言い訳置き場
言い訳を書いていきます。誤字の報告などあればありがたいです。 ※唐突にみゅネタややぎゅにおの外の人のかけ算が混ざるのでご注意下さい。 日常はリンクのブログから。
2012'02.21.Tue
兵太夫の手からだらんと下がった青いヨーヨーは、歩くたびに水音を弾かせた。ぱつんと張ったゴム風船の中はどんな世界なのだろう。
そのかすかな水音を聞きながらも、兵太夫はずっと手をつないで歩く隣の団蔵の声を聞いている。夏休みに入ってからの委員会活動の話、父親の運送会社の話、友人と遊びに行った話。団蔵は楽しそうにしているのが何よりも彼らしく、なんだかんだと文句をつけることは簡単だが兵太夫はそれを望んでいない。
でも一言ぐらいはあってもいいんじゃない。
からん、と下駄が大きく音を立てる。じっと団蔵を見ていると彼はようやく自分が話しているばかりだと気がついたのか、焦ったように兵太夫を覗きこんだ。怒っているのではないかと思ったのだろう。しかし兵太夫にその様子がなく、かといって楽しんでいるわけでもないのに首を傾げた。思わず溜息をつくと、わけもわからず謝ってくる。
「何か気づかないの」
「な、何か、って?」
「ぼくを見て」
「え、っとぉ……」
まっすぐ見上げると団蔵は目をそらしてしまう。どうせ気づかないだろうことは予想していたが、たまには兵太夫の予想を裏切ってくれてもいいのではないかと思う。
「浴衣着てきた。見覚えない?」
「……あ」
それは兵太夫が数年前にも着たものだ。まだ団蔵とつき合い始める前のことで、正直いい思い出はない。
「……ぼくはあの時から、ずっと好きだったよ」
「えーと、か、かわいい、よ?」
「浴衣が?」
「兵太夫が!」
「!」
ストレートな物言いに、ほぼ反射的に顔が熱くなった。本当に、この男はムードも何もあったものではない。それでも無意識に兵太夫の欲しい言葉をくれるから、いつも勝てなくなってしまうのだ。
「……かわいいよ」
「いっ、1回聞けばわかるよッ」
「う、うん、ごめん」
「謝らなくてもいいけどさ……」
なんだこれ、恥ずかしい。つないだ手を振り払ってしまいたいような衝動を持て余す。
「やー、でも女子ってすげえよな!おれ浴衣着たことないけどなんか大変だろ、それ」
「まあ、慣れたら浴衣は簡単だよ。着物はさすがに着れないけど」
「それ自分で着たんだ」
「うん」
「へー、じゃあ脱げちゃっても平気だな」
「……」
「……あっ!」
黙りこんでしまった兵太夫に団蔵がはっとする。勿論兵太夫は団蔵の言葉に何の意図もないことはわかっている。団蔵はそういう男だ。それでも、それを流してやれない自分が悔しい。もっと大人になれたら、団蔵に振り回されることもなくなるのだろうか。ああ、うう、と言葉にならない声をこぼす団蔵をそっと見上げる。兵太夫の視線に気づいた彼の頬もわずかに赤い。
祭りの喧騒はもうずっと後ろになってしまった。青いヨーヨー、ソースの匂い、団蔵と一緒に見た花火。
「……兵太夫、うち寄ってく?」
だから、どうして。逃げ場のない問い方をする団蔵を、好きになったのは自分なのだ。
*
「団蔵!兵ちゃんきてんのかー!」
「うぁいッ!」
部屋に飛び込んできた声に団蔵は飛び上がった。慌ててぐしゃぐちゃになったTシャツを被り、部屋に入ってこられる前に上半身だけど廊下に出す。廊下の向こうで父親が同じように階段から顔だけ覗かせていた。
「明日補習あるんだろー、あんまり遅くないうちに送ってやれよ」
「わかってるよ!」
ぼろが出ないうちに部屋へ引っ込む。体を起こした兵太夫は耳まで真っ赤にしたまま、背を伸ばし、緩んだ帯をほどいて腰ひもを直しているところだった。それを惜しいと思わない男がどこにいるだろうか。あーあ、と嘆いて床に転がる団蔵を、兵太夫が睨みつける。
「誰もいないって言った……!」
「帰ってこないって言ってたんだよー」
「うう……ねえ姿見ないの」
「あー、クローゼットに一応」
兵太夫がクローゼットに近づいて取っ手を引く。その瞬間に団蔵は気づいたはもう遅く、ぐしゃぐしゃに丸められた衣類が積まれたそこに兵太夫は顔をしかめた。服でよかった、と安堵する団蔵には気づかず、兵太夫は戸の裏の鏡を見ながら浴衣を直していく。団蔵は帯を引っ張った。
「返して」
「……なんかさぁ、着るとこもエロいね」
「ばかっ」
結局帰る、と言い出した兵太夫を説得することはできず、未練はあるが送ることになった。とうちゃん帰ってこないって言ってたのになぁ、と幾ら嘆いても仕方ない。
顔の熱が引かない兵太夫は手早く挨拶を済ませ、団蔵が手を引いて家を出る。真夏とは言え夜はさすがに暑さも緩み、すずしい風が吹いていた。帰るまでには顔のほてりも引くだろう。
――何もできなかった。
「おれはこの夏最大のチャンスを逃した気がする……」
「ばか……」
兵太夫の下駄の音が響く。断じて体目的ではないということを伝えようとしたが、何を言っても逆効果になる気がした。常々考えてからしゃべるようにと周りから言われるが、なのをどう考えたらいいのかすらわからない。ぐるぐる考えているうちに着いてしまった。もうあとは坂道を登り切れば兵太夫の家だ。坂の下で足を止める。
「……ぼくは、団蔵と花火が見れたからいい」
兵太夫を見ると顔を背けられてしまう。しかしつないだ手にわずかに力がこもり、ぞくりと鳥肌が立った。
「兵太夫」
「ん、」
顔を寄せると逃げられたが、それを引き寄せて正面から向き合った。うつむいてしまった兵太夫を覗きこみ、半ば強引に唇を合わせる。途端に嫌な気配を感じ、はっとして顔を上げるが周囲に人の気配はない。
「……ごめん……お父さんどこかで見てるかも……」
「はは……」
兵太夫の言葉に血の気が引いた。笑みの形で硬直した団蔵を見て、兵太夫は苦笑する。
「送ってくれてありがとう。お祭り、楽しかった」
「……今度いつ遊べる?」
「田舎帰るから、戻ってきたら連絡するよ」
するりと手から逃げる体温が名残惜しい。団蔵の顔を見ないまま、兵太夫は坂を上って行った。その背中を見送って、団蔵は大きく溜息をつく。
細い手首。乱れた髪が張りつく汗ばんだ肩。かすれた声が自分の名を呼び、抵抗にならない力は拒絶をしなかった。
「……ああ」
自分を好きだと言うあの子を大事にしたいのに、乱暴にしないように必死だったなど、誰に言えよう。ふらふらと家へ向かいながら、何度も嘆きの声をあげた。
「ただいま〜」
「ちゃんと送ってきたかぁ〜?」
「父ちゃんはおれをなんだと思ってるわけ?」
「青少年」
「……わかってて邪魔しただろ!」
「よそのお嬢さんを傷ものにするわけにはいかないからな」
「ほっとけよ!」
からかうような父親から逃げるように部屋へかけこんだ。ベッドの下に青いヨーヨーが落ちていることに気づき、それを拾い上げる。今にも弾けてしまいそうなほど空気の入ったそのヨーヨーを転がして、兵太夫のことを考える。青がいい、と、団蔵のシャツを引っ張った。
「…………どうしよう」
もう会いたい。ヨーヨーを渡しに行こうかと考えて、父親の気配に頭を悩ませた。
そのかすかな水音を聞きながらも、兵太夫はずっと手をつないで歩く隣の団蔵の声を聞いている。夏休みに入ってからの委員会活動の話、父親の運送会社の話、友人と遊びに行った話。団蔵は楽しそうにしているのが何よりも彼らしく、なんだかんだと文句をつけることは簡単だが兵太夫はそれを望んでいない。
でも一言ぐらいはあってもいいんじゃない。
からん、と下駄が大きく音を立てる。じっと団蔵を見ていると彼はようやく自分が話しているばかりだと気がついたのか、焦ったように兵太夫を覗きこんだ。怒っているのではないかと思ったのだろう。しかし兵太夫にその様子がなく、かといって楽しんでいるわけでもないのに首を傾げた。思わず溜息をつくと、わけもわからず謝ってくる。
「何か気づかないの」
「な、何か、って?」
「ぼくを見て」
「え、っとぉ……」
まっすぐ見上げると団蔵は目をそらしてしまう。どうせ気づかないだろうことは予想していたが、たまには兵太夫の予想を裏切ってくれてもいいのではないかと思う。
「浴衣着てきた。見覚えない?」
「……あ」
それは兵太夫が数年前にも着たものだ。まだ団蔵とつき合い始める前のことで、正直いい思い出はない。
「……ぼくはあの時から、ずっと好きだったよ」
「えーと、か、かわいい、よ?」
「浴衣が?」
「兵太夫が!」
「!」
ストレートな物言いに、ほぼ反射的に顔が熱くなった。本当に、この男はムードも何もあったものではない。それでも無意識に兵太夫の欲しい言葉をくれるから、いつも勝てなくなってしまうのだ。
「……かわいいよ」
「いっ、1回聞けばわかるよッ」
「う、うん、ごめん」
「謝らなくてもいいけどさ……」
なんだこれ、恥ずかしい。つないだ手を振り払ってしまいたいような衝動を持て余す。
「やー、でも女子ってすげえよな!おれ浴衣着たことないけどなんか大変だろ、それ」
「まあ、慣れたら浴衣は簡単だよ。着物はさすがに着れないけど」
「それ自分で着たんだ」
「うん」
「へー、じゃあ脱げちゃっても平気だな」
「……」
「……あっ!」
黙りこんでしまった兵太夫に団蔵がはっとする。勿論兵太夫は団蔵の言葉に何の意図もないことはわかっている。団蔵はそういう男だ。それでも、それを流してやれない自分が悔しい。もっと大人になれたら、団蔵に振り回されることもなくなるのだろうか。ああ、うう、と言葉にならない声をこぼす団蔵をそっと見上げる。兵太夫の視線に気づいた彼の頬もわずかに赤い。
祭りの喧騒はもうずっと後ろになってしまった。青いヨーヨー、ソースの匂い、団蔵と一緒に見た花火。
「……兵太夫、うち寄ってく?」
だから、どうして。逃げ場のない問い方をする団蔵を、好きになったのは自分なのだ。
*
「団蔵!兵ちゃんきてんのかー!」
「うぁいッ!」
部屋に飛び込んできた声に団蔵は飛び上がった。慌ててぐしゃぐちゃになったTシャツを被り、部屋に入ってこられる前に上半身だけど廊下に出す。廊下の向こうで父親が同じように階段から顔だけ覗かせていた。
「明日補習あるんだろー、あんまり遅くないうちに送ってやれよ」
「わかってるよ!」
ぼろが出ないうちに部屋へ引っ込む。体を起こした兵太夫は耳まで真っ赤にしたまま、背を伸ばし、緩んだ帯をほどいて腰ひもを直しているところだった。それを惜しいと思わない男がどこにいるだろうか。あーあ、と嘆いて床に転がる団蔵を、兵太夫が睨みつける。
「誰もいないって言った……!」
「帰ってこないって言ってたんだよー」
「うう……ねえ姿見ないの」
「あー、クローゼットに一応」
兵太夫がクローゼットに近づいて取っ手を引く。その瞬間に団蔵は気づいたはもう遅く、ぐしゃぐしゃに丸められた衣類が積まれたそこに兵太夫は顔をしかめた。服でよかった、と安堵する団蔵には気づかず、兵太夫は戸の裏の鏡を見ながら浴衣を直していく。団蔵は帯を引っ張った。
「返して」
「……なんかさぁ、着るとこもエロいね」
「ばかっ」
結局帰る、と言い出した兵太夫を説得することはできず、未練はあるが送ることになった。とうちゃん帰ってこないって言ってたのになぁ、と幾ら嘆いても仕方ない。
顔の熱が引かない兵太夫は手早く挨拶を済ませ、団蔵が手を引いて家を出る。真夏とは言え夜はさすがに暑さも緩み、すずしい風が吹いていた。帰るまでには顔のほてりも引くだろう。
――何もできなかった。
「おれはこの夏最大のチャンスを逃した気がする……」
「ばか……」
兵太夫の下駄の音が響く。断じて体目的ではないということを伝えようとしたが、何を言っても逆効果になる気がした。常々考えてからしゃべるようにと周りから言われるが、なのをどう考えたらいいのかすらわからない。ぐるぐる考えているうちに着いてしまった。もうあとは坂道を登り切れば兵太夫の家だ。坂の下で足を止める。
「……ぼくは、団蔵と花火が見れたからいい」
兵太夫を見ると顔を背けられてしまう。しかしつないだ手にわずかに力がこもり、ぞくりと鳥肌が立った。
「兵太夫」
「ん、」
顔を寄せると逃げられたが、それを引き寄せて正面から向き合った。うつむいてしまった兵太夫を覗きこみ、半ば強引に唇を合わせる。途端に嫌な気配を感じ、はっとして顔を上げるが周囲に人の気配はない。
「……ごめん……お父さんどこかで見てるかも……」
「はは……」
兵太夫の言葉に血の気が引いた。笑みの形で硬直した団蔵を見て、兵太夫は苦笑する。
「送ってくれてありがとう。お祭り、楽しかった」
「……今度いつ遊べる?」
「田舎帰るから、戻ってきたら連絡するよ」
するりと手から逃げる体温が名残惜しい。団蔵の顔を見ないまま、兵太夫は坂を上って行った。その背中を見送って、団蔵は大きく溜息をつく。
細い手首。乱れた髪が張りつく汗ばんだ肩。かすれた声が自分の名を呼び、抵抗にならない力は拒絶をしなかった。
「……ああ」
自分を好きだと言うあの子を大事にしたいのに、乱暴にしないように必死だったなど、誰に言えよう。ふらふらと家へ向かいながら、何度も嘆きの声をあげた。
「ただいま〜」
「ちゃんと送ってきたかぁ〜?」
「父ちゃんはおれをなんだと思ってるわけ?」
「青少年」
「……わかってて邪魔しただろ!」
「よそのお嬢さんを傷ものにするわけにはいかないからな」
「ほっとけよ!」
からかうような父親から逃げるように部屋へかけこんだ。ベッドの下に青いヨーヨーが落ちていることに気づき、それを拾い上げる。今にも弾けてしまいそうなほど空気の入ったそのヨーヨーを転がして、兵太夫のことを考える。青がいい、と、団蔵のシャツを引っ張った。
「…………どうしよう」
もう会いたい。ヨーヨーを渡しに行こうかと考えて、父親の気配に頭を悩ませた。
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2012'02.21.Tue
「嫌?」
いらえの代わりにぷるぷると首を振ると、次屋はわずかに微笑んだ、ように見えた。首元に顔をうずめるように、寝巻き姿の時友を緩く抱きしめる。たったそれだけでどきりと心の臓が飛び跳ねた。同年代の友人にはうぶだ、などと揶揄されるが、こんなにも愛しい人の体温を感じて、どきりとしないのはどんな優秀な忍者なのだろう。
しろべえ、甘えるような声色に肩を揺らし、ゆっくり息を吐く。きっちりと忍び装束を着こんだ次屋は、その下に今日は何を仕込んでいるのだろうか。暗器の得意な体育委員長殿は。
冷たい唇が頬を滑る。思わず身をよじると逆に引き寄せられ、そのまま唇を吸われた。冷え切った体に反して熱い息が唇を舐め、ぬるりと舌が差し込まれる。暴かれる。次屋に縋りつくように応えながら、じわりと汗が浮くのを感じた。唇も。歯も。舌も。もう知っている。それでも、何度しても慣れるものではなく、何度となく、次屋は時友の気持ちを確かめた。
好きだと言えばいいのだろうか。
本当にそうであるのかがわからない。唇は熱くとも、次屋の体はかたく、重く、冷たい。時友を抱きしめるだけの手は、今日は何を引き寄せるのだろう。
何度も繰り返される口吸いにどんな意味があるのか、今日もついぞ聞くことができないまま、時友は次屋を見送った。背の高い男は頭巾で顔を覆うともう気配を変え、時友を振り返ることはない。月のない夜を行こうとする背中を、今日はどうしてだかそうしたくなり、縁側を降りて袖を引いた。僅かに肩を揺らして次屋は足を止める。
「あの」
「……ん?」
「ぼくは、次屋先輩が強い方だと知っています」
「おお、ありがとな」
「ですから、どうしたらいいのかわからないのです」
「……じゃあ、待ってろ」
袖を掴む時友の手を取り、次屋はそれを握った。決して強くない力でも、心をつなぎとめられる。視線を落としてそれを見ると、次屋の指がつう、と甲をなぞった。
「帰ってきたら、今度はちゃんと抱きしめる」
時友が顔を上げると同時に、次屋は走り去っていた。見慣れた背中を見送りながら、体温も残っていない手を握る。
「そういうことじゃなくて……」
手のひらを見た。これは忍者の手だろうか。
「……ん?」
自分は何が欲しいのだろうか。それがわからなくなって首を傾げる。足元から体が冷えて、時友はゆっくり長屋へ向かった。
抱きしめてもらえばわかるだろうか。
いらえの代わりにぷるぷると首を振ると、次屋はわずかに微笑んだ、ように見えた。首元に顔をうずめるように、寝巻き姿の時友を緩く抱きしめる。たったそれだけでどきりと心の臓が飛び跳ねた。同年代の友人にはうぶだ、などと揶揄されるが、こんなにも愛しい人の体温を感じて、どきりとしないのはどんな優秀な忍者なのだろう。
しろべえ、甘えるような声色に肩を揺らし、ゆっくり息を吐く。きっちりと忍び装束を着こんだ次屋は、その下に今日は何を仕込んでいるのだろうか。暗器の得意な体育委員長殿は。
冷たい唇が頬を滑る。思わず身をよじると逆に引き寄せられ、そのまま唇を吸われた。冷え切った体に反して熱い息が唇を舐め、ぬるりと舌が差し込まれる。暴かれる。次屋に縋りつくように応えながら、じわりと汗が浮くのを感じた。唇も。歯も。舌も。もう知っている。それでも、何度しても慣れるものではなく、何度となく、次屋は時友の気持ちを確かめた。
好きだと言えばいいのだろうか。
本当にそうであるのかがわからない。唇は熱くとも、次屋の体はかたく、重く、冷たい。時友を抱きしめるだけの手は、今日は何を引き寄せるのだろう。
何度も繰り返される口吸いにどんな意味があるのか、今日もついぞ聞くことができないまま、時友は次屋を見送った。背の高い男は頭巾で顔を覆うともう気配を変え、時友を振り返ることはない。月のない夜を行こうとする背中を、今日はどうしてだかそうしたくなり、縁側を降りて袖を引いた。僅かに肩を揺らして次屋は足を止める。
「あの」
「……ん?」
「ぼくは、次屋先輩が強い方だと知っています」
「おお、ありがとな」
「ですから、どうしたらいいのかわからないのです」
「……じゃあ、待ってろ」
袖を掴む時友の手を取り、次屋はそれを握った。決して強くない力でも、心をつなぎとめられる。視線を落としてそれを見ると、次屋の指がつう、と甲をなぞった。
「帰ってきたら、今度はちゃんと抱きしめる」
時友が顔を上げると同時に、次屋は走り去っていた。見慣れた背中を見送りながら、体温も残っていない手を握る。
「そういうことじゃなくて……」
手のひらを見た。これは忍者の手だろうか。
「……ん?」
自分は何が欲しいのだろうか。それがわからなくなって首を傾げる。足元から体が冷えて、時友はゆっくり長屋へ向かった。
抱きしめてもらえばわかるだろうか。
2012'02.21.Tue
「金吾はどうして喜三太が好きなの」
「えっ」
平太の静かな声に、金吾は驚いて振り返った。どこからやってきたのかさっぱりわからなかった。さすがは六年ろ組、と感心したが、慌てて首を振る。今はそれどころではない。平太はいつもと変わらない物静かな様子だが、じっと金吾を見る目には力強さがあった。
すう、と息を吐き、金吾も背を伸ばして平太を向く。猫背の男は金吾よりもわずかに背が高い。見た目はひょろんとしているが、実際のところはしっかりと筋肉のついたたくましい体であることは知っていた。用具委員長を務めている男が貧弱であるはずがない。
「――ぼくは喜三太の全部が好きだ」
それは金吾が胸を張って言えることだ。全部が好きであるからこそ、喧嘩もするし嫌だと思ったことは嫌とはっきり口にしている。そのたびに喜三太は拗ねて、金吾はぼくのことなんて好きじゃないんだ、などというが、甘やかすだけの関係なら喜三太じゃなくていい。金吾が求めているのは優しいだけの関係ではなく、彼を認めた上でそばにいると言える関係だ。何があってもそばにいると。
「平太は?」
平太は視線から逃げなかった。
この男が喜三太に思いを寄せていることは知っている。それを正面から問いただしたことはこれが初めてだ。勿論場をわきまえるが、基本的に平太は自分の気持ちを隠さない。どんな時でもストレートに喜三太を見つめ、正直に話をする。
――その姿勢が、金吾は嫌いではない。平太が見ているのが喜三太でなければ応援もしただろう。
金吾をじっと見たあと、ふいと視線を流した。その先に、喜三太がいる。委員会の後輩と一緒に、ナメクジさんたちの散歩中だ。あの一年生は喜三太のナメクジに興味を持ち、彼が入って来た時の喜三太のはしゃぎようを思い出す。
「喜三太の目が好きだ。美しいものを映す瞳が輝くだけでぼくは嬉しくなる。やわらかそうな頬が、冬の寒さで赤く染まっているのが好きだ。寒いね、とこぼれる声が好きだ。ぼくはどんな美しい演奏よりもそれが聞きたい。優しくナメクジさんに差し出される指先の丸さが好きだ。ぼくにはもう、彼が触れるものすべてが素晴らしいものに思える」
――淡々として聞こえるほど、淀みなく。
まるで金吾の存在を忘れてしまったのではないかと疑うほどに、平太は表情を変えずに言葉を紡いだ。かすれるような声だが金吾にははっきりと聞こえ、それは呪詛のように金吾の体に絡みつく。
「一番はね、金吾」
はぁ、と吐く息は重そうで、ぐるりと金吾を見た平太の瞳は深い。
「喜三太が金吾に見せる、牡丹のような笑顔が一番好きだ」
「えっ」
平太の静かな声に、金吾は驚いて振り返った。どこからやってきたのかさっぱりわからなかった。さすがは六年ろ組、と感心したが、慌てて首を振る。今はそれどころではない。平太はいつもと変わらない物静かな様子だが、じっと金吾を見る目には力強さがあった。
すう、と息を吐き、金吾も背を伸ばして平太を向く。猫背の男は金吾よりもわずかに背が高い。見た目はひょろんとしているが、実際のところはしっかりと筋肉のついたたくましい体であることは知っていた。用具委員長を務めている男が貧弱であるはずがない。
「――ぼくは喜三太の全部が好きだ」
それは金吾が胸を張って言えることだ。全部が好きであるからこそ、喧嘩もするし嫌だと思ったことは嫌とはっきり口にしている。そのたびに喜三太は拗ねて、金吾はぼくのことなんて好きじゃないんだ、などというが、甘やかすだけの関係なら喜三太じゃなくていい。金吾が求めているのは優しいだけの関係ではなく、彼を認めた上でそばにいると言える関係だ。何があってもそばにいると。
「平太は?」
平太は視線から逃げなかった。
この男が喜三太に思いを寄せていることは知っている。それを正面から問いただしたことはこれが初めてだ。勿論場をわきまえるが、基本的に平太は自分の気持ちを隠さない。どんな時でもストレートに喜三太を見つめ、正直に話をする。
――その姿勢が、金吾は嫌いではない。平太が見ているのが喜三太でなければ応援もしただろう。
金吾をじっと見たあと、ふいと視線を流した。その先に、喜三太がいる。委員会の後輩と一緒に、ナメクジさんたちの散歩中だ。あの一年生は喜三太のナメクジに興味を持ち、彼が入って来た時の喜三太のはしゃぎようを思い出す。
「喜三太の目が好きだ。美しいものを映す瞳が輝くだけでぼくは嬉しくなる。やわらかそうな頬が、冬の寒さで赤く染まっているのが好きだ。寒いね、とこぼれる声が好きだ。ぼくはどんな美しい演奏よりもそれが聞きたい。優しくナメクジさんに差し出される指先の丸さが好きだ。ぼくにはもう、彼が触れるものすべてが素晴らしいものに思える」
――淡々として聞こえるほど、淀みなく。
まるで金吾の存在を忘れてしまったのではないかと疑うほどに、平太は表情を変えずに言葉を紡いだ。かすれるような声だが金吾にははっきりと聞こえ、それは呪詛のように金吾の体に絡みつく。
「一番はね、金吾」
はぁ、と吐く息は重そうで、ぐるりと金吾を見た平太の瞳は深い。
「喜三太が金吾に見せる、牡丹のような笑顔が一番好きだ」
2012'02.16.Thu
それは左近にとっては機械的な行事であった。前日には材料をそろえ、学校から帰ってすぐに始める。母親の趣味で道具は揃っていた。その母は毎年娘以上にはりきってラッピング用品を揃えたり、台所に立つ間ずっと辺りをうろついていたりと、普段はぶっきらぼうな娘が女の子らしいイベントに参加しているのをそれはもう嬉しそうに見ている。
――小学校の時からの恒例行事が、今年はいつもと少し違うことなど、母親にはすぐさまばれてしまった。
いつも通りにレシピを広げて材料を用意している左近を見て、母親はその手を止めさせた。
「あなた、義理と本命で同じものを作る気?」
「……は」
母親の言葉が理解できず、左近はぽかんとして彼女を見る。そんなのダメよ!とレシピ本をめくる母親にはっとして、慌てて本をひったくった。
「ななっ、何のことだよッ!」
「あら、だってあんなに眉間にしわを寄せて真剣に見てたじゃない。本命がいるんでしょ?」
「ち、違うよッ!今年は他の子たちも手作りするって言ってたから、被らないかどうか考えてただけっ!」
「お母さんはあなたが部屋にラッピングボックスを隠していることを知っています」
「!」
「お父さんには内緒にしててあげるから、どんな人か教えてよー!」
自分よりもよっぽど少女らしい母親の態度に気が抜けるが、はっとして首を振った。
「違うからねっ!」
「えーっ」
強情な左近からそれ以上聞き出すのはやめたのか、母親は笑いながらも手を引いた。ぐっと気合を入れ直し、左近は深呼吸をしていたチョコの封を開ける。
――違う。本命とかじゃなくて、あの人は大人だから、三郎次やクラスの友達とは違うだけで。
「……違うからッ!」
「もーわかったわよー、もう聞きません。はぁ、青春っていいわねぇ。お赤飯炊こうかしら」
「お母さん!?」
「ハイハイ」
――結局、作っている間中左近の頭を占めていたのはあの人のことで、くるくると表情を変えていた左近を母親は笑って見ているだけだった。
――小学校の時からの恒例行事が、今年はいつもと少し違うことなど、母親にはすぐさまばれてしまった。
いつも通りにレシピを広げて材料を用意している左近を見て、母親はその手を止めさせた。
「あなた、義理と本命で同じものを作る気?」
「……は」
母親の言葉が理解できず、左近はぽかんとして彼女を見る。そんなのダメよ!とレシピ本をめくる母親にはっとして、慌てて本をひったくった。
「ななっ、何のことだよッ!」
「あら、だってあんなに眉間にしわを寄せて真剣に見てたじゃない。本命がいるんでしょ?」
「ち、違うよッ!今年は他の子たちも手作りするって言ってたから、被らないかどうか考えてただけっ!」
「お母さんはあなたが部屋にラッピングボックスを隠していることを知っています」
「!」
「お父さんには内緒にしててあげるから、どんな人か教えてよー!」
自分よりもよっぽど少女らしい母親の態度に気が抜けるが、はっとして首を振った。
「違うからねっ!」
「えーっ」
強情な左近からそれ以上聞き出すのはやめたのか、母親は笑いながらも手を引いた。ぐっと気合を入れ直し、左近は深呼吸をしていたチョコの封を開ける。
――違う。本命とかじゃなくて、あの人は大人だから、三郎次やクラスの友達とは違うだけで。
「……違うからッ!」
「もーわかったわよー、もう聞きません。はぁ、青春っていいわねぇ。お赤飯炊こうかしら」
「お母さん!?」
「ハイハイ」
――結局、作っている間中左近の頭を占めていたのはあの人のことで、くるくると表情を変えていた左近を母親は笑って見ているだけだった。
2012'02.10.Fri
「これはなんですか?」
――正直に言うなら、油断していた。大学に上がった鉢屋を待ち受けていたのはかわいい恋人との逢瀬が減るという現実であった。受験期間を乗り越え、散々連れ回して遊んだ春休みも終わり。ひとり暮らしの生活は予想以上にもの悲しく、しかしまだ中学生の彼の門限は7時。距離の都合で塾への送り迎えもままならない今、鉢屋には楽しみが何もなかった。合い鍵は渡していたけれど使う機会は一向に訪れず、彼が真面目そうに見えていたずらもやってみせる性格だと忘れてしまっていた。まさか突然来るなんて。
――いや、何を言ってもだめだ。
山積みにされたAVを前に正座して、鉢屋は黙ったまま冷や汗をかく。どう説明をしたところで半端な嘘は彼にばれてしまうだろう。それは怒りをあおるだけだ。
鉢屋のかわいいお気に入り――黒木庄左ヱ門。目に入れても痛くないとばかりに可愛がる様子を知人はおじいちゃんと孫、と称した。実は正真正銘の恋人同士であることを知るものはほとんどいない。
「もう一度聞きますね。これはなんですか?」
それはもう、極上の笑みであった。彼の凛々しさも知的さもその笑みひとつがすべてを物語る。
「……文句あるならヤらせろよぉぉぉ!」
「開き直らないで下さい」
「君には悪いが私はもう18だ、現役バリバリ性少年だ、溜まるもんは溜まるし抜かないと夢見が悪い!」
「だからってこれはないでしょう!人妻!ナース!レイプ!野外!熟女!巨乳!女王様!JK!複数!レズ!」
「やめろぉぉぉ」
一枚ずつ広げていく庄左ヱ門に頭を抱える。きっと鉢屋が戻るまでにきちんと改めたのだ。下手すると何枚か再生しているかもしれない。いや、生真面目な彼のことだから、18禁の表示は守っているだろうか。
「一体どれがお好みなんですか」
「どれでもない!私の話を聞いてくれ」
「……一応聞きましょう」
「君がいい」
「……」
「君の手の感触を思い出して抜いた後の罪悪感はもう嫌だ」
「それは聞きたくなかったです」
「君が嫌だというのなら二度としない」
「……」
まっすぐ見つめると庄左ヱ門は溜息をついた。鉢屋がびくりと肩を揺らすと苦笑する。
「すみません。かっとなりました。ぼくはまだわかりませんが、男には必要だとわかっています」
「へ?」
「鉢屋先輩がちゃんとぼくのことを大切にしてくれていることは知っています。少しだけ妬きました」
恥ずかしそうに笑う庄左ヱ門をぽかんと見た。さっさとAVを片づけながら、庄左ヱ門は言葉を続ける。
「先輩が先に行っているのが悔しくて。もう少しだけ、ぼくが大人になるのを待っててくれませんか」
「ッ……」
じわり、と顔が熱くなる。一枚も二枚も上手なのは、自分を子どもだと言う君の方なのに。
――正直に言うなら、油断していた。大学に上がった鉢屋を待ち受けていたのはかわいい恋人との逢瀬が減るという現実であった。受験期間を乗り越え、散々連れ回して遊んだ春休みも終わり。ひとり暮らしの生活は予想以上にもの悲しく、しかしまだ中学生の彼の門限は7時。距離の都合で塾への送り迎えもままならない今、鉢屋には楽しみが何もなかった。合い鍵は渡していたけれど使う機会は一向に訪れず、彼が真面目そうに見えていたずらもやってみせる性格だと忘れてしまっていた。まさか突然来るなんて。
――いや、何を言ってもだめだ。
山積みにされたAVを前に正座して、鉢屋は黙ったまま冷や汗をかく。どう説明をしたところで半端な嘘は彼にばれてしまうだろう。それは怒りをあおるだけだ。
鉢屋のかわいいお気に入り――黒木庄左ヱ門。目に入れても痛くないとばかりに可愛がる様子を知人はおじいちゃんと孫、と称した。実は正真正銘の恋人同士であることを知るものはほとんどいない。
「もう一度聞きますね。これはなんですか?」
それはもう、極上の笑みであった。彼の凛々しさも知的さもその笑みひとつがすべてを物語る。
「……文句あるならヤらせろよぉぉぉ!」
「開き直らないで下さい」
「君には悪いが私はもう18だ、現役バリバリ性少年だ、溜まるもんは溜まるし抜かないと夢見が悪い!」
「だからってこれはないでしょう!人妻!ナース!レイプ!野外!熟女!巨乳!女王様!JK!複数!レズ!」
「やめろぉぉぉ」
一枚ずつ広げていく庄左ヱ門に頭を抱える。きっと鉢屋が戻るまでにきちんと改めたのだ。下手すると何枚か再生しているかもしれない。いや、生真面目な彼のことだから、18禁の表示は守っているだろうか。
「一体どれがお好みなんですか」
「どれでもない!私の話を聞いてくれ」
「……一応聞きましょう」
「君がいい」
「……」
「君の手の感触を思い出して抜いた後の罪悪感はもう嫌だ」
「それは聞きたくなかったです」
「君が嫌だというのなら二度としない」
「……」
まっすぐ見つめると庄左ヱ門は溜息をついた。鉢屋がびくりと肩を揺らすと苦笑する。
「すみません。かっとなりました。ぼくはまだわかりませんが、男には必要だとわかっています」
「へ?」
「鉢屋先輩がちゃんとぼくのことを大切にしてくれていることは知っています。少しだけ妬きました」
恥ずかしそうに笑う庄左ヱ門をぽかんと見た。さっさとAVを片づけながら、庄左ヱ門は言葉を続ける。
「先輩が先に行っているのが悔しくて。もう少しだけ、ぼくが大人になるのを待っててくれませんか」
「ッ……」
じわり、と顔が熱くなる。一枚も二枚も上手なのは、自分を子どもだと言う君の方なのに。
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