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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'01.19.Sun
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2013'09.02.Mon
小学校最後の夏休みの宿題も終わってしまった。もうこれはいつものことで、兵助にとって夏休みは時間を持て余しながら過ごす日々でしかなかった。

厳密に言うならば、あとは毎日書く絵日記と自由研究だけが残っている。去年は自由研究に手作りで豆腐を作ったが、今年はそれだけに限らず、市販の豆腐との比較研究をするつもりであった。今はまだ防腐剤について調べている途中で、豆腐好きの兵助にとっては心苦しいが豆腐が駄目になっていく経過を観察中である。



毎日暑さを更新していく炎天下。静かに汗をかきながら、兵助は縁側で昼寝をしていた。日の当たらない場所にさえいれば風のよく通る縁側は絶好の昼寝の場所で、実際隣には猫がだらしなく四肢を伸ばしている。明るいところで見れば茶色がかって見える真っ黒な猫は、この春学校帰りに兵助が見つけた猫だった。見つけたというよりは黒猫が兵助を見つけたというべきか、野良猫にしては人懐っこく兵助の足元に絡みついてきて、どうしたものかと思いながらそのまま帰宅したところ、家人がねずみに困っているから丁度いい、などと言うのでそのまま飼うこととになった。名前は勘右衛門という。時代劇の好きな祖父がつけたものだ。

「兵助ー!山行こうぜ!」

縁側までやってきて大きな声で兵助を呼んだのは、虫取り網を担いだ幼馴染の八左ヱ門だ。幼馴染というが、この地区に子どもは兵助と八左ヱ門しかいない。学校にはもう少し集まるが、あとはお盆の時期ににわかに増える程度だ。兵助の家でももうすぐいとこが子どもを連れて帰省してくることになっている。

「兵助ー、寝てんの?」

「いや、起きてる。八左ヱ門、宿題は?」

「今日の分は終わらせた!」

「ほんとか?つき合うと俺までおばちゃんに怒られるからな」

「いいんだよ、明日やる」

「ほんとかよ」

夏の太陽のように笑う幼馴染を笑い飛ばす。家の奥の親に八左ヱ門と山に言ってくると叫び、兵助も今朝ラジオ体操から帰ってから縁側に置いたままだったサンダルを引っ掛けて、太陽の下に飛び出した。家の裏に回り、そこから山へ登っていく。山と言ってもさほど気が密集しているわけでもない明るい山で、何より兵助の祖父の持つ山だ。昔からの遊び場なので、今更富める者は誰もいない。

「もうすぐ赤ちゃん来るからさー、蝉捕まえてみせてやろうと思って」

「赤ちゃん蝉好きかなぁ……」

八左ヱ門の家にも親戚が帰省してくる。兵助のいとこはもう名前を言えるぐらいには大きいが、八左ヱ門のいとこは少し前に生まれたばかりだ。まだ赤ちゃんを見たことがないという八左ヱ門は夏休みに入る前から興奮していた。

去年の夏にはまだ赤ちゃんだったいとこのことを思い出す。ふるふると桃のように柔らかいほっぺたはいい匂いがした。猫の肉球のように柔らかい手が蝉に触ることを考えて、兵助は少し顔をしかめる。

「やっぱり蝉は赤ちゃんは好きじゃないと思う」

「じゃあ何が好きかな。ざりがに?」

「もっと駄目だ!」

「めだかは?」

「うーん、めだかぐらいならハサミもないし、いいんじゃないか」

「じゃあめだかにする」

虫取り網はこの瞬間、魚を取る網になる。引き返してバケツだけ取ってきて、蝉の大合唱の中をどんどん登っていくと小さな池がある。もっと小さいときにはこの池に落ちたこともあるが、小六にもなってそんなみっともないことはしない。何よりも、もうこの池の底に足が着くぐらいに背が伸びていることを知っている。

水面に浮いた水草を少しどけてから、水が穏やかになるのを待った。水草の上にいた蛙が飛び込んできて、驚いた八左ヱ門が尻餅をつく。更にこけたときに手をついたところに渇いた菱の身が落ちていて、しばらく痛みに悶える八左ヱ門を見て笑った。

「そういや、兵助自由研究やった?」

水面を覗き込むと、ぷくぷくと小さな波紋が生まれている。よく見るとそれはめだかが水面に上がってきている証拠だ。影で逃がさないように八左ヱ門が網を構える。

「まだ途中。八左ヱ門は?」

「俺、朝顔の観察」

「去年もそれやってたな」

「去年はへちま」

「兵助だってどうせ豆腐だろ?」

「お前の三日坊主の観察日記と一緒にすんなよ」

「よっ!」

八左ヱ門が網を振った。水面の水を弾いて、集まっためだかを一網打尽にしてしまう。生き物を捕まえることに関しては兵助は八左ヱ門にかなわない。実際一振りでめだかを五匹とおたまじゃくしも一緒に捕まえて、小さなバケツは既に満員御礼の様相だった。

「あ、俺自由研究おたまじゃくしの観察にしようかな」

「そっちの方がまだいいんじゃないか?変化もあるし」

「何食うんだっけ」

「去年はご飯やってたはず」

「あー、そうだ。ご飯とかパンとかやってた」

そのあとも二匹ほどおたまじゃくしを捕まえて、準備をしよう、と山を下りた。途中甲高い鳥のような声がして振り返ると、八左ヱ門が鹿だ、と言う。

「うちさー、こないだじいちゃんが軽トラで鹿とぶつかりそうになってさ」

「鹿とぶつかると大変らしいね」

「な、車の方が壊れるってよ」

兵助の家の前まで戻ると、庭先で誰かがうずくまっている。その前では猫の勘右衛門が腹を撫でられて喉を鳴らしていた。猫だから許されるが、これが犬なら番犬にもならない。足音で気づいて顔を上げたのは、近所の中学生のお姉さんだ。

「あ、伊賀崎さんちの」

「兵助くんお帰り。おばあちゃんいてはる?」

「畑出てる」

「そっか……うちのばあちゃんが、きゅうり持って行けって。縁側に置いてるから」

「ありがとう」

隣で八左ヱ門が緊張しているのがわかる。隣の家の伊賀崎さんちの孫兵は、元々かわいい子ではあったが中学に入ってからはぐっと背も伸び、すごくお姉さんになった。ふたつ上なだけなのにひどく大人に見えるが、兵助は八左ヱ門ほど緊張はしない。昔から風呂にも一緒に入ったことがあるようなつき合いだ。

「ねえ、勘ちゃん人懐っこすぎるよ」

「女の人は特に好きだから」

「毛だらけになっちゃった」

孫兵も動物は好きだから、すり寄ってこられて思わず抱きあげたのだろう。部活で学校に行っていたのか、セーラー服には勘右衛門の黒い毛が少し目立つ。

「八左ヱ門、何とったの?」

「めっ、めだか!あとおたまじゃくし!」

バケツを突き出すと勢いで少し水がはねた。しかし孫兵は嫌な顔もせずそれを覗き込み、へえ、と感心してみせる。

「全部八左ヱ門がとったんだ」

「兵助下手だもんね」

「ざりがに釣りは俺の方が得意だよ」

比べられるとつい張り合う。笑う孫兵に撫でられて、妙に子ども扱いをされた気がして首を振った。

「それにしても、夏休みは始まったばかりなのに、君たちは勘ちゃんに負けないぐらい真っ黒だね」

孫兵に笑われて、八左ヱ門と顔を見合わせる。大体は学校のプールの授業のせいだ、と言いたいが、毎日走り回っているのでそれだけではないだろう。孫兵は毎日自転車通学だというのに驚くほど白く見えて、中学生が大人に見えるのはそのせいだと思った。それでもよく見ると、素足のふくらはぎ辺りには靴下の日焼跡が残っている。白く見えるのは自分たちが黒いだけかもしれない。



孫兵が帰ってしまうと勘右衛門はさっさと縁側に戻ってしまう。人懐っこいので男の人も嫌いではないが、わかりやすぐらい女の人の方が好きだ。

昼も過ぎてしばらくすれば日差しの暑さもピークになり、さすがに外で遊ぶのもうっとうしくなる。八左ヱ門はおたまじゃくしとめだかを置いてくるために一度家に帰った。縁側に置かれたビニール袋にはたっぷりきゅうりが入っていて、台所まで持って行ったが誰もいない。どうやら母親もどこかで昼寝中だろうか、と思えば、仏壇の前で盆の準備に奮闘中だった。お供えの中にメロンを見つけて、いつ食べられるのかと期待する。

電話が鳴ったので忙しい母親に代わって出ると、泣き声交じりの八左ヱ門だ。どうやら宿題が終わっていないのがばれたらしい。さっさと終わらせておけばいいのに、と毎年思うが、毎年八左ヱ門は同じことを繰り返している。

八左ヱ門が来られなくなり、兵助は再び時間を持て余した。ひとりでゲームをしてもいいがあまり気が乗らない。また勘右衛門と昼寝でもしていようか、と思っていると、庭の方で車の音がする。父親はまだ帰ってこないし、畑に行った軽トラックは庭の方には回ってこない。

「おじちゃんだ!」

ばっと縁側から顔を出す。その後ろから母親も覗き込んだ。庭に止まった青い車は、いとこのうちの物で間違いない。車から降りてきた女性が、続いて小さな女の子を下ろす。去年までずっと抱っこされていた赤ちゃんが、写真で見ていた通り、自分の足で歩いていることに言葉にできない感動を覚えた。

「いらっしゃい、早かったのね」

「お姉さんこんにちは。もう聞いて下さいよ、うちの人すっごい急かすんですよ。出てきたのだってすごく早かったんだから」

「遅くなるほど道が混むだろうが」

しかめっ面の男も降りてくる。おじちゃんと呼ぶと怒るのだが、関係性としてはそれで間違いはない。母の弟だ。その奥さんと娘。今日から数日、大家族になる。

「兵助くん久しぶり〜。はい、ご挨拶」

「タカちゃん大きくなったわねー」

「よく食べるんですよー」

母の手によって靴を脱がされた女の子が、兵助を見て微笑んだ。勘右衛門に負けない人懐っこさだ。

「……ねえおばちゃん、タカちゃん蝉好き?」

「蝉?うーん、近くで見たことないんじゃないかな」

「とってきたら喜ぶかな」

「やめてよ!あんたこの前に家の中で逃がして大変なことになったじゃない!」

「俺じゃないよ、八左ヱ門だよ」

「男の子だなぁ」

「立ち話してないで入れよ」

「えらっそうに」

この家では女が強いということは兵助は既に理解している。不満そうにしながらも叔父が車から荷物を全部おろしてから、仏壇の前に手を合わせにいった。兵助は小さな手を取って合わせてやりながら、静かな鐘の音が響くのを聞く。

「兵助、このきゅうりどうしたの?」

「さっき孫兵姉ちゃんが持ってきた」

「すっごいいっぱい。どうしようかなー、伊賀崎さんち茄子は作ってたもんなー」

「にゃんにゃん!」

どこからか勘右衛門がやってきて、叔父のそばを通り過ぎて叔母にしなやかな体を摺り寄せた。おしめで膨らんだ不格好なお尻で歩く小さな女の子はすぐに黒猫を見つけ、母親に抱きついていって猫を撫でる。

「君が噂の勘ちゃんか〜!ほんとに人懐っこいねえ」

くたくたと柔らかい体で懐いていく姿に罪はないが、叔父が触っても叔母にばかりすりついている姿を見ると複雑だ。

お茶を入れて持ってきた母親が、一緒にビニール袋を提げて持ってくる。それを兵助に渡した。

「伊賀崎さんちに持って行って来てくれる?」

「これ何?」

「トマト」

ビニール袋にはいくつかみずみずしいトマトが入っている。きゅうりのお礼だ。よく冷えた麦茶を一気に飲み干して、袋を持って立ち上がる。

「勘ちゃん、孫兵姉ちゃんち行く?」

にゃあん、と甘えるような声で鳴いて、勘右衛門も立ち上がる。その様子に母親が笑い、訳がわからずにいる叔母たちに説明していた。

庭に出ると勘右衛門は大人しくついてくる。兵助を追い抜いたり追い越したり、寝転がったりしながらもそう離れずについてくるので賢いのだとは思う。

隣と言ってもうちの畑を伊賀崎さんの畑を挟んだ先、その家に向かう。開け放してある玄関から声をかけると、楽な格好に着替えた孫兵が顔を出した。

「これ、母さんが持って行けって。きゅうりありがとう」

「あ、トマト嬉しいな。うちのカラスにやられちゃって。勘ちゃんも来たの」

ぐるぐる喉を鳴らして孫兵に甘える勘右衛門に、連れてこなければよかったかなと少し後悔する。どうしてだかこの猫は、家人よりも孫兵の方が好きらしい。猫の頭をぐりぐりと撫でて、少し待ってて、と言い残して孫兵は中に入って行った。トマトの代わりにチューペットを持って帰ってくる。歩きながらパキン!と折って、その片方を兵助にくれた。

「はい」

「ありがと」

「暑いね。勘ちゃんも毛皮が暑そうだなー」

「こいつ寝るとき張りついてくるからもっと暑いよ」

「夏でも?」

「夏でも」

「変な子」

勘右衛門は孫兵にあごを撫でられて気持ちよさそうに目を細める。そのうちくたりと力を抜いて、土間に寝てしまったのを面白がって孫兵が腹を撫でた。

「なんでこんなに女の人が好きなんだろう。猫でもわかるのかな」

「わかるのかもね」

「来年の自由研究、猫にしようかな」

「兵助くん、来年は自由研究ないじゃない」

「……そうか」

孫兵に言われて思い出す。小学校の夏休みは今年が最後だ。来年からは中学生で、孫兵みたいに夏休みでも学校に行くことになるのだろう。

「中学は自由研究ないの?」

「ないよ。代わりにお勉強がたくさん」

「ふーん……」

アイスをかじって外を見る。高い夏の空は毎年同じなのに、来年の自分は全く違う気持ちで見上げるのかもしれない。

「猫はいいなぁ」

思わず零した言葉に孫兵が笑ったのが、妙に恥ずかしかった。
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