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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'01.19.Sun
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2012'06.05.Tue
「ふあぁ」

保健室に入るなり、綾部喜八郎はとてもうら若き乙女とは思えないほどの大あくびをした。それはここへきた目的を露わにする行為で、川西左近はしかめっ面を向ける。

「寝に来たなら帰って下さいよ」

「ちょっとだけだからベッド貸して〜」

「だめです!」

「誰かいるの?」

「いてもいなくても、だめなものはだめです」

「左近のけちぃ」

綾部は唇を尖らせて左近の正面に座った。左近は宿題をしているらしい。保健委員って暇なんだな、などと思いながら左近を見れば、変わらず渋い顔で綾部を見ている。

「真面目だねぇ」

「時間を無駄遣いする余裕はありませんから」

「若いときは遊ばないと〜」

「年齢の話じゃありません!」

「ふうん。真面目に忍者してる左近くんは立派ですねえ」

「邪魔しに来たなら帰ってくれますか」

「邪魔しないから寝かせて」

「……どうしても寝たいんだったら、どうぞ?」

「ん?」

左近は不意に笑みを見せ、綾部は眉を寄せる。立ち上がってカーテンの向こうを覗いてみると、そこにはベッドの土台とマットレスがあるだけだ。むき出しのマットレスは冷たく綾部を拒絶していて、綾部は眉を下げて左近の前へ戻ってくる。

「ベッドどうしちゃったの」

「クリーニング中です」

「お布団……」

しょんぼりと肩を落とす綾部を、迂闊にもかわいいなどと思う。左近は気を引き締めて綾部をにらんだ。

「いいですか、保健室のベッドは病人のためのベッドです!自分の不摂生で睡眠時間が確保できなかった人のためにあるんじゃないんです!」

「自分のせいじゃないもん」

不満げに唇を突き出す綾部は甘えた声を出した。この人は黙っていればかわいいんだよな。ゆるやかに波打つ髪は印象を柔らかく見せ、アウトドア派の割には肌はきれいだ。「穴掘り小僧」などという異名がなければ誰もが見とれても不思議はないのに、この人がスコップを担ぎ、泥まみれのジャージ姿でうろついている姿を見たことがない生徒はいないだろう。簡単な言葉で言ってしまえば、非常に「残念」な美人である。

左近が綾部を無視したまま宿題を続けていると、綾部はそのまま腕を枕に突っ伏した。どこでもいいのなら他の場所で寝てほしい。声をかけようとしたとき、保健室にまた訪問者がある。行儀悪く足でドアを開けて入ってきたのは、両腕いっぱいで大きな袋を抱えた食満留三郎だった。左近は慌てて戸を開けに行く。

「シーツのクリーニングできてたぞ」

「ありがとうございます!呼んで下さったら取りに行ったのに」

「何、軽い軽い」

「お布団ですか?」

「喜八郎、残念だがシーツだけだ」

「なんだ」

すねたように唇を尖らせた綾部を笑い、食満はシーツをベッドに運ぶ。

「伊作は?」

「デートです」

「……あいつはあんだけべったりで、過去を思い出したりしないのかね」

食満はわずかに眉を寄せた。綾部もうへぇ、と舌を出す。左近はもう慣れたもので、食満に椅子を進めてお茶を入れに行く。綾部が黙って手を挙げたのも、左近がちゃんと横目で確認していたのを見て食満は肩を揺らす。

「穴掘り小僧はこんなところで何してるんだ」

「今日は穴掘り小僧は休業です。もー揉めた後は寝かせてくれなくて」

「はいはい」

お熱いことで、と冷やかしながら食満は前に座る。左近がどこかきょとんとしながら麦茶を持ってくる。

「何の話ですか?」

「立花先輩の話ぃ」

「……あっ」

左近の持つ盆が大きく傾き、食満は慌てて手を添えた。赤くなった左近を綾部は無表情で見ている。

「お前なぁ、後輩からかうな!」

「そんなつもりは全くありませんけど。左近ちゃんだってエロい彼氏いるじゃない」

「かっ……違いますっ!」

「左近、盆離せ!」

「あっ」

手に力を入れたせいで更に傾いた盆に焦って手を離す。食満が盆を机に置いて息をついた。

「誰のこと言ってんですか!彼氏なんてっ、ぼくはっ!」

「落ち着け左近!」

「どっちでもいいけどさぁ」

かっと顔を赤くした左近はグラスを掴んでお茶を飲み干す。口の端からこぼれたお茶を拭って、ぐっとグラスを握る。

「……頭冷やしてきます」

左近は静かに保健室を出ていった。しかしグラスを握ったままだ。動揺は相当なものらしい。

「綾部、お前なぁ」

「だってたまに裏山でにらみ合ってますよ」

「知らないふりをしてやれ」

「左近はどうしてあの人のこと覚えてないんでしょうね」

「別に覚えてないのは高坂のことばかりじゃないだろ」

「だってぼくも食満先輩も、覚えてるじゃないですか。一番好きだった人のこと」

「……」

「次屋が言ってましたよ。高坂さんは左近が好きだったって。左近も高坂が好きだったって」

「でも、それだけだったろ」

「さあ。私は何も覚えてませんから」

「お前だって、終わるつもりだったろうが」

「……」

「一生で一度だけでいいと、思っただろうが」

「さあ、覚えてません」



*



「それ、どうしたの?」

「……何でもないです」

左近は握りしめたグラスを恨めしげににらんだが、それが消えるはずもない。何も考えず裏山まで来てしまったが、よりにもよって今この人に会わなくてもいいだろうに。左近は少し顔を上げ、高坂を見る。スーツ姿の見た目は清潔感のある男性だ。しかしどこかバカにするような視線に、思わずこちらの目も鋭くなる。

「お仕事熱心ですね」

「情報がすべてだからね」

「何か収穫はありましたか」

高坂はただ笑って返した。

この人のことを思い出せない。好きだと思うのは、今の自分だけなのだろうか。自分は本当に、昔の自分と違うのだろうか。

恋の色が、見えてこない。
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