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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2024'05.18.Sat
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2014'10.20.Mon
田舎が涼しいなどと誰が言ったのだろう。確かに都会の気温の高さだけではない暑さと、その質は違う。しかしそんなものは些細な違いでしかなく、暑いものは暑いのだ。

額から頬にかけて流れていく汗を拭うことも諦め、ジャンは火照って熱い体を引きずるように炎天下を歩き続けた。

中学は地元の公立へ進んだので、中学3年生の今年、ジャンは初めて受験を経験することになった。毎日の遊ぶ時間は勉強時間へと変わっていき、さほど無理のない志望校とはいえ、ジャンも受験生としてそれなりに振る舞っている。塾へは行かず、近所の大学生が家庭教師をしてくれて日々勉強をしていた。そんな彼も夏休みに入り、2週間ほど忙しくなるということで家庭教師を休むことになった。ジャンにはよくわからないが、授業の一環で合宿のようなものがあるらしい。まだ高校生活すら経験していないジャンには想像もできなかった。

ジャンは立ち止まり、汗を拭う。駅を出て20分で汗だくだ。ペットボトルをバッグから引っ張り出し、完全に温くなった水を喉に流し込む。昔は駅から出ていたはずのバスはいつの間にかかなり本数を減らしていて、タクシーを呼ぶほどの金は持たされていなかった。ジャンをひとりで送り出した母親を恨みながら再び歩き出す。張りつくサンダルも重たい荷物も不快でしかない。

ジャンが今向かっている先は、いわゆる「本家」と呼ぶものだった。とはいえ、ジャンの祖父の実家、という、ジャンからしてみれば遠縁だ。次男坊の祖父は婿に行くという形で家を出た。幼い頃に葬式でジャンも本家へ行ったことはあるらしいが記憶はほとんどなく、今でも本家については詳しく知らない。祖父は本家を嫌っていたようで、ジャンには何も教えてくれなかった。

そんなジャンがなぜ本家へ行くことになったのかといえば、件の大学生のせいである。家庭教師がいなくなるということで浮かれたジャンを察した母親が、本家なら涼しいから受験勉強にぴったりだ、と言い出したのだ。地元の図書館は勉強禁止で、塾の集中講義も定員だ。ひとりでも勉強するというジャンの主張はあっさりと否定され、あれよあれよという間に行くことになってしまったのだった。

本家までは一本道だ。しおれた野菜のようにうなだれていたジャンは顔を上げる。立派な門を構えた、武家屋敷を思わせる本家は、ジャンを圧迫するような威圧感があった。木戸を開ければ石畳が続き、その先に母屋がある。鍵もかかっていなかったので庭へ入り、母屋の戸の前に立つ。玄関に立つだけでもこの家が広いことはよくわかった。庭は夏の暑さを喜ぶように木々が枝を伸ばしている。ジャンには名前までわからないが、立派な木ばかりだ。どこか鬱蒼としているのは、手入れが行き届いてないからだろうか。この広さなら家の人間だけでは難しいのかもしれない。木々のせいか少し涼しくなったような気がして、ジャンは息を吐き、呼び鈴を鳴らす。待った時間は少しで、からりと戸が開いた。

――刹那、ジャンは息を飲む。

ジャンの視界に飛び込んだのは、艶やかな黒髪を風に遊ばせ、菖蒲柄の浴衣を涼しげに着こなした美女だった。ひゅっと喉を鳴らし、硬直するジャンに気を止めた様子もなく、彼女は紅を刷いた唇を開く。

「ジャンね?」

「あっ、はいっ!ジャン・キルシュタインです、初めまして!短い間ですがよろしくお願いします!」

「いらっしゃい。私はミカサ・アッカーマン。この家の長女です。お疲れでしょう、中へ」

「お、オジャマシマス」

まるでこの暑さを感じていないかのように汗ひとつかいていない女は、一歩引いてジャンを中へ招き入れた。石のたたき、ぎしりと板の鳴る廊下を抜ける。廊下は少し心細くなるぐらい薄暗く、縁側に出たときは少しほっとした。この部屋を使うように、と通されたのは、中庭に面した和室だった。とはいえジャンの幼い頃の記憶が確かなら、この家には応接間を除くと畳の敷かれた和室しかない。間取りまでは覚えていないが全体的に古臭く、少々広すぎるがいかにも「おばあちゃんち」といった雰囲気だった。部屋には文机と布団が用意されている。障子戸を開け放すと風のよく通る部屋だった。

「疲れたでしょう、休んでいて。お茶を出すから」

「あ、ありがとうございます」

ぴんと背筋を伸ばしてミカサが部屋を出ていく。ジャンはその背中を見送って、緩む口元を隠しきれなかった。この2週間、あの美女とひとつ屋根の下ということは、思春期の少年が気持ちを高揚させるには十分すぎる餌だ。母親と家庭教師に課せられた課題は2週間では足りないほどどっさりと出されたが、少しは頑張れそうだ。

荷物を放り出し、畳の上に直接腰を降ろす。どっと疲労が感じられ、ジャンはそのまま横になって四肢を伸ばした。涼しい風が汗をかいた体を舐めていく。古い家屋はジャンの住むマンションと違ってよく風を通すのかもしれない。

蝉の鳴き声までもどこか涼しげに聞こえて耳を澄ませた。あれは蜩だろうか。いつもはクーラーを聞かせた部屋の中で聞く蝉の声でさえ鬱陶しいと思うのに、周りの環境が変わるだけで聞こえ方が変わる気がするのは、ジャンが単純だからなのだろうか。目を閉じて耳を澄ませ、胸いっぱいに息を吸いこむ。畳の匂いはどこか懐かしさを感じさせた。

蝉の声に交じる葉擦れの音、どこかで風鈴の音もする。小さく木の軋む音が混じり、続いて名前を呼ばれて慌てて体を跳ね上げた。

丸盆に湯呑みを乗せたミカサが障子の向こうから顔を出し、だらしない姿を見せたことを恥じて正座に座り直す。ミカサは特に気にしていないようで、静かに膝をついて文机に湯呑みを置いた。その上を湯気が揺れているのを見て息を詰める。時々家族と食事に出かけた先でも、夏だというのに熱い茶を出されることがある。母親などは冷え症だか何だか知らないが、ジャンにしてみれば理解できない。冬場にこたつでアイス、とはわけが違うのだ、しかしミカサ相手には何も言えず、素直に礼を言う。

「お手洗いは玄関から入って、この部屋に来るときに曲がったところを曲がらずまっすぐ。もうすぐ父が戻るので私は夕食の支度をしている。できたらまた呼びに来るので、それまで自由に」

「何か、手伝いを」

「いいえ。あなたは勉強をしに来たのだから」

「わ、わかりました」

「それと……庭の奥には、行かないように」

「え?あ、はい」

静かな声にはどこか迫力があった。ジャンが戸惑っている様子にミカサも少し考え、丸盆を抱いて庭へ視線を向ける。

「古い蔵がある。少し崩れかけていて、危険」

「わかりました」

そういえば昔も近づくなと言われていた場所があった気がする。あの頃は珍しいものばかりのこの家の中で遊ぶだけで忙しく、庭へ出た記憶はない。そう言われると少し興味がわくが、つまらない怪我をしてしまうのは避けたいところだ。

来たときと同じように、かすかに廊下を軋ませながらミカサは去っていく。どこか甘い匂いが残っている気がして、ジャンは再び畳に倒れ込んだ。そのままぼんやりと庭を眺める。庭の隅にはオレンジの鮮やかな百合が群れて咲き誇り、夏らしく庭を彩っている。

若く見えるが、幾つぐらいだろうか。ミカサを脳裏に浮かべてジャンは口元を緩めた。

クーラーの効いた部屋とは違うが、少し日の落ちた夕方はここへ来るまでの道のりが嘘のように涼しい。朝の気温にも期待ができそうだ。今回は2週間だが、ここで成果を出せば今度も勉強を口実に来ることができるかもしれない。

よし、と気合を入れて体を起こす。そうとなれば勉強あるのみだ。リュックをひっくり返すような勢いで問題集とノートを取り出す。一緒に携帯が飛び出して、着いたら連絡するように母親から散々言われていたことを思い出した。やる気が削がれたような気がしたが、後でうるさく言われるのも面倒だ。渋々番号を呼び出し、家に電話をかける。いまどきろくろくゲームもできない古い機種は、母親が昔買ったが使いこなせずに諦めたものだった。中学に入ったときにジャンは入学祝いとして自分の携帯を買ってもらっていたが、今年の春ごろ、うっかり風呂に落としてしまっていた。修理費の額に母は黙り込み、そして彼女は自分の携帯をジャンに与えた。当然抗議したが、少々ゲーム依存気味であったジャンを母親は見逃していなかったらしく、受験生にはこれで十分、と言い切られてしまったのだ。どうにか次の模試の結果次第で新しいものを手に入れる算段をつけたので、その意味でも勉強を真剣にやらねばならない。

好都合なことに電話は留守電につながって、簡単にメッセージを残してジャンはすぐに携帯を手放した。蜩の声を聞きながら文机の前に腰を据える。元々集中力はある方だ。まずは自分の特異な科目から。縁側から入る風も蝉の声も、すぐに意識しなくなった。



ジャンが手を止めたのは、問題が解けなくなったからでも夕食に呼ばれたからでもなかった。むっと青臭い匂いが部屋に流れ込んできたのだ。顔を上げたジャンの目に、薄暗い庭が映る。その奥にぼんやりと白く浮かぶものがあってぎょっとした。よく目を凝らすとそれは白い百合で、ほっと息を吐く。どうやらこの濃厚な香りは百合の匂いであるようだ。さっき寝転んで庭を見たときに目についたオレンジの百合は逆側で咲き誇っている。気づけば蝉は気配を消し去って、代わりに別の虫の声がしている。よくわからないが鈴虫のような類だろう。

きしり、と気の軋みが規則正しく聞こえ、ジャンは背筋を伸ばした。予想通りミカサが縁側から顔を出す。

「夕食ができた。こちらに運ぶこともできるけれど」

「いえ、行きます」

慌てて立ち上がってついていく。ミカサは後ろ姿も美しい。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花――とは美人を表す言葉だが、まさにこの物憂げに頭を垂れて歩く姿は美しい。

連れて行かれたのは台所から続く広間だった。やはり畳の部屋には大きなテーブルがあり、夕食が並べられている。しかしジャンはそれよりも、上座に座る男に視線が吸い寄せられて息を詰めた。ジャンも大概だが、その男はジャン以上に目つきが悪かった。まるでこちらを射抜くような視線だ。少し隈の浮いたような目元も黒の着流しもその怖さをその怖さを煽るばかりで、ジャンはミカサにすすめられるまま斜向かいに座るが、体が強張ってしまった。正面にミカサが座っても緊張はほぐれない。

「お前がジャンか」

低い声にジャンはびくりと背を正す。

「はっ、はいっ、ジャン・キルシュタインです、お世話になります」

声が情けなく上擦っている。視線もそちらに向けられずにいると溜息が聞こえ、一層身をすくめた。

「脅かそうとしてんじゃねえ。俺は家長のリヴァイ・アッカーマン。ミカサの父だ。まあそう顔を合わすこともない、楽にしろ」

「は、はい。宜しくお願いします」

そうは言われても、平気で人を殺すんじゃないかと思ってしまうほどその目つきは鋭い。食事の味もろくろくわからず、ジャンは食事を飲み込んだ。

しかし食事の後に風呂に、と案内されて、現金なジャンは気を持ち直す。浴室に並ぶ2種類のシャンプーはどちらがミカサのものか一目瞭然で、それだけでジャンを盛り上げるには十分だった。

風呂を出て部屋に戻ると蚊帳が釣ってあった。時代錯誤なそれにもにわかにテンションが上がり、ジャンは蚊帳を跳ね上げて中に入る。干された布団に飛び込むと湯上りの身体には熱く感じるほどで、結局すぐに蚊帳を出た。机の側には火のついた蚊取り線香。経験と知らないジャンでも懐かしいと感じるのは、単にドラマや漫画などの影響なのだろうか。

庭を見るとまだ空には若干の明るさが残っている。百合の白さに誘われるように、ジャンは縁側に置かれたままのつっかけに足を通して庭に降りた。まだ明るいうちに蔵を見てやろうという気になったのだ。危険だとは言われたが、遠目に見るぐらいはいいだろう。ミカサの視線が送られていた方に足を進める。

ふとぼんやりと白い影が浮かんだ気がして目を凝らした。人影だ。白地の浴衣を着たその人は、色の抜けたような髪をしている。それを人だと認識した途端ジャンの足は止まった。この家に、他に人間がいるという話は聞いていない。どっと汗が吹き出す。

しかし瞬きのあとにはその白い人影は消えていて、ジャンはゆっくり息を吐いた。後に残るのは庭に群れて並ぶ白い百合で、きっとこの家の雰囲気がジャンにおかしな妄想を見せたのだろう。部屋に戻ろうか、と庭に視線を巡らせ、その向こうに小さく明かりが見えていることに気がついた。戻るべきだろうか、と思いながらも、ジャンは好奇心に負けて足を進める。

明かりを漏らしているのは蔵だった。それがミカサが昼間言ったものかどうか決めかねているのは、それが危険というほど朽ちているようには見えなかったからだ。ましてやその窓から明かりが漏れている。それに近づいてみると窓には布でも掛けてあるようで、わずかな隙間があるだけだ。しかし中を覗くには十分で、ジャンはそっと踵を上げて中を覗きこむ。

――金色の目と、視線が合った。

ばっと窓から顔を引き剥がし、ジャンは数歩後ずさった。逃げられなかったのは、咄嗟に体が動いてくれなかったからだ。

「誰だ」

低い、しかし若い声が蔵から漏れる。あの眼の持ち主だろうか。ミカサもリヴァイも瞳は黒で、ジャンは何を見たのだろう。

「誰だか知らねえけどここからすぐに出ろ、ここにはいちゃいけない」

蔵の声は強い。ジャンはごくりと息を飲み、再び蔵を覗く。金の目はジャンをしっかり見据えた。黒い髪の男だった。

「この家には化け物がいる。出会う前に、ここから出ろ」
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