言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2012'08.27.Mon
「失礼しまーす。笹山先生おられますか?」
「はーいっ……って、やめて下さいよ」
兵太夫が振り返った先にいたのは、懐かしい先輩の姿だった。直接関わったことはあまりないが、親しくしている三治郎が慕う先輩、竹谷八左ヱ門だ。三治郎は卒業してからも彼と同じ城にいる。生物委員長をつとめた竹谷は、今はとある城の忍び組頭にまで出世した。卒業後も何度か学園に指導に来ていたが、最近、特にこの夏に入ってからは後輩に任せて姿を見せなくなっていた。彼の勤める城は平和主義だったが、戦でも起きそうなのか、と噂する者もいたほどだ。まさかそれに関係するのだろうか。相変わらずの向日葵のような笑顔からは何も読めない。
「何かご用ですか?」
「笹山先生にこっそりお願いが」
「先生はやめて下さいって。何ですか?」
「氷室、今年も順調か?」
「はい、今年も沢山氷が……何で知ってるんですか」
「三治郎が使ってるはやぶさは、元々おれのだからな」
「ちぇ、学園長には内緒にして下さいよ。きり丸との専属契約結んでるんです」
「そう言わず、ちょっと氷を分けてくれよ。きり丸にはおれから言っておくからさ」
「ならいいですけどぉ。まさか生物絡みで定期的になんて……」
「違う違う!人間だ!夏バテしたやつがいてさ、氷でも含めばちょっとは違うだろうと思って」
「お城の方ですか?まさか、お姫様?」
「姫ならバテしらずだ。里の方にな」
「里……」
兵太夫はそれ以上聞くのをやめた。きっといつもの悪い癖だ。この人のお人好しは、時には残酷なほどである。三治郎も苦労してるだろうなぁ、などと他人事のように思った後、兵太夫は机に積んでいる集めた宿題を思い出して苦笑した。
*
梅雨が明けてから暑い日が続いている。あまり暑さに得意ではない孫次郎には厳しい季節だ。この辺りは山なので、まだましだと考えて自分を誤魔化すしかない。仕事がひと段落したので日陰にうずくまっていると、いい風が吹いてきた。力仕事をしたあとの汗が冷やされて気持ちがいい。
「孫次郎みーっけ!」
「あ、三治郎お帰り」
顔を出したのは、荷は降ろしているが山伏姿の三治郎で、見ているだけでも暑そうな格好だ。実際三治郎は手甲などを外しながら歩いていたようで、脇にいろいろ抱えている。
「ただいま。何してたの?」
「薪割り」
「お疲れ様〜。孫次郎も焼けたねぇ。竹谷先輩知らない?」
「忍術学園に行っててさっき戻ってこられたけど、またすぐに出て行っちゃった」
「どこに?」
「里の方」
「またぁ?今日は何を貢ぐ気なのさ」
「氷を持って帰って来てらしたよ」
「氷……」
三治郎が視線を流す。何か思い当たることがあるらしい。特に追求はせず、孫次郎は笑って返す。
「まごじろー!」
「おや」
幼い声が自分を探している。孫次郎が木陰から出ていくと器を抱えた少女がすぐに気がついた。ぱっと明るい笑顔を見せて、まっすぐ駆け寄ってくる。日に当たった途端に汗が噴き出すのを感じながら、孫次郎は元気だなぁなどとのんきにそれを見ていたが、少女がつまづいて転けたので慌てて駆け寄った。
「すず姫、大丈夫ですか」
「大丈夫……だけど」
支えられて立ち上がった少女は、砂を払うこともせず、ひっくり返してしまった器を見た。こぼれて散らばっているのは砕いた氷だ。
「孫次郎にあげようと思ったのに」
「わざわざ持ってきて下さったのですか、ありがとうございます」
「でも台無しにしちゃった」
「それよりお怪我はありませんか?」
「大丈夫!」
ようやく両手の砂を払い、すずは孫次郎を見た。母親によく似たしっかり者の彼女は、この城の姫だ。その割に気さくなのはその母や、我らが上司である竹谷の接し方によるものだろう。
「すず姫……ああ、孫次郎見つかりましたか」
すずの後を追ってきたのは孫兵だ。手にしているのは、同様に氷を盛った器である。すずの様子と惨状を見て、そんなことだろうと思いました、などとさらりと口にする。暗におっちょこちょいだと言われ、すずは膨れっ面をしながらも、孫兵が差し出してくれる新しい器を受け取った。
「何、拗ねなくても氷ならまた三治郎に頼めば持ってきてくれますよ」
「えっ」
「あら、三治郎お帰りなさい」
「た、ただいま戻りました。ちょっと、孫兵先輩どういうことですか」
「読まれたくないならきちんと処理するか暗号化すること、もしくは鳥の世話を任せないこと」
「うわーん!兵ちゃんに怒られるかなぁ」
どうやら氷の出所には三治郎が関わっているようだ。しゃがみこんで頭を抱える三治郎のそばで、孫次郎は差し出されるままに氷の欠片を口に含む。氷は幾ら水を飲んでも乾く喉を湿らせ、冷たさが喉を通り抜けていく。思わず頬を緩ませると、すずが孫次郎を覗き込んだ。
「涼しくなった?」
「はい」
「無理しちゃだめよ」
「はい。ありがとうございます」
「しんどかったら休むのよ。薪割りなんて、お父様がやればいいんだわ」
「お殿様に薪割りをさせて休むなんてできませんよ」
「いいのよ、暇すぎて金魚と会話してるぐらいなんだから。お里にも、暑くて参っちゃってる人がいるんですって。心配だわ」
「そうですねぇ……」
孫次郎は視線を遣ったが、孫兵は諦めた表情で首を振った。
竹谷はすずに顔を見せた後、砕いた残りを預けて再び氷を手に里へ下りていた。領内には山中の集落が多いがここは比較的低く、平らな場所にある。獣以外では忍者しか通らないような道なき道を抜けてきた竹谷は笠を被って身なりを整え、商人といった体で里に下りた。目的は村の代表者の家だ。家主はまだ畑へ出ているだろう。氷が溶けていないか確認してから、竹谷は家の裏手に回り込む。ほどよく木々に囲まれた中庭は1日のほとんどが日陰で、比較的涼しい。縁側には女性が座り、膝に載せて本を読んでいる。竹谷は笠を上げて近づいていった。
「お琴さん!」
「!」
はっとして顔を上げた彼女は慌てて崩していた足を直した。立ち上がろうとするのを制して、それより早く隣に座り込む。
「突然立つとまた立ちくらみで倒れるぜ」
「あ、あのときは!……すみません」
「はは!土産だ」
「これは?」
竹谷は縁側に荷物を置き、さっと包みを解く。目の前に現れた氷塊に、女は感嘆の声を上げた。
「どうだ、ちったぁ涼しくなれそうか」
「わざわざこれを?」
「納品のついでだから気にすんな」
竹谷が笑うと女はぽっと頬を染めた。
女はこの村の人間ではない。町では暑さに耐えきれず、夏の間だけ親戚のところに避暑に来ているらしい。この村にたどり着く前に暑さにやられていたところを、竹谷が見つけて介抱したのをきっかけに、あれから気になってちょこちょこと世話を焼いていた。商人と言うことにしているが、女は滅多に家から出ないので素性がばれることもないだろう。
氷を砕くのを女は珍しそうに見ていた。城の分は嫌そうな顔をした孫兵に任せてきたから、きっとすずにせがまれて嫌々ながら同じようにしてやっているはずだ。
「しかしもう暑さも少しましになってきたな」
「そうですか?毎日同じように暑いです」
「少しずつ季節は巡るんだ。直に町も涼しくなるよ」
「……もっとゆっくりでいいです」
「でも暑いのしんどいだろ?」
女は竹谷から顔を逸らす。その視線の先は庭の影を見つめていた。器に盛った氷がからんと鳴る。
「ゆっくりで、いいんです」
*
しゃん、と金属が擦れる音に、女は顔を上げた。いつもそこから現れるのは、夏の太陽のような明るい男だ。しかし今日、この裏庭に入り込んできたのは山伏だった。見たところまだ若そうだ。錫状を持つのとは違う手に、向日葵の花を持っている。
「こんにちは、お嬢さん」
「こんにちは……」
「ああ、これはこれは、あまり顔色のよくない様子」
「あの」
「もうそれもよくなりますよ。あなたの周りにあまりよくないものがいたので祓っておきました」
にこりと笑う山伏に戸惑っていると、彼は手にした向日葵を差し出した。促されるままにそれを受け取り、山伏を見上げるが変わらない笑顔だ。
「あの」
「人にちょっかいを出して一生つきまとう、厄介なやつだったのです。この程度で手を打ててよかった」
「……竹谷さんの、ことですか?」
にこり、と彼は一際明るく笑い、手を合わせた。何も言わない彼に不安をあおられ、再び口を開こうとしたところで、山伏はさっと女の体のそばに手を伸ばした。その手が蛇を掴んでおり、女は悲鳴を上げる。自分の腕ほどはありそうな大きな蛇は尾を振り回し、女の腕を叩く。山伏は蛇を自分の方に引き寄せたが、表情はまったく変えない。
「彼が今日を境に二度と現れなければ、彼がまやかしであった証拠です。もうそのうち暑さも緩みますから、そうしたらすぐに村を出なさい。あなたのような美しい人は、魅入られやすいから」
「山伏様」
「いいですか、早く村を出るんですよ」
含みを持たせて言葉を残した後、山伏は蛇を捕まえたまま庭を出ていく。女は手の中に残った向日葵を見た。向日葵のような、あの男を思い出していた。
*
「なあ、俺どんな悪者なんだよ」
「三治郎、ちょっとじゅんこの扱いが乱暴すぎる」
「すみませーん」
「きれいな人ですね」
「なあ、これ」
「竹谷先輩は黙ってて下さい」
「はい……」
後輩、もとい部下に一蹴されて竹谷は大人しく口を閉じた。三治郎は孫兵にじゅんこを返して、暑い!と文句を言いながら装束を解いていく。それを孫次郎が受け取った。
「大体竹谷先輩は無防備なんですよ」
「あと無責任」
「それで天然なんですよね」
「なんだよぉ……」
畳みかけられる言葉に竹谷は顔をしかめた。
「だって一度関わったら気になるだろ」
「それで、また最後まで世話焼くつもりですか?」
「悪いか」
「悪いですよ!竹谷先輩の『最後』とあの女の人の『最後』が全く違うんですから!」
三治郎の言葉に孫次郎がうんうんと頷く。竹谷は珍しく眉間にしわを寄せ、孫兵に無言で訴えた。
「気づいてない振りが通じるのは彼女だけですよ」
「え〜、だって涼しくなって帰ったら終わりだってぇ」
「残酷」
「人でなし!」
「何だよ、みんな揃ってさ」
竹谷はみんなを追い抜き、城へ向かってざくざくと山道を登る。ついてきていた狼たちがあちこちから集まってきて竹谷を取り囲んだ。いつもの笑顔でそれぞれを撫でてやる竹谷を見ながら、三治郎は孫兵の腕を引く。
「見抜かれてると思いますか?」
「あの人、そう言うところは鈍いからどうだろうね」
本当は、自分たちが彼を渡したくないのだ。自分たちの太陽。振り返った竹谷は眩しいほどの笑顔だった。
「はーいっ……って、やめて下さいよ」
兵太夫が振り返った先にいたのは、懐かしい先輩の姿だった。直接関わったことはあまりないが、親しくしている三治郎が慕う先輩、竹谷八左ヱ門だ。三治郎は卒業してからも彼と同じ城にいる。生物委員長をつとめた竹谷は、今はとある城の忍び組頭にまで出世した。卒業後も何度か学園に指導に来ていたが、最近、特にこの夏に入ってからは後輩に任せて姿を見せなくなっていた。彼の勤める城は平和主義だったが、戦でも起きそうなのか、と噂する者もいたほどだ。まさかそれに関係するのだろうか。相変わらずの向日葵のような笑顔からは何も読めない。
「何かご用ですか?」
「笹山先生にこっそりお願いが」
「先生はやめて下さいって。何ですか?」
「氷室、今年も順調か?」
「はい、今年も沢山氷が……何で知ってるんですか」
「三治郎が使ってるはやぶさは、元々おれのだからな」
「ちぇ、学園長には内緒にして下さいよ。きり丸との専属契約結んでるんです」
「そう言わず、ちょっと氷を分けてくれよ。きり丸にはおれから言っておくからさ」
「ならいいですけどぉ。まさか生物絡みで定期的になんて……」
「違う違う!人間だ!夏バテしたやつがいてさ、氷でも含めばちょっとは違うだろうと思って」
「お城の方ですか?まさか、お姫様?」
「姫ならバテしらずだ。里の方にな」
「里……」
兵太夫はそれ以上聞くのをやめた。きっといつもの悪い癖だ。この人のお人好しは、時には残酷なほどである。三治郎も苦労してるだろうなぁ、などと他人事のように思った後、兵太夫は机に積んでいる集めた宿題を思い出して苦笑した。
*
梅雨が明けてから暑い日が続いている。あまり暑さに得意ではない孫次郎には厳しい季節だ。この辺りは山なので、まだましだと考えて自分を誤魔化すしかない。仕事がひと段落したので日陰にうずくまっていると、いい風が吹いてきた。力仕事をしたあとの汗が冷やされて気持ちがいい。
「孫次郎みーっけ!」
「あ、三治郎お帰り」
顔を出したのは、荷は降ろしているが山伏姿の三治郎で、見ているだけでも暑そうな格好だ。実際三治郎は手甲などを外しながら歩いていたようで、脇にいろいろ抱えている。
「ただいま。何してたの?」
「薪割り」
「お疲れ様〜。孫次郎も焼けたねぇ。竹谷先輩知らない?」
「忍術学園に行っててさっき戻ってこられたけど、またすぐに出て行っちゃった」
「どこに?」
「里の方」
「またぁ?今日は何を貢ぐ気なのさ」
「氷を持って帰って来てらしたよ」
「氷……」
三治郎が視線を流す。何か思い当たることがあるらしい。特に追求はせず、孫次郎は笑って返す。
「まごじろー!」
「おや」
幼い声が自分を探している。孫次郎が木陰から出ていくと器を抱えた少女がすぐに気がついた。ぱっと明るい笑顔を見せて、まっすぐ駆け寄ってくる。日に当たった途端に汗が噴き出すのを感じながら、孫次郎は元気だなぁなどとのんきにそれを見ていたが、少女がつまづいて転けたので慌てて駆け寄った。
「すず姫、大丈夫ですか」
「大丈夫……だけど」
支えられて立ち上がった少女は、砂を払うこともせず、ひっくり返してしまった器を見た。こぼれて散らばっているのは砕いた氷だ。
「孫次郎にあげようと思ったのに」
「わざわざ持ってきて下さったのですか、ありがとうございます」
「でも台無しにしちゃった」
「それよりお怪我はありませんか?」
「大丈夫!」
ようやく両手の砂を払い、すずは孫次郎を見た。母親によく似たしっかり者の彼女は、この城の姫だ。その割に気さくなのはその母や、我らが上司である竹谷の接し方によるものだろう。
「すず姫……ああ、孫次郎見つかりましたか」
すずの後を追ってきたのは孫兵だ。手にしているのは、同様に氷を盛った器である。すずの様子と惨状を見て、そんなことだろうと思いました、などとさらりと口にする。暗におっちょこちょいだと言われ、すずは膨れっ面をしながらも、孫兵が差し出してくれる新しい器を受け取った。
「何、拗ねなくても氷ならまた三治郎に頼めば持ってきてくれますよ」
「えっ」
「あら、三治郎お帰りなさい」
「た、ただいま戻りました。ちょっと、孫兵先輩どういうことですか」
「読まれたくないならきちんと処理するか暗号化すること、もしくは鳥の世話を任せないこと」
「うわーん!兵ちゃんに怒られるかなぁ」
どうやら氷の出所には三治郎が関わっているようだ。しゃがみこんで頭を抱える三治郎のそばで、孫次郎は差し出されるままに氷の欠片を口に含む。氷は幾ら水を飲んでも乾く喉を湿らせ、冷たさが喉を通り抜けていく。思わず頬を緩ませると、すずが孫次郎を覗き込んだ。
「涼しくなった?」
「はい」
「無理しちゃだめよ」
「はい。ありがとうございます」
「しんどかったら休むのよ。薪割りなんて、お父様がやればいいんだわ」
「お殿様に薪割りをさせて休むなんてできませんよ」
「いいのよ、暇すぎて金魚と会話してるぐらいなんだから。お里にも、暑くて参っちゃってる人がいるんですって。心配だわ」
「そうですねぇ……」
孫次郎は視線を遣ったが、孫兵は諦めた表情で首を振った。
竹谷はすずに顔を見せた後、砕いた残りを預けて再び氷を手に里へ下りていた。領内には山中の集落が多いがここは比較的低く、平らな場所にある。獣以外では忍者しか通らないような道なき道を抜けてきた竹谷は笠を被って身なりを整え、商人といった体で里に下りた。目的は村の代表者の家だ。家主はまだ畑へ出ているだろう。氷が溶けていないか確認してから、竹谷は家の裏手に回り込む。ほどよく木々に囲まれた中庭は1日のほとんどが日陰で、比較的涼しい。縁側には女性が座り、膝に載せて本を読んでいる。竹谷は笠を上げて近づいていった。
「お琴さん!」
「!」
はっとして顔を上げた彼女は慌てて崩していた足を直した。立ち上がろうとするのを制して、それより早く隣に座り込む。
「突然立つとまた立ちくらみで倒れるぜ」
「あ、あのときは!……すみません」
「はは!土産だ」
「これは?」
竹谷は縁側に荷物を置き、さっと包みを解く。目の前に現れた氷塊に、女は感嘆の声を上げた。
「どうだ、ちったぁ涼しくなれそうか」
「わざわざこれを?」
「納品のついでだから気にすんな」
竹谷が笑うと女はぽっと頬を染めた。
女はこの村の人間ではない。町では暑さに耐えきれず、夏の間だけ親戚のところに避暑に来ているらしい。この村にたどり着く前に暑さにやられていたところを、竹谷が見つけて介抱したのをきっかけに、あれから気になってちょこちょこと世話を焼いていた。商人と言うことにしているが、女は滅多に家から出ないので素性がばれることもないだろう。
氷を砕くのを女は珍しそうに見ていた。城の分は嫌そうな顔をした孫兵に任せてきたから、きっとすずにせがまれて嫌々ながら同じようにしてやっているはずだ。
「しかしもう暑さも少しましになってきたな」
「そうですか?毎日同じように暑いです」
「少しずつ季節は巡るんだ。直に町も涼しくなるよ」
「……もっとゆっくりでいいです」
「でも暑いのしんどいだろ?」
女は竹谷から顔を逸らす。その視線の先は庭の影を見つめていた。器に盛った氷がからんと鳴る。
「ゆっくりで、いいんです」
*
しゃん、と金属が擦れる音に、女は顔を上げた。いつもそこから現れるのは、夏の太陽のような明るい男だ。しかし今日、この裏庭に入り込んできたのは山伏だった。見たところまだ若そうだ。錫状を持つのとは違う手に、向日葵の花を持っている。
「こんにちは、お嬢さん」
「こんにちは……」
「ああ、これはこれは、あまり顔色のよくない様子」
「あの」
「もうそれもよくなりますよ。あなたの周りにあまりよくないものがいたので祓っておきました」
にこりと笑う山伏に戸惑っていると、彼は手にした向日葵を差し出した。促されるままにそれを受け取り、山伏を見上げるが変わらない笑顔だ。
「あの」
「人にちょっかいを出して一生つきまとう、厄介なやつだったのです。この程度で手を打ててよかった」
「……竹谷さんの、ことですか?」
にこり、と彼は一際明るく笑い、手を合わせた。何も言わない彼に不安をあおられ、再び口を開こうとしたところで、山伏はさっと女の体のそばに手を伸ばした。その手が蛇を掴んでおり、女は悲鳴を上げる。自分の腕ほどはありそうな大きな蛇は尾を振り回し、女の腕を叩く。山伏は蛇を自分の方に引き寄せたが、表情はまったく変えない。
「彼が今日を境に二度と現れなければ、彼がまやかしであった証拠です。もうそのうち暑さも緩みますから、そうしたらすぐに村を出なさい。あなたのような美しい人は、魅入られやすいから」
「山伏様」
「いいですか、早く村を出るんですよ」
含みを持たせて言葉を残した後、山伏は蛇を捕まえたまま庭を出ていく。女は手の中に残った向日葵を見た。向日葵のような、あの男を思い出していた。
*
「なあ、俺どんな悪者なんだよ」
「三治郎、ちょっとじゅんこの扱いが乱暴すぎる」
「すみませーん」
「きれいな人ですね」
「なあ、これ」
「竹谷先輩は黙ってて下さい」
「はい……」
後輩、もとい部下に一蹴されて竹谷は大人しく口を閉じた。三治郎は孫兵にじゅんこを返して、暑い!と文句を言いながら装束を解いていく。それを孫次郎が受け取った。
「大体竹谷先輩は無防備なんですよ」
「あと無責任」
「それで天然なんですよね」
「なんだよぉ……」
畳みかけられる言葉に竹谷は顔をしかめた。
「だって一度関わったら気になるだろ」
「それで、また最後まで世話焼くつもりですか?」
「悪いか」
「悪いですよ!竹谷先輩の『最後』とあの女の人の『最後』が全く違うんですから!」
三治郎の言葉に孫次郎がうんうんと頷く。竹谷は珍しく眉間にしわを寄せ、孫兵に無言で訴えた。
「気づいてない振りが通じるのは彼女だけですよ」
「え〜、だって涼しくなって帰ったら終わりだってぇ」
「残酷」
「人でなし!」
「何だよ、みんな揃ってさ」
竹谷はみんなを追い抜き、城へ向かってざくざくと山道を登る。ついてきていた狼たちがあちこちから集まってきて竹谷を取り囲んだ。いつもの笑顔でそれぞれを撫でてやる竹谷を見ながら、三治郎は孫兵の腕を引く。
「見抜かれてると思いますか?」
「あの人、そう言うところは鈍いからどうだろうね」
本当は、自分たちが彼を渡したくないのだ。自分たちの太陽。振り返った竹谷は眩しいほどの笑顔だった。
PR
Post your Comment
カレンダー
カテゴリー
最新記事
ブログ内検索
アクセス解析
アクセス解析