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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'01.31.Fri
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2012'08.02.Thu
「あのぉ、出席表が後ろまで回ってこなかったので1枚もらっても」

「はい?」

「だから、あの……あ、いや、なんでもないです……」

もう1番後ろに座るのはやめよう。教授の冷たい視線から逃れるべく伊作はすごすごと引き下がった。たかが5分ではあったがされど5分、遅刻した自分が悪い。例え、出席表が配られるより早く席に着いていたとしても。後ろの席に座らなくてもいいように遅刻しないようにしよう。電車が遅延しても間に合うようにもっと早く出よう。そのためにはもっと早起きを、早寝を、レポートを……

「よう遅刻魔」

「……人が悪いみたいに言うのやめてくれる?」

「ははっ」

振り返ると小学校からの腐れ縁、食満が立っている。伊作は膨れっ面を作って見せたが、どうせいつものやり取りでお互い本気ではなかった。まさか大学まで同じになるとは思ってはいなかったが、なんだかんだと助けてくれるのでありがたい存在だ。

「今日はどうした?」

「電車の遅延〜」

「教授たち遅延届け受け取らねえからなー。訴えたろか」

「1回ぐらい大丈夫だよ」

「お前、このコマで出席表出せてないの3度目な」

「……そうだっけ」

「自分で把握しとけよ」

「とっ、とりあえずご飯食べに行こうよ!ねっ!はいはい」

食満の腕を取って伊作は歩き出す。食堂へ向かうも、途中で食満が切り替えして購買へ足を向けた。

「何?何か食べたいものでもあるの?」

「この時間に食堂に行ってお前が席を獲得できると思えねえ」

「そうね……」

伊作は己の貧相な体を振り返って苦笑した。この時間の食堂はもうトレーナーコースの学生で埋め尽くされているだろう。スポーツ医科ももやしばかりではないが、比べると差は歴然としている。同じスポーツ医科でも部活に精を出している食満とも違い、伊作はあの鍛えた男の集団には太刀打ちできなかった。とはいえ、購買も食堂よりはまし、というレベルだ。

「あっ、お弁当が残ってる!」

奇跡だ。感動しながらそれを手に取り、伊作はいそいそとレジに向かった。食満もカップ麺と弁当を手にしている。購買は基本的に丁寧にビニール袋になど入れてくれない。レジをさっと通ったらそれまでだ。食満がカップ麺にお湯を入れるのを待って中庭へ向かう。人は多いがふたり分ぐらいのスペースはあるだろう。

「こけんなよ」

「さすがにそれは」

伊作が笑い飛ばしたが、直後に前からきた学生にぶつかってその手から弁当が落ちた。何を思う間もなくそれは重力に従い、真っ逆様に落ちていく。ゆっくりした動きに思えるがそれは一瞬の出来事で、

――ぐしゃり。

側面から落ちた弁当はその衝撃で輪ゴムが飛び、……そして、「弁当」ではなくなった。

「……ですよねー!」

「俺のやるから……」

涙目の伊作に、食満は慣れたように溜息をついた。



善法寺伊作はとにかく不運であった。それは生まれる前からのお墨付きである。産気づいた母親の乗ったタクシーは渋滞に巻き込まれ、ようやくたどり着いた病院では医師に急病人が出て人手が足りていなかった。トイレで生もうか真剣に考えた、と母親は今でも口にする。どうにか無事に五体満足の健康体で生まれたものの、もらうプレゼントは大体が不良品で、一番支障があったのは使い始めた途端にタイヤが取れたベビーカーだった。おんぶ紐は切れベビーベッドの柵は外れた。そのたびに頭をぶつけて泣く伊作を見て、この子がバカになったら私のせいだ、と母親が心配していたのは幼稚園に入るまでのことだった。早い者勝ちのものでは大体勝てず、足が遅いわけではないがかけっこではほぼ転び、たまに先生に忘れられて幼稚園バスに乗り損ねた。それらはどう考えても「運がない」としか言いようがなく、母親はさっさと諦めたのだという。

「伊作がどんなときも、『痛い』以外では泣いたり拗ねたりしなかったからな」

背負った不運に逐一つき合った母親の言葉は重い。小学校に上がり、ひとりだけ連絡網が回ってこなくて忘れ物をしたときも持ってきてくれたし、縄跳びの縄が切れてもちゃんと予備を用意しておいてくれた。中学の制服が配達中に事故にあって間に合わなかったときも近所を駆け回っておさがりを探してくれたし、気合いを入れて練習をした体育祭前日の骨折が悔しくて泣いていたときもずっと慰めていてくれた。

不運話を始めれば尽きることはない。よって善法寺伊作の人生は、「不運」の一言に尽きる。



「留三郎いつもごめんね……」

「お前家から弁当持ってくると、腹壊すもんなぁ……」

「はは、夏はねぇ……」

食満は伊作の不運に根気よくつき合ってくれる友人のひとりである。見捨てられない性格なのだろう。小学校からはふたりが一緒にいるのが当たり前になっていて、たまに不運に巻き込んでしまっても食満はずっと伊作と共にいてくれた。小学校の入学式に、どろどろに汚れた姿で並んでいたのが一番古い記憶だ。あのときは確か登校途中に野良犬に追いかけられ、逃げている途中に巻き込んだのだ。

「どうしてぼくはこんなに不運なんだろう」

「大学受かったのなんて奇跡的だよな」

「試験時間の2時間前に着くように家を出て、着いたの10分前だったもんね……」

「冗談抜きでお祓いでも行った方がいいんじゃねえの?」

「あんまり考えたくないなぁ……」

以前心配した親戚が有名な霊媒士だと紹介してくれた人に会ったが、怪しげな壷を買わなければ死ぬと脅された。その日は母親が怒って帰ったが、数日後に霊媒士は詐欺で捕まっていた。今思えば不幸中の幸いである。

「まあ、死ぬような怪我もしたことないし、家族が危険に晒されたこともないしさ。遅刻したりお昼食べ損ねたりなんてよくあることだよ」

「伊作……ポジティブはお前のいいところだけどよ、お前が食ってるその弁当元々俺のだからな」

「あはは」

伊作は笑い飛ばし、その邪気のなさに食満も苦笑した。

――和やかなその空気を隙と見なしたのか、一羽のカラスが舞い降りる。それはさも当然とばかりに伊作の膝に止まり、食べかけの弁当を啄んだ。

「……ええ〜……」

「伊作……お前いつの間にカラスを飼い慣らしたんだよ」

「そんなことしてないよ!ヒィッ」

身動きをするとカラスに睨まれる。結局周りの好奇の目に晒されながら、伊作はカラスが満足するまで膝を貸していたのだった。



*



「ぶえっくし!……風邪かな」

自慢にもならないが風邪の対処は得意である。インフルエンザには毎年かかるし、流行る病にもまず引っかかる。三月に一度はどこかしらで風邪をもらってくるが、今日のは確実に、さっき商店街で打ち水を被ったからだ。もう伊作が柄杓の先にいることに慣れてしまった煎餅屋の店主は、笑いながらいつも通りの割れ煎餅の詰め合わせをくれた。伊作はそれを抱きかかえ、帰路を行く足を早める。

「君、そこのずぶ濡れの君」

「はい?」

どう考えても自分だろう。伊作が振り返ると、商店街の端で小さな箱を置き、占い師が座っている。こんなところに珍しい。少なくとも伊作はここで占い師を見たことがなかった。いかにも、といった黒いヴェールの下から色っぽい目が覗き、伊作を見てにこりと笑った。

「こっちにいらっしゃい」

「あの」

「お話したいだけよ。善法寺伊作くん」

「!」

名前が書いてあるようなものは身につけていない。伊作は警戒しながらゆっくり近づいてみるが、やはり知っている人だとは思えなかった。こんなに雰囲気のある女と知り合えば忘れるはずがない。

「あの……どうしてぼくの名前を?」

「あなた、不運でしょう。顔に書いてあるわ」

「えっ」

「見る人が見たら、あなたが不運だなんて丸わかりよ。どうして自分がそんなに不運なのか、知りたくない?」

「……わかるんですか?」

「どうぞ」

占い師に椅子を勧められ、伊作はためらったが結局傾いだそれに腰掛けた。

占い師の前には何もなかった。水晶もタロットも虫眼鏡も、謎のじゃらじゃらした割り箸の束もなかった。占い師は微笑んで、手相を見るでもなくまっすぐ伊作を見る。

「あなたの前世が見えます」

「前世?」

「前世のあなたは忍者でした。そうね、凄腕ってほどではないけど、それなりに実力のある忍者だったみたい」

「ハァ……」

これってやっぱり何か売りつけられるのかな。ちなみに財布はバスの中に忘れてきたので、今伊作の全財産は割れ煎餅一抱えのみである。

「有名な忍者があなたのことを気に入ってくれていたみたいね、就職もすんなりいってるわ」

「忍者も就活するんですか」

忍者ってそんなに生活感あったっけ。そんなことを思うのと同時に数年後にやってくる自分の就職活動を思ってうんざりした。一体どうすれば就活中の不運を乗り越えて就職ができるのだろう。この占い師に聞いてみようか。伊作が口を開こうとしたのを遮るように、真っ赤なネイルを塗った爪がひらめき、伊作を指さした。

「あなたが不運なのは、前世のあなたのせい」

「え?」

「前世のあなたも不運でした。とにかく不運でした。落とし穴があれば落ちるし、水に落ちれば風邪をひきました」

「わかりますっ!」

「でもそれにはわけがある」

「何ですか?」

「人を助けすぎたのね」

「え……?」

「とても優しい人でした。時には自分を犠牲にしてでも人を助けました。戦場で傷ついた人を見れば敵も味方もなく助け、それはね、そう……何というのかしら。神をも凌駕する、と言うと仰々しいわねぇ」

「神って……人助けをしたぐらいで?」

「あなたのお陰で、死ぬはずの人が死ななかった。あなたは時に、運命さえもねじ曲げたのよ」

「だ……だって、目の前に傷ついた人がいれば誰だって」

「ホントに?」

「え?」

「あなたの身近な人たちは、みんながみんな他人の不運に手を貸すかしら」

「それは……」

占い師は伊作の手を取った。すべらかな柔らかい手は優しく伊作の手を撫でる。

「もちろん、悪いことをしたとは言えないわ。ただ、あなたはその代わりに不運を背負い込んだの。幸せの数は決まってるって聞いたことはないかしら?不運も同じ。そして前世のあなたは人を助けすぎて、――自分ひとりの人生だけでは不運を消化できなかった」

「……そのせいで、生まれ変わったぼくも不運だってことですか」

伊作が身を乗り出すと、椅子が大きく軋む。かと思えばバキッと派手な音を立てて足が折れ、伊作はそのまま地面に倒れ込んだ。占い師はその直前には手を離している。

「信じるかどうかはあなた次第」

「……でも、それじゃあ……ぼくが幸せになるには人を助けてはいけないってことですかッてえええ!?」

顔を上げた伊作の前にいたのは、同じ黒いヴェールを被った占い師だが、その目元はどう見ても老人であった。手助けに差し出された手もしわだらけの小さな手だ。

「えっ、どういう」

「あなたは不幸なの?」

「え?」

「不運と不幸は違うのよ」



*



占い師に見送られ、伊作は再び割れ煎餅を抱えて歩いていた。頭の中ではさっき聞かされたことがぐるぐると渦巻いている。金銭も要求されなかったが、では何が目的だったのだろう。人を驚かせて喜んでいるようには見えなかった。

「不運と、不幸……」

母親に話してみようか。豪快に笑い飛ばされるかもしれないが、それでも誰かに聞いてほしかった。人を助けて不運になるなんて、その逆ならまだしも――

悲鳴が耳に飛び込んだ。考えるより早く振り返った伊作は、車道で立ち尽くす少女を見る。そこへ向かってくるトラックを見て、迷わず地面を蹴った。少女を胸に抱いて走る。響くブレーキ音も聞こえない。車道を駆け抜けて伊作は路肩につまずいて少女ごとひっくり返った。慌てて起きあがって少女を見ると、驚いて目を回しているが怪我はなさそうだ。

「大丈夫?痛いところは?」

「スリルぅ〜」

「はは、スリルどころじゃなかったよ……」

どっと脱力して伊作は座り込んだ。トラックはどうやら逃げてしまったようだ。振り返ると車道に煎餅が散らばっていて苦笑する。それでも、ここに血が広がるよりよっぽどいい。

「お兄さん怪我してますぅ」

「え?ああ……」

手の甲を派手に擦りむいている。少女が青白い顔で心配そうにしているので、笑って頭を撫でた。

「大丈夫。お兄さんはこれでも医者のたまごなんだから」

「お医者さん?」

「そうだよ。だからこんな怪我、すぐに治しちゃうから」

「よかった」

少女には笑ってみせるが、実際自分はスポーツ医科でリハビリなどが中心となる。情けない話だが、怪我の治療に関しては20年不運とつきあう中で培ったスキルだ。

「お煎餅、めちゃくちゃになっちゃいましたね」

「いいんだよ、君が無事だったんだから。気をつけるんだよ」

「はぁい。ありがとうございましたっ」

ぴょこんとお辞儀をして少女は駆けていく。何となく転ぶんじゃないかと思って見ていると案の定彼女は何もないところで転び、伊作は慌てて追いかけた。



なんだかんだで結局少女を家まで送っていると、伊作が家に着いた頃には夕食が始まっていた。伊作がリビングに入ると母親がまさにエビフライにかぶりついたところで、夕食に期待をしてテーブルを見ると大皿にはレタスが残っているだけだ。

「お帰り」

「ただいま……ぼくのエビフライあるよね?」

「……」

母親は無言でエビフライを食べている。その向かいでは父親も無言で茶をすすっていた。まさかと思い台所で冷蔵庫や電子レンジを開けてみるが、そのどこにもエビフライの姿はない。

「お母さん……」

「今日は帰ってこない予定だったお父さんが帰って来てたんだ。お前の分はお父さんが食べてしまった、諦めろ」

「普通そういうときってお母さんが我慢するとか、3人で分けるようにするとか、するでしょ!?」

「私が食べたくてエビフライにしたんだぞ。帰りが一歩遅かった伊作が悪い。――今日はどんな不運に遭った?」

そういう母親は楽しげだ。他人事だと思って。母親を睨んでみせるが堪えない。

ふと占い師の言葉を思い出す。占い師のいう通りなら、今日助けた少女が本当は死ぬ運命だった場合、自分が助けたことによって運命が変わって自分はまた不運を背負い込むことになる。それではまるで、再現がない。

父親は逃げるように、風呂、と一言残してリビングを出る。伊作が溜息をついて食卓につくと、母親が入れ替わるように立ち上がった。伊作の茶碗にご飯を盛り、夕食の支度をしてくれる。

「……お母さんは、ぼくが不幸だと思う?」

「贅沢者が何を言っている」

どん、と伊作の前に出されたのは、皿いっぱいのエビフライだった。伊作が目を丸くしていると、母親はいたずらの成功を子どものように笑った。

「お前が不幸かどうかは知らないが、私はお前がいてくれて幸せだよ」
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