴェールを鶴丸の頭上にかざすのを見送る。
「白がよくお似合いで」
「……君は普段組み敷かれておきながら、よくもまぁ俺を女扱いできるな」
「それとこれとは別の話でございましょう」
「別か?」
一期の理論はいつもよくわからない。ふわりと降りてきたヴェールの薄い生地の向こうで一期が微笑んでいる。まぁ楽しそうなら好きにさせてやるか、とされるがまま一期を見た。
「そういえば、先日の式のサプライズ、成功したようで」
「ああ、ちいとやりすぎないかと懸念していたがそんなこともなかった」
先日のカップルを思い出す。結婚式の日がふたりの恩師の誕生日であるということなので、ちょっとしたお祝いを一緒にしたのだ。勿論主役はふたりであるし、他の客がみんなその恩師を知っているわけではないから本当にささやかなものだ。それでも軽く提案したときにふたりが目を輝かせたので、大事な人だろうと思ったのでプランに織り込んだ。結婚式当日のカップルは食事もままならないほど忙しいが、それでも最後に鶴丸にひと言お礼をかけてくれた。
「あなた自身の結婚式なら、もっとやりたい放題サプライズを仕込むのでしょうね」
「そうだなぁ、ロッキーのテーマででも入場するか」
「喧嘩でも始まるのでしょうか」
「ははっ、入場して夫婦喧嘩から始めるか!」
「あまり好き放題するなら私の意見も聞いてもらわねば」
「俺の結婚相手は君か」
「他にどなたを想像したんです?」
「さぁな」
ヴェール越しに笑いかけると一期は溜息をついた。そっとヴェールを持ち上げて、めくりきらずに顔を寄せる。何も隠せない布一枚に隠れてそっと唇が重なった。
「……順番が違わないか?」
「驚きました?」
「驚いたな」
一期の左手を取って引き寄せる。ヴェールがほとんど落ちかかったその内側で、鶴丸はポケットに手を入れてそれを取り出す。何か言われる前に薬指に指輪を通した。男の指だ。関節に少々引っ掛かったが、根元まで入れてしまうとサイズは合っている。ちらりと一期の様子を伺うと、じっと指輪を見て硬直していた。滑ったかな、と思っていると、左手に添えたままの手をぎゅっと握られた。
「……あなたも順番を間違えてませんか」
「驚いたか?」
「驚きました。……こんなものを、無防備にポケットに入れていたのですか」
「そこか」
「……あなたのドレス姿、楽しみにしてますよ」
それはさっさと諦めてくれ。笑ってヴェールを引きおろし、一期の頭にかけてやった。それを上げるのは、また今度。
「6月の花嫁だからな、きっと幸せにしてやろう」
それはまったくもって無責任な一言だった。王子然と笑った男の後ろで、カメラマンやスタイリストたちがにわかに色めきだつ。いやいや、鶴丸はただ首を振る。
「あのな、ただの女装ならまだしも、着れるわけがないだろう」
男の俺が、ウエディングドレスなど。
一期が着ないんですか、とがっかりしてみせるが、それにほだされてやる気は一切なくて頑なに断った。
ちょいちょいと花の角度を直し、鶴丸は数歩下がった。真正面から主役ふたりの席を眺めて、満足げに頷く。とはいえ今日は主役がいない。
この結婚式場に勤めて何年だろう。ブライダル業界は存外忙しい。人の結婚ばかりを祝っていたら自分のことはどうでも良くなってしまい、両親も鶴丸の孫を見るのをそろそろ諦めた。そんな頃、鶴丸が入社したときからほとんど変わらなかった式場パンフレットを一新することになったのだ。
「鶴丸殿、そちらはいかがですか?」
鶴丸に声をかけたのは一期だった。その手にはヴェールがあり、そのまま本番さながらにセッティングしたパーティ会場を眺めながら鶴丸の方へ向かってくる。客がいなくともきっちりネクタイを締めている男は、表情こそ柔らかいものの、クロスの皺ひとつさえ見逃さんばかりに目を見張らせていた。
「ああ、テーブルは完璧だ。あとは料理さえ来たらそこからはカメラマンの仕事だな。『花嫁』は間に合ったんだろう?」
「ええ、残念ながら。今は外で撮影しています」
「そうか」
「間に合わなければあなたに代理をお願いしたんですけどね」
「だから、それはいい加減諦めないか」
花嫁役のモデルが渋滞で遅れるという連絡があり、外での撮影ができないかもしれない、とにわかにスタッフはざわめいた。今月は忙しく、撮影できる日が限られている。ましてや日本には梅雨というものがあるのだ。今日のように天候に恵まれた日は逃したくない。
そんなときにこの男は、他にも女性スタッフがいるにもかかわらず、鶴丸が代理をしたらなどと言い出した。周囲は冗談だと受け取っただろうが、この男が本気で言っていたことを鶴丸だけは知っている。
鶴丸とてこんな生業であるのだ、美醜の判断は人並みにつく。自分がそれなりに見目がよく、服装や振る舞いを整えれば女に見える顔であることも知っている。しかし骨格というものは男女ちがうもので、ましてやウエディングドレスなど、腰から下はともかく上半身の男らしさを隠せるはずもない。
「ドレスは諦めました」
「……ドレス『は』、ってか」
嫌な予感しかしない。鶴丸が苦笑するのを気にも留めず、一期はヴェールを広げてみせる。そんなことだろうとは思ったが、一体どんな理由をつけて持ち出してきたのだろうか。あくまで進んで受けるのではないという精一杯の抵抗に腕を組み、一期が広げたヴェールを鶴丸の頭上にかざすのを見送る。
「白がよくお似合いで」
「……君は普段組み敷かれておきながら、よくもまぁ俺を女扱いできるな」
「それとこれとは別の話でございましょう」
「別か?」
一期の理論はいつもよくわからない。ふわりと降りてきたヴェールの薄い生地の向こうで一期が微笑んでいる。まぁ楽しそうなら好きにさせてやるか、とされるがまま一期を見た。
「そういえば、先日の式のサプライズ、成功したようで」
「ああ、ちいとやりすぎないかと懸念していたがそんなこともなかった」
先日のカップルを思い出す。結婚式の日がふたりの恩師の誕生日であるということなので、ちょっとしたお祝いを一緒にしたのだ。勿論主役はふたりであるし、他の客がみんなその恩師を知っているわけではないから本当にささやかなものだ。それでも軽く提案したときにふたりが目を輝かせたので、大事な人だろうと思ったのでプランに織り込んだ。結婚式当日のカップルは食事もままならないほど忙しいが、それでも最後に鶴丸にひと言お礼をかけてくれた。
「あなた自身の結婚式なら、もっとやりたい放題サプライズを仕込むのでしょうね」
「そうだなぁ、ロッキーのテーマででも入場するか」
「喧嘩でも始まるのでしょうか」
「ははっ、入場して夫婦喧嘩から始めるか!」
「あまり好き放題するなら私の意見も聞いてもらわねば」
「俺の結婚相手は君か」
「他にどなたを想像したんです?」
「さぁな」
ヴェール越しに笑いかけると一期は溜息をついた。そっとヴェールを持ち上げて、めくりきらずに顔を寄せる。何も隠せない布一枚に隠れてそっと唇が重なった。
「……順番が違わないか?」
「驚きました?」
「驚いたな」
一期の左手を取って引き寄せる。ヴェールがほとんど落ちかかったその内側で、鶴丸はポケットに手を入れてそれを取り出す。何か言われる前に薬指に指輪を通した。男の指だ。関節に少々引っ掛かったが、根元まで入れてしまうとサイズは合っている。ちらりと一期の様子を伺うと、じっと指輪を見て硬直していた。滑ったかな、と思っていると、左手に添えたままの手をぎゅっと握られた。
「……あなたも順番を間違えてませんか」
「驚いたか?」
「驚きました。……こんなものを、無防備にポケットに入れていたのですか」
「そこか」
「……あなたのドレス姿、楽しみにしてますよ」
それはさっさと諦めてくれ。笑ってヴェールを引きおろし、一期の頭にかけてやった。それを上げるのは、また今度。
「6月の花嫁だからな、きっと幸せにしてやろう」
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