言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2012'08.09.Thu
「冷ややっこ中だ」
「……うん、見てわかる」
お前の好物は嫌というほど知っている。竹谷はがくりと肩を落とした。はるばるキツネタケまでやってきたのだから、もう少し友人を歓迎してくれてもいいのではないだろうか。竹谷は食事中の久々知を諦め、店の奥へ向かう。
キツネタケ領のとある山中、そこに小さな豆腐屋がある。知る人ぞ知る名店で、不定期にしか開店していないながらも、開けた日はほぼ完売になるらしい。味は当然ながら、開店しているかどうかが博打で、ちょっとした運だめしとしての意味合いもあって繁盛しているようだ。
「おやっさん、こんちは」
「留守」
「芙蓉ちゃんだけか」
台所にいたのは店主の娘、芙蓉ひとりだった。娘と言っても血はつながっていないのだが、それを知るのは極わずかな人間だけだ。こんな山中で暮らしているので少々浮世離れしてはいるが、悪い子ではない。竹谷などは久々知よりもよほど人間ができていると思っている。
「用は?」
「豆腐屋に来たんだから豆腐を買いに……と言いたいところだが、別件でおやっさんに用があったんだ。帰りは?」
芙蓉はぷるぷると首を振る。少女が言葉少なにしても、聞かされていないということは言えないということだ。つまり、忍務か。
この豆腐屋の店主の正体は、キツネタケ忍者の頭である。店先でのほほんと豆腐を愛でている久々知はその部下であるはずだが、竹谷はここに来るたびに豆腐を食べている久々知しか見かけていない。実はここで忍者ではなく豆腐の試食係をやっているのかもしれないと本気で思う。
「芙蓉!」
そんなことを考えていると久々知が奥に入ってきた。真剣な表情で芙蓉に詰め寄り、手元の皿を指差す。ひと欠けしたその豆腐は、ようやくひと口目を口に運んでもらえたところだったのだろう。
「今日のはどうした」
「違う大豆」
「おやっさんが持ってきたやつか」
「そう」
「……俺が作ったときと味が違う」
「ふうん」
「……竹谷、ちょっと今から豆腐作るから、食べ比べてくれないか」
「アホか、俺ァ仕事で来てんだよ。おやっさんがいないんじゃどうしようもねーからもう帰る」
「納得できん!どうしてこんなに研究を重ねている俺が作る豆腐より、芙蓉が作る愛のない豆腐の方がうまいんだ!」
「……お前さっさと忍者やめて、豆腐屋やれよ」
「芙蓉よりうまい豆腐が作れるまでは豆腐屋になれない」
「ああ。そう」
なる気はあるのか。竹谷は呆れて、腕まくりをして支度にかかる久々知に溜息をつく。芙蓉を見ると久々知が置いた豆腐を手に取り、ひと口食べている。
「……どう作ったって同じ味」
顔をしかめているのを苦笑してみていると芙蓉が気付き、箸に豆腐を載せて差し出される。それに口を寄せてひと口で食べると、じっと芙蓉に見つめられた。
学生時代、否応なしに久々知の豆腐を食べ続けたせいで、豆腐に関しては竹谷も舌が肥えている。
「うん、うまい。芙蓉ちゃんはどんどん豆腐作りがうまくなるな」
「……ふうん」
顔をしかめたままの芙蓉は箸を置いた。
――この少女、豆腐作りの腕前は今や師匠である店主を抜くほどである。が、しかし。彼女は豆腐嫌いであった。
自分の作るものをおいしいと思えないまま褒められるのはどんな心境なのか想像ができないが、芙蓉は豆腐作りをやめようとはしなかった。
芙蓉は久々知に台所を乗っ取られたので、店先の方へ出ていく。一番暑い頃は過ぎたのだろうが、里はまだ夏真っ盛りである。比較的この山中は涼しいが、それでも暑いことに変わりはない。竹谷はこの少女が汗をかいているところを見たことがなかった。豆腐作りだけではなく、忍術の修行も受けているのではなかろうかと思うほどだ。
「兵助はずっと豆腐の話してる」
「昔からあいつはああだったよ」
「ふうん」
馬鹿なのね。
少女のつぶやきは夏の緑に吸い込まれ、竹谷はこらえきれずに声を上げて笑いだした。
「……うん、見てわかる」
お前の好物は嫌というほど知っている。竹谷はがくりと肩を落とした。はるばるキツネタケまでやってきたのだから、もう少し友人を歓迎してくれてもいいのではないだろうか。竹谷は食事中の久々知を諦め、店の奥へ向かう。
キツネタケ領のとある山中、そこに小さな豆腐屋がある。知る人ぞ知る名店で、不定期にしか開店していないながらも、開けた日はほぼ完売になるらしい。味は当然ながら、開店しているかどうかが博打で、ちょっとした運だめしとしての意味合いもあって繁盛しているようだ。
「おやっさん、こんちは」
「留守」
「芙蓉ちゃんだけか」
台所にいたのは店主の娘、芙蓉ひとりだった。娘と言っても血はつながっていないのだが、それを知るのは極わずかな人間だけだ。こんな山中で暮らしているので少々浮世離れしてはいるが、悪い子ではない。竹谷などは久々知よりもよほど人間ができていると思っている。
「用は?」
「豆腐屋に来たんだから豆腐を買いに……と言いたいところだが、別件でおやっさんに用があったんだ。帰りは?」
芙蓉はぷるぷると首を振る。少女が言葉少なにしても、聞かされていないということは言えないということだ。つまり、忍務か。
この豆腐屋の店主の正体は、キツネタケ忍者の頭である。店先でのほほんと豆腐を愛でている久々知はその部下であるはずだが、竹谷はここに来るたびに豆腐を食べている久々知しか見かけていない。実はここで忍者ではなく豆腐の試食係をやっているのかもしれないと本気で思う。
「芙蓉!」
そんなことを考えていると久々知が奥に入ってきた。真剣な表情で芙蓉に詰め寄り、手元の皿を指差す。ひと欠けしたその豆腐は、ようやくひと口目を口に運んでもらえたところだったのだろう。
「今日のはどうした」
「違う大豆」
「おやっさんが持ってきたやつか」
「そう」
「……俺が作ったときと味が違う」
「ふうん」
「……竹谷、ちょっと今から豆腐作るから、食べ比べてくれないか」
「アホか、俺ァ仕事で来てんだよ。おやっさんがいないんじゃどうしようもねーからもう帰る」
「納得できん!どうしてこんなに研究を重ねている俺が作る豆腐より、芙蓉が作る愛のない豆腐の方がうまいんだ!」
「……お前さっさと忍者やめて、豆腐屋やれよ」
「芙蓉よりうまい豆腐が作れるまでは豆腐屋になれない」
「ああ。そう」
なる気はあるのか。竹谷は呆れて、腕まくりをして支度にかかる久々知に溜息をつく。芙蓉を見ると久々知が置いた豆腐を手に取り、ひと口食べている。
「……どう作ったって同じ味」
顔をしかめているのを苦笑してみていると芙蓉が気付き、箸に豆腐を載せて差し出される。それに口を寄せてひと口で食べると、じっと芙蓉に見つめられた。
学生時代、否応なしに久々知の豆腐を食べ続けたせいで、豆腐に関しては竹谷も舌が肥えている。
「うん、うまい。芙蓉ちゃんはどんどん豆腐作りがうまくなるな」
「……ふうん」
顔をしかめたままの芙蓉は箸を置いた。
――この少女、豆腐作りの腕前は今や師匠である店主を抜くほどである。が、しかし。彼女は豆腐嫌いであった。
自分の作るものをおいしいと思えないまま褒められるのはどんな心境なのか想像ができないが、芙蓉は豆腐作りをやめようとはしなかった。
芙蓉は久々知に台所を乗っ取られたので、店先の方へ出ていく。一番暑い頃は過ぎたのだろうが、里はまだ夏真っ盛りである。比較的この山中は涼しいが、それでも暑いことに変わりはない。竹谷はこの少女が汗をかいているところを見たことがなかった。豆腐作りだけではなく、忍術の修行も受けているのではなかろうかと思うほどだ。
「兵助はずっと豆腐の話してる」
「昔からあいつはああだったよ」
「ふうん」
馬鹿なのね。
少女のつぶやきは夏の緑に吸い込まれ、竹谷はこらえきれずに声を上げて笑いだした。
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