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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'01.19.Sun
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2012'05.03.Thu
「はい」

「……」

「何か?」

「いえ。ありがとうございま〜す」

雑渡昆奈門、の文字から目を離し、小松田は入門表を胸に抱いた。ずっと変わらない自分の仕事を終えて、保健室へ向かう雑渡の背中を見送る。

――あの人がすんなりサインをする日が来るなんて、思っても見なかったなぁ。

前世の自分が唯一サインをもらうことができなかったのが、タソガレドキ忍者隊組頭、その名も雑渡昆奈門であった。前世では包帯まみれであったあの人も、生まれ変わった今では大けがも知らず五体満足で過ごせているようだ。相も変わらず「すごい人」であることに違いはないようだが、小松田から見れば女子高生に入れ込んでいるただの変態中年である。時代が変われば生き方も変わるのだな、と思いながらも、自分は前世の記憶を抱え、昔と同じ道しか歩けない。

前世の自分は学校の事務員をしていた。生まれ変わった今でも、学校の用務員をしている。事務員ではないのは、昔と比べると生徒数や書類の種類が多すぎて、処理しきれなかったからである。へっぽこと呼ばれていた己の性格は、生まれ変わった今でも変わらない。今していることは掃除や花壇の手入れ、そして来校者のサインをもらうこと。

「小松田くん」

「はいはい、いらっしゃーい」

もう来るだろうと思っていた。高坂を振り返り、小松田は入門表を差し出す。そこにある名前を見て、やっぱりここか、と高坂は顔をしかめた。

前世の彼もまた、雑渡の部下であった。全く気配を感じさせなかった雑渡と違い、彼が学園に入ったときは必ず見つけだしてサインをもらっていた。しかしほとんどの場合、彼は中へは入ってこなかった。壁の上から中の様子をさぐっているだけの場合が多かったように思う。ひとりで来ていることもあったが、何をしていたのかは知らない。小松田の仕事はサインをもらうだけである。

サインをした高坂は雑渡を追っていった。果たして今は、何をしに来ているのだろう。

「さーて、プランター洗わなきゃ」

花壇に植えていた花の植え換えだ。授業で花壇を使うらしい。まだきれいに咲いている花を抜いてしまうのは忍びなく、プランターに植え換えることにしたのだ。

作業をしているとまたひとり、客が帰っていくようだ。

「あ、いたいた。小松田くん!」

「はぁい」

呼ばれて振り返る。立っていたのはスーツ姿の若い男だ。いわゆる「イケメン」と呼ばれるような顔立ちで、爽やかな笑顔は学園の女子生徒の憧れの的である。山田利吉。この学園の教師の息子だ。父親に話がある、と学園にやってきたのは、1時間ほど前だろうか。

「お話は済みましたか?」

「ええ、もう帰ります。出門表にサインをしに」

「それはわざわざどうも。えーっと……」

小松田は立ち上がったが、土で汚れた両手を見た。利吉が笑う。今は大学に通っていると聞いた。そこでもさぞかしもてるのだろう。

「そこの鞄にありますから、出して書いてもらっていいですか」

「わかりました」

利吉が鞄を開ける間に、小松田は慌てて手を洗う。ベルトに引っかけたタオルで手を拭い、サインを終えた利吉から出門表を受け取った。ボールペンの細い線が作る名前をじっと眺める。

「そういえば、この間の文化祭で侵入者が出たんですってね。入れちゃだめじゃないですか」

「ちゃんとサインして入った方ですよ」

「小松田くんは真面目なのかなんなのか」

「怪しいなら怪しいって言ってくれなきゃわかりません」

「ははっ」

利吉と会話をするたびに、小松田は言い表せない虚しさを覚える。姿形は昔と変わらないのに、この人には昔の記憶がない。昔はこの人よく小松田の失敗を怒ったり呆れたりしていたが、生まれ変わってからはそんな顔を見たことがなかった。人当たりのいいさわやかな笑みを絶やさず、常に優しく接してくれる。他の誰かにはこう接していたのだろうか。あんな意地悪な姿は、演技だったのかもしれない。あちらこちらへと飛び回る、とても優秀な忍者であった。

「そうだ、忘れるところだった。学園長先生が小松田くんを探してましたよ」

「また雑用ですかねぇ」

「何をおっしゃいます。小松田くんは優秀な忍者ではないですか」

「はぁ、まぁ、不思議と現代ではそうなるんですよねー」

あなたの方が優秀だったんですよ、とぼやくように言うと利吉は首を傾げた。きっと彼は前世で才能を使いきってしまったのだ。プランターの花を覗き込む彼は年相応の学生で、危険な仕事はひとつもしない。家庭教師のアルバイトをしながら、時々父親の顔を見に来るだけだ。――もう何年、それを見ているのだろう。

利吉のポケットで携帯がが鳴り、それを取り出してディスプレイを見た彼が顔をほころばせた。幸せそうな笑みを向けた相手は、将来を約束した彼女だろう。

「――利吉さん、もう1カ所、サインいただけますか?」

「かまいませんけど、何のサインですか?」

「出門表のサインです」



*



筆で書かれた「山田利吉」のサインは昔と全く同じであった。これでようやく、小松田の前世は終わった。

――必ずサインをしにくるからと、約束して飛び出していった姿は追わなかった。彼が約束をしたのは最初で最後で、小松田はずっと待っていた。小松田はほうきが握れなくなるまで、ずっと忍術学園で待っていた。いよいよ立ち上がることもままならず実家に帰るときにも、山田利吉が来たら必ず出門表にサインをもらうようにと残った者に言い聞かせた。死ぬまで、山田利吉のサインをもらわなかったことを悔いていた。――否、死んでもなお、悔いている。

利吉に筆を渡したときの困惑した顔を思い出す。それでも文句も言わずにサインをした利吉は、小松田がサインをしてほしい利吉ではなかった。しかしその人にはもらうことができないのだから仕方がない。

小松田は、自分がほんとうにほしかったものがサインではないことを知っている。

「小松田さん、裏山の件なんですが……」

用務員室に入ってきた土井が、小松田の手元を見て言葉を切った。ボールペンと筆の字が並んでいる。

「……小松田さん、あなた記憶が」

「今日でもう、忘れます」

「……利吉くんはきっと、君が許してくれると思ったんだろうね」

「あの人はいつも、面倒くさそうにサインをしていましたから、きっと逃げきったつもりなんです。そうはいきませんよ、ぼくは地獄の果てまで追いかけますから。――これでやり残したことはおしまいです。ぼくもきちんと、今を生きます。裏山の演習の件ですよね、関係各所への報告は済んでいます」

「ありがとう。……前世でこれほど仕事ができれば、利吉くんといい友達になれただろうに」

「友達なんて。――サインをもらうだけで、よかったんですよ」


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