言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2013'12.24.Tue
「うわぁっ!」
「わっ」
アルミンが叫び声と共に布団を跳ね上げて飛び起きて、隣で携帯を見ていたジャンは驚いて体をのけぞらせた。息を乱したアルミンはきょろきょろと辺りを見回し、ジャンも体を起こして腕を取れば、こちらを見てほっとしたように息を吐く。
「どうした?」
「……変な夢見てた」
アルミンは顔を強張らせ、怖い夢だったのだろうと肩を抱き寄せる。そのまま撫でてやれば、甘えるように頭を預けてきた。
「パンケーキを見せびらかされる夢……」
「何だそりゃ」
ジャンが肩を揺らして笑うと、アルミンもようやく落ち着いたらしい。そうだよね、と頬を緩ませ、ジャンを見上げる。
「おはよう、ジャン」
「おはよう」
斜め下から顎に触れた唇がくすぐったい。お返しにこめかみに唇を返した。
「腹減ったな」
「うん。パンケーキ食べに行こうよ。夢に出てきたせいですっごく食べたい」
見えないパンケーキを睨むようなアルミンの視線を笑い、寝癖のついた頭を撫で回す。まずは身支度を整えなければならない。気づいたアルミンが慌てて髪を撫でつける。
「夢に見るほど食べたいならさっさと支度しろよ」
「そんなんじゃないよ!」
拗ねたように唇を尖らせるアルミンにちょっかいを出したくなるが、今は空腹感の方が勝る。ひとり暮らしのジャンの部屋に洗面所は当然一つしかなく、寝癖直しに占拠される前にベッドから降りた。
ジャンの住むアパートの近くにある喫茶店はパンケーキが美味しい店としても有名だ。ジャンはそれよりもしっかり食べたいので頼んだことはないが、アルミンが時々注文する。
シンプルなパンケーキとサラダのセットを前に、アルミンはいただきます、と頬を緩ませてナイフを通す。ざっくりと大きく切ったひと口を口に運んで、満足げに咀嚼した。
「おいしい」
「そりゃよかった」
「なんだかすごく我慢させられた気がするせいかも」
「ははっ、しかしすげえ夢だな」
食事が運ばれてくる間、アルミンの夢の詳細を聞いたが、アルミンも明確に覚えているわけではなかった。しかし断片を聞く限りでもなかなか不思議な夢だ。
食べ始めてからのアルミンは食事に集中してしまい、言葉もなく食べ続けている。よく考えれば昨夜、ジャンの部屋を訪れたアルミンの文句も聞かず、彼をベッドに引きずり込んだのはジャンだ。夕食もまだだったはずだ、と思いだし、少しばつが悪くなる。食べ物の夢を見たのはそのせいなのかもしれない。
「あぁ、アルミン、オレ旅行からだから」
「あ、うん。いいなぁ〜一週間ヨーロッパ旅行!優雅だなぁ」
「旅行じゃねえよ」
「仕事でも羨ましいなぁ」
「やだよ、何時間かかると思ってんだ、めんどくせえ。オレが一週間いないからって泣くなよ」
「泣きませーん。浮気はするかもしれないけど」
「してみろ」
「ははっ、知らないよ〜?そんなこと言って」
軽口を叩いて笑いあう。もうつき合いもそこそこ長く、こんな冗談も慣れたものだった。
次の日からジャンは海外へ旅立った。時差の関係もありアルミンとはほとんど連絡を取ることはできなかったが、元々メールや電話をまめにするようなつき合いではない。予定が合わなければ一週間会わないことなどもあるので、口で言うほど大したことではない。
それでも海外で過ごす時間にジャンも疲労が溜まり、帰国するとすぐにアルミンの顔が見たくなって連絡を取った。しかし電話の向こうのアルミンの声はどこか乗り気ではなさそうだ。都合が悪いのかと聞けば否定する。首を傾げつつもその様子が心配で、半ば強引に会う予定を取りつけた。
夜になってジャンの部屋にやってきたアルミンはいつも通りで、特に変わったことはなさそうだった。ただひとつだけ、気になることはあった。
「飯は?」
「あ、食べてきた。ジャンまだだった?ごめん」
「あー、軽く食うから待っててくれるか」
「お茶だけもらうね」
ひとり分なら手間をかけることもない。袋ラーメンをゆで始めたジャンの隣で冷蔵庫を開けるアルミンを盗み見る。丸みを帯びた頬は柔らかそうだ。
「……プリン入ってるし食っていいぞ」
「あ、……ううん、大丈夫。お腹いっぱい」
「ふーん」
ぱっと飲み物だけ取って先にテレビの前に戻るアルミンを少しだけ目で追い、ジャンは鍋に視線を戻した。
――太ったような気がする。
元々もう少し太ってもいいほどの体つきであったが、それにしても一週間で見た目にわかるほど太るだろうか。それともジャンの勘違いだろうか。
具も入れないままのラーメンを丼に移し、ジャンも部屋に向かう。手持無沙汰にさして興味のなさそうなバラエティ番組を見ているアルミンをまじまじと見るが、彼は気づいていないのか振り返りもしない。
結局ジャンが確信したのは、ふたりでベッドに入った時だった。
「アルミン、お前、太った?」
腕の中に抱きしめた体が強張った。怒るか、と思い、少し体を離してアルミンを見るが、動揺したように瞬きを繰り返しているだけだ。安心してアルミンの服に手をかけると、アルミンからは逆に不安げな声が降ってきた。
「……わ、わかる?」
「なんかやらけーんだけど。別に抱き心地いいから構わねえけどさ」
「……ちょっと、最近食べ過ぎちゃって。すぐ戻るよ」
「いいよ別に」
アルミンの柔らかい頬に口づけて、更に体を引き寄せる。美味しそうな弾力だ。どこか甘い匂いさえする気がして、ジャンは首筋に顔をうずめて匂いを吸い込む。
「……ん?お前なんかつけてる?」
「え?」
「甘い匂いがする」
この匂いを知っている。これは、とジャンが口を開こうとした瞬間、ジャンを見たアルミンがぼろぼろと泣き始めた。
「えっ、ちょ」
「ジャン、僕おかしいんだ」
「どうした?」
「もうバターもミルクもメープルもお腹いっぱいなのに!」
「あ、そう、それだ」
とろりと甘い、メープルシロップの匂い。アルミンが涙を零すたび、更に甘い匂いが広がる気がした。甘えるように、ジャン、と縋るアルミンはもっと幼い子どものようだ。
「なぁ、泣いてちゃわかんねえよ」
「笑わないで聞いてくれる?」
「ああ、そんなに泣いてるお前を笑えねえよ」
アルミンは落ち着こうと深く息を吐き、鼻をすすってジャンの胸に額を当てる。その背を子どもをあやすように叩いてやると少し力が抜けたようだ。
「あのね」
「うん」
「……パンケーキの夢の話、したでしょ」
「あ?……ああ、オレが行く前か」
「うん。あの日から……僕、おかしくて」
アルミンは身を震わせて両腕を抱いた。なぜ夢の話が出てくるのかわからないが、水を差すのはやめてジャンも体を抱いてやる。
「パンケーキが、食べたくて仕方がなくて」
「……別に、食べたらいいんじゃねえの?」
「違うんだ!」
がばりと顔を上げたアルミンにの頭に顎をぶつけそうになり、慌てて体を引く。ジャンを見上げるアルミンの目には涙が浮かび、いたって真剣であるようだ。
「は、初めはそれで済んだんだ。だけど、日が経つにつれて、……パンケーキしか食べられなくなって」
「……は?」
「本当なんだ。他のものには食欲がわかなくて、無理に食べても吐き気がして……」
ほろほろと涙を零すアルミンはとても嘘をついているようには思えない。しかしはいそうですかと信じることができる内容でもなく、ジャンは困惑したままアルミンを見る。落ち着かせようと背を撫でるが、アルミンはジャンが信じていないと思ったのか、きっと涙目でジャンを睨みつけた。
「ジャンがいなくなってからパンケーキしか食べてないんだ。と言うよりも四六時中パンケーキを食べている。仕事中も食べたくて仕方なくて支障が出るほどで実はずっと仕事を休んでいる。
その間は一度行った店には行き辛くて調べてあちこちのお店に食べ歩き、きっと今ならパンケーキ店紹介本が今すぐ書ける。お店も開いてないような深夜にも食べたくなって我慢できなくなるから、ここ数日で僕はパンケーキを焼くのがものすごくうまくなった。自分の納得が行くまで研究しておいしいパンケーキを作れるようになったから今なら完璧なレシピ本が出せると思う。自分で言うのもなんだけど沢山食べ歩いた中でも僕が作るパンケーキがきっと一番おいしい。実はこうしてジャンと抱き合っている今でもパンケーキが食べたくて仕方がない」
「わ、わかったから!」
「……怖いんだ。考えたくないけど自分がおかしくなったとしか思えないし、こんなことで病院に行くわけにもいかないし……ジャン、僕どうしたらいいの?」
濡れた瞳で縋られて、アルミンは真剣だとわかるのにジャンの理性とは別のところで体が反応してしまう。それを察したアルミンが、きっとジャンを睨みつけた。
「僕は真剣なんだ!」
「わ、悪かった!嘘だとは思ってねぇよ!」
「あ〜もうだめだ!我慢できない!」
ぱっとアルミンが立ち上がったかと思えば、服も乱れたままで台所に向かっていった。本気で起こさせたのかと思いきや、アルミンは自分のバッグを引き寄せてそこから何かを取り出す。ぞくぞくと出てくるのは、――白い粉、だ。
アルミンの行動について行けずにジャンがただ瞬きを繰り返す間に、アルミンはてきぱきと調理器具を取り出して何かを作り始める。アルミンの言葉通りなら、恐らくパンケーキを。
こちらを振り返ることなく作業を進めるアルミンに何も言えず、ジャンは硬直したままそれを見守る。気づいた頃には自分の息子も萎えてしまっていた。
バターのいい匂いが漂ってきた。額に汗してアルミンが焼き上げた一枚を皿に移した。ことりと音をさせてテーブルに置き、ジャンの家にはなかったはずのメープルシロップとバターを並べる。フォークとナイフを持つ手は少し急いていた。
「いただきます!」
表面はきれいに均一にきつね色に染まり、空気を含んでふわりと焼き上がった生地にとろりと褐色のみつが垂らされる。弧を描くそれは音を立てるように生地に沈み、アルミンがのどを鳴らしたのがジャンの位置からもわかった。
少しくすんだ銀のナイフとフォーク。そっと乗せられたフォークの先に沿うようにナイフが滑り、パンケーキの表面を軽く押す。メープルシロップで皿に柔らかくなった生地は崩れるようにナイフを受け、ざっくりと切られたそれに、アルミンは待ちきれないように口で迎えに行く。
大きく見えた破片はあっさりとアルミンの口に収まり、途端にアルミンは相好を崩した。ほのかに頬を染め、唇を緩ませて、笑うのを堪えているようにも見えた。じっくりと味わって咀嚼され、上下する喉に視線が誘われる。
はぁ、と、どこかうっとりとパンケーキを見つめるアルミンの表情は、見たことがないほど扇情的なものだった。
「……うまいか?」
「うん、おいしい」
それがジャンの声とも認識していないかもしれない。アルミンはパンケーキから視線を外さないまま、再びフォークとナイフを添える。
――なんだ、これは。
ジャンがベッドを降りて近づいても、アルミンは気づきもしていないようだ。ふた口目も堪能している様をじっと見て、ジャンはアルミンの手を掴む。驚いたアルミンからナイフとフォークを奪い、テーブルごとパンケーキを押しやった。何を、と言いかけたアルミンは勢いのまま床に押し倒して繋ぎ止める。
「ジャン、何を」
「エッロい顔しやがった。馬鹿にしてんのか?」
「だ……だから、違うんだって」
「オレなんかに構ってるより、パンケーキの方がいいってか?」
抵抗しようとするアルミンもジャンから逃れると言うよりもパンケーキを気にしているようで、更にジャンの機嫌を損ねていることに気づいていない。強引にズボンを下着ごと引き下げて、半端に脱がしたまま足を担ぎ上げる。
「あっ、ジャン、嫌だ」
「別れてえってならもっとうまい言い訳考えろよ」
「違う、ジャン!」
カッとなったジャンはもう止まれなかった。アルミンの抵抗も、泣く声も、ジャンを止めることはできなかったのだ。
「わっ」
アルミンが叫び声と共に布団を跳ね上げて飛び起きて、隣で携帯を見ていたジャンは驚いて体をのけぞらせた。息を乱したアルミンはきょろきょろと辺りを見回し、ジャンも体を起こして腕を取れば、こちらを見てほっとしたように息を吐く。
「どうした?」
「……変な夢見てた」
アルミンは顔を強張らせ、怖い夢だったのだろうと肩を抱き寄せる。そのまま撫でてやれば、甘えるように頭を預けてきた。
「パンケーキを見せびらかされる夢……」
「何だそりゃ」
ジャンが肩を揺らして笑うと、アルミンもようやく落ち着いたらしい。そうだよね、と頬を緩ませ、ジャンを見上げる。
「おはよう、ジャン」
「おはよう」
斜め下から顎に触れた唇がくすぐったい。お返しにこめかみに唇を返した。
「腹減ったな」
「うん。パンケーキ食べに行こうよ。夢に出てきたせいですっごく食べたい」
見えないパンケーキを睨むようなアルミンの視線を笑い、寝癖のついた頭を撫で回す。まずは身支度を整えなければならない。気づいたアルミンが慌てて髪を撫でつける。
「夢に見るほど食べたいならさっさと支度しろよ」
「そんなんじゃないよ!」
拗ねたように唇を尖らせるアルミンにちょっかいを出したくなるが、今は空腹感の方が勝る。ひとり暮らしのジャンの部屋に洗面所は当然一つしかなく、寝癖直しに占拠される前にベッドから降りた。
ジャンの住むアパートの近くにある喫茶店はパンケーキが美味しい店としても有名だ。ジャンはそれよりもしっかり食べたいので頼んだことはないが、アルミンが時々注文する。
シンプルなパンケーキとサラダのセットを前に、アルミンはいただきます、と頬を緩ませてナイフを通す。ざっくりと大きく切ったひと口を口に運んで、満足げに咀嚼した。
「おいしい」
「そりゃよかった」
「なんだかすごく我慢させられた気がするせいかも」
「ははっ、しかしすげえ夢だな」
食事が運ばれてくる間、アルミンの夢の詳細を聞いたが、アルミンも明確に覚えているわけではなかった。しかし断片を聞く限りでもなかなか不思議な夢だ。
食べ始めてからのアルミンは食事に集中してしまい、言葉もなく食べ続けている。よく考えれば昨夜、ジャンの部屋を訪れたアルミンの文句も聞かず、彼をベッドに引きずり込んだのはジャンだ。夕食もまだだったはずだ、と思いだし、少しばつが悪くなる。食べ物の夢を見たのはそのせいなのかもしれない。
「あぁ、アルミン、オレ旅行からだから」
「あ、うん。いいなぁ〜一週間ヨーロッパ旅行!優雅だなぁ」
「旅行じゃねえよ」
「仕事でも羨ましいなぁ」
「やだよ、何時間かかると思ってんだ、めんどくせえ。オレが一週間いないからって泣くなよ」
「泣きませーん。浮気はするかもしれないけど」
「してみろ」
「ははっ、知らないよ〜?そんなこと言って」
軽口を叩いて笑いあう。もうつき合いもそこそこ長く、こんな冗談も慣れたものだった。
次の日からジャンは海外へ旅立った。時差の関係もありアルミンとはほとんど連絡を取ることはできなかったが、元々メールや電話をまめにするようなつき合いではない。予定が合わなければ一週間会わないことなどもあるので、口で言うほど大したことではない。
それでも海外で過ごす時間にジャンも疲労が溜まり、帰国するとすぐにアルミンの顔が見たくなって連絡を取った。しかし電話の向こうのアルミンの声はどこか乗り気ではなさそうだ。都合が悪いのかと聞けば否定する。首を傾げつつもその様子が心配で、半ば強引に会う予定を取りつけた。
夜になってジャンの部屋にやってきたアルミンはいつも通りで、特に変わったことはなさそうだった。ただひとつだけ、気になることはあった。
「飯は?」
「あ、食べてきた。ジャンまだだった?ごめん」
「あー、軽く食うから待っててくれるか」
「お茶だけもらうね」
ひとり分なら手間をかけることもない。袋ラーメンをゆで始めたジャンの隣で冷蔵庫を開けるアルミンを盗み見る。丸みを帯びた頬は柔らかそうだ。
「……プリン入ってるし食っていいぞ」
「あ、……ううん、大丈夫。お腹いっぱい」
「ふーん」
ぱっと飲み物だけ取って先にテレビの前に戻るアルミンを少しだけ目で追い、ジャンは鍋に視線を戻した。
――太ったような気がする。
元々もう少し太ってもいいほどの体つきであったが、それにしても一週間で見た目にわかるほど太るだろうか。それともジャンの勘違いだろうか。
具も入れないままのラーメンを丼に移し、ジャンも部屋に向かう。手持無沙汰にさして興味のなさそうなバラエティ番組を見ているアルミンをまじまじと見るが、彼は気づいていないのか振り返りもしない。
結局ジャンが確信したのは、ふたりでベッドに入った時だった。
「アルミン、お前、太った?」
腕の中に抱きしめた体が強張った。怒るか、と思い、少し体を離してアルミンを見るが、動揺したように瞬きを繰り返しているだけだ。安心してアルミンの服に手をかけると、アルミンからは逆に不安げな声が降ってきた。
「……わ、わかる?」
「なんかやらけーんだけど。別に抱き心地いいから構わねえけどさ」
「……ちょっと、最近食べ過ぎちゃって。すぐ戻るよ」
「いいよ別に」
アルミンの柔らかい頬に口づけて、更に体を引き寄せる。美味しそうな弾力だ。どこか甘い匂いさえする気がして、ジャンは首筋に顔をうずめて匂いを吸い込む。
「……ん?お前なんかつけてる?」
「え?」
「甘い匂いがする」
この匂いを知っている。これは、とジャンが口を開こうとした瞬間、ジャンを見たアルミンがぼろぼろと泣き始めた。
「えっ、ちょ」
「ジャン、僕おかしいんだ」
「どうした?」
「もうバターもミルクもメープルもお腹いっぱいなのに!」
「あ、そう、それだ」
とろりと甘い、メープルシロップの匂い。アルミンが涙を零すたび、更に甘い匂いが広がる気がした。甘えるように、ジャン、と縋るアルミンはもっと幼い子どものようだ。
「なぁ、泣いてちゃわかんねえよ」
「笑わないで聞いてくれる?」
「ああ、そんなに泣いてるお前を笑えねえよ」
アルミンは落ち着こうと深く息を吐き、鼻をすすってジャンの胸に額を当てる。その背を子どもをあやすように叩いてやると少し力が抜けたようだ。
「あのね」
「うん」
「……パンケーキの夢の話、したでしょ」
「あ?……ああ、オレが行く前か」
「うん。あの日から……僕、おかしくて」
アルミンは身を震わせて両腕を抱いた。なぜ夢の話が出てくるのかわからないが、水を差すのはやめてジャンも体を抱いてやる。
「パンケーキが、食べたくて仕方がなくて」
「……別に、食べたらいいんじゃねえの?」
「違うんだ!」
がばりと顔を上げたアルミンにの頭に顎をぶつけそうになり、慌てて体を引く。ジャンを見上げるアルミンの目には涙が浮かび、いたって真剣であるようだ。
「は、初めはそれで済んだんだ。だけど、日が経つにつれて、……パンケーキしか食べられなくなって」
「……は?」
「本当なんだ。他のものには食欲がわかなくて、無理に食べても吐き気がして……」
ほろほろと涙を零すアルミンはとても嘘をついているようには思えない。しかしはいそうですかと信じることができる内容でもなく、ジャンは困惑したままアルミンを見る。落ち着かせようと背を撫でるが、アルミンはジャンが信じていないと思ったのか、きっと涙目でジャンを睨みつけた。
「ジャンがいなくなってからパンケーキしか食べてないんだ。と言うよりも四六時中パンケーキを食べている。仕事中も食べたくて仕方なくて支障が出るほどで実はずっと仕事を休んでいる。
その間は一度行った店には行き辛くて調べてあちこちのお店に食べ歩き、きっと今ならパンケーキ店紹介本が今すぐ書ける。お店も開いてないような深夜にも食べたくなって我慢できなくなるから、ここ数日で僕はパンケーキを焼くのがものすごくうまくなった。自分の納得が行くまで研究しておいしいパンケーキを作れるようになったから今なら完璧なレシピ本が出せると思う。自分で言うのもなんだけど沢山食べ歩いた中でも僕が作るパンケーキがきっと一番おいしい。実はこうしてジャンと抱き合っている今でもパンケーキが食べたくて仕方がない」
「わ、わかったから!」
「……怖いんだ。考えたくないけど自分がおかしくなったとしか思えないし、こんなことで病院に行くわけにもいかないし……ジャン、僕どうしたらいいの?」
濡れた瞳で縋られて、アルミンは真剣だとわかるのにジャンの理性とは別のところで体が反応してしまう。それを察したアルミンが、きっとジャンを睨みつけた。
「僕は真剣なんだ!」
「わ、悪かった!嘘だとは思ってねぇよ!」
「あ〜もうだめだ!我慢できない!」
ぱっとアルミンが立ち上がったかと思えば、服も乱れたままで台所に向かっていった。本気で起こさせたのかと思いきや、アルミンは自分のバッグを引き寄せてそこから何かを取り出す。ぞくぞくと出てくるのは、――白い粉、だ。
アルミンの行動について行けずにジャンがただ瞬きを繰り返す間に、アルミンはてきぱきと調理器具を取り出して何かを作り始める。アルミンの言葉通りなら、恐らくパンケーキを。
こちらを振り返ることなく作業を進めるアルミンに何も言えず、ジャンは硬直したままそれを見守る。気づいた頃には自分の息子も萎えてしまっていた。
バターのいい匂いが漂ってきた。額に汗してアルミンが焼き上げた一枚を皿に移した。ことりと音をさせてテーブルに置き、ジャンの家にはなかったはずのメープルシロップとバターを並べる。フォークとナイフを持つ手は少し急いていた。
「いただきます!」
表面はきれいに均一にきつね色に染まり、空気を含んでふわりと焼き上がった生地にとろりと褐色のみつが垂らされる。弧を描くそれは音を立てるように生地に沈み、アルミンがのどを鳴らしたのがジャンの位置からもわかった。
少しくすんだ銀のナイフとフォーク。そっと乗せられたフォークの先に沿うようにナイフが滑り、パンケーキの表面を軽く押す。メープルシロップで皿に柔らかくなった生地は崩れるようにナイフを受け、ざっくりと切られたそれに、アルミンは待ちきれないように口で迎えに行く。
大きく見えた破片はあっさりとアルミンの口に収まり、途端にアルミンは相好を崩した。ほのかに頬を染め、唇を緩ませて、笑うのを堪えているようにも見えた。じっくりと味わって咀嚼され、上下する喉に視線が誘われる。
はぁ、と、どこかうっとりとパンケーキを見つめるアルミンの表情は、見たことがないほど扇情的なものだった。
「……うまいか?」
「うん、おいしい」
それがジャンの声とも認識していないかもしれない。アルミンはパンケーキから視線を外さないまま、再びフォークとナイフを添える。
――なんだ、これは。
ジャンがベッドを降りて近づいても、アルミンは気づきもしていないようだ。ふた口目も堪能している様をじっと見て、ジャンはアルミンの手を掴む。驚いたアルミンからナイフとフォークを奪い、テーブルごとパンケーキを押しやった。何を、と言いかけたアルミンは勢いのまま床に押し倒して繋ぎ止める。
「ジャン、何を」
「エッロい顔しやがった。馬鹿にしてんのか?」
「だ……だから、違うんだって」
「オレなんかに構ってるより、パンケーキの方がいいってか?」
抵抗しようとするアルミンもジャンから逃れると言うよりもパンケーキを気にしているようで、更にジャンの機嫌を損ねていることに気づいていない。強引にズボンを下着ごと引き下げて、半端に脱がしたまま足を担ぎ上げる。
「あっ、ジャン、嫌だ」
「別れてえってならもっとうまい言い訳考えろよ」
「違う、ジャン!」
カッとなったジャンはもう止まれなかった。アルミンの抵抗も、泣く声も、ジャンを止めることはできなかったのだ。
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