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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'01.21.Tue
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2014'10.13.Mon
ついてない、などと言うつもりはなかったが。

散歩の途中から降ってきた雨は予想外に強く、頬を叩く雨粒は痛いほどだった。台風が接近していたのは知っていたが、この辺りのもその気配が近づいてきたらしい。まだ粘ろうとする犬のリードを引っ張って、家に転がり込む。庭先で小屋の側に犬をつなぎ直すと全身を振って雨粒を飛ばし、しゃがんでいた荒北は真っ向からそれを浴びてしまった。

「おいコラ」

がしりと首元を掴んでも犬は素知らぬ顔をして、お返しに乱暴に毛をかき乱すように撫でまわす。きゃんきゃん嫌がるのも構わずに続けていると、玄関が開いて母親が顔を出した。

「靖友、電車止まったって」

「はぁ?」

「あんた今日帰れないわよ」

「ちょっ……」

立ち上がった荒北は母親を押しのけるように家の中に飛び込んだ。廊下を濡らすのも気にせずにリビングに向かうと、ニュースを見ていた父親が緩慢に振り返る。

「踏切が壊れたところがあるんだと。今のところ復旧未定」

「冗談、俺明日学校あるぜ」

「ちょっと靖友!濡れたまま絨毯踏まないで!」

母親に怒られて髪から滴が垂れていることに気がついた。舌を打ち、母親に促されるまま風呂場へ向かう。散歩に出た荒北が濡れて帰ってくることを見越してだろうか、風呂は沸かしている途中で、実家のありがたさを実感しつつもくすぐったい。

この春、大学に入学した荒北はひとり暮らしを始めた。運動部で鍛えられたせいか性分なのかはわからないがそれなりに気を引き締めて生活をしているつもりだが、たまに実家に顔を出すと甘やかされるのでつい緩む。

さっさと服を脱ぎ捨てて風呂に入ると、母親が着替えを持ってきた。ドア越しに見える影が少し懐かしく感じる。

「とりあえず今日も泊まるわね?」

「車出せねぇの、電車動いてるとこまで」

「まだアッシーしなきゃいけないもの」

「チッ」

高校生の妹が塾に行っている。この雨の様子だと車での迎えは必須だろう。

仕方なく、熱めの湯を張った湯船に体を沈める。雨で冷えた身体はじわりと痺れるようで、深く息を吐いた。

ここしばらく雨続きで調子が悪い。自分で考えているよりも、荒北は体を動かしていなければならない生き物であるようだ。

野球をしていた頃はそうではなかった。自転車を始めてから。

――否、野球をしているときだってそうだった。雨で練習が中止になったと聞けば喜んで、しこたまねてやろうとベッドに飛び込んでも目が冴えて、手持無沙汰に筋トレをしたり道具を磨いたりしていた。

アパートの部屋ならローラー台があるのに、と舌を打つ。その音は浴室によく響いた。湯の中でふくらはぎを揉む。

たかが犬の散歩、と侮った。久しぶりに会った愛犬との触れ合いも楽しくて、つい走りすぎたせいもあるのかもしれない。自分の体はいつの間にか、昔のように己の足で地面を蹴ることを拒むようになっている。以前は走り回っていたコースでこんなに疲れることになるとは思ってもいなかった。

悔しくも、荒北を笑う顔が浮かぶ。

そんな距離を歩けるはずがないだろう、この体に纏うのはペダルを踏むための筋肉だ。

体を温めて浴室から出る。髪を拭きながら母親に声をかければ、台所では揚げ物の跳ねる心地よい音と香ばしい匂いで充満していた。思わず足を踏み入れて、キッチンペーパーの上でまだ油を含んで光る狐色のフライに手を伸ばす。さくりと衣を砕いて、じゅわりと口腔に魚の甘味が広がる。

「今日は鮭でーす。お父さんに骨抜いてもらっちゃった」

「他は?」

「豚汁とわかめのサラダ。いつもちゃんと食べてる?」

「食ってるよ」

「食べるのも仕事だものね」

いつだか荒北が口にした言葉を、母親はずっと覚えている。何といえばいいのかわからず、むず痒い唇をフライで塞いで荒北はリビングに逃げた。父親はまだ同じニュース番組を見ている。

「やっぱり電車は動かんなぁ。明日も学校か?」

「授業は午後からなんだけどなァ」

父親の後ろに立って荒北もテレビを見たが、作業員が踏切で作業する映像が映し出され、アナウンサーの声は繰り返し路線の運休を知らせていた。彼らは大変だろうが、朝には動いていることを願ってしまう。

「野球も中止だ。靖友、自転車見るか、自転車」

「は?」

「DVD借りたんだ。会社にお前みたいな自転車のってる若いのがいてな、なんとかっていう自転車に乗ってる」

「何もわかんねーよ」

いそいそと父親が取り出したのは、ヨーロッパの世界的なプロロードレースのDVDだ。昔からスポーツは野球と相撲しか見ない父親が、自転車に興味を持ったきっかけはまず間違いなく荒北の影響で、またも居心地の悪いような座りの悪さだ。しかし見ていてもわからんから教えてくれ、と言われて、何よりも、実家を出た荒北にはもはや自室がない。家を出たと同時に妹が広い部屋へと移り、元々の妹の部屋は物置状態だ。結局リビングにいるしかなくて、荒北は諦めて受け取ったDVDをセットして父親の隣に腰を降ろす。

一度立ち上がって姿を消した父親が、ビール瓶とグラスをふたつ手に戻ってきた。もう勘弁してほしい。荒北の周囲には真面目で父親に犯行などしたことがないような男ばかりで、一度はわかりやすい反抗期を迎えた荒北は今更父親とどんな顔で話をしたらいいのか、まだ測りかねているのだ。

「飲めるだろ」

「飲めるけどよ」

「ご飯の前だからそこそこにしてよー!」

台所から飛んでくる母親の声に父親は気安く答えている。

クソ、クソッ!

やけくそで父親の手からビール瓶を奪い、さっさと栓を抜いて瓶を傾ける。父親は何も言わずにグラスを向けた。父親にされる前に自分の分は手酌でついで、乾杯など言われる前に口をつける。

父親はには野球を教わった。楽しかった。縋ろうと思えば、どんな形でも、あの場所に残ることはできたのかもしれない。それでもさっさと自分で見限って、あの熱い球場から逃げたのは自分だ。それでも父親は何も言わなかった。

ついてない。実家に残していた荷物を取りに来ただけの、一日だけの帰宅になるはずだった。それはこんな歓迎が予想できたからだ。そして息子がそれを嫌がることを知っていて、最低限にしてくれていることを知っているからだ。

朝一番で電車が動いていることを切に願う。ペダルを踏まないと、息が詰まってたまらない。
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