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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'03.13.Thu
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2012'08.27.Mon
ただいま、と言った孫兵の表情は暗く、次屋と数馬は顔を見合わせた。彼の首を定位置としたまむしのじゅんこも心なしか落ち込んでいるように見える。数馬はつい治療中だということも忘れて次屋の手を離した。しかし次屋も気に留めず、むしろこのまま治療から逃げられることを期待して孫兵を手招きする。のろのろと誘われてきた孫兵は縁側に座り、旅装束も解かないまま深い溜息をついた。

「どうしたの?実家帰ってたんだよね」

「……数馬は卒業したら実家継ぐんだっけ」

「継ぐかどうかはわからないけど、実家には戻るよ」

「数馬んちってなにやってんだっけ」

「うちは商人。それがどうかした?」

「……伊賀崎は代々城仕えの忍者なんだ。当然ぼくも跡継ぎになるかはさておき、卒業したら戻る」

「いいよなぁお前ら。おれはちまちま就活だもん」

「はずだった」

愚痴をこぼしかけた次屋だが、孫兵の言葉に口をつぐんだ。城仕えをしている忍者、その里で孫兵が見たものを想像して、数馬も息を飲む。

「孫兵、辛いなら言わなくていいよ」

「ありがとう数馬、でも言いたいんだ。聞いてほしい」

「……うん」

次屋が黙って孫兵の背を叩く。孫兵は顔を見合わせ、じゅんこを撫でながら話し出した。

「実家に帰ったとき、残っているのは忍者をまとめている祖父ひとりだけだった。ぼくを見ると歓迎して迎えてくれたよ。大きくなったと成長を喜んでくれた。他のみんなは、と聞くと戦場に出ているようだった。戦の後だったんだ」

膝に乗せた孫兵の手がかたく握られる。震える声は悲痛なもので、数馬はそっとその手を覆った。

「ぼくが六年にあがって、今年卒業して里に帰ってくると言うと祖父は顔色を変えた。なんて言ったと思う?」

「……」

「『お前の居場所なんかないぞ』って」

「孫兵……」

「……あのジジィ」

孫兵の声色がいつもと違うことに気づき、数馬は首をかしげた。なんかちょっと、思っているのと違うかもしれない。

「自分で入学させたくせにぼくが今年卒業することをすっかり忘れてたんだ。この間の戦は圧勝で、敵方の忍者もぼくらの里が預かることになったんだ。要するに今忍者が飽和状態で、ぼくは帰省したってのに横になって寝ることすらままならない寿司詰め状態の部屋に押し込まれた。いくらなんでもこれはないと祖父に文句を言いに行けば、『お前はもうどこに出しても恥ずかしくない立派な忍びだ。ここに一子相伝の最終奥義を授けよう、これを以てお前は伊賀崎から巣立つのだ。この術を伝えゆくがよい!』とこの巻物を持たされ、里を追い出された。あとは何を言っても入れてくれなかったよ」

「……えーと……その……孫兵のお爺さまっておもしろい方だね」

「ぼくもあんなにふざけた姿は初めて見た」

「……」

「腹いせにみんなを置いてきちゃったから、また迎えに行かなきゃ。我ながらバカなことをした」

「みんなって」

「みんなだよ」

「……」

「今から就活なんてしたくない……」

「それはまだ決まってない俺に対する嫌味ですか」

次屋は呆れてさっきよりも強く背を叩いた。孫兵は両手で顔を覆ってうなだれる。

「で、でもさ!奥義を教えてもらったんだろ?すごいじゃん!」

必死でフォローを試みる数馬の前に、孫兵は巻物を突き出した。訳がわからないまま受け取ると孫兵はまた顔を覆ってしまう。次屋に促されて数馬は恐る恐る紐を解いた。昔から続く忍者の里の、一子相伝の秘技とはどんなものだろい。伊賀崎の里ならばやはり毒にまつわるものだろうか。緊張気味のふたりの目の前に広がったのは、――裸の男女が陰部も露わに絡み合う絵であった。

「……エロ本?」

「ばっ、バカ違うよ!これは、えーっと」

次屋の言葉をフォローすべく数馬は巻物に目を走らせる。絵のそばには説明らしき文がしっかり書かれていた。きっと何か重要な、……

「……いや、これほんとに結構すごいよ!?男女の産み分けについて書かれてる!」

「人間の男女なんて大差ないよ」

「そりゃ庶民はね。でもお城のお殿様にとっては大きな問題だよ!」

「どれ」

数馬の手から巻物を取り、次屋は巻物を広げた。ほう、これは、などとぶつぶつ言いながら見入っているが、見ているのは絵ばかりだ。

「はぁ……」

「ま、まあ、忍者は臨機応変に生きなきゃね!まだ進路が決まってるやつの方が少ないしさ、孫兵みたいな優秀な忍者は引く手数多だって!」

「決まる決まらないじゃない。ぼくのかわいいペットたちと一緒じゃなきゃ意味がない」

「ああ、そっか……今生物小屋の半分ぐらい、孫兵のなんだっけ」

「おれちょっと厠に」

「菌が入るから治療が終わってからにして」

「……はい」

逃がしてもらえなかった次屋は大人しく数馬の隣に正座した。思い出したように数馬は消毒を始める。小さなかすり傷だがそれは体のあちこちにあり、更にそのまま山を駆け回っていたと言うのだから保健委員長の数馬が怒らないはずがないのだ。しかし次屋は何度怒られてもつい後回しにしまう。ましてや今回は、のんびりと傷を洗っている暇など与えられなかったのだ。

孫兵が溜息をつくそばで治療を続けていると、何者かが近づく気配があった。生徒ではないが、悪意もない。迷わず六年長屋の前に姿を現したその人は、忍者学園の卒業生、竹谷八左ヱ門であった。

「竹谷先輩!お久しぶりぶりです」

「よう数馬、ご無沙汰。卒業前に会っとこうと思ってよ」

「はい、伊作先輩からお話は」

「何の話?」

「うち漢方扱ってるから、お互い何かとね」

「うちの領地、山だけは立派だからなぁ。ところで孫兵はどうした?珍しいな」

うなだれたままの孫兵の頭を竹谷は無造作に撫でた。孫兵がそうされても許すのは同輩以外では竹谷だけである。かつて生物委員で孫兵と根気よくつきあってきた神経は伊達ではない。

「……竹谷先輩」

「なんだ」

「雇って下さい」

「就活か?」

「はい」

「いいぞ、来いよ」

「ありがとうございます」

「ちょっと待ったぁ!今の流れ納得いかないっス!」

割り込んだ次屋に数馬だけが苦笑する。何を言っても無駄なのだろうが、次屋は言わずにはいられない。

「何」

「何じゃねえよ、今ので孫兵の就活終了!?」

「そうだね」

「いやいやそんなんないでしょ!竹谷先輩おれももらって下さい!」

「体育委員はやだ」

「何でですか〜!贔屓だ!」

「だって体育委員って、七松先輩が狙ってるだろ」

「行きたくないから就活してるんじゃないですか!」

次屋の怪我は何を隠そう、今日スカウトにきた七松に追い回されて作ったものだ。今日ばかりは自分の方向音痴に感謝する。予測不可能な走りをするおかげで、七松をまくことができた。最も、七松が本気を出せば間違いなく捕まっていただろうが。

「滝夜叉丸のときも七松先輩いらっしゃってたよね、結局捕まってたし。委員の後輩大好きなんだ」

「……あの人はそんな優しくねぇよ」

「どういうこと?」

「……体育委員はあの人の弱点を知ってるんだ」

「えっ」

にわかに竹谷まで色めき立つ。次屋は頭を抱えてうずくまった。先ほどまで同じ様相だったはずの孫兵は微笑みを浮かべてじゅんこを撫でている。

「知りたくなんてなかったのに……」

「ちょっと次屋くんそこんとこ詳しく」

「言えるわけないじゃないっすか!委員会中にたまたま知っちゃっただけなのに、なんでこんな……」

次屋の落ち込みように竹谷は苦笑した。次屋の背を撫でてやる数馬も同じようななんとも言えない笑みだ。

「あー、別に来てもらっても構わんが」

竹谷の声に次屋はがばっと顔を上げた。期待に満ちた目を向けられるが、でもなぁと竹谷は続ける。

「うち今生物の飼育と畑仕事しかしてないし、どうせこっちに来ても七松先輩追ってくると思うけど」

「……何してんすか竹谷先輩」

「平和と言え」

「竹谷せんぱ〜い」

「お?」

ぴょん、と身軽に姿を現したのは五年の時友四郎兵衛だ。泥だらけの姿に数馬は怪我はないかと目を走らせている。

「お米、おばちゃんに渡してきました〜」

「おう、ありがとな!」

「次屋先輩どうしたんですか?」

「七松先輩に襲われてたんだってよ」

「え〜、七松先輩来てらっしゃったんですか?呼んで下さいよ〜」

「それどころじゃなかったっつーの」

「え〜」

うずくまった次屋の背中に時友はじゃれつきにいく。丸まった背中に乗りあがる時友は低学年のように無邪気でかわいらしいが、汚れたままなので数馬にぺしりと叩かれていた。

「あ、孫兵、ほんとに来るならちゃんと挨拶に来いよ」

「はい」

「小屋は作っとくから増やすなよ〜。じゃあ次屋、頑張って」

「竹谷先輩の人でなし〜!」

「体育委員に言われたくねぇな」

けらけら笑いながら竹谷は帰っていった。卒業生はさまざまで、卒業するなり消息のわからなくなる者もいるが、竹谷のようによく顔を出す者もいる。竹谷は特に頻繁だが、六年にもなるとようやくその意図がわかるようになってきた。誰もはっきり言葉にしないが、そういうことだ。

「はー、就活やだなー」

「まあまあ次屋先輩、今日のお米はおいしいから元気出して下さい。キリンタケの新米ですよ〜」

「四郎兵衛はとりあえずお風呂に入っておいで」

「はーい。あ、ぼくら裏裏山で演習だっんですけどぉ」

「ん?誰か怪我人?」

「怪我はしてないんですけど、左近が沢に落ちて流されたので、帰ってくるの時間かかると思います」

「……わかった、次の時間左近の当番だったけどぼくが行こう……」

「四郎兵衛の成績は?」

「もちろん一等賞でゴールですよ〜」

「よしよし」

「ふふっ」

次屋が時友の頭を撫でてやる。緩んでいたのかまげがとけてしまったが、時友は気にせずぼさぼさ頭で戻っていった。

「……ねえ次屋、いつも思うんだけど、あの子ほんとに人間かな」

「小屋では飼えねえと思うぞ」

「そうか……」

「本気か」

「さて、みんなを迎えに行かなくちゃ。数馬、ちょっと薬分けてくれないかな。大丈夫だとは思うけど耐性ない人もいるかもしれないから」

「いいよ。保健室行こうか」

「物騒だなぁ。進路決まった途端ケロッとしてさ」

「道中考えてはいたんだ。あそこなら今忍者の層が薄いから、ぼくほど実力があればある程度自由にできるし、竹谷先輩だし」

「生物委員は竹谷先輩大好きだよな」

「竹谷先輩は自分が黒と言っても、ぼくが白と言えばそうかと言って下さるからね」

「……どーせ体育委員は『右に同じ』ですよ」

次屋を残してふたりが行ってしまい、ひとり大きく溜息をつく。夢に見るほど強烈な、七松の背中を思い出した。あの人に追われるよりも、あの背を追う方が容易に想像できる。

「……とりあえず滝夜叉丸を捕まえてみるか」
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