言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2012'11.20.Tue
「しろべー!」
腹の底に響く声に、はっとして目を開けた。ひっくり返るような格好で藪の中に落ちたまま、気を失っていたらしい。体育委員会の活動中だったことは覚えているが、どうしてこんな状況になっているのかは思い出せなかった。
体は全身ずぶ濡れであった。そういえば裏山に入ったときに降っていた雨はいつの間にかやんでいる。足場の悪い中で足を滑らせて転がったのだろう。戻らなくては。
声は時友を呼び続けている。起きあがろうともがいていると人影が時友の前に飛び出した。ぐいと両腕を捕まれて引き上げられる。軽々と時友をぶらさげて満面の笑みを見せたのは、体育委員長の七松小平太であった。時友を振り回しながら、怪我はないか、と豪快な確認をする。小さな切り傷などはあるだろうが、目立つ痛みはない。揺らされながらありませんとどうにか答えれば、小平太はやはり豪快な笑い声をあげた。
「よかったよかった。金吾が四郎兵衛がいないと大騒ぎでな」
「すみません」
「何、かまわん。下見は滝夜叉丸たちに任せてきたからのんびり帰ろう」
のんびり、と言っても走るのだろう。この体育委員長がてくてく歩いているところなど見たことがない。時友を降ろした七松はじろじろと時友の全身を眺め、汚いなぁ、と明け透けに言った。確かに雨の中を走った後に転がったので全身泥だらけだ。しかしそう言う七松も同じことだ。一緒ですね、と言えば七松は初めて気がついたように自分の体を見回して、大きな口を開けて笑う。そしてきょろきょろと辺りを見回した後、屈んで時友を見ながら目を輝かせて言った。
「四郎兵衛は大人しい子だから、面白い場所に連れていってやろう。但し、私がいいと言うまでひとっ言も喋るんじゃないぞ」
*
温泉だ、と声を上げそうになって、時友は慌てて口を手で覆う。その様子を見て七松は表情だけで笑い、時友の頭を撫でた。
七松に引かれるまま山の奥へ向かった先、目の前が開けたと思えば、そこに広がるのは真っ白な湯気を上げている温泉だった。誰かの手が入っているのか岩と土で囲まれ、白く濁ったようなお湯が沸き続けている。体育委員会で学園のものである山はほとんど走り抜けたが、こんなところに温泉があるとは知らなかった。
驚いている時友を後目に、七松はさっさと汚れた着物を脱ぎ捨て、ふんどしまでも取り去った。確かに時友も全身ずぶ濡れで、下着まで雨がしみている。思い出すと不快になり、真似をするように着物を取っ払った。七松がそうしているように、隣に並んで温泉の端で着物を濯ぐ。溶けるように泥は落ち、七松はきれいになった着物を絞って近くの木に引っかけた。時友がもたもたしていると七松がそれをまとめて絞り、同様に木の枝へと放り投げる。
言葉は口にしないまま七松は時友の背を押し、促されるまま湯に足をつけた。熱すぎない湯は時友を包み込む。ゆっくり肩までお湯につかると、自然と深い溜息がこぼれた。七松が隣で豪快に体を沈め、お湯に押されて体が傾く。
ぐいと腕を引かれたかと思うと頬を拭われた。手を伸ばして七松の鼻先も拭いてやる。七松はくすぐったそうに口元を歪め、今にも笑い出しそうであった。それがおかしくて時友が肩を揺らすと沈められそうになり慌てて七松の手から逃げ出す。湯をかいて泳ぐように逃げた先で何かにぶつかり、時友は顔を上げた。かたいものではない。温泉と同じ温かさのそれは包み込むように柔らかく、月のように白い。しかしそれが「何」なのか、時友にはさっぱりわからなかった。壁のようでもあり小動物のようでもある。質量のある湯気、が一番近いだろうか。
困惑する時友の頭を七松が押さえつけた。慌てて見ると隣で七松はその湯気ともつかぬ白い影に頭を下げていて、時友もそれに倣った。動いてはいけないような気がしてつい息まで止めてしまい、苦しくなってきた頃にようやく七松が手を離したので、大きく息を吸って隣を見上げた。彼の視線の先では、ぼんやりとしたそれがざぶんとお湯を溢れさせながら温泉から出ていくところだった。正体を尋ねようとした時友だったが、七松に遮られて慌てて口を閉じる。
七松が時友の手を取った。指先まで温まったか確認したようだ。手振りで温泉からあがるように示されて縁の方へ近づくと外から白い影が迫った。とっさに会釈をしてやり過ごし、通過したと同時に転がるように温泉を出る。
七松が引っ張って回収した頭巾を渡されると、それは日に干したように乾いている。訪ねようと七松を見たがまだ話してはいけないようで、口を閉じて渡された忍び装束を着た。着物もすっかり乾いている。確かに雨は上がったが、短時間で乾くほどの快晴ではない。
着替えたのを確認して、七松は来たときのように時友を誘導して走り出した。やはり来たときと同じように、よく知るはずの森の全く知らない場所を走り抜けて、ふっと空気が変わったと思えばいつものマラソンコースに出る。そこでようやく七松が声を上げて笑いだした。乱暴に時友の頭を撫でる。
「うわぁ」
「よしよし、よく我慢した!」
「あのぅ、あそこは何ですか?あのもやもやしたものも」
「知らん!」
「はぁ」
「長次も知らなかったからな。何、口を利かなければ人だとばれないから大丈夫だ」
結局七松の言うことでは何もわからなかった。しかし生き字引と呼ばれる中在家長次も知らないいとなると、誰も知らないように思える。
「滝夜叉丸には内緒だ。あいつはべらべらうるさいからな。金吾も泣き言を言いそうだし。四郎兵衛も、もしまたあそこに出たら声を出すなよ」
「声を出したら、どうなるんですか?」
「知らん!」
「……」
豪快な人だと知ってはいたが、怖くはないのだろうか。しかしあの温かい温泉を思い返し、恐怖感はなかったことを思い出す。
「あ、次屋先輩はどうですか?」
何気なく七松を見上げると、初めて難しい顔をした。藪をかき分けて学園に向かいながら小さくうなる。
「あいつには迷ったら喋るなと言ってある。あいつたまに見つからんだろう、多分ああいう場所に入ってしまってるんだ」
「はぁ……」
「滝夜叉丸はそういう勘がない。次屋は入っても気づかない。四郎兵衛、『境』はわかったか」
「……何となく」
「うん、覚えておけ。まあ何かに会っても、大体は何もしなければいいだけだ」
「はい」
「よしっ、学園までマラソンだ!いけいけどんどーん!」
「どんどーん!」
七松について走り出した裏山はいつもと変わらない。温泉に寄った割にはまだ空は明るかった。夕食には十分間に合うだろう。思い出すと腹が鳴って、それを聞いていた七松と並んで笑いあった。
腹の底に響く声に、はっとして目を開けた。ひっくり返るような格好で藪の中に落ちたまま、気を失っていたらしい。体育委員会の活動中だったことは覚えているが、どうしてこんな状況になっているのかは思い出せなかった。
体は全身ずぶ濡れであった。そういえば裏山に入ったときに降っていた雨はいつの間にかやんでいる。足場の悪い中で足を滑らせて転がったのだろう。戻らなくては。
声は時友を呼び続けている。起きあがろうともがいていると人影が時友の前に飛び出した。ぐいと両腕を捕まれて引き上げられる。軽々と時友をぶらさげて満面の笑みを見せたのは、体育委員長の七松小平太であった。時友を振り回しながら、怪我はないか、と豪快な確認をする。小さな切り傷などはあるだろうが、目立つ痛みはない。揺らされながらありませんとどうにか答えれば、小平太はやはり豪快な笑い声をあげた。
「よかったよかった。金吾が四郎兵衛がいないと大騒ぎでな」
「すみません」
「何、かまわん。下見は滝夜叉丸たちに任せてきたからのんびり帰ろう」
のんびり、と言っても走るのだろう。この体育委員長がてくてく歩いているところなど見たことがない。時友を降ろした七松はじろじろと時友の全身を眺め、汚いなぁ、と明け透けに言った。確かに雨の中を走った後に転がったので全身泥だらけだ。しかしそう言う七松も同じことだ。一緒ですね、と言えば七松は初めて気がついたように自分の体を見回して、大きな口を開けて笑う。そしてきょろきょろと辺りを見回した後、屈んで時友を見ながら目を輝かせて言った。
「四郎兵衛は大人しい子だから、面白い場所に連れていってやろう。但し、私がいいと言うまでひとっ言も喋るんじゃないぞ」
*
温泉だ、と声を上げそうになって、時友は慌てて口を手で覆う。その様子を見て七松は表情だけで笑い、時友の頭を撫でた。
七松に引かれるまま山の奥へ向かった先、目の前が開けたと思えば、そこに広がるのは真っ白な湯気を上げている温泉だった。誰かの手が入っているのか岩と土で囲まれ、白く濁ったようなお湯が沸き続けている。体育委員会で学園のものである山はほとんど走り抜けたが、こんなところに温泉があるとは知らなかった。
驚いている時友を後目に、七松はさっさと汚れた着物を脱ぎ捨て、ふんどしまでも取り去った。確かに時友も全身ずぶ濡れで、下着まで雨がしみている。思い出すと不快になり、真似をするように着物を取っ払った。七松がそうしているように、隣に並んで温泉の端で着物を濯ぐ。溶けるように泥は落ち、七松はきれいになった着物を絞って近くの木に引っかけた。時友がもたもたしていると七松がそれをまとめて絞り、同様に木の枝へと放り投げる。
言葉は口にしないまま七松は時友の背を押し、促されるまま湯に足をつけた。熱すぎない湯は時友を包み込む。ゆっくり肩までお湯につかると、自然と深い溜息がこぼれた。七松が隣で豪快に体を沈め、お湯に押されて体が傾く。
ぐいと腕を引かれたかと思うと頬を拭われた。手を伸ばして七松の鼻先も拭いてやる。七松はくすぐったそうに口元を歪め、今にも笑い出しそうであった。それがおかしくて時友が肩を揺らすと沈められそうになり慌てて七松の手から逃げ出す。湯をかいて泳ぐように逃げた先で何かにぶつかり、時友は顔を上げた。かたいものではない。温泉と同じ温かさのそれは包み込むように柔らかく、月のように白い。しかしそれが「何」なのか、時友にはさっぱりわからなかった。壁のようでもあり小動物のようでもある。質量のある湯気、が一番近いだろうか。
困惑する時友の頭を七松が押さえつけた。慌てて見ると隣で七松はその湯気ともつかぬ白い影に頭を下げていて、時友もそれに倣った。動いてはいけないような気がしてつい息まで止めてしまい、苦しくなってきた頃にようやく七松が手を離したので、大きく息を吸って隣を見上げた。彼の視線の先では、ぼんやりとしたそれがざぶんとお湯を溢れさせながら温泉から出ていくところだった。正体を尋ねようとした時友だったが、七松に遮られて慌てて口を閉じる。
七松が時友の手を取った。指先まで温まったか確認したようだ。手振りで温泉からあがるように示されて縁の方へ近づくと外から白い影が迫った。とっさに会釈をしてやり過ごし、通過したと同時に転がるように温泉を出る。
七松が引っ張って回収した頭巾を渡されると、それは日に干したように乾いている。訪ねようと七松を見たがまだ話してはいけないようで、口を閉じて渡された忍び装束を着た。着物もすっかり乾いている。確かに雨は上がったが、短時間で乾くほどの快晴ではない。
着替えたのを確認して、七松は来たときのように時友を誘導して走り出した。やはり来たときと同じように、よく知るはずの森の全く知らない場所を走り抜けて、ふっと空気が変わったと思えばいつものマラソンコースに出る。そこでようやく七松が声を上げて笑いだした。乱暴に時友の頭を撫でる。
「うわぁ」
「よしよし、よく我慢した!」
「あのぅ、あそこは何ですか?あのもやもやしたものも」
「知らん!」
「はぁ」
「長次も知らなかったからな。何、口を利かなければ人だとばれないから大丈夫だ」
結局七松の言うことでは何もわからなかった。しかし生き字引と呼ばれる中在家長次も知らないいとなると、誰も知らないように思える。
「滝夜叉丸には内緒だ。あいつはべらべらうるさいからな。金吾も泣き言を言いそうだし。四郎兵衛も、もしまたあそこに出たら声を出すなよ」
「声を出したら、どうなるんですか?」
「知らん!」
「……」
豪快な人だと知ってはいたが、怖くはないのだろうか。しかしあの温かい温泉を思い返し、恐怖感はなかったことを思い出す。
「あ、次屋先輩はどうですか?」
何気なく七松を見上げると、初めて難しい顔をした。藪をかき分けて学園に向かいながら小さくうなる。
「あいつには迷ったら喋るなと言ってある。あいつたまに見つからんだろう、多分ああいう場所に入ってしまってるんだ」
「はぁ……」
「滝夜叉丸はそういう勘がない。次屋は入っても気づかない。四郎兵衛、『境』はわかったか」
「……何となく」
「うん、覚えておけ。まあ何かに会っても、大体は何もしなければいいだけだ」
「はい」
「よしっ、学園までマラソンだ!いけいけどんどーん!」
「どんどーん!」
七松について走り出した裏山はいつもと変わらない。温泉に寄った割にはまだ空は明るかった。夕食には十分間に合うだろう。思い出すと腹が鳴って、それを聞いていた七松と並んで笑いあった。
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