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言い訳置き場

言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。

2025'01.19.Sun
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2012'05.11.Fri
「竹谷いるかっ!?」

「買い出し行ってまーす。どうぞ〜」

店員は七松の顔も見ず、慣れた態度でカウンターの端を案内した。七松は狭いカウンターを一瞥し、ネクタイを外しながらそこに収まる。狭く小さい立ち飲みの居酒屋だが、いつ来ても客がいないということはない。カウンターに寄りかかっていると先ほどの店員がお絞りを差し出してくる。

「すいませ〜ん、もう戻ってくると思うんで。今日のおすすめは冷や奴です」

「じゃあそれといつもの」

「はぁい。冷や奴入りまーす」

「よろこんでーッ!」

奥からの返事に常連客は肩を揺らして笑う。姿はないが、返事をしたのはこの店の「豆腐担当」だ。注文を取った不破も楽しげに笑いながら、七松にいつもの酒を出す。

「ハチ、すぐ戻ると思いますから」

「ん」

「上はどうですか?」

「いつも通りだ」

「なら長居できませんねぇ。早く帰ってくるといいんですけど」

不破は店の外に顔を向けた。営業中は開け放してあり、サラリーマンが行き交っているのが見える。

七松はこの上の階で仲間と共にバーを経営している。自分の店の静けさや雰囲気は嫌いではないが向いておらず、休憩中にはついこの狭い居酒屋へ来てしまう。――その目的は、酒ばかりではないのだが。

手酌でちびちび飲んでいると賑やかな声がと共にのれんが上がった。

「竹谷せんぱぁい!」

「はいはい、ほら着くまでって言ったろ」

「一緒に飲みましょーよぉ」

「あのな〜、俺は仕事中なの〜」

七松の待ち人が帰ってきたようだ。しかし彼を取り囲むように4人の酔っ払いがつきまとっている。竹谷はまんざらでもなさそうで、へらへら笑いながら腕にまとわりつく人間を引きはがしている。竹谷は店を見回し、七松と目があって会釈をした。軽く手を挙げて返すが、竹谷は忙しそうだ。カウンターに席の空きがないのを見て、机を出しにいく。引き連れていた4人をそこに案内し、竹谷は買ってきたものを手にカウンターに入った。

「へいお待ち」

七松の前にきたのは「豆腐担当」の久々知だった。この店のおすすめメニューは常に豆腐料理であり、それは必ず彼が作っているらしい。反対側で飲んでいたふたり連れの女性がそわそわしているのも頷ける、いわゆる「イケメン」と呼べる顔立ちだ。ただし女性の視線もそっちのけで、七松に差し出した冷や奴によだれを垂らさんばかりに緩んだ表情をしている。

「今日は材料も環境もすべてかんっぺきに整ってかつてないほど美しくかつ舌触りも風味も最高級の豆腐ができました!酔っぱらい客に出すのももったいない、しかし酔った舌でもおっと思えるほど素晴らしい弾力のこの豆腐は醤油だけでシンプルに、味わってほしいけれどいっそがばっと行ってほしいほどの素晴らしい豆腐です」

「うんそれはいいんだけどさ、あれ誰?」

「……」

「あそこの4人」

「はぁ……ハチの後輩ですよ。最近みんな二十歳になったんで、そのうちそろって来るとは言ってましたね」

「ふーん……」

「で、今日の豆腐なんですけど」

「なんか刺身くれ」

「……はい」

久々知は顔をしかめて下がっていった。カウンターから出ていった竹谷がそれぞれにグラスを渡し、自分も一緒に乾杯をしている。

「何あれ楽しそう」

「会うの久しぶりですからねえ」

不破が持ってきた皿を前に置いた。きれいに切られた刺身が並んでいるが、どうにも食欲が湧かなかった。ちまちま酒を飲みつつ様子を見ていると竹谷はカウンターと机を行き来して、忙しそうにはしているが楽しそうだ。普段店ではあまりみない無邪気な表情が、あまり面白くない。久々知の自慢の豆腐もかきこむように食べてしまい、残りの酒も胃袋に流し込む。味はほとんどわからない。

「おあいそっ」

「あいっありがとうございますっ!」

不破が小さなメモを差し出した。書かれた金額を机において、七松はカウンターを離れる。竹谷は後輩たちと盛り上がっていて、七松には気づいていない。それに恨めしげな視線を向けて、七松はのれんをくぐった。



もう日中は半袖でも過ごせそうなほどだが、夜はまだ少し冷える。七松は袖のボタンを留めながら階段を上がった。細くスタイリッシュな手すりは使ったことがない。ほとんどを自分たちの手で作ったという1階の立ち飲み屋と違い、この店はデザインから金がかかっている。仕事というよりもはや道楽とばかりに、店長の立花がそうした。経理を担当している潮江は店がお披露目されたときに言いきれなかった文句を未だにこぼす。

静かに店内に滑り込む。薄暗い店内にはふたり客がいて、ネクタイを締め直しながら会釈だけしてカウンターに入り、バックルームでベストを着る。客前でみっともない格好をするな、と中にいた潮江に小言を言われたが、気にせず軽く髪を撫でつけてカウンターに出た。

「こんばんは」

「こんばんは。七松くん今日入ってたんだ」

「ええ。ちょっとお久しぶりですか?」

「ずっとすれ違ってたみたい。久しぶりに七松くんが作る甘いカクテルもらおうかなぁ」

「苦手なこと知ってていうんだから、意地悪ですよね」

先にカウンターにいた伊作からこっそりとさっきまで飲んでいた酒を聞き、できるだけ違うものを手に取る。甘い酒は自分の舌に合わないので苦手だ。竹谷の選ぶ、きりっとした清酒が飲みたい。

常連客の好みを思いだそうとしたが結局わからず、気分で作ることにする。伊作が溜息をついたが聞こえないふりだ。伊作が静かに話をしながら間をもたせている間に、カクテルを作り上げる。

「どうぞ」

「ありがと。――あら」

ひと口飲んで、客は驚いたように七松を見た。

「何か?」

「柑橘系なんて珍しい。七松くんの甘いお酒って言ったらベリー一択なのに」

「……そうですか?」

「七松くんはいつもそうよ。でもおいしい」

「ありがとうございます」

笑ってみせると笑い返され、それ以上の追求はない。大人の世界というやつだ。

今日の仕事はラストまで。すなわち、午前3時の閉店までだ。実際のところ女性客が中心のこのバーは終電と共に客足はほぼ途絶え、最終電車を逃した酔っ払いや訳アリの客などがたまに現れる程度だ。下の立ち飲みがもう少し長く営業していれば客足もまた違うのだろうが、そこは12時で閉店する。

七松は最後の客を見送り、まだ明かりの漏れている立ち飲み屋を見下ろす。看板はしまわれていたが、先ほど聞いた後輩の声がまだ竹谷を捕まえているようだ。

「小平太、ぼくも上がるからあとはよろしく」

「おう。駅の階段で転けんなよ」

「はは……」

取り澄ました笑顔の伊作が、臀部にあざを隠していたことに誰も気がつかなかっただろう。不思議なことに仕事中にへまをすることはないが、彼の日常は不運と切っても切れないただならぬ仲だ。

「……片づけるか」

階下の楽しげな声から逃げるように店に戻った。食器の片づけをだらだらとやりながら、開封したつまみを食べつつ少しだけ飲んだ。

もう1時間もしたら帰ろうと思った頃、ドアが開く音がする。慌てて姿見を覗いて服を直した。静かな客だ。酔いつぶれた人間ではなさそうである。

何でもないふりでバックルームを出て、七松は己の目を疑った。ドアの前に立っているのは、仕事を終えたらしい竹谷だった。いつも頭に巻いているバンダナもなく、よれたTシャツもいつものよりはましである。竹谷も目を丸くして七松を見て、ふっと笑った。

「びっくりした。七松さんですよね」

「え、うん」

「やっぱかっこいーなー、バーテン。まだやってます?」

「……どうぞ」

「ははっ」

竹谷は楽しげに七松の正面の席に腰掛けた。高いスツールに座る姿は見えないが、想像して妙な気分になる。

「七松さんがネクタイきっちり締めてるの初めて見たかも」

「仕事中はきっちりするさ」

「へえ」

「どうしたんだ。こっちに来ることなんかなかったじゃないか」

「ん?いやー、さっき七松さんの顔ちらっと見たのに話はしなかったら、なんかすっきりしなくて。ちょっとつきあって下さいよ」

「……」

いつもと変わらない表情で笑う竹谷に、なんと言っていいかわからない。捕まえようとしたら逃げるくせに、まるで離さないとばかりに機嫌を取りに来る。――これほど店内の暗さに感謝したことはない。きっと自分の顔は赤いだろう。

「あれ?ダメっすか?」

「……いいよ。何飲む?」

「お任せで」

「……じゃあとびっきり、甘いやつ」
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