言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2013'05.10.Fri
「藤代選手だ」
人波から聞こえた声に藤代は耳聡く反応する。ぱっと振り返って声の主を確認し、目が合った相手が動揺したのを見て笑って手を振った。やめなよ、隣の笠井は眉をひそめる。
「また人だかりになったらどうするの」
「大丈夫でしょ」
「どうでもいいけどひとりのときにして!」
「はいはい」
「今日は遅刻できないんだからね!先輩の結婚式に遅れるなんてとんでもない!」
「はいはい」
のんきに笑う藤代を引っ張って式場へ向かう。慣れない正装のはずなのに藤代はよく着こなしていた。生まれもって持っているものの差はずるい。もう何度も着たスーツ姿で歩く笠井はどう見えているのだろう。元恋人の結婚式に行くように見えるだろうか。
純白のウエディングドレスは笠井にだって着られないことはないだろう。限りなく犯罪的ではあるかもしれないが、着てはいけないということはない。しかしそれは一体誰が得をするのだろうか。笠井が尊厳を失うだけである。
花嫁を見ながら気もそぞろでそんなことを考えているのは、きっと笠井だけだ。
祝福される新郎新婦。勿論笠井も祝うつもりできたのだ、恨み言を言うつもりもない。ただ、笑顔の三上が眩しくて。
タキシードを着こなした三上の姿に涙がにじむ。嫌いで別れたわけではないのだ。若い熱が冷めてお互い大人になった。それだけのことだった。そう思っているのは、三上だけだということだった。
藤代に引っ張られて三上のそばに連れて行かれる。見上げた三上は嬉しそうで、笠井は思わず涙をこぼした。数々の思い出が走馬燈のように蘇る。不器用に気持ちを交わしたこと、つまらないことで喧嘩をしたこと、初めてキスをしたこと。こんなにも鮮やかに思い出すことができるのに、二人のこの先には何もない。
「笠井、おい」
かすれた声で名前を呼ばれ、ゆっくりと目を開けた。隣を見ると三上が大きなあくびをして、低くうなって枕に突っ伏す。今のは夢だとすぐに理解した。顔を伏せたままの三上が手探りで笠井の腹を撫でている。時計を見上げると針は5時を指していた。三上の起きる時間だ。あくびをかみ殺しながらこっちを見た三上はまだ視線がどこか虚ろだ。
「泣きながら寝てるからよ、起こしてやった方がいいかと思って」
そう言われて初めて自分が泣いていることに気がついた。目を拭って三上を見る。あやすようにぽんぽんと腹を叩く手は重そうだ。
「どんな夢見てたんだよ」
「あー……思い出せない」
「ふぅん」
三上が目を閉じた。うとうとしかけたのを見計らったかのように、目覚まし時計が鳴り出す。三上は手を伸ばしてそれを止め、渋々と行った様子で体を起こす。
「寝てろ」
笠井が体を起こそうとすると制されて、三上は足を引きずるように寝室を出ていった。階段を降りる足音が頼りなく、毎日のことながら落ちやしないか心配になる。今日は練習試合の日だったか。コーチも何かと忙しい。言われたとおりに寝ようとしたが目が冴えて、朝食ぐらい用意してやろうとベッドを出る。洗面所で顔を洗う音を聞きながら台所に入った。
ふたりで暮らし始めて何年経つだろうか。住宅街の端とはいえ、戸建ての家に男がふたり。そこにピアノを持ち込んで教室を開いたが、よくこんな怪しいところに通わせる親がいたものだ、と他人事のように考える。最も、好奇心もあるだろう。今も生徒は埋まっている。
フライパンを火にかけて卵とベーコンを取り出す。相変わらず料理は三上の方がうまいが、さすがにこの程度は慣れた。熱されたフライパンにベーコン、続いて卵を落とせば、じゅう、といい音がして食欲を誘う。裸足の足音をさせて三上が洗面所を出てきた。さっきよりは目に力が戻っている。
「焦がすなよ」
「うるさいなぁ、じゃあ食べなくていいですよ」
「いる」
コーヒーを入れる三上を振り返ると、後頭部に寝癖が残っている。引っ張って指摘してやるとしかめっ面で洗面所に戻っていった。
――こんな生活を何年も続けているのに、今更あんな夢を見るんだな。我ながら情けない。フライパンに水を差してふたを閉める。いつかあの夢のようになるのだとずっと覚悟していたのに、気がつけば三十路は目の前だ。人生の半分以上を共にして、常に平穏な日々というわけでもなかった。今度こそ、ということは何度となく訪れたのに、結局こうして一緒にいる。そのたび元の鞘に戻ったか、などと言われてきたが、果たして自分たちま元々つがいとなれるものなのだろうか。そんなつまらないことを考えているとフライパンの音は聞こえなくなり、はたと気づいて蓋を開けたときにはベーコンの端が焦げている。知らんぷりを決め込んで皿に移した頃三上が戻ってきた。何か言いたげであったが、笠井が三上を見ないので黙ってトースターにパンを投げ込む。
「あ、俺今夜いないから、晩飯お好きにどうぞ」
「あー、今日だっけ?先生のコンサート」
「うん。多分打ち上げもつきあうと思うから」
「俺も多分反省会という名の飲み会」
「毎度お勤めご苦労様です」
「飲み会で思い出した。中西からメール来てた」
「中西会久しぶりだ」
「根岸が東京出てくるんだと」
「えー、会いたいなぁ」
焼けたパンと皿を手に三上は台所を出る。主婦の憧れかどうかは知らないが、笠井は特に興味のないカウンターキッチンから三上を見ながら、笠井はパンにするかご飯にするか迷っている。
きっと、こんな家にいるから離れることのないまま今日まで来てしまったのだ。ここは三上の母方の実家だった家だ。結婚してから家を出て、その両親、三上の祖父母は優雅にハワイで暮らしているらしい。東京にいるなら使ってほしいと三上が頼まれ、なんやかんやで一緒に住むことになってしまった。男ふたりの生活にミスマッチな二階建ての住宅。馴染んでしまえば居心地もよく、三上と共にというよりはこの家と共にという選択かもしれない。
「……ご飯にしよう」
「あ?」
「何でもー」
セットしていた炊飯器を開ける。つやつやの白米を見ると俄然食欲が沸いてきて、時間はあるからと鮭を焼くことにする。その間に三上は朝食を終えてしまった。食器はそのままカウンターで受け取ると、三上はすぐに部屋に向かう。
「中西会いつー?」
「忘れたー」
あとで確認しておこう。飲み会をしようと言い出すのは大体中西だ。それぞれ家庭を持つ者も増えてきて、集まる人数は毎回違う。いつだったか藤代と渋沢が揃ったときに居酒屋を選んだのは大失敗で、この家に逃げてきてやり直したことがあった。今回はどうだろうか。相変わらず海外にいる親友も、帰国したときは律儀に連絡をくれる。今帰ってきていたはずだ。
そこまで考えて、今朝の夢を思い出した。思わずグリルを見たまましかめっ面になる。睨んだって焼けねえぞ、背後からの声にそのままの表情で振り返った。すっかり支度のできた三上が笑う。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
新婚でも夫婦でもないので玄関まで見送りはしない。ドアの音を聞きながら魚をひっくり返す。
この先も、一体いつまでこんな生活をするのかと思いながら暮らすのだろうか。男と女ならもう何年も前に結婚しているのかもしれない。
魚が焼けると味噌汁がほしくなったが、今日は土曜日、あまりのんびりしていると午前中の教室が始まってしまう。あまり練習をしてこない子だが、そのせいなのかいつも早めに来るのだ。少し焦ったが、三上に合わせて起きたのでまだ早朝なのだと思い出す。テレビをつけるとスポーツニュースの時間だった。サッカーの話題は大体誰かしら知っている名前が出てくる。
「いただきます」
久しぶりに走りに行こうか。どうやら天気もよさそうだ。
人波から聞こえた声に藤代は耳聡く反応する。ぱっと振り返って声の主を確認し、目が合った相手が動揺したのを見て笑って手を振った。やめなよ、隣の笠井は眉をひそめる。
「また人だかりになったらどうするの」
「大丈夫でしょ」
「どうでもいいけどひとりのときにして!」
「はいはい」
「今日は遅刻できないんだからね!先輩の結婚式に遅れるなんてとんでもない!」
「はいはい」
のんきに笑う藤代を引っ張って式場へ向かう。慣れない正装のはずなのに藤代はよく着こなしていた。生まれもって持っているものの差はずるい。もう何度も着たスーツ姿で歩く笠井はどう見えているのだろう。元恋人の結婚式に行くように見えるだろうか。
純白のウエディングドレスは笠井にだって着られないことはないだろう。限りなく犯罪的ではあるかもしれないが、着てはいけないということはない。しかしそれは一体誰が得をするのだろうか。笠井が尊厳を失うだけである。
花嫁を見ながら気もそぞろでそんなことを考えているのは、きっと笠井だけだ。
祝福される新郎新婦。勿論笠井も祝うつもりできたのだ、恨み言を言うつもりもない。ただ、笑顔の三上が眩しくて。
タキシードを着こなした三上の姿に涙がにじむ。嫌いで別れたわけではないのだ。若い熱が冷めてお互い大人になった。それだけのことだった。そう思っているのは、三上だけだということだった。
藤代に引っ張られて三上のそばに連れて行かれる。見上げた三上は嬉しそうで、笠井は思わず涙をこぼした。数々の思い出が走馬燈のように蘇る。不器用に気持ちを交わしたこと、つまらないことで喧嘩をしたこと、初めてキスをしたこと。こんなにも鮮やかに思い出すことができるのに、二人のこの先には何もない。
「笠井、おい」
かすれた声で名前を呼ばれ、ゆっくりと目を開けた。隣を見ると三上が大きなあくびをして、低くうなって枕に突っ伏す。今のは夢だとすぐに理解した。顔を伏せたままの三上が手探りで笠井の腹を撫でている。時計を見上げると針は5時を指していた。三上の起きる時間だ。あくびをかみ殺しながらこっちを見た三上はまだ視線がどこか虚ろだ。
「泣きながら寝てるからよ、起こしてやった方がいいかと思って」
そう言われて初めて自分が泣いていることに気がついた。目を拭って三上を見る。あやすようにぽんぽんと腹を叩く手は重そうだ。
「どんな夢見てたんだよ」
「あー……思い出せない」
「ふぅん」
三上が目を閉じた。うとうとしかけたのを見計らったかのように、目覚まし時計が鳴り出す。三上は手を伸ばしてそれを止め、渋々と行った様子で体を起こす。
「寝てろ」
笠井が体を起こそうとすると制されて、三上は足を引きずるように寝室を出ていった。階段を降りる足音が頼りなく、毎日のことながら落ちやしないか心配になる。今日は練習試合の日だったか。コーチも何かと忙しい。言われたとおりに寝ようとしたが目が冴えて、朝食ぐらい用意してやろうとベッドを出る。洗面所で顔を洗う音を聞きながら台所に入った。
ふたりで暮らし始めて何年経つだろうか。住宅街の端とはいえ、戸建ての家に男がふたり。そこにピアノを持ち込んで教室を開いたが、よくこんな怪しいところに通わせる親がいたものだ、と他人事のように考える。最も、好奇心もあるだろう。今も生徒は埋まっている。
フライパンを火にかけて卵とベーコンを取り出す。相変わらず料理は三上の方がうまいが、さすがにこの程度は慣れた。熱されたフライパンにベーコン、続いて卵を落とせば、じゅう、といい音がして食欲を誘う。裸足の足音をさせて三上が洗面所を出てきた。さっきよりは目に力が戻っている。
「焦がすなよ」
「うるさいなぁ、じゃあ食べなくていいですよ」
「いる」
コーヒーを入れる三上を振り返ると、後頭部に寝癖が残っている。引っ張って指摘してやるとしかめっ面で洗面所に戻っていった。
――こんな生活を何年も続けているのに、今更あんな夢を見るんだな。我ながら情けない。フライパンに水を差してふたを閉める。いつかあの夢のようになるのだとずっと覚悟していたのに、気がつけば三十路は目の前だ。人生の半分以上を共にして、常に平穏な日々というわけでもなかった。今度こそ、ということは何度となく訪れたのに、結局こうして一緒にいる。そのたび元の鞘に戻ったか、などと言われてきたが、果たして自分たちま元々つがいとなれるものなのだろうか。そんなつまらないことを考えているとフライパンの音は聞こえなくなり、はたと気づいて蓋を開けたときにはベーコンの端が焦げている。知らんぷりを決め込んで皿に移した頃三上が戻ってきた。何か言いたげであったが、笠井が三上を見ないので黙ってトースターにパンを投げ込む。
「あ、俺今夜いないから、晩飯お好きにどうぞ」
「あー、今日だっけ?先生のコンサート」
「うん。多分打ち上げもつきあうと思うから」
「俺も多分反省会という名の飲み会」
「毎度お勤めご苦労様です」
「飲み会で思い出した。中西からメール来てた」
「中西会久しぶりだ」
「根岸が東京出てくるんだと」
「えー、会いたいなぁ」
焼けたパンと皿を手に三上は台所を出る。主婦の憧れかどうかは知らないが、笠井は特に興味のないカウンターキッチンから三上を見ながら、笠井はパンにするかご飯にするか迷っている。
きっと、こんな家にいるから離れることのないまま今日まで来てしまったのだ。ここは三上の母方の実家だった家だ。結婚してから家を出て、その両親、三上の祖父母は優雅にハワイで暮らしているらしい。東京にいるなら使ってほしいと三上が頼まれ、なんやかんやで一緒に住むことになってしまった。男ふたりの生活にミスマッチな二階建ての住宅。馴染んでしまえば居心地もよく、三上と共にというよりはこの家と共にという選択かもしれない。
「……ご飯にしよう」
「あ?」
「何でもー」
セットしていた炊飯器を開ける。つやつやの白米を見ると俄然食欲が沸いてきて、時間はあるからと鮭を焼くことにする。その間に三上は朝食を終えてしまった。食器はそのままカウンターで受け取ると、三上はすぐに部屋に向かう。
「中西会いつー?」
「忘れたー」
あとで確認しておこう。飲み会をしようと言い出すのは大体中西だ。それぞれ家庭を持つ者も増えてきて、集まる人数は毎回違う。いつだったか藤代と渋沢が揃ったときに居酒屋を選んだのは大失敗で、この家に逃げてきてやり直したことがあった。今回はどうだろうか。相変わらず海外にいる親友も、帰国したときは律儀に連絡をくれる。今帰ってきていたはずだ。
そこまで考えて、今朝の夢を思い出した。思わずグリルを見たまましかめっ面になる。睨んだって焼けねえぞ、背後からの声にそのままの表情で振り返った。すっかり支度のできた三上が笑う。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
新婚でも夫婦でもないので玄関まで見送りはしない。ドアの音を聞きながら魚をひっくり返す。
この先も、一体いつまでこんな生活をするのかと思いながら暮らすのだろうか。男と女ならもう何年も前に結婚しているのかもしれない。
魚が焼けると味噌汁がほしくなったが、今日は土曜日、あまりのんびりしていると午前中の教室が始まってしまう。あまり練習をしてこない子だが、そのせいなのかいつも早めに来るのだ。少し焦ったが、三上に合わせて起きたのでまだ早朝なのだと思い出す。テレビをつけるとスポーツニュースの時間だった。サッカーの話題は大体誰かしら知っている名前が出てくる。
「いただきます」
久しぶりに走りに行こうか。どうやら天気もよさそうだ。
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