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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2024'05.18.Sat
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2015'01.14.Wed
嫌がる声も無視してカメラアプリのシャッターを押そうとして、菅原ははたと手を止めた。スマートフォンを持つ手を下ろして月島を見る。



「月島、眼鏡変えたんだな」

見上げた横顔でようやく気がついた。菅原の言葉に反応した月島がハンガーを手にしたままこちらを見下ろす。正面から見るとあまりわからないのは以前と同じ黒のセルフレームの眼鏡だからだが、横から見ると目を隠すラインが太くなっていることに気がついたのだ。

「変えたっていうか、変えざるを得なくて。つるが折れたんです」

「つるってどこ?」

「……ここです」

腰掛けたベッドの片側が沈む。そう思ったときにはもう、月島の唇がこめかみに触れていた。ベッドに片膝をついた月島が半ば菅原に影を作り、離れて菅原を見下ろす視線をぎこちなく見上げる。指先から力が抜けてスマートフォンが落下して、ラグ越しに鈍い音を立てた。月島がハンガーにかけていたジャケットがどこに消えたのか、そんなことを考えようとしても、菅原の顔は熱を集め、今月島にされたことばかりが頭を占める。月島はいつも通りのポーカーフェイスで菅原を見下ろしていた。

「菅原さん」

月島の声でばちっと我に返る。菅原のあからさまな動揺に呆れたように月島は少し首を傾け、菅原が口を開くより早く唇を塞いだ。一瞬のキスに菅原はまたすべてを奪われて、ただ目を見張る。

「あなた、僕がただの後輩だと思ってたでしょう」

「な、何、言って」

「後輩に東京案内してもらってる気分じゃなかったですか?」

「そんなこと」

そんなことはない。見知らぬ町をふたりで歩いたあのわくわく感は、そうではなかった――そう、言い切れなくて、菅原は言葉を続けなかった。久しぶりに会ったせいだろうか。触れ方を忘れている。感じ方を忘れている。距離感を忘れている。

「別に、言いたいなら幾らでも好きなだけ僕をかっこいいと言ってくれていいです。僕は久しぶりにあなたに会うからそれなりに時間もお金もかけたんだ、そう思ってもらわなきゃ困る」

「あ、うん」

「だからそこらの女と同じように僕を見ないでくれますか」

どきりとした。それが否定できなかった。

戸惑っていると肩を押され、油断していた体は後ろに倒れた。慌てて起きあがろうとした頃には半ばのしかかられていて、のぞき込まれて両手で顔を隠す。自分は今どんなみっともない顔をしているのだろう。

「違うんだ、俺、ほんとは月島のことあんまり考えないようにしてて」

「……知ってましたけど」

「その……月島が、東京がすごく楽しいんじゃないかって」

「楽しんでますけどね」

「だから……」

「だからってあなたに会いたくないとは言ってない」

息を飲む。月島はずるい。いつもはっきり言わないくせに、こんなときばかりストレートに向けてくる。

「今日楽しみにしてたんで、顔見せてくれますか」

「俺……」

「どうせもっと恥ずかしい顔してもらうんで、気にしなくていいですよ」

「……え?」

指の隙間からわずかに視線を向ければ、月島は今日一番の笑みを向けていた。

「あの、月島クン」

「ちょっと怒ってます」

「うっ、わぁあッ」



*



目が覚めて、見知らぬ天井に一瞬迷い、すぐに状況を思い出す。隣に人の気配を感じながらも菅原はそちらを見ることができなくて、現実の代わりに天井を見つめた。

天井の照明に、星が飾られている。小さいオーナメントが無造作に引っかけるように垂れていた。統一感のある室内の中で少しだけ子どもっぽく見えて、まだ眠る月島の横顔を見る。死んでいるんじゃないだろうかと思ってしまうほど静かだ。思わず指先を伸ばして鼻息を確かめる。生死を確認して改めてじっと見ているとこめかみに小さな傷跡があることに気がついた。こんな傷はあっただろうか。もう治ってはいる薄い傷跡は、このまま消えないかもしれないと思わせる。

突然高い電子音が鳴り響き、菅原は跳ね起きて音源を探す。しかし菅原より先に布団から伸びた手がベッドサイドの目覚まし時計を止めた。月島がこちらを見る前に、菅原は布団に潜り込む。今更逃げるつもりはないが、まだ覚悟はできていない。

「おはようございます」

「……」

「すいません、アラーム消すの忘れてました、起こしましたね」

寝起きのかすれた声が謝るのを寝たふりで流すわけにはいかず、菅原は渋々顔を出す。月島は目元をこすり、まだ少し眠そうだった。

「……おはよう。……大丈夫、アラームより先に起きてた」

「それで人の顔観察してたんですか」

「……性格悪い」

「知ってます。何か発見ありました?」

「……こめかみの傷」

月島は少し考え、唸るようにああ、と低く声を吐きながら指先を傷跡に這わせた。触れてわかるのだろうか。思わず手を伸ばすと明け渡すように月島は手を離し、菅原の指先にかすかな凹凸が触れる。

「眼鏡が折れたときにぶつかって」

「えっ!?」

「練習で、ゴーグル忘れた日に運悪くチームメイトとぶつかったんです」

「なっ、そんな危ない……俺聞いてないし……」

「わざわざ言わないでしょ。傷跡は残ったけど、ちょっと血が出たぐらいで」

「言ってよ」

「……じゃあ」

「う、わ」

するりと背中に手が回り、抱き寄せられて自分たちがまだ裸だと実感する。焦って引き離そうとするも月島に逃がす気は少しもなく、がっちり脚まで絡みとられた。

「うっとうしいぐらい連絡してきていいですよ」

「……うっとうしいんだろ」

「いいですよ」

月島は小さくあくびをして、菅原の胸にすり付けるように頭を寄せた。もぞりと丸くなる姿は大型犬を思わせる。眠いのだろうか、と思ってから、月島越しに目覚まし時計を見た。デジタル数字が刻むのはまだ6時過ぎだ。

(あれ……?)

菅原は新幹線のチケットを早めに予約して、到着は12時頃だと伝えていた。アラームをセットしたままだというのなら、月島は昨日6時に起きたのだろう。

「月島、もしかして昨日午前中に用事あった?」

「ん、ないですよ。掃除してただけ……」

少しずつ声が小さくなり、月島が更に顔を深く沈める。熱がじわりと菅原にうつり、菅原も恥ずかしくなった。

本当は。

本当は、月島が東京へ行ってほしくないと思ったことがある。例え戯れでも、それを拒まれたらと思うと口にはできなかった。

天井を見上げると、星が朝日を受けて瞬いていた。
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