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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'03.13.Thu
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2013'05.02.Thu
「調子いいみたいね」

「……そうですね」

思わず仏頂面で答えると教師は笑った。無表情でピアノを引いていたことは意識していたので間違いない。そうとなると、先の言葉は笠井の表情ではなく、その指先から紡がれる音楽によって判断されたものだ。きっと今の環境の中で笠井の音から感情や気分を読みとるのはこの音楽教師だけだが、例え一人だろうが心を覗かれることはいい気持ちではない。笠井が手を止めると音楽教師はわざとらしく残念がってみせた。

「笠井くんはほんとにむらっけのある子ねぇ」

「……そんなのわかるの先生だけですよ」

「またまた、自分でもわかるくせに。エッロい音出しちゃって」

「先生それセクハラだよ」

「詳しく聞いてもいいってことかなぁ?」

「何も言いません」

笠井は手を止めたまま、ピアノのふたを閉めた。それは笠井にできる唯一の抵抗だ。音楽教師はただ笑って、楽譜の何ヶ所かにシャーペンでチェックを入れる。

「この辺り気をつけて」

「はぁ〜い」

「恋もがんばって」

「はいはい」

笠井の投げやりな返事を聞きながら音楽教師は音楽室を出ていった。笠井は学校のピアノを借りているだけで、あの音楽教師から直接教わっているわけではない。教わっている先生は別にいる。もしかしたらその先生も笠井の音を聞いてわかるのかもしれないが、音楽教師とは違って真面目でお堅い人だ、からかうようなことは言わないだろう。

気を取り直して再びピアノを弾き始める。鍵盤を叩く自分の指先を見た。昨日爪を切ったばかりの丸い指先。正確には切ってもらったばかり、だ。頬が緩んで音が変わる。鍵盤は正確に音を響かせるのに、どうしてこうも違って聞こえるのだろう。

「何にやにやしてんの」

「ヒッ」

ドアの音と同時の声に椅子の上で跳ね上がる。廊下から顔を覗かせてこちらを見ている三上こそにやにやしていて、笠井はピアノの陰に隠れるように背を丸めた。

「丸見えですけど」

肩を揺らして笑いながら三上が近づいてくる。さっきまで昨日のことを思い返していたタイミングで三上の顔を見ると表情を作れない。くるりと体を返して顔を背ける。何だよ、笑いながら三上は笠井を突き飛ばすように無理やり同じ椅子に腰掛けた。顔をのぞき込もうとしてくるが更に逃げる。気配だけで笑ったのがわかったが何も言葉は出てこなかった。

「毎日毎日よくやるな」

「……何しにきたんですか」

「俺のために何か弾いてもらおうかと思って」

「はぁ?」

「ピアノのために爪切ってやったじゃん」

「先輩が無理矢理やったんじゃん……」

「何でもいいから弾けよ」

ゆっくり振り返ってうつむいたまま上目で三上を見る。前髪の間から見える顔はにやにやしていて憎たらしい。あんたのために弾いたって、あんたはその思いがわからないじゃないか。三上に手を取られ、指先を鍵盤に載せられる。

「……せめて退いてくれます?」

「はいはい」

三上が腰を上げたので座りなおした。真横に立つ三上は体温が感じられそうなほど近い。

深呼吸をすると胸が震える。その震えが指先にまで伝わりそうで、一度強く握った。そして覚悟を決めて鍵盤に触れる。音がつながり音楽になる。隣で三上が笑った。

「何で校歌なんだよ」

「何でもいいって言ったじゃないですか」

できるだけお堅い生真面目な、そんな音になるように。やはり三上は気づかないが、自分ではどこか浮ついているように聞こえてくる。

三上の手が肩に触れた。弾いてて、囁かれたので手は止めない。それでも抵抗のつもりでうつむいたが、顔を寄せられて額がぶつかる。そのまま抵抗を続ければ、諦めたように額に唇が触れた。ああ、間違えた。乱れる音楽。手を止める。ゆっくり息を吐いて三上を見た。

「先輩、ピアノ弾けます?」

「いや。鍵盤ハーモニカぐらいしか触ったことねぇな」

三上の手が遠慮もなく鍵盤に触れた。ドレミファソラシド、と順に鳴らす指先。この人がピアノを弾いたらどんな音になるのだろうか。落ち着いた人だから、気分で音が変わることはないかもしれない。それでも聞きたいと思った。

「俺、先輩のピアノ聞きたいな」

「じゃあ教えろよ。笠井先生」

「俺が?」

「隙アリ」

油断した隙にキスが降る。体をかたくすると三上に肩を叩かれた。楽しんでいるのだろう。悔しい。

「邪魔するなら出てって下さいよ!」

「邪魔しなきゃいてもいーの?」

「……出てって下さい」

「はいはい。何時まで?」

「5時まで」

「昇降口にいるわ」

ぽんと笠井の背を叩いて三上は音楽室を出ていった。その後ろ姿がドアの向こうに消えて、肩の力を抜く。待っててくれなんて頼んでいない。

「……置いて帰れないかな」

ようやく練習を再開するが、浮ついた自分を隠すことができなかった。
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