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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'01.19.Sun
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2013'05.04.Sat
昼食を食べ終えた高坂は、いつものように缶コーヒーを片手に喫煙室に向かう。今日は人は少なく、その中に知った顔を見つけて近づいた。隈をたたえたうつろな目で煙草をくわえていた同期は、高坂に気づいて軽く手を上げる。隣に座ると煙草を離して灰を落とした。

「久しぶりだな」

「潮江も。まだ修羅場中か」

「いや、もう一踏ん張りだ」

「今年は倒れるなよ」

「うるせえ」

潮江をからかうと眉をひそめた。入社以来経理一筋の男の力でかなりの経費が削減されたときく。決算の時期は修羅場としか言いようがなく、去年の今頃は不摂生と疲労で寝込んでいる。今年は大丈夫だ、潮江は忌々しげに口を開いた。

「家政婦を雇った。俺は仕事だけしてりゃいい」

「へぇ、さすがの潮江も金より健康を取ったか」

「背に腹は代えられん」

潮江が相変わらずの仏頂面で、どうかしたのかと聞けば煙草の煙を溜息とともに吐き出した。言いにくそうに口元をもごもごさせるので促すと、しかめっ面で吐き捨てる。

「舌が肥えた。食堂の飯がまずい」

「素晴らしいな。大当たりじゃないか」

「当たりっつーか外れっつーか」

はぁ、と大きく息を吐き、潮江は頭を垂れる。そうかと思えば顔を上げ、高坂を見た。

「お前、煙草吸ったっけ?」

「いや」

「なんでわざわざ喫煙室に。打ち合わせか?」

「特等席なんだ」

「は?」

高坂は笑って喫煙所の外を指差した。食堂のテラス、いつもの決まったテーブルで、左近が弁当を広げている。見えるのは後ろ姿だが、もう食事は終えて読書をしているようだとわかった。

「……お前、まだストーカーしてんのか……」

「俺がいつストーカーなんか」

「どこをどう見てもストーカーじゃねえか」

潮江は呆れて顔をしかめ、左近と高坂を見比べながら灰を落とす。いつもぴんと伸びた背中が少し丸くなり、視線の動きに合わせてわずかに頭が揺れる。時折しおりを挟んで伸びをしたり持参の水筒に手を伸ばしたりする姿を見ているだけで頬が緩む。一緒に缶コーヒーをすすりながら、こうしているだけで高坂は幸せだった。潮江からぶしつけな視線を向けられていようが気にならない。

乱暴に喫煙室のドアが開けられた。しかしそれすら気にしない高坂に呆れながら潮江が視線を遣れば、またも同期の姿だ。潮江の姿を見るなりカツカツとパンプスのヒールも高らかに近づいてきて、隣に座って手を出した。

「1本ちょうだい!」

「……彼氏できてやめたんじゃなかったのか」

「今日は解禁!」

「荒れてんなぁ」

潮江がライターと一緒に煙草を渡せば、彼女は半ば奪うようにそれを引ったくった。慣れた手つきで火をつけて、潮江にライターを返しながら煙草をくわえる。髪をまとめていたコームを引き抜いて頭をかけば、豊かな黒髪が背中を流れた。

「あンのクソジジィ……」

「どうした」

「どうしたもこうしたも、また完全前に突然の思いつきだよ……」

「お疲れ」

深く吸った煙を吐き出し、四肢の力を抜く彼女は同期の久々知だ。いわゆるキャリアウーマンで仕事一筋であったが、最近にわかに周囲が華やかであるらしい。煙草じゃなくて彼氏に癒してもらうんだな、潮江が思わずこぼせば睨まれた。セクハラだとでも言うのだろうか。

「潮江くんこそ、繁忙期だってのにいい食生活だそうで」

「え」

「君んちの家政婦さん、高校時代の先輩なんだ」

「なっ」

「いいなぁ、久しぶりに立花さんのご飯食べた〜い。潮江くんち行こうかなぁ」

「来るな」

なんだか久々知に気力を吸い取られたような気分で潮江は溜息をついた。高坂は相変わらず、こちらを振り返りもしない左近の後ろ姿を見つめている。

「……あれ、高坂くん?」

「高坂と言われたら高坂だが、ありゃただのストーカーだ」

「まだ追っかけてんの?」

呆れた、久々知はまだ長い煙草を灰皿に落とし、高坂のそばに立つ。あれほど荒れていたのに、女の切り替えというものは潮江には理解できない。高坂もどれほど盲目なのか、まだ久々知に気づいていなかったようだ。潮江の同期ということは、当然ながら高坂と久々知も同期である。

「懲りずによく追いかけるね。高校のときからあの子変わらないよ」

「高校時代の左近さんもかわいかったんだろうなぁ」

「……ああ、かわいいのはかわいかったよ」

「まさか彼氏とか!」

「言い寄る男は大体高坂くんと同じようにあしらわれてたよ。君ぐらいだよ、こんなことしてるの」

「変わらない人って素敵だね」

「……触れるんじゃなかった」

高坂を置いて戻ってきた久々知に苦笑する。入社当時はこんな人物だとは思ってもいなかった。社内でかなりの美形に分類され、仕事面でも優秀、女子社員が憧れないはずがない。それがどうしたことか、気がつけば地味な女子社員に入れ込んでいる。

「高坂くん仕事はちゃんとしてるの?」

「らしいぜ。あの様子じゃまだ彼女の帰宅に合わせて定時上がりやってんだろうな」

「嫌味だな〜」

久々知は深く溜息をついた。きれいにネイルで飾った指先を見て、色変えたい、とつぶやく姿は普通の女子社員と同じだ。潮江はガラス越しの左近を見る。高坂はあんな地味な女のどこがいいのだろう。

そろそろ戻るか、と潮江が最後にするつもりで煙草に火をつける。高坂が立ち上がり、空き缶を捨てるために振り向いた。

「あれ、久々知さん久しぶり」

「……潮江くん、もう1本ちょうだい」

「全部やる」

「いい。あーもう疲れた〜」

「じゃあ、また潮江が落ち着いたら飲みにでも」

「おー。ストーカーもほどほどにな」

ひらひらと手を振って高坂は喫煙室を出る。その自然な仕草だけでも女を落とせそうな高坂があれほどアプローチしてもなびかないなら、本当に脈がないのだろう。顔がよかろうが人がよかろうが、恋愛は理屈じゃない。高坂に非がなくとも、万人が高坂を好きになることはないのだ。左近が数少ない一人であっただけのこと。

潮江が何気なく左近を見れば、高坂が近づいていくところだった。高坂は正面に回り込み、しゃがんで机越しに左近を見上げてにこにこしている。どうやら左近はうたた寝でもしているのか、まったく反応を見せない。鳥肌立った、潮江の隣で久々知が腕をさする。そのうち高坂は満足したのか、立ち上がって左近に声をかけた。それでも反応しない左近の肩を軽く叩く。身動きをした左近はのろのろと高坂を見上げた。話しかける高坂に返事をしているのかどうかはわからない。弁当の入ったバッグと文庫本を手に立ち上がった左近は姿勢良く歩きだし、高坂はやはり何か話しながらついていく。

「……どう見ても脈なしなんだから諦めろよ」

「いや」

髪を結い直し、久々知は大きく息を吐く。

「案外そうでもないかもしれない」

「どこが」

「少なくとも、睨まれたりはしていないようだから。あるいは、高校のときより左近が丸くなっただけかもね」

「女はわからん」

潮江は溜息と共に紫煙を吐いた。高坂の幸せそうな笑みを思い出す。

「……男もわからん」
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